贋作の誘惑 ニセモノVS.テクノロジー
(2022年・NHK)
NHK-BS
贋作絵画を取り巻く諸問題を広く紹介する
優良美術ドキュメンタリー
現在の美術市場に贋作があふれかえっている現状について報告するドキュメンタリー。
コレクターや美術館が美術作品を高額な金額で取引している現状は、関係のない第三者の立場から見ても、決して健全なものとは思えない。ある作品が法外な金額でやり取りされたというニュースを聞くといつもながら呆れ返ってしまうという状況があるわけだが、ただ実際には、高価な金額で取引された作品が実は贋作だったということが意外に多いという事実がこのドキュメンタリーからわかる。
事の発端は、リヒテンシュタイン侯爵家が9億円で購入した「ヴェールを纏うヴィーナス」(クラーナハ作とされる)で、この絵に贋作の疑いがかかり、鑑定の結果、贋作の可能性が高いという結論が出された。この絵の元々の出所を探ったところ行きついたのが、自称アートコレクター、ジュリアーノ・ルフィニであった。そしてルフィニからは、他にも数々の「名画」が出ていることが判明し、サザビーズ(ルフィニから出たハルスの「紳士の肖像」を販売)、ルーブル美術館(これもルフィニから出た「紳士の肖像」を購入しようとしていた)までがルフィニ製作の絵画を本物と思い込んでいたというのである。さらにはメトロポリタン美術館がパルミジャニーノ「聖ヒエロニムス」、ロンドンのナショナルギャラリーがかつてオラツィオ・ジェンティレスキ「ダビデ」を購入していたが、これも出所がルフィニで、科学鑑定の結果、すべて現代に製作された贋作という結論が出た。つまりルフィニの贋作を鑑定士も美術評論家も見破ることができなかったわけである。こういった専門家たちは、その正体を見破れなかったことを反省するわけでもなく、自分たちの無能をさしおいて贋作師たちを激しく非難しているのだった。
一方で現代では、科学鑑定の技術がかなり進んでおり、顔料や素材などの時代背景が分析できるようになっていて、贋作判定の精度も高くなっている。それもこのドキュメンタリーで紹介されており、近年では放射性炭素測定法まで導入されていることがわかる。つまり芸術作品の真贋がかなりの精度で判別できるようになっているのだ。
このドキュメンタリーでは、ルフィニの他に、有名な贋作師、ベルトラッキも登場する。ベルトラッキは、近現代美術をもっぱら贋作しており、特にマックス・エルンストの作品に携わる。ベルトラッキは、贋作販売の罪で10年間収監されていたらしいが、このドキュメンタリーに非常に協力的で、その技法や製作過程まで詳らかにしている。彼のアプローチは、作家の半生をとことんまで調べ上げ、その作家が作りそうな作品を製作するというもので、決して他の作品を模写しているわけではない。こうなるとほとんど研究者のレベルで、ベルトラッキを一方的に悪者とする美術界の考え方にも疑問を抱かざるを得なくなる。
実際のところ美術界では、現在美術作品を鑑賞のためではなく資産として取引する風潮が強く、それがために価格が高騰しているという背景がある。そもそも誰にも真贋が見分けられないような作品は、限りなく本物に近いと言えるわけで、一方的に贋作を非難するのもいかがなものかと、無関係の第三者である僕は考える。
このドキュメンタリーでは、そういうような見方も紹介しており、もちろん贋作に肯定的とは言えないが、美術界全般の問題や風潮について広く扱っており好感が持てる。以前ベルトラッキを紹介したドイツのドキュメンタリーがあり(
『贋作師ベルトラッチ』)一方的にベルトラッキを非難するような内容だったが、そのレベルより一歩先に進んでいる点で、見識の高いドキュメンタリーであると感じた。なお、ベルトラッキ製作の「贋作」はいまだに世界中の多くの美術館に所蔵されており、日本の美術館にも本物として展示されているものがあるらしい、ベルトラッキによると。
★★★★参考:
竹林軒出張所『贋作師ベルトラッチ(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『偽りのガリレオ(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『疑惑のカラヴァッジョ(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『フェルメール盗難事件(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ダビンチ 幻の肖像画(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ジュラシック・キャッシュ(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『スリーパー 眠れる名画を探せ(ドキュメンタリー)』