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竹林軒出張所

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たまった映画、見ずに消すか、見るまで待つか

b0189364_19301070.jpg ジャック・ドゥミが監督した『モン・パリ』という映画を見たが、つまらなかったので、ここで触れない。面白い映画についてのみここで書いて皆様にお勧めするという主旨なんで、感じるところがあまりないものについては、極力触れないことにする。
 最近、ジャック・ドゥミの映画を集中的に見たが、これはCSのシネフィルというチャンネルで特集をやっていたためで、めぼしいところはこれで大体見たことになる。後は最後の大物(つまりジャック・ドゥミの中で一番の傑作)、『シェルブールの雨傘』くらいであるが、これは時間が取れたらじっくり見ようと思っている。
 ジャック・ドゥミについては、音楽家のミシェル・ルグランとのコンビが目玉ということになるんだろうが、実際に見た感じでは、ルグランの音楽も含めて、あまりびっくりするような要素はなかったように思う。特に70年代くらいからは、プログラム・ピクチャーみたいな何だかお手軽な映画も作っており、先述した『モン・パリ』もテレビ・ドラマみたいで、そういった類の映画だった。もっともこれは『シェルブールの雨傘』以外の話で、『シェルブールの雨傘』は名作の呼び声が高い上、非常に良かったと言う声も周辺から届いている。というわけであるから、いずれ見る……たぶん。ドゥミはおそらくそれで打ち止めということになるだろう。だがこういうふうに回顧展みたいな感じでまとめて見せてもらえるのもありがたい。ちょっと前まとめて見た岡本喜八作品も、日本映画専門チャンネルというCSチャンネルでまとめてやっていた企画である。僕自身もおそろしくヒマだったんでこういう回顧展につきあうことができたというわけだ。DVDレコーダーには、他にもフリッツ・ラングや成瀬己喜男なんかの映画もまとめて入っている(これもCSでまとめて放送されたもの)んで、これもそのうち見ることになるんだろう……ただ、僕の中には、あんまり気乗りしない部分もあるんだな、これが(そのまま消してしまうかも知れない……。これもものすごく贅沢な話だ)。

参考:
竹林軒出張所『シェルブールの雨傘(映画)』
竹林軒出張所『天使の入江(映画)』
竹林軒出張所『ロシュフォールの恋人たち(映画)』
竹林軒出張所『ローラ(映画)』
竹林軒出張所『ロバと王女(映画)』
竹林軒出張所『ロワール渓谷の木靴職人(映画)』

# by chikurinken | 2010-03-14 19:30 | 映画

ウェーバーとバレエ

b0189364_22291216.jpg 手元に1枚のCDがある。カラヤン指揮、ベルリン・フィルの『ウェーバー序曲集』である。
 今から25年ほど前、CDが普及し始めた頃に買った輸入盤のCDである。当時ついにCDプレイヤーを買った僕は、安い輸入盤を中心にクラシックのCDを買い集めていた。当時の国内盤のクラシックのCDは2800円〜3200円が中心的な価格で、中には1枚3500円もするものもあった。今だったら5枚組で3500円なんていうのもあるくらいで、レコード会社のアコギさがよくわかるというものだ。そんなわけで、国内盤とは少しばかり距離を置いて、輸入盤ばかりを買っていた。まあしかし、輸入盤ということで品揃えは期待できず、一種の安売りバーゲン・セールみたいなものであった。そういう時期にこの『ウェーバー序曲集』を買った。ウェーバーの序曲集なんてのは、僕にとっては優先度がそんなに高くなかったと思うんだが、なぜか買ったのだ。このCDの中で知っている曲と言えば「舞踏への勧誘」と「魔弾の射手序曲」くらいのもので、オイリアンテ序曲やオベロン序曲などに至ってはタイトルすら知らなかった。でも買ったのである。
 ところが、ウェーバーは僕となかなか相性が良かったらしく、その後、すり切れるほどこのCDを聴くことになったんだな(CDだからすり切れたりしないけどね)。買ってもほとんど聴かないCDというのも結構あるんで、こういうCDは大当たりの部類に入る。
 今日はなぜか「魔弾の射手」を聴きたくなったんで、久しぶりにこのCDの曲を聴いていた。CDプレイヤーは使わずにiPodでだが。あれから時代は変わったのだ。

