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竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『日日是好日』(本)

日日是好日
森下典子著
新潮文庫

茶道の精神を垣間見る

b0189364_18253280.jpg エッセイストの森下典子が、自身の25年に渡る茶道修行の経験について書いたエッセイ。
 森下典子の文章を読んだ記憶はあまりないが、若い頃『週刊朝日』に軽薄(と僕は当時感じていたんだが)なエッセイを書いていたことは知っている。僕が学生のときに『典奴どすえ』という本が少しだけ話題になったのも記憶に残っている。その著者が、茶の世界に真摯に向き合いその精神を感じたという、その過程を描いたエッセイである。僕の著者に対するイメージが完全に覆されるような素材である。
 著者はこのエッセイを書いた時点で25年間茶の稽古を続けていたが、(本人によると)あまり真剣な生徒とは言えず、稽古に通うのが億劫になったり、何かの折には辞めようと思ったりということが多かったらしい。それでも稽古に通うと、帰りには心がすっきりして非常に得をした気分がする、それがために辞めずに続けていたという、そういう類の生徒であった。
 その彼女も、習い始めて13年目に、自分の才能のなさを知り辞めることを決断するんだが、たまたまそんな折、茶事(懐石料理から茶の点前までフルセットの茶会)に参加したことがきっかけになって、今まで不可解だった茶の作法の全体像が見えてきて、やがて茶道の姿形が見えてくるようになる。それと同時に、辞めるとか辞めないとかの逡巡が茶にとってまったく不要であることに気が付く。おそらく茶の精神を体得したということなんだろう。このあたりのエピソードが書かれているのが第10章である。
 それ以降の章(第11章から第15章)がおそらく本書の圧巻で、著者が感じ取った茶の世界、茶の精神を、素朴な筆致で読者に披露していく。茶の素人である僕のような読者が、茶の精神を垣間見ることができるような文章が続くのである。茶の世界は、端で見ていると何が面白くてあんな堅苦しい環境に身を置くのかという程度の認識しかないが、自然を感じ自然を愛でる、それに通じる感性と知性の遊びを楽しむというようなことがその精神なのではないかというのがこの後半部分を通じて見えてくる。ある意味で、茶の素人にあてた、茶道の奥深い世界の紹介みたいな本になっている。したがって、この本は茶の精神を覗き見たい茶の素人にとって格好の入門書ということになる。情景を感じさせるような自然描写の表現もよく出てきて、あわせて季節感もうまく表現されているが、さすがに茶に関係する専門的な事物については容易には想像できかねる(一部については巻頭に写真がある)。そのため映像で見てみたいと思わせる部分が多く、そのあたりが残念なポイントであるが、何でも少し前に映画化されたらしい。映像で見れば確かにもう少し茶の世界に浸れるような気もするが、このエッセイを劇映画にして成立するのかは未知数である。それはともかく、本書が茶の奥深さを感じさせる書(特に後半部)であったのは確かである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『精進料理大全(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『利休(映画)』
竹林軒出張所『豪姫(映画)』

# by chikurinken | 2019-01-15 07:24 |

『河童の手のうち幕の内』(本)

河童の手のうち幕の内
妹尾河童著
新潮文庫

つまみ食いが適した読みもの

b0189364_15081034.jpg 舞台美術家、妹尾河童のエッセイ集。著者の妹尾河童は、80年代に出した本、『河童が覗いたヨーロッパ』で一般社会に名前が広まった(と僕は記憶している)。この本、ヨーロッパの紀行エッセイなんだが、宿泊したホテルの部屋の様子を天井からの俯瞰図で描いていたりして、かなりユニークな本であった。ユニークと言えばこの人の旅のスタイルがまたユニークで、外国語はほとんど喋れないにもかかわらず現地の人とそれなりにコミュニケーションがとれるらしく、そのあたり、当時この本で妹尾河童に接した学生時代の僕も、感じるところが非常に多かった。その後、同様の紀行エッセイが立て続けに出されたが、それだけでなく90年代に自伝的小説である『少年H』が大ヒットしたために一躍著者の名前が知られるようになったのである。
 その著者が紀行エッセイを立て続けに出していた時分に、あちこちで書いたエッセイをテーマごとにまとめた、幕の内弁当のような本を出した。それがこの本である。未確認だが、中には書き下ろしのエッセイもあるようだ。僕は発売時にこの本を買って読んでいるんだが、今回『君は海を見たか』で妹尾河童という名前を見て思い出し、もう一度読んでみようと思い立ったのだった。ただ前に買った本は行方不明(おそらく処分したんだろう)だったため、わざわざ古書を買った。ちなみにこの本、現在すでに絶版状態である。
 著者らしい旅のエッセイも多く、例によってユニークな視点、行動が目を引く。だが僕がこの本で一番印象に残っていたのが、オペラ歌手、藤原義江についてのエッセイで、今回もこれに一番強い印象を受けた。そもそも「妹尾河童」という名前を最初に公式に発表した人も藤原義江ならば、舞台美術家として最初に採用したのも藤原義江である。したがって著者にとって非常なる恩人である。だが著者は結構、(このエッセイによると)失礼なことやエラそうなことを平気でこの人に対して口走っている。しかもそのことをこの藤原義江氏の方も楽しんでいるようなフシがあり、そういう点でもこの人、なかなかの人物であるように見受けられる。著者自身もそう考えているのが明らかで、それが文章の端々に出ていて、この2人の素敵な関係性が読むこちら側にも伝わってくる。
 その他には著者が蝋人形になったいきさつと蝋人形の製作過程の密着や、俯瞰図の描き方などが、本書の目玉と言えるだろうか。いずれにしてもいろいろな断片を寄せ集めたという感じのエッセイ集で、本当に幕の内弁当風。そこら辺は著者も意識しているようで、タイトルにきっちりそれが反映している。そのため中身については、がっちり取り組んで読むというよりつまみ食いみたいな読み方が適していると思える。幕の内弁当というよりもデザート、あるいは駄菓子に近い感じではある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『少年H(映画)』
竹林軒出張所『君は海を見たか (1)〜(11)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2019-01-14 07:07 |

