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竹林軒出張所

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『男たちの旅路 第1部「路面電車」』(ドラマ)

男たちの旅路 第1部「第二話 路面電車」
(1976年・NHK)
脚本:山田太一
演出:高野喜世志
音楽:ミッキー吉野
出演:鶴田浩二、水谷豊、森田健作、桃井かおり、前田吟、五十嵐淳子、結城美枝子、久我美子

テーマが強烈
あなたならどうすると訊かれているようだ


b0189364_16375781.jpg 山田太一の代表作『男たちの旅路』の第2回目。第1回目で自殺騒ぎを起こした悦子が、吉岡らが勤める警備会社にガードマンとして入社する。このように第一話からストーリーがそのまま進展し、柴田(森田健作)の背景や、吉岡(鶴田浩二)と柴田の母(久我美子)との関係などが少しずつ明らかになるが、同時にこの回では、前回と異なる新しい事件(警備しているスーパーの万引事件)があり、それに対して吉岡と若い社員、杉本(水谷豊)、柴田、悦子(桃井かおり)との意見の対立が起こるという具合に話が進む。
 悦子が万引常習犯の主婦(結城美枝子)を捕まえるが、彼女の話を聞いて同情し、意図的に逃がしてしまう。杉本、柴田もその話を聞いてこの主婦に同情的になるが、それに対し吉岡が憤り、警察に通報して逮捕させるのである。吉岡は、同情して自分たちは善行をやったと思っているかも知れないが、それは自ら判断を下さない態度に過ぎないというのだ。結局、犯罪者は誰かが捕まえなければならないのに、自分はその役割を放棄し、他人に委ねながら、その他人が冷酷になって捕まえたら、それに対して人情がないなどと非難する。だがそれは、結局のところ甘えであって逃げに過ぎないなどと言い、若い社員たちと対立するのである。この万引常習犯の主婦、どこか依存症風で、生活にも少々闇を抱えているような部分があって、かなり同情を誘うため、見ている側の多くはおそらく若い社員たちと同様、この犯人に感情移入してしまうが、吉岡の冷酷な判断によって冷や水を浴びせられてしまう。若い社員たちは吉岡に一様に反発して辞めてやると息巻くが、視聴者の側には大きな葛藤が残るという、大変よくできたストーリーである。どこかディスカッションのネタ映像風でもある。
 脚本の山田太一、この『男たちの旅路』について、「一つのワンテーマを作って、そのテーマにどういうふうに鶴田(浩二)さんは考えるか、若い人はどう考えるかっていうふうにして、ワンテーマずつ書いていこうと思った」と語っている(竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』参照)が、こういうアプローチがまさに明確に発揮されている作品で、テーマの深さに感心してしまった。また登場人物一人一人のセリフやキャラクター設定も相変わらず素晴らしく、ドラマとしての質が非常に高い。
 このドラマ、前に一度見ているはずだが、まったく憶えていなかった。『男たちの旅路』自体、この後第4部まであるんだが、第3部辺りからメインストリームが変な方向に行ってしまい(吉岡と悦子の恋愛関係)、それが強烈な(悪い)印象として残っているため、もう一度見たいと思っていなかったが、何度も見る価値はあると今回の再放送を見て思ったのだった。
第14回ギャラクシー賞選奨受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「非常階段」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「猟銃」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第3部「シルバー・シート」(ドラマ)』
竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-07-14 07:37 | ドラマ

『男たちの旅路 第1部「非常階段」』(ドラマ)

男たちの旅路 第1部「第一話 非常階段」
(1976年・NHK)
脚本:山田太一
演出:中村克史
音楽:ミッキー吉野
出演:鶴田浩二、水谷豊、森田健作、桃井かおり、前田吟、五十嵐淳子

日本のテレビドラマの画期になった作品

b0189364_20185666.jpg 山田太一の代表作『男たちの旅路』の第1回。
 ある警備会社を舞台にした話。主人公は、この会社の中途入社新入社員、杉本(水谷豊)と柴田(森田健作)である。その彼らの前に現れたのが、その警備会社の司令補、吉岡晋太郎(鶴田浩二)。この吉岡だが、新入社員6人を相手にいきなり立ち回りを演じてケガをさせたり(結果的にそのうちの3人は入社を辞退)、若い奴が嫌いだと語ったり、若者たちにとってはなかなか面倒な存在である。特に杉本は、楽をしながら人生を軽く流していくというようなタイプで、仕事にも真面目に取り組もうとしない。そのため吉岡ともことごとくぶつかる。
 こういう3人が、飛び降り自殺が多発するあるビルの警備を担当することになって、これ以上自殺者が出ないよう監視するという仕事に就く。そこに現れたのが飛び降り自殺を試みようとする悦子(桃井かおり)で、この悦子と3人の警備員の間でいろいろともめ事が起こるのである。そして、この一連の事件を通じて吉岡の生き様が明らかになっていくというふうに話が進む。
 この吉岡だが、実は特攻隊の生き残りで、無益に死ぬ同僚をたくさん見てきたという設定(実際の鶴田浩二の人生の投影でもある)であるため、生死について深く考えず真剣に生きるということをしない若い世代に強い嫌悪感を持っている。それが「若い奴が嫌いだ」という発言に繋がるわけだが、結果的にこのドラマ(つまり『男たちの旅路』第1部第一話)では「真剣に生きる」ということを考えさせる内容になる。
b0189364_20190369.jpg 脚本家のインタビューによると、この『男たちの旅路』は、各回テーマを設定してそれについて登場人物たちが考えるというドラマにしているらしいが、このこと自体テレビドラマとしてはかなり斬新で、それがために山田太一にとっても日本のテレビドラマにとっても画期と言える作品になった。また脚本家の名前が冠に付いたのもこのドラマが日本初である(竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』参照)。
 そういう強いテーマ性に加えて、捕り物めいたシーンが長く続きスリルとサスペンスの要素もあるため、テーマ性が強烈であるにもかかわらず、見ていてまったく飽きることがない。しかも、吉岡司令補だけでなく、水谷豊演じる杉本のキャラクターもいかにも当世の若者風で、はじけていて印象的である。このように、キャラクターがしっかり描き分けられてそれぞれが魅力的であるのも、山田ドラマの特徴である。このシリーズ、この後、登場人物を変えながら第4部(各3話)まで続く。すべてDVD化されていることからわかるように、当時の評価・人気ぶりも窺われる。実際今見ても大きなインパクトが残る佳作である。
第14回ギャラクシー賞選奨受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「路面電車」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第1部「猟銃」(ドラマ)』
竹林軒出張所『男たちの旅路 第3部「シルバー・シート」(ドラマ)』
竹林軒『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-07-13 07:18 | ドラマ

