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竹林軒出張所

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『黴の生えた病棟で』(本)

黴の生えた病棟で
ルポ 神出病院虐待事件

神戸新聞取材班著
毎日新聞出版

閉鎖的な空間が虐待事例の温床になる

『黴の生えた病棟で』(本)_b0189364_10363402.jpg 神戸にある精神科病院、神出病院で、看護師による患者への虐待(放水、監禁、性的虐待)が繰り返されていたことが判明したのが2019年末。その後、事実関係が明るみになり、虐待に関わっていた看護師6人が準強制わいせつの容疑で逮捕され、その後有罪が確定した。この事件を地道に報道してきたのが神戸新聞で、その顛末をまとめたのが本書である。
 神出病院側は、事件後も隠蔽体質を変えず(名目上の)再発防止委員会を作ったりしたが、状況が改善されることはなかった。その後、2021年に院内で同様の虐待事件が再び起こり、ここに及んで、院長の交代、第三者委員会の設置というふうに推移していき、次第に事件の全容が明らかにされるという結果になった。その間も、神戸新聞は地道に報道を続けてきたらしい。
 本書によると、看護師による虐待が始まったのが2009年で、当時の院長(本書では「A院長」)が赴任したのがその2年前。この院長が赴任してから、院内の空気が変わり、患者に対する扱いがひどくなったという。入院患者の数を増やすと同時に働き手の医療従事者を減らすことで収益をあげようという方針だったようで、それに呼応するようにスタッフにもストレスが溜まり、徐々に虐待がはびこるようになったようである。挙げ句に院内の設備も修繕などが行われず、タイトルにあるように病棟の天井に黴がびっしり生えるというような状況になった。
 新たに赴任してきた看護師なども、当初は虐待を目にして違和感を感じるが徐々に慣れていき、患者を物のように扱うようになっていった、その結果が事件に繋がったということで、院内に醸成された空気が人を変えていったというのが本書の推理である。結論としてはA院長の人間性がすべての原因というところに落ち着くわけだ。
 その後、新しい院長によって大胆な改革・開放が行われ、かつてのような虐待はなくなったと言われるが、今でもこの病院に対する世間の目は当然厳しい。このような改革の過程も本書で紹介されており大変興味深い。さらには、現在の日本の精神科医療が持つ性質自体が患者の軽視に繋がっているという論考もあり、精神科医療制度自体に抜本的に改革が必要という提言もある。実際、神出病院事件以後も、滝山病院などで同様の虐待が明るみになっているし、相模原障害者施設殺傷事件も同じ時期に起こっている。同じような事件がいつまでも繰り返されるところを見ると、明るみに出ていない事例もまだ大量にありそうで、うかうか精神科病院を利用するわけにもいかないと感じる。
 学校のいじめやハラスメントの事例にも共通するが、風通しの悪い閉鎖的な空間があらゆる虐待事例の温床になるということは、すべての人が認識すべきではないかと思う。それを考えると、精神科病院を閉鎖的にしてしまうことに根本的な問題があると言えるわけで、秘密主義・秘匿主義に諸悪の根源があるのだなどとつらつら考えたのだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ルポ 死亡退院(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『死亡退院 さらなる闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『鍵をあける(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面(本)』
竹林軒出張所『日本人は何をめざしてきたのか (6)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『チョコレートな人々(映画)』

# by chikurinken | 2025-02-26 10:36 |

『今日もテレビは私の噂話ばかりだし……』(本)

今日もテレビは私の噂話ばかりだし、
空には不気味な赤い星が浮かんでる
〜統合失調症の私から世界はこう見えた〜

Himaco著
KADOKAWA

統合失調症の女性の手記

『今日もテレビは私の噂話ばかりだし……』(本)_b0189364_10135245.jpg タイトルから推測できるように統合失調症になった人のエッセイマンガである。
 通常の社会生活を送っていた著者だが、少しずつ奇行が増え始め、躁鬱症状や被害妄想も出始める。やがて統合失調症の診断を受け、通院・入院を経て今に至るという半生を記録したものである。
 かつて『分裂病の少女の手記』という本が発表されており、読んではいないが、前からかなり気になっていた。この本でも統合失調症の人の精神世界が描かれており、そういう点ではあの本に内容は近いのかも知れない。いずれあちらも読んでみようかという気になる。
 ただこちらの本は、マンガであることから、著者が見ていた世界を絵で表現できているという点で画期的である。またページ数も比較的少ないため読みやすさもある。何より色彩が非常に美しく、統合失調症の世界が美しいのか、単に著者の表現力が優れているのかはわからないが、本書の魅力になっている。
 近年、本書と同様の統合失調症経験者のエッセイ・マンガも増えているようで、日本のマンガ文化の裾野の広さをあらためて感じる。こういったマンガ作品が、統合失調症への理解にも繋がるのではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『人間仮免中(本)』
竹林軒出張所『統合失調症がやってきた(本)』
竹林軒出張所『脳の配線と才能の偏り(本)』
竹林軒出張所『この人を見よ(本)』
竹林軒出張所『路上のソリスト(映画)』
竹林軒出張所『精神(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-02-24 07:13 |

