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竹林軒出張所

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雨音はショスタコーヴィッチの調べ

 午後、図書館の帰りに、行きつけの喫茶店で読書していた。この喫茶店は、薄暗く客も少ない、もとい非常に落ち着く環境なので読書にうってつけなのである。
 夕刻も近くなって、この店の常連の芸術家、Y野氏がウッヒッヒと笑いながら入ってきて、僕に向かって「自転車?」と訊くのである。「雨降ってます?」と訊くと、「降ってるなんてもんじゃないよ」と言いながら、うれしそうに笑っている。外を見ると土砂降りである。なんでもご自身はクルマで来たらしい。このお方は人のプチ不幸がお好きなようだ。「もうすぐやむはずなんですがねえ」と言うと、ヘッというような顔をして「なんで?」と訊く。
「出がけに気象庁のレーダーで確認したんです。それによると、大きな雲の塊が2つあって、今の土砂降りが1つ目の塊で、その後1時間くらいで雨がやむ予定なんですよ」というようなことを言うと、ヘーッと言って、「N岡さんにはかなわないな……」と残念そうに呟いた。
 自転車でうろうろしていて大雨にあうと、これはもうホントにどうしようもなくなる。ただ雨が通り過ぎるのをひたすら待つか、惨めな思いで雨ざらしになるしかない。誇張ではなく自然の前で人間がいかに無力か実感させられる。だから、予測できる範囲で、あらかじめ今後の展開を予測した上で行動しなければならないのだ。
 とはいえ、レーダーで見る雲の動きといっても、随時その動きを追っていればともかく、数時間前に確認したものなんかあまりあてにならない。というわけで、僕の自信とは裏腹に一向に雨はやむ様子がなく、待ってても仕方ないんで小降りになった(と思えた)頃に店を後にした。
雨音はショスタコーヴィッチの調べ_b0189364_18351062.jpg 帰り道、傘をさして徐行運転していたが、降りがやむどころかますますはげしくなり、結局下半身ずぶ濡れになった。自転車に乗っていたにもかかわらず靴の中まで濡れた。これほど濡れることも珍しい。シャツの第2ボタンくらいの位置に取り付けていたiPod Shuffleも少し濡れていた。この位置に付けていて濡れることはめったにないのに……。要するに、それほどの土砂降りだったわけだ。家に着く頃、iPodからは「雨音はショパンの調べ」が流れていた。「ショパンの調べ」よりも「雨に唄えば」の方が近い感じだ。
 家に帰ってからもう一度レーダーで確認すると、昼頃見た雲の2つの塊などはとうになくなっており、巨大な一面濃紺、ところどころ緑、ところにより黄色または赤というとんでもない状況になっていた。テクノロジーを過信するとこういうことになるという話だ。人は自然の前では無力なんである。
# by chikurinken | 2009-06-30 18:37 | 日常雑記

『山手線内回りのゲリラ』(本)

山手線内回りのゲリラ―先崎学の浮いたり沈んだり
先崎学著
日本将棋連盟

『山手線内回りのゲリラ』(本)_b0189364_1503393.jpg 将棋棋士の先崎学八段によるエッセイ集。
 先崎学と言えば、

・大山康晴十五世名人の葬儀を欠席し、羽生に「香典出しておいて。お前と同額」と頼んだところ、羽生が数十万包んだ件について「あいつおかしいですよ」と師匠(米長)に泣きついたところ「大山先生の葬儀に出られないほどの用とは何なのか」と叱責され「こんなつまらない若手がいる」と著書でネタにされた。
・先崎はその仕返しに、米長のタイトル戦の解説をしているときに、師匠の指した手に対して「ブタのような手」と言い放った。(Wikipedia「先崎学」の項より)

と書かれるほど(ネタ元は先崎の著書からではないかと思う)お茶目なオッサンである。このエッセイ集も、奔放なお茶目ぶりを発揮している。電車の中でこの本を読んだりしたら、大笑いして恥ずかしい思いをするに違いない。
 羽生名人を「羽生」と呼び捨てにし、佐藤康光九段を「デレ光」だの「モテ光」だのと揶揄できるのは、おそらくこの人くらいしかいないだろう。ちょっと見、「ルネッサーンス」などと叫びそうな風貌だが、エッセイでも芸達者(筆達者?)ぶりを発揮している。
 勝ち負けで一喜一憂し、テレビで流れている他の棋士の手をボロクソにけなす人間的な棋士たちが多数登場する。先日紹介した『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』に出てくる、美化された棋士像とはえらい違いだ。
 ちなみにタイトルの「山手線内回りのゲリラ」は、収録されているエッセイのうちの1本のタイトルである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『棋士・先崎学の青春ギャンブル回想録(本)』
竹林軒出張所『うつ病九段(本)』
竹林軒出張所『うつ病九段(ドラマ)』