坂田晃一回顧

 これまでも何度かこのブログで触れているんだが、あらためて坂田晃一という作曲家について。この人、70年代から80年代のテレビドラマの主題曲をよく書いていたので、我々の世代の多くは知らず知らずのうちにこの人の曲を聴いているのではないかと思う。
b0189364_17072858.jpg この人が当時よく担当していたのは日本テレビの『土曜グランド劇場』という枠のドラマ主題曲で、『2丁目3番地』(『目覚めた時には晴れていた』)や『3丁目4番地』(『さよならをするために』)の他、当時話題になっていた長いタイトルのドラマ(『二丁目の未亡人は、やせダンプといわれる凄い子連れママ』や『五丁目に咲いた恋は、絶対に結ばれないと人々は噂した』など)の多くもこの人が作曲担当である。他にも大河ドラマ(『おんな太閤記』など)やNHKの朝のドラマ(『おしん』など)まで担当しているので、当時から売れっ子であることには違いない。どの曲も質が高いが、最近は以前ほど活発な作曲活動はやっていないようで、しかも名前もそれほど(流行歌の作曲家ほど)知られているとは言えない。これほどの才能が世間でさほど注目されていないというのも随分もったいない話である。
 同じようなことを思っている人がいるのかわからないが、YouTubeでは『坂田晃一作品集』というタイトルで、坂田作品を多数公開している人もいる。また、坂田晃一の作品を集めたコンピレーションCDも発売されている(『坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス』)。そのCDが好評だったせいか知らないがその第2段(『坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス2』)が最近発売されたんで、僕自身もこれを入手してにわか坂田ブームになっており、それで今回あらためて坂田晃一をここで紹介しているというわけである。
 坂田作品の特徴は、叙情的でありながら浪漫的な点で、その多くは短調の曲であり、泣かせるメロディ、しかもオリジナリティ溢れるものが多い。だから何曲か聴いてみるとこの人の作品の特徴がわかる。あるいはある程度の年齢の人がいくつか聴くと「あああれか」と感じるかも知れない。そういう特徴的なメロディである。先ほどの『坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス』1、2の他、ダ・カーポのアルバム、『いんてぃめっと』(『グランド劇場』のテーマ曲が多い)や『「冬と夏の物語」坂田晃一の世界』(同じくドラマのテーマ曲が多い)についてもアマゾンで試聴できるんで、関心のある人は試しに聴くとよろしかろう。
b0189364_17072417.jpg 中でも坂田晃一らしさが一番出ているのは、前にも紹介したが、やはり朝倉理恵のアルバム、『誰のために愛するか』ではないかと個人的には思っていて、これが僕の一番のお気に入り作品である。この中に収録されている「さよなら、今日は」、「誰のために愛するか」は例によってテレビドラマのテーマ曲として使われた作品で、「目覚めた時には晴れていた」、「愛の伝説」はどちらもテレビドラマ(『グランド劇場』)のテーマ曲のカバーである。
 まだCDで復刻されていない坂田作品も多数あり(CMソングも大分書いていたようだ)、関係者には、是非何らかの形でこういった埋もれた曲に日の光を当てて、CDなどの形で提供して欲しいものだと思っている。いずれ『坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス3』が出るんじゃないかとは思ってはいるが。

参考:
竹林軒出張所『さよならの夏 〜それはルフラン 頭の中で響くの〜』
竹林軒出張所『朝倉理恵ファンがいるかは知らんがやっぱり「ひとさし指」が出た』
竹林軒出張所『朝倉理恵ファンに朗報! 『誰のために愛するか』が出た』
竹林軒出張所『朝倉理恵について私が知っている二、三の事柄』
竹林軒出張所『昨日、悲別で (1)〜(13)(ドラマ)』
竹林軒出張所『母をたずねて三千里 完結版(ドラマ)』
竹林軒出張所『日曜劇場 風船のあがる時(ドラマ)』

# by chikurinken | 2019-01-13 07:06 | 音楽

『完全密着 消えた物証を追え』(ドキュメンタリー)

完全密着 消えた物証を追え
(2018年・英True Vision)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

