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竹林軒出張所

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『たそがれ清兵衛』(映画)

たそがれ清兵衛(2002年・松竹)
監督:山田洋次
原作:藤沢周平
脚本:山田洋次、朝間義隆
音楽:冨田勲
出演:真田広之、宮沢りえ、田中泯、岸惠子、吹越満、大杉漣、小林稔侍

平成時代劇の見本

b0189364_8153367.jpg 藤沢周平原作の同名短編小説を映画化したもの。実際には『たそがれ清兵衛』だけでなく、『祝い人助八』、『竹光始末』も原作になっており、いろいろな要素をまとめて1本をこしらえたというかなりアクロバチックなシナリオである。ただし、渾然一体とまとまっているため、寄せ集めの感覚はまったく湧かない。どこからどこまでがどの原作というのもなかなか見えてこないため、優れたシナリオと言うことができる。
 舞台は幕末の庄内地方。病気(結核)の妻(映画冒頭で死去)と幼い子供、もうろくした母を抱え、生活に困窮している50石取りの下級武士、井口清兵衛は、家事や内職に忙しいことから、勤務が終わったら、つまり黄昏時になったらすぐに直帰する。そのために同僚から「たそがれ」と呼ばれている。しかも妻がいなくなったことから身の回りのことが行き届かず、見るからに汚いなりをしていて、実に冴えない男である。ところが実際は相当な剣の使い手であることから、日常から離れた大きなうねりに巻き込まれていく……というようなストーリー。ストーリーの進行にあわせて語りが挿入され、次女の立場からの回想として、岸恵子(数十年後の次女の役)のナレーションで語られる。
 先ほども言ったように大変よくできたストーリーで、しかもセットが豪華、時代考証もしっかり行われている(監督は相当凝ったらしい)点で、時代劇の模範みたいな映画になっている。登場人物の清兵衛と同じように、穏やかな雰囲気が漂うが隙がないという類の作品である。ただ、これは以前のレビューでも書いたんだが、武士が黄昏時になるまで勤務しているというのが、どうも実際とは異なっているんじゃないかと感じる。こういう勤務形態は近代的なもので、江戸時代までの侍の仕事は、今と比べて割合のんびりしていたと思うが。ただそうなると「たそがれ清兵衛」自体が成立しないので致し方ないところだが、時代考証をしっかり行った監督の立場からすると、今頃、内心忸怩たる思いということになっているかも知れない。ただ勤務風景や生活が非常にリアルなんで、そういう点での面白味はある。
 また主人公の清兵衛(真田広之)と朋江(宮沢りえ)が非常に魅力的なキャラクターであるのもこの映画の大きな魅力である。上司(小林稔侍)や同僚(赤塚真人ら)もいかにも下級役人然としていて、大変存在感がある。そのために当時の武士の生活を覗き見しているような風情がある。清兵衛の幼なじみを演じる吹越満は、この直後、『江戸古地図の旅』というドキュメンタリーでも同じような役回りを演じているが、もしかしたらこの映画の影響かも知れない。
 全体を通じてまったく隙がない山田洋次らしい作品で、それ以前の実にいい加減な考証の時代劇とは一線を画す作品である。新時代のフロンティア時代劇と言って良いのではないかと思う。実際これ以降、本格的で上質な時代劇映画が(山田洋次作品もあるが)何本か出てきて、秀作として残っている。そういう意味でも、この映画が日本映画史上の1つの画期になったと言える。
第76回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワン、
日本アカデミー賞作品賞他受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『武士の一分(映画)』
竹林軒出張所『果し合い(ドラマ)』
竹林軒出張所『闇の歯車(ドラマ)』
竹林軒出張所『江戸古地図の旅(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『元禄御畳奉行の日記 (上)(下) (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『家族(映画)』
竹林軒出張所『遙かなる山の呼び声(映画)』
竹林軒出張所『男はつらいよ 純情篇(映画)』

 以下、以前のブログで紹介した『たそがれ清兵衛』の評の再録。概ね同じようなことが書いてある。
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(旧ブログ2004年10月25日の記事より)
たそがれ清兵衛(2002年・松竹)
監督:山田洋次
原作:藤沢周平
脚本:山田洋次、浅間義隆
出演:真田広之、宮沢りえ、小林稔侍、大杉漣、赤塚真人

