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竹林軒出張所

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『ソーシャルメディアの“掃除屋”たち』(ドキュメンタリー)

ソーシャルメディアの“掃除屋”たち 前後編
(2018年・国際共同制作、独gebrueder beetz filmproduktion他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

ネット検閲の実態と
SNSがもたらすさまざまな問題


b0189364_17202956.jpg ソーシャル・ネットワークなどの現場では、暴力やポルノなど不適切なデータが常時公開されている。SNS企業や検索会社は、こういった不適切と判断されるデータを随時検閲しているが、実質的にそれを担当するのは孫請け企業の社員である。このドキュメンタリーでは、その孫請け企業のデータ検閲担当者数人に密着して、こういった仕事の問題点、ひいてはソーシャル・ネットワークの問題点まであぶり出す。なかなか意欲的なドキュメンタリーである。
 このドキュメンタリーに登場する孫請け企業はフィリピンに存在し、検閲を担当するのはモデレーターという人々。ただこのモデレーター、見たところ非常勤のバイトみたいな存在で、さまざまなデータについて削除するかどうか常時自ら判断しながら決定している。基準はそれぞれの企業レベルで定められているが、その最終判断はモデレーター各人に委ねられている。なんせ1日に2万件以上のデータを検閲しなければならない。ほとんど流れ作業のようになってしまう。しかも目の前に次から次へと出てくる画像や映像は、露骨な児童ポルノ、ISに代表される残虐な映像などで、中には心を病んでしまうモデレーターもいる(自殺者もいたとある関係者が語っていた)。
 一方で、モデレーターが検閲したデータには、決して興味本位の残虐画像ではないものもあり、中には政治的なメッセージを含むものやジャーナリズムに関わるものもあって、こういうものが削除されてしまうと言論の自由の問題にまで関わることになってしまう。このドキュメンタリーの中で実際に削除されていた画像には、沢田教一の有名な写真も入っていたぐらいで、モデレーターの無知を笑う程度で済ますことはできない問題も孕んでる。
 さらにその一方で、トルコなどでは反政府的な言動を削除するよう政府がSNSの各社に圧力をかけており、トルコ内で事業を展開するには、そういったデータを検閲することが求められる。ということで、これなどは悪しき検閲の例になってしまっているのである。
 もう一つの問題点は、ソーシャルネットワーク自体に内在する問題である。ソーシャルネットワークは、目立った発言をする者がフォロワーを集め存在感を増すという傾向があるらしく(僕は詳しいことは知らないんだが)、そのために、実社会では軽蔑され無視されるような過激な発言が注目を集めやすいというのである。これが成功した例が先のアメリカ大統領選挙で、そういった意味ではトランプはまさに時代の寵児ということができる。そしてそれについては、ソーシャルネットワーク各社はまったく対策を採ることができていない。そもそもこういった事業を始めた人々は、成功だけを望んでいたオタク技術者であり、社会的な影響力については何の判断も持ち得ないと、元関係者の一人は語っていた。
 僕自身は、現在の差別的な言動、右翼的な動向の原因がソーシャルネットワークにあるということにあらためて気付かされた点で、目からウロコであったわけで、同時にネット検閲の実態というのもよくわかって、大変有用なドキュメンタリーであったと思っている。前編、後編であわせて90分の大作ではあったが、見る価値は十分にあると思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドナルド・トランプのおかしな世界(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『エルドアン “スルタン“への道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『データに溺れて…(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-11-02 07:20 | ドキュメンタリー

『明治天皇〈三〉』(本)

