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竹林軒出張所

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『ギルバート・グレイプ』(映画)

ギルバート・グレイプ(1993年・米)
監督:ラッセ・ハルストレム
原作:ピーター・ヘッジズ
脚本:ピーター・ヘッジズ
出演:ジョニー・デップ、レオナルド・ディカプリオ、ジュリエット・ルイス、メアリー・スティーンバージェン、ダーレン・ケイツ

等身大のアメリカと魅力的な登場人物

b0189364_18442291.jpg アメリカ、アイオワ州の田舎町で暮らすギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)の閉塞した生活と青春を描くドラマ。
 ギルバートには、夫を亡くしたストレスで超肥満体型になってろくろく動けなくなった母(ダーレン・ケイツ)、知的障害でやたら問題を起こす弟(レオナルド・ディカプリオ)がいて、他の姉妹2人と古い家に住んでいる。ギルバートは町の雑貨店で働いているが、これも近所に大型スーパーができたせいで、商売の見通しはかなり暗い。町自体も寂れており、全体をどんよりした閉塞感が漂っている。しかしギルバートは、弟思い、母思いの心優しい男なのである。
 これも『ラスト・ショー』と同じように、等身大のアメリカを描いていて、「ハリウッド映画」的ではない上質のドラマである。主人公が年上の女性(精神的に不安定)と不倫しているあたりもあの映画によく似た設定である。アメリカの生の姿が描かれていて新鮮である。ただし周りに起こる出来事が主人公にとって重すぎるので、感情移入して見ているとかなり辛く感じる。とは言え救いもあるんで、リアリズム映画のように辛さが後まで残るというようなことはない。
 監督は『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』のラッセ・ハルストレムで、ハリウッド進出第2作が本作である。演出は手堅く、どの俳優も好演。中でも知的障害のある弟を演じたディカプリオは特筆ものである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ラスト・ショー(映画)』
竹林軒出張所『フライド・グリーン・トマト(映画)』
竹林軒出張所『プレイス・イン・ザ・ハート(映画)』

by chikurinken | 2019-01-23 07:44 | 映画

『ラスト・ショー』(映画)

ラスト・ショー(1971年・米)
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
原作:ラリー・マクマートリー
脚本:ラリー・マクマートリー、ピーター・ボグダノヴィッチ
撮影:ロバート・サーティース
出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、シビル・シェパード、ベン・ジョンソン、クロリス・リーチマン、サム・ボトムズ、エレン・バースティン、ランディ・クエイド、アイリーン・ブレナン

マクマートリーの「祭りの準備」

b0189364_20514796.jpg キネマ旬報ベスト・テン第1位の映画ということで、僕が20台の頃、心躍らせて名画座でこの映画を見たのだが、何だか後味が悪く、この映画のどこがそんなに良いのかと思った記憶がある。その後知ったことだが、当時のキネ旬の選考委員会でも若手の審査員はあまりこの映画を評価しておらず、年配の審査員が高い評価を入れているということだった。今回はすでに50台に到達した時点で見たわけだが、心に染みいる良い映画だと感じた。若い頃と印象が全然違うのに驚きである。青春時代を回想するノスタルジーのストーリーだからだろうが、それ以外にも映像がボグダノヴィッチ作品らしく安定した詩的なもので、エドワード・ホッパーの描く絵画を彷彿させる。ドンパチのハリウッド映画とは違ったアメリカのリアルな等身大の生活が描かれているのも良い。
 原作は、ラリー・マクマートリーというアメリカの作家による小説で、おそらく自伝的な作品ではないかと思われる。主人公の友達が軍に入り朝鮮戦争に行くなどというセリフがあることから、時代背景は1950年代だろう。舞台はテキサス州の田舎町で、町全体に閉塞感が覆っている。主人公も高校を卒業したが、何だか将来が見えてこないという状況である。その町での人々との出逢いや別れ、そして主人公の成長がこの話のテーマで、それがノスタルジックなモノクロ映像で描かれる。同じ監督の『ペーパー・ムーン』と非常に似た詩的な映像が心を打つ。こういったセンスの良い映画は最初の映像を見ただけで違いを感じることが多いが、この映画がまさにそうで、前に見たときはそれすら気付かなかったのだろうかと、我ながら少々情けなくさえ感じるのだ。
第44回アカデミー賞助演男優賞助演女優賞
1972年キネマ旬報ベスト・テン外国映画ベスト・テン第1位受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ペーパー・ムーン(映画)』
竹林軒出張所『野のユリ(映画)』
竹林軒出張所『ギルバート・グレイプ(映画)』

by chikurinken | 2019-01-22 07:51 | 映画

『獣人』(映画)