b0189364_22313283.jpg 話は変わるが、この間珍しく、NHK教育TVでバレエを見た。ちなみに僕にはバレエを見る趣味はまったくない。クラシックにバレエ音楽というのが割に多いのでまったく興味がないわけではないんだが、あまり見たことはない。このとき放送されたのは『バレエ・リュス・プログラム』というもので、「バレエ・リュス」と言えば、知る人ぞ知る(知らない人はまったく知らない)ディアギレフ主宰の歴史的バレエ興行である。僕もそんなに詳しく知っていたわけではないが、ストラヴィンスキーとかドビュッシーとかピカソとかニジンスキーとか文化史に名を残している人々が関わっていたという話は聞いたことがあった。そういうわけでピカソがやったとかいう書き割りなんかもちょっと覗いてみようかなと思って見ていたんだが、いやいや、バレエ侮るべからずである。このバレエ・リュス・プログラムには完全にはまってしまった。人間の動きがこんなに美しく表現される見せ物だとはつゆ知らなかった。あんまり気に入ったんで、録画し変換してiPodに入れたほどである。
 この『バレエ・リュス・プログラム』の1本目が「ばらの精」という演目で、それにウェーバーの「舞踏への勧誘」が使われていた。
 「舞踏への勧誘」では、最初に男が女を踊りに誘い、女が躊躇する情景を表した、チェロとフルートの掛け合いから始まる。しばしやりとりがあって、やがて華やかな踊りが始まる。したがって「舞踏への勧誘」という堅いタイトルよりも「ダンスのお誘い」くらいの表現が近いような気がする。非常にわかりやすい曲で、舞踏の部分もゴージャズである。非常に好きな曲なんだが、「バレエ・リュス」では、これに乗せて豪華絢爛な振り付けが展開されるのだ(ニジンスキーがつけた振りらしい)。「ばらの精」のストーリーは「舞踏への勧誘」とは少し違うが、それでも「舞踏への勧誘」の精神を十分体現していた。「バレエ・リュス」は僕にとって新たな発見である。時代は変わっても良いものは変わらないという教訓であった。

参考:
「バレエ・リュス」(Wikipedia)
竹林軒出張所『バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び(映画)』
竹林軒出張所『シャネル&ストラヴィンスキー(映画)』
竹林軒出張所『パリ・オペラ座のすべて(映画)』

# by chikurinken | 2010-03-12 22:35 | 映像

『ロバと王女』(映画)

ロバと王女(1970年・仏)
監督:ジャック・ドゥミ
原作:シャルル・ペロー
脚本:ジャック・ドゥミ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャン・マレー、ジャック・ペラン

b0189364_9152444.jpg シャルル・ペローのおとぎ話『ロバの皮』をジャック・ドゥミがミュージカル仕立てにした映画。『ロバの皮』という話は存在すら知らなかったが、おおむね『シンデレラ』みたいな話である。というよりほぼ一緒。Wikipediaによると『シンデレラ』の原型もペローが作ったんだそうな。どうりで。
 さて映画の方であるが、童話を実写化すると、これだけ違和感があるというのをあらためて感じさせられた次第。ミュージカルなんかでも当てはまるが、(童話などの)作り物の世界が、実写に伴うリアリティと適合できない。これは見る側の責任なんだろうが、不自然な感じが常につきまとって、映画で提示される世界をなかなか受け入れることができない。終始違和感との闘いである。要は、絵空事として完全に割り切って見なければならないんだろうが、ともすれば実写世界のリアリティに引きずられてしまって、見るこちらとしては少し厳しい感じがした。
 音楽は例によってミシェル・ルグランが担当しており、ルグラン風の少し変わった音楽世界が展開される。この映画は美術が特にすばらしく、童話の対象となっている世界がこういう感じであるというのが提示されて、非常に具体的にイメージが掴める。赤や青が効果的に使われていて、視覚的にも面白い。
 ただし、美しい王女(カトリーヌ・ドヌーヴ)と美形の王子(ジャック・ペラン)がお互いに惹かれ合いやがて結ばれてめでたしめでたしという世界は、オッサンの目からみると何だかなという感じもする。美男、美女が画面上でたわむれるというのも確かに映像的に美しいが「なんかイヤ」である。勝手にしやがれと思ってしまうんだな。
★★★