明治天皇〈三〉
ドナルド・キーン著、角地幸男訳
新潮文庫

「目からウロコ」が続出

b0189364_16580458.jpg 明治天皇の生涯に迫るノンフィクションで、文庫版全4巻構成の第3巻が本書。朝鮮情勢、条約改正交渉、憲法発布、衆議院銀選挙実施、日清戦争、閔妃暗殺、北清事変などが扱われる。日本にとっての富国強兵の時代である。これらの事績は、明治天皇が「大帝」と呼ばれるゆえんにもなっている。
 だが実際は、必ずしも学校で教わるように計画的かつ漸進的に進んだわけではないことがわかる。実際の政策は、結構行き当たりばったりで、憲法や民会にしても時期尚早とする声が政府関係者の間には大きく、そのせいでなかなか進まない(民会開催まで結局15年かかる)。実際始めたら始めたで、選挙には暴力や賄賂がつきまとい、民会(衆議院)側も政府と敵対して、何も決められずという状態が長く続く。まあ、それがリアルな歴史ということだろう。
 一番驚くのは日清戦争で、この戦争も司馬遼太郎の小説や学校の歴史では、大日本帝国が東洋の覇権を握るべく着々と準備してきたというような描かれ方だが、実際のところは、開戦2カ月前くらいまで、政府の誰もが清国との戦争を想定していなかったというのである。全然「着々と準備」という感じではない。本書からの印象では、大敗北しなくてラッキーぐらいの感覚に近かったようだ。また、日清戦争中の旅順での大日本帝国軍による虐殺事件もあまり教科書で触れられることはないが、世界に「野蛮な劣等国」の印象を与えるのではないかということで、政府関係者が汲々としたなどという事実が語られ、非常に新鮮である。司馬遼太郎の『坂の上の雲』によると、当時の大日本帝国の軍隊は(列強諸国から非難を受けないようにするため)国際法を厳密に遵守すべく、違法行為が見られない規律正しい軍隊だったという風に描かれていたと記憶しているが、実際のところ、当然だが、決してそんな軍隊ではなかったことがわかる(そんな軍隊があったらお目にかかりたいもんだ)。後の関東軍の風はこのときから芽生えていたということである。
 もう一つ新鮮だったのは大津事件(来日中のロシア皇太子ニコライ2世が大津で暴漢に襲われた事件)に際して、死刑を求める政府関係者に対して、法による支配を断固主張し一歩も譲らなかった大審院長、児島惟謙(これかた)の行動で、今より政府権力が強いあの時代に、この地位の判事が今では考えられない主張を展開したことにあらためて驚く。このあたりの政府関係者とのやりとりも真に迫っていて、非常に読み応えのある箇所である(第四十二章「ロシア皇太子襲撃」)。
 明治天皇自身は、この時代、政治にも積極的に関与するようになっており、政治に口を出すことも頻繁ではないがやっている。基本的には、政府のトップ(太政大臣や内閣総理大臣など)に政治を任せるというスタンスではあるが、岩倉具視や伊藤博文などは、天皇に詔勅を出すよう求めたりもしていて、明治天皇と国のトップとの関係性がなかなか面白味を感じさせる。何より驚くのは、近代体制ができた後、首相に就任した人々がことあるごとに天皇に辞意を示し、慰留される(結局辞めるんだが)ということがたびたびあることで、何か気に食わないことがあるとすぐに辞めようとする首脳にはあきれかえってしまう。明治天皇もこういった連中にはさぞかし頭を悩ませたのではないかと、この本を読みながら感じる。こういう連中をうまいこと使いこなしたんだから、やはり明治時代の帝国の発展は、管理者としての明治天皇の業績と言うことができるかも知れない。
第56回毎日出版文化賞人文・社会部門受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『明治天皇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『明治天皇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『明治天皇〈四〉(本)』
竹林軒出張所『日本人の美意識(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『百代の過客〈続〉(本)』
竹林軒出張所『西園寺公望 最後の元老(本)』
竹林軒出張所『坂の上の雲 (1)〜(13)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン自伝(本)』

by chikurinken | 2018-08-17 07:57 |

『漢字再入門』(本)

