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竹林軒出張所

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タグ:本 ( 650 ) タグの人気記事

『漢字再入門』(本)

漢字再入門
阿辻哲次著
中公新書

決して侮れない漢字入門書

b0189364_21070899.jpg 『漢字の相談室』の著者による漢字雑学本。雑学本といっても、語られている内容は、『漢字の相談室』同様、非常に深くそれなりに専門的な内容も紹介される。しかも語り口が優しく、ものすごく読みやすい。これは著者の能力に負うところが大きい。この本の内容は、かつての大学の教養課程の授業みたいなものであるが、大学の授業自体、教官によって当たり外れがあるものだ。大学の教官というものは、一般的に専門性が高く、その専門分野に対する造詣も深いため、彼らが普段研究している内容はそれなりに面白いということは容易に予想が付くが、残念ながらそれを人に伝えることに長けている人は意外に少ない。言ってみれば専門バカみたいな人も多く、言い換えるならばオタクの人たちである。したがって彼らが展開する授業がつまらないことは大いにあり得るわけである。ただし、どういう分野でもそうだが、中には人に伝えるのが抜群にうまい人というのがいて、そういう先生の授業はなかなか面白いもので、彼らの研究対象にも興味が湧いたりするものだ。そもそも書物などというものも、書き手がいかにして自分が持っているものを相手に面白おかしく伝えるかがキモであり、うまく伝えられている本が良い本であると個人的には思っている。面白おかしくないとしても内容が斬新であれば価値はあるが、残念ながら内容が乏しい上に伝える能力を欠いている人たちが多いのも事実。そういう人が書いた本は、極力関わらないのが良いのであって、間違ってめぐり逢ってしまったらすぐに捨てるに限る。特に昨今は、出版点数が著しく多くなったせいもあって、そういう類の本、つまりゴミ本がきわめて多い。そのため、図書館で試し読みして、良い内容であれば買うというのが我々消費者の防衛策になるのだ。
 話は随分逸れたが、この本についても、当初は面白そうな部分だけとばし読みしようと思って図書館で借りたんだが、興味深い箇所が多いんで結局全部読んでしまった(このあたりは『漢字の相談室』と同様)。「全部読んでしまった」などという書き方をしたが、実際には内容は非常に濃厚で、語り口はいうまでもなく名人級である。こういう本に触れると、その研究対象にも著しく関心が沸くため、入門書としても最適と言うことができる。これまで漢字になんぞあまり興味がなかったし、むしろ最近思い出せない漢字が多くてイライラするぐらいだったんだが、おかげさまで漢字に大変興味が湧いた。これからもこの著者の本をはじめとして、漢字関係の本に触れていきたいと考えているほどだ。
 さてこの本だが、まさにタイトル通り「漢字再入門」と言えるような内容である。漢字のことは小中学校で教わりそのときに一通りのことは叩き込まれるわけだが、実際には通り一遍の基本事項以外は知らないものである。そのくせ(誰もが)漢字のこの部分にはトメやハネが必要だとか、これが正しい書き順だなどと主張したりする。学校でそれが正しいと教えられてきているからだが、しかし実際には、学校で習うトメやハネ、書き順について、必ずしも現在日本の学校で習っている様式が正しいとは限らないらしい、著者によると。そのあたりのいきさつ、つまりなぜ学校で今みたいなスタイルが絶対的な真実のようになったかについても、歴史を遡りながら説明されているため、非常に説得力がある。教育課程で教わった「事実」に対して再検討を迫られるという点でまさに「再入門」というタイトルがふさわしいと言える。
 他には、漢字の成り立ち(「部首の不思議」)や常用漢字がどのようにして決められたかなど、目からウロコの内容が目白押し。こういった内容が、第1章に相当する「1時間目」から第6章の「6時間目」、終章の「ホームルーム」に渡って、優しい語り口で語られる。日本人が持っている漢字の「常識」(つまり学校でこれまで習ってきたこと)について見直すことができる上、漢字にも興味が湧くという具合で、さながら理想的な授業が展開されているかのようである。漢字の奥深さに感心しながらも、同時に漢字の悠久の歴史を膚で感じるという内容である。僕自身は、これまでいろいろと面倒さを感じていた漢字に、親近感や新しい魅力を感じるようになった。学童向けみたいな語り口なんで、軽さを感じるかも知れないが、決してないがしろにできない深遠さを持っている本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『漢字の相談室(本)』
竹林軒出張所『漢字伝来(本)』

by chikurinken | 2018-05-27 07:06 |

『ビギナーズ・クラシックス 十八史略』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 十八史略
竹内弘行著
角川ソフィア文庫

