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竹林軒出張所

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ユキヒョウを入るる記

b0189364_10151456.jpg Appleが新しく出したSnow Leopard(MacOS X 10.6)を買い求めたので、早速Mac-miniに入れてみた。このMac-miniは、仕事に使うヤツではなく、もっぱら仕事中音楽を聴くのに使っているので、問題があってもダイジョブ、ダイジョブ〜なのである。それにしっかりバックアップも取っていることだし、試しにインストールしてみる環境としてはベストである。
 前回のLeopardを入れたときもそうだが、使えなくなるソフトが確実に出てくるはずだ。頻繁に使っているようなソフトだとこれが非常に困る。そういうわけで、試しインストールということに相成ったわけだ。だったら新しく入れなきゃいいじゃねーかという声が聞こえてきそうだが、今回のOS、チューンアップに力が入っているらしく、外見上の大きな変化はないが、処理速度が向上し、しかもディスク空き容量も増えるという。ディスク空き容量が残り少なくなってきている現状では、まさに渡りに船ではないか。Mac-miniのディスク交換といったらそりゃ面倒で、もうハンパねぇ〜作業だ。そんなわけで今回は、この「ディスク空き容量が増える」という話に食いついたというわけだ。ちなみに価格は3000円程度で、CD1枚分程度。
 で、Mac-miniにインストールしてみた。作業は1時間程度で、前回と違ってすんなり行った。起動してみると、やはり空きディスク容量が4GB増えていた。看板に偽りなしである。処理速度も速くなっている。前のようなもたつき感がなく、操作が小気味良い。
 聞くところによると、Snow Leopardが対応していないソフト(特に常駐ソフト)は、最初の起動時に自動的に外されるそうで、そのあたりも気が利いていてよろしい。意外だったのが、LiteSwitchという、システム環境設定のソフトが普通に動作していることだ。Leopardのアップグレードのときはこれが動作せず、しかも新しいバージョンがなかなか出ずで不自由な思いが続いた(アプリケーションの切り替えをOption-Tabでやるという操作が手に馴染んでしまっているのでこれができないと大変不便)。これについてはあまり期待していなかったので、動かなければこの際捨ててしまおうかと思っていたのだ。よかったよかった。
 今のところ、ダメだったソフトはあまり多くなく、動かなくてもアップグレードで対応できるものが多かった。困ったのはOOOkTunesというスクリーンセーバーが動かなかったことだ。これはiTunesで現在再生中の曲のデータ(タイトルなど)とジャケット画像を、スクリーンセーバーで表示するというソフトである。古いソフトではあるんだが、今まで普通に使えていた。もっともOOOkTunesは5、6年アップデートしておらず、いわば過去のソフトである。すでに新バージョンは期待できないのであった。これに代わるようなソフトは今のところ……ない。悔しいですっ!
 他にiTunes Volumeというソフトにも画面表示を大混乱に陥れるという問題があった。Mac-miniを音楽サーバーとして使っている関係上、どうしてもiTunes関連ソフトのチェックが最初になる。こちらは最新バージョンのソフト(Mousqueakという名前で出ています)にアップグレードして事なきを得た。
 古いソフトには使えないものが若干あった(大体はアップグレードで対応できるようだ)。Microsoft Office 2004は、Rosettaという裏方ソフトが必要なようだが、動くには動く。スピードが著しく遅くなったように感じるが、まだ断定はできない。どっちにしてもそんなに使うソフトではないのでこれでいいのだ。アップグレードする気などさらさらないのだ。
 あとはホームページ作成関連のソフトが動くかどうか検証して、問題がなければメインの仕事マシンもアップグレードしようかなという状況である。動かないソフトがあれば今後もこの場を借りて発表していきたいと思っている。それが人柱としての役割なのだ。それでいいのだ。

追記:
(マニアック)ソフト動作検証結果
ID for Weblife  動作しました。
Apple Works 6.2.9  動作しました。

その他の互換性については「Snow Leopard Compatibility」のページを参照してください。
# by chikurinken | 2009-09-08 10:28 | パソコン