 山田洋次あなどるべからず。
 山田洋次の映画は、あまり好きじゃない(接写が多く疲れるのだ)が、これはいける。乾いた空気が心地よい。
 「世間でダメだと思われている人間が実はすごい人だった」というパターンはそれ自体楽しいものだが、それに恋愛や家庭、宮仕えの悲哀など、さまざまなエピソードをつなぎ合わせて、どっしりした仕上がりになっている。最後のテロップを見ていると、藤沢周平の原作として3本あがっていたが、3本の話を1つにまとめ上げたにしてはあまりに良くできている。すばらしいシナリオだ。
 真田広之は相変わらず芸達者だ。宮沢りえも、抑えた演技で良い。
 ただ以前、江戸時代の武士は1日4時間程度しか仕事をしていないと本で読んだが、そうすると帰宅する時間も明るい内になるので「たそがれ」にならないんじゃないか。どうだろう。これは原作に対する疑問。
★★★★

by chikurinken | 2018-10-25 07:30 | 映画

『明治天皇〈一〉』(本)

明治天皇〈一〉
ドナルド・キーン著、角地幸男訳
新潮文庫

歴史の大きなうねりに身を任せる

b0189364_18282572.jpg 明治天皇の生涯に迫るノンフィクションで、文庫版全4巻構成の第1巻が本書。明治天皇誕生から明治維新前後までがその内容になる。
 『百代の過客』のドナルド・キーンらしく、さまざまな日記や文献を基にして明治天皇の生涯を追っていこうという試みで、本書の情報源の中心は『明治天皇紀』(宮内省が編纂した明治天皇言行録)である。天皇周辺の人々の日記などからも引用があり、広範囲のソースから当時の状況を明らかにしていこうというアプローチで、真摯な学術的な態度が好ましい。明治天皇の生涯といっても、当然のことながら、それを取り巻く政治、社会の状況が中心になり、天皇の目から見た日本近代史という内容である。このあたりは『西園寺公望 最後の元老』などの書と同じ方法論である。天皇に視点を置いたのは、明治天皇が、西園寺公望同様、政治の中枢に籍を置いている人物であることを考えると、歴史を探るという目的に叶った現実的なアプローチと言える。
 本書の前半は、明治天皇はその姿をあまり現さず、父帝の孝明天皇中心になる。孝明天皇の時代、つまり嘉永期から安政・万延・文久期、諸外国が通商や外交関係を求めて日本の近海に現れてくる。孝明天皇より前の時代には、天皇自身が政治に関わることはほとんどなかったが、外国人が現れ不平等条約調印に至る過程で、江戸幕府は朝廷や大名にも政治的な案件について諮問し、条約調印についても朝廷から許可を得るという方向に変わってくる。そのために朝廷の力が相対的に高まってきたのがこの幕末である。ただし、孝明天皇自身は、その間も幕府と非常に良好な関係を保っており、「公武合体」を推進する保守派であったが、ただし外国人嫌いであったために、神戸の開港については最後まで抵抗を見せた。また、孝明天皇自身も、外国人排斥の「攘夷」を望んでいた。とはいっても、これはあくまでも幕府に対して望んでいたのである。実際、十四代将軍徳川家茂とは個人的にも非常に良好な関係を築いていた。ところが、長州藩や薩摩藩の一部の過激勢力が幕府と政治的に対立を始め、攘夷決行を幕府に迫るようになり、しかもそれがテロを交えた運動へと発展していくことになる。朝廷内の一部勢力も、こういった過激派と連動し、朝廷内で攘夷と朝廷の政権奪取を望んで運動をする過激公卿が現れてくる。孝明天皇は、穏健な保守派であることから、こういった動きに対して反発し、あくまで幕府主体の攘夷を望むのであるが、幕府勢力は徐々に後退、挙げ句に第二次長州征伐は中途半端な形でうやむやになり、過激派の薩摩藩勢力に幕府軍が破れるという事態にまでなってしまう(鳥羽伏見の戦い)。何より一番大きかったのは、親幕府だった孝明天皇自身がその過程で崩御してしまうという事態であった。こうして歴史は大きくうねり、大政奉還、王政復古という形で、いわゆる「明治維新」が進んでいくのはご存知のとおり。明治天皇も、父帝の死去を承けて、15歳で即位することになった。即位した天皇は、外国の公使らとも積極的に面会し、明治の近代化政策にも積極的に関わるようになっていく。そして明治政府が中心となり、近代化政策を推し進めていく……というのが第1巻の趣旨である。
 幕末から明治にかけての政治史としては、かなり細かく描かれており、そのために文庫で全4巻にもなったんだろうが、このくらい細かいと、なかなか先に進まず、少々じれったく感じる。とは言え、歴史の流れというものは本来そういうものであり、同じようなゆっくりしたリズムで体感していくという意味では、これもありではないかと思う。とりあえず第2巻は読んでみようと思う(もうすでに購入済み)。
第56回毎日出版文化賞人文・社会部門受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『明治天皇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『明治天皇〈三〉(本)』
竹林軒出張所『明治天皇〈四〉(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『百代の過客〈続〉(本)』
竹林軒出張所『西園寺公望 最後の元老(本)』
竹林軒出張所『幕末史(本)』
竹林軒出張所『決戦!鳥羽伏見の戦い(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン自伝(本)』