獣人(1938年・仏)
監督:ジャン・ルノワール
原作:エミール・ゾラ
脚本:ジャン・ルノワール
撮影:クロード・ルノワール、クルト・クーラン
出演:ジャン・ギャバン、シモーヌ・シモン、フェルナン・ルドー、ジュリアン・カレット、ブランシェット・ブリュノワ

いかにも自然主義という
破滅型のストーリー


b0189364_16525363.jpg エミール・ゾラの自然主義文学『獣人』の映画化作品。『獣人』は、全20巻で構成されるルーゴン・マッカール叢書の1本で、ルーゴン・マッカール叢書というのはルーゴン家とマッカール家の人々の生き様を描いたシリーズである。シリーズのある作品の登場人物が他の作品の主人公になって続いていくという展開になるのがこの叢書で、この『獣人』の主人公、ジャック・ランティエは、『居酒屋』の主人公、ジェルヴェーズ・マッカールの息子であり、『ジェルミナル』の主人公、エチエンヌ・ランチエとは兄弟である。
 主人公のジャック・ランティエ(ジャン・ギャバン)は、遺伝的な発作のために殺人衝動に駆られるという人格で、それは大酒飲みの遺伝子が彼の血を毒に変えたのだと本人は考えている。現在鉄道の運転士をしていて仕事も普通にこなしているが、そのランティエがとある殺人事件と関わり合い、それをきっかけに駅長(フェルナン・ルドー)の若い妻(シモーヌ・シモン)と関係を持つようになるという風に話が進む。主要な登場人物が最初と最後で劇的に変貌しているのが印象的で、やはり自然主義……という破滅型のストーリーである。
 劇的なストーリーだが自然に話が進むため違和感はない。途中からややこしい恋愛のモチーフが出てきて『テレーズ・ラカン』みたいになってくる。演出は正攻法で破綻はないが、やたら列車や鉄道のシーンが出てきて、もちろん主人公の職場が鉄道会社なんである程度はわかるが、それでも少し度が過ぎているような印象がある。あるいはジャン・ルノワールの好みなのかも知れないと思うが、鉄道ファンが見たら喜ぶんじゃないかと思うようなシーンが非常に多かった。むしろそちらの方の印象が強い。なお、監督のルノワールだが、他のゾラ作品、『ナナ』(映画タイトル『女優ナナ』)も監督しており、それが出世作になったらしい(『女優ナナ』のDVDは出ているようだ)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『居酒屋(映画)』
竹林軒出張所『ジェルミナル(映画)』
竹林軒出張所『嘆きのテレーズ(映画)』
竹林軒出張所『大いなる幻影(映画)』
竹林軒出張所『ピクニック(映画)』
竹林軒出張所『ゲームの規則(映画)』
竹林軒出張所『小間使の日記(映画)』

by chikurinken | 2019-01-21 07:53 | 映画

『家康、江戸を建てる』(ドラマ)

家康、江戸を建てる 前編・後編(2018年・NHK)
原作:門井慶喜
脚本:八津弘幸
演出:西谷真一(前編)、一色隆司(後編)
出演:佐々木蔵之介、生瀬勝久、優香、千葉雄大、マギー、藤野涼子、松重豊(前編)、柄本佑、広瀬アリス、林遣都、伊原六花、高橋和也、吹越満、吉田鋼太郎(後編)、市村正親、高嶋政伸(前後編)