漢字再入門
阿辻哲次著
中公新書

決して侮れない漢字入門書

b0189364_21070899.jpg 『漢字の相談室』の著者による漢字雑学本。雑学本といっても、語られている内容は、『漢字の相談室』同様、非常に深くそれなりに専門的な内容も紹介される。しかも語り口が優しく、ものすごく読みやすい。これは著者の能力に負うところが大きい。この本の内容は、かつての大学の教養課程の授業みたいなものであるが、大学の授業自体、教官によって当たり外れがあるものだ。大学の教官というものは、一般的に専門性が高く、その専門分野に対する造詣も深いため、彼らが普段研究している内容はそれなりに面白いということは容易に予想が付くが、残念ながらそれを人に伝えることに長けている人は意外に少ない。言ってみれば専門バカみたいな人も多く、言い換えるならばオタクの人たちである。したがって彼らが展開する授業がつまらないことは大いにあり得るわけである。ただし、どういう分野でもそうだが、中には人に伝えるのが抜群にうまい人というのがいて、そういう先生の授業はなかなか面白いもので、彼らの研究対象にも興味が湧いたりするものだ。そもそも書物などというものも、書き手がいかにして自分が持っているものを相手に面白おかしく伝えるかがキモであり、うまく伝えられている本が良い本であると個人的には思っている。面白おかしくないとしても内容が斬新であれば価値はあるが、残念ながら内容が乏しい上に伝える能力を欠いている人たちが多いのも事実。そういう人が書いた本は、極力関わらないのが良いのであって、間違ってめぐり逢ってしまったらすぐに捨てるに限る。特に昨今は、出版点数が著しく多くなったせいもあって、そういう類の本、つまりゴミ本がきわめて多い。そのため、図書館で試し読みして、良い内容であれば買うというのが我々消費者の防衛策になるのだ。
 話は随分逸れたが、この本についても、当初は面白そうな部分だけとばし読みしようと思って図書館で借りたんだが、興味深い箇所が多いんで結局全部読んでしまった(このあたりは『漢字の相談室』と同様)。「全部読んでしまった」などという書き方をしたが、実際には内容は非常に濃厚で、語り口はいうまでもなく名人級である。こういう本に触れると、その研究対象にも著しく関心が沸くため、入門書としても最適と言うことができる。これまで漢字になんぞあまり興味がなかったし、むしろ最近思い出せない漢字が多くてイライラするぐらいだったんだが、おかげさまで漢字に大変興味が湧いた。これからもこの著者の本をはじめとして、漢字関係の本に触れていきたいと考えているほどだ。
 さてこの本だが、まさにタイトル通り「漢字再入門」と言えるような内容である。漢字のことは小中学校で教わりそのときに一通りのことは叩き込まれるわけだが、実際には通り一遍の基本事項以外は知らないものである。そのくせ(誰もが)漢字のこの部分にはトメやハネが必要だとか、これが正しい書き順だなどと主張したりする。学校でそれが正しいと教えられてきているからだが、しかし実際には、学校で習うトメやハネ、書き順について、必ずしも現在日本の学校で習っている様式が正しいとは限らないらしい、著者によると。そのあたりのいきさつ、つまりなぜ学校で今みたいなスタイルが絶対的な真実のようになったかについても、歴史を遡りながら説明されているため、非常に説得力がある。教育課程で教わった「事実」に対して再検討を迫られるという点でまさに「再入門」というタイトルがふさわしいと言える。
 他には、漢字の成り立ち(「部首の不思議」)や常用漢字がどのようにして決められたかなど、目からウロコの内容が目白押し。こういった内容が、第1章に相当する「1時間目」から第6章の「6時間目」、終章の「ホームルーム」に渡って、優しい語り口で語られる。日本人が持っている漢字の「常識」(つまり学校でこれまで習ってきたこと)について見直すことができる上、漢字にも興味が湧くという具合で、さながら理想的な授業が展開されているかのようである。漢字の奥深さに感心しながらも、同時に漢字の悠久の歴史を膚で感じるという内容である。僕自身は、これまでいろいろと面倒さを感じていた漢字に、親近感や新しい魅力を感じるようになった。学童向けみたいな語り口なんで、軽さを感じるかも知れないが、決してないがしろにできない深遠さを持っている本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『漢字の相談室(本)』
竹林軒出張所『漢字伝来(本)』

by chikurinken | 2018-05-27 07:06 |

『日本の歴史をよみなおす (全)』(本)

日本の歴史をよみなおす (全)
網野善彦著
ちくま学芸文庫

ミクロ的な観点から歴史を問い直す

b0189364_18361662.jpg 著者が行った講義をまとめた本……つまり講義録。タイトルに「(全)」とあるのは、元々『日本の歴史をよみなおす』と『続・日本の歴史をよみなおす』の2分冊だったものを、文庫化にあたり1冊にまとめたためである。そのため真ん中あたりに「あとがき」(『日本の歴史をよみなおす』のもの)と「はじめに」(『続・日本の歴史をよみなおす』のもの)があったりしてなかなかユニーク。
 内容は、これまで歴史学で常識として考えられていたようなことがらに疑問符を打つというようなもので、たとえば中世の日本の産業は農業のみのように言われるが実際は広範な商業活動が行われていたとか、室町時代には海のルートがかなり開けていて海運業がかなり盛んに行われていたとか、結構「目からウロコ」の箇所もあって内容は充実していると言える。特に『続』の方に目新しさがあったと感じる。そのため僕自身は『続』の方を先に読んだ。
 扱われているのは、文字(ひらがなとカタカナ)、差別(被差別住民や女性)、天皇家と歴史との関わり(ここまでが前半)、中世日本の経済の多様性、中世の海運ネットワークと金融ネットワーク、荘園の実態など。退屈な箇所もあるにはあるが(特に前半)、「常識」に凝り固まった一元的な歴史観にいかに問題が多いかよくわかるという点で、優れた歴史書であると言える。記述には著者のフィールドワークも反映されているため、説得力もある。歴史学にアプローチしようという人であれば一度は目を通しておきたい、そういう類の良書である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『平安京はいらなかった 古代の夢を喰らう中世(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『幕末史(本)』
竹林軒出張所『西園寺公望 最後の元老(本)』
竹林軒出張所『新・ローマ帝国衰亡史(本)』

by chikurinken | 2018-01-25 07:37 |

『森の探偵』(本)