by chikurinken | 2018-08-15 07:28 |

『百代の過客〈続〉』(本)

百代の過客〈続〉
ドナルド・キーン著、金関寿夫訳
講談社学術文庫

他人の日記の覗き見の仕方として理想的

b0189364_14330807.jpg 『百代の過客』の続編。
 『百代の過客』は、平安期から江戸期までに(日本人によって)書かれた日記を一点ずつ取り上げ、それについて論じるという本であったが、著者の当初の目論見と違って、結局近代の日記を取り上げるに至らなかった。著者によると、あまりに取り上げるべき日記が多すぎたためということらしい。これを承けて、その後、江戸末期から近代までの日記をあらためて取り上げるという続編の連載が朝日新聞で始まった。それをまとめたのがこの『百代の過客〈続〉』である。こちらも本来であれば現代の日記まで到達する予定だったが、大部となったせいで、結局明治時代までで終わってしまった。しかもページ数は前作をかなり上回る大著になっている。
 取り上げられた日記は、大きく7つのカテゴリーに分けられている。1つ目は、幕末から明治初期にかけて欧米に出かけていった人によるもの(「遣米使日記(村垣淡路守範正:1860年の遣米使節団の一員)」、「奉使米利堅紀行(木村摂津守喜毅:咸臨丸司令官)」、「西航記(福沢諭吉)」、「尾蠅欧行漫録(市川渡:遣欧使節団副使の従者)」、「欧行日記(淵辺徳藏:遣欧使節団の一員、洋画の研究のために派遣)」、「仏英行(柴田剛中:遣欧使節団の幕府官僚)」、「航西日記(渋沢栄一)」、「米欧回覧実記(久米邦武:岩倉使節団の正式書記官)」、「航西日乗(成島柳北:東本願寺の現如上人の洋行に随行した文人)」)、つまり欧米での異文化体験について書かれたもの。2つ目は、ヨーロッパ以外の国との接触について書かれたもの(「桟雲峡雨日記(竹添進一郎による中国旅行の漢文日記)」、「松浦武四郎北方日誌(蝦夷地でアイヌと接触しその文化的価値を大いに評価した松浦武四郎による蝦夷探検記)」、「南島探験(笹森儀助による沖縄滞在記)」)。3つ目は著名な文人の海外滞在記(「航西日記(森鷗外の洋行記録)」、「独逸日記(森鷗外のドイツ滞在記)」、「漱石日記(夏目漱石による英国滞在記)」、「新島襄日記(新島襄の青春冒険譚)」)で、4つ目は著名な政治家の日記(「木戸孝允日記」、「植木枝盛日記」)。5つ目は女性による日記(「小梅日記(川合小梅という和歌山在住の女性による、江戸〜明治期の長期に渡る記録)」、「一葉日記(樋口一葉)」、「峰子日記(森鷗外の母、森峰子による日記)」、「津田梅子日記(幼い頃からアメリカに滞在し、帰国してから教育に携わった津田梅子)」、「下村とく日記(写真花嫁として在米の日本人に嫁ぎ、その後太平洋戦争中強制移住させられた経験を持つ下村とくの日記)」)。6つ目は著名な文人による日常日記で、彼らの文学と大いに関連しているもの(「欺かざるの記(国木田独歩)」、「子規日記(正岡子規)」、「啄木日記(石川啄木)」)。そして7つ目も、著名人による日常日記(「観想録(有島武郎)」、「幸徳秋水日記(幸徳秋水)」、「蘆花日記(徳冨蘆花)」、「木下杢太郎日記(木下杢太郎)」、「西遊日誌抄(永井荷風の米国滞在記)」、「新帰朝者日記(永井荷風の国内日記)」)で、計32書である。
 内容はどれも興味深く、前著よりも内容は充実している。中でも、数々のアメリカ人と親しくなりアメリカの生活に非常に馴染んだ咸臨丸司令官の木村摂津守や、アイヌの知恵を高く評価しアイヌ文化評価の先駆けとなった松浦武四郎、ドイツの生活にすっかり溶け込んで学生生活を謳歌していた森鷗外らには、人間的な魅力を感じる。また、樋口一葉や正岡子規、石川啄木の日記には、彼らの文学性、人間性が顔を出し、大変興味深い。人間性といえば徳冨蘆花の日記が出色で、老女中を蹴倒して殴りつけたり、あるいは若い女中に性的関係を迫ったり(未遂で終わる)、まさにやりたい放題の明治男である。性欲がかなり強かったらしく妻との頻繁な性交渉まで詳細に記録しているらしい。徳冨蘆花という人物、ほとんど知らなかったがかなり興味を引かれた。
