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竹林軒出張所

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『“悪魔の医師”か“赤ひげ”か』(ドキュメンタリー)

“悪魔の医師”か“赤ひげ”か(2018年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

医療の問題というより
日本社会の病理


b0189364_19555310.jpg 2006年、愛媛県の宇和島で、万波誠という医師が行った腎臓移植手術が話題になった。これが耳目を集めたのは、何らかの病気で摘出された腎臓(病気腎)を、腎疾患患者に移植したためで、このような移植手術は一般的に「病気腎移植」と呼ばれる。日本で行われたのはこれが最初で、特にそれまで医師会などで事の是非が議論されていなかったことから、医療関係者をはじめとして、さまざまな批判が万波医師に浴びせられることになった。中には、金目当てで無謀な手術を行ったとして万波医師を「悪魔の医師」などと呼んでいる週刊誌記事まであって、ここまで来ると、かなり意図的な悪意を感じる。このような悪意のある見方が広がってきたことから、検察まで動き出して病院に家宅捜査が入ったりしたが、結局不起訴になり、いつの間にか世間の話題に上ることもなくなった。
 そもそも、腎疾患の現場では、提供される腎臓自体が非常に少なく、腎移植を待つ患者が大勢控えているという現状がある。しかもたとえ移植に使える腎臓が手に入ったとしても、適用障害が起こる可能性もあり、移植用の腎臓の圧倒的な不足に拍車がかかることになる。そこで、がんなどで摘出された腎臓を、がん細胞を除去した上で再利用すれば、それまで捨てていた腎臓を移植に再利用できることになり、患者にとっても医師にとっても願ったり叶ったりということになる。そういうわけで、この万波医師、こういった腎臓の使用にあえて踏み切ったのである。世間の反応はあらかじめ想定していたらしいが、そのフィーバーぶり(?)あるいは悪ノリぶりは想像以上だったらしく、自宅にまで乗り込んで「白状したらどうだ」などと迫る記者まで現れたらしい。ところが実は、このような病気腎移植、米国では割合普通に行われていて、問題になることもそれほど多くないらしい。そのため、米国の医師からすると、なぜ日本の事例がこのような大騒ぎになったのか理解不能らしいのである。
 当時の週刊誌などについては、現状をさして知らないまま、ことを面白おかしくセンセーショナルに扱っただけというのが本当のところのようで、また批判した医療関係者についても、(病気腎移植が)自分の理想とする医療と異なるために非難したというのが真相のようである(このあたりは、このドキュメンタリーで少しずつ明らかになる)。だが、こういった非難・中傷の流れが世間にできてしまうと、状況を知らない一般人も、事の真相を知らないまま、これに飛びついてフィーバーしてしまう。そして結局、「悪徳医師によって悪辣な所業が行われた」ということが既定の「事実」になってしまい、まったく無関係の人間であるにもかかわらず、したり顔でこの医師に一斉に非難を浴びせることになる。日本でよく見られる構図である。
 このドキュメンタリーでは、万波医師、患者たち、当時批判を浴びせた人々、賛成派の人々などから話を聞き、この「事件」を振り返る。日本社会の極端な保守性、弱い立場の人間への無責任な攻撃性、世間にはびこる利己的な自己満足などがあぶり出されてきて、そのあたりが特に興味深い部分である。芸能人のバッシングや冤罪事件などでもこのような構図が見られるのはご存知のとおりだが、こういった行動は見苦しいし、同時にきわめて異常な状況である。一人一人がもう少し自分の頭で考えて、物事についてしっかり判断できれば、こういったバカな風潮はなくなるかも知れないが、今の日本では、残念ながらこれが現実である。この番組のように、過去の騒動について、時代を経て振り返ると、あまりにバカっぽい現象であることがすぐにわかるが、こういった風潮に乗っかって単にバカ騒ぎしていた連中は、結局すべてをきれいに忘れてしまって、まったく気にしなくなるのだろう。このようなバッシングについては、中傷していた人間を吊し上げて相応の責任を取らせたいところだが、日本のような無責任社会ではそういうこともあまりないようだ。そのためにいつまでも同じような風潮が続くのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『光と影 光市母子殺害事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『正しさをゴリ押しする人(本)』
竹林軒出張所『調査報告 STAP細胞(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』

# by chikurinken | 2018-08-01 07:55 | ドキュメンタリー

『プーチンの復讐 前・後編』(ドキュメンタリー)

プーチンの復讐 前編後編
(2017年・米Kirk Documentary Group/WGBH Educational Foundation)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

「21世紀の凶悪な独裁者」というようなイメージ

b0189364_19131405.jpg 元々アメリカの公共放送(PBS)で放送されたドキュメンタリーらしい。
 プーチンは、KGBに入ったばかりの頃、東ドイツ政府が反政府活動により崩壊していくのを目のあたりにし、その後ソ連の崩壊についても目の前で見てきた。さらにその後も、米国が独裁国家に介入して独裁者を倒していき、しかもロシアの国内問題にまで介入した(とプーチンが思い込んでいる)ことから、米国に対して復讐を遂げたいと感じるようになった。そのためもあって、米政府(特にオバマ政権)に対して強行な態度を貫くようになり、ついには2016年の大統領選挙に(フェイクニュースなどの手段で)大々的に介入し、予想を覆す選挙結果をもたらした……というのが、この番組の主張。おそらく、民主党そして以前の米政府も同じような意識を持っていたのではないかと思う。したがって、この番組で描かれるプーチン像は、あくまでもアメリカ政府側からのプーチンのイメージであり、打倒すべき独裁者、世界の厄介者というようなイメージが貫かれている。前の政府関係者、あるいはCIA長官などのインタビューが番組の中にかなり入っていることからも、そのあたりは容易に察しが付く。
 もちろんプーチン自体、相当問題がある政治家であり、民主主義などまったく認めない独裁主義者で、旧ソ連のような体制の復活を目論んでいるというのは、実際に政敵を次々に粛正していたり放送局を占領したりしていることから容易に察しが付くが、それにしても、この番組で紹介されるプーチン像はかなり偏っていると思えるし、悪意も感じる。
 アメリカ大統領選挙への介入や、周辺諸国への侵略行為は確かに容認しがたいが、こういうような独裁者像を視聴者に植え込む手法は、フェイクニュースに近いものがあり、あまり良い気分がしない。この番組については、参考にはなるが、あくまでもアメリカの前政権までのプーチン像に過ぎない、というような若干距離を置いた冷ややかな見方をすべきではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『オリバー・ストーンONプーチン(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『混沌のウクライナ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-07-30 07:12 | ドキュメンタリー