森の探偵
宮崎学、‎ 小原真史著
亜紀書房

森の巨匠が見たヒトと動物

b0189364_19133951.jpg 森に入って動物写真を取りまくっている宮崎学が、動物写真から読み解く「現代日本の環境」論。
 赤外線を使いカメラのシャッターが自動的に降りるようさまざまな工夫を重ねることで、森、林の生きた動物を撮影することをライフワークにしている宮崎学。彼の写真には動物たちの生々しい生態が記録される。宮崎自身が、森に入れば足跡や糞などからどんな動物が近くにいるかわかるようになっているらしいが(何せ森の生活が長いから)、彼によると動物が人に接近しているその近さはかつてないほどになっているということ。
 実際、あちこちでツキノワグマに襲われたとか、イノシシが町に出没したとかそういったニュースはよく耳にする。「専門家」は、森林破壊によって山に食べ物がなくなったため、動物が命がけで里に下りてきたなどと語るが、宮崎によると山の食べ物がなくなったという事実はないらしい。むしろ人間が何気なく捨てたり放置したりするものが、知らず知らずのうちに動物たちの餌になっている、つまり人間が間接的(または直接的)に餌付けしていることが、野生動物を身近に引き寄せている……というのが宮崎学の実感らしい。
 たとえば犬を散歩させる人々がよく通る公園の道などにカメラを仕掛けていると、人が通ったすぐ後にクマが出てきている様子が映っていたりする(しかも割合多いという)。つまりクマの方が身を潜め、人が通り過ぎるのを待ってから、出てきて用事をしているということになる。ヒトを避けているクマが誤ってヒトに遭遇し(一般には「人間が誤ってクマに遭遇する」と言われるが)、接触事故が起きるというのが本当のところではないかと宮崎は言う。
 他にも動物たちには死体処理の役割を担っているもの(スカベンジャー)があり、そのために環境が浄化されるなどの興味深い話が展開される。野生のクマ自体がそもそもスカベンジャーであり、肉に対するこだわりがない(つまり事故で死んだ人の肉も普通に食べたりする)ため人の肉にも抵抗がないということが、「人喰い熊」の存在の説明になるらしい。宮崎の言葉は、実際に森や林の動物を写真を通じてつぶさに見続けている(野生に近い)人間から発せられるものであり、非常に説得力がある。動物写真もふんだんに紹介されており、そういう点では大変良質な本である。「目からウロコ」の話も数多い。
 ただし、1つ大きな難点がある。この本は「キュレーター」という肩書きの小原真史という人と宮崎学の対談形式になっているんだが、この「キュレーター」がしゃべりすぎというか、知識をひけらかしたいのか知らないが蘊蓄を語りすぎである。これがかなり鬱陶しいレベルで、これさえなければ良い本なんだがと思うこと数知れず。話の聞き手に徹して、宮崎学という森の巨匠から実感に基づくいろいろな素晴らしい話を聞き出せば良いものを、自分が聞きかじったような知識を必要以上(!)に披露するその感覚が理解できない。はなはだ残念。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『被曝の森は今(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『被曝の森 〜原発事故 5年目の記録〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ダムはいらない! 新・日本の川を旅する(本)』

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 以下、以前のブログで紹介した宮崎学の著作に関する記事。

(2005年5月6日の記事より)
b0189364_19140854.jpgフクロウ
宮崎学著
平凡社

 動物写真家、宮崎学が、胃潰瘍になりながら5年かけて作ったという渾身の写真集。
 フクロウの生態を非常に細かく追っている。写真として強烈なインパクトを持っているのは言うまでもないが、巻末に書いているフクロウの生態についての解説が非常に面白く、わかりやすい。これを読みながら写真を見直すと、またまた新しい発見がある。著者が実際に写真を撮りながら体験したことを追体験できるようになっている。著者の驚きや喜びが伝わってくるようだ。
 「渾身」という言葉がぴったり来る写真集で、粗末に扱うことができない本。まさに「フクロウ」学(そういうのがあるかどうか知らないけど)のバイブルというべき本だ。
★★★★

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(2005年5月10日の記事より)
b0189364_19141717.jpg鷲と鷹
宮崎学著
平凡社

 動物写真家、宮崎学が、15年かけて作ったという写真集。
 良い写真集だが、宮崎学の猛禽類に対する思い入れはあまり伝わってこない(この点『フクロウ』と異なる)。むしろ、猛禽写真コレクションといった感じ。なんでも日本に生息する16種類の猛禽類をすべて撮影したらしい(プラス1種類--渡り鳥のオオワシ)。なかなかの労作ではある。猛禽類に興味のある人にはたまらないだろう。
★★★☆