素材は面白いが内容は平凡

b0189364_17585799.jpg NHKが正月に放送した時代劇。徳川家康が江戸を建設するときのエピソードを2夜連続のドラマにしたもので、前編に「水を制す」、後編に「金貨の町」という副題がついている。
 前編は大久保忠行(佐々木蔵之介)による神田上水建設、後編は後藤庄三郎(柄本佑)による金座開設の話で、どちらもドラマでは家康(市村正親)が直々に彼らにミッションを申しつける。
 元々は門井慶喜という人の『家康、江戸を建てる』という小説が原作らしい。原作がどの程度活かされているかはわからないが、ドラマはきわめて凡庸で、しかも大ぶりでオーバーな演技が多く(特に前編)、見ていてあまり興味をかき立てられない。素材が興味深いので今回通して見てみたが、ドラマとしてはよくある奮闘成就パターンで、実にありふれた時代劇になってしまった。それに時代考証をちゃんとやっているのか疑問に感じるような箇所が非常に多かったのもマイナス点。ネタで魅せようとするこういうユニークな素材であれば時代考証が大切なのは言うまでもあるまい。せめてそういった周辺部をもう少し丁寧に処理した上で、ドラマ作りをしてほしかったところである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『実見 江戸の暮らし(本)』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『江戸古地図の旅(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-01-19 07:58 | ドラマ

『フルーツ宅配便』(1)(ドラマ)

ドラマ24 フルーツ宅配便 (1)(2019年・テレビ東京)
原作:鈴木良雄
脚本:根本ノンジ
演出:白石和彌
音楽:高田漣
出演:濱田岳、松尾スズキ、内山理名、荒川良々、前野朋哉、原扶貴子

異色の設定が現実を映し込む

b0189364_19142226.jpg 2019年の最初の『ドラマ24』枠は、鈴木良雄の同名マンガのドラマ化作品。原作マンガの『フルーツ宅配便』は、「フルーツ宅配便」という名前のデリヘル業者での人間模様を描く作品で、現代の世相や貧困を赤裸々に描いているリアリズム・マンガである。
 主人公の咲田真一(濱田岳)が、ひょんな巡り合わせで、デリヘル店「フルーツ宅配便」に就職する。この店、デリヘル嬢に果物の源氏名をつけており、ホテルなどにそのデリヘル嬢を「宅配」するということで「フルーツ宅配便」を名乗っている。このあたりですでになかなか工夫が見られる(原作に由来するものだが)。そこに集まるワケありのデリヘル嬢が毎回主人公になって話が展開していくという作品である。
 今回このドラマを見てから原作マンガの第1巻と第2巻も読んでみたが、どのエピソードも非常によくできていて、しかも現代社会の貧困や庶民の苦しみが描かれている。作画も丁寧で、全編に余韻が漂う快作である。デリヘル嬢がどれもそこそこ不細工なのもリアルである。
b0189364_19144034.jpg このドラマについては、その原作の味が活かされていながら、特にこの第1回はさらに一味加えられていて、原作を上回る仕上がりになった。テレビ東京の深夜ドラマ枠は、『アオイホノオ』『俺のダンディズム』など、結構な意欲作が多く、毎回期待を持たされる(裏切られることも多い)が、この作品もその期待に違わぬドラマになりそうである。第1回のゲスト・キャスト、内山理名も好演で、僕など、最後までこれが内山理名だと気付かなかった。非常に不幸な話だが、ドラマ版ではわずかな救いがあった。もちろん決して不幸な人たちが幸せになるというような単純な話ではなく、その辺がこの原作、そして(おそらく)ドラマの魅力でもある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『貧乏まんが(本)』
竹林軒出張所『アオイホノオ (1)〜(6)(ドラマ)』
竹林軒出張所『俺のダンディズム (1)〜(3)(ドラマ)』
竹林軒出張所『LOVE理論(ドラマ)』
竹林軒出張所『終電バイバイ(2)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『最貧困女子(本)』

by chikurinken | 2019-01-18 07:14 | ドラマ

『戦国大名と分国法』(本)