参考:
竹林軒出張所『シェルブールの雨傘(映画)』
竹林軒出張所『天使の入江(映画)』
竹林軒出張所『ロシュフォールの恋人たち(映画)』
竹林軒出張所『ローラ(映画)』
竹林軒出張所『ロワール渓谷の木靴職人(映画)』

# by chikurinken | 2010-03-10 23:15 | 映画

今日聴いた音楽……たまにはこんなのも良いでしょうよ

 この間も書いたが、ここんところ、『英雄』ばかり聴いている。昨日なんか街を歩きながら第4楽章に聞き耳を立てていたら構成があまりに面白いので感動して陶然としてしまった。変な人だと思われたかも知れない。しかし、『英雄』の中に顔をちらほら出すベートーヴェンは、本当に「孤高」という表現がふさわしい存在だよなあとあらためて思った。人間として生まれたからには、あの存在に少しでも近付きたいものだ……などと考えた昨日であった。
 今日も少し出かける用事があって『英雄』を聴いていた。結局第1楽章から第4楽章まで終わり、その後ベートーヴェンの交響曲第4番の第3楽章まで行ったところで家に着いた。ちなみにiPodにはベートーヴェンの全集が1番から9番まで順番に入っている。そんなわけで交響曲第4番と続いたわけだ。
b0189364_22505531.jpg 朝は、フランスのポップスを聴きながら仕事を始めた。シルヴィ・バルタン良いよななどと思いながら。一通り聴いた後は、アルゼンチン・タンゴに移る。仕事するときは歌詞が邪魔になるので、歌のないアコースティック曲を聴くことが多い。今日はなぜかアルゼンチン・タンゴである。午後はコンチネンタル・タンゴに移った。僕は仕事するときは、デスクトップ・コンピュータのiTunesで音楽を聴いているんだが、節操もなくいろいろな音楽をiTunesに投入している。だからタンゴを聴いた後、アイドル歌謡を聴いたりもする。というわけで、夜は、松田聖子集を聴いた。昨日ちょっと見た古いTVドラマ『青が散る』の主題歌が「蒼いフォトグラフ」だったんでちょっと聴き始めたんだが、結局「Sweet Memories」、「瞳はダイアモンド」、「ハートのイアリング」と続いて聴くことになった。しかしこの頃の「ユーミン、松本隆、松田聖子」トリオの歌は叙情的で良い。それに懐かしさもある。
 このように節操もなくいろいろな音楽を聴いて1日が終わるのだ。iTunesとiPodのおかげで、世界中のいろいろな音楽を1日中聴ける。音楽好きから見るとまさに夢のような時代だ。もっともその分音楽の扱いが軽くなったんだよな。音楽はありがたく聴くべしと肝に銘じることにする。
# by chikurinken | 2010-03-08 22:52 | 音楽

『キンドルの衝撃』(本)