ダイジェストのダイジェスト
これだとほとんど予告編


b0189364_19230905.jpg 『史記』『老子・莊子』などと同様、『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズの一冊。『十八史略』は、高等学校の漢文の授業でよく取り上げられる素材で、中国の過去の歴史書からいいとこ取りをした、言ってみれば「ダイジェスト書籍」である。著者は南宋時代に官僚だった曾先之だが、彼が官僚として仕えていた南宋は彼の仕官中に滅び、モンゴル人が支配する元(げん)に取って代わられた。そのためもあり、曾先之自身は役職から身を引いて隠遁生活を始めたらしい。その隠遁時代に書かれたのがこの書ということである。こういう背景を考えると、曾先之の中にもこの歴史書を編んだ意図があったとも考えられる(宋王朝の正当性の主張など)わけだが、この『十八史略』は、後にいろいろと他者によって改訂され、最終的に中国史入門書みたいな位置付けの書になる。その後、大陸ではあまり顧みられなくなったが、特に日本で受け入れられ、よく読まれるようになったということである。
 『十八史略』の下敷きになっている歴史書は、『史記』から始まる南宋時代までの書籍で、現在判明しているものは全部で17書。「十八史の略」だから18書ありそうなものだが、17書しか明らかになっていないらしい。この『十八史略』を18番目とするという意図でこのタイトルにしたという説もあるが、この説、ちょっと無理がありそうに思える。
 さてこの『ビギナーズ・クラシックス版十八史略』だが、この本で取り上げられているのは古代から秦末までで、全体のごく一部である。しかもこの本、『十八史略』を謳いながらも、取り上げた部分はすべて『史記』の部分で、そりゃソースは『十八史略』かも知れないが、内容は『史記』である。取り上げ方にもう少し工夫がほしかったところである。
 形式は他の『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』とも共通しており、書き下し文、訳文、解説、白文という並びで各エピソードが紹介されていく。エピソードは全部で21本で、当然のことながら、かなりのダイジェストになっている。先ほども言ったが『十八史略』自体がその性格上ダイジェストと呼べるようなものであり、さらにそのダイジェストということになると、ほとんど予告編といった趣になってしまいそうである。もちろん原文で触れられるんでそれなりに価値はあるが、物足りなさは前によんだ『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 史記』に匹敵する。解説部分はなかなか面白いし、イラストもふんだんに使われているため、本自体に真摯さは感じるが、物足りないという事実は変わらない。それに1つ1つのエピソードがかなり長くなっているため、読み続けるのが少々つらかったということも付け加えておきたい。この本は概ね寝る前に読んでいたんだが、おかげですぐに眠りにつくことができた。そういう点では夜眠れない人に最適の本と言えるかも知れない。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『現代語訳 史記(本)』

by chikurinken | 2018-05-25 07:24 |

『「みんなの学校」がおしえてくれたこと』(本)

