浮草(1059年・大映)
監督:小津安二郎
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:宮川一夫
美術:下河原友雄
音楽:斎藤高順
出演:中村鴈治郎、京マチ子、若尾文子、川口浩、杉村春子、野添ひとみ、笠智衆、三井弘次、田中春男、入江洋吉、高橋とよ、桜むつ子、賀原夏子、島津雅彦
映像美が光る小津映画 小津安二郎が大映で撮った唯一の映画。大映で撮ったことから、撮影監督として大映所属の宮川一夫が加わることになった。ドキュメンタリー番組、
『キャメラマンMIYAGAWAの奇跡』で紹介されていたように、(通常の小津映画ではあり得ないような)俯瞰のカットが冒頭部分に1箇所あったが、まったく違和感はなく、カットは全編小津映画風という印象である。ユーモラスなカットもあって(最初の灯台と一升瓶のカットも笑える)、撮影についてはグレードが高いと感じる。
ストーリーは、旅役者の嵐駒十郎(中村鴈治郎)の一座が、とある港町に巡業に来るというところから始まる。ただしこの港町、嵐駒十郎の内縁の元妻(杉村春子)が息子(川口浩)と一緒に住んでいるという土地で、駒十郎にとっては特別な場所である。駒十郎自身は現在一座で役者をしている愛人(京マチ子)がおり、その愛人が元妻に嫉妬を感じて、いろいろと小さな事件が起こるという、そういう話である。
映像は、港町……というより漁村というイメージだが、その風景をよく捉えており、非常に美しい。(うちの親戚が漁村にあって、小さい頃ときどき通っていたこともあり)懐かしさも感じる。全編乾いたユーモアが漂っていてそれが心地良かったんだが、最後の方で非常に湿っぽくなって、それが僕としては少々納得がいかない。女優(この映画では若尾文子)が両手で顔を覆って泣くというシーンは、他の小津作品(『東京物語』や『晩春』)でも見受けられ、おそらくこういう演出は監督の好みなんだろうと思うが、この映画については、こういうシーンは省いてドライな感じで終わった方が良いんじゃないかと僕自身は考えてしまう。
小津映画には出ない大映俳優、京マチ子、若尾文子、川口浩がどれも非常な好演で、そのあたりは、さすがに小津映画と感じさせられる。彼らにとっても小津映画に出演したことは一生の財産であったろうと思う。中村鴈治郎は、
『小早川家の秋』でも主演しているが、存在感は抜群。しかも今回は歌舞伎役者を演じるわけで、楽屋落ちみたいな設定である。ただし鴈治郎が舞台で演じるシーンは1つも出てこない。契約の問題なんかがあったんだろうかと勘ぐってしまうが、途中楽屋のシーンで出てきた歌舞伎のメイクはさすがとうならされるような立派なものだった。また他の小津映画の常連、高橋とよや三井弘次も登場。三井弘次は、この映画のオリジナル版の
『浮草物語』で主演クラスの役(座長の息子の若者)を演じていたらしく、この映画で演じていたヤクザ野郎と立場が大違いで驚きである。また、
『お早よう』の子役も同じく子役で出ている(島津雅彦)。
小津映画らしく細部まで目が行き届いた立派な映画で、やはりなんと言ってもこの映画、映像の美しさが特に目を引く。見ていて心地よさを感じるほどで、それだけに最後の方の湿っぽいシーンが余計引っかかるのである。なお今回この映画を見たのは(おそらく)4回目だが、毎度ながら何かしら新しく感じるところがあるのはさすがである。中でも土砂降りのシーンは特筆もので、この映画の目玉と言えるシーンではないかと思う。
★★★★参考:
竹林軒出張所『キャメラマンMIYAGAWAの奇跡(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『彼岸花(映画)』竹林軒出張所『お早よう(映画)』竹林軒出張所『秋日和(映画)』竹林軒出張所『秋刀魚の味(映画)』竹林軒出張所『麥秋(映画)』竹林軒出張所『デジタル・リマスターでよみがえった「東京物語」』竹林軒出張所『小津安二郎・没後50年 隠された視線(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『絢爛たる影絵 小津安二郎(本)』竹林軒出張所『青春放課後(ドラマ)』--------------------------
以下、以前のブログで紹介した『浮草』のレビュー記事。
(2005年10月21日の記事より)
浮草(1959年・大映)
監督:小津安二郎
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:宮川一夫
出演:中村雁治郎、京マチ子、若尾文子、川口浩、杉村春子、野添ひとみ、笠智衆、高橋トヨ
松竹の監督、小津安二郎が大映で撮った異色の映画。見るのはこれで三度目だ。実は1934年に自身で撮った『浮草物語』のリメイクである。だが、できは断然こちらの方がよい(と思う)。
なにしろ、役者陣が素晴らしい。それに宮川一夫のカメラワーク! 常に小津とコンビを組んでいる厚田雄春ではないので、いつもと違う雰囲気も若干あるかも知れない。そのためかキネマ旬報のベストテンでは、『浮草物語』が1位であったにもかかわらず、こちらは10位以内にも入っていない。しかし、この映画が、小津安二郎の最高傑作の1つであることは疑いのないところだ。
構図も非常におもしろい。最初のありきたりの数カットでさりげなくウィットを見せるあたり、なかなかうならせる(同時に笑えるが)。
他の小津映画にまず出ることがない大映の俳優陣、京マチ子、若尾文子、川口浩も新鮮だ。この時代の有名監督は、どうしてこうも役者を美しく撮れるのか不思議なくらいだ。豊田四郎の『甘い汗』を見たとき、京マチ子と佐田啓二が並んで歩く後ろ姿にほれぼれとしたが、そういう立ち居の美しさは、この映画でもさりげなく表現されている。
映像については、他の小津映画以上に感性的な映像表現が多いように思う。押しつけがましさがなく心地良い。
雨のシーンは大変インパクトがあり、最初に見たときから忘れることができない。忘れられない台詞も結構ある。シナリオも洗練を極めている。心地良さが後々まで残る、何度も見たい映画である。
★★★★☆