b0189364_19112951.jpgキンドルの衝撃
石川幸憲著
毎日新聞社

 アマゾンが発売した電子式読書マシン、キンドルの画期的特性をうたった本、かと思いきや、ほとんどは新聞社の将来についての話だった。
 アマゾンが現在発売している電子端末、キンドルは、書籍のみでなく、新聞などの定期刊行物を読む手段としても人気上昇中らしい、アメリカで。なにぶん日本で、電車の中でキンドルを使っている人というのはほとんど見かけたことがないんで、アメリカでヒットしていると言われてもピンと来ないんだが、ともかくよく売れてるらしい。で、キンドルの特徴の一つに定期刊行物に対応しているということがあるらしい。新聞などが朝自動的にダウンロードされるということで、そうするといつでもキンドル上でその日の新聞記事を読めるようになるという。こういう契約を1月あたり10ドルとかで新聞社と結ぶんだそうだ。キンドルは1回充電しておくと2週間くらいは持つらしく、しかもノート・パソコンやケータイのモニターと違って電子インクを使っているとかで目に優しいらしい。そういう意味で、現在、収益減で困っているアメリカの新聞社の生き残る道が、こういった方法にあるんじゃないかというのがこの本の主張である。主張についてはよくわかったが、アメリカの新聞業界やアマゾンの企業としてのあり方なんかは、もう少しはしょっても良かったんじゃないかと思う。相当退屈した。もっともキンドルだけで1冊書くというのも相当難しいのも事実。正直新聞広告でこの本について知ったとき、キンドルで1冊書けるのかと思ったほどである。そういうわけで冗長かつ(一見)無駄な記述が多くても、それはそれでしようがないとも言える。
 ただこの本が出たのが今年の1月で、アップルがiPadを発表する前である。おそらくキンドルはいずれ消え、iPadなどの携帯端末が主流になるんではないかと個人的には思う。ただしキンドルが今実現している、新聞配信などのビジネス・モデルは、携帯端末に引き継がれていくんだろう。結局今の音楽業界と同じような図式が、新聞業界や出版業界で進んでいくと考えるのが普通だろう(本書の主張も同様である)。そういう意味でiPadには大きな可能性が秘められていると思う。やっぱりアップルの一人勝ちみたいになるんだろうな……。おっとiPadじゃなくキンドルについての本だった。キンドルの味方をすれば、画面表示と電池持続時間は非常に魅力的である。iPadなどとどういうふうに棲み分けが進むかは今後の動向に注目といったところだろう(個人的には消えるんじゃないかと思うが)。ちなみに、iPad発売前であるにもかかわらず、著者もここらあたりについてはしっかり考察している。とは言っても、全体にくどく冗長であることには変わりない。それにむやみにカタカナ語が登場するのも少しウザイ(例:「ジャーナリズムの社会的ミッションを損なわない形でマネタイズすることは、21世紀のチャレンジである」)。アンタはルー大柴かって言いたくなったよ。

★★★
# by chikurinken | 2010-03-07 19:14 |

『ぼくの大切なともだち』(映画)

ぼくの大切なともだち(2006年・仏)
監督:パトリス・ルコント
原案:オリヴィエ・ダザ
脚本:パトリス・ルコント、ジェローム・トネール
出演:ダニエル・オートゥイユ、ダニー・ブーン、ジュリー・ガイエ

b0189364_18591028.jpg パトリス・ルコントのコメディ人情劇。
 ストーリーは目新しくなく、なんということもない話なんだが、演出がうまいので、1本のそれなりに良質な映画になっている。さすがにルコントというところ。キャスティングも良く、魅力的な人物が多数登場する。このあたりもルコントらしい。感動的なシーンやサスペンス的なシーンもあり、エンタテイメントとしてもそれなりによくできている。ただ全体的に予定調和な感じがあって、ちょっともの足りない感じも後に残る。なお、話の中に「クイズ・ミリオネア」のフランス版が登場するんだが、その番組の演出が日本の「クイズ・ミリオネア」とほとんど一緒だったため、そのあたりについてはまったく違和感がなかった(フランス版の司会者は「みの」みたいにもったいぶってはいなかったが)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『仕立て屋の恋とフェリックスとローラ(映画)』
竹林軒出張所『フェリックスとローラ』(映画)』
竹林軒出張所『髪結いの亭主(映画)』
竹林軒出張所『親密すぎるうちあけ話(映画)』
竹林軒出張所『橋の上の娘(映画)』
竹林軒出張所『暮れ逢い(映画)』
竹林軒出張所『歓楽通り(映画)』
竹林軒出張所『イヴォンヌの香り(映画)』
# by chikurinken | 2010-03-06 19:00 | 映画