『墨攻』(本)

墨攻
酒見賢一著
文春文庫

墨家の非攻主義を素材にして
お話を作りました……というストーリー


b0189364_19421618.jpg 墨子関連でもう一冊。
 墨家の非攻主義の部分を取り上げてものした小説で、「大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した」というエピソードを基にして作られたフィクションである。ちなみにこの小説、1992年にマンガ化され、2006年に映画化されている。
 ストーリーは、墨家の革離(かくり)という戦闘職人が、趙から攻められる小国、梁城に赴き、梁の住民を率いて趙軍と戦うという話である。冒頭に魯迅の「非攻」(竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』を参照)と同じエピソードが出てくるが、後はすべてオリジナルのストーリーで、当然登場人物もほぼ架空の存在である。
 話の多くは戦闘シーンでエキサイティングであるが、結局それで終始しているため、エンタテイメントとしては面白いが、あまり残るものはない。着眼点は面白いが、内容としては短編に適した素材かと思う。もっとも全編150ページ程度であるため、読むのにそれほど苦にはならない。
 今回読んだのは文春文庫版だが、なんと本編の後に、著者による「新潮文庫版あとがき」と「文春文庫版あとがき」があり、しかもその後に「解説」まである。「新潮文庫版あとがき」は長い割には内容が乏しく、要は「想像を絶するような小説を書きたい」という決意表明程度で、どうということはない(それに無駄に長い)。「文春文庫版あとがき」の方はエッセイとしてはよく書けていてそれなりに面白い。「解説」(小谷真理って人が書いたもの)は正直言ってまったく不要。まあ文庫本の解説は現状概ねそういうもので、DVDに収録されている映画の予告編を思わせるような無駄なコンテンツに成り下がっている。出版社の担当者は、文庫本の解説についてもそろそろ見直したらどうだろうかと思う。
中島敦記念賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 墨子(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』

# by chikurinken | 2019-07-11 07:42 |

『ビギナーズ・クラシックス 墨子』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 墨子
草野友子著
角川ソフィア文庫

ユニークな存在、墨子に触れられる

b0189364_20444111.jpg 『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズは今一つのものが多いという印象だが、この『墨子』についてはまずまずの部類に入る。そもそも墨子という存在が、儒家や道家ほど知られていないため、墨子の情報自体が(僕にとって)目新しいということもあるが、なんと言ってもその平和主義、非攻主義、博愛主義は、現代的な観点から見ると非常に新鮮である。2500年前、しかも戦国時代にこういった主張を行っていた人がいるということに驚きである。
 墨子の平和主義を表す代表的な記述として、1人、2人を殺せば重犯罪者であるにもかかわらず、大量に人を殺した政治家や軍人が英雄として扱われるのはおかしいというものがある(「一人を殺さば之を不義と謂い、必ず一死罪有り……」墨子の「非攻」篇)。チャップリンの『殺人狂時代』に同じようなセリフがあって、かつてこの映画を見たときこのセリフに感心した憶えがあるが、その元々の出典が墨子であることを知って、にわかに墨子に関心を持ったのが今回墨子入門書を読んだきっかけである。ただ『墨子』については、それだけにとどまらないようで、隣人を愛せば諍いや争い、戦争は起こらないという博愛主義(イエス・キリストに先立つこと約500年)の他、挙げ句には当時の最新技術の研究や戦闘の方法などについての記述まである。実際近代中国では、墨子は(平和主義よりむしろ)テクノロジーの先人として崇められてきたというのだ。
 また墨子の一派である墨家は、非攻主義、つまり侵略に反対する立場から、大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した(そして大国を撃退した)という実践活動も行ったという話で、そのあたりは酒見賢一の小説『墨攻』(1992年に森秀樹、久保田千太郎によりマンガ化された他、2006年に映画化された)でも描かれている(らしい)。とにかく墨家は異色の存在である。
 この墨家、かつては儒家と覇を競う勢いで、実際『墨子』の中でも儒家に対する批判が展開されるが、時代を経ると共に忘れ去られていくのである。近代になって、西洋の(博愛主義の)キリスト教が清朝に入ってくるに当たって、墨家の博愛主義が見直され始めたというのだ。こういった経歴も異色である。
 本書では、このようなエピソードも随時紹介されている。もちろん『墨子』の訳文、白文、読み下し文が中心になっているのは言うまでもあるまい(『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズに共通する形式)。『墨子』自体大著のようで、そのためにここに収録されているのはごく一部だが、墨子自体があまり知られていないため、これでも情報量が少ないとは感じない。格好の入門書と位置付けることができるだろう。なお本書には、魯迅作『故事新編』の「非攻」の基になった部分も収録されている(147ページ)。両者を比較すると面白い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『墨攻(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 十八史略(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 春秋左氏伝(本)』
竹林軒出張所『殺人狂時代(映画)』

# by chikurinken | 2019-07-10 06:44 |

『酒楼にて / 非攻』(本)