 どの日記も、当然のことながらその人の生(そして時代背景)が反映されており、日記を読むという行為は、言ってみればその人の生き様を覗き見する行為であることよと気付く。その覗き見の面白さを伝えるのが、この『百代の過客』ということになる。
 ただ、いろいろな人が残した日記を読もうとすると、実際には読者にとって退屈な記述が連綿と続くため、多くの場合すぐに飽きるらしい。しかも後の時代の者が読みたいと思われる記述が必ずしもあるわけではなく、歯がゆい思いをすることもあると著者は「序」で述べている(たとえば、著者はある英国大使館付の外交官夫人がかつて書いた日記を読んだことがあるらしく、その日記にジョージ・バーナード・ショウと会食した記述が出てきたらしいが、そこにはショウの会話の内容や印象などは一切書かれておらず、料理のことしか触れられていなかったという)。それを思うと、こういうような形で、面白い部分だけ引っ張り出し味付けした上で出されるという方法が、他人の日記を読む方法としては一番適していると言える。こちらとしてはありがたく賞味するだけである。
 なお、タイトルになっている『百代の過客』は、もちろん松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭部分からとったものだろうが、日記の作者たちのことを「過客」と表現している箇所があって、「長い期間に渡る日記作者たち」というような意味あいもあるのかとあらためて納得した。本の内容は言うまでもないが、タイトルも秀逸である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン わたしの日本語修行(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン自伝(本)』
竹林軒出張所『私が愛する日本人へ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-04-15 07:32 |

『江戸の瓦版』(本)

江戸の瓦版 庶民を熱狂させたメディアの正体
森田健司著
歴史新書y

江戸文化の奥深さを知る

b0189364_18344931.jpg 江戸時代の瓦版を紹介する本。
 瓦版は、時代劇なんかで見ると、現代の新聞の号外と同じようなノリで配られているが、実際には瓦版自体が幕府から禁止されていたため、売り手は顔を隠してこっそりと売っていたというのが真相らしい。一方で口上みたいなものを交えながら(派手に)売ったという記述もあり、要は当局側が見て見ぬふりをしていたということになる。ただしその内容が幕政批判および心中ものになると、当局の態度が一変し、すぐに取り締まりの対象になったというから面白い。今の中国社会みたいである。
 この本では、瓦版の内容も詳細に紹介されており、特に仇討ちと地震情報の瓦版にスポットを当てている。庶民の間で非常に人気があったのが仇討ちの瓦版で、中でも「女性による仇討ち」が人気を博したという。一方で質の悪い瓦版も多く、中には別の瓦版をパクって質を落としたバッタもんまであって、バリエーションは豊富である。きわめて質の高いものまであるらしい。地震情報については、被災速報や復旧情報などがいち早く瓦版で報道されたということで、しかもこちらは他の一般の瓦版と違って、情報がかなり正確でニュースとしての価値が高いと来ている。
 また幕末のペリー来航に関わる瓦版も多数紹介されていて、こちらも非常に興味深い。特に庶民(というか瓦版)の当時の世界情勢に対する見方が鋭く(早い話が現代の我々の認識とあまり変わらない)感心する。一方でこの本の著者の歴史認識についてはやや甘さが見受けられたりするが、まあそれはご愛敬の範囲である。
 この本から歴史を読み取るというような本格的なアプローチではなく、江戸文化を覗く一種の博物誌としてこの本に当たれば非常に有用なのではないかと思う。読みやすいし内容も面白いので江戸風俗に興味がある人にはお勧めである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
竹林軒出張所『実見 江戸の暮らし(本)』
竹林軒出張所『ニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法(本)』

