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竹林軒出張所

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『ロデオ 民主主義国家の作り方』(ドキュメンタリー)

ロデオ 民主主義国家の作り方
(2018年・エストニア/フィンランドTraumfabrik / Kinocompany)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

素人が政治をゼロから作り直す……

b0189364_19471164.jpg もしあなたが一国の政治をいきなり任されたら……、しかも劇的に環境が変わりつつある国の政治を……というドキュメンタリー。
 バルト三国(エストニア、リトアニア、ラトビア)は、第二次大戦中にソビエト連邦に併合され、以後50年以上に渡りソ連の一部になるが、ソ連の民主化に伴い、1990年にいち早くソ連からの独立を果たす。このニュースは当時日本にも届いており、一般の日本人にとっては快哉事だったが、当事者側にとってはそれほど簡単ではなかった。言ってみれば、それまで他所に委ねていた行政機能を自分たちですべてやり直さなければならないわけで、人材も必要、技能も必要、予算も必要になる。
 エストニアでは、独立に当たって総選挙が行われ、マルト・ラールという32歳の若者の民主政党がいきなり第一党に選ばれて、自動的にこのマルトが首相に選ばれてしまう。政治の経験などまったくない彼らが、いきなり突きつけられる難題を解決しながら、内政、外交を担当しなければならなくなった。なにしろ、それまでソ連に物流、行政の多くを依存していたため、ソ連との関係を断った途端にいきなり物資がなくなり、予算もなくなる。新政府は、最初から大変なものを背負わされるハメになる。
 そうは言いながらも、素人政治ながらなんとかやっていたが、それでも資金がないのはいかんともしがたい。そんな折に行政府にソ連のルーブルが埋蔵金として残されていることがわかる。新政府は、これを秘密裏にドルに換金して流用するというアクロバットで、資金面の難局を乗り切ってしまうのだが、後にこれが発覚し、それが原因でマルトは首相の座から追われることになる。このあたりの政治の難局をロデオにたとえて、それを乗りこなすための奮闘が紹介されるのがこのドキュメンタリーである。
 このマルト・ラール、端から見ているとババを掴まされたようなものだが、素人が政治の舵取りを行うために奮闘する姿の描写はなかなか新鮮で、その辺りがこのドキュメンタリーの魅力である。ただし少々説明不足の印象があり、わかったようでわからないような箇所が多かったのも事実。外国からの支援はなかったのかとか、どの程度外国に頼ったのかとかは気になるところだったが、そのあたりはよくわからないままで終わってしまった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ソビエト連邦のコマーシャル王(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベラルーシ自由劇場の闘い(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-23 06:46 | ドキュメンタリー

『十二人の怒れる男』(映画)

十二人の怒れる男(1957年・米)
監督:シドニー・ルメット
脚本:レジナルド・ローズ
撮影:ボリス・カウフマン
音楽:ケニヨン・ホプキンス
出演:ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ、エド・ベグリー、マーティン・バルサム、E・G・マーシャル、ジャック・クラグマン

アメリカの理想的な市民

b0189364_07411669.jpg 言わずと知れたアメリカの法廷映画の傑作。ハリウッド映画を代表する傑作と言ってもよい。
 ある殺人事件を担当する陪審員12人が評議室に入って、その殺人事件について検討し、評決を出すというストーリー。三一致の法則(時、場所、出来事)が守られていて、見る方はその陪審裁判に参加しているかのような錯覚さえ覚える。
 審理対象になっているのは、素行の悪いある若者が父親をナイフで刺し殺したという事件で、弁護士が無能なせいで、どう見ても被告の有罪(ここでは死刑判決が出るという前提になっている)は明らかである。ところがこの評議室で議論が二転三転するという具合に話が進む。
 元々は1954年にテレビで1時間ドラマとして放送されたものだったらしいが、このドラマの評判が良く、これを見ていたく気に入ったヘンリー・フォンダが映画化をもくろみプロデューサーまで務めたという。元々のドラマのオリジナル脚本を書いたレジナルド・ローズも共同製作者である。
 登場人物は皆互いに名前も告げない者同士(中には自己紹介する者もいる)で、この裁判の審理のために集まっている他人同士である。職業も背景も性格も異なり、さまざまなアメリカ人から無作為抽出したようなキャラクターたちである。民主主義と正義を主張する者もいるが、悪い奴には厳罰をという保守思想の塊みたいな人間もいる。そういう人々が、1人の被告、1件の裁判のために集まって第三者の目で審議するという陪審制度の理想的な形態を描いた作品と言えば言い過ぎかも知れないが、現に脚本家のレジナルド・ローズは、陪審員になった経験を基にこの作品を書いたらしい。だが、この映画を見ていると、評議室内で真実が暴かれるなどということはめったに起こらないのではとも感じる。ヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番みたいな人間がいればまた別なんだろうが。
 そういった現実性はともかく、映画は非常に密度が高く、しかも緊迫感があって見応えがある。しかも複雑すぎず進行がわかりやすい。映画を作ろうという人であれば一度はこういった作品を作ってみたいと思う、見本のような作品である。今回見たのは4回目だが、何度見ても飽きることはない。また、陪審員制度の理想を物語っているようなラストシーンが非常に印象的で、いつまでも心に残る。
★★★★☆