戦国大名と分国法
清水克行著
岩波書店

歴史の「事実」を見直す潮流の一つ

b0189364_19023720.jpg 日本史の世界では、かなりいい加減で荒唐無稽な見解が「事実」として認定されていることが多い。古代史の多くの「事実」もそうだし、そういった、思いつきが定着した「事実」は近世に至るまで数々ある。今では当たり前のように喧伝されている「竪穴式住居」の姿も、元々はある大学の先生が描いた想像図がそのまま「事実」であるかのように定着したものだという話を聞いたこともある。
 分国法についても、高校の教科書では、戦国大名の独立過程の法整備の象徴としてまことしやかに取り上げられるが、本書では実際には必ずしもそういう種類のものではないということが紹介される。ちなみに分国法とは、戦国大名が自身の領国内で定めた独自の法律のこと。
 こういう説が定着したのは、石母田正という歴史学者による『日本思想体系 中世政治社会思想 上』の「解説」が遠因になっているのではないかと著者は言う。この論では、戦国大名が、独立した「国家権力の歴史的一類型」であり、独自の法(つまり分国法)を持っていたことがその証左であったとしている。この論文の影響は大きく、やがて「分国法が戦国大名の自律性の指標と位置付けられる」ようになったというのが著者の見解である。
 しかし実際の分国法は、その多くが、法体系というより領主が書き殴ったようなまとまりのないものであったり、子孫に書き残した家訓のようなものに過ぎなかったという。この本で紹介されるのは結城氏の「結城氏新法度」、伊達氏の「塵芥集」、六角氏の「六角氏式目」、今川氏の「今川かな目録」と「かな目録追加」、武田氏の「甲州法度之次第」で、この中である程度まとまりがあるものは今川氏と武田氏のもの程度らしい。武田氏のものについても「今川かな目録」をモデルにした痕跡があり、それを考えると決して法体系などと呼べるようなものではないということで、要は分国法が作られたのは領内の紛争やもめ事を解決する際の基準として、その時代の常識的な判断や非成文法を書き留めたものであるということらしいのだ。中には「六角氏式目」のように大名自身の横暴を制約するような「マグナ・カルタ」的なものまで存在する。つまり分国法とひとくくりに言っても、それぞれで制定の事情が異なり、内容も異なる。決して近代的な成文法という種類のものではないということなのだ。
 本書の主張はよく理解できるし説得力もあるが、内容が少々冗長な感じもある。ただ紹介される分国法はすべて現代語訳されており、記述も平易であるため、読みやすいのは確かで、そういう点では読んでも損はないと思う。いずれにしても、日本の歴史学にいい加減な要素が数多く残っているのは確かで、それを正していくのが現世代の歴史学者である。そういう点では価値のある研究成果と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『応仁の乱(本)』
竹林軒出張所『源頼朝像 沈黙の肖像画(本)』

 以下、以前のブログで紹介した(意外な事実の)戦国もの歴史書籍(『刀狩り』)の評の再録。
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(2005年12月8日の記事より)
刀狩り 武器を封印した民衆
藤木久志著
岩波新書

b0189364_19024995.jpg 日本中世史が専門の著者が、豊臣秀吉の刀狩りについて論じた本。豊臣秀吉の刀狩りについての書、論文は、著者の前著(『豊臣平和令と戦国社会』85年)以外ないというほど、日本では刀狩りの研究は行われていなかったらしい。それにもかかわらず、当然のごとく、豊臣秀吉によって農民が完全に武装解除されたという思いこみが、あらゆる階層の人々に行き渡っている。本書では、それに疑義を呈し、本当に秀吉の強権によって刀狩りで民衆の武装解除が行われたのかをさまざまなデータを提示することで検討していく。
 結論を言えば、秀吉の刀狩りは、公然と帯刀することを禁止するものであって、所持についてはほぼ認められていた。刀狩令の試行についても、実際は村などのコミュニティ任せであり、鉄砲は集めず刀だけを一定本数集めたらしい。しかも、場合によっては持ち主に返却したこともあったようだ。つまり、象徴としての武装解除であり、人を殺傷するために武器を使用することを禁止したもので、平和な世の中になったことを流布させる意味合いが強かったのではないかと言うのだ。また、施行にあたっては、民衆側が自主的に応じた側面があり、紛争解決のために武器を使用することを凍結することに同意し、その結果、平和な時代が徳川の治世まで引き継がれたのではないかという趣旨である。本当の意味で市民が強制的に武器を没収されたのは、敗戦後の占領軍によってであると言う。
 話は刀狩りから日本国憲法にまで至る。つまり、民衆側から自発的に武装解除することで平和な世の中を作ってきた日本人が、日本国憲法第9条を大切にするのは至極当然であるとして、現在の風潮に一石を投じている。
 非常に意欲的な本で、歴史に新解釈をもたらしながら、それを現代につなげる。歴史学の意味を確認させる名著である。ただし、第1章から第6章までデータが連綿と書きつづられ、少し退屈する(学者だけに「論文としての体裁」を意識したのだろう)。プロローグとエピローグが面白いので、後は拾い読みでも良いかも知れない。
★★★☆