『シェルブールの雨傘』(映画)

シェルブールの雨傘(1963年・仏)
監督:ジャック・ドゥミ
脚本:ジャック・ドゥミ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ニーノ・カステルヌオーヴォ、マルク・ミシェル、エレン・ファルナー、アンヌ・ヴェルノン

人生ってそんなもんだ……

b0189364_20415888.jpg ジャック・ドゥミ、ミシェル・ルグラン・コンビのミュージカル映画。『天使の入江』『ロシュフォールの恋人たち』の間に作られたのがこの映画で、ドゥミとルグランの代表作である。
 この映画、ほとんどすべてのセリフが歌仕立てになっていて、ミュージカルというより、どちらかと言うとオペラに近い。最初はこういう形式に多少違和感を感じるが、見ているうちに慣れるし、慣れたらなんということはない。そういう意味でもオペラみたいな感じである。
 この映画、これまで見逃していた名画のうちの1本で、今回満を持してという感じで見た。期待がかなり高かっただけに少々拍子抜けの感じがなきにしもあらずだが、完成度の高い非常によくできた映画ではあると思う。少し変わったアングルから地面を撮影している冒頭の雨のシーンも味があり、ユニークさを感じる。
 ストーリー自体は、それほど大きな波乱が起こるわけでもなく、ごく日常的な風景が進行していく。男女の出会いや別れがモチーフの恋愛映画だが、恋愛云々というより市井の人々の人生模様みたいな要素が強いように思う。見終わって「人生ってそんなもんだ」などと思ってしまう。
 なお、登場人物が歌っている部分は、ことごとく歌手による吹き替えらしい。主演のカトリーヌ・ドヌーヴの歌はすべて、「ふたりの天使」でお馴染みのダニエル・リカーリが歌っている。メロウな主題曲が特に有名で、この曲だけが独立してあちこちで歌われている。ミシェル・ルグランの代表作である。
第17回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『天使の入江(映画)』
竹林軒出張所『ロシュフォールの恋人たち(映画)』
竹林軒出張所『ローラ(映画)』
竹林軒出張所『ロバと王女(映画)』
竹林軒出張所『ロワール渓谷の木靴職人(映画)』

# by chikurinken | 2018-07-28 07:41 | 映画

『ニュールンベルグ裁判』(映画)

ニュールンベルグ裁判(1961年・米)
監督:スタンリー・クレイマー
原作:アビー・マン
脚本:アビー・マン
出演:スペンサー・トレイシー、バート・ランカスター、リチャード・ウィドマーク、モンゴメリー・クリフト、マクシミリアン・シェル、マレーネ・ディートリッヒ、ジュディ・ガーランド

歴史に名高いいわゆる「ニュルンベルク裁判」
ではない


b0189364_19162254.jpg 名画だということもあって以前この映画を一度見てはいるが、バート・ランカスターの落ち着いた演技以外あまり記憶に残っていない。てっきり1945年の(ナチス政権の幹部を裁いた)いわゆる「ニュルンベルク裁判」を扱っている映画だと思っていたが、映画の中の裁判の途中で1948年のベルリン封鎖が出てくるため、あの「ニュルンベルク裁判」ではないことに途中で気付いた。過去一度見ているので、もっと早く気付いてもおかしくないのだが、うかつにも気付かなかった。そもそも被告が、法律関係者(元法務大臣とか裁判官とか)のみであるため、あちらと異なるのは明らかななんだが、ボーッと見ていたためか以前は気付かないまま終わってしまったのだった(チコちゃんに「ボーっと見てんじゃねーよ!」と怒られそうだが)。そういうわけで、強いて言うなら「ニュルンベルク継続裁判」の1つがこの映画のオリジナルの舞台ということになる。ただし、実際のところ、この映画のストーリーはほぼフィクションのようである。その割には細かい部分が非常によく考え抜かれていてよくできており、その点は感心する。てっきり、これもドラマ版の『東京裁判』みたいに基になった話があるのかと思っていた。
 映画では、この裁判の首席判事としてアメリカから呼ばれてきた田舎判事(スペンサー・トレイシー)が、ニュルンベルグに入り、裁判に関わって、その後ニュルンベルグを去るまでが描かれる。セリフ中心でストーリーが進められるため、会話劇のような内容である。舞台はほとんど法廷である。法廷では緊迫感が漂うやりとりが行われ、そういう点でも実にアメリカ映画らしい法廷劇と言える。
 元々は90分のドラマだったらしいが、これを倍の3時間に延ばして映画にしたのが、この作品ということらしい。だがさすがに3時間は長く、途中かなり眠くなった。キャストは割合豪華で、モンゴメリー・クリフトやジュディ・ガーランドが、法廷に呼び出される証人役で登場する。2人とも風貌が、他の映画のイメージと大分違っていたため最後まで気が付かなかった。またマレーネ・ディートリッヒが軍人の妻として登場する。ディートリヒは、戦後すぐのドイツが舞台の『異国の出来事』でも、同じような存在感のある役回りを演じていて、それと重なるキャラクターである。途中、街の中から「リリー・マルレーン」が流れるシーンも多分にディートリヒを意識した演出なのかも知れない。
 この軍事裁判については、勝者による一方的な政治的裁判という見方が貫かれており、また独裁政権下で人はどう振る舞うべきかというような問いかけも終始行われるなど、問題意識が高い作品である。そのためにエンタテインメント的な要素がやや少ない。そのせいで映画の長さが余計堪えることになる。何度かに分けて見る方が良かったかも知れないなどと、見終わった今になって考えている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ドラマ 東京裁判 (1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『招かれざる客(映画)』
竹林軒出張所『老人と海(映画)』
竹林軒出張所『山猫(映画)』
竹林軒出張所『間諜X27(映画)』