参考:
竹林軒出張所『裁きは終りぬ(映画)』
竹林軒出張所『判事よ自らを裁け(ドラマ)』
竹林軒出張所『招かれざる客(映画)』
竹林軒出張所『アラバマ物語(映画)』

 以下、以前のブログで紹介したこの映画の評の再録。
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(2005年10月19日の記事より)
十二人の怒れる男(1957年・米)
監督:シドニー・ルメット
脚本:レジナルド・ローズ
出演:ヘンリー・フォンダ、リー・J・コップ、エド・ベグリー、マーティン・バルサム、E・G・マーシャル

b0189364_07412168.jpg この映画、見るのは3回目だが、何度見ても、その完成度の高さにうならされる。
 ともすればややこしくなって、理解が追いつかなくなることが多い法廷劇で、これほど見る側にストレートに伝わってくるのも珍しい。台詞に無駄がなく、すべてのシーンが実にシャープで、緊迫感がある。
 最初から最後まで会話だけで大きな動きがない。それでいて最後まで目を離すことができなくなる。しかも最後に残る爽快感。最後のシーンは、数ある映画の中で、もっとも好きで印象的なシーンの1つである。
 映画脚本の1つの完成形といっても良いだろう。もちろん、演出も俳優も群を抜いていることはいうまでもない。
★★★★☆

by chikurinken | 2019-07-21 07:42 | 映画

『アラバマ物語』(映画)

アラバマ物語(1962年・米)
監督:ロバート・マリガン
製作:アラン・J・パクラ
原作:ハーパー・リー
脚本:ホートン・フート
美術:アレクサンダー・ゴリツィン、ヘンリー・バムステッド
音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:グレゴリー・ペック、メアリー・バダム、フィリップ・アルフォード、ジョン・メグナ、ブロック・ピータース、ロバート・デュヴァル

アメリカの理想的な父親像

b0189364_18082781.jpg 1932年のアラバマ州の田舎町での話。原作はハーパー・リーの同名小説『アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)』で、著者の自伝的小説である(らしい)。主人公の、小学校に上がるくらいの女の子、スカウト(メアリー・バダム)がハーパー・リーの分身ということになる。
 スカウトは、いつも兄のジェム(フィリップ・アルフォード)と一緒に遊んでいるが、夏の間だけ、隣の家にやってくるディル(ジョン・メグナ)も彼らの仲間に加わる。なおこのディル、実はモデルがいるらしく、なんでもトルーマン・カポーティだという。リーとカポーティ、幼なじみで、子どもの頃にこの映画みたいな付き合いがあったそうだ。
 それはともかく、この作品では、子どもの視点から当時の社会が描かれるんだが、そのために子どもの世界が存分に出てくる。無茶ないたずらをしたり、拗ねたり、近づいてはいけないといわれている近所の家に進入したりで、僕とは国も時代も境遇も違うが、何となく彼らの言葉や行動に懐かしさを感じる。
 スカウトとジェムの母はすでに死んでおり、父が一人で2人を育てている。この父がこの作品の本当の主人公である。父は、アメリカの良心を体現したような存在の弁護士で、あらぬ罪を着せられて収監された黒人の若者の弁護も引き受け、法廷で無罪を主張したりする。ただ、これについては町の白人たちが反感を持ち、圧力をかけたり暴力をちらつかせたりするのである。南部だけに、黒人に対する差別意識が噴出していて、少しばかり怖さを感じる。
 一方で、彼らの隣家にはかつて親の足をハサミで刺したという噂がある精神障害者(ブー)が住んでおり、いろいろと家庭内で問題を起こしているという。子ども達は怖い物見たさでこの家に近づいたりするんだが、要するに、黒人に対する差別、精神障害者に対する差別、そしてそれに対してどう対峙していくかがこの映画のテーマになる。どちらに対しても、父は実に公正に対応しようとし、その生き様を子ども達に見せるのである。決して派手な父ではないが、正義感に溢れしかも行動がそれに伴っていて素晴らしい人格者に映る。アメリカの理想的な父親像と言って良い。このような人物をグレゴリー・ペックが好演していて、この映画の大きな魅力になっている。
 先ほども述べたように、ストーリーは、2つのエピソードが1つの時間軸の中で同時進行で流れていき、それが最後に見事に収束するという秀逸なものである(しかもそれが子どもの視点から描かれる)。ドラマチックで緊張感が持続する上、主張が明確で、構成がしっかりした、大変良くできたストーリーと感じる。当時の町を再現した美術もすばらしい。
 タイトルバックも非常に凝っていて、一度見終わった後もう一度見直すと、実に感心する。作者の分身、つまりこの主人公の思い出が詰まったような宝箱が出るんだが、(成長した主人公が感じているであろう)懐かしさがこちらまで伝わってくるようである。全編端正なモノクロ映像で、このあたりも郷愁を誘うところである。
1962年アカデミー賞主演男優賞、脚色賞、美術賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ラスト・ショー(映画)』
竹林軒出張所『十二人の怒れる男(映画)』