by chikurinken | 2019-01-16 07:02 |

『日日是好日』(本)

日日是好日
森下典子著
新潮文庫

茶道の精神を垣間見る

b0189364_18253280.jpg エッセイストの森下典子が、自身の25年に渡る茶道修行の経験について書いたエッセイ。
 森下典子の文章を読んだ記憶はあまりないが、若い頃『週刊朝日』に軽薄(と僕は当時感じていたんだが)なエッセイを書いていたことは知っている。僕が学生のときに『典奴どすえ』という本が少しだけ話題になったのも記憶に残っている。その著者が、茶の世界に真摯に向き合いその精神を感じたという、その過程を描いたエッセイである。僕の著者に対するイメージが完全に覆されるような素材である。
 著者はこのエッセイを書いた時点で25年間茶の稽古を続けていたが、(本人によると)あまり真剣な生徒とは言えず、稽古に通うのが億劫になったり、何かの折には辞めようと思ったりということが多かったらしい。それでも稽古に通うと、帰りには心がすっきりして非常に得をした気分がする、それがために辞めずに続けていたという、そういう類の生徒であった。
 その彼女も、習い始めて13年目に、自分の才能のなさを知り辞めることを決断するんだが、たまたまそんな折、茶事(懐石料理から茶の点前までフルセットの茶会)に参加したことがきっかけになって、今まで不可解だった茶の作法の全体像が見えてきて、やがて茶道の姿形が見えてくるようになる。それと同時に、辞めるとか辞めないとかの逡巡が茶にとってまったく不要であることに気が付く。おそらく茶の精神を体得したということなんだろう。このあたりのエピソードが書かれているのが第10章である。
 それ以降の章(第11章から第15章)がおそらく本書の圧巻で、著者が感じ取った茶の世界、茶の精神を、素朴な筆致で読者に披露していく。茶の素人である僕のような読者が、茶の精神を垣間見ることができるような文章が続くのである。茶の世界は、端で見ていると何が面白くてあんな堅苦しい環境に身を置くのかという程度の認識しかないが、自然を感じ自然を愛でる、それに通じる感性と知性の遊びを楽しむというようなことがその精神なのではないかというのがこの後半部分を通じて見えてくる。ある意味で、茶の素人にあてた、茶道の奥深い世界の紹介みたいな本になっている。したがって、この本は茶の精神を覗き見たい茶の素人にとって格好の入門書ということになる。情景を感じさせるような自然描写の表現もよく出てきて、あわせて季節感もうまく表現されているが、さすがに茶に関係する専門的な事物については容易には想像できかねる(一部については巻頭に写真がある)。そのため映像で見てみたいと思わせる部分が多く、そのあたりが残念なポイントであるが、何でも少し前に映画化されたらしい。映像で見れば確かにもう少し茶の世界に浸れるような気もするが、このエッセイを劇映画にして成立するのかは未知数である。それはともかく、本書が茶の奥深さを感じさせる書(特に後半部)であったのは確かである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『精進料理大全(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『利休(映画)』
竹林軒出張所『豪姫(映画)』

by chikurinken | 2019-01-15 07:24 |

『河童の手のうち幕の内』(本)