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(2005年5月22日の記事より)
森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記
宮崎学著
理論社

b0189364_19141104.jpg 動物写真家、宮崎学のフクロウ観察日記。
 著者は、70年代(だと思う)から長野県伊那谷のフクロウの営巣地近くに小屋を造り、数年間キャンプしながら、フクロウの生態をカメラに収めた。この間、胃潰瘍を起こし(フクロウの撮影作業は神経をすり減らすという)、2カ月間入院している。退院してからも精神的に不調だったらしいが復活し、それからさらに5年を費やして作り上げたのが、写真集『フクロウ』だ。
 『フクロウ』を見るとわかるが、密度が非常に濃く、それはこの副読本とも言うべき本書にも反映されている。
 本書では、フクロウの生態が微に入り細を穿って描かれており、動物学者が書いたのではないかと疑うほどだ(実際、著者は自然を非常によく観察してから撮影に入るらしい)。
 その姿勢は、自然に対峙するのではなく、自然の一部となって生きるというもので、フクロウだけでなく森の中のさまざまな動物のさまざまな行動にも敏感に反応する。感覚はとぎすまされ、やがては他の動物の気配さえわかるようになったという。こちらの気配を感じてじっと様子をうかがっている200m先のキツネにまで、気配で気がつくようになったというから驚く。
 自然の一部となり、野生動物の活動を目や耳で感じる。本書では、その様子がありありと描かれている。
 動物の生態だけでなく、自然と一体となった目で見た現代文明評も明快で面白い。
 リンゴ農家は、有機肥料をまくことが多いが、それを狙ってノネズミやモグラが寄ってくる。ノネズミやモグラはともすれば木の根をかじるので、リンゴ農家に被害が出ることがあるが、フクロウの巣が近くにあるとこのような被害が出ないという。フクロウがネズミなどを餌にしているためで、特に子育て期は、毎晩相当量のネズミを捕獲するという。ところが、農家がしかけたカラス対策ネットに、あやまってフクロウがひっかかって死んだりすると、ノネズミが大発生して、リンゴの木に被害が出るということになる。こういう自然の因果関係がわからないので、結局「ネズミが増えたといっては、有線放送などを通じていっせいに劇薬の毒餌をばらま」くことになる。「地球のほんの片すみに住まわせてもらっているということ」を忘れて、「植物や動物たちが発するさまざまなサイン」を見落としているため、こういう天につばすることをしてしまうのだ。
 このような文明批評も押しつけがましくなくさらりと書いているのは、日記という性格のゆえか。現代文明の歪みを五感と身体で感じている人の言葉だけに説得力がある。文章も簡潔で非常に読みやすい。写真もカラーで掲載されている。さすがにフクロウの写真は秀逸なものが多いが、それ以外にも撮影セットの配置や撮影小屋内部の様子を示した写真もあって、日記に書かれている様子をリアルに感じ取ることができる。写真に過不足がなく、本文を読みながら写真を眺めると臨場感を味わえる。
 この本を読むと、自然の中に溶け込み自然を感じた宮崎学のキャンプ生活を追体験できる。森に入って、自分の感覚器で自然を感じてみたくなった。
★★★★

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(2005年4月19日の記事より)
青春漂流
立花隆著
講談社文庫

b0189364_19141405.jpg 立花隆が、異色の分野で仕事をしている若者たちにインタビューした雑誌『スコラ』の一連の連載をまとめたもの。
 表紙の若い立花隆を見てもわかるように、20年前に出版された本で、インタビュイー(インタビューされる側)の方は、当時は若者だったが現在では良いオヤジになっている。実は先日、テレビのドキュメンタリー番組で「その後の青春漂流」みたいなものをやっていて、この本に登場している何人かの元・若者が出ており、それで興味を持ってこの本を読んだのだ。つまり、通常の逆パターンで、タイムマシンで過去にさかのぼるような感じで本書を読んだわけだ。
 しかしそういうのを抜きにしても、本書に登場する若者たちの話は非常に面白い。生い立ちから学生時代(落ちこぼれだった人が多い)、彷徨時代、今の職に出会う過程、その中から新しいものを見出す過程などが語られる。登場する若者の仕事は、塗師、手づくりナイフ職人、猿まわし調教師、精肉職人、動物カメラマン(宮崎学)、鷹匠(!)など多岐に渡り、どの職業もユニークだが、若者たちの経歴も実にユニークだ。かれらのほとんどの仕事は、一般人にはあまりなじみがないので、目新しく楽しい。どの若者も貧しい時代、苦しい時代を過ごし、それを乗り越えて今のポジションを探り当てている(今でも貧しい人もいる)。まさに青春の漂流時代を経て今の場所に流れ着いているわけだ。どの若者も非常に前向きで、元気をもらうことができる。
 立花隆の聞き手としての才能がいかんなく発揮されており、良書である。

参考:
森安常義(精肉職人)著『牛肉』(肉をさばくための技術を自費出版でまとめた本)
宮崎学(動物カメラマン)著『鷲と鷹』、『フクロウ』(それぞれ15年、5年かけて作った力作写真集だという)
★★★☆

by chikurinken | 2017-12-15 07:13 |

『プーチンの道』(ドキュメンタリー)

プーチンの道 〜その権力の秘密に迫る〜(2015年・米WGBH)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