 以下、以前のブログで紹介したこの映画の評の再録。
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(2005年8月2日の記事より)
アラバマ物語(1962年・米)
監督:ロバート・マリガン
原作:ハーパー・リー
出演:グレゴリー・ペック、メリー・バーダム、フィリップ・アルフォード

 冒頭にいきなり「To Kill」と出てきてぎょっとするが、原題が「To Kill a Mockingbird」であった。「モッキンバード(マネシツグミ)を殺すこと」ってな意味。『アラバマ物語』という牧歌的なニュアンスとは異なるが、でもこの邦訳もなかなか良いと見終わった後感じた。
 原作はハーパー・リーのピューリッツァー賞受賞小説『アラバマ物語』で、子ども時代を回想した(形式の)話。
 子どもの視点から20世紀初頭のアメリカが描かれるが、子どもの視点がなかなか心地良い。この映画はストーリーが面白く重大な意味を持っているので、あまりここで多くに触れることはできない(映画評ではストーリーを極力明かさないのがマナー)が、一つだけ。「マネシツグミを殺すこと」というタイトルは「害鳥であれば撃っても良いが、マネシツグミみたいにただ良い声で鳴くだけで人間に害を与えない鳥は撃ってはならない」というフレーズ(映画の序盤に登場人物によって語られる)から来ている。映画を見終わってから「なーるほど」と感じてください。
★★★☆

by chikurinken | 2019-07-20 07:08 | 映画

『逢びき』(映画)

逢びき(1945年・英)
監督:デヴィッド・リーン
原作:ノエル・カワード
脚本:ノエル・カワード、アンソニー・ハヴロック=アラン、デヴィッド・リーン、ロナルド・ニーム
出演:セリア・ジョンソン、トレヴァー・ハワード、スタンリー・ホロウェイ

単純な不倫メロドラマ

b0189364_20070133.jpg 不倫メロドラマ。中年男女が、それぞれ毎週通っているとある町で偶然知り合い、恋愛関係に陥って、それから逢瀬を重ねていき別れるというストーリー。
 主人公は女性の方で、独り語りのナレーションが最初から最後まで続く。さながらNHKの朝のドラマのようである。ストーリーも、回想形式を取ってはいるが、概ねストレートな展開で、サブプロットらしきものもない。恋愛ドラマ好きならともかく、それ以外の人間にとってはどうということのない話である。
 もちろん、作られたのが第二次大戦の直後ということで、時代背景を考えるとこういう映画が望まれていたことは重々わかる。日本でも終戦後、数々の単純な恋愛映画が作られていたことだし。ただ、今見てこれが面白いかというと話は別である。主役のセリア・ジョンソンがちょっと冴えないのも、リアルではあるが、映画の魅力を減らす結果になっている。
 全編背景に、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が使われていて、シーンに合わせていろいろな箇所がピックアップされている。うまいことシーンにはまっているという印象だが、昨今ではフィギュアスケートでもこの曲をうまいことシーンにはめているため、そんなもんかという程度の感慨である。
 もっとも喫茶室のママと常連客の会話とか、最後の最後に割り込んできたうるさいおばさんとかは、それぞれにリアルな質感があり、ディテールはなかなかよくできていたと思う。また出逢いのシーンが自然だった他、友人の冷たさが不倫の背徳感を促す役割をしていたり、それなりの見所はあった。とは言え、ストーリーの物足りなさはいかんともしがたい。今の映画であれば、もう少し何か工夫を盛り込むところだろう。
 実はこの映画、過去にも見ていてすっかりそのことを忘れていたが(今回見ていて途中で思い出した)、僕にとっては二度も見る必要のない映画であったと見ながら感じていたのだった。やはり見た映画については何らかの記録を残しておきたいものである。
カンヌ国際映画祭グランプリ受賞
★★★