# by chikurinken | 2018-07-26 07:15 | 映画

『OK牧場の決斗』(映画)

OK牧場の決斗(1957年・米)
監督:ジョン・スタージェス
原案:ジョージ・スカリン
脚本:レオン・ウーリス
出演:バート・ランカスター、カーク・ダグラス、ロンダ・フレミング、ジョー・ヴァン・フリート、ジョン・アイアランド

事実は映画よりも陳腐

b0189364_18523037.jpg 1881年にアリゾナ州トゥームストーンで起こった、O.K.コラルの銃撃戦を映画化した作品。原題は『Gunfight at the O.K. Corral』で、まさしく「O.K.コラルの銃撃戦」。ただし「コラル」などという言葉が日本人には分かりにくいということで、「OK牧場」という名前が使われたというのが真相のようである(ウィキペディア情報)。
 この銃撃戦自体は、それ以前(1946年)にジョン・フォードが『荒野の決闘』で扱っており、1964年の『シャイアン』にも一部取り上げられている。保安官のワイアット・アープとその兄弟、それからドク・ホリデイが、無法者のクラントン兄弟と銃撃戦を繰り広げるというのが大まかなストーリーで、基本的な扱われ方は同じである。細かい部分は、こちらの映画の方が実話に近いらしい(どうでも良いことだと思うが)。
 この映画では、アープ(バート・ランカスター)とホリデイ(カーク・ダグラス)の友情が話の中心になる。それぞれ恋人がいて、そのあたりの人間関係は『荒野の決闘』とよく似ている。当然、最後の銃撃戦がハイライトで、そこに至るまでの過程がストーリーとして描かれるわけだが、『荒野の決闘』ほどの魅力はこの映画には感じなかった。アクション西部劇の範疇を出ないというイメージで、エンタテイメントの映画と割り切って見るべき映画と言える。それなりに面白いが、あまり心に残るようなものはなかった。これも「有名な映画を見た」という事実がものを言う映画と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『荒野の決闘(映画)』
竹林軒出張所『シャイアン(映画)』

# by chikurinken | 2018-07-24 07:52 | 映画

『ボクの就職』(1)〜(12)(ドラマ)

ボクの就職(1994年・TBS)
演出:大岡進、山口恒成、戸高正啓
脚本:竹山洋
出演:緒形直人、渡瀬恒彦、かたせ梨乃、伊東四朗、水島かおり、忌野清志郎、茅島成美、土屋久美子、白島靖代、竹野内豊、大森嘉之、小野武彦、斉藤洋介、渡辺真紀子、住田隆

魅力的なキャラクターが光る

b0189364_17561935.jpg 割合ありきたりの設定のホーム・ドラマではあるが、しかしキャラクターが非常にうまく描かれていることから、出色のドラマに仕上がっている。今回見るのは初回放送時、再放送時に続いて3回目だが、おかげで今回も十分楽しめた。
 主人公は新卒でレトルト食品企業に入社した若手営業マン(緒形直人)で、エリート銀行員の父との確執や、会社での理不尽な扱い、営業マンとしての奮闘努力がストーリーの中心になる。一種のサクセス・ストーリーであるが、全編に渡り笑いの要素がある他、あちこちに見所がある。同時入社の2人が要領の良いエリート(竹野内豊)と体育会系(大森嘉之)で、2人とも立ち回りがうまく、その点主人公がいろいろなところで出遅れたりするのも、見ていて非常に身につまされる設定で、多くの視聴者の共感を呼ぶと思う。知らないうちに社内の派閥抗争に巻き込まれたりというのも、非常にありがちである。そう言えば緒形直人、かつてNHKの『新橋烏森口青春篇』でも似たようなサラリーマン役を好演していた。当時の緒形直人、新人サラリーマンにうってつけの役者だったのかも知れない。
 緒形直人の他、渡瀬恒彦、かたせ梨乃、伊東四朗あたりの主演クラスはどれも素晴らしい演技で言うまでもないが、周りの脇役も味のある良い演技をしている。中でも異色なのは忌野清志郎で、主人公の義理の兄を演じている。このキャラクター、社会にあまり適用できないタイプで、いつも義理の父に怒られてばかりいる。ほぼ毎回「申しわけありません」というセリフが口から出てくる。結局はミュージシャンとして生きていくことを決意するんだが、そういう設定であるため、番組の中でも清志郎の生歌がかなり出てくる。最後の最後には、テーマ曲の「サラリーマン」を(ザ・タイマーズのメンバー、三宅伸治・川上剛・杉山章二丸らと)ライブで歌うという味のある趣向もある。最初の放送時にこのドラマを見た時、僕自身、忌野清志郎のことをあまり知らなかったため、てっきりこのドラマのキャラクターのようなだめ人間かと思っていたほどで、それを考えるとこのドラマの清志郎は名演技と言えるかも知れない(ただしセリフはやや棒読みである。存在感は抜群であるが)。
 後半はやや無理やりなストーリー展開になるが、演出やシナリオがよくできていて、ドラマ的な面白さもふんだんに盛り込まれている。何より完成度が高く質が高い。なかなかこれだけの完成度を持ったドラマはないと思うんだが、残念ながらDVDは発売されていない。
 今回、BS-TBSという冴えない民放BS局で3週間に渡って放送されたものを見たんだが、毎度ながら、民放BS局はもう少しこの手の国内ドラマを放送したら良いのにと思う。民放BS局のラインナップと言えば、チープな韓国ドラマと通販番組ばかりで、これで放送局としての存在価値があるのかと思わせられるようなものばかりである。BS-TBSについて言えば、7月はこの番組の他、ビートたけしが主演した名作、『大久保清の犯罪』も放送していて、少しは悪しき風潮を見直す機運が出てきたかと感じているが、この傾向がいつまで続くかはわからない。
★★★★