怪物プーチンの来し方、行く末

b0189364_18324779.jpg ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がどのように成り上がって、どのような方法で政治を行っているかを紹介、というか告発するドキュメンタリー。
 KGBの職員だったプーチンは、ソビエト連邦崩壊により職を失うが、サンクトペテルブルクで懇意のサプチャーク市長に拾われ、市長が直接手を下せない汚い仕事を引き受けることで頭角を現していく。その後、サプチャークの中央政界進出に伴いプーチンも中央政界に進出。エリツィン大統領の汚い仕事の処理を引き受けたことから、エリツィンにも可愛がられる。
 エリツィンが大統領を退任するにあたり、大統領時代の自身の犯罪行為を追求しない後継大統領としてプーチンを指名するに及んで、プーチン時代が始まる。その後首相に就任したプーチンは、世間的にも認知度が低かったが、ロシア高層アパート連続爆破事件の際にチェチェンの過激派による仕業と決めつけ、チェチェンに対して攻撃を強行したあたりから保守層を中心に支持を集めるようになる。
 このドキュメンタリーでは、この連続爆破事件はFSB(KGBの後継組織)の自作自演で、プーチンが知名度を上げるために仕掛けたものと断定していたが、真相はわからないにしてもかなり怪しいのは確かである。しかもそれを告発した記者や元職員が不当逮捕されたり謎の死を遂げたりしているという事実もある。少なくともこの連続爆破事件とチェチェン紛争で結果的に一番得をしたのは、その後大統領選挙を勝ち抜いたプーチンであるのは確かである。しかも連続爆破事件についての調査も打ち切りにしているなど、怪しさ満載である。
 このドキュメンタリーで描かれるプーチンは、利己主義的な第三世界型の独裁者で、先進国の指導者では断じてない。もっとも先進国とされている米国でも似たようなサイコパスが大統領になっているわけで、先進国の指導者が民主的な存在かというと必ずしもそうではないところが悩ましいところである。米ロの首脳、それから我が国の首相も含め、互いに親近感を感じているように聞くが、そういうのもなんだかわかるような気がする。
インパクトメディア歴史アーカイブ映像部門インパクト賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『オリバー・ストーンONプーチン(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『混沌のウクライナ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『暴かれる王国 サウジアラビア(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『プーチンが恐れた男(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『KGBの刺客を追え(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『スターリンの亡霊(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドーピング ロシア陸上チーム 暴かれた実態(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『バシャール・アサド 独裁と冷血の処世術(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カラーで見る 独裁者スターリン(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-08-22 08:08 | ドキュメンタリー

『日本は世界一の「医療被曝」大国』(本)

b0189364_843717.jpg日本は世界一の「医療被曝」大国
近藤誠著
集英社新書

またまた画期的な医療本
今度は医療被曝に切り込む


 これも『成人病の真実』同様、近藤誠の著書。この本では、CTスキャンなどに代表される放射線検査によって引き起こされる被曝について説く。
 元々著者は放射線医であることから、この本で語られる内容もきわめて信憑性が高いと考えられる。実際、放射線を使った検査による被曝については、医者は非常に鈍感なところがある。それは多くの医者が何かというとレントゲンやCTを撮りたがる傾向からも実感として感じられる。しかしCTスキャンについては、確かに便利ではあるが、患者は相当量の被曝を受ける。本書によると、機種や浴びせる放射線によって異なるが、多い場合だと25ミリシーベルトを超えるという。ミリシーベルトという単位にまず驚くが、これだけの高線量であれば年に4回受けると100ミリシーベルトという驚異的な値に達してしまう。ちなみに100ミリシーベルトというのは、原発作業員の5年間の上限値である(これでさえ甘すぎるという議論がある。だが厳しくすると仕事にならないという実情があるため甘めに設定されている)。たしかに命に関わるなどという状況であれば、こういった検査も致し方ないが、現在CTは非常に安易に撮られている。何かというと「念のためCTでも撮っておきましょう」ということになる。患者の側でも「CT撮らなくて大丈夫ですか」みたいなことを言う人がいるらしい(本書によると)。以上のような理由から、医師の側も患者の側も安易なCT検査を止めるべきだ、と著者は主張する。ましてや検診でCT撮影を行うことは無意味を通り越して害しかないというのが著者の主張。
 僕自身、この本でCTによる被曝量を知って驚いたが、日本でCT検査があまりにも安易に使われていることはよくわかった。僕自身は検診を一切受けていないのでCTなど生涯受けたことがないが、気に留めておかないと今後何となくCTを撮られたりすることもないとは言えない。日本は特にCT設置台数が多いらしいし、CT神話も蔓延しているようなので、利用者一人一人が注意しないと行けないということなんだろう。このあたりはがんの外科手術と同じで、うかつなことをしていると病院で危害を加えられるため、防衛策として知識が必要というわけである。
 本書には、実効被曝線量の計算式なども紹介されていて、CT検査を受けたときの被曝量を推定できるようになっているが、実際のCTの線量を病院側から教えてもらうことはなかなかできないため、あくまでもこれは推定値でとどまるというのが残念である。それでも指標があるのとないのとでは大きく違う。望むべくは、病院側がもう少しCTのデータに対してオープンになると同時に、医師の側も患者の被曝について敏感になってほしいという結論になる。
 内容は少々専門的な箇所もあるが、他の著書同様、著者の語り口が非常にうまいため、最後まで一気に読める。これを読んだら、少なくとも読んだ人の意識は大きく変わる。CT検査を過去に受けた人、これから受ける予定の人すべてに読んでほしい本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『成人病の真実(本)』
竹林軒出張所『これでもがん治療を続けますか(本)』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
竹林軒出張所『健康診断は受けてはいけない(本)』
竹林軒出張所『どうせ死ぬなら「がん」がいい(本)』
竹林軒出張所『大往生したけりゃ医療とかかわるな(本)』
by chikurinken | 2016-09-25 08:05 |