河童の手のうち幕の内
妹尾河童著
新潮文庫

つまみ食いが適した読みもの

b0189364_15081034.jpg 舞台美術家、妹尾河童のエッセイ集。著者の妹尾河童は、80年代に出した本、『河童が覗いたヨーロッパ』で一般社会に名前が広まった(と僕は記憶している)。この本、ヨーロッパの紀行エッセイなんだが、宿泊したホテルの部屋の様子を天井からの俯瞰図で描いていたりして、かなりユニークな本であった。ユニークと言えばこの人の旅のスタイルがまたユニークで、外国語はほとんど喋れないにもかかわらず現地の人とそれなりにコミュニケーションがとれるらしく、そのあたり、当時この本で妹尾河童に接した学生時代の僕も、感じるところが非常に多かった。その後、同様の紀行エッセイが立て続けに出されたが、それだけでなく90年代に自伝的小説である『少年H』が大ヒットしたために一躍著者の名前が知られるようになったのである。
 その著者が紀行エッセイを立て続けに出していた時分に、あちこちで書いたエッセイをテーマごとにまとめた、幕の内弁当のような本を出した。それがこの本である。未確認だが、中には書き下ろしのエッセイもあるようだ。僕は発売時にこの本を買って読んでいるんだが、今回『君は海を見たか』で妹尾河童という名前を見て思い出し、もう一度読んでみようと思い立ったのだった。ただ前に買った本は行方不明(おそらく処分したんだろう)だったため、わざわざ古書を買った。ちなみにこの本、現在すでに絶版状態である。
 著者らしい旅のエッセイも多く、例によってユニークな視点、行動が目を引く。だが僕がこの本で一番印象に残っていたのが、オペラ歌手、藤原義江についてのエッセイで、今回もこれに一番強い印象を受けた。そもそも「妹尾河童」という名前を最初に公式に発表した人も藤原義江ならば、舞台美術家として最初に採用したのも藤原義江である。したがって著者にとって非常なる恩人である。だが著者は結構、(このエッセイによると)失礼なことやエラそうなことを平気でこの人に対して口走っている。しかもそのことをこの藤原義江氏の方も楽しんでいるようなフシがあり、そういう点でもこの人、なかなかの人物であるように見受けられる。著者自身もそう考えているのが明らかで、それが文章の端々に出ていて、この2人の素敵な関係性が読むこちら側にも伝わってくる。
 その他には著者が蝋人形になったいきさつと蝋人形の製作過程の密着や、俯瞰図の描き方などが、本書の目玉と言えるだろうか。いずれにしてもいろいろな断片を寄せ集めたという感じのエッセイ集で、本当に幕の内弁当風。そこら辺は著者も意識しているようで、タイトルにきっちりそれが反映している。そのため中身については、がっちり取り組んで読むというよりつまみ食いみたいな読み方が適していると思える。幕の内弁当というよりもデザート、あるいは駄菓子に近い感じではある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『少年H(映画)』
竹林軒出張所『君は海を見たか (1)〜(11)(ドラマ)』

by chikurinken | 2019-01-14 07:07 |

『完全密着 消えた物証を追え』(ドキュメンタリー)

完全密着 消えた物証を追え
(2018年・英True Vision)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