追記:
 なおこのドラマ、タイトルバックも秀逸である。あまりに面白いんで、僕は毎回見た(普通のドラマでは大体飛ばすんだが)。日本の美術作品(浮世絵や若冲など)がふんだんに使われていて(意図はよくわからないが)やたらゴージャス感があり、しかも上品なユーモアもある。何より、登場人物が主人公の目線から見た役割ごとにまとまって出てくるため、回数が進んでいくうちに味わいが増してくる。ちなみにこのタイトルバック、ザ・テレビジョン第1回ドラマアカデミー賞タイトルバック賞というよくわからない賞を受賞したらしい。

参考:
竹林軒出張所『こんな歌もあります--「原発賛成音頭」』

# by chikurinken | 2018-07-22 07:55 | ドラマ

『白鯨』(ドラマ)

白鯨 前編・後編(2010年・独襖)
監督:マイク・バーカー
原作:ハーマン・メルヴィル
脚本:ナイジェル・ウィリアムズ
撮影:リチャード・グレートレックス
出演:ウィリアム・ハート、イーサン・ホーク、チャーリー・コックス、ジリアン・アンダーソン、エディ・マーサン

『白鯨』見るなら、これ

b0189364_19505971.jpg アメリカ文学『白鯨』のドラマ化作品。ドラマ化といっても、手間も金もかかっており、まったく映画と遜色ない。劇場公開されてもまったく違和感はない。キャストも映画人が揃っている。ただし、監督のマイク・バーカーはドラマの人で、このドラマの前年に『シーウルフ』という海洋ドラマを作っている。この2本のドラマ、どちらも舞台が海で、しかもスタッフがかなり共通しているんで(DVDのジャケットもそっくり)、もしかしたら合わせ技で2本まとめて作ったのかも知れない。
 『白鯨』については、以前グレゴリー・ペックがエイハブ船長を演じている1956年作の映画をテレビで見たことがあるが、エイハブ船長の狂気ばかりが強調されているようであまり良い印象は持たなかった。このドラマ版では、エイハブ船長は多少狂気がかってはいるが、しかし行動に整合性がとれていて、船員たちとの葛藤もしっかり描かれている。また、詩的な表現もところどころにあり、原作の味がかなり残されているのではないかと感じた(原作は読んでいないので詳細はわからない)。
b0189364_18193495.jpg それに何より、帆船や海、クジラなどの映像表現が素晴らしく、非常にリアルな映像が展開され、それがこのドラマの大きな魅力になっている。CGを多用しているのではないかと思うが、CG映像に往々にして見られるような違和感はほとんどない。また当時の風俗がしっかりと描かれているなど、細かい部分にも目が行き届いていて、ドラマ化作品としてはかなり水準が高いのではないかと感じる。何よりインパクトのある表現が随所にあって、そういう一つ一つのシーンが記憶に残る。そういう意味でも、優れた映像化作品と言えるのではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『クロムウェル 英国王への挑戦(映画)』
竹林軒出張所『レ・ミゼラブル (1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(1993年ドラマ版)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2018-07-20 07:49 | ドラマ

『カルトの思い出』(本)

カルトの思い出
手持望著
エンターブレイン

反カルト・キャンペーンのマンガ

b0189364_19191252.jpg カルト宗教を信じて、街宣活動をやったり怪しげな品物を売ったりしていた著者(現在マンガ家らしい)による体験記マンガ。これも一種のエッセイ・マンガである。
 このマンガの主人公の望太郎(著者の分身)は、高校生の頃、「神聖革命PPP教」の「刈人P夫(カルトピーオ)」氏のことをたまたま雑誌で知り、刈人の講演会に出席する。そこで出会った雑誌編集者の鈴木に誘われ、この教団に入ることになる。その後、疑問を持ちながらも教団の方針に従い、活動に積極的に関わるようになる。同時に刈人氏の言葉に絶対的に帰依するような人格になってしまう。だがその後、教団内部の矛盾にも気づき始め、刈人氏に対して疑念が生じるようになって、やがてこの教団と距離を置くようになる。その後は、マンガのアシスタントをやっていたが、自身がカルト信者だった過去となかなか向き合えないでいた。しかしあることをきっかけに、元信者だった自分自身の手で、カルト宗教の内情を描くべきと考えるようになる。こういういきさつで描かれたのがこのマンガであり、内容もそれに沿ったものである。
 僕自身は「1999年に日本が巨大地震で壊滅し、その隙を縫ってクーデターを起こす」などという主張のこのカルト宗教については一切知らなかったし、マンガでもすべて仮名を使っているため本当のところはよくわからないが、Amazonのレビューによると「銀河皇朝軍」(その後いろいろと名前を変えるが)すなわち「ザイン」がこれに当たるということらしい。確かにこの主宰者の伯壬旭という人はかつて「1994年6月24日、東京にマグニチュード9、震度8の大地震が起きる。その後は富士皇朝が全権を掌握する」と主張していたらしい(ウィキペディア情報)。またウィキペディアの「かつて小学館から発行されていたオカルト誌『ワンダーライフ』は、編集長を始めとするスタッフがザインの会員であり、小島の意見を肯定的かつ大々的に取り上げていたため、事実上ザインの機関誌となっていた。」という記述も、この本の内容と合致する。「PPP」や「P夫」のPは、ザインが好んで使っている「Z」との繋がりかと思うが、これも定かではない。
 マンガ自体は、表紙からわかるように、非常にシンプルで記号のような絵ではあるが、内容がしっかり描かれているんでこれはこれで良いかとも思う。もっとも著者の手持望という人、現在はプロのマンガ家なんで、それを考えると絵が手抜きと言えなくもない。もちろんこのマンガは元々(おそらく反カルト・キャンペーンの目的で)ウェブで描いたものであるため(営利目的ではないわけだから)そのあたりは目をつぶるべきなのかも知れない。それに何より、内容がわかりやすい。普通に読んでいると気付きにくいが、コマ割りなどには確かにプロらしい配慮があって、非常に読みやすいのは確かである。
 カルトにはまるということがどういうことなのかよくわかるという点で、著者の目的は十分に達成されているわけで、その一点だけでも十分に価値のある本になっている。少なくともオカルト誌『ワンダーライフ』よりは、はるかに有用で価値がある。これだけは確か。
★★★