by chikurinken | 2018-02-15 07:34 |

『蘭学事始』(本)

蘭学事始
杉田玄白著、片桐一男訳
講談社学術文庫

『蘭学事始』の決定版

b0189364_18333015.jpg 先日見たドラマ『風雲児たち 蘭学革命篇』の影響で、底本(と思われる本)に当たってみた。読んでみて、やはりここからの情報がかなり盛り込まれたドラマだったということがわかる。
 あのドラマでも示されていたが、江戸時代中期、前野良沢、杉田玄白らにより『解体新書』が翻訳されてから、西洋の学術研究が「蘭学」という形で始まり、西洋学術研究の流れがそれ以降も続いた。つまり『解体新書』こそが蘭学の始まりである。ただし『解体新書』には前野良沢の名前が記載されていなかったらしく、その業績は杉田玄白、中川淳庵、桂川甫周らのものとされていた。前野良沢の名前が広く知られるようになったのは、杉田玄白が著したこの『蘭学事始』でその人物像が触れられていたためらしい。この『蘭学事始』は、蘭学の始まりである『解体新書』翻訳のいきさつについて杉田玄白が記したもので、前野良沢以外にも、翻訳に関わった人々、その後学術について教えを乞いに来た人々を紹介している。
 この講談社学術文庫では、『蘭学事始』の上の巻と下の巻の両方の原文を書き下し文で収録しており(オリジナルは漢文ではないかと思う)、あわせて現代語訳も収録している。元々の『蘭学事始』自体(現代語訳でも)文庫本にして70ページ程度の長さであるため、分量的には原文と訳文が載っていてもそれほど無理はない。しかし両方掲載されているというのは、現代語訳に疑問があればすぐに原文に当たることができる点を考えると、非常に親切である。
 杉田玄白の原文は江戸時代後期(1815年刊行)の漢文調の文章であるため、実際のところ原文のままでもさして苦もなく読むことができるわけだが、読み進めることを考えた場合、当然のことながら現代語訳の方がはるかに読みやすい。しかも翻訳文も、こなれた翻訳でまったく問題ない(といっても原文自体が現代語にかなり近いのだが)。そういう点を考え合わせると、原文と訳文を並べた本書は、本として非常に優れたお買い得の一冊と言える。
 また「解説」が60ページ以上あるのも、サービスだか何だかわからないが、良心的と言えるのかも知れない。解説では、タイトルが当初『蘭学事始』ではなく『蘭東事始』だった点や、それが二転三転した事情などについて考察されている。さらに本書訳の底本や写本などの解説もあるが、研究者でなければあまり必要なさそうな情報である。ともかく非常に至れり尽くせりの本であり、『蘭学事始』を読みたければこの文庫本を買っておけば間違いないというような本である。それは間違いない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『風雲児たち 蘭学革命篇(ドラマ)』

by chikurinken | 2018-02-01 07:33 |

『風雲児たち 蘭学革命篇』(ドラマ)

風雲児たち 蘭学革命(れぼりゅうし)篇(2017年・NHK)
演出:吉川邦夫
原作:みなもと太郎
脚本:三谷幸喜
音楽:荻野清子
出演:片岡愛之助、新納慎也、村上新悟、迫田孝也、岸井ゆきの、長野里美、山本耕史、草刈正雄