英国での捜査の負の部分が明るみに

b0189364_16084990.jpg 『完全密着 凶悪犯を捕まえろ』の続編みたいな位置付けのドキュメンタリー。製作会社も同じ。
 今回は、香港出身の老夫婦宅に数人の押し込み強盗が入り、老婦人が暴行を受けたあげく、いろいろな金目のものが盗まれたというケース。暴行を受けた老婦人はその後、取調中に体調不良を起こし、結局そのまま死んでしまう。そのため捜査当局は、今回の事件を殺人事件として認定し、捜査を始める。
 この事件は初動捜査が遅かったようで、そのために物証が見つからず、いたずらに日数ばかりが経過した。しかも近在では、中国系移民を狙った同じような強盗事件が立て続けに起こっている。それにもかかわらず警察が積極的に動かない(ように見える)ため、中国系移民コミュニティの中にも警察に対する不信感が出てきているという始末である。
 捜査は当初なかなか進んでいなかったが、防犯カメラの映像分析が手がかりになって進展する。この家から盗まれた外国紙幣が換金されている場面がショッピングモールの監視カメラに映されており、そこから彼らが使用している自動車が判明。自動車の持ち主が割り出され、結果として一人の若者が拘束される。ただし拘束期間として1日しか認められていないため、容疑者を逮捕したにもかかわらずほとんど何の成果も上げることができなかった。それからまたしばらくして共犯と見られる被疑者が逮捕されるが、こちらも自白は得られず。取調室内の映像が紹介されるが、容疑者はすっとぼけた応答をしていて、見ているこちら側は少々イライラする。容疑者の見た目は監視カメラ映像の姿にかなり似ていて、しかもいかにもギャング然としているため、彼らが犯人であることは容易に推察されるが(本当のところはわからないが)、取り調べは一向に進展しない。結局、彼らも拘束期間が切れて釈放される。このような事情により、この事件はいまだに未解決のままで、英国の捜査の限界が見えてくる結果になった。
 日本の警察・検察システムが良いとは決して思わないが、しかし少なくとももう少し容疑者の拘束期間を確保しないと、わかるものもわからないのではないかと感じる。英国の検挙率が高くないというのも、こういう映像を見るとわかるような気がするんだが、だからと言って日本のように無実の人間の検挙率が高いのも非常に由々しき問題ではある。それは明らかだが、要は程度問題である。
 今回もう一つ驚いたのが、街に設置されている監視カメラの多さで、それが前のドキュメンタリー『完全密着 凶悪犯を捕まえろ』のケースでは容疑者逮捕に繋がったわけだが、しかしそれにしても容疑者のほとんどの挙動が捉えられていたことを考えると空恐ろしさも感じる。(犯罪に関係ない)普通の市民であってもその挙動が映像として捉えられることには変わりなく、使いようによっては相当危険なツールになるのではないかという危惧を持った。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『完全密着 凶悪犯を捕まえろ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『DNA捜査最前線(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『FBIおとり捜査の現実(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-01-12 07:08 | ドキュメンタリー

『完全密着 凶悪犯を捕まえろ』(ドキュメンタリー)

完全密着 凶悪犯を捕まえろ
(2017年・英True Vision)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

警察の人権尊重姿勢に驚く

b0189364_17592932.jpg 英国の警察に密着するドキュメンタリー。
 ある有名な古書収集家が自宅で殺されるという殺人事件が起こった。財布やクレジットカードが盗まれているため物取りであることが推測されるが、被害者を滅多刺しにするという残虐性から考えると怨恨のフシも考えられ、にわかに断定できない。
 捜査班は、例によって物証を集めるところから始めるが、やがて徐々に手がかりが得られる。何より現場の周囲に設置されている監視カメラの多数の映像が決め手になり、容疑者が浮上する。また、容疑者の子どもの証言からも容疑者が当日傷を負っていたことが明らかになり(本人は暴漢に襲われたと語っていたらしい)、その後容疑者の拘束に至る。家宅捜査すると、古書収集家が持っていた高価な古書が容疑者の家から出てくるなど、物証は十分。また生活に困窮していたことから動機も十分で、陪審裁判にかけられることになった。結局、禁固34年という判決が出される。
 このドキュメンタリーでは、こういった捜査の過程を追いかけるわけだが、何もないところから少しずつ証拠が出てくるあたりは非常にスリリングで、かつての刑事ドラマさながらであった。しかし何より驚いたのは、取調室の映像である。女性取締官2人が被疑者と面談し、しかも被疑者の隣に弁護士が立ち会うというもので、日本との違いが鮮明である。当然、取調官が被疑者にライトを当てて「吐けっ!」などということはなく(日本でもそういうことが実際に存在するのかはわからないが)、きわめて事務的かつ人道的で、まったく威圧的な雰囲気はない。何かのカウンセリングのシーンと言われても納得しそうである。被疑者の人権という観点からは実にすばらしいシステムだと思うが、これで証拠、特に自白が得られるんだろうかという疑問は残る。もちろん、やってもいないのに自白させてしまうという日本のシステムが良いとは断じて思わないが、率直に、こういう(温いとも思われる)制度できちんと凶悪犯罪に対処できるのかという点に疑問を持ったわけである。まあ少なくとも今回取り上げられていたケースでは、法の裁きがきちんと行われていたようで、それであれば理想的な制度と言えると思う。
英BAFTA映画祭受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『完全密着 消えた物証を追え(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『警察庁長官狙撃事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『DNA捜査最前線(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『FBIおとり捜査の現実(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-01-11 07:29 | ドキュメンタリー

『メイド地獄』(ドキュメンタリー)

メイド地獄
(2018年・Plus Pictures/The Why Foundation他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
シリーズ WhySlavery? 〜世界の"奴隷労働"〜

ISと違わない収奪システムがそこにはある

b0189364_18480053.jpg 中東諸国(レバノンやサウジアラビア)に赴いてメイドとなった多数の出稼ぎ労働者が、奴隷労働させられている実態を訴えるドキュメンタリー。
 こういったメイドになるのは、ケニアやフィリピンなど、自国で就業できない女性たちで、仕事を求めてこういった国に行くわけだが、そこでは雇用主によって移動が禁止されたり(スマホなどの)連絡手段を奪われたり、あるいは賃金が支払われなかったりということが日常的に行われるらしい。賃金が支払われないんであれば出稼ぎに行く意味がなく、まさしくただの奴隷に過ぎない。だが連絡手段を断たれた上外に出ることができず、それにパスポートまで奪われるために逃げるに逃げられない。こういういきさつで、こういった国では、出稼ぎメイドの自殺や落下事故(飛び降りに由来する可能性が高い)が非常に多いという。ところが当該国で取り締まりや補償が行われることなどなく、結局死んだメイドは死体となって母国に戻ってくるだけである。
 こういう動向を憂慮した、一部のメイド輸出国側(フィリピンなど)は、中東諸国でのメイドとしての就業を禁止しているが、それでも抜け穴をかいくぐってやって来るメイドは後を絶たない。
 中東諸国の人権意識の話などを聞くと、近代文明社会とは思えず、あきれ果ててしまうこともあるが、そういう部分がしわ寄せになって矛盾として現れるのが、ここで取り上げられたメイドのような社会的弱者の周辺なんだろう。こういう現状は到底容認しがたいが、サウジの首脳は(ケニアなどの)アフリカ諸国に赴いて、経済援助をちらつかせメイドの派遣禁止を解除させるようなことをやっているらしい。こういう人たちには、人権意識なんてものは皆無に近いようだ。
 こういった連中が君臨している社会であれば、少なくともその社会の内部から改善するということは望めない。そのため、状況を少しでも改善するには、メイド輸出国でこのような状況について広報するしかなさそうである。そうしなければ、現状を知らないメイド予備軍がだまされたままこういった国に赴き、あげくに人権蹂躙されてしまうことになる。とにかく何より周知せしめることが肝要で、要は広報活動や教育が大切であるというところに落ち着く。そういうことをあらためて思い知らされるルポルタージュであった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『暴かれる王国 サウジアラビア(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ISからの脱出(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『北朝鮮 外貨獲得部隊(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アメリカ“刑務所産業”(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-01-09 07:31 | ドキュメンタリー