参考:
竹林軒出張所『未解決事件File. 02 オウム真理教(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-07-18 07:18 |

『さよなら、カルト村』(本)

さよなら、カルト村
思春期から村を出るまで

高田かや著
文藝春秋

理不尽さはあるが
やはりカルトではないと思う


b0189364_16193375.jpg 農業を中心とした生活を送る「カルト村」で生まれ育った著者による、自伝的マンガ。『カルト村で生まれました。』の続編で、本書では、中学生時代から成人くらいまでの著者の生活が描かれる。
 主人公のかやは、初等部を終えて中等部に入るが、所属する中等部は、初等部のときと違い(中部地方にある)本部にある。本部には、製パン会社から飼料用に譲り受けた(賞味期限切れが近い)菓子パンが大量にあり、誰でも自由に食べることができたため、初等部時代のような飢餓状態からは解放される(実際かなり太ったらしい)。中等部、高等部の生活は、僕から見ると全寮制の学校みたいなイメージで、初等部ほど、外部の環境との著しい違いはない。ただし例によって「世話役」がおり、この世話役によってハラスメントまがいの扱いを受ける。
 たとえば学校の図書館で調べ物をしろと学校の担任から言われたんだがどうしたら良いかと「世話役」に相談したら(村では、学校の図書は利用が禁止されているらしい)、理由も聞かされず罰を受けた(「個別ミーティング」という名の軟禁、この間、学校への通学も禁止される)などは、子どもの側から見るとはなはだ理不尽な扱いで、あり得ないタイプの仕打ちであると思う。もちろんこういった理不尽は「一般」でもいくらでもあるが、生活全般が関わっている集団生活であるため、その影響ははなはだ大きいと言わざるを得ない。
 こういった仕打ちにもめげず、かやは(世話役には以後何も言わずに)図書館の本を片っ端から読むようになり、やがて高等部に進む。高等部でも理不尽な扱いはいろいろあるが、たくましく乗り切り、高等部卒業と同時に「一般」に出ることを決意する……という風に話が進む。一般社会で暮らす現在の話も少しあって、「村」での生活の良い面、悪い面が回想されるが、その結果、経験者が外から見る「閉じた世界」のイメージがあぶり出されることになる。このような本人の回想を勘案しても、やはりこのコミュニティを「カルト」と呼ぶのはちょっとどうかという印象がある。同様の理不尽な扱いは、全寮制の学校や教育現場、あるいは企業などでも、現在の日本にはいくらでもある。それを考えると、現在の日本社会がややカルトがかっているとも言えるってことか。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』

# by chikurinken | 2018-07-16 07:19 |

『カルト村で生まれました。』(本)

カルト村で生まれました。
高田かや著
文藝春秋

「村」の子どもたちはワイルドだ

b0189364_19542976.jpg 農業を中心とした生活を送る「カルト村」で生まれ育った著者による、自伝的マンガ。
 元々は『クレアコミックエッセイ』というエッセイ・マンガのサイトに発表されたものらしい。最近やたらエッセイ・マンガが多いと思っていたが、こういうような発表の場があったわけだ。中にはどうでも良いようなマンガも結構発表されているが、このマンガについては、内容がかなり濃厚である。なんせ「カルト村」で育った人が、その「カルト村」の中でどのようなことが行われていたかについて、自らの子供時代の視点で詳細に描いているんだから。
 おそらく著者が「カルト村」と称しているのはヤマギシ会のことだと思う。ヤマギシ会を「カルト」と呼ぶべきかは微妙なところではあるが、外部と価値観と生活が相当異なっている環境であるのは確かである。
 ヤマギシ会というのは、自給自足で暮らすコミューンであり、一般人を洗脳して騙して連れて来るというような、いわゆる「カルト」ではないと思うが、それでも入会時に全財産を没収する(そして退会時も返さない)などという問題点もあり、これまで社会問題化したことがある。我々が学生だった頃も、大学にヤマギシ会の勧誘ポスターが出ていたので、おそらく会員の多くは我々の世代だと思うが、その彼らの2世、3世が(社会とある程度隔絶された)このコミュニティの中ですでに成長し、成人しているはず。で、彼らがどうなっているのかは、我々にとって非常に大きな関心事になるわけだが、そのあたりがこのマンガで詳細に語られているというわけ。で、会で生まれた子どもたちがどうなるかというと、会(「村」と呼ばれている)の中に子供を集めて育てる機関があって、その中で共同生活する……というようなことがこのマンガからわかるのである。
 ただし、僕はここで「ヤマギシ会」という名前を出したが、マンガの中では「ヤマギシ」という名前は一切出てこない。本部は中部地方にあり、コミューン組織が全国展開されている(しかも莫大な資産を抱えている)というような記述があるため、まず間違いないとは思うが、はっきりとは書かれていない。この本で紹介されているのは、あくまでも「村」(「カルト村」とも読んでいるが)と呼ばれるコミュニティでの生活である。このコミュニティは、外の世界(「一般」と呼ばれている)と、ある程度隔絶されており(交流は結構ある)、独特の生活、文化を持っているのである。
 で、この「村」の子ども達の生活が、著者の思い出話としてこのマンガで描かれるわけだ。著者は成人するくらいの年齢まで「村」で育ち、その後、「一般」に出てきたという経歴を持つ。「一般」に出ることが禁止されているわけではなく、行き来は結構できるようなので、僕自身は先ほども言ったように「カルト」という呼び方には少々違和感がある。それはともかく、この「村」では、子ども達は5歳で親と離され、集団生活をさせられる。幼年部、初等部、中等部(初等部と中等部の子ども達は、一般の小学校、中学校に通う)、高等部、大学部と別れていて、それぞれの学部ごとに集団で暮らす。各集団に「世話役」と呼ばれる大人がいて、彼らが子ども達の生活を管理するというのが、このコミュニティのシステムらしい。印象としては、全寮制の農業学校みたいな感じか。
 この本で扱われているのは初等部の時代だが、子ども達にとっては結構過酷な生活である。何しろ育ち盛りの子供に対して1日2食しか与えられない(そのうち1食は主として学校給食)ため、子ども達は1日中空きっ腹を抱えている。空きっ腹だから、木の実や果実、雑草を見つけたら、喜んで食べる。なかなかワイルドである。また、「世話役」が子ども達に辛く当たり、体罰当たり前という環境でもある。平手打ち、炎天下で立たせる、1日中正座、軟禁など平気で行われるため、子ども達にとっては世話役はかなり怖く不快な存在である。今であればすべて児童虐待に繋がるようなものだが、僕が子供の時分も似たようなことは教育現場で日常的に行われていたため、これをもって「カルトは怖い」みたいな言動をするのもあまり当たらないと思う。もちろん、村での体罰は明らかに行きすぎではある。風通しの悪い集団が陥りがちな誤ちという見方をする方が正しいと思う。
 主人公の「かや」は、こういう体罰に怯えながらもそれなりに楽しく過ごしているようで、ワイルドさというかたくましさみたいなものも感じさせる。徹底した農耕社会だからこんなワイルドな子ども達ができるのか、そのあたりは何とも言えないが、それを考えるとこういう生活も一長一短と言えるのか。もっとも僕はこんな環境に入りたくないし、自分の子供を入れたいとも思わないが。
 なおマンガ自体は、絵も素朴で、マンガといってもあまり絵が動くようなものではなく、挿絵付きのエッセイという感じで受け取るのが良い。こういうのは、最近よく出ているエッセイ・マンガの特徴ではあるが、しかし内容がかなり斬新であるため、本としての価値は十分あると思う。なお、中等部以降を描いた続編(『さよなら、カルト村』)もある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『さよなら、カルト村(本)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』