追記:
 この作品、1946年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しているが、ちなみにこの年のカンヌ映画祭は実質的に第1回であり、グランプリ(パルムドール)は全部で11作品が受賞している(こうなるとほとんどベストテンである)。そういう点で、その後のパルムドールとはやや重みが違う(その後のカンヌではパルムドール受賞作は1作か2作)。

参考:
竹林軒出張所『戦場にかける橋(映画)』
竹林軒出張所『暮れ逢い(映画)』
竹林軒出張所『雨のしのび逢い(映画)』

by chikurinken | 2019-07-19 07:43 | 映画

攻める『バリバラ』! 「教えて★マーシー先生」って……

 かねてから噂には聞いていたが、『障害者情報バラエティ バリバラ』という番組(NHK Eテレ)がすごい。
b0189364_20301708.jpg 今まではなかなか触手が動かなかったが、今回、「元タレント」の田代まさしが、自身の覚醒剤依存症について語るという激烈な企画が2回に渡って放送されると聞き、しかもタイトルが「教えて★マーシー先生」という人を喰ったようなタイトルなんでにわかに興味が湧いて、2回とも見てみた。
 僕は以前から田代まさしというタレントのセンスの良さを高く買っていたが、2001年以降、覚せい剤取締法違反で3回逮捕され(盗撮や人身事故などでも書類送検されていたらしい)芸能界との縁が切れた。最初の逮捕、それから2回目の逮捕後は、他の芸能人からの支援もあり芸能界に復帰したが、さすがに3回目となると手を伸ばす人もいなくなるのか、現在は基本的に芸能活動をしておらず、なんとダルクの職員として健全な生活を送っているという。ちなみにダルク(DARC)というのは、依存症経験者のための施設で、再び依存薬物に手を染めないでいられるよう支援するという活動を行っている。断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)みたいな存在である。
 この「教えて★マーシー先生」の回では、この田代まさしが登場し、覚醒剤に依存していた時代、刑務所生活、マスコミのバッシングが薬物逮捕者を追い込んでいる状況などについて語る。番組の大部分は経験者、田代まさしによる話であり、そのためにどれも大変な説得力があるが、同時に依存を断つことが非常に難しいことも示される。これはアルコール依存について吾妻ひでおが著書で語っていたこととも共通するが、いったん依存してしまうとこの依存状態を完全に断つことはできなくなるため、1日1日、依存薬物を使わない生活を積み重ねる、そのために危険な場所に近づかないようにするというような態度で対処するしかないらしい。
 また(「覚醒剤やめますか、人間やめますか」などのコピーに代表される)覚醒剤使用に対する過剰なネガティブ・キャンペーンが、薬物依存者の社会復帰を困難にしているという話は非常に興味深かった。芸能人が覚醒剤使用で逮捕されたりすると、マスコミが大挙して家まで押し寄せ、意志の弱い極悪人であるかのごとくあげつらう。しかも家族や友人までが(まったく関係のない他人から)責任を追求されるなどということが行われる。ついこの間も似たようなことが起こっている。だが、あのように極悪人に仕立て上げたところで、薬物犯罪自体は誰かに迷惑をかける類の犯罪ではないし、しかも家族や友人には基本的にはまったく関係ないのである。結局、いったんこういうケースが取り上げられると、家族ともどもそれまでの生活が破綻させられるだけで、本来であれば周囲が彼らの社会復帰を助けるべきなのに、それを困難にするだけだという話はきわめて印象的であった。
 これは精神科医の松本俊彦という人が番組内で語っていたのだが、世間で喧伝されている離脱症状(幻覚が見えたり粗暴になったりなど)は、比較的少数派で、多くはあのような離脱症状はないという。田代まさしの場合も、離脱するとただやたら眠くなっていたと語っていた。したがって覚醒剤依存患者が、離脱状態のために治安を乱す存在みたいに扱うのも正しくなく、いたずらに偏見を助長することにつながるらしい。目からウロコである。
 このように話の密度が非常に濃かった上、田代まさしのギャグが随所で炸裂して、非常に充実した1時間(30分×2)であった。田代まさしのギャグについては、冒頭に司会者から「ろれつが回っていないし手が震えたりしてるけどまたクスリ使ってんじゃないですか」などというものすごいツッコミがあって、それに対して「薬やってないからろれつが回らないし手が震えんだよ。薬やってたら止まるから」などと自虐ネタで返す当たり、なかなかのもので、今も田代節健在を印象付けるやりとりであった。
b0189364_20302352.jpg ちなみにこの『バリバラ』という番組であるが、「バリバラ」というのはバリアフリー・バラエティの略語だそうな。調べてみたところ、これまで放送された回では、障害者の芸人が自身の障害を笑いのネタにして披露するとか、統合失調症の人が自身の幻覚について語るとか、いわゆる「放送コード」を凌駕しているような「攻めた」番組作りをしているようだ。今回の「マーシー先生」の回でも、依存や犯罪、刑務所生活をごく日常的なノリで語っていて、腰が引けたような放送ばかりの昨今、なかなかすごいもんだと感じさせる。田代まさしが語っていた、刑務所内での薬物犯罪逮捕者の心理(逮捕されたときは「もう二度と手を出しません」と宣言していたにもかかわらず、刑務所内ではいつも「クスリやりてぇ」と感じていたというもの)も、普通では絶対に(建前主義の)テレビでは披露されないエピソードである。
 昨今のテレビ番組は、本当になんでもかんでも事なかれ主義で、建前ばかり、しかも内容も乏しいというものがやたら多いが、せめてこの番組ぐらい本音で語ろうとしても良いんじゃないかと思う。テレビ番組と製作者がお利口さんになってしまい、その割には作られたものは白痴的でどうしようもないんだが、つまらないものを作るんだったら、せめて常識(と思われているもの)を破る方向で進んでほしいと思う。もっともヘイト行為や差別、あるいは無理解を助長する方向で常識を突き破っている放送もあるようで、悩ましいところではある(テレビ製作者は本当に白痴化しているのではないかと考えさせられる事例である)。

