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竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『大家さんと僕』(本)

大家さんと僕
矢部太郎著
新潮社

新しい、他人との疑似家族関係

b0189364_18562915.jpg 漫才コンビ「カラテカ」の片割れ、矢部太郎によるエッセイ・マンガ。
 芸人としてうまく立ち回れていない著者が、2階建ての一軒家の2階部分に引っ越し、階下に住む大家さんと親しくなる。その大家さん、87歳で、使う言葉や話す内容が70年くらいずれている。また著者に対して、都会ではあまりないような濃厚な接し方をしてくる。最初は大家さんを遠ざけていた著者が、徐々に大家さんの世界に惹かれていくんだが、その過程が簡素で拙い落書きのような絵で綴られていくというのがこのマンガ。
 絵はマンガとしてはアレだが、内容はなかなかよくできていて、特に間やユーモアのセンスが素晴らしく、あちこちにほのぼのとした笑いが散りばめられている。さすが芸人という感じ。希薄な人間関係の都市生活にあって、2世代位前の近隣の人間関係が新鮮で、その中で見えてくるものが著者の目を通して表現されており、そのあたりが新鮮である。「大家さん」と「僕」との関係は、言ってみれば疑似家族関係のようにも映る。
 この本、現在ベストセラーらしく、面白そうだったため僕自身図書館で予約していたのだが、現在近所の図書館で「予約者384人」という状態で、いつ手元に届くかわからない状態である。この本、この図書館グループに合計11冊ありはするが、それでも計算上30周分待たないといけないことになる。借りた人が2週間で返す(つまり1周が2週間)として、手元に届くまで1年ちょっとかかる計算になる。1年も待つとなると、まわってきたときには読む気も失せそうな気がする(実際そういうことはよくある)。今回、別のつてで読むことができたんで、結局図書館の方はキャンセルしたが、まあ買っても悪くはなかったかなと思うような内容で、味わい深い本ではある。ただ、マンガの絵の部分は、拙さがある上、線もスカスカであるため、ちょっと見では買おうという気は起きにくいかも知れない。
第22回手塚治虫文化賞短編賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。(本)』
竹林軒出張所『家に帰ると妻がカフェをやりたがっています。(本)』
竹林軒出張所『ニューヨークで考え中(本)』
竹林軒出張所『人間仮免中(本)』

# by chikurinken | 2018-06-22 07:56 |

『逃亡日記』(本)

逃亡日記
吾妻ひでお著
日本文芸社

『失踪日記』の舞台裏

b0189364_18471809.jpg 2005年、マンガ家の吾妻ひでおが『失踪日記』で大ブレイクを果たす。『失踪日記』は、自らの失踪、ホームレスの経験を赤裸々に描いた私小説的なマンガで、戦後マンガ史における1大エポックと言える素晴らしい作品であった。『失踪日記』がブレイクしたことから、それに乗っかった企画がやはりあちこちの出版社から出てくるのは世の常で、概ね想定内ではある。ただし吾妻センセイ自身が、『失踪日記』後、基本的に仕事を断っていた(らしい)ため、便乗本は比較的少なかったような記憶がある。この本は、そういう数少ない便乗本の1冊。吾妻センセイ、この出版社としがらみがあったせいで、この仕事を引き受けざるを得なかったそうだ。そのあたりは冒頭のセンセイのマンガで暴露されている。しかも吾妻センセイのキャラが「皆さん この本買わなくていいです! マンガだけ立ち読みしてください」と宣言しているのは、なかなかセンセイらしい。
 本の構成は、失踪日記関連の場所を撮影した巻頭写真に続いて、巻頭マンガ「受賞する私」、それからセンセイの生い立ちや失踪の事情について語ったインタビュー(これがメイン)、最後にマンガ「あとがきな私」というふうになる。インタビューは元々『別冊漫画ゴラク』に連載していたものらしい。いかにもな便乗本ではあるが、内容は意外に面白い。ほとんどの部分がマンガでないのはもちろん吾妻作品としては容認しがたいかも知れないが、語られる内容が非常に興味深く、やはりセンセイのファンであれば一度は触れておきたいあれやこれやの事情が明らかにされている。『失踪日記』の舞台裏の話も当然出てくる。巻頭と最後のマンガは、吾妻ひでおらしいエッセイ・マンガで、非常に質が高い。またマンガの内容とインタビューコラムの内容がかなりリンクしていて、元の題材をマンガにするとこうなるという、吾妻流の変容のアプローチが垣間見えて、こちらも興味深いところ。そのため「便乗本」だからといって決して侮れない要素がある。
 「便乗本」のような商業主義的な本は基本的に容認できないが、この本は作りが丁寧だったりして、むしろ好感が持てる。内容も読ませるだけのものがあり、便乗本ではあっても決してゴミ本ではないと断言しておく。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』

# by chikurinken | 2018-06-21 07:47 |

『パイプオルガン誕生』(ドキュメンタリー)

パイプオルガン誕生 イタリア-東京・500日の物語
(2004年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ選

オルガンはブラックボックスではない

b0189364_17535496.jpg 東京カテドラル教会のパイプ・オルガンが老朽化したために、新しいパイプ・オルガンを入れることになった。なんでも前に入っていたオルガン、電気仕掛けだったらしく、そのために新しい部品がなくなっていて修理が利かなくなったという。そこでイタリアの業者に発注する。この業者、昔ながらの作り方でオルガンを作っている。いわば伝統技法の業者ということで、日本の城郭やなんかと同様、このカテドラル教会のオルガンという狭い世界でも一種の伝統回帰になっているわけだ。とは言っても、今回納品されたオルガンも、送風は機械であるし、しかもストップ(音色を変える装置)の操作はコンピュータ制御になっているんで、私見だが、あと数十年後に修理が利かなくなる可能性がある。もちろん、基本的なコアの部分が伝統技術で作られているのは確かで、そういう点では大変素晴らしいこととは思うが、こればかりは数十年経ってみないとわからない。
b0189364_17535006.jpg さて、そのオルガン作りであるが、業者はイタリアの地方にあるこぢんまりした工房で、職人集団という感じ。錫と鉛の合金を枠に流し込んでパイプを作る最初の段階からカメラは密着する。当然その前に設計段階があるが、そのあたりは基本事項だけを追うという感じである。その後、ふいご、風箱(どのパイプに風を送るか操作するアナログの制御ボックス)、鍵盤などの製作が紹介されていく。同時にパイプがどのような原理で音を出すか、ふいごで送られた風がどのようにパイプに引き入れられて音ができるかなど、製作過程を見ることによって、オルガンから音が出る仕組みが自然に理解できるようになっている。その上、現存する最古のオルガンまでが紹介され、オリジナルのオルガンの構造もあわせて紹介されていく。ここまでしっかり見ていくと、今まで(少なくとも僕にとって)まったくブラックボックスだったオルガンの仕組みがかなり理解できるようになる。またオルガン製作の技術だけでなく、納品や組み立ての様子、現場での音の調整(意外に大変な作業で、時間もかなりかかる)なども映像で紹介されていくため、オルガン全般についてかなりの知識を得ることができる。さながらオルガン大全といった趣である。
 また、この教会でのこけら落としの演奏の模様も流され、オルガンで鳥の声を再現する技なども出てくる。しかも(通常であれば絶対に目にすることができない)演奏時のパイプ部分の映像まで出てくる。オルガンの奥深さ、音の深遠さなどが味わえる90分のドキュメンタリーで、非常に質が高い番組と言える。そのためかわからないが、DVDも出ていて(『ST.MARY’S CATHEDRAL パイプオルガン誕生』)現在入手可能である。楽器に興味のある向きは、ぜひご覧戴きたいと思う。お奨め作品。
★★★☆