『アメリカ“刑務所産業”』(ドキュメンタリー)

アメリカ“刑務所産業”
(2018年・Submarine Amsterdam & CNN Films/The Why Foundation他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
シリーズ WhySlavery? 〜世界の"奴隷労働"〜

「刑務所産業」は現代の奴隷制度の温床である

b0189364_17380237.jpg (僕は知らなかったがアカデミー賞監督賞を受賞したこともある)著名なテレビ・ディレクター、ロジャー・ロス・ウィリアムズが製作した、現代アメリカ刑務所事情のドキュメンタリー。刑務所に取り込まれて搾り取られる「犯罪者」(ある意味、被害者)の立場から刑務所産業を見るという、ユニークな面白い視点が持ち味である。
 アメリカの一部(多くの?)の町では、飲酒運転などの微罪(中には職質で不審だからという理由で捕まった者もあるらしい)で黒人が逮捕され、その後長期に渡って収監されるという。釈放された後も毎月相応な金額(保護観察費、約90ドル/月)を保護監察官に払うことが求められ、それが支払えないと再び長期に渡って収監される。通常出所した後はなかなか職が得られなくなるため、結果的にこの金額を支払えず保護観察違反となって再び収監されることになる。つまりいったん収監されてしまうと、刑務所から離れられない構造になっているという。しかも黒人が主にその標的にされている。実際、ウィリアムズの親しい友人も収監され、その後刑務所内で自殺したのである。それがこのドキュメンタリーを撮るきっかけだったらしく、ウィリアムズ自身も若い頃故郷を出てニューヨークに行かなければ同じような人生を送っていただろうと語る。
 そしてこのような問題の背景にこそ、多額の税金で運営されている刑務所の実態があるというのがこのドキュメンタリーの主張である。刑務所の周辺には、刑務所の事業に群がる「刑務所産業」と呼ぶべき産業がある。つまり刑務所の事業で大いに潤っている人々がいて、その構造を維持するために次々と刑務所に寄せ集められるのが(主に)黒人の「犯罪者」であり、その中には、先ほども言ったように本来収監されるべきでない「犯罪者」も多数存在する。そしてその「犯罪者」の方も、刑務所内で超低賃金で労働させられているという実態もある。このような仕組みにより、刑務所産業は、二重三重の構造で受刑者、市民から収奪する構造になっているというのである。まさに現代の奴隷制度と言うべき状態であり、アメリカの刑務所がどのような存在になっているのか啓蒙しようというのがこの作品の主旨である。
 一般市民に悪さをする極悪人を一般社会から隔離するのが刑務所で、治安の悪いアメリカでは刑務所の事業に金がかかるのも仕方がない程度の考え方しか僕は持っていなかったが、実態は必ずしもそうでない、実は黒人は相変わらず収奪される対象なのだということが分かる。非常に真摯な主張が静かな口調で語られる、きわめて斬新な視点のドキュメンタリーであった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『T(ERROR) FBIおとり捜査の現実(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『北朝鮮 外貨獲得部隊(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『メイド地獄(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-01-08 07:37 | ドキュメンタリー

『北朝鮮 外貨獲得部隊』(ドキュメンタリー)

北朝鮮 外貨獲得部隊
(2018年・aobuero & Moonlight Films/The Why Foundation他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
シリーズ WhySlavery? 〜世界の"奴隷労働"〜

北朝鮮には奴隷制度まである

b0189364_15583729.jpg 世界のメディアが協力して同じテーマでドキュメンタリーを作るというシリーズが過去2回あったが、今年は、「WhySlavery?」というタイトルで、現在もまだ残っている奴隷労働について取りあげてみようという企画である。この企画に沿って作られたドキュメンタリーが、先日『BS世界のドキュメンタリー』で数本まとめて放送された。
 今回紹介するのはそのうちの1本で、北朝鮮がいろいろな国に派遣している労働者がテーマ。こういった労働者が存在しているのは知っていたが、これを奴隷労働とする見方は今まで持ち合わせていなかったため、非常に新鮮である。どういういきさつで選ばれた労働者かは知らないが、労働に対する対価のほとんどは国に持っていかれて、ごくわずかしか手元に残らない、しかも超過労働、休日労働も当たり前という環境であることを考えると、これも確かに奴隷労働である。しかもこれに対して不服を言おうものなら、身体的な暴行が加えられたり、強制送還(強制収容所というような話も出てきた)されたりなどということが行われるらしく、こうなるともう完全に奴隷である。
 このドキュメンタリーで紹介されたのは、ロシア、ポーランドでの労働のケースで、記者が潜入して関係者(労働者を含む)の話を聞いて実態を暴くというスタイルである。他にも脱北者たちからも実情を聞いて、北朝鮮の外国派遣労働の真の姿を明るみに出そうとする。隠し撮りしたり身を偽ったりして取材しているため、かなりスリリングな映像も出てくる。なおこうして獲得した外貨は、そのほとんどが支配者一族の収益または核開発費、軍事費になるというのは、元北朝鮮高官の脱北者の弁である。
 あの国については、世界史の流れから100年ぐらい遅れているかのような印象を抱いたりするが、とにかくいろいろなネタが出るもんである。国連の場でも、北朝鮮による派遣奴隷労働が問題になっており、禁止や制裁措置が話し合われたりしているらしいが、例によって中国とロシアが反対していてあまり進展がないらしい。なおこのドキュメンタリーでは、この2つの国が、北朝鮮が派遣する安価な労働力の恩恵にもっともあずかっている国であるという見方をしていた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『金正日 隠された戦争(本)』
竹林軒出張所『北朝鮮“機密ファイル”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『底辺への競争 ヨーロッパ労働市場の現実(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アメリカ“刑務所産業”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『メイド地獄(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-01-07 07:58 | ドキュメンタリー