春は英雄から

 春には『英雄』がよく似合う。
 『英雄』というのは、ベートーヴェンの交響曲第3番のことだが、この曲の躍動感や高揚感が春にピッタリ。まさしく「春は英雄から」と言われる由縁である(ちなみに僕以外誰も言っていない)。
 そもそも、僕と『英雄』交響曲とのつきあいは、今から20数年前に遡る。その年の春、大学に晴れて入学して少し経った頃、生まれて初めてクラシックのコンサートというのに行ったのだった。今は亡き若杉弘が、ヴァイオリニストのフランク・ペーター・ツィマーマン、ケルン放送交響楽団と来日し、ツアーの一環として京都会館(京都のコンサート・ホール)に来た。A席(だったと思う)のチケットは5000円もして、当時の貧乏学生にとっては結構な出費であったが、ま、しかし、そこはそれ、何事も経験ということでちょっと贅沢をしたわけだ。当時僕はクラシック音楽をよく聴くようになって2、3年あたりで、少しずつ音楽が理解できるようになっていたところだった。中でもベートーヴェンの交響曲は、クラシックが好きになったきっかけでもあり、しかも今回のコンサートはそこそこの名門オケ(オーケストラ)で、指揮者が日本人(僕は当時よく知らなかったが結構エライ人だったようで、一種の凱旋公演であった)と来ている。それに値段も(実は)お手頃なのだった。5000円というのは、先ほども言ったようにビンボー学生にとっては安くないが、外来オケの値段としては当時でも安い方だった。そういったいろいろな要因から、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟でエイヤッと買ったのである、チケットを。
 ベートーヴェンは好きだったんだが当時『英雄』はまだ聴いたことがなかったので、予習を兼ねて、カラヤン指揮、ベルリンフィル演奏の『英雄』のカセット・テープを買った。こちらは1800円。ということで、『英雄』についてはそれなりに出費していたのだった。
 で、演奏だが、これがすこぶる良かった。もう身が震えるような……というのか、ライブの演奏がこんなに良いとは思わなかった。もちろん演奏自体が良かったのだろう。特に若杉弘の颯爽とした姿が実に英雄的で、音楽だけでなく視覚的にも感動してしまった。それ以来、『英雄』はマイ・フェイバリット・ミュージックになった。
 その翌年の春、今度は古楽器のコレギウム・アウレウム合奏団が、完成したばかりの大阪のザ・シンフォニー・ホールに来た。古楽器ということもありこのオケには多分に興味があって、しかもあのあこがれのシンフォニー・ホールに来るとあって、是非にということでチケットを購入した(値段は憶えていないが5000円程度ではなかったかと思う)。しかも演目は『英雄』なのだった。もっともコレギウム・アウレウムについては『英雄』の印象はあまり残っていない。古楽器だったよなあというくらいの印象しかない。
 こうして、僕の「春は英雄から」は定着した。
b0189364_20324252.jpg 今日も移動中、トスカニーニ指揮、NBC交響楽団演奏の『英雄』をiPodで聴いていたのだが、とても良かった。この演奏は、先ほどのカラヤン&ベルリンフィルの(62年の)演奏によく似ている(実際にはカラヤン版がトスカニーニ版に似ているのであるが)。トスカニーニ&NBCは録音が古くモノラルであるため、僕としてはいつもはベルリンフィルのヤツを聴くことが多いのだが、今日久しぶりに聴いたトスカニーニ版もよくよく聴いてみるとすごい演奏である。流れるような第1楽章から第4楽章まで一気呵成に突っ走り、天にも昇るかのような快演だ。暖かくなって気持ちが高揚する今の時期にピッタリで、世界の壮大さを自分の身体でしっかりと受け止めるような気概すら感じてしまう(なんのこっちゃ)。ベートーヴェンのすごさがいかんなく表現された、トスカニーニの最高傑作の1つではないかと思う。
 ああ『英雄』は良い……ベートーヴェンは良い……春は良い……そんなことを考えた春の宵であった……
# by chikurinken | 2010-03-05 20:34 | 音楽

『路上のソリスト』(映画)

路上のソリスト(2009年・米)
監督:ジョー・ライト
原作:スティーヴ・ロペス
脚本:スザンナ・グラント
出演:ジェイミー・フォックス、ロバート・ダウニー・Jr.、キャサリン・キーナー