「みんなの学校」がおしえてくれたこと
学び合いと育ち合いを見届けた3290日

木村泰子著
小学館

「みんなの学校」までの道のり

b0189364_21503891.jpg 大阪市立大空小学校に密着したドキュメンタリー、『みんなの学校』は、非常に衝撃的であった。子ども本位の目線で学校運営が行われ、問題行動があれば、校長をはじめとする教員や地域の人々が積極的に問題に介入していく姿は、大いに感心する。通常の学校であれば支援が必要とされる生徒も普通学級に入り、クラスや学年の垣根も必要に応じて頻繁に取っ払うなど、これが日本の学校なのかと思うことしきりで、しかもこの大空小学校、公立小学校と来ている。日本の公立施設でも、取り組み次第でこんなに変わることができるという事例を見せつけられた。
 あのドキュメンタリーが撮影されたときに校長を務めていたのが木村泰子氏で、あの学校の特徴は、なんといってもあの校長のリーダーシップによってもたらされたのは明らかである。その後、木村校長は、定年退職したため、その後が気になっていた。しかも教員も半分ぐらいが転勤になったらしいし……もしかして「普通の」学校になってしまったかも知れないと感じていた。また同時に、あの学校がどういういきさつで設立され、どのような過程を経て、あのような姿になったのかも非常に気になる。そこでこの本。木村泰子前校長が、大空小学校の教育方針やその実際、設立のいきさつ、またご本人の修業時代の話などが、話し言葉のような平易な語り口で紹介される。そのため非常に読みやすいが、ところどころ説明が足りず、読んでいてわかりにくい箇所も散見される(概ね推測できる範囲だが)。
 何より面白いのが、大空小学校がこういった姿になるまでの教員たちの奮闘ぶりで、他の学校で大空式の教育を取り入れる上で非常に参考になる部分ではなかろうか。もちろん大空式は一つの理想であり、どの学校でもこういうやり方を取り入れることができるとは思わないが、しかし一方でこうなるまでの過程を示されると意外にどこでもできるんではないかと思わせられる。
 それからドキュメンタリーを見ていたときに気になっていた、生徒の卒業後についても触れられていた。なにしろこういう「特殊な」小学校から「普通の」中学校に進むんだから、さぞかしカルチャーショックが大きいのではないかと勝手に危惧していたが、実は大空小学校では、卒業予定の6年生に対して「普通」の学校での行動についても教えたりするらしい。そのくだりも生徒たちの反応がなかなか面白いんで、興味ある方はぜひこの本を読んでいただきたい。本書によると、卒業生はそれなりに「普通の」中学校に適応しているようだ。ただ、著者が本書でも言っているように、「普通の」学校の方も少し変われば、「普通の」学校の管理型の行動を生徒に教える必要もなくなるし、生徒たちも今よりずっと楽になると思う。「普通の」学校に通っている通常の生徒にとっても、そちらの方が居心地が良いに決まっている。
 ドキュメンタリーもそうだったが、この本も、あちこちにいろいろな歪みが出ている今の教育制度を見直すきっかけになると思う。これは、学校関係者だけでなく、子を持つ親、地域の住民など、多くの人々に当てはまる。僕も含め、いろいろな媒体に触れることで、いろいろと自分の頭で考えて見たいものである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『みんなの学校(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-05-23 06:50 |

『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 老子・莊子
野村茂夫著
角川ソフィア文庫

よくできた「老荘」入門書

b0189364_18425047.jpg これも『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズで、なんと『老子』と『莊子』の2書を1冊にまとめるという大胆不敵な企画である。このシリーズ、『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 史記』のときもそうだったが、原文が漢文であるため、白文、書き下し文、訳文、解説文がそれぞれの項ごとに並んでいるため、誌面を結構消費する。前にも書いたが『史記』の場合もわずか3つのエピソードを、しかもごく一部取り上げるだけで1冊終わってしまっている。それなのに、2種類の書をまとめて取り上げるとは、まさに「大胆不敵」!
 いずれにしろ、2種類の書を取り上げたこの本もやはり、『史記』同様スーパーダイジェストにならざるを得ない。とは言え『老子』については、元々がすべてをあわせても五千数百字の書で、1章当たり百文字程度の章が全部で81章と、比較的短い。本書では、『老子』についてはほぼ半分の38章が取り上げられているため、『ビギナーズ・クラシックス』シリーズとしては上出来の部類に入る。実際この本でも『老子』の章の方が『荘子』の章より長いと来ている。その辺を勘案すると『老子』重視と言えるわけだ。もっともそれなら別々にして『老子』を全部取り上げたら良さそうなものだが、やはり『荘子』も捨てがたかったということなのだろう。実際、『老子』と『荘子』は世間では道家あるいは老荘思想としてひとまとめで語られることが多いため、それも頷けるし、本書の中でも両者に繋がりを感じさせる部分は多い。本の完成度より、あくまで入門書を目指すという志向であれば、それについてこちらがどうこう言える筋のものでもあるまい。
b0189364_07263359.jpg このように『老子』についてはある程度の分量を確保できているが、一方の『荘子』は、元が大著であるため、かなりのダイジェストになっている。『荘子』は元々「内編」7編、「外編」15編、「雑編」11編に別れており(そのうち莊子のオリジナルと言える部分は内編のみで、後は後代が追加したものとされている)、本書ではそのうちのごく一部が取り上げられている。ごく一部ではあるが、莊子の特徴、面白さみたいなものは割合良く表現されているため、物足りなさは『ビギナーズ・クラシックス 史記』ほどではない。『老子』と『荘子』にかなり興味を引かれるのは事実である。実際、取り上げられた箇所やその解説は魅力的である。入門書としては、必要十分とはなかなか言いづらいが、「必要」なところはしっかり抑えられているという印象で、そういう意味で優れた入門書だと言える。
 かつて『マンガ 老荘の思想』という本を買って読んでみたが、あれはどうしようもない代物で、腹立ち紛れですぐに捨てたほどである。あのマンガ版のことに思いを馳せると、老荘の入門書を作ること自体がかなり難しいということがわかるが、本書についてはそのあたりはうまく処理できているように感じる。少なくとも僕はかなり興味をもったため、本書を読んだ後、全編が載っている『老子』を買ったのだった。これこそが正しいアプローチではないか。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 十八史略(本)』
竹林軒出張所『マンガ 孔子の思想(本)』

by chikurinken | 2018-05-01 07:42 |

『変身/掟の前で 他2編』(本)