追記:
 現在、東京カテドラル教会では、月に1回、このオルガンの演奏を一般公開している(毎月第2金曜日)。『オルガンメディテーション』という約1時間の公演で、誰でも(信者でなくても)あのオルガンの演奏を堪能することができる。ただし、この『オルガンメディテーション』、基本はミサみたいなものであって、全員でキリスト礼賛の文句を唱和したり、賛美歌を歌ったりもする。もちろん最初と最後にバッハなどの曲が演奏されるので、参加してみればそれなりにオルガン演奏を楽しむことはできる。
 実は僕も先日行ってみたが、まったくキリスト教から縁遠い存在である僕のような人間からすると、かなり違和感のあるイベントであった。僕は「アーメン」などと唱和することも賛美歌を歌うこともしなかったが、場違いな印象は最後まで拭えず。もちろん周りの人からそのことを責められたりはしないが、そういう空気が平気であれば、リアルなオルガンの音を聴きに行くのもまた一興である。ただ僕はもう行かない。オルガンについては、今後は(ザ・シンフォニーホールやサントリーホールなどの)コンサートホールで聴いてみたいと思う。

参考:
竹林軒出張所『バイオリンの聖地クレモナへ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ピアノの詩人ショパンのミステリー(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-06-19 06:53 | ドキュメンタリー

『ハリウッド発 #MeToo』(ドキュメンタリー)

ハリウッド発 #MeToo
(2018年・英Entertain Me Productions)
NHK総合 ドキュランドへようこそ!

ヒッチコックとポランスキーもか……

b0189364_16085370.jpg 世界中に広がっていくセクハラ・スキャンダル。その発信源になったのはハリウッドである。ある女優が、ある大物プロデューサーに長年に渡ってセクハラを受けていたことを告発し、その後、同様の被害者がSNSで自分も被害者であることを告白するという具合にハリウッド全体に広がっていった(いわゆるMeToo運動)。
 この大物プロデューサーというのが、ハーヴェイ・ワインスタインという男。ミラマックス社を設立し、アカデミー賞も意のままになるとまで言われた、まさに「大物プロデューサー」。でもただ一つ「まっとうな普通のプロデューサー」と違っていたのは、この男がパワハラ、セクハラの常習だったということだ。そのため、被害を受けた女優は非常に多く、それでもこのプロデューサーに目の敵にされると女優業すら危ぶまれるということで、女優側としては簡単に拒否できないと来ている。ホテルに呼び出され、性的サービスを強要される女優もいたらしい。このドキュメンタリーでは、そのあたりのハリウッド製セクハラ・スキャンダルを詳細に紹介する。
 このワインスタイン、女性以外からも卑劣な男と見られていたらしく、尊大かつ傲慢、自己中心的だったという。脅迫まがいの行為もあったということで、結局、2018年の5月に(性的暴行のかどで)逮捕されたらしい。
 このドキュメンタリーでは、この男の非道がいろいろな関係者の口から語られ、さながら、これこそがハラスメントである!というハラスメントのデパートのようである。世間には、セクハラ告発を受ける男に同情するような論調も(一部の男どもの間に)あるが、少なくともこのワインスタインが同情に値するとはまったく思えない。こういったクソヤローは告発して、破滅させてやらないといけないとさえ思う。卑劣な男が権力を握ってしまったら、周りの人間はこのように大いに迷惑するという好例である。同様の問題を持つ日本のいろいろな組織も、早く同じようなウミを出し切るように。もっとも中には「ウミを出し切るべき」などと言っている人間がウミだったりするから始末に負えない。
 尚今回見たのは、NHK総合で最近放送が始まった『ドキュランドへようこそ!』という番組枠であった。この番組、これまでも『BS世界のドキュメンタリー』などで放送された作品をパッケージを変えて放送しているが、あまり良いものはなかった。食指が動いたのは今回が最初である。なおこのドキュメンタリー、『BS世界のドキュメンタリー』でも(2018年6月12日に)放送されたようだ。
★★★☆

追記:
 このドキュメンタリーでは、ヒッチコックやポランスキーについても、セクハラを行っていたと語られていた。ヒッチコックもクソヤローだったのか(ポランスキーのセクハラについては割合有名)。

参考:
竹林軒出張所『スクールセクハラ(本)』
竹林軒出張所『マーニー(映画)』

# by chikurinken | 2018-06-18 07:08 | ドキュメンタリー

『イヌイットの怒り』(ドキュメンタリー)

イヌイットの怒り
(2016年・加Angry Inuk Inc. / National Film Board of Canada)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