b0189364_18534461.jpg(以下若干ネタワレしています。ご注意ください)
 ロサンゼルス・タイムズのノンフィクション・コラムが原作の感動ドラマ(ということらしい)。
 ホームレスの天才的チェリストと記者との交流の話で、このチェリストは統合失調症を患っていて、ジュリアード音楽院を中退したという経歴を持つ。記者は、リストラに揺れるロサンゼルス・タイムズで、仕事への情熱を少し失いかけながらも新しい記事を追い回している。そういう設定である。確かによくできた話でうまくまとまっているが、見た後何だかしっくり来ず、とてもモヤモヤする。
 これが実話だとしても(ま、そうなんだろうが)、統合失調症で人前で演奏活動ができない演奏家であれば、演奏家として活動しようがないじゃないかと思う(記者は彼を甦らせようとするんだが)。しかも本人が病気であることを認めず、しかも舞台を用意してもらっても演奏できないというんであれば、彼はもう演奏家ではない。路上での一人演奏がたとえうまかろうが、人に聞かせることさえできない。ということであれば、大道芸をやるしかないし、それだって人が集まったときに落ち着いて演奏できるかどうかわかったもんじゃない。彼がたとえば作曲家であれば人と接しなくても活動できるが、演奏家はそうはいかない。だから、この作の作者(記者)がどんなにほめようと、作者と本人の関係者以外、まったく関係ない話なのである。だからと言って、この映画でかれらの交流が何かを生み出しているかと言えば、その辺もなんだか微妙である。貧困の問題を照らし出してはいるが、どうもそのあたりも中途半端な気がする。つまり、主人公の2人の関係性以外、何も生まれていないような、しかもその関係性もなんだかはっきりしないもので、ホントにモヤモヤするんだ。何だかよくわからないんだが。
 ただ、そういうこと(背景とか細かい部分)にこだわらず、アメリカ的に脳天気な感じで見れば、感動ドラマとして楽しめると思う。特に全編通じて流れるベートーヴェンの『英雄』は、こうやってあらためて聴くと非常に良いものである(大体はチェロ・パートのみだが)。
★★★

# by chikurinken | 2010-03-03 18:54 | 映画

『橋の上の娘』(映画)

b0189364_16342965.jpg橋の上の娘(1999年・仏)
監督:パトリス・ルコント
脚本:セルジュ・フリードマン
出演:ヴァネッサ・パラディ、ダニエル・オートゥイユ、ニコラ・ドナト

 薄幸な女と旅芸人のロード・ムービー……と言えばフェリーニの『道』を思い起こさせるが、様相は大分違う。
 女の方はセックス依存症で誰とでもすぐ寝る。男はナイフ投げの芸人で、この女と手を組んで旅回りでナイフ芸を見せるが、両者に一切肉体関係はない。ただし、精神的なつながりは強く、後半のナイフ投げのシーンは実に官能的であった。他のセックス・シーンよりもずっと……。ルコントらしい変な映画でありました。
★★★

参考:
竹林軒出張所『仕立て屋の恋とフェリックスとローラ(映画)』
竹林軒出張所『フェリックスとローラ』(映画)』
竹林軒出張所『髪結いの亭主(映画)』
竹林軒出張所『親密すぎるうちあけ話(映画)』
竹林軒出張所『暮れ逢い(映画)』
竹林軒出張所『歓楽通り(映画)』
竹林軒出張所『ぼくの大切なともだち(映画)』
竹林軒出張所『イヴォンヌの香り(映画)』
# by chikurinken | 2010-03-01 16:35 | 映画

フィギュアの採点はアンカリングの所産か?

今回はちょっと内容がわかりにくいかも知れません。ご了承ください。文章が思考に追いついていってないためです。いずれ書き直します(誤記も多かったんで直しときました)。