『暴かれる王国 サウジアラビア』(ドキュメンタリー)

暴かれる王国 サウジアラビア(2016年・英Hardcash Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー シリーズ「知られざる国々の素顔」

サウジは想像以上にアブない国だった

b0189364_818157.jpg サウジアラビアの人権侵害の実態を報告するドキュメンタリー。
 サウジアラビアの一般的なイメージといえば、中東の中ではまとも、というかヨーロッパ的な穏健さを保った国というもので、実際アメリカやヨーロッパ諸国、日本の政府も信頼に足る国として付き合っている。巨大産油国で先進国に必要とされていることもあるが、不安定要素が多かったり反欧米主義があふれている中東諸国の中で、比較的穏健かつ平和でしかも先進国的な余裕がある国という印象がある。
 だがその実態はということになると実はあまり知られていない。それはサウジアラビアが国外のジャーナリストの入国を厳しく管理しているからで、先進諸国のように自由な取材が許されていないため、実情が外に伝わることがあまりないのである。しかし実際には、国内で人権を無視した行動が取られており、言論も著しく制限されているらしい。それがこのドキュメンタリーの主旨である。分かりやすく言えば中東の北朝鮮といったところである。
 この番組では、隠しカメラを使って国内を撮影した潜入取材映像が紹介される。富裕国というイメージが強いサウジアラビアであるが、実は貧しい地域も存在し、国民の1/4が貧困層という話にまず驚く。さらにある活動家が政府の方針に対して批判的な意見をインターネットに掲載したために鞭打ち刑と禁固刑に処されたケース(いまだに収監されていて安否がわからないらしい)や、デモに参加した17歳の少年に死刑判決が出されたケース、スーパーみたいな場所で女性が通りすがりの男に蹴倒される状況を撮影した隠しカメラの映像(女性の人権がないに等しいことを示す証拠映像)など、想像以上の実態が明らかにされていく。
 またサウジアラビア国内では、ワッハーブ主義に基づいて反ユダヤ主義、反キリスト教主義が子どもたちに教え込まれており、これがひいては差別的で反社会的な人間を育成することに繋がっていると主張する。サウジが国家として採用しているこの考え方は差別的であり、9・11の実行犯の多くやオサマ・ビンラディンがサウジアラビア出身であったこともこれを裏付けるとする。またこの考え方はISとも共通する思想で、サウジ当局は体外的にISと敵対していることを表明してはいるが実態はISと思想が非常に近いらしい。
 まさに目からウロコの内容で、近くて遠い国サウジアラビアの実態が透けて見えてくるルポルタージュだった。ものごとの判断をイメージだけに委ねるのが危険であるということをあらためて思い知らされた。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『過激派組織ISの闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像記録 市民が見つめたシリアの1年(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホムスに生きる 〜シリア 若者たちの戦場〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒『圧倒的な迫力、アフガン版ネオリアリズモ』
竹林軒出張所『タリバンに売られた娘(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ネットが革命を起こした(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ムハンマドたちの絶望(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『チュニジア民主化は守れるのか(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベラルーシ自由劇場の闘い(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-09-13 08:18 | ドキュメンタリー

『成人病の真実』(本)

b0189364_21275820.jpg成人病の真実
近藤誠著
文春文庫

成人病治療も日本の医療界も
ぶった斬る!