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『私、パチンコ中毒から復帰しました(本)』
竹林軒出張所『性犯罪をやめたい(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『脱ネット・スマホ中毒(本)』
竹林軒出張所『ポテチを異常に食べる人たち(本)』

by chikurinken | 2019-07-17 07:06 | 放送

『男たちの旅路 第1部「猟銃」』(ドラマ)

男たちの旅路 第1部「第三話 猟銃」
(1976年・NHK)
脚本:山田太一
演出:中村克史
音楽:ミッキー吉野
出演:鶴田浩二、水谷豊、森田健作、桃井かおり、前田吟、五十嵐淳子、久我美子、石田信之、丹古母鬼馬二、頭師佳孝

現実主義か理想主義か、どっち?

b0189364_19392202.jpg 山田太一の代表作『男たちの旅路』の第3回目。
 柴田(森田健作)、杉本(水谷豊)、悦子(桃井かおり)は前回の意見の対立が基になってガードマンを辞めてしまう。ただ、柴田の母(久我美子)と吉岡(鶴田浩二)の間に以前恋愛関係があったことがわかり、それを口実のようにして3人は吉岡に近づく。そんな折に起こった連続猟銃発砲事件、それに続く猟銃強盗事件に彼ら4人が巻き込まれていく。ストーリーには取って付けたような部分もあるが、しかしここでも強烈な問いかけがある。
 猟銃強盗の犯人(石田信之)たちが、猟銃を発砲し、警備員室を襲う。その際、3人のガードマンとそこに居合わせた柴田、杉本、悦子、吉岡が人質に取られる。犯人の警備員に対する要求は、この建物に入っている宝石店の防犯設備を教えろということで、防犯装置が鳴らないまま宝石を奪うというハラである。教えてくれれば命まで奪う気はない、と言う。その際、ガードマンたちに対して「あんたらは仕事で警備してるだけなんだから命を張って我々に対抗する必要はない、我々に協力して防犯設備の位置を教えてくれさえすれば命を取るようなことはしない」と説得する。若いガードマンはそれに応じようとするが、吉岡が「そんなもんじゃない、高をくくるな」と反発する。つまり仕事について、しょせん金のためにやっている業務だと割り切るか、それとも職務を全力で遂行しようとするか、あなたはどっち派だという問いかけがあるわけだ。現実主義か理想主義かという問いが投げかけられるのである。これはなかなか答えが出せない難問であり、ここに登場する一部の若者は現実主義に傾くわけだが、吉岡は理想主義を貫くというように話が展開する。
 この回もサスペンスの要素が強く、まったく目が離せなくなる。しかも明確なテーマも提示され、同時にストーリー的な面白さ、キャラクターの面白さも群を抜いており、非常に質が高いドラマだと感じる。もちろん先ほども書いたように作り過ぎの感は否めない(と言うより、ちょっと度が過ぎていてリアリティを欠いているような気もする)。
 事件は一悶着あるが一応解決する。その後、杉本と悦子はガードマンに復帰し、柴田は転職する。第2部以降は、第1部の主役の1人であった森田健作は出演せず、主人公たちに絡む新しいガードマンとして柴俊夫が出演する。
第14回ギャラクシー賞選奨受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「非常階段」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「路面電車」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第3部「シルバー・シート」(ドラマ)』
竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-15 07:38 | ドラマ