英国での捜査の負の部分が明るみに

b0189364_16084990.jpg 『完全密着 凶悪犯を捕まえろ』の続編みたいな位置付けのドキュメンタリー。製作会社も同じ。
 今回は、香港出身の老夫婦宅に数人の押し込み強盗が入り、老婦人が暴行を受けたあげく、いろいろな金目のものが盗まれたというケース。暴行を受けた老婦人はその後、取調中に体調不良を起こし、結局そのまま死んでしまう。そのため捜査当局は、今回の事件を殺人事件として認定し、捜査を始める。
 この事件は初動捜査が遅かったようで、そのために物証が見つからず、いたずらに日数ばかりが経過した。しかも近在では、中国系移民を狙った同じような強盗事件が立て続けに起こっている。それにもかかわらず警察が積極的に動かない(ように見える)ため、中国系移民コミュニティの中にも警察に対する不信感が出てきているという始末である。
 捜査は当初なかなか進んでいなかったが、防犯カメラの映像分析が手がかりになって進展する。この家から盗まれた外国紙幣が換金されている場面がショッピングモールの監視カメラに映されており、そこから彼らが使用している自動車が判明。自動車の持ち主が割り出され、結果として一人の若者が拘束される。ただし拘束期間として1日しか認められていないため、容疑者を逮捕したにもかかわらずほとんど何の成果も上げることができなかった。それからまたしばらくして共犯と見られる被疑者が逮捕されるが、こちらも自白は得られず。取調室内の映像が紹介されるが、容疑者はすっとぼけた応答をしていて、見ているこちら側は少々イライラする。容疑者の見た目は監視カメラ映像の姿にかなり似ていて、しかもいかにもギャング然としているため、彼らが犯人であることは容易に推察されるが(本当のところはわからないが)、取り調べは一向に進展しない。結局、彼らも拘束期間が切れて釈放される。このような事情により、この事件はいまだに未解決のままで、英国の捜査の限界が見えてくる結果になった。
 日本の警察・検察システムが良いとは決して思わないが、しかし少なくとももう少し容疑者の拘束期間を確保しないと、わかるものもわからないのではないかと感じる。英国の検挙率が高くないというのも、こういう映像を見るとわかるような気がするんだが、だからと言って日本のように無実の人間の検挙率が高いのも非常に由々しき問題ではある。それは明らかだが、要は程度問題である。
 今回もう一つ驚いたのが、街に設置されている監視カメラの多さで、それが前のドキュメンタリー『完全密着 凶悪犯を捕まえろ』のケースでは容疑者逮捕に繋がったわけだが、しかしそれにしても容疑者のほとんどの挙動が捉えられていたことを考えると空恐ろしさも感じる。(犯罪に関係ない)普通の市民であってもその挙動が映像として捉えられることには変わりなく、使いようによっては相当危険なツールになるのではないかという危惧を持った。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『完全密着 凶悪犯を捕まえろ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『DNA捜査最前線(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『FBIおとり捜査の現実(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-01-12 07:08 | ドキュメンタリー

『完全密着 凶悪犯を捕まえろ』(ドキュメンタリー)

完全密着 凶悪犯を捕まえろ
(2017年・英True Vision)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

警察の人権尊重姿勢に驚く

b0189364_17592932.jpg 英国の警察に密着するドキュメンタリー。
 ある有名な古書収集家が自宅で殺されるという殺人事件が起こった。財布やクレジットカードが盗まれているため物取りであることが推測されるが、被害者を滅多刺しにするという残虐性から考えると怨恨のフシも考えられ、にわかに断定できない。
 捜査班は、例によって物証を集めるところから始めるが、やがて徐々に手がかりが得られる。何より現場の周囲に設置されている監視カメラの多数の映像が決め手になり、容疑者が浮上する。また、容疑者の子どもの証言からも容疑者が当日傷を負っていたことが明らかになり(本人は暴漢に襲われたと語っていたらしい)、その後容疑者の拘束に至る。家宅捜査すると、古書収集家が持っていた高価な古書が容疑者の家から出てくるなど、物証は十分。また生活に困窮していたことから動機も十分で、陪審裁判にかけられることになった。結局、禁固34年という判決が出される。
 このドキュメンタリーでは、こういった捜査の過程を追いかけるわけだが、何もないところから少しずつ証拠が出てくるあたりは非常にスリリングで、かつての刑事ドラマさながらであった。しかし何より驚いたのは、取調室の映像である。女性取締官2人が被疑者と面談し、しかも被疑者の隣に弁護士が立ち会うというもので、日本との違いが鮮明である。当然、取調官が被疑者にライトを当てて「吐けっ!」などということはなく(日本でもそういうことが実際に存在するのかはわからないが)、きわめて事務的かつ人道的で、まったく威圧的な雰囲気はない。何かのカウンセリングのシーンと言われても納得しそうである。被疑者の人権という観点からは実にすばらしいシステムだと思うが、これで証拠、特に自白が得られるんだろうかという疑問は残る。もちろん、やってもいないのに自白させてしまうという日本のシステムが良いとは断じて思わないが、率直に、こういう(温いとも思われる)制度できちんと凶悪犯罪に対処できるのかという点に疑問を持ったわけである。まあ少なくとも今回取り上げられていたケースでは、法の裁きがきちんと行われていたようで、それであれば理想的な制度と言えると思う。
英BAFTA映画祭受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『完全密着 消えた物証を追え(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『警察庁長官狙撃事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『DNA捜査最前線(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『FBIおとり捜査の現実(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-01-11 07:29 | ドキュメンタリー