サッカー二題

b0189364_9161131.jpg 昨夜(9月5日)のオランダ対日本の親善試合(結果0-3、前半0-0、後半0-3)テレビで見たのだが、今の日本代表チームの問題が凝縮されているような内容だった。岡田監督は、全員で守って全員で攻撃するというトータルフットボールを目標に掲げているが、毎試合毎試合後半20分くらいになると、ほぼ全員が息切れしてくるのがよくわかる。そこで猛烈な攻撃をくらって失点するというパターンが非常に多い。得点力のないチームが相手の場合は、なんとか守りきることもできるが、チャンスを確実に得点に結びつけられる強いチームが相手だとそうはいかず、2点、3点と取られてしまう。毎回リプレイを見るようだ。なんともふがいない。
 「全員で守って全員で攻撃する」というのは非常にすばらしい題目で、成功すればこれ以上ない勝ち方ができるんだが、今の日本の選手程度の持久力だと端的に言って無理である。かつてオシムが掲げた「全員で走るサッカー」にしても成功の鍵は持久力である。全員が相手チームよりよく走れなければならない。日本人がスポーツで戦う場合、大抵持久力が強みになるんだが、今の日本代表を見るとむしろ持久力のなさが目立つくらいだ。根本的に戦略が間違っているのではないかと思う。
 いつも見ていて思うんだが、日本のチームのように、前線の選手にディフェンスを強いるというのは無理があるんじゃないだろうか。確かに全員が献身的に働く姿は美しいかもしれないが、自陣までディフェンスのために戻ってきて、再び攻め上がって確実にゴールを決められる選手が、世界に何人いるというのか。これを過剰な期待と言わずして何を過剰な期待と言うのか。前線でプレッシャーをかけてボールを取りに行く程度ならば普通にやっているだろうが、それとはわけが違う。それでも「全員で守って全員で攻撃する」ことを目指すなら、全選手にダイナモのような持久力を求めなければならない。だが、代表という環境でそれができるかはなはだ疑問だ。「無理なものは無理」なのである。ほとんどの日本人は、無理な目標を掲げて撃沈するのはもう懲りてるんじゃないかと思うが。
 方向性が間違っているんだったらスタッフのすげ替えは必須である。チーム作りをやるには次回のW杯には到底間に合わないので、今の戦力を生かせるチームを作れる監督を早急に選ぶのが協会の役目だろう。次の試合の結果次第では監督交代の大合唱が日本サッカー界で巻き起こるのは必至だろうと思う。

 もう一つ、サッカーの話題。最近、Jリーグのブラジル人(助っ人)選手が、中東のクラブチームから高額で引き抜かれるという事態が続いている(過去4年で6回)。大金の前に屈するようで(事実その通りなんだが)非常に歯痒い思いがする。ヤクルトスワローズ(だけじゃないが)が読売球団から次々に主力選手をかっさらわれた、かつての光景を思い出させられ少し不快ですらある。で、そのあたりの事情が「アラーの国のフットボール」というコラムで紹介されていて非常に興味深かったので、ここで紹介させていただく。

 アラーの国のフットボール:中東の超有名ブランド「ガンバ大阪」

 詳細についてはそのページを読んでいただきたいのだが、要は、ここ最近のアジアチャンピオンズリーグでのJリーグチームの活躍で、Jリーグのチームがブランド化しているということらしい。(財力がある)中東のチームはここ数年、ヨーロッパのクラブから有名選手を引き抜いているのだが、それと同じような発想で、Jリーグのブランドチームから主力選手を取ってくるということらしいんだな。Jリーグのチームもヨーロッパのビッグクラブと肩を並べるようになるとは大したもんだ。しかもJリーグから移籍した選手がそれなりに活躍しているらしい。この分だと今後もますますこの傾向に拍車がかかりそうだ。日本のクラブもヨーロッパの中堅クラブのように、「育てて売る」という商売をそろそろ考えなければならないのかも知れない。そういえば浦和レッズが最近ガーナ出身の若い選手を加入させたとか何とか聞いたことがある。もう実践しているのでしょうかね……。
# by chikurinken | 2009-09-06 09:23 | 社会

ドラマ雑記(ドラマから伝記、そしてまたドラマ)

 見ていないにもかかわらず永らく気になっていたドラマというのがいくつかある。だが、レンタル・ビデオ/DVDやCSチャンネル(スカパー)などが普及して、こういったドラマも目にできる機会が増えてきた。喜ばしい限りである。
b0189364_1022513.jpg かつてTBSで1980年に放送された『天皇の料理番』というドラマは、当時1回も見ていないんだが、最近までずっと気になっていた存在である。原作は杉森久英の同名の小説であるが、この原作本を書店や図書館で目にするたびに忸怩たる思いがこみ上げてきていた。
 だが、例によって、CSのTBSチャンネルで再放送されることになって、この機会にと思い録画して見ている。脚本は鎌田敏夫で、第1回目は映画監督の森崎東が演出していた。ものすごくできが良いというドラマではないかも知れないが、しかし面白い。原作の面白さも大きいのだろうが、トンカツを食べて感動しそれで料理人を目指すというエピソードがなかなか豪快でよろしい。こういう破天荒な出世話は、それ自体が興味をそそるものである。この頃のドラマは質が高かったんだなとあらためて思う。
 原作者の杉森久英は、伝記小説で有名になった人だが、彼の作品に『天才と狂人の間―島田清次郎の生涯』がある。島田清次郎は、僕の学生時代(精神分析の対象として)非常に興味を持った作家だが、当時すでにこの本は絶版で、古本屋を探し歩いてやっと見つけたものである。内容は非常に面白く、島田清次郎に(精神分析の対象として)恐怖を感じるほどリアルで、鬼気迫るものであった。そんなこともあり、今度は島田清次郎の出世作『地上』を読みたいと思うようになり探し歩いたが、これも絶版というより、当時から過去数十年以内に出版された形跡すらなく、永らく読むことができなかったのだ。で、市立図書館で図書目録を一生懸命検索して、古い本が置かれていることを知り、やっと読むことができたのだった。内容は、非常に稚拙な感じがあって、『天才と狂人の間』の方が断然面白いと感じた。杉森久英の才能を感じた次第である。ちなみに今どちらの本も入手可能なようで(『天才と狂人の間』が94年、『地上』が95年にそれぞれ再発されたようだ)、検索もAmazonで簡単にできる。便利な時代になったものだ。その後、杉森久英の太宰治の伝記『苦悩の旗手―太宰治』なども読んで、杉森久英の書き手としての才能をあらためて認識した。
b0189364_1025112.jpg 僕の場合、太宰治といえば石坂浩二を思い出すのだが、これもかつてのドラマの影響である。『冬の花火 わたしの太宰治』(1979年・TBS)というドラマがあって、こちらも当時見ていないにもかかわらず永らく気になっていたのだ。見ていないにもかかわらず「太宰治=石坂浩二」という図式がずっと僕の中で長い間続いていたわけだ(もっとも、これも、杉森久英の著書をはじめとする本を読んでいくうちに印象は変わってきたが)。それはともかく、このドラマも現在TBSチャンネルで放送されている。こちらも録画して見ているが非常に見応えがある。当時のドラマは今よりはるかに質が高いと、ここでも実感させられる。企画力なんかも大きいのだと思う。ちなみに『天皇の料理番』はTBSでリメイクされている(93年)。また太宰治の伝記ドラマも4年前に作られている(これがリメイクなんだかどうだかはちょっとわからないが)。そもそもリメイクという発想自体が企画力のなさを示しているのだ。良質のドラマを作れないんだったら、いっそのこと、新しいドラマを1本作る予算で、過去のドラマを地上波で2本再放送してみてはどうだろうかね。「TBSアーカイブス」とかなんとかいうタイトルにしてさ。あ、もうNHKがやってるか……。