『男たちの旅路 第1部「路面電車」』(ドラマ)

男たちの旅路 第1部「第二話 路面電車」
(1976年・NHK)
脚本:山田太一
演出:高野喜世志
音楽:ミッキー吉野
出演:鶴田浩二、水谷豊、森田健作、桃井かおり、前田吟、五十嵐淳子、結城美枝子、久我美子

テーマが強烈
あなたならどうすると訊かれているようだ


b0189364_16375781.jpg 山田太一の代表作『男たちの旅路』の第2回目。第1回目で自殺騒ぎを起こした悦子が、吉岡らが勤める警備会社にガードマンとして入社する。このように第一話からストーリーがそのまま進展し、柴田(森田健作)の背景や、吉岡(鶴田浩二)と柴田の母(久我美子)との関係などが少しずつ明らかになるが、同時にこの回では、前回と異なる新しい事件(警備しているスーパーの万引事件)があり、それに対して吉岡と若い社員、杉本(水谷豊)、柴田、悦子(桃井かおり)との意見の対立が起こるという具合に話が進む。
 悦子が万引常習犯の主婦(結城美枝子)を捕まえるが、彼女の話を聞いて同情し、意図的に逃がしてしまう。杉本、柴田もその話を聞いてこの主婦に同情的になるが、それに対し吉岡が憤り、警察に通報して逮捕させるのである。吉岡は、同情して自分たちは善行をやったと思っているかも知れないが、それは自ら判断を下さない態度に過ぎないというのだ。結局、犯罪者は誰かが捕まえなければならないのに、自分はその役割を放棄し、他人に委ねながら、その他人が冷酷になって捕まえたら、それに対して人情がないなどと非難する。だがそれは、結局のところ甘えであって逃げに過ぎないなどと言い、若い社員たちと対立するのである。この万引常習犯の主婦、どこか依存症風で、生活にも少々闇を抱えているような部分があって、かなり同情を誘うため、見ている側の多くはおそらく若い社員たちと同様、この犯人に感情移入してしまうが、吉岡の冷酷な判断によって冷や水を浴びせられてしまう。若い社員たちは吉岡に一様に反発して辞めてやると息巻くが、視聴者の側には大きな葛藤が残るという、大変よくできたストーリーである。どこかディスカッションのネタ映像風でもある。
 脚本の山田太一、この『男たちの旅路』について、「一つのワンテーマを作って、そのテーマにどういうふうに鶴田(浩二)さんは考えるか、若い人はどう考えるかっていうふうにして、ワンテーマずつ書いていこうと思った」と語っている(竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』参照)が、こういうアプローチがまさに明確に発揮されている作品で、テーマの深さに感心してしまった。また登場人物一人一人のセリフやキャラクター設定も相変わらず素晴らしく、ドラマとしての質が非常に高い。
 このドラマ、前に一度見ているはずだが、まったく憶えていなかった。『男たちの旅路』自体、この後第4部まであるんだが、第3部辺りからメインストリームが変な方向に行ってしまい(吉岡と悦子の恋愛関係)、それが強烈な(悪い)印象として残っているため、もう一度見たいと思っていなかったが、何度も見る価値はあると今回の再放送を見て思ったのだった。
第14回ギャラクシー賞選奨受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「非常階段」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「猟銃」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第3部「シルバー・シート」(ドラマ)』
竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-14 07:37 | ドラマ