# by chikurinken | 2018-07-14 07:54 |

『在宅死 死に際の医療』(ドキュメンタリー)

在宅死 “死に際の医療” 200日の記録
(2018年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

登場する患者に自らを重ね合わせる

b0189364_20472322.jpg 在宅死の現場に密着するドキュメンタリー。
 1記者が個人的に作ったかのような私的なドキュメンタリー風の作品で、NHKでは少し珍しいタイプの番組かも知れない。実際、映画監督の是枝裕和がかつて、個人的な観点のドキュメンタリーをNHKで放送しようとし、自分で入れたナレーションをそのまま使おうとしたが断られたという話もあり、時代も変わったんだろうが、NHK自体も変わったということなのか。
 さて内容であるが、埼玉県新座市の堀ノ内病院の活動の紹介が中心になる。この病院、「在宅医療チーム」なるものが存在し、地域の家庭を定期的に巡回するようなことを行っている。自宅に帰ることを望む末期患者たちに対応しようというのがこのチームの創設目的らしく、数人の医師と看護師が、末期が近いお年寄りのところを訪問するという活動を行っている。このドキュメンタリーの製作者は、この現場に密着して、スタッフの活動だけでなく、末期の患者とその家族の様子を映像に収めていく。
 映像には、実際に死んでいく人、死んだ直後の人、介護に追われる家族、そしてそれに関わる医療従事者などの様子が、第三者的に捉えられており、なかなかインパクトのある映像が続く。死を間近にしていた人(医師に軽口を叩いたりする)がやがて死を迎えるというような映像も出てきて、少しばかり衝撃的ではあるが、それが、きわめて身近できわめて自然なものとして描かれる(というよりごく自然に現れる)。死は忌避すべきものでもなく逆に崇高なものでもない。ごく自然の営みとして映し出される。
 元々、終末をどこで迎えるのが幸せなのかという問いがこのドキュメンタリーの出発点らしいが、病院死や在宅死の問題より、自然な死の有り様の方に注意が向く。登場する医師と看護師が、そういった自然な死を介助する役割を負っているように見えるのも非常に新鮮。これこそが終末期医療のあり方ではないかと感じる。こういう病院と医師が身近にあればと思わせるが、いずれは全国にも広がっていくような気もする。なんぜ、国が在宅介護を推し進めているんだから(おそらくは老人が増え、病院が対応できなくなってきたためだろう)。ただ、このドキュメンタリーに登場した2人の医師みたいな立派な医師がどこにでもいるかというとそうは行かないのではと思ってしまう。終末期に不快な医師に当たったりしたら目も当てられない、などということを、この番組に登場する患者を自分の身に置き換えて考えたりしたのだった。そういう点でも、このドキュメンタリーは、死について考えるきっかけを作る良い材料になっていると言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『病院で死ぬということ(映画)』
竹林軒出張所『家で死ぬということ(ドラマ)』
竹林軒出張所『大病人(映画)』
竹林軒出張所『島の命を見つめて 豊島の看護師・うたさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『大往生したけりゃ医療とかかわるな(本)』
竹林軒出張所『武器ではなく命の水を(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-07-12 07:46 | ドキュメンタリー

『ダス・ライヒ ヒトラー “死の部隊”』(ドキュメンタリー)

ダス・ライヒ 〜ヒトラー “死の部隊”〜 前編後編
(2015年・仏Nilaya Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