酒楼にて / 非攻
魯迅著、藤井省三訳
光文社古典新訳文庫

『故事新編』は説話風でユニーク

b0189364_20000283.jpg 「阿Q正伝」で有名な魯迅の短編集。「阿Q正伝」は『吶喊』という短編集に収められている作品だが、この文庫版には『吶喊』は含まれていない。本書を構成するのは『彷徨』と『故事新編』という2つの短編集から選ばれた8本の短編小説で、そういう点では異色の選択である。なお『彷徨』から選ばれているのは「祝福」、「酒楼にて」、「石鹼」、「愛と死」の4編、『故事新編』からは「奔月」、「鋳剣」、「非攻」、「出関」の4編である。
 『彷徨』は私小説風の作品が多く、個人的にはあまり感じるところがない。一方『故事新編』は、古い説話などからエピソードをピックアップしてそれを現代小説風にアレンジしたもので、こちらの方が断然面白いと感じた。それぞれ「奔月」は羿(げい)と嫦娥(じょうが)(中国神話の登場人物たち)の逸話、「鋳剣」は眉間尺(みけんじゃく)の復讐譚(『列異伝』、『捜神記』などに見られるエピソードらしい)、「非攻」は墨子を主人公にした話(『墨子』「公輪」篇が原作らしい)、最後の「出関」は老子が主人公で、孔子との交流が描かれる(『史記』にもエピソードがある)。
 今回は墨子関連でこの本に着目したわけだが、墨子の「非攻」よりも老子の「出関」の方がむしろ興味深い内容であった。老子が『老子』を残したときのエピソードが描かれるが、孔子に追われるようにしてそれまで住んでいた土地を出て、函谷関で関所の役人に捕まり、講演を行うはめになるというような話。しかもその講演が聞いた人々にとってまったく理解不能で、土産代わりに老子が内容を書かされたというような話で、なかなかユニークである。
 「奔月」、「非攻」、「出関」は、元々高尚な印象がある素材を、現代風にして、ややとぼけたコミカルな表現を盛り込んでいるあたりが面白い。正義のヒーロー、丹下左膳を弓屋の女将のヒモとして描いた『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』みたいな味わいがある(竹林軒出張所『山中貞雄のこと……追記』を参照)。あるいは『聖☆おにいさん』みたいな味と言った方がわかりやすいか。
 とは言え、驚嘆するほどの内容があるわけでもなく、多少の物足りなさも残る。古典だから読んでも損はないと思うが、あまりお奨めしたいというような本でもない。ただ翻訳は非常に読みやすく、そういう点では良い本であると言える。代表作の「阿Q正伝」についても、いずれはこの訳者の翻訳でもう一度読んでみたいと思う(高校生のときに読んだが内容はほとんど憶えていない)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 墨子(本)』
竹林軒出張所『墨攻(本)』
竹林軒出張所『変身/掟の前で 他2編(本)』
竹林軒出張所『白夜/おかしな人間の夢(本)』
竹林軒出張所『虫めづる姫君 堤中納言物語(本)』
竹林軒出張所『トーニオ・クレーガー 他一篇(本)』
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『山中貞雄のこと……追記』
竹林軒出張所『聖☆おにいさん(映画)』

# by chikurinken | 2019-07-09 06:59 |

『山之口貘詩集』(本)

山之口貘詩集
山之口貘著、高良勉編
岩波文庫

あの岩波文庫に山之口貘の詩集が

b0189364_20105094.jpg 岩波文庫からも山之口貘の詩集が出ていることを知って、思わず買ってしまった。
 収録されている詩は全部で152篇で、処女作『思辨の苑』から52篇、『定本 山之口貘詩集』から12篇、『鮪に鰯』から82篇、『新編 山之口貘全集』から6篇という構成である。詩自体はズラズラッという感じで並べられており、並び順に何かの意味があるのかどうかはわからない。
 どの詩も散文みたいで、その辺が山之口貘の特徴と言える。特に『思辨の苑』は、ホームレスのような生活をしていた時代のことが題材になっており「生活の柄」や「ものもらいの話」などもここに含まれているわけで、この作家にきわめて特徴的なテーマの詩が集められている。『思辨の苑』は1938年に出版されたもので、その2年後に『思辨の苑』を補足した『山之口貘詩集』が出版されている。したがって『思辨の苑』には、時期的に若い頃の諸作品が収録されていて、その多くの詩では貧乏の他、恋愛・結婚などがテーマになっている。
 一方『鮪に鰯』は、山之口の死の翌年に発表されたもので、これは家庭人となってからの山之口貘の姿が見える。同時に戦争時代の暗い世相を反映したものも多い。「頭をかかえる宇宙人」や「たぬき」、「告別式」、「深夜」、「鮪に鰯」はすべてここに含まれる。どれもほのかなユーモアが漂う作品で、山之口貘の完成形と言える。高田渡がメロディを付けて歌っていたものも多くはここから取られている(そもそもこの『鮪に鰯』は詩の絶対数が多い)。
 僕は高田渡の歌で山之口貘を知った口だが、しかし今読んでみると、メロディはない方が良いと思うものも多い。高田渡の歌は、やはり高田渡の解釈が入っているわけで、そのあたりに僕の受け取り方との間に若干のずれが当然あり、それが違和感として僕の中に残るのである。とは言うものの、高田渡の歌を聞かなければ山之口貘を知ることもなかっただろうし、それに高田渡の歌にも味わいがあり、山之口貘の独特のユーモアを活かしきっているという側面もある。そういう点を考えると、高田渡が山之口貘への入口になったというのもきわめて自然と言うことができる。
 いずれにしても、(ある種)権威の象徴みたいな岩波文庫で山之口貘のオリジナルの詩に接することができるというのも、感慨深いものがある。最後の解説は高良勉という人が書いているが、こちらはもう一つという印象である。ただ、非常に興味を惹かれる山之口貘の生涯については一通り触れられているため、最低限の仕事はできているとは思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『山之口貘の詩、そしてとぼけた味わいの曲』
竹林軒出張所『高田渡と父・豊の「生活の柄」(本)』
竹林軒出張所『詩のこころを読む(本)』

 以下、以前のブログで紹介した『山之口貘詩文集』の評の再録。

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(2006年8月13日の記事より)
b0189364_18253814.jpg山之口貘詩文集
山之口獏著
講談社文芸文庫