『乱れ雲』(映画)

乱れ雲(1967年・東宝)
監督:成瀬巳喜男
脚本:山田信夫
音楽:武満徹
出演:加山雄三、司葉子、草笛光子、森光子、浜美枝、加東大介、藤木悠

ベタベタなメロドラマ

b0189364_21040028.jpg 美しい男女が繰り広げるベタベタなメロドラマ。
 交通事故で人を死なせてしまったある男(加山雄三)が、その未亡人(司葉子)と恋愛関係に陥るというストーリー。事故と元夫の影が二人の間につきまとう、という展開になる。
 ストーリーはそれなりで脚本も平凡。演出もきわめて正攻法で、取り立ててどうと言うこともない。司葉子は非常に美しいが、僕にとっての見所はそれだけ。十和田湖畔の風景をはじめとして、映像もそれなりに美しかったが、加山雄三の演技は例によってベタだし、他の俳優もきわめて映画的で平凡な演技に終始していて、あまり面白味は感じなかった。そのため1時間50分が非常に長く感じた。ただそれなりにうまくまとまってはいるので、こういうコテコテのラブストーリーを見たい人にとっては理想的な映画かも知れない。ただ森光子と加東大介の関係は普通のメロドラマとは少し異質で、いかにも成瀬映画らしいと言える。
★★★

参考:
竹林軒出張所『秋日和(映画)』
竹林軒出張所『紀ノ川(映画)』
竹林軒出張所『流れる(映画)』
竹林軒出張所『浮雲(映画)』
竹林軒出張所『稲妻(映画)』
竹林軒出張所『乱れる(映画)』
竹林軒出張所『放浪記(映画)』
竹林軒出張所『女が階段を上る時(映画)』
竹林軒出張所『山の音(映画)』

# by chikurinken | 2019-01-06 07:03 | 映画

『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』(映画)

百日紅 〜Miss HOKUSAI〜
(2015年・「百日紅」製作委員会)
監督:原恵一
原作:杉浦日向子
脚本:丸尾みほ
キャラクターデザイン:板津匡覧
美術監督:大野広司
声の出演:杏、松重豊、濱田岳、高良健吾、美保純、清水詩音、筒井道隆(アニメーション)

江戸を再現した映像が見所

b0189364_18185904.jpg 杉浦日向子原作のマンガ『百日紅』のアニメ化作品。キャラクターデザインは原画とまったく異なりほぼオリジナル。原作は大分前に読んだんだがあまり内容を憶えていない。そのために詳しいところは何とも言えないが、ストーリーもキャラクターの性格付けも原作と大分違っているような気がする。映画版のストーリーは、小さいエピソードを連ねたようなもので、もしかしたらそれぞれに似たような話が原作にあったのかも知れない。
 ストーリーは、葛飾北斎とその娘、お栄の周辺で展開するさまざまな出来事が軸になっている。ストーリーについては特にどうと言うことはないが、日本のアニメ作品らしく、背景などの描写が非常に美しく、季節感も巧みに再現しているのは見事である。タイトルにもなっている百日紅(さるすべり)や椿などの花の色がアニメ映像の中で美しく映えており、人物に当たる光や夕焼けなど、自然の描写も実に美しい。江戸の町をそのまま再現したような風景描写もすばらしく、こういった表現はアニメならではと言って良い。江戸にタイムスリップして疑似体験しているかのような映像はこの映画の目玉である。
 声の出演は、名のある俳優がやっているが、必ずしもはまっているとは言えず、声優を普通に使った方が良いのではないかと思った。お栄の杏も北斎の松重豊ももう一つしっくり来ない。唯一例外的にうまいと感じたのが濱田岳の英泉で、有名な俳優を使ったりするのは(ジブリ映画をはじめとして)近年よくあることだが、結果的に作品の価値を損なっているようにしか思えないものもあり、そういうのは作品作りに対するアプローチとしていかがなものかと思ってしまう。
アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『江戸古地図の旅(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』

