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竹林軒出張所

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『物語 ウクライナの歴史』(本)

物語 ウクライナの歴史
ヨ-ロッパ最後の大国

黒川祐次著
中公新書

ウクライナの来し方から敷延して
ウクライナ戦争について考える


『物語 ウクライナの歴史』(本)_b0189364_09462297.jpg 現在ロシアに侵略され抵抗を続けるウクライナの、2002年までの歴史について書かれた本である(2002年に刊行された本であるため)。著者は、元駐ウクライナ大使で、ウクライナの事情について精通しているお方。
 ウクライナの地は、土壌が肥えていたことから農業が盛んであり、しかも東西・南北交易の交差点になっていたことから、経済的にも重要な地であった。かつては、遊牧民のスキタイがこの地を支配し、ペルシャやギリシャともやりとりがあって、大きな文化圏を形成していたが、民族大移動の時代を経て、やがて東ヨーロッパのかなりの領域を支配するキエフ・ルーシ公国が成立する。その後、モンゴル帝国(キプチャク汗国)の支配を経た後、周辺の力を持った国々(ポーランドとリトアニア)によって争奪の対象になる。同地内では、自衛の武力集団、コサックが自立し、やがてコサックがヘトマン国家として自立するが、相変わらず、北方からの圧力に加え、モスクワ大公国とオスマン帝国までがその豊穣の地を狙い侵略を企ててくる。ヘトマン国家はやがて勢力を削がれ、結局周辺国の支配下に置かれることになって、ロシアとポーランドが分割支配することになった。その後はロシアとオーストリアハンガリーの分割支配時代、ソビエト連邦への編入と続き、ウクライナの地に独立国家を樹立することができないまま20世紀末を迎えることになった。その間も独立を企てる政治勢力はたびたび登場するが大国(特にソビエトロシア)の力が凄まじく、同地はソビエトやドイツに蹂躙されるという不幸な歴史を繰り返していた。
 それが大きく変わったのが1990年のソビエト連邦の崩壊で、これを機にウクライナはついに独立を果たす。2002年の時点では、西ヨーロッパなどの周辺諸国との間に良好な外交関係を結ぶことで、健全な国家運営を行っているという状況である。
 本書から窺われるのは、ウクライナはロシアの一部というロシア側の見方(帝国ロシアの時代から続いている見方)と、ロシアと決別して自立すべきとするウクライナ(特に西部・南部)側の見方の齟齬で、今回のウクライナ紛争もその辺にルーツがあることが窺われる。それを考えると、今回の戦争は、結果的に「ウクライナ独立戦争」になるという見方ができる。おそらくウクライナはロシアから実質的完全独立を遂げ、食料輸出国、武器輸出国として東ヨーロッパの大きな勢力になるのではないかと個人的には感じているが、一方で今のままだとロシアの国内が崩壊しかねず、そうするとむしろウクライナがモスクワの地を実質支配するというような事態も考えられなくはない。通史でウクライナの歴史を見てみると、エマニュエル・トッドが『第三次世界大戦はもう始まっている』で書いているウクライナの特徴が非常に一面的であることがわかる。聞き書きでなく、やはり自分自身の手で直接調べて確認しなければ本質的なところは見えてこないとあらためて感じた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『混沌のウクライナ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ウクライナ侵攻が変える世界(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『キーウ防衛(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『マリウポリの20日間(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『戦時下の大統領 ゼレンスキー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ロシアには屈しない(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『バルト海の憂鬱(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『荒れる黒海ルート(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ソフィヤ 百年の記憶(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『軍事侵攻・緊迫の72時間(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『隊長ブーリバ(映画)』
竹林軒出張所『第三次世界大戦はもう始まっている(本)』
竹林軒出張所『西洋の敗北(本)』
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『プーチン 戦争への道(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-09-15 07:46 |

『日本文学史 近代・現代篇〈四〉』(本)