 詩人、山之口貘の詩(+散文)集。
 古典の類だから、今さらあれこれ言う必要はないだろうが、山之口泉氏(貘氏の長女)によると、これまで山之口貘の詩集が入手困難だったらしく、そういう意味では非常に意義のある本である。山之口貘の詩は、40年の生涯で197篇(少な!)だそうで、本書には、そのうち約80篇が収録されている。
 山之口貘という詩人については、私は高田渡の歌で知ったわけだが、それにしてもインパクトのある詩である。それでいて、上品なおかしみが漂っている。
 高田渡も歌っている詩「生活の柄」も本書に収録されていたが、詩で読んでみるとかなりイメージが違っていた。この曲に限っては、高田渡の歌はあまりよくなかったかなと思った(他は良いものが多いと思う)。
★★★★

# by chikurinken | 2019-07-07 07:10 |

『小川未明童話集』(本)

小川未明童話集
小川未明著
岩波文庫

逆説的な話に惹かれるが
感じるものがないものもままある


b0189364_20204606.jpg 小川未明という人、よく知らなかったんだが、坪内逍遥が彼の浪漫主義的な才能を評価して世に出した作家であるらしい。当初はもっぱら通常の小説を書いていたが、やがて童話に転身したという。軍国主義の台頭が、反戦平和主義で自由を愛する作家であった未明に影響を及ぼしたのかも知れない。
 だが童話にも、未明の平和主義や人道主義は貫かれており、いろいろな箇所にそういうものが見え隠れする。「野ばら」(異なる国の国境警備兵同士が親しくなるというような話)はまさに戦争の無益さを描いた作品だし、「兄弟のやまばと」(山育ちの兄弟のやまばとが都会に出ていく話)にも空襲を思わせる描写が出てくる。人道主義についてはほとんどすべての作品のバックボーンになっており、未明の一番の魅力かなと思う。
 ただストーリー自体、あまり面白味のないものもあり、個人的には新美南吉ほどの魅力は感じていない。この岩波文庫版には全部で32の童話が収録されているが、ストーリーに起伏があまりないものが割に多い。そのため読み終わった後になんじゃこりゃという感じが残るものもある。僕がこの本を読んだのは「殿さまの茶わん」が収録されていたためで、「殿さまの茶わん」は僕が小学生のときの教科書に載っており、逆説的なストーリーが気に入っていた作品である。「駄馬と百姓」(ある百姓が、見栄えが悪いがよく働く駄馬を見栄えの良い馬と交換してしまう話)や「小さい針の音」(貧しい時代にもらった古びた時計を、出世した後に取り戻すという話)も逆接的でこれに通じる要素があるが、概ねストーリーはまっすぐで説明的なものが多く、いかにも童話的であると感じる。他には母親の情愛を描いた「牛女」、病気の子どもを描いた「金の輪」が、しんみりするような話で目を引いた。だが先ほども言ったように、あまり目を留めるようなものは多くないというのが僕の印象である。特にこの岩波文庫について言えば、後半の諸作については感じるところが少ないものが多かった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『新美南吉童話集(本)』
竹林軒出張所『ケンとカンともうひとり(本)』

# by chikurinken | 2019-07-06 07:20 |

『新美南吉童話集』(本)

新美南吉童話集
新美南吉著
岩波文庫

ダイナミックなストーリー展開と
漂う詩情、あふれ出る人情


b0189364_19343229.jpg 「ごんぎつね」や「おじいさんのランプ」でお馴染みの童話作家、新美南吉の作品集。どれも「童話」という括りではあるが、短編集と考えても一向に差し支えはない。
 僕は近年フィクションはあまり読まなくなったが、短編集は元々好きである。短編小説のダイナミックなストーリー展開と、収束に向かう一気の寄りが何とも言えない。特に新美南吉の作品は、かなり以前から好みで、かつて新潮文庫版を読んだことがある。そもそも小学校の教科書にも載っていたことだし、僕だけでなく多くの日本人に馴染みがあるのではないかと思う。
 新美南吉作品の場合、ストーリー展開の面白さはもちろんだが、それに加えて人情の暖かさが漂っていて、それが大変心地良い。さらに日本の田舎の情景が巧みに再現されており、全編詩情に溢れているのも魅力である。さらに言うと、出てくる登場人物(特に周囲の人々)にややとぼけた味があるのも良い。そのため、どの作を読んでも、心地良さがいつまでも残る。
 今回読んだのは岩波文庫版で、代表的な14本の童話作品と1本の評論(「童話における物語性の喪失」)、それに解説という構成になっている。14本の童話は「ごんぎつね」、「手袋を買いに」、「赤い蝋燭」、「最後の胡弓弾き」、「久助君の話」、「屁」、「うた時計」、「ごんごろ鐘」、「おじいさんのランプ」、「牛をつないだ椿の木」、「百姓の足、坊さんの足」、「和太郎さんと牛」、「花のき村と盗人たち」、「狐」で、すべて成立順に並んでいる。巻末に「初出一覧」があるためにそれがわかるんだが、「初出一覧」が付いているのもありがたい配慮である。ぼくが特に好きなのは「最後の胡弓弾き」、「屁」、「おじいさんのランプ」あたりだが、「ごんごろ鐘」や「和太郎さんと牛」に出てくるとぼけた登場人物にも非常に魅力を感じる。
 また岩波文庫ならではであるが、挿絵を担当しているのが谷中安規と棟方志功というのも豪華である(表紙の絵は谷中安規作)。結果的に、主役である童話作品だけでなく、隅々まで目が行き届いた完成度の高い贅沢な本に仕上がっている。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『小川未明童話集(本)』
竹林軒出張所『ケンとカンともうひとり(本)』
竹林軒出張所『にごりえ・たけくらべ(本)』
竹林軒出張所『富嶽百景・走れメロス 他八篇(本)』

# by chikurinken | 2019-07-05 07:34 |

『性犯罪をやめたい』(ドキュメンタリー)