# by chikurinken | 2019-01-05 08:16 | 映画

「反復練習が上達を生む」の実証 - 『ひたすら一万回』

 テレビの正月特番がことごとくつまらないものばかりになって久しいが、毎年1つや2つは見るべきものはあるもので、今回も1つあったのでそれをご紹介。
b0189364_15394330.jpg テレビ東京系列の『ひたすら一万回』という番組がそれで、元日の深夜(厳密には1月2日)に放送された1時間半のバラエティ番組である。テレビ東京系列の新しいバラエティ番組は、とりあえず夜中に放送してみて、好評だったら継続、それからゴールデンに……というパターンが多いが、この番組などはまさにそのパターンに収まりそうな素材である。
 番組の冒頭にブルース・リーの言葉「私は1万種類の蹴りを1回ずつ練習した人は恐れないが、1種類の蹴りを1万回練習した人は恐れる」が引用され、1万回を実行したときに見えてくる景色はどういうものになるのか……というテーマがこれに続く。これを検証するために、ある民家を「1万回ハウス」という名前でしつらえ、このハウスで、さまざまなことについて1万回の試行をやってみるというというのがこの番組の主旨になる。
 最初に登場したのは書道で1万回練習するとどの程度上達するかという検証で、「永遠」という字を延々と書いていくというもの。トライするのは字が下手な自称キャスターの女性で、途中2回だけ先生が手本を示したが、後はひたすら書いていくだけ。ただし何枚も続けて書いていると、当然手首などに障害が出てくるんで、こうやって連続でやるというのは方法論としては理想的ではないが、しかしそれでも1万枚目が相当な上達を示しているのは明らか……という結果になった。なお「永遠」という字だが、書道で必要なさまざまなテクニックが凝縮されているらしく、練習素材としてピッタリということであった。
b0189364_15394738.jpg もう一つ興味深かったのが、野球経験のないド素人(芸人)がバットの素振りを1万回やるとどうなるかという検証。これもさすがに1万回やると身体のあちこちに障害が出てくるが、一方でスウィングの形はそれなりにさまになってくる。そして最後に元阪神タイガースの井川投手のストレートを打ってみるというトライアルを実施するわけだ。なんとなくかつての『探偵!ナイトスクープ』風の構成ではあるが、何でも反復すると上達する、反復が上達の第一歩という基本事項を例証してみせるこの2つの実験は非常に興味深かった。
 他にもおっぱい1万回揉み(これでバストアップするか)、ギャンブル一点買い1万回(これで最終的にプラスになるか)、餅を1万回つくとどうなるか、コーラを1万回振るとどうなるかなど、いかにもバラエティ番組向きのくだらない検証も行われた。それぞれそれなりに面白く、結果も面白いものにはなったが、内容や結果に興味を引かれるというものではなかった。
 マルコム・グラッドウェルの著書『天才! 成功する人々の法則』に「どんな分野でも一流になるには10,000時間の修養が必要」という記述があったが、この番組は、それを実証してみせる結果になっており、そういう意味で実に面白い企画だったと言える。番組作りもこなれていて、決して飽きさせない工夫が随所に施されている。おそらくゴールデンに進出してもそれなりに人気を集めるのではないかと思うが、いかんせん、1万回の実験材料を集めるのがかなり難しいのではないかと予測できる。今回の放送も、ギャンブルとか餅とかは結構「無理から」企画で、面白くはあるがナンセンスである。これを週単位でやるとなるとかなり厳しくなるのではないか、結局ネタ切れになってきて、早々に今の『ナイトスクープ』状態になってしまうのではないかということが簡単に予想できる。年に1回ぐらいだったら何とかなるかなーという印象。是非、また来年もやってくれ。

参考:
竹林軒出張所『天才! 成功する人々の法則(本)』
竹林軒出張所『アドリブの相乗効果 - 「YOUは何しに日本へ?」が面白い』
竹林軒出張所『日本世間噺体系テレビ版』

# by chikurinken | 2019-01-03 15:40

2019年お年賀

あけましておめでとうございます
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 おかげ様で十周年!!
              竹林軒
# by chikurinken | 2019-01-01 07:08 | 日常雑記

2018年ベスト

 今年も恒例のベストです。例年どおり「僕が今年見た」という基準であるため、各作品が発表された年もまちまちで、他の人にとってはまったく何の意味もなさないかも知れませんが、個人的な総括ですんで、そのあたりご理解ください。
(リンクはすべて過去の記事)

今年見た映画ベスト3(70本)
1. 『こんばんは』
2. 『普通の人々』
3. 『マイマイ新子と千年の魔法』

b0189364_17563855.jpg 『ポセイドン・アドベンチャー』『プレイス・イン・ザ・ハート』『クレイマー、クレイマー』『真珠の耳飾りの少女』『たそがれ清兵衛』『ウンベルトD』なんかも良かったが、見たのは2回目、3回目だし、内容もかなり憶えていたので個人的にはまったく新鮮味がない(今年は古典作品を中心に接していたんでしかたがないんだが)。
 同じように『こんばんは』もかつて一度見た映画ではあるが、それでも印象が格別だった。次の『普通の人々』はこれまで見逃していた名画で、今年になって初めて見たのだった。ハリウッド映画らしからぬホーム・ドラマが新鮮である。『マイマイ新子と千年の魔法』は、今年見た片渕須直の3本の中で一番良いと感じた作品。ストーリーに味があったのと、やはり片渕作品らしい美しい映像美が目に付いた。

今年見たドラマ・ベスト3(31本)
1. 『君は海を見たか』
2. 『白鯨』
3. 『風雲児たち 蘭学革命篇』
番外. 『日本の異様な結婚式について』『新十郎捕物帖 快刀乱麻 (25)』

b0189364_18434264.jpg こちらも、『二人の世界』『夢千代日記』『ボクの就職』『ルーツ』などはどれも非常に印象深くて好きなドラマなんだが、そもそもが元々好きな作品ばかりで、こちらも個人的にまったく新鮮味がないので今回は除外。僕にとって新しいものばかりを選んだ。
 『君は海を見たか』は、倉本聰絶頂期に自らリメイクした作品で完成度が高い味わい深いドラマ。『白鯨』は、言わずと知れたメルヴィルの代表作のドラマ化作品だが、非常に劇的で、映像技術が駆使された(であろう)シーンは記憶に残る。『風雲児たち 蘭学革命篇』は、『解体新書』成立のいきさつを描いたNHKの歴史再現ドラマだが、あまり扱われることのない素材を巧みにドラマ化していた点が評価に値する。歴史の切り取り方も非常に良かった。
 番外は懐かしのラジオドラマ、椎名誠の『日本の異様な結婚式について』と、テレビドラマの音声版『快刀乱麻第25話』で、また聞けると思っていなかったため、感激もひとしお。どちらもYouTubeで公開されていたものだが、個人的にネット映像(音声)のありがたみがよくわかる事例だった。