参考:
竹林軒出張所『天皇の料理番 (1)〜(19)(ドラマ)』
竹林軒出張所『冬の花火 わたしの太宰治 (1)〜(13)(ドラマ)』
# by chikurinken | 2009-09-05 10:05 | 放送

マック・ザ・満身創痍

b0189364_18135752.jpg 介護ライターの野田明宏氏のMacが起動しなくなったということで、一肌脱ぐことになった。
 なんでもスイッチを入れると「?」が出るという。こういうのは通常、システムが認識されていないということなので、ハードディスクの問題であることは一目瞭然。で、ハードディスクのチェックをして、ハードディスクが直らないようであればバックアップディスクと入れ替えれば済む。簡単な作業である。こういうときに備えて、野田氏にバックアップディスク(中身も複製済み)を用意してもらっていたのだ。
 で、某所で落ちあい、とりあえずインストールDVDを入れてみて、ハードディスクをチェックしてみた。ところが、ハードディスク自体を認識しない。しようがないのでDVDを取り出そうとしたら今度はディスクが出てこない。強制リセットし、強制取り出しを試みたところ、起動音も鳴らず、画面が出なくなった(ブラックアウト)。しようがないので、最後の手段としてハードディスクを新しいものと取り替えてみるが、状況は変わらず(実はこの間、トルクスドライバを家に取りに帰るという無駄足も踏んだ。約50分の自転車行)。こうなるとロジックボードなどの問題ということになり、Macに入院していただくことになる。
 最初はとりあえず起動していたので、もしかして途中で僕が何かまずいことをしたのだろうかという気も若干するが、元々ロジックボードに問題があったのではないかと自分を慰める(実際おそらくそうなんだろうが)。認知的不協和の解消である(「なぜあの人はあやまちを認めないのか(本)」参照)。
 結局アップルのサポートに電話し、僕が代理として窮状を訴えることになる。10分近く待たされたが、以前も書いたように(竹林軒ネット:「アップルや昔のアップルならぬ」)対応が非常に良く、しかも指示も的確である。こちらの話もよく聞いてくれる。まるでカウンセラーである。ハードディスクに加えおそらくロジックボードとモニタ周辺に問題があるのではないかということだった。まさに満身創痍。下手をすると中身を総入れ替えということになりかねない。おそるおそるいくらかかるか訊ねると41,500円ポッキリという。つまり、ロジックボード以外に問題があったとしても、この額が上限ということなのだ。
 「電話で対応せざるを得ないという性格上、厳密にどこに問題があるかという判断ができないので、お客様の不安を一掃するため、このような対応を取らせていただいております……」ということらしい。このあたりの話し方はまるでテレビショッピングのように丁重であった。誠意も感じた。すばらしい。
 野田氏には申し訳ないが、このあたりで手を打っていただくと言うことで、話がまとまった。明後日ヤマト運輸が自宅まで取りに来て、1週間から10日で修理完了で返却ということだ。その際に代金を支払う。
 4万円という額は、どう感じるか人それぞれだと思うが、ノートパソコンのロジックボードの交換であればこの程度ではないだろうかと思う(野田氏にはロジックボードだけで5万円くらいかかるかもと言っていた)。しかも他に問題があってもこの額が上限になると言う。前からあったマウスパッドまわりの問題も、あわせて直していただくということで話がついているし、まあ修理の価格としては適切だと思う。そもそも同じ程度のMacを新しく買っても11万円程度なので、7万円も8万円もかかるようなら新しいものを買おうということになる。それを考えても、落としどころの価格としては良いんじゃないか。
 こういうふうに考えてしまうのも「認知的不協和の解消」のせいかもしれない。だが、昔のMacのことを考えると、修理代も本当に安くなったと思っているのだ。いや、ほんと。