日本文学史 近代・現代篇〈四〉
ドナルド・キーン著
中公文庫

欧州かぶれの気障な文学にしか思えない

『日本文学史 近代・現代篇〈四〉』(本)_b0189364_09205938.jpg ドナルド・キーンの畢生の大作、『日本文学史』。前回の『近代・現代篇〈三〉』に続いて、『近代・現代篇〈四〉』も読んだ。
 本書では、モダニズムの作家を中心にして紹介しており、「モダニズムと外国の影響」、「川端康成」、「転向文学」の3章立てになっている。紹介されるのはモダニズムの作家と新感覚派、プロレタリア文学からの転向組の作家たちで、具体的には佐藤春夫、横光利一、伊藤整、堀辰夫、川端康成、島木健作、武田麟太郎、高見順らである。
 このあたりの時代は、注目度が比較的低く、僕にとって知らないことも多かったが、それ以上に関心があまりない上、本書を読んでも彼らに対して関心が涌かないという点で、本書は重要度の高くない一冊になっていたと感じる。もちろんこのシリーズが、日本文学史を通史として紹介するというコンセプトであるため、大正・昭和期のこういった文学を外すことができないのは重々承知しているが、それにしてもどの作家も小粒で、印象に残らない。川端康成は戦後ノーベル賞もとっており、文学界の重鎮になってはいるが、作品自体はあまり個人的に注目すべきものもなく、僕にとっては他の作家たちと同列である。本書では、川端康成に対して高い評価を与えているが、同時に彼が作品を継ぎ足しで書く傾向があり、結果的に全体的なまとまりのない作品が多いという分析を加えているのは、非常に納得がいった。そういう点で著者の分析は信頼できるが、ともかく僕自身がその対象に面白みを感じないため、読むには読んだがあまり残るものもない上、件の作家の作品を読んでみようという感慨も湧かなかった。そういう点では、(僕にとって)本シリーズの中でもっともつまらない本になってしまった。
 『近代・現代篇』は、散文に限って言うと、あと〈五〉と〈六〉のみで、〈五〉は戦中・戦後の無頼派、〈六〉は三島由紀夫らの戦後の作家が中心になるようだ。この2冊は目下品切れ状態のようである。僕としてもあまり食指が動かないが、(重版されるなど)機会ができたら続けて読むかも知れない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈三〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈七〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈八〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈三〉(本)』
竹林軒出張所『百代の過客〈続〉(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『日本の文学(本)』
竹林軒出張所『私が愛する日本人へ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『思い出の作家たち(本)』
竹林軒出張所『雪国(本)』
竹林軒出張所『三島由紀夫×川端康成(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-09-11 07:20 |

『日本文学史 近代・現代篇〈三〉』(本)

日本文学史 近代・現代篇〈三〉
ドナルド・キーン著
中公文庫

大正時代の日本文学史
プロレタリア文学の動向が異色で面白い


『日本文学史 近代・現代篇〈三〉』(本)_b0189364_10301872.jpg ドナルド・キーンの畢生の大作、『日本文学史』。これまで、『日本文学史 近代・現代篇〈二〉』まで読み進めていたが、やっと『〈三〉』を読み終わった。『〈二〉』を読んだのが2021年だったため、4年経って読了したわけである。このペースで読むと、死ぬまでに全部読み終えることはできなさそう。
 それはともかく、『近代・現代篇〈三〉』である。本書は、「プロレタリア文学」、「芥川龍之介」、「永井荷風」、「谷崎潤一郎」の4章構成になっており、それぞれの章ごとに各テーマについて時系列で紹介される。『近代・現代篇〈二〉』でもそうだったが、著者が関心を示す特定の作家への比重が高いという印象で、そのために、芥川龍之介より永井荷風……みたいな偏りがある。もっとも芥川龍之介は世間的な評価が高いことから論じられることも多いため、永井荷風の方に紙面を割く方が価値があるとも言える。ただ永井荷風については、僕に対してアピールするものはあまりなく、「永井荷風」の章は、僕にとって本書でもっとも退屈な箇所になってしまった。
 「プロレタリア文学」、「芥川龍之介」、「谷崎潤一郎」の章については、時系列で紹介されている上、内容もきわめて具体的で詳細であるため、非常にわかりやすく、しかも著者の主張もよく伝わってくる。日本文学研究者としての著者の水準の高さをあらためて感じる。
 次の『近代・現代篇〈四〉』は、「モダニズム」、「川端康成」、「転向文学」がテーマで、あまり食指が動かない。『近代・現代篇〈五〉』が太宰治らの戦後派、『近代・現代篇〈六〉』が戦後文学と三島由紀夫というラインナップで、ここまでが『近代・現代篇』の一区切りになる。『近代・現代篇〈四〉』は今読んでいる最中だが、少し退屈しそうな雰囲気である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈四〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈七〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈八〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈三〉(本)』
竹林軒出張所『百代の過客〈続〉(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『日本の文学(本)』
竹林軒出張所『日本近代文学入門(本)』
竹林軒出張所『羅生門・鼻・芋粥・偸盗(本)』
竹林軒出張所『地獄変・邪宗門・好色・藪の中(本)』
竹林軒出張所『蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ(本)』
竹林軒出張所『谷崎万華鏡(本)』
竹林軒出張所『蓼喰う虫(本)』
竹林軒出張所『つれなかりせばなかなかに(本)』
竹林軒出張所『台所太平記(本)』
竹林軒出張所『思い出の作家たち(本)』