単なる価値観の押し付け……という
レベルではなさそうだ


b0189364_18281238.jpg アラスカの先住民、イヌイットのある民族は、アザラシを狩ってその肉を食べるという生活を永らく続けてきた。彼らは、狩ったアザラシの肉を隅から隅まで食べた後、その皮を加工し販売することによって、生計を立ててきた。それが彼らの伝統的な生活である。ところがアザラシの狩猟が制限されたり、「一般的な」職業に就くことが奨励されたりすることで、こういった伝統的な生活を送りづらくなり、これが彼らの貧困の原因になっている。しかも近年では、毛皮反対運動がヨーロッパを席巻し、それに伴って、動物愛護団体などから、アザラシの毛皮を売ることが罪悪であると告発されるようになった。要するにアザラシを捕獲するなという暗黙のメッセージである。EUがこのような告発を受け入れ、EU全体の方針として採用すれば、アザラシの毛皮を(最大の市場である)ヨーロッパに売ることができなくなり、金を得る手段がますます限られることになる。結果的にイヌイットの貧困はますます進んでいくことになる。現時点でこういう状況が存在するのである。
 一方的なものの見方によって他者の文化を否定し、結果的にその文化、生活を壊滅させていくという、このような所業は、数百年も前から繰り返し行われ、その結果多くの先住民族は、差別の対象になり貧困に陥ることを余儀なくされてきた。アイヌしかりアメリカ・インディアンしかりである。
 このドキュメンタリーの製作者は、元々この民族の出身であることから、一方的に告発される先住民側の意見を表明して、こういった現状を全世界に発信する必要性を感じた。つまり、ゴリ押しされる「正義」のカラクリを逆に告発するというのが、このドキュメンタリー製作の動機であり、実に純粋な正しいアプローチである。このドキュメンタリーの中でも、イヌイットの人々と製作者が、動物愛護団体と直接対話して、それぞれの主張をぶつけ合おうというスタンスで動物愛護団体にアプローチしようとするのだが、団体の方から拒否されるというような事実も明かされる。さらに、こういった団体の手口が巧妙で、どこか汚さを感じさせるような面も紹介される。最終的に、こういった動物愛護団体に、イヌイットの環境から利権を得ようとする企業が絡んでいる可能性なども指摘されていて、なかなか奥が深い(もちろん、これらすべては製作者側の視点である。団体側には別の言い分があるかも知れない)。
 マイノリティの立場に追い込まれ、偏った視点で一方的に非難される側から、マジョリティの側の不合理さを告発するという、きわめて正しい動機で作られたドキュメンタリーであり、個人的には、この作品ができる限り多くの人の目に触れ、彼らの主張に耳を傾ける人が増えることを望むものである。実際、このドキュメンタリーには非常に説得力があり、勝手な理屈を振り回すヨーロッパの「動物愛護団体」に対しては怒りを禁じ得なかった。捕鯨の問題とも共通点があると感じた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『クジラと生きる(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『イルカを食べちゃダメですか?(本)』
竹林軒出張所『あるダムの履歴書(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アマゾン 大豆が先住民を追いつめる(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-06-17 07:27 | ドキュメンタリー

『阿修羅のごとく パートⅡ』(1)〜(4)(ドラマ)

阿修羅のごとく パートⅡ (1)〜(4)(1980年・NHK)
演出:和田勉、富沢正幸
脚本:向田邦子
出演:八千草薫、加藤治子、風吹ジュン、露口茂、いしだあゆみ、佐分利信、荻野目慶子、菅原謙次、三條美紀、大路三千緒、宇崎竜童、萩尾みどり、深水三章

もはやほとんど連続ドラマである

b0189364_18214278.jpg 1979年にNHKで放送された『阿修羅のごとく』の続編。『阿修羅のごとく』は、あれはあれで完結していたので、続編が必要かとどうかは微妙なところではあるが、必要でなくても好評であれば作るのがドラマのあり方。というわけで、何だか連続ドラマみたいなノリで、パートⅡが作られた(ようだ)。
 いろいろな設定は前のところからそのまま踏襲されており、同じようなゴタゴタがパートⅡでも続く。違いと言えば四女(風吹ジュン)夫妻がにわか金持ちになっている点で、それが原因で三女(いしだあゆみ)との間でいろいろゴタゴタする。姉妹ってのはめんどくさいなと思わせるようなストーリー展開である。
 キャストは概ね一緒だが、次女(八千草薫)の夫と娘が変わっている。前回は夫は緒方拳だったが今回は露口茂で、そのために軽さが軽減し、雰囲気が大幅に変わった。ほとんど「ヤマさん」である。娘は、名前が出る前の若々しい荻野目慶子が演じていて、なかなか新鮮である。相変わらず宇崎竜童が好演だが、四姉妹の演技も非常に自然で、前作以上に魅力を増している。向田邦子らしい面白いセリフもあって、ドラマとしてこなれてきているような印象がする。このシリーズも第1シリーズ同様、まだまだ続きそうな勢いで、向田邦子、もしかしたらパートⅢも書くつもりでいたのか(『パートⅢ』はないようだ)。やはり音楽とタイトルバック、そしてタイトル自体が秀逸で、このドラマの独特の雰囲気を規定している。このあたりは前シリーズと同様であるが、今回は各回のタイトルもなかなか面白味があって良かった。そういうところも含め、やはり「こなれた」という印象が強い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『阿修羅のごとく(ドラマ)』
竹林軒出張所『阿修羅のごとく(映画)』
竹林軒出張所『胡桃の部屋 (1)〜(3)(ドラマ)』
竹林軒出張所『あ・うん (1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『思い出トランプ(ドラマ)』
竹林軒出張所『寺内貫太郎一家 (22)(ドラマ)』
竹林軒出張所『花の名前 向田邦子漫画館(本)』

# by chikurinken | 2018-06-15 07:21 | ドラマ

『終りに見た街』(1982年版)(ドラマ)

終りに見た街(1982年・テレビ朝日)
演出:田中利一
原作:山田太一
脚本:山田太一
出演:細川俊之、中村晃子、なべおさみ、菊地優子、山越正樹、酒井晴人、ハナ肇、樹木希林、蟹江敬三

「終りに見た夢」じゃなかったのか

b0189364_21054014.jpg 山田太一のファンタジー小説をドラマ化した作品。脚本も山田太一。
 この作品は、1982年にテレビ朝日で作られたものだが、リメイク版が2005年に同じ局で作られており、僕はかつてそちらで見た(竹林軒出張所『「早春スケッチブック」、「夕暮れて」など(ドラマ)』参照)。内容は、両方でほとんど同じという印象で、キャストや映像、道具立てが違っているくらいではないかと思う。キャストについても、当然それぞれで異なるが、どちらも同じようなキャラクターで一貫しており、このあたりは脚本家の意向がかなり働いていると見た。しかしこれだけ完璧に作り直すんだったら、あまりリメイクの意味はないんじゃないかなどと逆に考えたりする。もっともこの82年版『終りに見た街』の映像が残っているかどうかはわからないわけで、残っていないんだったら、こういう類のリメイクの意味あいは十分あることになる。しかし82年という時代を考えれば残っているような気がする。なんせ当時は家庭用ビデオデッキが流通していたんだから。今回見たのも、YouTubeにアップロードされていたもので、元々は家庭用デッキで録画されたもののようである。画質はかなり悪いが、現実にテレビ朝日が山田ドラマをDVDなどの形式で発売していないし放送もしないんだから、仕方がない。見れるだけありがたいというものである。
 先ほども言ったように、前に見たリメイク版とかなり似ているため、取り立てて違う感想はないのだが、しかし今回見てみた感じでは、前回見たときのような解釈で良いのか、少しわからなくなった。というのも、ラストシーンが、中間部(つまり戦時中のシーン)からそのまま継続して流れているため(主人公の髪型、格好などが共通している)、大どんでん返しオチではなくなる。そうすると、一種のパラレル・ワールドみたいな意味あいになるのか。2005年版でラストシーンがどうなっていたかあまり憶えていないのでなんだが、そのあたりがよくわからない。クエスチョンがいろいろと残る作品だった。個人的には、大どんでん返しオチにして「終りに見た街」ならぬ「終りに見た夢」にした方が絶対に面白いとは思うが。リメイク版を見たとき唯一最後のオチで救われたような作品だったのに、今回それが欠けていると感じたため、面白さも中位なり……という感じで終わってしまった。何より、疑問ばかりが頭の中に残って大層気分が悪い。
1982年度テレビ大賞優秀番組賞受賞
★★★