 そういうわけで野田氏のブログ「新・和ちゃんと一緒に!!」はしばらく更新されません。
# by chikurinken | 2009-09-03 18:18 | パソコン

空の話

 9月になったにもかかわらず、昨日は変な1日だった。生きている実感があまり伴わないというか、時差ぼけみたいな感覚というか……。歯医者の予約まで忘れてしまうし、1日何をやっていたんだかよくわからないような茫洋とした感覚であった。
 今日は朝から空が秋色で、あまりに美しく、気持ちまでシャキーンとするようだ。どこかに出かけたくてうずうずするが、こんな日に限って家でお仕事だ。

 「水溜まりをのぞき込んでいるうち 頭がクラクラして 危うく空へおちるところだったよ」と言ったのはやまだ紫。
 「智恵子は東京に空が無いという」と高村光太郎は言う。
 「青空みたら 綿のような雲が 悲しみをのせて 飛んでいった」と歌ったのは武満徹だ。
 だから何だと言われても困るのだが、空はいろいろな思いを呼び覚ますんだろうということなんですね、これが。

 どこかに出かけたい、外に出たい、空の下にいたい……そういう1日でした。

   秋空や 気持ちばかりが野を駆ける

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弥生時代の青空……(ウソ)

# by chikurinken | 2009-09-02 20:25 | 歳時記

モチベーション下がる……

b0189364_1922644.jpg モチベーション下がる……ってプロ野球の話なんですが。
 今は昔ほどプロ野球も見ていないんだが、野村監督が弱小チームを強くする過程というのが好きで、野村氏が監督になったら、そのチームの経過、結果に注目するようになってしまう。
 かつてヤクルトスワローズがあまりに弱く野球の質も低かった時代、縁あって応援していたんだが、野村監督が入ってきてからというもの、野球の質は向上するし、面白いチームになるしで、スポーツは監督次第だということを実感したものだ。
 楽天球団も4年前に野村氏を監督に迎えて、去年、今年とやっとチームができあがりつつあり、面白くなってきたと思っていたのに、「次期監督決定」だそうで。しかもヒガシオかい!

 楽天後任監督に東尾氏、西武Vの手腕評価(日刊スポーツ.com)

 野村監督は、その言動から察するに来年以降もやりたかったようで、相当モチベーション下がってるだろうなあとお察しする。今、楽天球団は絶好調で、このまま行くと本当に日本シリーズまで行くんではないかと思っていたんだが、監督共々、多数の選手も意気が上がらなくなったんじゃないだろうか。なぜ、今こんなことを発表したのか皆目見当が付かない(正式に発表したのかどうかはわからないが)。変えるってんだったらシーズン後に人選しても良いんじゃないだろうかとも思うが。フロントがアホやから……か?

 監督と言えば、Jリーグの大分トリニータのシャムスカ監督も解任され、非常に残念に思っている。確かに十何連敗もしたから責任を取らせるという考え方もあるだろうが、J2陥落確実だったチームをシーズン途中から立て直し、トップチームの仲間入りをさせた手腕はあなどれない(詳しくはWikipediaでどうぞ)。そもそもシャムスカが監督をやらなかったら今頃J2の中堅程度だった可能性さえある(お金かけてないし)。歯車がかみ合わずに負けが込んだからといってすぐに首をすげ替えても結果は出ないと思うんだが。現に監督が替わってからも相変わらず勝ち星に恵まれないようで、やはり落ちるところまで落ちるしかあるまい。落ちるんだったら、シャムスカと一緒に落ちてまた這い上がろうという頭はなかったんだろうか。
 今また、レッズのフィンケ監督に批判が集まっているが、これだけの実績を持つ監督を、少しぐらいチームの調子が悪いからといってどうこう言うのはおかしい気がする。もう少し長い目で見てやるという視線が必要なんではないかとシロートながら思うんだが、どうです?
# by chikurinken | 2009-09-01 19:03 | 社会

国名改正論(「チャバン」という国の国民)

 やる前から結果が出ている選挙って何なんでしょうか。
 マスコミはビンジョーでお祭り騒ぎ。どのチャンネルも右にならえで同じ番組をやっている。テレビでは評論家達がわかったようなことをしたり顔で言う。翌日に結果だけ報道したらいいんじゃないのといつも思う。選挙のたびに感じるが、いろいろなことが茶番にしか思えない。

テレビはいったい誰のためのもの 見ている者はいつもつんぼさじき
気持ちの悪い政治家どもが 勝手なことばかり言い合って
時には無関心なこの僕でさえが 腹を立てたり怒ったり
そんな時 僕はバーボンを抱いている
(吉田拓郎「ペニーレインでバーボンを」)