変身/掟の前で 他2編
カフカ著、丘沢静也訳
光文社古典新訳文庫

読みやすいのは翻訳のせいか?

b0189364_19314179.jpg 「いま、息をしている言葉」つまりこなれた日本語で翻訳するという発想の光文社古典新訳文庫。出版界に妙ちくりんな古典翻訳がはびこっている現代日本において、こういう発想はなかなか斬新であり、見上げたアプローチと言える。とは言え、この『変身/掟の前で 他2編』についてはそもそもが近代小説であり、(比較していないので正確なことはわからないが)従来の翻訳とそれほど違っていないような気もする。少なくとも特に素晴らしい翻訳という印象は受けなかった。逆に、主語が省略されているなどわかりにくい文章がところどころあったりして、本当にこの翻訳が正しいのだろうかと感じる箇所もあった。
 本書で取り上げられている作品は、表題の『変身』と『掟の前で』の他、『判決』と『アカデミーで報告する』の計4編。底本となっているのは『史的批判版カフカ全集』というもので、カフカが最初に書いたオリジナルにもっとも近いものらしい。『変身』が中編だが、あとは短編であり、本書の目玉はやはり『変身』ということになる。ある朝目が覚めると虫になっていたという例の不条理小説である。不条理な前提だが、その前提をそのままリアリティを維持した状態で押し通すという毛色の変わった話である。この文庫で100ページくらいだが、なかなか読ませるため、まったく飽きずに一気に読んだ(もしかしたら「息をしている言葉」もその一因だったかも)。この4編の中ではもっとも印象的であった。
 僕自身は、基本的には小説はなるべく映画やテレビなどの形式で見たいと考えている人間であるが、本書の4編については映像よりも文章の形で読む方が適切なような気がする。どれも映像化が難しそうな上、おそらく映像化してもあまり面白くないんではないかと思う。そもそも映像があるのかどうかさえ疑問だが、もし僕と同じような考え方を持っている人がいるのであれば、ぜひ小説でお読みくださいと進言したい。
★★★☆

注記:
 今調べてみたら、『変身』は少なくとも過去4回映像化されていた。映像という具体的な形で示されると、巨大な虫の描写が生々しくなっていけないような気がするがどうなんだろうか。

参考:
竹林軒出張所『カフカの「城」(映画)』
竹林軒出張所『「僕は人生を巻き戻す」を巻き戻す……アンビリバボー』
竹林軒出張所『白夜/おかしな人間の夢(本)』
竹林軒出張所『純粋理性批判は大きな壁である』

by chikurinken | 2018-04-29 07:31 |

『百代の過客〈続〉』(本)