『万年時計』(ドキュメンタリー)

万年時計
江戸時代の天才が生んだ驚異の時計

(2005年・NHK)
NHK-BSプレミアム ハイビジョン特集

後世に残すべき映像……言うことなし

『万年時計』(ドキュメンタリー)_b0189364_08294489.jpg 20年前のドキュメンタリー作品で、数年前に『プレミアムカフェ』で再放送されたものだが、永らく録画したまま放置という状態だった。今回、とうとう意を決して見てみた。
 このドキュメンタリーで2005年の愛知万博(「愛・地球博」……すでに存在すら忘れていた)が話題になっていることからわかるように、そもそもが古い話である。何でも、東京国立博物館に収蔵されている「万年時計」のレプリカが作成されて、愛知万博に出展されることになったらしい。結構大がかりなプロジェクトで、いろいろな分野の専門家が集まって5カ月かけて復元するという企画である。『万年時計』(ドキュメンタリー)_b0189364_08295665.jpg面白いプロジェクトではあるが、どこから資金が出たのかよくわからないようなバブリーな印象を受ける(実際は文部科学省から出ていたようだ〈「万年時計復元・複製プロジェクト」〉)。ちなみに「万年時計」というのは、江戸後期、多数のからくり人間を作って世間を驚かしていた田中久重(通称「からくり儀右衛門」)が作り上げた置き時計で、天象儀(毎日の月と太陽の動きを示すもの)、和時計、洋時計が付いている他、二十四節気や十干十二支、曜日まで表示するようにできていて、なおかつ一度ぜんまいを巻いたら1年間稼動し続けるというとんでもない代物である。
『万年時計』(ドキュメンタリー)_b0189364_08295382.jpg ともかく、この「万年時計」の内部構造をセイコーの技術者たちが調べ上げて、部品を再現し、レプリカを作るというプロジェクトなんだが、その模様を映像に収め、しかも内部構造をCGで再現して作り上げられたのがこのドキュメンタリーということになる。「万年時計」もすごいが、このドキュメンタリーも相当手が込んでいて、映像がなかなかすごい。内部の構造が映像上でわかりやすく再現されており、通常であれば複雑きわまりなく素人からは見当も付かないような特殊なギア構造まで映像化されている。「万年時計」もだが、このドキュメンタリーの映像も後世に残しておくべきと感じる。重要な資料になっており、文句の付けようもない。素晴らしい記録映像である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『大江戸テクノロジー事情(本)』
竹林軒出張所『独立時計師たちの小宇宙(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『時をつくる(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『古代ギリシャの"コンピューター"(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『偏屈のすすめ。(本)』

# by chikurinken | 2025-02-21 07:29 | ドキュメンタリー

『あなたの顔は大丈夫?』(ドキュメンタリー)