参考:
竹林軒出張所『「早春スケッチブック」、「夕暮れて」など(ドラマ)』
竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』

# by chikurinken | 2018-06-14 07:05 | ドラマ

『日本の異様な結婚式について』(ラジオドラマ)

NHK-FMふたりの部屋
『気分はだぼだぼソース』より
日本の異様な結婚式について (1)〜(10)
(1982年・NHK)
原作:椎名誠
脚本:津川泉
演出:大沼悠哉
出演:伊武雅刀、佐々木允、島津冴子

トモコ、しやーわせ。チクリンは?

b0189364_18454184.jpg 以前、このブログ(竹林軒出張所『さらば国分寺書店のオババ(ラジオドラマ)』を参照)で「『日本の異様な結婚式について』の方ももう一回聴いてみたいが、現状ではYouTubeにはない。」と書いたが、最近、このラジオドラマ版『日本の異様な結婚式について』がYouTubeにアップロードされた。この情報をくださったのはガッテムさんというお方で、なんでもラジオドラマ『さらば国分寺書店のオババ』をアップロードした人だということ。ブログで当方のことを知ったらしく、メール経由で『日本の異様な結婚式について』が出てるヨと教えてくれた。しかも第2話が欠けているという情報まで。さらに言えば、第2話を聴ける方法まで教えてくれた(音声はそちらの方がクリアだった)。何から何までありがたい。ブログをやっていて良かった、つくづく良かったと思う春の日の午後三時。この場を借りてあらためてお礼を申し上げます。本作をYouTubeにアップロードしてくれた「永遠製作所」という方にもお礼を。
 そういうわけで、あの『日本の異様な結婚式について』を35年ぶりに聴くことができたのだった。もちろんこれも原作はすでに読んでいて、原作自体は、『かつをぶしの時代なのだ(本)』のところで書いたようにあまり良い印象はなかった。だからと言って、このラジオドラマの価値が下がることはないのだ。元々、このラジオドラマが僕自身にとっての椎名誠の始まりだったのであるからして。
 さてこのドラマは、『気分はだぼだぼソース』の後半部、「日本の異様な結婚式について」を15分×10回で放送するというもので、出演は伊武雅刀、佐々木允、島津冴子の3人、脚本も津川泉ということでラジオドラマ版『さらば国分寺書店のオババ』とほとんど同じである。出演の女性役が島津冴子に変わったところが異なるが、この人、大変素晴らしい演技で、伊武雅刀の怪演と相まって、ドラマのデキは極上である。特に結婚当事者の男女、ヨシオとトモコが、「トモコ、しやーわせよ。ヨシオは?」、「ヨシオもしやーわせ。トモコは?」、「トモコもしやーわせよ。ヨシオは?」と続くこのくだりは最高である。尚その後、椎名誠役の伊武雅刀が「いいかげんにしろっ!」などと続けるのも良い。このあたりだけでも10回ぐらい聴きたい。
 何だか最近、「もいっかい聴きたい、見たい」と思っていたものが、インターネットのおかげか、結構聴いたり見たりできるようになってきて、思い残すことが少なくなってきた。もしかして僕自身の終わりが近いってことか? YouTubeには『快刀乱麻』第25話の音声版もアップロードされたようで、まだ聴いていないがこちらも楽しみである。
★★★★

参考:
YouTube『日本の異様な結婚式について1』
竹林軒出張所『さらば国分寺書店のオババ(ラジオドラマ)』
竹林軒出張所『かつをぶしの時代なのだ(本)』
竹林軒出張所『「快刀乱麻」を聴く』
竹林軒出張所『新十郎捕物帖 快刀乱麻 (25)(ドラマ:音声)』
竹林軒出張所『『おいしいコーヒーのいれ方Ⅰ』(ラジオドラマ)』