『男たちの旅路 第1部「非常階段」』(ドラマ)

男たちの旅路 第1部「第一話 非常階段」
(1976年・NHK)
脚本:山田太一
演出:中村克史
音楽:ミッキー吉野
出演:鶴田浩二、水谷豊、森田健作、桃井かおり、前田吟、五十嵐淳子

日本のテレビドラマの画期になった作品

b0189364_20185666.jpg 山田太一の代表作『男たちの旅路』の第1回。
 ある警備会社を舞台にした話。主人公は、この会社の中途入社新入社員、杉本(水谷豊)と柴田(森田健作)である。その彼らの前に現れたのが、その警備会社の司令補、吉岡晋太郎(鶴田浩二)。この吉岡だが、新入社員6人を相手にいきなり立ち回りを演じてケガをさせたり(結果的にそのうちの3人は入社を辞退)、若い奴が嫌いだと語ったり、若者たちにとってはなかなか面倒な存在である。特に杉本は、楽をしながら人生を軽く流していくというようなタイプで、仕事にも真面目に取り組もうとしない。そのため吉岡ともことごとくぶつかる。
 こういう3人が、飛び降り自殺が多発するあるビルの警備を担当することになって、これ以上自殺者が出ないよう監視するという仕事に就く。そこに現れたのが飛び降り自殺を試みようとする悦子(桃井かおり)で、この悦子と3人の警備員の間でいろいろともめ事が起こるのである。そして、この一連の事件を通じて吉岡の生き様が明らかになっていくというふうに話が進む。
 この吉岡だが、実は特攻隊の生き残りで、無益に死ぬ同僚をたくさん見てきたという設定(実際の鶴田浩二の人生の投影でもある)であるため、生死について深く考えず真剣に生きるということをしない若い世代に強い嫌悪感を持っている。それが「若い奴が嫌いだ」という発言に繋がるわけだが、結果的にこのドラマ(つまり『男たちの旅路』第1部第一話)では「真剣に生きる」ということを考えさせる内容になる。
b0189364_20190369.jpg 脚本家のインタビューによると、この『男たちの旅路』は、各回テーマを設定してそれについて登場人物たちが考えるというドラマにしているらしいが、このこと自体テレビドラマとしてはかなり斬新で、それがために山田太一にとっても日本のテレビドラマにとっても画期と言える作品になった。また脚本家の名前が冠に付いたのもこのドラマが日本初である(竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』参照)。
 そういう強いテーマ性に加えて、捕り物めいたシーンが長く続きスリルとサスペンスの要素もあるため、テーマ性が強烈であるにもかかわらず、見ていてまったく飽きることがない。しかも、吉岡司令補だけでなく、水谷豊演じる杉本のキャラクターもいかにも当世の若者風で、はじけていて印象的である。このように、キャラクターがしっかり描き分けられてそれぞれが魅力的であるのも、山田ドラマの特徴である。このシリーズ、この後、登場人物を変えながら第4部(各3話)まで続く。すべてDVD化されていることからわかるように、当時の評価・人気ぶりも窺われる。実際今見ても大きなインパクトが残る佳作である。
第14回ギャラクシー賞選奨受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「路面電車」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「猟銃」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第3部「シルバー・シート」(ドラマ)』
竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-13 07:18 | ドラマ

『墨攻』(本)