今年読んだ本ベスト5(74冊)
1. 『百代の過客〈続〉』
2. 『百代の過客』
3. 『明治天皇〈三〉』
4. 『漢字再入門』
5. 『カルト宗教信じてました。』
番外. 『宇治拾遺物語』

b0189364_14330807.jpg 今年の(個人的な)発見はドナルド・キーンの著作である。特に『百代の過客』の正続2編は衝撃であった。日本文学に対する目を見開かされた思いがする。おかげで今年は古典作品に積極的に取り組むようになった。番外の『宇治拾遺物語』も、高校生時代からずっと心に抱いていた作品で、とうとう全編読んだということで感動もひとしおである。内容も非常に印象的でこれから何度も読みたいと思わせる作品である。『明治天皇』もドナルド・キーンの著作で、特に日清戦争から大津事件の描写は、これまでのありきたりな歴史観を覆すミクロ的な視点が充実している。従来の歴史観によるさまざまな思い込みが覆されるような思いがして、こちらも日本史に対する目を見開かされた思いがする。
 『漢字再入門』は、漢字を専門にしている学者による一般人向けの著作で、複雑な事情をわかりやすくかみ砕いて紹介しているあたりに好感が持てる。語り口が優しいにもかかわらず、紹介されている内容は目からウロコみたいな事実が目白押しで、こちらも小学生のときからのさまざまな思い込みが覆されるような思いがする。
 『カルト宗教信じてました。』は、プロでない人が描いたマンガだが、グレードは非常に高い。何より描かれる対象が宗教団体「エホバの証人」というあたりに価値がある。信者の活動を周囲でよく目にするにもかかわらず、中身についてはあまり知らない団体である。その実態について利益収奪組織(みたいなもの)であると見切っている点も良い。同じ「エホバの証人」の内幕を描いたマンガ(『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』)もよくできており、あわせて読みたいところである。

今年見たドキュメンタリー・ベスト5(67本)
1. 『五島のトラさん』
2. 『ショパン・時の旅人たち』
3. 『みんなの学校』
4. 『ブレイブ 勇敢なる者』
5. 『ノモンハン 責任なき戦い』

b0189364_15460364.jpg 今年も日本映画専門チャンネルで秀作ドキュメンタリーが多数放送され、しかも質の高いものが揃っていた。その中で特に優れていたのが『五島のトラさん』と『みんなの学校』。『五島のトラさん』は五島列島に住む一人の頑固親父一家を(なんと)22年に渡って追ったドキュメンタリーで、1つの家族の歴史がこれほど見事に記録されたドキュメントが今まであっただろうかという作品である。お見事というしかない。ドキュメンタリーであるにもかかわらず、フィクションのように心にじんわり染みいる感動巨編である。『みんなの学校』は、こんな小学校が日本に存在するのか、日本の教育も捨てたもんではないなと感じさせてくれるドキュメンタリー。上で取り上げたドキュメンタリー映画、『こんばんは』と共通するテーマで、日本の個々の教育者は草の根でこれだけの頑張りと成果を残しているのだということがわかる。
 『ショパン・時の旅人たち』はNHK-BS1の『BS1スペシャル』の枠で放送されたもの。この枠は秀作が多かったが、中でもこれはピカイチのコンクールものである。コンクールものといえば、グレートレースもの同様、ともすればありきたりの作品に落ち着いてしまいがちなのに、登場する参加者の1人(川口成彦)があまりに魅力的だったため、b0189364_18010179.jpg上質のドキュメンタリーになった。この演奏家自身についても僕は非常に興味を持った(今後の活躍に期待)。『ブレイブ 勇敢なる者』も『BS1スペシャル』枠で放送されたもので、先ほどの小学校と共通するが、日本にこんなに骨のある弁護士がいるのかという点で非常に感心した作品。90分と割合長いドキュメンタリーだったがまったく飽きさせない構成も秀逸だった。
 最後の『ノモンハン 責任なき戦い』は、最近とみにグレードが下がっているNHKスペシャルの1本。現在と戦時中に共通する日本社会の特質がうまく表現されていて、そういう点で大変興味深かった。ノモンハン事件自体、取り上げられることが少ない素材である。そういった素材に目を留めて取り上げた製作者の視点がなんと言ってもすばらしい。他に『ETV特集』にも秀作が多かったが、今回は取り上げられなかった。今年は、秀作ドキュメンタリーが非常に多かったという印象がある。こんな時代だからこそ、独自の視点で切り取ったすばらしいドキュメンタリーをあちこちで見せてほしいと感じる。

 というところで、今年も終了です。今年も1年、お世話になりました。また来年もときどき立ち寄ってやってください。
 ではよいお年をお迎えください。

参考:
竹林軒出張所『2009年ベスト』
竹林軒出張所『2010年ベスト』
竹林軒出張所『2011年ベスト(映画、ドラマ編)』
竹林軒出張所『2011年ベスト(本、ドキュメンタリー編)』
竹林軒出張所『原発を知るための本、ドキュメンタリー2011年版』
竹林軒出張所『2012年ベスト』
竹林軒出張所『2013年ベスト』
竹林軒出張所『2014年ベスト』
竹林軒出張所『2015年ベスト』
竹林軒出張所『2016年ベスト』
竹林軒出張所『2017年ベスト』

# by chikurinken | 2018-12-30 07:12

『水木しげるの泉鏡花伝』(本)