『炎628』ばりの非道な行為が
『炎628』の映像で紹介されていた


b0189364_20341389.jpg ナチス・ドイツのエリート部隊「第2 SS装甲師団」は、元々ヒトラー親衛隊(SS)から発展した組織で、「ダス・ライヒ」と呼ばれていた。このダス・ライヒ、強大な戦力で連合軍にぶつかったことから、連合軍からも恐れられていたという。当初は東部戦線に配属され、ソ連国内で非人道的な殲滅作戦に従事していたが、連合軍のノルマンディー上陸作戦が実施されると、それに対応するため西部戦線に駆り出され、ノルマンディーの守備に回ることになる。だがその移動の過程で、兵器も兵士も疲弊し戦力が徐々にダウンしていった。
 一方でフランス国内ではレジスタンス運動が盛んに行われており、フランスを通過するこの第2 SS装甲師団もレジスタンスの標的になっていた。それに対抗するためか、あるいは単なる殺戮かわからないが、通過する村々で、かつて東部戦線で行ってきたような殲滅作戦を展開する。つまり民間人である村人を、レジスタンスに対する見せしめとして虐殺するということを繰り返したのである。その所業は残虐の極みで、きわめて非人道的。到底容認することができないナチスの重大犯罪の1つである。そのあたりはこのドキュメンタリーでかなり詳細に紹介されている。要は、映画『炎628』のような非道がフランス国内でかなりの数の民間人に対して行われたということ。つまり村人から男たちを集めてランダムに処刑する、女たちを教会などの建物に集めて、それに火をつけて皆殺しにするなど、暴虐の限りを尽くすというものである。このドキュメンタリー自体、全編さまざまな映像が紹介されるが、このあたりの映像は当然残っていないため、残されている写真が紹介される。同時に『炎628』の映像が使用され、ナレーションで、その際の生き残りの人々の証言(『炎628』と非常に似た所業が行われた旨)が紹介されるという演出になっている。確かに説得力はあるが(あの映画自体に相当インパクトがあったし)、ただドキュメンタリーでフィクションを使ってそれでこと足れりとするのもどうよと思う。
b0189364_20341652.jpg いずれにしても、こういう流れでダス・ライヒの悪行を紹介していくのがこのドキュメンタリーである。カラー化された(と思われる)映像も多数出るが、モノクロ映像も割合多い。カラー化するんなら全部したら良さそうだが、そのあたりは少々中途半端。
 さて、このダス・ライヒのその後だが、通過する村でこういった殺戮行為を行っていたこともあって、ノルマンディー上陸阻止作戦には間に合わなかった。結局、連合軍はノルマンディー上陸を果たし、結果的にダス・ライヒも、ノルマンディー上陸を果たした連合軍、それから英国空軍に手痛い目にあって、ほうほうの体で撤退することになった。最終的に、このノルマンディー上陸作戦成功が連合軍勝利に大きく作用したことを考えると、フランス国内での虐殺行為は、軍事作戦という点から考えても大変な失策だったと言える。
 ナチスが崩壊した結果、ドイツ政府、ドイツ軍の数々の戦争犯罪も裁かれることになったが、このフランス国内の非道については、責任者が裁かれることはなかった。中には最後まで罪に問われることなく天寿をまっとうしたものまでいる。このあたりの告発がこの番組の主旨ということになる。
 こういった非道は、ナチス・ドイツだけでなく日本軍にも米軍にもつきもので、軍隊のあるところどこにでも存在する。このダス・ライヒのフランス国内での蛮行については、素描のような絵が残っていてそれが紹介されていたが、百年戦争やナポレオン戦争を描写した銅版画とよく似ていた。ゴヤの版画で似たような情景が描かれているのを見たことがあるが、どんな時代でも軍隊は同じようなことをやっているということがわかる。その非は当然告発されるべきで、そういう意味でこのドキュメンタリーにも大きな価値があるが、しかしそれにしても、映画の映像を非道の描写シーンで(比較的長く)そのまま使っていたのはやはり引っかかるところ。また(おそらくフランスの製作局が作ったためだろうが)、フランス国内の地理がよくわからないために地名が紹介されてもちんぷんかんぷん(一応地図は出る)だったのも、翻訳過程でもう少し工夫があっても良かったのではと感じた。そのせいもあって軍事行動や戦局の展開がわかりづらかった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『炎628(映画)』
竹林軒出張所『D-Day 壮絶なる戦い(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-07-10 07:35 | ドキュメンタリー

『チャタレイ夫人の恋人』(映画)

チャタレイ夫人の恋人(1982年・英仏)
監督:ジュスト・ジャカン
原作:D・H・ロレンス
脚本:クリストファー・ウィッキング、ジュスト・ジャカン、マルク・ベーム
出演:シルヴィア・クリステル、シェーン・ブライアント、ニコラス・クレイ、ベッシー・ラヴ

妖艶、シルヴィア・クリステル

b0189364_17094585.jpg ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』は、これまでたびたび映画化されているが、これは僕の知る限り2回目の映画化作品である。主演が『エマニエル夫人』で一世を風靡した妖艶なシルヴィア・クリステルであり、原作が猥褻で物議を醸した『チャタレイ夫人の恋人』であることを考えると、どういうコンセプトの映画か容易に想像が付く。そしてその予想の通りの映画で、ソフトコア・ポルノと言って良い作品である。もちろん、日活ロマンポルノみたいに意味のない性交シーンはなく、原作に沿った作りになっているのは大変好感が持てるが、ラブシーンが中心みたいな印象はどうしても受ける(ただし数はそんなに多くない)。
 80年代の一般映画として考えると、原作同様「大胆な性描写」と言って良いんじゃないかという表現である。しかもこれがなかなか美しく撮影されていて、シルヴィア・クリステルの美しさと相まって非常に魅力的な映像である。ただし残念なのが、きわめて不自然なぼかしが随所に入っていたことで、この野暮なぼかしのせいで余計いやらしさを感じる。僕が見たのはBS(シネフィルWOWWOW)で放送されたものだが、今の時代にぼかしを入れるか!と突っ込みたくなるくらいあちこちに出てきてかなり見苦しい。ただし、DVDについては『ヘア解禁版』なんてのもある(これも少し恥ずかしいタイトルだが)。
 この『チャタレイ』は全体で100分程度であり、当然のことながら、ストーリーもかなり端折られている。何より本来あるべき結末が出る前に唐突に終わってしまうので、かなり物足りない印象が残る。もちろんこの映画のような展開にしてしまうと、どういうオチにするのか難しいところではある。やはり、前にも書いたように、クリフォード・チャタレイ氏にもう少し悪い人間になってもらわないことには収まりが悪い。夫が善人だと、単なる裏切り不倫話になってしまう。そうすると、主人公のコニーがただの愚かな女になってしまい、逆に憐れさが残ってしまう。それもまたありだが、そうするとテーマが大きく変わってきて、もはや別の話になってしまうような気がする。2015年のドラマ版『チャタレイ夫人の恋人』はまさにそれで、あんな作品なら作らない方が良いくらいである。
 僕自身は、『チャタレイ』をこれまでドラマ版もあわせて4本見てきたわけだが、一番デキが良かったと思えるのは『レディ・チャタレー』、その次が1993年ドラマ版というところではないかと思う。ただし映像だけを取ってみれば、このシルヴィア・クリステル版もなかなか捨てがたいと言える。でもさすがに『チャタレイ』はもう結構。一応今回で見納めである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『レディ・チャタレー(映画)』
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(1993年ドラマ版)(ドラマ)』
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(2015年ドラマ版)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2018-07-08 07:09 | 映画