# by chikurinken | 2018-06-12 07:45 | ドラマ

こんにちは(牛の)赤ちゃん

 昔たまたま耳にした音楽がいつまでも忘れられないというようなことが、果たして誰にでもあるのか知らないが、僕にはある。
 35年ほど前(1982年前後)、何気なく聴いていたNHK-FMの夕方の番組。当時夕方4時から6時くらいの間に日替わりで洋楽を垂れ流す番組があった。今ネットで調べてみたら『軽音楽をあなたに』というタイトルであることがわかった(ネットって便利)。この『軽音楽をあなたに』で、ある日たまたま耳にしたのが「こんにちは赤ちゃん」! 「こんにちは赤ちゃん」の何が珍しいのかといぶかる向きもあるだろうが、この番組が洋楽を紹介する番組であることにご注意。つまり「こんにちは赤ちゃん」と言っても、梓みちよが歌っている「普通の」バージョンではなく、何とタンゴ・バージョン(と僕は思い込んでしまったのだが)で、「コン・ッニチワッ、アカチャン、ジャカジャッジャッジャジャジャ」という感じのメロディラインなのである(歌詞はない)。最初聴いたときは日本のバンドがお遊びでカバーしているようなものかと感じたが(当時はそういう類のカバー曲が結構あった)、どうも違うようで、もしかして本場のタンゴ・バンドがやっているのかと感じるようになった。本場のタンゴ・バンドであるならばなぜ「こんにちは赤ちゃん」なのか、どういういきさつがあったのか、そのあたりが気になってしようがない。ただ、その場では、何の情報もなく単にこの楽曲を聴いただけであり、何もわからずじまいのまま、心の中に疑問とインパクトだけが残って月日が過ぎたのだった。
 その後インターネット時代になり、さまざまな情報に簡単にアクセスできるようになって、今まで謎だったことがかなり明らかになったり、入手困難だったブツが手に入ったりしてきたりしたわけだが、この「タンゴ版こんにちは赤ちゃん」については、ネットで検索してもまったく見当たらない。どこかに出ていそうなものだがといぶかしく思っていたが、先日ふと、これが「タンゴ」ではないのではないかと思い当たった。そう言えばかつては「ラテン」などという分野の音楽があったなぁなどと突然気が付いて、今度は「ラテン こんにちは赤ちゃん」で検索したところ、まさにビンゴ! とうとう真相解明に至った。
 この検索の結果出会ったホームページというのは、『高橋芳朗 エドムンド・ロス楽曲特集』というサイト(ラジオの放送を再録したものらしい)で、ラテン版の「こんにちは赤ちゃん」を演奏したバンドは「エドムンド・ロス楽団」である、ということが判明した(おそらく間違いあるまい)。
b0189364_23194558.jpg ちなみに「こんにちは赤ちゃん」が収録されているアルバムは、このサイトによると『Ros In Japan』という作品で、このアルバムを探してみたところ、現在CD版が出ていることがわかった。ただしすでに品切れ状態で、Amazonの中古CDには5000円の値が付いている。当然こんな不当な価格のものに飛びつくわけもなく、他のサイトを巡ったところ、タワーレコードで新品が販売されていることになっているが、どうもこちらはサイト上にデータが残っているだけでブツはなさそうである。注文してみたがいつまでも届かないので、結局キャンセルした(タワーレコードではよくあるパターン)。その後、Amazonで1500円程度で中古盤が出てきたので、すぐに買った。アメリカからの発送ということで多少不安はあったが、結局無事に届き、ついに「ラテン版こんにちは赤ちゃん」を聴くことができたのだった。
 なおこの「ラテン版こんにちは赤ちゃん」は、やはりタンゴではなく「Paso Doble(パソドブレ)」風に編曲したもので、パソドブレってのは、よく知らなかったが闘牛をイメージしたダンス音楽ということで、たしかに冒頭は闘牛を思わせるようなイントロになっている(ジャッジャカジャーン、ジャジャジャジャッジャカジャーンというような勇ましいメロディ)。それが途中から転調して「こんにちは赤ちゃん」のメロディラインが始まる。なかなか楽しい趣向の音楽で、当時の僕を魅了したのも納得がいく。なおこのCDには、『Ros In Japan』の他に、70年の大阪万博を多分に意識した『世界の国からこんにちは』というアルバムも収録されている(つまり2 in 1のCDである)。
b0189364_23195022.jpg 先ほどのサイトによると、エドムンド・ロス自体が親日家だったということで、その他にも日本の軍歌をアレンジしたアルバムもあるが、こちらは未CD化である(これも先ほどのサイトの情報)。内容を考えるとおそらくCD化されることはないだろうが、幸いなことにYouTubeに全曲アップされているため、そちらで聴くことができる。軍歌らしく大変勇ましいが、ラテン風の味付けが楽しく、こちらもかなり面白い(軍歌ったって、そもそも詞がなけりゃただの行進曲に過ぎない)。僕は今まで知らなかったが、かつて甲子園の応援でよく使われていたメロディが入っていたり(「敵は幾万」)、僕が通っていた小学校の運動会の応援歌が実は軍歌(「歩兵の本領」)だったりと、いろいろと新しい発見があった。僕が子どもの頃は、親が戦中世代であり、時代的にまだ軍歌が生活の中に残っていて(戦中世代にとって軍歌は懐メロの類だったようだ)、それでこういった教育現場にも普通に入っていたんだろうと推測される。こういうことに過剰に反応する今の時代だと考えられないが、音楽についてはもう少し大らかに接しても良いのではないかと思う。ちなみに僕は、このオリジナルの楽曲を聴いてみたくて、図書館で軍歌関連のCDをいろいろと借りてみたが,いつもは優しい図書館員の方の顔が、これを借りるとき少々険しい顔になったような印象を受けたが、思い過ごしか。「僕は決して右翼な人間ではないのですよ」と心の中で呟いたが、当然届かないのである。
 軍歌のCDで聴いてみた軍歌自体は、あらためて聴いてみると、ことごとく七五調で単純な四拍子、詞の内容もやたら大言壮語で、ほとんど見るべき部分はない。ただ「敵は幾万」と「歩兵の本領」は、かつてよく耳にしていたこともあり懐かしさを感じるのである。こういう(軍歌に対する)懐かしさというのは、おそらく僕の子ども時代の大人たちと同じ感覚なんではないかと思ったりする。

参考:
『高橋芳朗 エドムンド・ロス楽曲特集』
竹林軒『少年画報からサライへ --空想的懐古主義--』

# by chikurinken | 2018-06-10 07:19 | 音楽

『真珠の耳飾りの少女』(映画)

真珠の耳飾りの少女(2003年・英・ルクセンブルク)
監督:ピーター・ウェーバー
原作:トレイシー・シュヴァリエ
脚本:オリヴィア・ヘトリード
撮影:エドゥアルド・セラ
美術:ベン・ヴァン・オズ
衣装デザイン:ディーン・ヴァン・ストラーレン
出演:スカーレット・ヨハンソン、コリン・ファース、トム・ウィルキンソン、キリアン・マーフィ、エシー・デイヴィス

フェルメールの詩的要素が再現された
スナップショットのような映画


b0189364_22152672.jpg フェルメールの肖像画『真珠の耳飾りの少女』がどういういきさつで描かれたかという、それだけのストーリーの映画。今回久々に見た。二度目である。
 原作は短編か中編の小説ではないかと思う。ストーリーについてはドラマチックな要素はあまりなく、フェルメール家の騒動や、そこに女中として仕える主人公のグリートが受けるセクハラやパワハラがドラマの盛り上がりの部分で、ほとんどは写実的な表現に終始する。ただし写実的であっても表現方法によっては詩が生まれる(竹林軒出張所『お葬式(映画)』を参照)。この映画は、まさに全編を通じて詩であり、フェルメールの絵画のような静けさをたたえた映像が随所に登場する。また有名絵画に似せたような映像も随時登場し、ちょっとしたパロディなのかも知れないが、こういった映像にも美しさが漂う。17世紀オランダの風俗も見事に再現されており、まさにフェルメールの世界に飛び込んだようなそういう映画である。
 このように僕は撮影、美術、衣装デザインを特に高く買っているが、ただいわゆる「美術」にあまり興味がない人にとって、この映画が面白いのかどうかは少々疑問ではある。とは言え、映像の美しさは、「美術」的な要素を超えて存在するのは事実であるため、そちらが堪能できれば十分楽しめるのではないかと思う。
 これまで美術関係の映画は数々見てきたが、この作品は最高レベルの1本と言える。同じように映像面で感心した美術映画といえば、印象派の絵画を再現したかのような『田舎の日曜日』があるが、この作品などはモネとルノワールを足して二で割ったような画家が主人公だったため、印象派的な絵作りにしたことは、この『真珠の耳飾りの少女』と同様、きわめて筋が通っていると言える。この映画のスタッフも、あるいはあの映画から感化を受けて同じようなアプローチを目指したのかも知れない。
2003年LA批評家協会賞撮影賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ロスト・イン・トランスレーション(映画)』
竹林軒出張所『ブーリン家の姉妹(映画)』
竹林軒出張所『フェルメール盗難事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『レンブラント 描かれた人生(映画)』
竹林軒出張所『レンブラントの夜警(映画)』