水木しげるの泉鏡花伝
水木しげる著
小学館

鏡花の作品に興味を覚える

b0189364_18550975.jpg タイトル通り、水木しげるが明治大正期の小説家、泉鏡花の生涯を描いたマンガである。
 金沢で生まれた鏡太郎少年(泉鏡花の本名)、尾崎紅葉の小説(『二人比丘尼色懺悔』)に感銘を受けて、紅葉の弟子になるべく上京。ところが、東京に着いたは良いが、気後れしてなかなか紅葉の元を訪ねることもできず(このあたりいたく共感できる)、しばらくの間放浪生活に明け暮れる。いよいよ切羽詰まって郷里に帰ることにし、最後に紅葉に会うだけ会おうということになってとうとう紅葉の元を尋ねる。そこで無事に紅葉に面会でき、持ち込んだ小説が気に入られた結果、住み込みの弟子にしてもらう。このとき鏡花17歳。その後紅葉の口述筆記の手伝いなどをしながら、修行期間を経て『冠弥左衛門』で小説家デビュー。いろいろな紆余曲折を経るが、明治28年に発表した『黒猫』が当たる。ここまでが本書の第3章まで。
 そして続く第4章は『黒猫』のマンガ化である。第5章を挟んで、第6章では代表作の『高野聖』のマンガ化作品が登場する。本書で紹介される泉鏡花の作品はこの2本で、どちらもよくできたマンガ化作品である。要するに、この2作が泉鏡花の伝記の間に挟まれるという形式になっているわけだ。おそらく水木しげるはこれを一番書きたかったんではないかと勝手に推測するほど、非常にできのよい翻案作品である。この2作、泉鏡花作品を読んだことのない人(僕もそうだが)にとってはなかなか新鮮で、一度原作を読んでみようかなと思わせるだけの魅力がある。
 ともかくこの2作を挟んで、鏡花が最期を迎えるまでの人生が丁寧に描かれる。表現はやはり水木調で「オカチイナ」などというセリフが随所に登場する(これは『遠野物語』にも共通)。僕にとって謎めいた存在だった鏡花、そして鏡花作品が身近なものとして感じられたというのがこのマンガの最大の効能であった。
 なお今回僕が読んだのは『水木しげるマンガ大全集』版で、冒頭にリンクしたものとは厳密には違う(中身はほぼ同じ)が、あわせてこの本に収録されていた『方丈記』ともども、水木マンガの価値を再発見させてくれる佳作であったことを付記しておきたい。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『猫楠(本)』
竹林軒出張所『水木しげるの遠野物語(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 方丈記(本)』
竹林軒出張所『今昔物語(上)(下) マンガ日本の古典8、9(本)』
竹林軒出張所『総員玉砕せよ!(本)』
竹林軒出張所『敗走記(本)』
竹林軒出張所『白い旗、姑娘(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第5巻、第6巻、第7巻、第8巻(本)』

# by chikurinken | 2018-12-28 07:55 |

『水木しげるの遠野物語』(本)

水木しげるの遠野物語
柳田國男原作、水木しげる著
小学館

マンガ化の水準がきわめて高い

b0189364_19081394.jpg 柳田國男の『遠野物語』を水木しげるがマンガ化した作品。元々は雑誌『ビッグコミック』に連載したものらしい。
 『遠野物語』は、柳田國男が岩手県の遠野地方に伝わる伝承話を知人から聞いて書き起こしたものであり、全119話(といってもほとんどの話は数行というもので非常に短い)からなる短い書で、日本の民俗学の嚆矢とされている。怪異譚や怪奇話などが多く、妖怪の第一人者、水木しげるにはうってつけの素材である。この119話から一部(重複している話やあまりにどうでもよいような話)を取り除き、全29回に渡り数話ずつまとめて連載したものがこの作品である。
 翻案は原文に非常に忠実であり、作画も水木しげるらしく非常に丁寧であるため、原文で読むということにこだわらないのであればこのマンガは格好の素材と言える。「入門云々」ではなく『遠野物語』をほぼ網羅しているため、このマンガを読んで『遠野物語』を読んだ気になってもまったく差し支えないと思う。実際『遠野物語』は明治の文語体で書かれているため、現代語訳などというものまで出ているが、このマンガは「現代語訳」と同レベルの優れた翻案である。僕は今回、原典と照らし合わせながら読んだんだが、かなり忠実に翻案されているのは確かで、その点、非常に感心したんである。
 『遠野物語』の特徴はと言えば、(遠野地方が三方を山で囲まれた地域であるためか)山に恐ろしげな人がおり、彼らと遭遇することによって事件が起こるという話が多いことである。中にはただ単に山の人に遭遇したというだけの話もある。第116話がヤマハハ(俗に言うヤマンバ)の話で、『遠野物語』の中ではもっとも一般に知られているものだろうと思う。要はヤマンバに襲われた娘が、何とか石の唐櫃(からうど)に入ってやり過ごし、その後、同じ家屋内の木の唐櫃で眠ったヤマンバを煮え湯でやっつけるというあの有名な話である。多くの話は割合ありきたりなもので、今となっては意外性のあるものはあまりない。原作はまずまずそんなところだが、やはりなんと言っても、原作の味やストーリーをそのまま活かしきっていて、しかも遠野の雰囲気を丁寧に作画しているという点で、マンガ化の水準がきわめて高いこと、それがこの本の最大の魅力と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『全国アホ・バカ分布考(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 方丈記(本)』
竹林軒出張所『今昔物語(上)(下) マンガ日本の古典8、9(本)』
竹林軒出張所『水木しげるの泉鏡花伝(本)』
竹林軒出張所『猫楠(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第5巻、第6巻、第7巻、第8巻(本)』

# by chikurinken | 2018-12-27 07:07 |