 故・筑紫哲也がかつて言っていたが、アメリカの政治が革新系になると日本も革新系になる……らしい。そう考えると、今回の選挙は予定調和だったんだろうかとも思えてくる。
 そう思うとマスコミの騒ぎがますます茶番に見える。「Japan」という英語の語源がチャバンから来ているのではないかと錯覚するほどである。

 まあともかく、これから少しは街が静かになると思うと少し安堵。などと思っていたら「あ○の・あ○の」などと連呼している「街宣車」が大音量でやって来た。今日から市長選だってさ……。俺の生活もなんだか茶番……。

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「小沢ガールズ」とか「小泉チルドレン」とかいう命名も気色悪い。
茶番にしか見えない。

# by chikurinken | 2009-08-31 14:41 | 社会

レトロにもほどがある -- 『ALWAYS 三丁目の夕日』(映画)

b0189364_8382399.jpgALWAYS 三丁目の夕日(2005年・東宝)
監督:山崎貴
原作:西岸良平
脚本:山崎貴
出演:吉岡秀隆、堤真一、薬師丸ひろ子、小雪、堀北真希、三浦友和

 戦後日本を舞台にした、懐かしさが評判の映画である。
 「東宝映画」と出る冒頭のオープニングロゴも昔風で、映画自体の画面サイズもシネスコ風(おそらく実際はレターボックスなんだろうが)。なかなかレトロである。舞台が昭和33年で、言うまでもなく内容もレトロ。演技は全体にオーバーアクトで、こちらが気恥ずかしくなるようなものも多い。デフォルメが過剰で「マンガやがな」と突っ込みを入れたくなる。ま、原作はマンガなんだが(西岸良平の『三丁目の夕日』)。妙に陽気な登場人物達が嘘臭い。
 くすぐりや笑いのパターンも古く、レトロを感じさせる。ドラマのパターンもどこかで見たことがあるようなエピソードばかりで、その先が十二分に予想できる。こちらも使い古されたパターンである。レトロ。
 「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう。」というキャッチフレーズも少しうさんくさく感じる。
 ただ、あらゆる要素が単純化されているんで、ふだんあまり映画を見ない人々でも楽しんで見ることができるような内容である。家族揃って「お茶の間」で見るには非常に良い映画ではないかとおもう。このあたりの狙いもレトロと言えばレトロだよなぁ。

付記1:集団就職でやってくるロクという少女を若手女優が演じていて、初めて見る顔だがなかなかうまいなと思っていたところ、後でキャプションを見て堀北真希であることがわかった。初めて見る顔ではなかったんだな、これが。アイドル路線の女優かと思っていたが、意外に実力派であった。
付記2:西大寺でロケをやったと聞いたが、どうも高円寺の風景がそれらしい(という印象を受けた)。ほんとのところはわからない。合成のネタとして使っているのかも知れない。
 西大寺 三丁目では高円寺
 お粗末。

★★★
# by chikurinken | 2009-08-29 08:44 | 映画

なんのこっちゃの1日

 今日はいろいろ予定を立てていたにもかかわらず、まったく無為に過ごしてしまった。むなしくって仕方ない。

   一日を無為に過ごすも蝉時雨

 朝からなんとなく気分が優れなかったが、今日のように空がどんよりしていると、むなしさもひとしおである。ンモーッ!
などといろいろ考えているうちに、用事があるにもかかわらずそれができないからむなしさを感じるのではないかとふと気が付いた。はなから用事がなければ、無為に過ごしていてもむなしいという感覚にはなるまい……。というわけで、今日ははなから用事がなかったことにする。

   虚しさを捨て去るために虚無になり そうすることすら虚しと映る

 まったくもってなんのこっちゃである……
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(写真は、本文とはまったく関係ありません)

# by chikurinken | 2009-08-28 18:21 | 歳時記

『ハチはなぜ大量死したのか』(本)

b0189364_10281450.jpgハチはなぜ大量死したのか
ローワン・ジェイコブセン著、中里京子訳
文藝春秋

 とても真摯で良い本なのだが、はなはだ読みづらい。翻訳もそれほど悪いわけではないんだが、文章のリズムが悪いのか、とにかく読むのに時間がかかった。
 『ハチはなぜ大量死したのか』というタイトルが提起する疑問、つまりハチが大量死した原因の究明は前半でほぼ終了する。前半を読めば、ネオニコチノイド系の農薬が大きな原因だということがわかる。だが、後半に入ると、著者の主張は一変し(そういう印象)、それが原因の1つではあるが、本当のところは複合汚染なんだよと言われてしまう。それに続いて、あまりにも経済原則に縛られている養蜂、農業、食物産業などの問題点を指摘し、自然に根ざした本来のあり方に戻るべきだという主張が出てくる。つまり本書の主張は、そういうことなのである。僕自身、これについてはまったく同感で、食品ジャーナリストが書いた「農業の自然回帰を勧める本」としてこの本を読んでいれば、まったく不服はなかったのだろう。だが、『ハチはなぜ大量死したのか』というタイトルに引きずられていたせいか、相当な違和感に支配されることになった(特に後半)。
 原題が『Fruitless Fall - The Collapse of the Honey Bee and Coming Agricultural Crisis』、つまり『実りのない秋 - ミツバチの崩壊と来るべき農業危機』だから、このタイトルは本書の内容を過不足なく表現している。地味だがすばらしいタイトルである。なぜ、日本語版に『ハチはなぜ大量死したのか』というタイトルを付けたのか、まったくもって疑問。まさに「看板に偽り」で、すばらしい本だったものが、結果的に一貫性を欠いたまとまりのない本になってしまっている。非常に残念。タイトルの重要性にあらためて気付かされたが、本書の日本語版スタッフに対しては怒りを禁じ得ない。
 ここまでは、日本語版に対する批判である。