# by chikurinken | 2025-09-08 07:29 |

『平成の名香合』(ドキュメンタリー)

平成の名香合 〜香道 五百年の父子相伝〜
(2009年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ

無駄なことに大真面目に取り組む馬鹿馬鹿しさ
日本の文化は奥深い……


『平成の名香合』(ドキュメンタリー)_b0189364_08461342.jpg 2009年に香道の家元、志野流が80年ぶりに実施した名香合(めいこうあわせ)の模様を記録したドキュメンタリー。
 これだけ聞くと何のことだかよくわからないが、まず日本には香道という芸道があって、これは、要するに香を焚いてその香りを楽しむという技芸で、分かりやすく言うと茶道の匂い版みたいなものである。室町時代、足利義政の東山文化がルーツらしく、今でも志野流という家元があり、伝統芸を継承しているという。
 その香道の儀式の1つに名香合というものがあるらしい。具体的には、参加者が香木を持ち寄り、その香りをそれぞれで聞いて(香りを味わうことを「聞く」というらしい)、それぞれの香りの評を付けた上で、香木の優劣の勝敗をつけるという催しだというのだが(「闘茶」みたいなものか)、この名香合、2009年の時点で80年行われていなかったらしい。2009年に家元の代譲りが行われるのにあわせて、80年ぶりに名香合を行ったというわけである。
『平成の名香合』(ドキュメンタリー)_b0189364_08462126.jpg この名香合を行うに当たって、新家元と先代家元の他、慈照寺の住職(有馬頼底)、徳川家の22代目当主(徳川義嵩)、摂関家の跡取り(近衛忠大)、冷泉家当主夫人(冷泉貴実子)が参加することになった。場所は、名古屋にある志野流の総本山、松隠軒である。それぞれの参加者が、それぞれの香を、辛・甘・酸・鹹・苦の五種類の味覚になぞらえて、(やや詩的な)表現でそれを言語化し、香の優劣を競うわけである。
 で、これを見た率直な感想は、よくこんなことを大真面目にやるものだということである。何でもかんでも芸事にしている日本であるから、香を文化にし茶道みたいに大げさに扱うのもありだと思うが、正直なところ見ていて少し馬鹿馬鹿しさも感じるわけである。一見無駄なことにエネルギーを注ぐというのは、ある意味尊いとも言えるわけだが、この香道については、相当な無駄を相当贅沢な環境、しつらえで行っているという印象で、非常時にはまず最初に切り捨てられるような行為ではないかと思う。もちろんそれは茶道や華道などにも共通するものだが、あちらの方はこちらがすでに慣れているため特に感慨を持つことはないが、馴染みのない香道にこうして触れてみると、あらためてそういったもの(つまり文化)の存在の価値について見直すことに繋がる。
『平成の名香合』(ドキュメンタリー)_b0189364_08461639.jpg 先ほども書いたが、こういう行為は、僕にとって壮大な無駄なように思われるわけで、もちろんこうして道として残されているのは貴重でありがたいものだとも思うが、やはりどこか笑ってしまうような可笑しさを感じてしまう。このドキュメンタリー自体は貴重な記録ではあったが、大真面目にこういうことに取り組む日本人に少し愛しさというか滑稽さすら感じるのだ。今回呼ばれて集まった人々が貴族や華族の系譜をひいている人たちだったというのも馬鹿馬鹿しさを感じさせる1つの要因で、思わず「化石」という言葉が口をついて出そうになってしまうのだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『蘭奢待(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『精進料理大全(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『京都 冷泉家の八百年(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『鼓の家(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『祇園・継承のとき(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『風姿花伝 (現代語訳版)(本)』
竹林軒出張所『坂東三津五郎 踊りの愉しみ(本)』