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 以下、以前のブログで紹介した『真珠の耳飾りの少女』のレビュー記事。やはり同じようなことを書いている。

(2006年3月27日の記事より)
真珠の耳飾りの少女(2003年・英ルクセンブルグ)
監督:ピーター・ウェーバー
原作:トレイシー・シュヴァリエ
撮影:エドゥアルド・セラ
出演:スカーレット・ヨハンソン、コリン・ファース、トム・ウィルキンソン、キリアン・マーフィ、エシー・デイヴィス

 オランダの画家、ヤン・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」を題材にしたトレイシー・シュヴァリエの原作の映画化。だが、原作ものを単に映像化したというレベルではなく、作り手がフェルメールの絵画に直に接近しているのがよくわかる。
 この映画の一番の魅力はやはり映像である。フェルメールの世界を映像でことごとく再現しており、フェルメール好きの人ならばあちこちでニンマリしてしまうだろう。構図やインテリアだけでなく(これだけでもなかなかなんだが)、光の具合も再現されている。特に驚くのは、フェルメールの絵のタッチ(マチエールというのかな)まで似ているということ。どうやって再現しているのかわからないが、輪郭を少しぼかして若干ハレーションを起こさせるような撮り方をしているが、これがフェルメールのタッチによく似ている。全編でこういう効果を出しているわけではなく、フェルメールの絵に似た構図の箇所でのみやっているので意図的なものだと思うが、正直これはすごい! 掃除のシーンでさえも、フェルメール絵画の再現になっている。また、バルビゾン派のフェルメール風とか、横長の印象派(浮世絵)構図のフェルメール風というようなものも出てきて、なかなか面白い。
 もちろん映像だけでなく、ドラマとしても人間の機微が描かれていて、スリリングな展開もあり、まったく最後まで飽きることがない。でもやっぱり、西洋美術好きにはたまらん映画だろうなと思う。
 余談だが、この映画に登場するフェルメールの奥方が、同じオランダのヤン・ファン・エイクの絵(「アルノルフィニ夫妻の肖像」)に出てくる人物によく似ており、こういうのも意図的だったんだろうかと気になった。
★★★★

# by chikurinken | 2018-06-08 07:15 | 映画

『ポセイドン・アドベンチャー』(映画)

ポセイドン・アドベンチャー(1972年・米)
監督:ロナルド・ニーム
原作:ポール・ギャリコ
脚本:スターリング・シリファント、ウェンデル・メイズ
撮影:ハロルド・E・スタイン
特撮:L・B・アボット
出演:ジーン・ハックマン、アーネスト・ボーグナイン、レッド・バトンズ、キャロル・リンレー

パニック映画の元祖
二番煎じがたくさん出たが
これを超えたものはない


b0189364_22063353.jpg 70年代にパニック映画がやたら流行ったが、その元祖とも言えるのがこの映画。豪華客船が津波に遭って転覆し、沈没する船の中に閉じ込められた乗客たちが何とか脱出しようとするというストーリー。
 僕自身は、子どもの頃映画館で予告編を見たのが最初で、特に転覆したときの船内の映像がものすごく、大変衝撃を受けた。その後、『月曜ロードショー』でノーカット版が放送されたときに見て、今回はそれ以来、つまり45年ぶりということになる。月日の流れは速いもんだ。
 この映画、基本的には脱出過程が目玉ではあるが、人間同士のぶつかり合いや希望、絶望などもうまく描かれているため、非常に見応えがある。最後まで目が離せなくなる類の映画である。なんと言ってもセットが非常によくできていて、あらゆるシーンがものすごいリアリティで迫ってくる。「作り物」という感じが一切ない。
 ジーン・ハックマンが、いかにもアメリカンな一癖ある牧師を演じていて、これが強烈。敵対する元刑事のアーネスト・ボーグナインとのぶつかり合いも素晴らしく、一番の見所である。あまり有名な俳優は出ていないが、どのキャストもよくはまっていて好演である。
 この映画、2006年にリメイクされたが(『ポセイドン』)、こちらは第27回ゴールデンラズベリー賞の最低リメイク賞にノミネートされている。どうしてこんなよくできた映画をわざわざリメイクしようとしたかわからないが、そういうリメイクの話は日本でもまあ良くある話である(竹林軒出張所『リメイクもういらん党宣言』を参照)。ただアメリカには「最低リメイク賞」などといった遊び心に溢れた賞があり、そういう点がいかにもアメリカで、なかなか奮っていると思う。日本の映画界もその精神をまねて、つまらないリメイクはやらないようにしてほしいものである。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『俺たちに明日はない(映画)』
竹林軒出張所『リメイクもういらん党宣言』

# by chikurinken | 2018-06-06 07:06 | 映画

『泥棒成金』(映画)

泥棒成金(1955年・米)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作:デヴィッド・ダッジ
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
出演:ケーリー・グラント、グレース・ケリー、シャルル・ヴァネル、ブリジット・オーベール、ジェシー・ロイス・ランディス

楽しく時を過ごせる映画

b0189364_18380087.jpg ヒッチコック作品。以前見たことがあると思っていたが、結局、見たことがあるのかないのかよくわからなかった。『おしゃれ泥棒』や『シャレード』なんかとストーリーが重なっていて、よく憶えていないのだ。今回見た分についても、なんだかすぐに忘れそうな気がする。
 ハリウッド映画らしくハラハラドキドキの展開で、内容もしゃれていて面白いが、字幕のせいか一部内容についていけなかったため、最後は結構モヤモヤして終わってしまった。引退したかつての大泥棒(ケーリー・グラント)が、新たな泥棒事件の嫌疑をかけられ、それを晴らすためにあれやこれややっていくというストーリー。その過程で出会う美女がグレース・ケリーで、いかにもハリウッド映画な展開……と言えば言い過ぎか。
 とは言え、やはり随所にキラリと光るヒッチコック演出が散りばめられていて、非常に感心することしきり。そもそも冒頭部分からして奮っている。タイトルバックに出てくる旅行代理店のショット、ウィンドウ内にあるフランス旅行の宣伝文句のアップ(「France」と出てくる)、そこから急にフランスの保養地に一挙に飛んで、次に(その保養地の)ホテルでの泥棒のシーンと短いショットで繋がっていく。しかも泥棒のシーンには屋根を歩く黒猫が象徴的に使われていたりしておしゃれである(ちなみに主人公の元大泥棒は「猫」と呼ばれていた)。また、あちこちに出てくるユーモアもヒッチコックらしい。ただストーリーが少々できすぎで、途中から概ね筋書きも見えてくるし、そういう点がちょっとマイナス。
 ケーリー・グラントもグレース・ケリーもヒッチコック映画では常連(それぞれ4本、3本に出演)で、まったく違和感なく、ヒッチコックの世界を形作っている。美しい男女が出て活躍するというのもハリウッド映画の常道で、この映画もご多分に漏れない。やはりこの映画、あまりいろいろ考えたくないときなんかに見るのが適している。楽しく時を過ごしたいような場合に最適な娯楽作品と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『巨匠たちの肖像 ヒッチコック(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『レベッカ(映画)』
竹林軒出張所『サイコ(映画)』
竹林軒出張所『知りすぎていた男(映画)』
竹林軒出張所『マーニー(映画)』
竹林軒出張所『ロープ(映画)』
竹林軒出張所『めまい(映画)』
竹林軒出張所『シャレード(映画)』