 ここからは、内容の要約(ネタバレ注意)。
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 アメリカとヨーロッパで、巣箱のミツバチが突然いなくなるという蜂群崩壊症候群(CCD)が頻発しているという。養蜂家や学者などが原因をたどったところ、蜂群にダメージを与えるミツバチヘギイタダニ、この寄生虫に対する駆除剤、さまざまなウイルスなどが原因ではないかということがわかったが、最終的にネオニコチノイド系の農薬が大きな影響を与えているのではないかということが判明した。これは養蜂家の直感とも一致する事実である。ネオニコチノイド系の農薬というのは、農産品の種を浸けるだけでその植物の生涯にわたりその植物全体に浸透するというもので、この植物の一部を食べた昆虫に対し、神経を攪乱させる作用を及ぼす。その葉や茎、実を食べた昆虫は、急性アルツハイマーのような症状を呈して、やがて死んでしまうという。で、その農薬が浸透した花粉や蜜を食べたミツバチが、巣箱に戻れなくなったことで消えてしまったのではないかという結論である。
 一方で養蜂が現在さらされている状況も大きな原因になっている。つまり大量の収量をあげるため、薬品や抗生物質の投与、(トラックによる)巣箱の遠距離移動など、ミツバチに対して過剰なストレスをかけている。それは他の食肉産業や農業でも見られる収奪型の形態で、本来自然と密接にかかわりながら行わなければならない産業であるにもかかわらず、経済的な「合理性」に引きずられて当事者や消費者たちが陥ってしまった病である。そこから抜け出るのは非常に難しく、最終的に自然を破壊することにつながる。今のCCDの頻発というのは、こういう状況を示しているのではないか。これが本書の主張である。
 ミツバチが自然の中で果たしてきた役割(つまり受粉だが)は非常に大きく、ミツバチが今のような状態で姿を消せば、植物の種(しゅ)が大幅に減ることは目に見えており、生態系に対する影響は計り知れない。養蜂だけでなくあらゆる食品産業で自然に回帰することが必然になる。
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 このように主張がしっかりしていて非常に良い本である。先ほども書いたが著者は食品ジャーナリストだ。もう一度言うが、学者が書いた「ミツバチがいなくなった原因を究明した本」ではない。

★★★☆
# by chikurinken | 2009-08-27 10:30 |

秋の空と秋の夕暮れ

秋の空
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 秋は良いよね、ホント良いよねなどと言いながら、川辺を歩く午後三時。

秋の夕暮れ
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 秋は良いよね、ホント良いよねなどと言いながら、公園を歩く午後六時。
 この後、タイムスリップしたかのような光景が僕を待っていた。今一つかれらの趣味がわからない。
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# by chikurinken | 2009-08-26 12:49 | 日常雑記

今日の歳時記 「風は秋色」編

 8月の終わり頃、見たところ、灼熱だった前日と変わらないのに、空気だけがひんやりと涼しく、「あ、秋……」などと感じる日がある。気象学的に見れば、「大陸の高気圧が張り出して冷たい空気が上空に流れる」ということなんだろうが、そういう言い方をすると季節感も何もない。そういうマクロ的な見方ではなく、もっとミクロ的に感じるのが詩というものである。
 ともあれ、どうやら今日がその日に当たるようで、外はカンカン照りであるにもかかわらず、空気がなんとも心地良い。

   涼風にまばゆき光も秋模様

 空の色も心なしか透明度が深いように感じる。

   心地良き空気に空の青も濃く

 今年は例年に比べ生活が厳しく、あまり明るい気分にもなれないが、季節は同じように過ぎ去っていく。自然は同じように繰り返すのであって、違うのは主観のみである。

   憂き身にも涼やかな風の通りゆく

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写真は昨年秋に撮ったものをソフトウェアで連結処理しパノラマにしたものです。

# by chikurinken | 2009-08-24 15:50 | 歳時記

山之口貘の詩、そしてとぼけた味わいの曲

b0189364_182432100.jpgたぬき

歌:つれれこ社中
 (上野茂都、鈴木常吉、桑畑繭太郎)
詩:山之口貘
作曲:上野茂都

てんぷらの揚滓それが
たぬきそばのたぬきに化けても
たぬきうどんの
たぬきに化けても
たぬきは馬鹿には出来ないのだ

たぬきそばはたぬきのおかげで
てんぷらそばの味にかよい
たぬきうどんはたぬきのおかげで
てんぷらうどんの味にかよい
たぬきのその値がたぬきのおかげで
てんぷらよりも安あがり