百代の過客〈続〉
ドナルド・キーン著、金関寿夫訳
講談社学術文庫

他人の日記の覗き見の仕方として理想的

b0189364_14330807.jpg 『百代の過客』の続編。
 『百代の過客』は、平安期から江戸期までに(日本人によって)書かれた日記を一点ずつ取り上げ、それについて論じるという本であったが、著者の当初の目論見と違って、結局近代の日記を取り上げるに至らなかった。著者によると、あまりに取り上げるべき日記が多すぎたためということらしい。これを承けて、その後、江戸末期から近代までの日記をあらためて取り上げるという続編の連載が朝日新聞で始まった。それをまとめたのがこの『百代の過客〈続〉』である。こちらも本来であれば現代の日記まで到達する予定だったが、大部となったせいで、結局明治時代までで終わってしまった。しかもページ数は前作をかなり上回る大著になっている。
 取り上げられた日記は、大きく7つのカテゴリーに分けられている。1つ目は、幕末から明治初期にかけて欧米に出かけていった人によるもの(「遣米使日記(村垣淡路守範正:1860年の遣米使節団の一員)」、「奉使米利堅紀行(木村摂津守喜毅:咸臨丸司令官)」、「西航記(福沢諭吉)」、「尾蠅欧行漫録(市川渡:遣欧使節団副使の従者)」、「欧行日記(淵辺徳藏:遣欧使節団の一員、洋画の研究のために派遣)」、「仏英行(柴田剛中:遣欧使節団の幕府官僚)」、「航西日記(渋沢栄一)」、「米欧回覧実記(久米邦武:岩倉使節団の正式書記官)」、「航西日乗(成島柳北:東本願寺の現如上人の洋行に随行した文人)」)、つまり欧米での異文化体験について書かれたもの。2つ目は、ヨーロッパ以外の国との接触について書かれたもの(「桟雲峡雨日記(竹添進一郎による中国旅行の漢文日記)」、「松浦武四郎北方日誌(蝦夷地でアイヌと接触しその文化的価値を大いに評価した松浦武四郎による蝦夷探検記)」、「南島探験(笹森儀助による沖縄滞在記)」)。3つ目は著名な文人の海外滞在記(「航西日記(森鷗外の洋行記録)」、「独逸日記(森鷗外のドイツ滞在記)」、「漱石日記(夏目漱石による英国滞在記)」、「新島襄日記(新島襄の青春冒険譚)」)で、4つ目は著名な政治家の日記(「木戸孝允日記」、「植木枝盛日記」)。5つ目は女性による日記(「小梅日記(川合小梅という和歌山在住の女性による、江戸〜明治期の長期に渡る記録)」、「一葉日記(樋口一葉)」、「峰子日記(森鷗外の母、森峰子による日記)」、「津田梅子日記(幼い頃からアメリカに滞在し、帰国してから教育に携わった津田梅子)」、「下村とく日記(写真花嫁として在米の日本人に嫁ぎ、その後太平洋戦争中強制移住させられた経験を持つ下村とくの日記)」)。6つ目は著名な文人による日常日記で、彼らの文学と大いに関連しているもの(「欺かざるの記(国木田独歩)」、「子規日記(正岡子規)」、「啄木日記(石川啄木)」)。そして7つ目も、著名人による日常日記(「観想録(有島武郎)」、「幸徳秋水日記(幸徳秋水)」、「蘆花日記(徳冨蘆花)」、「木下杢太郎日記(木下杢太郎)」、「西遊日誌抄(永井荷風の米国滞在記)」、「新帰朝者日記(永井荷風の国内日記)」)で、計32書である。
 内容はどれも興味深く、前著よりも内容は充実している。中でも、数々のアメリカ人と親しくなりアメリカの生活に非常に馴染んだ咸臨丸司令官の木村摂津守や、アイヌの知恵を高く評価しアイヌ文化評価の先駆けとなった松浦武四郎、ドイツの生活にすっかり溶け込んで学生生活を謳歌していた森鷗外らには、人間的な魅力を感じる。また、樋口一葉や正岡子規、石川啄木の日記には、彼らの文学性、人間性が顔を出し、大変興味深い。人間性といえば徳冨蘆花の日記が出色で、老女中を蹴倒して殴りつけたり、あるいは若い女中に性的関係を迫ったり(未遂で終わる)、まさにやりたい放題の明治男である。性欲がかなり強かったらしく妻との頻繁な性交渉まで詳細に記録しているらしい。徳冨蘆花という人物、ほとんど知らなかったがかなり興味を引かれた。
 どの日記も、当然のことながらその人の生(そして時代背景)が反映されており、日記を読むという行為は、言ってみればその人の生き様を覗き見する行為であることよと気付く。その覗き見の面白さを伝えるのが、この『百代の過客』ということになる。
 ただ、いろいろな人が残した日記を読もうとすると、実際には読者にとって退屈な記述が連綿と続くため、多くの場合すぐに飽きるらしい。しかも後の時代の者が読みたいと思われる記述が必ずしもあるわけではなく、歯がゆい思いをすることもあると著者は「序」で述べている(たとえば、著者はある英国大使館付の外交官夫人がかつて書いた日記を読んだことがあるらしく、その日記にジョージ・バーナード・ショウと会食した記述が出てきたらしいが、そこにはショウの会話の内容や印象などは一切書かれておらず、料理のことしか触れられていなかったという)。それを思うと、こういうような形で、面白い部分だけ引っ張り出し味付けした上で出されるという方法が、他人の日記を読む方法としては一番適していると言える。こちらとしてはありがたく賞味するだけである。
 なお、タイトルになっている『百代の過客』は、もちろん松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭部分からとったものだろうが、日記の作者たちのことを「過客」と表現している箇所があって、「長い期間に渡る日記作者たち」というような意味あいもあるのかとあらためて納得した。本の内容は言うまでもないが、タイトルも秀逸である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン わたしの日本語修行(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン自伝(本)』
竹林軒出張所『私が愛する日本人へ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-04-15 07:32 |

『正しさをゴリ押しする人』(本)