性犯罪をやめたい(2019年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

性犯罪経験者の心理にまで踏み込む

b0189364_18144629.jpg 盗撮、のぞき、痴漢、強制的性交などの性犯罪は後を絶たないが、犯人の心理に踏み込んだルポは今まであまりなかった。彼らは何度も同様の犯行を繰り返して、何度も逮捕され収監されたりするわけで、ちょっとアルコール依存などの依存症との共通性も感じさせる。現にこういった人たちの多くは犯行をやめられないわけで、再犯を恐れて、自ら治療を受けるために精神科クリニックに通う人たちもいるほどである。
 横浜のある精神科クリニックでは、こういった人たちに向けて認知行動療法を実施しており、その様子に密着するのがこのドキュメンタリーである。見たところ、その様子はAA(アルコホーリクス・アノニマス)や断酒会を思わせるようなもので、要はなぜ自分が性犯罪に走るのかについて自ら気付くようにし、そうなってしまう条件から身を遠ざけるようにする、それができるようにするというのが目的である。そのために、自分がどういう状態のときに性犯罪を犯してしまったのか、何がきっかけになったのかなどについて自ら考察しそれを記録する。こうすることで、自分の行動を認知し、危険な条件や場所に近づかないようにするというわけである。
 このドキュメンタリーではさらに、このプログラムに参加している犯罪経験者たちに個別に具体的な話を聞いており、性犯罪に走る人々の心理がよくわかるようになっている。痴漢とのぞきではもちろん動機もきっかけも違うわけだが、どの人たちにとってもそれが(当人にとって)比較的安易な犯罪行動で、きっかけがあればそちらに簡単に流れていく、押しとどめることができないという点で共通している。一般的な感覚では痴漢や強制的性交が安易な行動だとは思えないが、彼らの過去の経験がそうさせたというわけだ。したがって、手近で安易な行動という点では、アルコール依存やギャンブル依存などとの共通性はある。そのため、依存症と同様、その行動を発動させるきっかけから遠ざからなければならないということになる。
 なお性犯罪経験者の多くは、ミニスカートなど女性の露出の多さがきっかけになると答えていた。世間では、どんな格好をしても自由だ、悪いのは犯罪者の方だという主張が多く、もちろんそれはその通りなのだが、現実に性犯罪のきっかけになっているということは認知しておいた方が良いと思う。露出の多い服が性犯罪を誘っているという側面があるのは間違いない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『私、パチンコ中毒から復帰しました(本)』
竹林軒出張所『「教えて★マーシー先生」って……』

# by chikurinken | 2019-07-03 07:14 | ドキュメンタリー

『北朝鮮 “帰国事業” 60年後の証言』(ドキュメンタリー)

北朝鮮 “帰国事業” 60年後の証言(2019年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

「帰国」という名の片道切符

b0189364_20153985.jpg 今から60年前の1959年に始まった北朝鮮の「帰国事業」を振り返るドキュメンタリー。「帰国事業」とは、戦後日本国籍を剥奪されたせいで差別や貧困に苦しんでいた在日朝鮮人を北朝鮮に返すという事業である。ただし実際に「帰国」した人の多くは朝鮮半島南部の出身者(つまり「北朝鮮」出身でない人)であったらしい。
 この事業、元々は、日本にある在日朝鮮人の団体、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)が、当時の北朝鮮主席であった金日成にあてて帰国の請願を出し、北朝鮮政府がそれを受け入れるという形で始まったとされる。実際には、この話を最初に持ち出したのは北朝鮮政府側であり、北朝鮮政府が韓国に対する優越性を誇示するために朝鮮総連に求めてきたというのが本当のところらしい。当時北朝鮮は、ソ連からの援助もあって、韓国より経済が良好で、韓国に対する優位性を世界中にアピールしたかった、この帰国事業がその宣伝活動の一環だったというのである。一方の日本政府の方も、在日朝鮮人を体よく追い出すことができるということでこの話に乗ったのであった。こうして、59年から約10年間に渡って「帰国事業」が進められることになる。それに当たって、もっとも積極的に取り組んだのが、当然のことながら朝鮮総連であった。
 この帰国事業にあたり、朝鮮総連は「(北朝鮮が)この世の楽園(である)」という宣伝文句で多くの在日朝鮮人を「帰国」させる。日本で経験していたような貧困は、北朝鮮にはないというのが彼らの主張であった。仕事もあるし、福祉も充実しているなどという言葉が誘い文句になり、現状に不満を感じていた在日朝鮮人は、一もなくこの話に載ってしまう。ただ「帰国」した人の中には日本人も含まれていた他、総連から半強制的に連れて行かれた人もいたという。
 このドキュメンタリーでは、関係者の証言を新たに聞き出しており、かつて「帰国事業」に参加した人々のインタビューも多く出てくる。彼らの話によると、新潟港を出港して2日後に北朝鮮のチョンジン港に着いたが、そこでまず、現地の人々の貧困の度合いにショックを受ける。日本に住んでいた我々の生活の方がずっとましではないか……ということである。すぐに日本に帰りたいという人も現れるが、もちろん日本への帰国など受け入れられない。しかも彼らの多くは北朝鮮国内の社会になかなか溶け込むこともできず、むしろ当局から危険分子として扱われることもあったという。彼らの中には強制収容所に送られた人もおり、最終的に日本に帰ることができた人はほぼいない。唯一の例外は脱北者で、命からがら何とか中国経由で韓国、日本に辿り着いた人々が多くはないが存在し、そういう人たちが今回、このドキュメンタリーで当時の事情を語っているのである。
 途中、黄長燁(ファン・ジャンヨプ)氏(竹林軒出張所『3年目のつぶやき……くらい大目に見てよ』を参照)のインタビュー音声も登場し、北朝鮮が政治的な活動として日本から人々、それから物資や資金を呼び込むのが「帰国事業」の目的であったと語っていた。結局犠牲になったのは、騙されて北朝鮮に渡った人たちで、この番組に登場する人々の家族も、あるいは餓死し、あるいは強制収容所送りになって悲惨な最期を遂げたと言う。伝えられる内容自体は、それほど目新しいものではなかったが、経験者の話を直接聞けるという点で非常に貴重なドキュメントになった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『3年目のつぶやき……くらい大目に見てよ』
竹林軒出張所『金正日 隠された戦争(本)』
竹林軒出張所『北朝鮮“機密ファイル”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『北朝鮮 外貨獲得部隊(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2019-07-02 07:15 | ドキュメンタリー