ところがとぼけたそば屋じゃないか
たぬきは生憎さま
やっていないんです
てんぷらでしたらございます

そこでボクはいつも
すぐそこの青い暖簾を素通りして
もう一つ先の
白い暖簾をくぐるのだ

 詩人、山之口貘の詩に曲を付けたものだが、とぼけた味がなかなか良い。曲調も歌い方も実にとぼけている。三味線、アコーディオン、太鼓というアンサンブルも、おとぼけここに極まれりという組み合わせである。この曲は、『獏 詩人・山之口貘をうたう』というCDに収録されているもので、他にも上野茂都のソロCD『唄草子 其の壱 あたま金』にもソロ・バージョンが収められている。
 『貘-詩人・山之口貘をうたう』というCDだが、収録されている曲の多くは高田渡が歌っており、企画にもかかわっているんじゃないかと思う。というのは、高田渡が、山之口貘の詩を多く取り上げて曲を付けていて、山之口貘の伝道者的な側面があるため。かくいう僕も高田渡経由で山之口貘を知った。

 このCDに入っている「頭をかかえる宇宙人」という歌も、高田渡作の曲は単調だが、詩がすばらしい。

b0189364_18253814.jpg頭をかかえる宇宙人

歌:高田渡、ふちがみとふなと
詩:山之口貘
作曲:高田渡

青みがかったまるい地球を
眼下にとおく見下ろしながら
火星か月にでも住んで
宇宙を生きることになったとしてもだ

いつまで経っても文無しの
胃袋付きの宇宙人なのでは
いまに木戸からまた首がのぞいて
米屋なんです と来る筈なのだ

すると女房がまたあわてて
お米なんだがどうします と来る筈なのだ

するとボクはまたボクで
どうしますもなにも
配給じゃないか と出る筈なのだ

すると女房がまた角を出し
配給じゃないかもなにもあるものか
いつまで経っても意気地なしの
文無しじゃないか と来る筈なのだ

そこでボクがついまた
かっとなって女房をにらんだとしてもだ

地球の上での繰り返しなので
月の上にいたって
頭をかかえるしかない筈なのだ

 「宇宙人」という、SF的で、ある種壮大なスケールを感じさせるテーマでありながら、恐ろしく卑近な内容の詩である。山之口貘には、こういうとぼけた味わいの詩が多いが、それでも若い頃は結構苦労したらしく、ホームレス生活を送っていたこともあるという。そのあたりは「生活の柄」や「ものもらい」などの詩でも表現されており、とぼけた作品を作るからといって、のんべんだらりと暮らしているわけではないんだな、これが。また、ちょっと見た感じあっさりと書いたような詩であるが、ご子息の話によると、推敲と修正を随分重ねていたらしい。そのためか、作品の数もあまり多くない。現在、『山之口貘詩文集』という本も出ているが、この1冊に大部分の作品が収録されているようだ。詩自体は言うに及ばずだが、高田渡などのソングライターが付けた曲もすばらしい。曲だけ取ってみると音楽的に卓越したものはほとんどないが、実に巧みにとぼけた世界を表現している。吟遊詩人、高田渡の真骨頂と言ってよいだろう。

参考:
「上野茂都という人」(竹林軒ネット)
竹林軒出張所『詩のこころを読む(本)』
竹林軒出張所『高田渡と父・豊の「生活の柄」(本)』
# by chikurinken | 2009-08-22 18:30 | 音楽

ドラえもんの時代性に関する一考察

b0189364_113988.jpg 岡山県立博物館の企画展「昭和のくらし - 50年前のおかやま」というのを見に行った。
 約50年前の生活用品が展示されていて、今の若い人にとっては珍しいものかも知れないが、僕にとってはほとんどリアルタイムで使ってきたものばかりだ。というわけで、僕にとっては珍しいというより懐かしいものである。こういうのは若い世代と一緒に行って、昔はこうだったなどとウンチクをたれるのが楽しい。講釈を聞かされる側にとってはうっとうしいかも知れないが。
 そんなわけで、中学生と小学生の子どもを連れて行って、あれこれ得意気に説明した。やはりというか、他にも同様の組み合わせ、つまり親子が多く、親の方が子どもにウンチクをたれていた。といっても、ほとんどが「懐かしい!」とか「昔はこういうのを使っていたんだ」とかいうレベルで、ウンチクにもなっていない。
 展示品の中で僕のお気に入りだったのは、手回し脱水機付きの洗濯機である。初期の洗濯機には、今のような回転式の脱水機がなく、ローラー式の脱水機が付いていた。見たことのない人には想像がつかないかも知れないが、銅版画のプレス機とかパスタ・マシンみたいなものが洗濯機に付いていたのだ(わからない? 写真参照)。ああ……なつかしい……。
b0189364_1132297.jpg この手回し脱水機付き洗濯機をはじめ、いろいろな物品について子どもに解説して悦に入っていたのだが、意外なことに、彼らは古いものについて割合よく知っているのだ。レコードとか8mmカメラとか見たことがないはずなんだが、説明しようとすると、使い方なんかよく知っている。で、理由を聞くと、マンガの『ドラえもん』にこういったレトロなものが頻繁に出てくるということだった。
 そう言えば『ドラえもん』は僕が小学生のときに始まったマンガである。そのため、単行本化されている『ドラえもん』は、われわれが子どもの頃読んでいたものと同じで、これを今の子どもたちが読んでいるのだった。おかげで子どもに自慢気にウンチクをたれるという試みは、志半ばにして失敗することになった。
 こうしてあらためて考えてみると『ドラえもん』も随分長寿のマンガである。うちの子どもによくバカにされている「のび太」にしてみても、実在すれば40歳近くになるはずだ。なんとも不思議な感覚。