正しさをゴリ押しする人
榎本博明著
角川新書

攻撃的な社会現象を推し量るためのものさし

b0189364_18014312.jpg ネットの言論を目にすると胸くそ悪くなることが多い。やたら正義を振りかざして、他人のちょっとした過ちを責め立てる(中には過ちですらないものへの言いがかりもある)。テレビのワイドショーもしかり。一体お前らは何様だと思う。インターネットが普及して、それまで発言機会がなかった一般大衆が自分の意見を表明できる機会が増えたことがその原因の一つであることは容易に予想がつくが、本来公の場所で発言すべきでないような陳腐な意見がまかり通って、しかも数の力で正論を押し黙らせるような議論を目にすると、暗澹たる気持ちになってくる。僕の見たところ、ネットの言論などというものは、井戸端会議や居酒屋のくだまきと同等のものであり、本来であれば無視すればそれで済むわけだが、中には、議論の相手の個人情報を利用して犯罪行為に及んだりする低レベルな人間もいるため始末が悪い。インターネットが普及してから20年も経つんだから、いい加減こういう困った人間に対する法制度が整えられても良さそうなものだが、いまだにやったもの勝ち、言ったもの勝ちみたいな状況が続いている。まことに苦々しい気分である。
 さて、こういったいわゆるバッシング行為が、どういったところから湧き出しているか分析するのがこの本である。といっても、今述べたような社会的な分析ではなく、なぜこういった風起委員的な「自分の正義」を主張する訳知りの言動が起こってくるのか、人の心理面に注目して分析したものである。
 分析はきわめて明解かつ適確で、読んでいて非常に感心した。要するに、(人間には多様な意見があるという前提に立って)異なる立場に立つ能力を欠いた人々が、社会的なストレスによる欲求不満のせいで、インターネットの匿名性を利用して、自身の承認欲求を満たしているということになる。また嫉妬による一方的なやっかみから、特定の成功者に対する攻撃を行うケースも多いという。一々ごもっともで、非常に鋭い分析であると思う。同時に、自分にもこういう特徴がまったくないわけでなく、実は多少思い当たるフシもあり、奇天烈な攻撃性を他者に向けないよう気をつけようと反省するのだった。
 この本で紹介されているものの見方が、現在あちこちで見受けられる攻撃的な社会現象を推し量るためのものさしになるのは間違いない。こういった事実を知った上で、周囲の問題に対処したいものである。もちろん、先ほども言ったが、個人的に反省する材料にもなる。
 この手の本は一般的に独りよがりの議論が多く読むに値しない、または読むに堪えないものも多いが、この本はまるきり違う。大変読みやすく、非常に良い本であると断言できる。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『良心をもたない人たち(本)』
竹林軒出張所『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学(本)』
竹林軒出張所『STAP細胞問題 問題の根底』

by chikurinken | 2018-04-13 07:01 |

『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』(本)

日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦
城田憲子著
新潮社

日本のフィギュアスケートの成功の秘密

b0189364_19510941.jpg 10年ほど前だったと思うが、日本のフィギュアスケート関係者が海外の関係者から「日本のフィギュアはどうなっちゃったの?」とよく訊かれるようになったというような話を、新聞かあるいは雑誌かの記事で目にした。その頃、日本のフィギュアスケート界は多数のタレントを輩出し、男女ともいろいろな大会でことごとく上位を占めるような時代になっていた。その少し前の日本フィギュア冬の時代を知る人々からすると、確かにその頃(今もそうだが)の日本フィギュアスケート界の状況というのは異様であった。聞くところによると、スケート連盟が若年層の育成に力を入れるようになったためということだったが、詳細については(僕には)わからなかった。とは言え、その「育成」については興味が沸くところであった。やはりあれほど短期間で状況を劇的に変えたというのは、きっと何か要因があるはずで、「何かあらむ、やうのあるにこそ、あやしきかな」(宇治拾遺物語 巻11の6「蔵人得業猿沢の池の龍の事」より)という感じであった。
 そして実はその「育成」の仕掛け人が、この本の著者、城田憲子氏なのであった。この本では、日本のフィギュアスケート界が現在のように花開いた、その秘密が明かされている。要するに、城田憲子氏が、日本スケート連盟フィギュア強化部長に就任し、「日本のフィギュアスケート選手が金メダルをとる」ようにするために、強化システムを作り、スケーターを影に日に支えてきたことがその理由……ということになる。
 この城田氏だが、元々はフィギュアスケートの選手であった。結婚と同時に現役選手を辞めた後、先輩に乞われてスケート連盟に顔を出すようになり、そのうちいろいろな仕事を任されるようになる。とりわけ、国際大会であるNHK杯の運営、才能のある若いスケーター(伊藤みどり)の発掘と育成・支援、強化システムの構築、トップ選手のサポートなどの面で、数々の実績を上げていく。中でも伊藤みどり、本田武史、荒川静香、羽生結弦らに対する支援は(この本によると)出色である。一介の強化部長がこれほど個人のスポーツ選手に介入して良いのかというほどで、コーチを世話したり、スケート留学の手配をしたり、演技のどこを変えるべきと口を出したりとそれはもう想像以上である。フィギュアスケートというのは、コーチと選手だけで道を開くような個人スポーツだと思っていたが、決してそうではないということがわかり、そういう点が非常に意外だった。もっとも口だけでなく金も出しており(実際フィギュアには非常に金がかかるらしい)、この人自身がかなり身銭を切っているという状況も窺えるわけで、選手にとって良いかどうかはともかく、口を出すことが決してマイナスとは一概に言えない。実際、この強化部長の尽力で、日本の選手は男女ともオリンピックで金メダルを獲得しており、日本のフィギュアスケートの地位は、ここ20年で格段に向上している。
 この本では、そういった育成の過程が時系列で詳細に描かれ、著者が場合によっては母親、場合によってはマネージャー、場合によっては手配師となり、スケーターを支えている様子がわかる。何より、選手自身が望む「結果」をもたらしていることが、強化部長としての仕事の偉大さを物語っている。こういった育成方法が良いかどうかはにわかに判断できない上、これを他のスポーツ分野で応用できるかというと疑問にも感じる。何より城田氏のような情熱、それに才能は、どこにでもあるもんじゃない。そういう点でも、日本のフィギュアスケートの成功の最大の要因は、城田憲子の存在だったと言えるのではないかと、この本を読んで思うのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『フィギュアの採点はアンカリングの所産か?』