『解体新書』事始め

b0189364_18260557.jpg みなもと太郎のマンガ『風雲児たち〜蘭学革命篇〜』が原作のドラマ。
 みなもと太郎の原作自体が、おそらく杉田玄白の『蘭学事始』を下敷きにしていると考えられ、そのためか同じようなストーリーが他の小説でも取り上げられていて、ストーリー自体はそれほど奇抜なものではない。にしても『解体新書』が作られるまでの話は非常に面白い題材で、前野良沢と杉田玄白との関わり合いなどはまことに話になる素材である。みなもと太郎はギャグマンガの人で、マンガのタッチもそういうものであるが、このドラマについてはギャグマンガみたいな騒々しさはなく、割合普通のドラマになっている。脚本は三谷幸喜だが、オーソドックスな作りで、三谷節みたいなものも出てこない。したがって題材自体をじっくり楽しめるようになっている。このあたりはポイントが高い。
b0189364_18261079.jpg ただし、途中、杉田玄白がヤクザ野郎たちに襲われ、どこからともなく現れた林子平(『海国兵談』の著者)がそれを助けるみたいなシーンがあったが、話の流れにまったく関係なく、言ってみれば無意味なシーンであり、なぜこのようなシーンを入れたのか見当が付かない。また、工藤平助(『赤蝦夷風説考』の著者)が主人公たちに絡んでくるのもまったく必然性がなく、高山彦九郎(寛政の三奇人の一人)についても同様。ただし高山彦九郎の存在はドラマと直接関わりがなかったため、遊びのシーンになっていて、アクセントとしてそれなりに良い味があった。また平賀源内(山本耕史)と田沼意次(草刈正雄)の存在はなかなか異色で、従来の歴史観とは若干違うが面白いキャラクターになっている。草刈正雄は、少し前に放送された『幕末グルメ ブシメシ!』と同じような役回りで、その辺を意識したキャスティングだったのかも知れない。
 ドラマは割合平凡であったが、ストーリー自体が非常に興味深い内容で、前野良沢の偉業がよくわかる上、江戸の蘭学事情についても知ることができる。『蘭学事始』を読んでみたくなった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『蘭学事始(本)』
竹林軒出張所『幕末グルメ ブシメシ!(1)〜(6)(ドラマ)』
竹林軒出張所『天地明察 (上)(下)(本)』

by chikurinken | 2018-01-30 07:25 | ドラマ

『果し合い』(ドラマ)

果し合い(2015年・時代劇専門チャンネル、スカパー!、松竹)
監督:杉田成道
原作:藤沢周平
脚本:小林政広
音楽:加古隆
出演:仲代達矢、桜庭ななみ、徳永えり、進藤健太郎、柳下大、高橋龍輝、益岡徹、原田美枝子、小倉一郎

時代考証が行われていないせいか
ストーリー自体が嘘っぽい


b0189364_20221870.jpg 部屋住み(分家、独立できず親や兄の家に留まっている武士の子弟)の身分で、身内から邪魔者扱いされている庄司左之助(仲代達矢)が、甥の娘(桜庭ななみ)の危機に立ち上がるというドラマ。元々CS放送のために作られたものらしい。このくらいの規模のドラマを作る媒体が地上波テレビ以外にも出てきているのは喜ばしいことで、しかも海外でそれなりの評価を受けたというんだから、今後こういった製作パターンが増えるのではないかと期待できる。
 ただし内容は少々荒唐無稽で、時代考証をやっていないんじゃないかと感じてしまう。もっとも全盛時の地上波時代劇にしても時代考証は無茶苦茶だったんでこれで良いという見方もできるが、この作品については武家社会の矛盾みたいなものを描いているわけで、そのあたりがデタラメだともうストーリー自体が台無しになってしまう。
 いろいろな事物の扱いがことごとく現代的な発想なのが特に気になる。「駆け落ちするしかないだろう」などという庄司左之助のセリフが出てくるが、現代でも江戸でも(あるいはどんな社会でも)そんなことでは済まないだろと思ってしまうんだが如何。
 演出についても、『水戸黄門』風の「旅立つときに心から感謝してお辞儀する」という安直なシーンが出てきたりして、全体的にかなりありきたりである。また音楽も随所にグリーンスリーブスが使われていたりして、安直な感じが否めない。音楽から構成やストーリー、演出まで、何もかもが安直な感じが漂うんだが、それは「映画」でなく「ドラマ」であることを考えるとしようがないことなのか。もう少し力を入れて作っても良いんじゃないかと感じる。
 藤沢周平原作の多くの映画では、割合社会の背景がしっかり描かれていて、時代考証が気になるものが比較的少ないのだが、この映画に限ってはかなりデタラメさを感じた。製作段階で大幅に手が加えられたのか原作がそうだったのかわからないが、そういう点がかなり気になったので、ここで表明した。ただ先ほども言ったようにいろいろなところでドラマや映画が作られるのは歓迎である。今後もこういった方向で取り組んでいただけることを期待する。
New York Festivals World's Best TV & Films 2017 Drama Special部門金賞受賞
★★★