追記1:『ドラえもん』が登場したときも、『オバケのQ太郎』とか『パーマン』の系統の藤子マンガで、恒例の化粧直しパターンだと感じていた(と思う)が、結果的に『ドラえもん』だけが異様にヒットしたことになる。確かに当時も面白いと感じたが、僕としてはオバQの方に愛着があって、(オバQの)亜流のイメージがずっとつきまとっていた。
追記2:この企画展で「原動機付き自転車」というものが展示されていた。いわゆる「原付」なんだが、しかしここに出ていた原付、今の原付バイク、つまりオートバイのイメージとはほど遠く、文字通り自転車にエンジン(つまり原動機)が取り付けられていた。今の電動アシスト自転車みたいな感じである(上に載せた企画展のチラシの右側に写真が付いている)。これは今回初めて見たもので新鮮であった。

参考:
竹林軒出張所『あこがれの家電時代(本)』
竹林軒出張所『70年代アナログ家電カタログ(本)』
竹林軒出張所『日本懐かしオーディオ大全(本)』
竹林軒出張所『ラジカセのデザイン!(本)』
竹林軒出張所『昭和のレトロパッケージ(本)』
# by chikurinken | 2009-08-21 11:06 | 日常雑記

選挙雑感

b0189364_1945406.jpg 今日「週刊文春」を読んでいたら、各選挙区、各議員の当確予想をやっていて、すでに「当選確実」が出ているものもあった。やる前から結果がわかっている選挙というのも何なんだろうと思うが……。民主党が300議席獲得するというような勢いだという。いよいよ55年体制に完全に幕が下ろされる様相を呈してきた今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか。
 そもそも15年以上前に変わっていても良かったんだが(そのチャンスもあったし可能性もあった)、しぶとい自民、なんとか生きながらえてきた(結果的に今の不安だらけのすさんだ社会を招くことになった)。今度という今度は凋落のきっかけになるんではないかと思う。とっとと舞台から消えてくれというのが本音。
 僕は、支持政党を持たない、いわゆる無党派層に入るんだろうが……この無党派という言葉、本当は自分では使いたくないくらい気に食わないのだ。支持政党を持たないことが罪悪であるような響きがある。どこか「上から目線」的な響きもある。そもそも政党というのは、本来理念を同じくするものの集まりであるはずなのに、今の二大政党である自民党や民主党は、利益を同じくするものの集まりではないか。こちらの利害と絡まない限り支持なんかするわけないじゃないか。今の日本では、無党派であることが正常なのである。プンプン!
 いやまあともかく、僕は無党派なんだが、今回のマニフェストを見る限り、民主党の圧勝という感じはあった。民主党のマニフェストでは、今の政治の問題点を照らし出しながら、新しい策を提案していた(実現可能かどうかはわからないが)。自民党のマニフェストが、現状のみを踏襲しているのと大違いだ。「現状を踏襲」というのは何もしないということなんだぞ。この不安だらけの現状が「良い状態」であるわけないじゃないか。
 民主党のマニフェストに全面的に賛成というわけでは決してないが、相当額の児童手当を明言している点は評価に値する。できれば、児童だけでなく、すべての人々に一律に生活費を支給するベーシック・インカムの導入を提示してほしかったが、そういう流れにつながる可能性を持つ政策だと思う。この点については大いに評価したい。
 もっとも民主党が政権を取ったからといって良い方向に変わるとは思えないし、思ってもいない。要は、政治の動きとは関係なく、別のレベルで普通に生活できるようにしてほしいということだ。「政治なんてものは永田町の町内会みたいなものだ」とテレビで言い放ったのは、作家の赤瀬川隼である(その後、司会のフクドメから無視され続けるという憂き目にあったのが)。われわれ市民の実感はそういったものだ。だからそっちはそっちでやってくれてかまわないから、生活を圧迫しないでくれってこと。経済的に良いときは税金や社会保障費をたんと払ってるんだから、運悪く危ない状態になったからといて放置されるのはかなわない。今みたいに取りっぱなしで後は適当にやってくれってんだったら悪代官と同じレベルである。

 助さん、格さん、懲らしめておやんなさい……
 そういう心境の今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか……あ、さっきも書いたか……
# by chikurinken | 2009-08-20 19:49 | 社会