b0189364_13445743.jpg 今、『プライスレス 必ず得する行動経済学の法則』という本を読んでいるんだが、少し冗長かつ散漫な上、分量も400ページあるため、途中いくらか飛ばしながら読んでいた。ただし冗長かつ散漫と言っても、内容は結構目新しくて面白く、しかも広範に渡って「価格」の科学について記述されており、得るところは大である。
 この本の中心的な概念に「アンカリング(係留)」という考え方がある。これは「初期値(アンカー[錨])が、未知の数量を推測する際の基準点もしくは出発点の働きをする」という理論である(トヴェルスキー、カーネマン『不確実性の下での判断 - ヒューリスティックスとパイアス』)。つまり、人は、何らかの値が提示されたら、その値との対比で数値(ものの値段など)を判定していく性質があるらしいのだ。たとえば、裁判で賠償金を求める場合、高い金額を提示した方が、認定される賠償金が高くなるというようなことがあるらしいが、これがアンカリングの作用だということだ。人間には、ものの絶対的な価格がわかるわけではないので、他のものとの対比でその価値を判断する。したがって、あらかじめ提示されるものが、その対比対象になるということである。
 だから、高級品を売る小売店(たとえばブランド品ショップ)には、この理論を応用して、法外な値段(たとえば1000万円)のものを展示していたりするものもあるらしい。これがその対比対象になるわけである。結果的に、通常では高価なものであっても、客はそれが安いものであるかのような錯覚を覚えることになる。
 話は変わって女子フィギュア・スケートなんだが、今回のオリンピックの採点について、日本国中で不満の声が上がっているようだ。キムと浅田の間にあれだけ(あの点差分)の差があるとは思えないということらしい。誰もできないトリプル・アクセルを跳ぶんだからそれだけで十分点を加算すべきだという話もある。
 僕は、縁があって以前から女子フィギュアをよく見ているんだが、以前からなんとなく感じていることに、滑る前から得点がある程度決まってるんじゃないのかということがある。つまり、オリンピックなどといっても実際のところはほとんど出来レースみたいなもので、よほど大きな失敗をしなければそれほど結果に影響しないということである。そのため、大会で上位に入るためには、それ以前の大会で実力を少しずつ見せて、審査員に顔と技術力を認知してもらう必要がある(これはおおむね事実)。一見(いちげん)でいきなり上位に食い込むなどということは、まあない。
 要するに、審査員の間に、各選手に対するアンカリングの作用が大きく働いているんじゃないかと思うわけだ。各選手ごとにこれまでの実績からすでに基準ができていて、それとの差に基づいて採点される。だから前回よりミスが少なければその分点が加算されるという結果が出る。飛ぶごとに自己最高得点を更新というのもこのあたりが原因ではないかと思う。
 ということは、大技を入れるよりも、無難な線で、表現力の要素を多く盛り込んだプログラムを作って、それをツアーの中でブラッシュアップ(表現力向上)することに努めた方が、戦略としては叶っていたのではないだろうか。というわけでキム(金)が金に落ち着いたことになる。結果的にフィギュア・スケートなどの採点競技を純粋な競技として見てもあまり意味はないという、そういう結論に落ち着くわけだ。

参考:
竹林軒出張所『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦(本)』

# by chikurinken | 2010-02-27 13:46 | 社会

『タルチュフ』(映画)

タルチュフ(1926年・独)
監督:フリードリヒ・W・ムルナウ
原作:モリエール
脚本:カール・マイヤー
出演:ヴェルナー・クラウス、エミール・ヤニングス、リル・ダゴファー、ルチー・ヘーフリッヒ

b0189364_9111328.jpg 第一次大戦後のドイツ黄金時代の映画で、映画史に残るサイレント作品。
 今さら僕がこの映画についてどうこう言うことはないんだろうが、スタッフとキャストが実に豪華である。監督ムルナウ(『吸血鬼ノスフェラトゥ』、『最後の人』など)、脚本カール・マイヤー(『カリガリ博士』、『最後の人』など)、キャストに『カリガリ博士』のヴェルナー・クラウスと『最後の人』のエミール・ヤニングスなど、ドイツ黄金時代を代表する人々が参加している。
 映画自体は85年も前のサイレントであるから非常に素朴なものではあるが、古いにもかかわらずきれいなプリントが残っていたようで、今でも普通に見ることができる。もちろん画面は暗い。この時代の映画は総じて暗い。これは技術的なものなのでいかんともしがたい。話の内容もモリエールの喜劇を題材にとっているらしく普遍性があり、演出も現代的な観点から見てまったく違和感はない。屋敷内の俯瞰撮影が多く、これがなかなかゴージャス。話の展開上階段の上り下りが非常に多かったが、これを俯瞰撮影の下で行っている。3階から1階まで俯瞰した状態で、カメラが降りてくるなど、技術的にも高度である。また、そこに当てられているピアノ伴奏(後で入れられたものか?)が洒脱かつリズミカルで面白い。演出面では、エミール・ヤニングス演じるタルチュフの豹変ぶりにあまりに迫力があって圧倒された。
 ともかく書物を通じてでしか触れられないような歴史的な作品なんで、今見られるだけでもありがたいという、そういう映画であった。僕の中では、正座して見るべきだというような、そんな感覚すらあるのだ。もちろん正座して見たりはしませんけどねー。
★★★