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 以下、以前のブログで紹介したフィギュアスケート関連の本に関する記事。

(2004年12月17日の記事より)
フィギュアスケートの魔力
梅田香子、今川知子著
文春新書

b0189364_19520183.jpg 2001年8月アメリカ・デトロイトの球場で50人に「北米で一番有名な日本人は?」と尋ねてまわった。これが「まえがき」の冒頭の文章。「イチロー」という答えが多いかと思ったらさにあらず、イチローは3位(6票)、2位はオノ・ヨーコ(8票)。そして栄えある1位は、なんと佐藤有香! 36票。
 佐藤有香……ご存知だろうか。フィギュアスケートが好きな人は、幕張の世界選手権で優勝したあの「佐藤有香」を思い出すだろうが、それにしても70%もの人が1位にあげるとは。
 このように冒頭からいきなり驚きのエピソードが紹介され、次から次へと興味深い話が続く。フィギュアスケートがなぜ「フィギュア」という名前なのかとか、なぜ6点満点なのかとか、フィギュア史の話も面白い。フィギュアスケートに多少でも興味を持っている人はかなり楽しめるだろう。
 現在アメリカに住む梅田香子(自身のご子息もフィギュアスケートをしているとか)から見たアメリカのスケート事情や、元選手だった今川知子の体験的フィギュアスケート論は、知らない世界をかいま見させてくれる。
 今の日本の女子フィギュア界は、現在の女子マラソンなみにタレントが豊富である。次のトリノ冬季オリンピックでは活躍が期待できる。おそらく世間の耳目も集まるだろう。一足先にこの本でフィギュアスケート情報を集めるのも良いのでは。
 巻末に、6種類のジャンプについて写真入りで解説しているのも親切。
★★★☆

by chikurinken | 2018-04-11 07:50 |

『ラスト・ソング』(本)