『連合赤軍 終わりなき旅』(ドキュメンタリー)

連合赤軍 終わりなき旅(2019年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

当事者の口から事件が語られることの意義

b0189364_17392708.jpg 世間を(同時に当時小学生だった僕も)震撼させたあさま山荘事件から47年も経つと聞くと、いろいろな感慨が湧く。
 あさま山荘事件というのは、新左翼の学生が、あさま山荘というロッジに人質を取って立てこもり機動隊と戦った事件で、学生の方も銃を持っていたことから、銃撃戦が展開され、結局機動隊に2人、民間人に1人の犠牲者が出ることになった。籠城は数日間続き、いくつかの放送局がそれをライブ中継していたため、僕などは、学校から飛んで帰ってテレビで行方を見守ったのだった。結局、犯人たちは全員逮捕されたが、犯人の逮捕後、あさま山荘に至る前に彼らの同志が12人リンチで殺されていることが、犯人たちの証言から判明するのである。
 この殺人に関わったのが、あさま山荘事件の犯人を含む、連合赤軍のメンバーであった。連合赤軍というのは共産主義者同盟赤軍派と日本共産党革命左派神奈川県委員会が連合したグループである。ここに至るまで幹部たちが次々に逮捕され、当時、残ったメンバーが日本で共産主義革命を実現するために集結していたという状況であった。彼らは山の中に小屋を作りそこで共同生活を送りながら革命のための訓練を行っていたのだが、世間から隔絶された状況であったためかどうかわからないが、「総括」という名目で内部に敵を作り出し処刑するという方向に突っ走っていったのだった。しかしこのような「革命」が成功するはずもなく、やがて警察に踏み込まれ、多くはその過程で逮捕される。それをかいくぐって逃げた5人が武器を持ってあさま山荘に立てこもったことから、あさま山荘事件が起こるのである。
 このドキュメンタリーは、このあさま山荘事件と、それに先立つ連合赤軍事件を追い、それに関わった人々に直接取材して、あの事件を明らかにしようという試みであり(まさに「総括」)、そのために、刑期を終えた関係者も実名、顔出しで登場する。取材は7年間に及んでいるらしく、かなりの力作であると言える。
 普通の学生だった彼らがなぜあのような限界状況に陥ったのか、なぜリンチ殺人が行われたのかが、彼らの口から語られ、そしてその後の彼らの人生もあわせて紹介される。中には兄の殺人に加担した加藤倫教氏、同志をアイスピックで殺し同時に婚約者を目の前で殺された植垣康博氏などもいて、彼らが背負ってきたものの大きさが語られる。彼らの話を聞いていると、オウム事件同様、社会の混迷と歪みが若者の上に影を落とした事件と言えるのではないかと感じる。僕個人としても、人間の集団が限界状況で暴走するということを最初に認識させられたケースであり、人間集団の恐ろしさを思い知らされた事件である。
 社会的にもこの事件の影響は大きく、それ以降急速に新左翼運動が収束、低迷し始め、僕らの世代にも新左翼運動に対するアレルギーが強く残された。そのため僕自身は、大学に入った後、新左翼運動に関わることはなかった(当時もまだ学内で中核派が活動していた)が、危ない集団(その当時も依然として内ゲバをやっていた。革マルの幹部を襲撃したとかいう記事が、中核派の機関誌『前進』に載っていた)に近づかないで済んだのは、ひとえにあの事件のおかげであると思っている。新左翼に対するアレルギーというのは、僕の中では相当大きかったのだ。個人的にもあの事件を、暴走する人間集団という見地から「総括」すべきだと思っていたため、かつてこのドキュメンタリーと同じ主旨の本を読んだこともある。
 一方でこのドキュメンタリーは、当事者の口からあの事件が語られるという特異性があり、それが大きな魅力になっている。そのため第三者の視点からもあの事件を「総括」できるような優れた構成になっていて、大変質の高い、しかも真摯に作られたドキュメンタリーに仕上がっている。大いに評価したい。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年(本)』

# by chikurinken | 2019-07-01 07:39 | ドキュメンタリー

『天安門事件 運命を決めた50日』(ドキュメンタリー)