# by chikurinken | 2009-06-29 15:04 |

『冬の動物園』(本)

『冬の動物園』(本)_b0189364_9475979.jpg冬の動物園
谷口ジロー著
小学館

 正直言って、谷口ジローのマンガはあまり好きではない。抹香臭いというかなんというか説明が難しいが、奇妙にのっぺりした絵とストーリーがあまり肌に合わない。マンガを芸術レベルで描こうという意欲は感じるのだが、空回りしているような印象が強かった。
 だがこの『冬の動物園』は、他の作とはまったく違う。著者の自伝的な話(だと思う)で、絵の乾いた空気がストーリーとよく合っている。いつものような空回り感がまったくない。青春ものであり恋愛もの、読後感は非常によかった。僕にとって、間違いなく谷口ジローの最高傑作である。
★★★☆
# by chikurinken | 2009-06-28 09:49 |

『自転車の安全鉄則』(本)

自転車の安全鉄則
疋田智著
朝日新書

『自転車の安全鉄則』(本)_b0189364_15284696.jpg この著者の自転車関連本はこれまで何冊か読んでいるが、どうもなんとなく傲慢な臭いがして、あまり好きになれないのだ。もう少し謙虚になれないかなと思う。とは言え、本書は、これまでの著者の集大成と言っても良いくらい、内容がよく突き詰められて整理されている。タイトルは『自転車の安全鉄則』であり、内容の基軸もそういうことなのだが、自転車の安全性から自転車行政全般、自転車につきまとうさまざまな問題についてまで、非常にわかりやすく論じている。要は車道の一部を自転車専用道路にし、自転車の左側通行を徹底すべきだということである。そのあたりの理由については本書で詳しく解説されているので、興味のある方は読んでください。
 主張については、同じ自転車乗りとして全面的に賛成だが、やはりどことなく文章全体から傲慢な臭いがする。著者がギョーカイ人だからか? 同様の主張の本に『クルマを捨てて歩く!』(杉田聡著、講談社+α文庫)があり、こちらは著者の(良い方の)人間性がにじみ出ていて好感が持てる。
★★★☆

参考:
竹林軒『車を捨てよ! 街に出よう』
竹林軒出張所『自転車が街を変える(本)』
竹林軒出張所『広がる“持続可能な交通”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道(本)』

# by chikurinken | 2009-06-27 15:29 |

アーリング・ヴァルティルソン メゾチント銅版画展

 岡山のギャラリーグロスで、今日から「アーリング・ヴァルティルソン メゾチント銅版画展」が始まった。
アーリング・ヴァルティルソン メゾチント銅版画展_b0189364_19123381.jpg

 早速見学に行った。そうそう、知らない人のために説明しておくと、メゾチントというのは、銅版画の1技法で、通常の銅版画が白地に黒の絵ができるのに対し、メゾチントでは黒地に白の絵ができる。あらかじめ、真っ黒になるように処理しておいた銅板を、少しずつ削りながら白い部分を広げていくという技法である。
 このアーリング・ヴァルティルソンというお方は、現時点で当代最高のメゾチント作家なのではないかと僕などは思っている(単に他の作家を知らないだけかも知れない)。僕もこのヴァルティルソンの「ねぎ」という作品を知って、自分でもメゾチントをやってみたほどだ。彼の作品を見ると、メゾチント表現の可能性をうかがうことができる。
 今回の展覧会は、グロスでは2004年以来5年ぶりの開催で、90年代の終わりから最新作までの15点が展示されている。例の「ねぎ」も展示されていた。前の展覧会のときも見ているはずなのだが、当時は銅版画にまったく興味がなかったため、全然印象に残っていない。銅版画に興味がない普通の人にとっては(かつての僕も含めて)大したインパクトを感じないのかも知れない。ただ(銅版画から離れて)静物画として見てもなかなか存在感がある作品が多く、一見の価値はあるのではないかと思う。
 今回の展示を見るに当たり、上の「ぶどうのある配置」にも下の「ねぎ」にも見られる細かい白の表現に関心があったのだが、何となく白の絵の具で着彩しているような印象を受けた。グロスのマスターによると、プレス(印画)する前に爪楊枝を使って黒インクを取り除いているのではないかという話で、なるほどそういう技法があるのかと納得した。ただ、作品によっては絵の具を塗っているのではないかと感じられるものもあり、真相はよくわからない。ともかく、いずれこの爪楊枝技法を試してみたいと思う。

「アーリング・ヴァルティルソン メゾチント銅版画展」
ギャラリーグロス(岡山市北区富田町)
2009年6月26日〜7月11日

アーリング・ヴァルティルソン メゾチント銅版画展_b0189364_19104090.jpg

前回(2004年)の展覧会のハガキ:「ねぎ」↑
# by chikurinken | 2009-06-26 18:59 | 美術