墨攻
酒見賢一著
文春文庫

墨家の非攻主義を素材にして
お話を作りました……というストーリー


b0189364_19421618.jpg 墨子関連でもう一冊。
 墨家の非攻主義の部分を取り上げてものした小説で、「大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した」というエピソードを基にして作られたフィクションである。ちなみにこの小説、1992年にマンガ化され、2006年に映画化されている。
 ストーリーは、墨家の革離(かくり)という戦闘職人が、趙から攻められる小国、梁城に赴き、梁の住民を率いて趙軍と戦うという話である。冒頭に魯迅の「非攻」(竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』を参照)と同じエピソードが出てくるが、後はすべてオリジナルのストーリーで、当然登場人物もほぼ架空の存在である。
 話の多くは戦闘シーンでエキサイティングであるが、結局それで終始しているため、エンタテイメントとしては面白いが、あまり残るものはない。着眼点は面白いが、内容としては短編に適した素材かと思う。もっとも全編150ページ程度であるため、読むのにそれほど苦にはならない。
 今回読んだのは文春文庫版だが、なんと本編の後に、著者による「新潮文庫版あとがき」と「文春文庫版あとがき」があり、しかもその後に「解説」まである。「新潮文庫版あとがき」は長い割には内容が乏しく、要は「想像を絶するような小説を書きたい」という決意表明程度で、どうということはない(それに無駄に長い)。「文春文庫版あとがき」の方はエッセイとしてはよく書けていてそれなりに面白い。「解説」(小谷真理って人が書いたもの)は正直言ってまったく不要。まあ文庫本の解説は現状概ねそういうもので、DVDに収録されている映画の予告編を思わせるような無駄なコンテンツに成り下がっている。出版社の担当者は、文庫本の解説についてもそろそろ見直したらどうだろうかと思う。
中島敦記念賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 墨子(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』

by chikurinken | 2019-07-11 07:42 |

『ビギナーズ・クラシックス 墨子』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 墨子
草野友子著
角川ソフィア文庫

ユニークな存在、墨子に触れられる

b0189364_20444111.jpg 『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズは今一つのものが多いという印象だが、この『墨子』についてはまずまずの部類に入る。そもそも墨子という存在が、儒家や道家ほど知られていないため、墨子の情報自体が(僕にとって)目新しいということもあるが、なんと言ってもその平和主義、非攻主義、博愛主義は、現代的な観点から見ると非常に新鮮である。2500年前、しかも戦国時代にこういった主張を行っていた人がいるということに驚きである。
 墨子の平和主義を表す代表的な記述として、1人、2人を殺せば重犯罪者であるにもかかわらず、大量に人を殺した政治家や軍人が英雄として扱われるのはおかしいというものがある(「一人を殺さば之を不義と謂い、必ず一死罪有り……」墨子の「非攻」篇)。チャップリンの『殺人狂時代』に同じようなセリフがあって、かつてこの映画を見たときこのセリフに感心した憶えがあるが、その元々の出典が墨子であることを知って、にわかに墨子に関心を持ったのが今回墨子入門書を読んだきっかけである。ただ『墨子』については、それだけにとどまらないようで、隣人を愛せば諍いや争い、戦争は起こらないという博愛主義(イエス・キリストに先立つこと約500年)の他、挙げ句には当時の最新技術の研究や戦闘の方法などについての記述まである。実際近代中国では、墨子は(平和主義よりむしろ)テクノロジーの先人として崇められてきたというのだ。
 また墨子の一派である墨家は、非攻主義、つまり侵略に反対する立場から、大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した(そして大国を撃退した)という実践活動も行ったという話で、そのあたりは酒見賢一の小説『墨攻』(1992年に森秀樹、久保田千太郎によりマンガ化された他、2006年に映画化された)でも描かれている(らしい)。とにかく墨家は異色の存在である。
 この墨家、かつては儒家と覇を競う勢いで、実際『墨子』の中でも儒家に対する批判が展開されるが、時代を経ると共に忘れ去られていくのである。近代になって、西洋の(博愛主義の)キリスト教が清朝に入ってくるに当たって、墨家の博愛主義が見直され始めたというのだ。こういった経歴も異色である。
 本書では、このようなエピソードも随時紹介されている。もちろん『墨子』の訳文、白文、読み下し文が中心になっているのは言うまでもあるまい(『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズに共通する形式)。『墨子』自体大著のようで、そのためにここに収録されているのはごく一部だが、墨子自体があまり知られていないため、これでも情報量が少ないとは感じない。格好の入門書と位置付けることができるだろう。なお本書には、魯迅作『故事新編』の「非攻」の基になった部分も収録されている(147ページ)。両者を比較すると面白い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『墨攻(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 十八史略(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 春秋左氏伝(本)』
竹林軒出張所『殺人狂時代(映画)』

by chikurinken | 2019-07-10 06:44 |