あなたの顔は大丈夫?
最先端“顔認証システム”が危うい

(2023年・仏France 24)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

SNSとインターネットの危険性に思いを馳せる

『あなたの顔は大丈夫?』(ドキュメンタリー)_b0189364_08390255.jpg 米国、マイアミの警察では、犯罪の容疑者を特定するために顔認証システムを利用している。これは、防犯カメラに映った映像から犯人の顔を割り出し、それを、インターネットから収集した膨大な画像データベースと比較照合して、類似の画像データを取り出し犯人の身元を特定するというシステムで、Clearview.AIという企業が提供している。
 このシステムは、凶悪犯人を素早く特定できるという点では素晴らしいもののように思えるが(Clearview.AIのCEO、ホアン・トン・タットも同様の主張をしている)、実際には合法的なデモの参加者を特定するために利用されたりする懸念があり(実際に利用されているが)、その問題性は大きい。しかもインターネットに公開されているデータに照合するだけとClearview.AI側は主張しているが、実際には削除されてネット上から消えているデータもClearview.AI側のデータベースには保存されているらしく、過去の大量の顔画像が蓄積されているというのが実情である。
 Clearview.AIは、さまざまな行政組織にこのシステムを売り込んでいるが、その対象となる行政組織には(UAE政府などの)反民主主義的な機関もあり、そこでは政権に批判的な活動、主張をするだけで身元が特定されるというような使われ方をしている。実際にClearview.AIにはそういう要素があり、同社でもそういう利用方法を主眼に置いているフシがある。
『あなたの顔は大丈夫?』(ドキュメンタリー)_b0189364_08390688.jpg こういった利用方法は、少なくともEU諸国では禁止されており、倫理的に考えても到底受け入れることはできない。市民のすべての活動が常時監視されているようなもので、収容所社会を実現するシステムと言っても過言ではない。なお、CEOのホアン・トン・タットはトランプを中心とする白人至上主義者と近いということもこのドキュメンタリーで明かされており、Clearview.AIの危険性はその点でも注目に値する。とは言っても、Clearview.AIの活動を禁止したところで、この手の事業は今後もどこかがやるのは目に見えているわけで、それを考えると、エマニュエル・トッドがその著書『西洋の敗北』で語っていた「インターネットは、アメリカの当局が世界中の人々のプライバシーを収集するためのツールに成り下がっている」という主張が、現実味を帯びてくる。結局のところ、安易に写真をインターネットやSNSで公開するなというところに落ち着く。と言ってもほとんどの人は、すでに取り返しがつかない状態になっているわけだが。SNSをはじめとするインターネットは、非常に危険であるとだけ肝に銘じておきたいものだ。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『中国 デジタル統治の内側で(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『完全密着 消えた物証を追え(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『強いられた沈黙 前・後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『あなたの健康データは大丈夫か(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『西洋の敗北(本)』

# by chikurinken | 2025-02-19 07:38 | ドキュメンタリー

『メイド イン エチオピア』(ドキュメンタリー)

メイド イン エチオピア
“一帯一路”最前線の4年間

(2024年・米英加エチオピアHard Truth Films / Dogwoof / T-dog / Gobez Media)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

「一帯一路」のミクロ的な視点

『メイド イン エチオピア』(ドキュメンタリー)_b0189364_10050690.jpg 「一帯一路」の一環かどうかにわかにはわからないが、中国当局が、エチオピアに縫製工場を含む工業団地を建設し、そこを服飾などの製造拠点にするというプロジェクトを2017年に開始した。その団地の周辺一帯も、第二期計画の工業団地として開発が見込まれる土地で、現地の政府も中国側も非常に熱心にプロジェクトを推進しているという状況。このドキュメンタリーは、エチオピアのその工業団地の様子を数年に渡って追ったもので、その進展を記録したものである。
 この作品に、さながら主人公のように頻繁に登場するのは、中国側から派遣されたモットという中年女性。工業団地副所長であるが、何でも迅速に進めたいという気質のようで、「スピードこそ命」が信条のような人である。だが、外部の目から見ると非常に拙速にも映る。実際、土地の買収についても、反対している地元農民の訴えをろくに聞くことなくどんどん話を進めようとして顰蹙を買ったりしている。そういう人だから、工場の現場担当者との間にも軋轢が生じるという始末である。
『メイド イン エチオピア』(ドキュメンタリー)_b0189364_10050334.jpg そんな折、コロナ禍が発生した上、エチオピア国内で反政府軍による反乱が起きたこともあり、業務成績が著しく低下した。しかもそれだけでなく、これまで中国から呼び込んでいた資本も撤退してしまった。そういうこともあり、2024年現在で、プロジェクトは著しく停滞しているようで、当初予定されていた工業団地拡張計画も中断している。そして張り切って走り回りあちこちで混乱を引き起こしていたモット副所長は、その後転職して現在はエチオピア国内で貿易会社をやっているという無責任かつ身勝手な有り様である。
 一方で、このエチオピアの事例は、途上国での開発によくある話のようにも聞こえる。先進国(この場合は中国だが)が途上国に乗り込んでいき、自分たちのやり方を強引に押し付け、現地の生活を破壊した挙げ句に、結局撤退するという定型パターンのようにも思える。ただ今回のケースの場合、やり方が強引である上拙速で、担当者が楽観的過ぎるためか計画性が欠如している。多くの中国製品に見られるような、実にいい加減な仕事のようにも映る。現地にとっては混乱を引き起こされただけでなく、生活をズタズタにされてしまったという点で、こういった活動は非常に罪深いと言える。
 「一帯一路」のすべてがうまく行っていないわけではないだろうが、現在の中国国内の悲惨な経済状況を見れば、世界中で似たような問題があちこちで起こっているのではないかとも考えられる。こういう計画性を欠いたプロジェクトに巻き込まれ、生活が破壊された人々の状況も、今後、何らかの形でさらに深掘りしていただきたいところである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ナイルの水は誰のものか(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アフリカ争奪戦 富を操る多国籍企業(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『血塗られた携帯電話(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『反骨の外科医(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-02-17 07:04 | ドキュメンタリー