天安門事件 運命を決めた50日(2019年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

いろいろと懸念材料が残るドキュメンタリー

b0189364_19553913.jpg 1989年6月に発生した、北京天安門前広場での市民弾圧事件、それがいわゆる天安門事件である。
 1989年4月15日、民主派の胡耀邦元総書記が死去し、中国全土で彼を悼む追悼集会が行われた。北京の天安門前広場でも同様だが、ここでの追悼集会はなかなか収束することはなかった。ただ、集まった市民が過激なスローガンを掲げたり暴徒化することもなく、せいぜいより進んだ民主化を求めるアピールがあった程度である。
 事態が変わったのは5月になってからで、行き過ぎた民主化の進展(と当事者は考えていたようだ)について懸念を抱いていた共産党の保守派が、中国共産党の機関紙『人民日報』に、広場に集まっていた市民を暴徒と名指しする記事を掲載したことから、市民側もこれに反発するようになる。この記事を出させたのは指導部の保守派、李鵬とされているが、実はその背後に鄧小平の意向が働いていた(というのがこのドキュメンタリーの主張)。
 さらに、これをきっかけに民主派の趙紫陽総書記も失脚したため、指導部は保守派で固められ、この集会への対抗措置として戒厳令を出すことが決まる。趙紫陽は天安門前広場の市民の前に現れ、すぐに解散するよう求めたが、市民が解散することはなかった。なお彼が公の場に出たのはこれが最後になった。
 その後、指導部は全土の人民解放軍を天安門前広場周辺に集結させる。当初は解放軍の兵士も市民に向けて発砲する意志はないとマスコミに対して語っていたが、上層部からの圧力で、穏健な軍トップが罷免されるなどして武力行使へと急速に舵が切られる。
 そして6月4日未明に、西部から進入してきた戦車部隊が突然発砲し、ここでまず数十人の犠牲者が出る。市民は逃げ惑うが、軍はあちこちで実弾を市民に向けて発砲、多数の犠牲者が出る事態になった。当局発表によると犠牲者は319人ということだが、番組に登場した英国政府の資料によると千人単位の犠牲者がいた可能性もあるということである。
 今でも中国政府は、天安門事件自体なかったことにしており、そのために中国内ではインターネットを通じて天安門事件を検索しようとしても出てこないらしい。しかし被害者の家族にとってみれば真相がわからないのは納得がいかず、今でも政府に対して真相解明を要求している。
 このドキュメンタリーでは、こういったいきさつをさまざまな関係者のインタビューを交えて再構成していく。番組に登場する関係者の中には、米国に亡命した人もいるが、今でも中国に住んでいる人々も数人いて、そういう人々をテレビという公共の場に登場させて良いのかかなり気になるところである。中国政府はあるいは彼らの言動を政府批判と受け取り(大いにありうることである)、それなりの落とし前を付けさせようとするのではないか……ということが容易に予測される。中国政府の民主派に対する弾圧は熾烈を極めるもので(これについては過去のNHKのドキュメンタリーでも紹介されている)、それを考え合わせると、彼らがこの番組の放送後、どういう仕打ちを受けるか簡単には予測できない。NHKの製作者たちはそのあたりに責任を持ってこの番組を作ったのか、その辺もじっくり聞いてみたいところである。
 一方で、どうもどこか賞狙いのドキュメンタリーという印象もあり、面白い番組ではあったが、何だか「後は野となれ」風の利己主義的な匂いもして、それを考えるとこの番組の製作者のスタンスを手放しで称賛することはできない。いろいろな懸念材料を残したドキュメンタリーである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『総書記 遺された声(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『中国はなぜ「反日」になったか(本)』
竹林軒出張所『文化大革命50年 知られざる“負の連鎖”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『中国人一億人電脳調査(本)』

# by chikurinken | 2019-06-29 06:55 | ドキュメンタリー

『彼女は安楽死を選んだ』(ドキュメンタリー)

彼女は安楽死を選んだ(2019年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

安楽死も1つの選択肢と考えてみる

b0189364_16363243.jpg 世界には安楽死が認められている国がいくつかあり(日本では認められていない)、スイスもそういった国の1つ。しかもスイスは海外からの安楽死希望者も受け入れているため、安楽死が認められていない国の人々がスイスで安楽死を選ぶということも可能。実際、スイスで安楽死を希望する日本人も増えているらしい。もちろん安楽死が受け入れられるにはそれなりの条件があり、その審査を通過して初めて安楽死の施行が認められるという運びになる。
 このドキュメンタリーには、多系統萎縮症という難病のために身体の自由が利かなくなった女性が登場し、このまま寝たきりになり介助され(人工呼吸器なしでは生きていけなくなる)、周囲の人間に面倒をかけるだけの人生になることが本当に自分の生き方として良いのかと考えた末、安楽死を選択する。
 この女性、若い頃はキャリアウーマンでバリバリ仕事をこなしていたが、あるときから身体が動きにくくなり、多系統萎縮症という診断を受けた。その後、身体の機能の麻痺が進行するに伴い、2人の姉たちと同居するようになる。姉たちとは非常に親しい関係であり、安楽死についてもそれぞれで話をしているが、見送る側としては受け入れることができない、たとえ寝たきりになっても生き続けて欲しいと願っている。だがやはり本人の意志は固く、自殺未遂もこれまで何度か繰り返されてきたという。
 そんな折にこの女性は、スイスでの安楽死事情を知ることになりそのまま申し込んだんだが、すぐに実施されるというわけではなく、待機の状態が続いていた。だが身体の機能不全がますます進行してきて、このままだと安楽死の前に寝たきりになってしまい自分で死を選ぶことができなくなるという危惧が生じたために、自ら安楽死の早期実現を関係者にメールで要求し、それが受け入れられることになったのである。そしていよいよスイスに出向いて安楽死を遂げるということになる。このドキュメンタリーでは、このあたりの事情に密着取材して、安楽死を選ぶということ、それを周囲の人々がどのように捉えるかということ、どのような方法で安楽死が実施されるかなどが紹介される。一人の人間の生が終わる瞬間もしっかりと捉えられていて(死の瞬間の映像も出るが、眠るように死んでいった)、非常に見所が多い。
b0189364_16363628.jpg 一方で同じ病気になったが、生きて介護を受けることを選択したという人も紹介される。こちらも家族との関係は非常に良いが、自分が生き続けること、存在し続けることに価値を見出したという。この2つの対照的な事例が非常に印象的で、見る我々に対し、安楽死について考えるための素材を提供する上で十分な役割を果たしている。
 僕自身は同じ立場になったら安楽死を選びたいと(今の時点では)考えているが、いずれにしても現状では日本で安楽死を選択することができないわけだ。安楽死が認められている国々でも、それほど昔から認められていたというわけではなく、さまざまな議論を経て、人道的な見地から、自ら死を選択することを1つの選択肢として受け入れることにしたわけである。日本の現状については、議論すらしていないというレベルで、何が何でも死ぬまで生きるべきという一種の信仰に対してまったく疑問を抱かない人が多い。しかし人それぞれに事情があり、安楽死がその人にとってベストの選択ということも十分あり得る。少なくともそういう人の選択に対して、他人がとやかく口を挟むようなことではあるまい。
 さまざまな家族制度、あるいは死刑制度にしてもそうだが、とかく日本では、全然関係ない他者がやたら他人の事情に(消極的にであっても)介入している状況がある。他人の事情に介入するんだったら、少なくとも彼らの事情を理解し、十分そのことについて考えた上でするべきだと僕は思う。そういう点でも、安楽死の現状をレポートしたこのドキュメンタリーは、考えるための素材として大いに役に立つものであり、価値が高い。番組自体どこか賞狙いみたいな印象も受けるが、しかしその問いかけは重要である。日本のゼロ思考の人々が安楽死について考えるきっかけになる可能性もあり、安楽死についての議論を進めるという意味で、社会に一石を投じる役割をもしかしたらこのドキュメンタリーが果たすかも知れない。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『死刑(本)』