 『がん放置療法のすすめ』の近藤誠が、日本の医療を斬りに斬りまくった快著。著者は、これまでがんの外科手術についてその無用さを訴えてきたが、この本ではがん治療だけでなく成人病の検診と治療全般について詳細に取り上げて分析し、その問題性を指摘して斬っていく。返す刀で日本の医療界の異常さにも斬り込み、名のあるエラい権威のセンセイたちまで実名を挙げて批判していく。まことに痛快ではあるが、こんな本を出した日にゃ近藤センセイ、医学界にいられなくなるのは想像に難くない(ちなみにこの本、元のハードカバーは2002年に刊行されている)。逆に言えば、医学界の外にいる我々にとっては非常に価値の高い本である。
 先ほども言ったように、本書で中心になっているのが成人病の問題で、成人病検診によって「病人」が作り出され、それに対して本当であれば行われるべきでない治療が行われていると訴える。成人病検診では、恣意的な基準値が使用されており、それに収まらない人は「病人」とされる。本来であればまったく問題にならない部分が問題とされ、患者側の不安を煽って、不要な薬物投与や「治療」が実施される。こうして何も知らない庶民は、自らの健康な生活が医療によって削られていき、健康が損なわれることになる。要するに、成人病検診自体が無駄どころか有害だというのが著者の主張である。
 他にも医療ミスの問題、インフルエンザワクチンの問題に加え、がん検診や腫瘍マーカーの問題まで切り刻んでいく。「インフルエンザ脳症が薬害」とする議論は一読の価値がある。医療界にとっては暴論以外の何ものでもないだろうが。とにかくその切れ味は鋭く、こんなことまで言っちゃって大丈夫かと思わず目を疑うような記述が後を絶たない。極論だという批判もあるかも知れないが、こういった大胆な批判が、医療界が抱えている多くの問題を照らし出す結果になっているわけで、この著書のような主張は決して無下に扱うことはできないと思う。近藤誠のもう1つの代表作と言える快作である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『これでもがん治療を続けますか(本)』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
竹林軒出張所『日本は世界一の「医療被曝」大国(本)』
竹林軒出張所『健康診断は受けてはいけない(本)』
竹林軒『書籍レビュー:この本をすすめる本当の理由』
竹林軒出張所『大往生したけりゃ医療とかかわるな(本)』
by chikurinken | 2016-08-20 07:21 |

『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(本)

大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ
中村仁一著
幻冬舎新書

死を想うことは生を見直すことだ

b0189364_741515.jpg 現代医療の問題点を指摘した本は、近藤誠の本をはじめとして今では数々あるが、この本はきわめて異色である。
 著者は、老人福祉施設付きの医者で、多くの老人を看取ってきた経験を持つ。その経験から、がん死について、人間の死に際を苦しめているのは医療であり、医療にかからずすべてを放っておけば、ほとんどの場合安楽に死を迎えられると主張する。また、人が死に際に食べたり飲んだりしなくなってやがて死んでいくのは自然なことであり、飲食をしないから死ぬのではなく、死ぬための過程として飲食をしなくなるのだと説く。他方現代医療では、食べられなくなったり飲めなくなったりすると、食べ物や飲み物を無理やり体内に入れることで、死の瞬間を延ばしている。だがこのような処置は患者に苦痛を強いるだけのもので、結果的に安楽に死ぬことを阻害しているのだという。何の処置もしなければ、たとえがんであっても、穏やかな表情で自然死していくというのが著者の主張である。死ぬ間際には脳内でエンドルフィンが分泌されるので気持ち良く死ねるのではないかとまで言っている。
 ではどうしてこういう「自然死」を迎える人が少なくなったかというと、患者の側が医療に対して万能だと勘違いしていること、医療側もそれを利用して利益を上げようとしていることなどが理由として挙げられるという。無駄な医療を受ける/行うことでどんな病でも直せると双方とも勘違いしているというわけだ。死は誰にでも来るという前提に立ち、生殖が終わったのであれば生物としての役割を果たしたのだから、運命を受け入れて死に行くことが望ましいのだというのが著者の主張で、そうすることが無駄な医療を断ち切ることに繋がるという。
 そして死を受け入れることは、死をタブー視せず常に死を前提として生きることから、生の充実にも繋がる。1カ月後に死ぬことが分かっていれば、何を優先的にやるべきか自分で考えて、自分なりに最重要なことに集中するようになる。結果として人生が充実するというのである。
 記述は非常に平易で、しかも随所に著者独特のおかしみがあふれているため、非常に読みやすい。中には悪ノリみたいな箇所もあるが、当人がきわめて真面目に取り組んでいることが分かるため、決して不快ではなく、むしろ笑いを誘う。
 著者は「自分の死を考える集い」などという集会を15年以上続けているらしく、その集会で、健常な人々の模擬葬儀を行い当事者が棺桶に入るという企画まで執り行っている。著者自身も自ら棺桶を体験しており(写真が掲載されている)、こういう体験こそが「生き直す」ことや「人生を軌道修正」することに繋がると主張する。本書の内容もユニークだが、著者もきわめてユニーク。医療や生命について考え直す良いきっかけになる本と言える。目ウロコ本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『どうせ死ぬなら「がん」がいい(本)』
竹林軒出張所『成人病の真実(本)』
竹林軒出張所『健康診断は受けてはいけない(本)』
竹林軒『書籍レビュー:この本をすすめる本当の理由』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
竹林軒出張所『在宅死 死に際の医療(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2016-07-03 07:42 |