# by chikurinken | 2018-06-04 07:37 | 映画

『ジュリアス・シーザー』(映画)

ジュリアス・シーザー(1953年・米)
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
原作:ウィリアム・シェイクスピア
脚本:ジョセフ・L・マンキウィッツ
出演:ルイス・カルハーン、ジェームズ・メイソン、マーロン・ブランド、ジョン・ギールグッド、デボラ・カー、グリア・ガーソン

演劇的な、余りに演劇的な

b0189364_16453842.jpg シェークスピアの同名タイトルの戯曲を映画化したもの。監督は『イヴの総て』、『クレオパトラ』のマンキウィッツ。ブルータス(ブルトゥス)を演じるのが、『ロリータ』のジェームズ・メイソン、アントニー(アントニウス)は『ゴッドファーザー』、『革命児サパタ』のマーロン・ブランドが演じる。
 元々が舞台劇であるため、全体に芝居がかった演出である。ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)の独裁政治を危惧した元老院議員たちが、シーザーの暗殺をもくろみ、やがて議場で決行する。この中にシーザーの腹心であるブルータスもいて、「ブルータス、お前もか」というシーザーの有名なセリフが発せられることになる。その後親シーザー派のアントニー、オクタヴィアヌスらと反シーザー派との間で決戦(フィリッピの戦い)が行われるという運びになる。通常の映画であれば、このフィリッピの戦いあたりが目玉になりそうだが、舞台劇の映画であるため、派手な戦闘シーンは、まったくないわけではないが、少ない。ほとんどは、大がかりで劇的なセリフですべてが表現される。
 そのため演劇の延長として見ればそれなりに楽しめるが、この手の映画の常で、通常の映画の概念からは少々外れている。ただセリフなどは、シェークスピア風でなかなか詩的である。シェークスピア劇を見た気分になる分には良い素材ではないかと思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『クレオパトラ(映画)』
竹林軒出張所『スパルタカス(映画)』
竹林軒出張所『ハムレット(映画)』
竹林軒出張所『もうひとりのシェイクスピア(映画)』
竹林軒出張所『蜘蛛巣城(映画)』
竹林軒出張所『ロリータ(映画)』
竹林軒出張所『革命児サパタ(映画)』

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 以下、以前のブログで紹介したマンキウィッツ監督作品のレビュー記事。

(2005年10月31日の記事より)
イヴの総て(1950年・米)
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
脚本:ジョセフ・L・マンキウィッツ
出演:ベティ・デイヴィス、アン・バクスター、ジョージ・サンダース、ゲイリー・メリル、マリリン・モンロー、ヒュー・マーロウ

b0189364_16454404.jpg 芸能(演劇)界のおどろおどろしい実態を描いたドラマ。
 去年か一昨年くらいに1回見ているようだが、見たこと自体をまったく憶えておらず(こういうのは初めてだ)、見ている途中でそのことに気がついた。なかなか良くできた映画だが、見終わった後は少し不快感が残る。題材が題材だけにしようがないが。
 有名な演劇の賞で女優賞を受賞したイヴ(アン・バクスター)の授賞シーンから始まる。アカデミー賞の授賞式でおなじみの、例のスピーチが始まる。「私を見出してくれた○○さん、すばらしい脚本を提供してくれた○○さん、陰で支えてくれた○○さん、感謝の言葉もありません」ってヤツ。実際に、アカデミー賞の授賞式を見ていたりすると、外部の人間から見ていてもかなり空々しく感じるものだが、この映画で描かれているのはこの言葉の裏の世界。空々しさもひとしおである。
 この映画は、アカデミー賞6部門受賞しているので、実際の授賞式でもこういったスピーチが行われたはずだが、どうだったのだろうか。今度調べてみよう。残念ながら主演女優賞と助演女優賞は獲得していない。アン・バクスターに賞を与えて、実際の授賞式でスピーチさせるという発想は審査員にはなかったようだ(なんでも、ベティ・デイヴィスとアン・バクスターのどっちを主演にするかでもめたためらしい。このあたりも映画のテーマと重なっておもしろい)。
 マリリン・モンローが端役で出ていて、なかなか存在感を示している。この映画を通じて「イヴ」になったというオチまで付いた。
★★★☆

# by chikurinken | 2018-06-02 07:45 | 映画

『古都』(映画)

古都(1980年・ホリプロ映画)
監督:市川崑
原作:川端康成
脚本:日高真也、市川崑
撮影:長谷川清
出演:山口百恵、實川延若、岸恵子、三浦友和、北詰友樹、沖雅也、石田信之、泉じゅん

ジャパネスクが空回り

b0189364_18420528.jpg 川端康成の小説『古都』の3度目の映画化作品。主演は山口百恵であるが、監督が市川崑であることだし、単なるアイドル映画ではあるまいと思って見たんだが、実際のところは、山口百恵以外あまり見るところはなかった。てことは、やっぱり単なるアイドル映画だったのか。
 京都が舞台で、多分にジャパネスクを前面に押し出した映画ではあるが、そういう点で感じるところはあまりない。そのあたりは3年後に同じ市川崑が撮った『細雪』と大違い。確かに味のある映像もあるんだが、なんだか少々空回りしているようなところがある。それに主人公の京言葉が変で、気持ち悪い。舞妓さんじゃないんだから「どす」の投げ売りはやめていただきたい。あるいは原作のセリフ回しかも知れないが、外部から見た(誤った)京都のイメージを体現したようで、ものすごく違和感がある。
 ストーリーについても、川端はこの小説で一体何が言いたかったのかと思うようなもので、あまり面白味がない。幼い頃捨てられた主人公が、商家でお嬢様として育てられ、そのまま(捨てられずに育てられた)双子の妹の方が苦労して貧しい生活を送っていたという、逆説的な設定がもしかしたら面白い部分なのかも知れないが、この映画からは面白味を感じないのだな、これが。
 映画については、原作にあるのか知らんが、双子の姉妹の間に同性愛的な表現があったりして、目を留めるような箇所もある。ただしこの双子は山口百恵の二役であるため、同性愛というよりナルシシズムということになるのか。なんだか摩訶不思議な感じがする。
 キャストについては、父母役の實川延若と岸恵子がなかなか好演。山口百恵も例によって存在感がある。本来の相手役であると思われる三浦友和は、これもなんだかはっきりしない、印象の薄い役。登場人物の整理が付いていないような印象さえ受けた。キャストで目を引いたのはロマンポルノで売れていた泉じゅんで、主人公の友人役で出ていた。こういう一般映画で見るのは初めてだったので少し驚きである。と思っていたんだが、調べてみると実は『それから』や『そろばんずく』にも出ていたので、きっと目にしていたはずなのである。まったく記憶が飛んでいた。なお、この泉じゅん、この映画の後、にっかつロマンポルノの『百恵の唇 愛獣』という映画に出ている。当時のにっかつ映画、「百恵」とか「聖子」とかタイトルによく使われていたが、しかし友人役として出てた泉じゅん、山口百恵に対して申し訳ないという感覚はなかったのだろうか。
★★★