# by chikurinken | 2019-06-28 07:35 | ドキュメンタリー

『三国志 完結編 遙なる大地』(映画)

三国志 完結編 遙なる大地(1994年・シナノ企画)
監督:勝間田具治
脚本:笠原和夫
出演:渡瀬恒彦、あおい輝彦、山口崇、青野武、石田弦太郎、鶴ひろみ、津嘉山正種(アニメーション)

物足りなさは残るが
全体をよくすくっている


b0189364_20063515.jpg 90年代に巨額の費用を投じて作られた『三国志』のアニメ化作品。92年から3年間かけて1年に1本ずつ発表されており、これはその完結編である。
 諸葛孔明のいわゆる「天下三分の計」を実現し、蜀の地を支配することができた劉備であるが、荊州の奪還を目指す呉と全国統一を目指す魏の圧力は強く、結局荊州は呉に奪還され、しかもその地を守っていた関羽まで倒される。その後、関羽の弔い合戦として荊州の再奪還を目指し劉備と張飛は軍を進めようとするが、張飛は暗殺され、劉備軍も大敗を喫して、しかも体調が悪化し、やがて死去する。魏の曹操も病で死去し、三国時代の第一世代は姿を消す。劉備なき後は諸葛孔明が蜀の軍事を一手に率い、南進してきた曹丕(曹操の息子)の魏と戦う。魏との戦いは、魏の軍師、司馬懿仲達との決戦になるが、やがて孔明も戦地で死去する……という具合にストーリーは進んでいく。こうして主役クラスの人間が途中で次々に消えていき、次の世代に移っていくわけだが、覇を競う人々が現れては消えていくのが歴史であるということがあらためて実感される。
b0189364_20063962.jpg 完結編も2時間半に及ぶ結構な大作であるが、前にも書いたように、元々が相当な大著であるため、これでもかなりダイジェスト的になってしまう。この完結編では、「泣いて馬謖を斬る」と「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の逸話はしっかり押さえているが、それでも間がかなり省略されているため、蜀の武将や呉の武将など、登場人物たちが唐突に出てきて消えていくため、主役クラスの登場人物以外にはあまり感情移入できない。そのあたりはしようがないとは言え、物足りない箇所である。かと思うと鳳姫(関羽の娘)のエピソードが非常に細かかったりして、多少のアンバランスさは感じる。このエピソードは、やけに湿っぽいし、個人的には不要だと思うようなものであった(一番の見所という見方もあるかも知れないが)。
 キャストは、曹操の渡哲也がこの頃病気療養していたため、弟の渡瀬恒彦に代わっている。他は第一部、第二部とほぼ同じである。
 この三作を総括すると、やはり『三国志』入門というあたりに落ち着く。物足りなさは残るが、全体をよくすくっていると言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『三国志 第一部 英雄たちの夜明け(映画)』
竹林軒出張所『三国志 第二部 長江燃ゆ!(映画)』
竹林軒出張所『三国志 (1)〜(30)(本)』

# by chikurinken | 2019-06-26 07:06 | 映画

『三国志 第二部 長江燃ゆ!』(映画)

三国志 第二部 長江燃ゆ!(1993年・シナノ企画)
監督:勝間田具治
脚本:笠原和夫
出演:渡哲也、あおい輝彦、山口崇、石田弦太郎、青野武、柴田秀勝(アニメーション)

もどかしさはあるが
うまくまとめられている


b0189364_19352684.jpg 90年代に巨額の費用を投じて作られた『三国志』のアニメ化作品。三部構成になっており、第二部は「長江燃ゆ!」。タイトルから推測できるように赤壁の戦いが本作のハイライトである。
 曹操は漢王朝を事実上支配するようになるが、一方で劉備は、名声は上がるが、拠点を持たないままの浪人状態である。しかも曹操から命を狙われるようになる。いったん徐州城に入った劉備だが、曹操に敗北し、再び拠点を持たない浪人の身になる。そんな折、名軍師、諸葛孔明に出逢い、荊州から蜀へと進むべきことを進言される。孔明という優れた軍師を得た劉備であったが、なおも曹操から責められ夏口城まで引き下がることになる。しかし孔明の知略によって曹操軍を呉に向かわせ、呉と曹操軍を戦わせることに成功する。これが赤壁の戦いで、これについても孔明の知略によって曹操を倒し、しかも呉の将軍、周瑜まで計略で倒す。こうして曹操はついに荊州を手にする。
b0189364_19353095.jpg 全体にダイジェスト的だが、有名なエピソードは押さえられており、十分楽しむことができる。随時、大陸風の胡弓を使ったメロディが背景に流れ、雰囲気を盛り上げている。なお諸葛孔明の声を演じるのは、俳優の山口崇(本人が希望したという)で、颯爽とした孔明を好演している。全体を支配する空気は、義の劉備(関羽、張飛)、実の曹操という対抗軸で、正義漢の劉備が気持ち良い。ただダイジェスト的であるという制約のために、背景がよくわからない登場人物が数多く登場し(周瑜などもそう)、そのあたりが少々もどかしいところである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『三国志 第一部 英雄たちの夜明け(映画)』
竹林軒出張所『三国志 完結編 遙なる大地(映画)』
竹林軒出張所『三国志 (1)〜(30)(本)』

# by chikurinken | 2019-06-25 07:34 | 映画