# by chikurinken | 2025-09-04 07:45 | ドキュメンタリー

『印象派の夜明け』(ドキュメンタリー)

印象派の夜明け 〜新しい表現への挑戦〜
(2024年・仏ARTE France、GEDEON Programmes他)
NHK-BS BS世界のドキュメンタリー

美術史上の画期を再現した

『印象派の夜明け』(ドキュメンタリー)_b0189364_12440433.jpg 19世紀前半のフランスでは、画家がプロとして名前を売るには、サロン(王立アカデミーによる展覧会)に出品し、審査員による高評価を受けなければならなかった。サロンが無名の画家の登竜門になっていたのである。
 一方で19世紀後半になると、(絵の具の進化により)屋外での写生が可能になったり写真技術が実用化したりして、従来の絵画のあり方が少しずつ変わってくる。それに伴って、従来の保守的なサロンのあり方にも疑問を持つ若い画家たちが現れてきた。
 バジール、モネ、ルノワール、ピサロらがそういった画家たちで、サロンに応募(場合によっては当選)しつつも自分の絵が正当な評価を受けられていないと考えるに至り、有志で集まってサロンに対抗する気鋭作家の展覧会を開くことにした。それが1874年の第1回展覧会(現在では「第1回印象派展」と呼ばれている)であり、写真家ナダールのスタジオを借り切って開催された。この展覧会には、マネ、ドガ、セザンヌ、ベルト・モリゾらも参加し、後の時代から見れば豪華絢爛ではあるが、当時はまだそれほど名前のある画家がおらず、しかも従来の伝統的な画法とも画題とも違った絵画が多く、保守的な批評家たちから散々な批判を浴びた。
『印象派の夜明け』(ドキュメンタリー)_b0189364_12440828.jpg このドキュメンタリーは、第1回展を開くまでの画家たちの足跡をドラマを交えて描くというもので、内容的には割合有名な話で、そういう点では学習教材レベルと言えなくもないが、ドキュメンタリーのレベル自体は決して低くない。ドラマ部分についても、画家たちによく似た俳優が使われている上、出てくる絵画もかなりしっかり再現されている。第1回展の内装なども、学術的なアプローチに基づいて再現されているらしく(資料があまり残っていないため、実際の展示方法については不明であるが、それでも当時の新聞記事やわずかな記録を参考にして再現したそうである)、それを考えるとこのドキュメンタリーの資料としての価値も高い。
 この第1回展は、評判にはなったが、画家たちの名声の向上にはさして寄与しなかったようで、その後も画家たちは貧しい生活を強いられる。それでも翌々年に第2回展を開き、1986年の第8回展まで都合8回開催される。新しい画家も都度参加し、現在知られている印象派、新印象派、後期印象派の画家たちはいずれかの展覧会に参加している。それでもこの展覧会が開かれていた間、「印象派」画家たちの評価は総じて低く、彼らの評価が高くなるのは1890年代の米国まで待たなければならなかった。
『印象派の夜明け』(ドキュメンタリー)_b0189364_12441336.jpg 彼らの「印象派展」は、後に美術史上の画期として扱われるようになるのだが、当時のほとんどの美術関係者はそんなことを知る由もなかった。要するに、新しい動きに敏感に対応できるのは保守派ではないという事実だけが、古今東西で共通に存在するわけで、このドキュメンタリーを見ながら、そういうことも感じるわけだ。何よりこの作品、再現レベルが非常に高く、それだけでも十分評価に値するドキュメンタリーと言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『天海祐希 パリと女と(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『誰も知らない印象派 娼婦の美術史(本)』
竹林軒出張所『フェルメールに魅せられて(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『田舎の日曜日(映画)』
竹林軒出張所『ピクニック(映画)』
竹林軒出張所『夏時間の庭(映画)』

# by chikurinken | 2025-09-01 07:43 | ドキュメンタリー