参考:
竹林軒出張所『たそがれ清兵衛(映画)』
竹林軒出張所『武士の一分(映画)』
竹林軒出張所『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代(本)』
竹林軒出張所『釣忍(ドラマ)』
竹林軒出張所『樅ノ木は残った 乱心(ドラマ)』
竹林軒出張所『闇の歯車(ドラマ)』

by chikurinken | 2018-01-11 07:21 | ドラマ

『闇の歯車』(ドラマ)

闇の歯車(1984年・フジテレビ)
演出:井上昭
原作:藤沢周平
脚本:隆巴
出演:仲代達矢、役所広司、東野英治郎、神崎愛、中村明美、織本順吉、殿山泰司、小笠原良知、益岡徹

皮肉が散りばめられたストーリー
だが作為的に過ぎる


b0189364_17541890.jpg 藤沢周平の同名小説を劇化したドラマ。数年おきに素人を仲間にして押し込み強盗を働く絵師、伊兵衛が再び押し込みを働くべく動き出す。今回目をつけた素人衆はどれも金が必要な町人で、それぞれに事情を抱えている……というようなストーリー。オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』みたいに、皮肉が散りばめられていて興味深い話ではあるが、かなり荒唐無稽で作りすぎな感は否めない。作為的に過ぎるという印象。
 ドラマとしては可もなく不可もないというできあがりで、特に不満はない。同じ放送局で前年に放送された『樅ノ木は残った 乱心』に続いて仲代達矢と弟子、役所広司が共演している他、特別出演扱いの東野英治郎が『用心棒』(これも仲代と共演)と同じような居酒屋の大将を演じているあたりがキャスティングの見所か。
 今となっては古いドラマだが、テレビドラマとしてはかなりしっかり作られていて、昨今のドラマのお手軽さとは随分違う印象を受けた。全編フィルム撮影である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『樅ノ木は残った 乱心(ドラマ)』
竹林軒出張所『釣忍(ドラマ)』
竹林軒出張所『果し合い(ドラマ)』
竹林軒出張所『たそがれ清兵衛(映画)』
竹林軒出張所『用心棒(映画)』
竹林軒出張所『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代(本)』

by chikurinken | 2018-01-10 06:52 | ドラマ

『樅ノ木は残った 乱心』(ドラマ)

樅ノ木は残った 乱心(1983年・フジテレビ)
演出:井上昭
原作:山本周五郎
脚本:隆巴
出演:仲代達矢、役所広司、加藤武、鈴木瑞穂、内藤武敏、近藤洋介、小沢栄太郎、益岡徹、大橋吾郎、小林哲子、星野浩美、仙道敦子