『小間使の日記(ルノワール版)』(映画)

小間使の日記(1946年・米)
監督:ジャン・ルノワール
原作:オクターヴ・ミルボー
脚本:バージェス・メレディス
出演:ポーレット・ゴダード、バージェス・メレディス、ハード・ハットフィールド、ジュディス・アンダーソン、フランシス・レデラー、レジナルド・オーウェン

どれをとってもあまり感じることがない
ブニュエル版を見たいものだ


b0189364_18563723.jpg 『小間使の日記』と言えば、ルイス・ブニュエルの映画が有名だが、あのジャン・ルノワールがそれ以前に、同じ話を映画化していたのだった。寡聞にして知らなかったが、それもそのはず、公式記録によると日本未公開らしい。「日本未公開」と言っても実際にはDVDが国内で発売されているため、いくらでも見ることができる。
 特筆すべきはもう一つ、この映画がアメリカ製であるということである。原作はフランス文学で、監督もフランス人でありながら、全編セリフは英語である。しかも少し(当時の)ハリウッド映画風で、軽めである。
 主役のセレスチーヌは、『モダン・タイムス』の主演女優にしてチャップリンの3番目の(内縁の)妻、ポーレット・ゴダードが演じる。他の俳優についてはまったく知らない人間ばかり。演技はどの俳優もやや大ぶりで、あまりリアルな感じはない。演出も本来のストーリー自体の流れから少々はずれているんじゃないかというような印象を受けた。このあたりはルノワールの他の映画とも共通する印象である。そのためもあって、主人公、セレスチーヌの行動が何やら一貫していないような変な感じがした。素人考えではあるが、もう少し作りようがあるんじゃないかと考えてしまった。このあたりは原作に当たるか、他の映画に当たるかしないと確認できないんで、いずれはブニュエル版も見てみたいと思う。
 ストーリーは、反階級主義みたいな話だが、自由主義フランスで書かれた原作であることを考えると、それほど違和感はない。しかしそのためか問題性もあまり伝わってこない。階級制度の問題はやはりイギリスなんかの専売特許なんではないかとあらためて思う次第だ。
 いずれにしても、演出、キャスト、ストーリーと、どれをとってもあまり感じることのない、面白味のない作品であった。もちろんあくまで個人の感想ではある。
★★★

参考:
竹林軒出張所『大いなる幻影(映画)』
竹林軒出張所『ピクニック(映画)』
竹林軒出張所『ゲームの規則(映画)』

# by chikurinken | 2018-07-07 07:56 | 映画

『蘇える金狼』(映画)

蘇える金狼(1979年・角川春樹事務所)
監督:村川透
原作:大藪春彦
脚本:永原秀一
出演:松田優作、風吹ジュン、佐藤慶、成田三樹夫、小池朝雄、草薙幸二郎、河合絃司、加藤大樹、岩城滉一、加藤健一、真行寺君枝、千葉真一

セックスとバイオレンスが売り

b0189364_20050719.jpgネタバレ注意!

 フィルム・ノワールとでも言うのか、犯罪映画である。主人公、朝倉(松田優作)は、普段はしがないサラリーマンだが、実は凶悪な犯罪者という裏の顔を持つ。ボクシングではチャンピオンになれるという逸材(という設定)であるが、そちらの方にはまったく関心を示さない。そのボクシング・テクニックは、あくまで凶悪犯罪のためのものということらしい。
 この主人公、映画の冒頭で、いきなり警備員1人を射殺して1億円強奪事件を起こす。ところが奪った紙幣の番号が当局に控えられていることが(あり得ないくらい)偶然わかり、奪った金を使えないということが判明する。そこで、これでヘロインを買って資金ロンダリングをやろうと試みる。そのために、ヤクザの事務所に殴り込んで、銃で武装したヤクザ者を全部仕留めて、ヘロインの取引を取り仕切っている市会議員の身元を突き止める(このあたりですでに無茶苦茶)。その後、その市会議員の自宅に潜入し、そこでヘロインの取引を強要する。このときも銃で武装した人間を大量に射殺する(あまりのご都合主義に呆れてしまう)。その後、この議員と、ヘロインの取引を謎の島で執り行うが、そこで待機していた、完全武装の市会議員の手先数人をこともなげに全員消し去る(こうやって簡単に全員消し去れるんなら、1億円強奪事件など起こさずに、最初からこの市会議員の家に押し入った方が良かったんじゃないのか)。こういった調子で話が進んでいく。この主人公の朝倉、後ろから銃を突きつけられても、あるいはマシンガンをぶっ放されても傷一つ負うことはない。どんな危険なシーンでも、主人公の都合の良いように話が流れ、結局、巨万の富と美形の女(風吹ジュン)を手に入れる。こんなにクールでニヒリスティックな男なのに、やっぱり金と女に落ち着くあたりが情けない。しかもその後、社長令嬢との婚約を目論むと来ている。志が低すぎりゃせんか。もしかして『BIG tomorrow』の読者か。
 ストーリーもバカバカしいし、展開も都合良すぎる。目標もレベルが低すぎて、面白味がない。無意味に殺人を犯す主人公にもまったく肩入れできないし、何なんだ、この映画は!と思い続けながら見ていた。主人公に共感できないんで、ハラハラの要素もない。結局はセックスとバイオレンスだけのバカっぽい映画に成り下がってしまっている。原作はどうなのかわからないが、この映画はまったくくだらない。せめて主人公に共感を感じられる程度には工夫してほしいものである。なお監督の村川透って人、『西部警察』の演出なんかをやっていた人らしい。確かに、なるほどね……というような演出が多かった(必然性のないカーチェイスとか……)。
★★

参考:
竹林軒出張所『探偵物語(映画)』
竹林軒出張所『早春物語(映画)』

# by chikurinken | 2018-07-05 07:04 | 映画