参考:
竹林軒出張所『春琴抄(映画)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『吾輩は猫である(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『破戒(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『おとうと(映画)』
竹林軒出張所『太平洋ひとりぼっち(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『野火(映画)』
竹林軒出張所『プーサン(映画)』
竹林軒出張所『幸福(映画)』

# by chikurinken | 2018-05-31 07:41 | 映画

『フランケンシュタイン対地底怪獣』(映画)

フランケンシュタイン対地底怪獣(1965年・東宝)
監督:本多猪四郎
脚本:馬淵薫
音楽:伊福部昭
ストーリー:ジェリー・ソウル
特技監督:円谷英二
出演:ニック・アダムス、高島忠夫、水野久美、ピーター・マン、土屋嘉男

子供だましにもなりゃしない

b0189364_22434470.jpg 「フランケンシュタイン対地底怪獣」というタイトルからもかなり怪しげであるが、内容も怪しげ……というかかなりいい加減な代物である。作りが雑で、ストーリーも行き当たりばったり。小学生が書いたストーリーか?と思わせるようなひどいシナリオである。
 ナチスが極秘に開発していた人造人間が戦時中日本の研究者に引き継がれたことから、日本の国内にその細胞が存在しており、その細胞がちょうど広島の原爆投下により大量の放射線を浴びたというのがストーリーの背景になる。この細胞が戦後、何らかの過程を経て(放射線の影響か知らないが)見るからに普通の浮浪少年になり(この間15年)、その後なぜか(不審者だからか)拘留され、数カ月だか数年だかわからないが(徐々に)巨大化して体長20メートルになってしまう。ご都合主義も甚だしいプロットである。この間、このフランケンシュタインと比較的良好な関係を築くのが放射線障害の女性研究者(水野久美)で、このあたりは『キングコング』のモチーフになる。一方で、この女性研究者の同僚の米人研究者(ニック・アダムス)が当たり前のように彼女と濃厚に接するのが、見ていて非常に居心地が悪い。アパートに呼んで接待したりして,さながら愛人であるかのようなベタベタした付き合い方だが、映画における両者の関係はあくまで同僚であり、最後までお互いに敬語で話し続ける。おそろしくアンバランスな関係が展開される。また、主人公(?)のフランケンシュタイン少年(姿形はどう見ても普通の人間)に対して、当たり前のように危険だから殺せだの、研究のために細胞だけは残してほしいだのきわめて差別的な扱いが、21世紀の今となっては相当な違和感を覚える。ともかくあちこちで演出に破綻があり、見ていると痛ましい感じさえしてくる。
 そこになぜか唐突に地底怪獣が現れ、最後はこの巨大化したフランケンシュタイン少年と対決するというわけのわからない展開になるが、この地底怪獣の部分は本当に必要なのか、フランケンシュタインだけに絞って話を展開させた方がまだマシだったんじゃないのかと感じることしきり。どうしてこういうストーリーにしたのかがさっぱりわからない。つまり発想が幼児的でご都合主義的なのである。子ども向けだからこんなもんで良いだろうと思ったのかも知れないが、子どもでも納得しないんじゃないかと思う。もっともAmazonのレビューを見ると、子ども時代にこの映画を見たという人々が高い評価をしていたんで、子供だましにはなったのかも知れぬ。
 子供だましといえば、特撮シーンもいかにも作り物的で、全然迫力を感じない。地底怪獣(バラゴン)の着ぐるみも非常にチャチ。怪獣が唐突に口から光線を吐いたりするのは子ども受けしそうなギミックだが、この怪獣、宇宙怪獣ってんならいざしらず、恐竜の生き残りという設定なのにおかしいだろと思うのは僕が汚れた大人だからか。しかも、光線を浴びせられたものは、周囲のものについては爆発したり炎上したりするのに、フランケンシュタインに浴びせられた場合は何事もなかったようにスルーされる。あちこち矛盾だらけである。フランケンシュタインの容貌もそれほど異様ではなく、似たような顔の日本人が普通に存在するというようなものである(せめて『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』のサンダやガイラぐらいになっていればまだ良かった)。そのため地底怪獣との格闘シーンも、いかにも「人間 vs 着ぐるみ」みたいに映ってしまう。いくら周りのセットを1/20サイズにしても(実際のところ何分の一かはわからないが)やはりミニチュアにしか見えない。
 キャストは割合豪華で、中村伸郎、志村喬、藤田進などがチョイ役で出たりする。黒澤映画を彷彿とさせるような(無駄な)俳優の使い方だが、黒澤の盟友、本多猪四郎が監督だからか。その割に主役を張っている方の俳優がちょっと冴えないのも、また実にバランスが悪い。
 僕が今回この映画を見たのは『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』との繋がりによる。前にも書いたが、あの映画で、当然のように「フランケンシュタイン研究者」が登場したりして、どうにも前提になっている環境が存在しているように感じたため、その前に作られたフランケンシュタイン映画である本作を見てみたというわけだ。確かにこの映画の後であれば、「フランケンシュタイン研究者」がいてもそれほど違和感はないなと思う。とは言っても、だから何だという感触もある。この映画はあまりにもどうでも良い作品になっていて、個人的には消えてもらってもかまわない類の代物である。HDリマスターしたなどという話を聞くと、本当にそんな必要があったのか疑問に感じる。ともかく見終わるのが非常に苦痛な映画だった(なんでもこの映画「日米合作」ということである。とんだ日米合作だ)。


参考:
竹林軒出張所『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ(映画)』
竹林軒出張所『イノさんのトランク(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『マタンゴ(映画)』
竹林軒出張所『音で怪獣を描いた男 ゴジラVS伊福部昭(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-05-29 07:43 | 映画