山周の良い部分が出た

b0189364_15541804.jpg これも過去5回ドラマ化された山本周五郎作の時代劇。NHKの大河ドラマにもなったことがある。
 江戸時代初期の伊達騒動をモチーフにした話で、歌舞伎の『伽羅先代萩』なども伊達騒動がモチーフだが、原田甲斐が主人公でしかもお家を守るために身を投じるという日本人好みのストーリーが『樅ノ木は残った』の特徴である。原田甲斐がバカになって間諜をごまかしながらあれやこれやの策略を練るあたりは『赤穂浪士』の大石内蔵助を思わせ、こちらも日本人好みのモチーフと言える。
 ストーリーは非常に凝っていて、全編緊迫感が漂い、緊張感が最後まで持続する。大河ドラマでやるような素材を2時間弱のドラマにしているため、わかりにくさが随所に残っているし、登場人物の名前も完全に把握できないが、何とか識別できるレベルで最後まで見終わることができた。しかし、登場人物の名前はすべて初出時に字幕で紹介されるだけであるため、伊達騒動をまったく知らない人が見るとなると、それなりに困難が生じるかも知れない。
 キャストはなかなか豪華で、無名塾での仲代の弟子、役所広司が仲代と共演するなどの見所もある。小沢栄太郎が(どちらかと言うと)良い役だったり、仙道敦子がまだ娘っこだったりでなかなか新鮮である。また演出もオーソドックスで破綻はない。なかなかの佳作である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『釣忍(ドラマ)』
竹林軒出張所『椿三十郎(映画)』
竹林軒出張所『赤ひげ (19)(ドラマ)』
竹林軒出張所『いのち・ぼうにふろう(映画)』
竹林軒出張所『闇の歯車(ドラマ)』
竹林軒出張所『果し合い(ドラマ)』
竹林軒出張所『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代(本)』

by chikurinken | 2018-01-09 06:54 | ドラマ

『光圀伝 (上)(下)』(本)

光圀伝 上
冲方丁著
角川文庫

徳川光國と『水戸黄門』は別もん

b0189364_19005985.jpg 『天地明察』の作者による『天地明察』スピンオフ小説。『天地明察』で特異なキャラとして登場した徳川光國にスポットを当てた伝記小説である。
 本来であれば長子が世継ぎになるべきところを次子である光國が継いだため、光國本人はその継嗣に「義」がないのではないかとずっと悩み続ける。若い頃はそのためにぐれて、無頼を働き、あげくに何の咎もない無宿人を殺すことになる。そのときに立ち会っていた宮本武蔵らに大きな影響を受け、やがて自身の義を見つけ出して、徳川御三家の水戸藩を継承するというストーリー。義をストーリーの中心に置き、義を巡って登場人物たちを動かしていくという趣向は面白い。
 この著者の特徴はキャラクターの描き方がうまいことで、『天地明察』同様、この小説でも、光國はじめ、正妻の泰姫、兄の頼重ら魅力的な登場人物が目白押しである。宮本武蔵や沢庵和尚まで出てくるのは少々行き過ぎのようにも思えるが、エンタテイメントなんだから良しとする。また、『天地明察』の主人公、渋川春海も登場し、『天地明察』と同じようなシーンが出てくる。同じシーンを光國側からの視点で描いているわけで、別の小説で異なった視点から1つのシーンを描くという趣向は斬新で、面白い。
b0189364_19010415.jpg 他にもテレビドラマ『水戸黄門』でお馴染みの佐々木助三郞、渥美格之進のモデルである佐々宗淳介三郎と安積澹泊覚兵衛も登場。風車の弥七やうっかり八兵衛は当然のことながら出てこない(あれはドラマのキャラ)。黄門様が助さん格さんを引き連れて諸国を漫遊するというネタは、佐々宗淳らが、光國の畢生の事業である『大日本史』の資料集めのために全国を旅したことから起こったものだそうだが、この小説で語られる徳川光國、佐々、安積のイメージとはほとんど重なる部分がない。そのあたりに逆に面白さを感じる。
 また『天地明察』でもそうだったが、当時の時代背景が丁寧に描かれるため、(著者の解釈による)当時の空気が非常によく伝わってくる。歴史がよく描かれていると言うべきか。こういった点もこの小説の大きな魅力である。
 文庫本で上下2分冊、計1000ページに及ぶ大著だが、シーンが目に浮かぶような映像的な表現が巧みで、またエンタテイメント的な話の運び方のせいか、読むことはまったく苦にならない。儒学関連の少々難しい事項も出てくるが、すんなりと頭に入るため、どんどん読み進めることができる。ただし、題材のせいかスピンオフだったせいかわからないが『天地明察』ほどのキレはないと感じる。それでも著者の筆力のせいで、途中読むのをやめられなくなる。歴史好きにはたまらない本ではないかと思う。
第3回山田風太郎賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『天地明察 (上)(下)(本)』

by chikurinken | 2017-12-07 07:00 |