b0189364_19373189.jpgラスト・ソング
佐藤由美子著
ポプラ社

いい話が目白押し

 音楽療法士という商売があるらしい。音楽療法自体は、問題を抱えた人を音楽で癒やそうというアプローチではないかと概ね想像できるが、それが商売として成り立つというのは少々考えにくい。現に日本ではあまり普及していないようで、この著者、音楽療法士なんだが、主にアメリカで活動していたようだ。この本で取り上げられているのはホスピスでの経験であり、対象となるのは終末期の患者である。著者によると、終末期で、外部からは意識がなくなったように見えても聴覚は最後まで残っているという。したがって、終末期に音楽を聞かせるというのも一理あり、アメリカでは「音楽療法はホスピスにおいて非常に重要な役割を持っている」らしいのである。
 この本では、おそらく著者の実体験だと思われる10のケースについて紹介していて、これを読むと確かにホスピスでの音楽療法は良いものかも知れないと思ってしまう。どの話も死や別れが関わってくるため非常に感動的で、涙なくしては読めないようなものである。あまりによくできた話なので、創作かと感じたりもする。もっともたとえ創作であっても良い話であるのは違いない。
 またそれぞれのエピソードで、終末期音楽療法で(著者によって)使われた楽曲がテーマ(そしてタイトル)になっていて、このあたりもよくできていると感じさせる要素である。「きよしこの夜」から始まって「What a Wonderful World」や「Unfogettable」、「椰子の実」や「花」などまで出てくるが、日本の歌が3曲もあって、アメリカの話なのに日本の歌が?と感じるが、しかし中身を読めばそれほどの意外性はなく自然ではある。いずれにしてもどのエピソードもよくできていて、短編集と考えてもまったく問題ない。もちろん、音楽療法の意義を日本人に伝えるという点でも十分功を奏していると言える。
b0189364_19391738.jpg 死にまつわる内容だからか、人がどこから来てどこに行くのか……というようなところまで思いを馳せることになるんだが、同時に自分が最期になったらどんな音楽を聞きたくなるだろうかなどということも考えてしまう。それくらい、心の琴線に触れるような話が多いということだが、でも、どの話もできすぎていて、ホントはフィクションなんじゃないかとつい考えてしまう自分がいる。もちろん先ほども言ったようにフィクションであっても全然かまわないんだが。
 なお、この本に因んだCDも出ている。『ラスト・ソング~人生を彩る奇跡の歌』というんだが、この本で取り上げられている歌がピックアップされていて、本と合わせて聴くと良いというコンセプトなんだろうが、ちょっと度が過ぎている気もしないではない。とは言いながら、僕もツタヤで借りてしまった(まだ聴いていないが)。一種のメディアミックスなんだろうが、まんまと引っかかったわけだ。もっとも今回は、本は図書館で借りている上CDについてもレンタルCDなんで、売上にはほとんど貢献していない。
 と、いろいろと書いてはきたが、先ほどから何度も書いているように、感動的で良い話が多く、なかなか味わい深い本であるのは確かである。あらためて買おうかなという気持ちはある。
★★★☆

追記:
 自分が死ぬ直前にどういう歌を聞きたいか考えるという似たようなテーマの本もある(『マイ・ラスト・ソング』)。こちらは久世光彦(元TBSディレクター)のエッセイ集で、自分の終末に何を聞きたいかということに思いを致すことにはなるが、内容的には取るに足りないものが多い。面白いものもあるにはあるが、底が知れているというのが率直な感想。

参考:
竹林軒出張所『最期のコンサート あるチェロ奏者の死(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-03-24 07:37 |

『ひとを〈嫌う〉ということ』(本)

ひとを〈嫌う〉ということ
中島義道著
角川書店

「嫌われる」を受け入れるということ

b0189364_15350187.jpg 哲学者が人間の「嫌い」について分析した本。自己啓発本の一種と考えて良いのかどうかわからないが、読み終わった段階で書かれていた内容をほとんど忘れてしまうという、自己啓発本らしい特徴があるので、あるいは自己啓発本と言って良いのかも知れない。
 ただし、関心するような記述もあり、無価値な本かというと必ずしもそうではない。特に「嫌い」という感情、「嫌われる」という現象に対して、それを正面から受け入れるべきとする主張はなかなか興味深い。人は誰しも他人から嫌われたくないと考えるが、そもそもそう考える人自体が誰かを嫌うのであれば、誰かに嫌われないということは起こり得ない。であれば嫌われることを必要以上に恐れずに、それを受け入れ、しっかりと対峙することが人生を豊かにすることに繋がるというのが著者の主張である。
 こうした著者の提言は大いに受け入れられるが、100ページに渡って展開される「「嫌い」の原因を探る」という章が、きわめて退屈で、面白味を感じなかった。こうやって細かく分けながら分析していくというアプローチはカント的で哲学者らしいとも言えるが、結局この箇所が全体の半分近くを占め、しかも内容ももう一つということになれば、むしろこの章がマイナスになっているとも感じる。全体を貫く主張やトーンがそれなりに魅力的であったため、こういう方向に進んでいったのは少々もったいない気がする。この本と著者に対しては「嫌い」の感情は持たなかったが(おそらく自虐的なエピソードが繰り出されているため、読者は「嫌い」という感情を発動しにくくなるのだろう)、「嫌い」の原因究明の章のために途中ダラダラしたとりとめのない印象が生じたのは確かで、そのあたりが本の価値を落とす結果になってしまったように思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『「怒り」のマネジメント術(本)』
竹林軒出張所『「やればできる!」の研究(本)』

by chikurinken | 2018-03-22 07:34 |