参考:
竹林軒出張所『フォーゲルエート城(映画)』
竹林軒出張所『吸血鬼ノスフェラトゥ(映画)』
竹林軒出張所『ファウスト(映画)』
竹林軒出張所『ファントム(映画)』

# by chikurinken | 2010-02-25 22:10 | 映画

『歩いても 歩いても』(映画)

歩いても 歩いても(2007年・『歩いても 歩いても』製作委員会)
監督:是枝裕和
原作:是枝裕和
脚本:是枝裕和
出演:阿部寛、夏川結衣、樹木希林、原田芳雄、YOU、高橋和也、田中祥平

b0189364_9262250.jpg ちょっとした衝撃だ。こういうエッセイ風のドラマが1本の映画(しかも優れた映画)として成立するということが。
 ある男が実家に帰省した2日間の話で、随所に現れるとりとめのない日常会話で話が進行していく。とりとめのない会話が主体となると、なんとなく『渡る世間……』のまったく無駄な長いセリフが思い浮かぶが、この映画の場合、一見無駄そうな日常会話のほとんどに、当人の思いや怨嗟が含まれていて、非常に緊迫感がある。おそらく原作者(つまり脚本担当であり監督であるが)の体験がかなり盛り込まれているんじゃないかと思う。だがこういう話をたとえ書いたとしても、これを他人が映画化するのはきわめて難しい。おそらく当人が脚本、監督まで担当して初めて実現する企画だと思う。それくらい思いが詰まった映画だ(と思われる)。
 老いや家族についての(個人レベルでは結構重大な)問題が扱われており、僕とて他人ごとではないため、映画と随分シンクロしてしまって、自分の親や兄弟に思いを馳せながら見ていた。映画自体はわりとゆっくりと進行するので、映像で見せられる古家の風情や夏の情景に浸りながら、自分のことに思いを巡らせることができる。田舎の母親(樹木希林)が時折見せる毒や、妻(夏川結衣)との関係、父(原田芳雄)の存在など、静かな中にも緊張感が続き目を離せない。大きな事件はほとんどないが、人間の持つ奥深さが垣間見られる。そういう意味で目を背けたくなるような場面もあった。ただそういった場面では、主人公(阿部寛)もさりげなくその場を離れたり、なだめたりする。僕の個人的な状況とは似ていないが、主人公にとても感情移入できる……そういう映画であった。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『海街diary(映画)』
竹林軒出張所『三度目の殺人(映画)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (1)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (2)〜(10)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2010-02-24 22:27 | 映画

『プライドと偏見』(映画)

プライドと偏見(2005年・英)
監督:ジョー・ライト
原作:ジェーン・オースティン
脚本:デボラ・モガー
出演:キーラ・ナイトレイ、マシュー・マクファディン、ドナルド・サザーランド、ロザムンド・パイク、サイモン・ウッズ

b0189364_9272020.jpg ジェーン・オースティンの古典小説『高慢と偏見』を映画化したものである。
 映像が美しく、調度や衣装も丁寧かつきれいにしつらえられており、大変好感が持てる。また、時代状況や風俗がよくわかる。これは、小説を読んだだけでは伝わってこない情報で、その点だけでもこの映画を見た甲斐があったというものだ。また、主演のキーラ・ナイトレイ、マシュー・マクファディンが美しく描かれており、映画的な娯楽性も伴う。なかなか良い映画であった。
 ただし、原作のストーリーについては、ちょっと納得がいかない。正直「何ですか、このストーリーは!」と言いたくなるようなチープな話である。ハーレクイン・ロマンスのような安直かつ好都合なストーリーで、最初の段階で、ストーリーのすべてが読めてしまうような、ありきたりの話だ。これが本当に古典なのかと思ったほどである。とは言うものの、こちらがハーレクイン・ステレオタイプの原典なのかも知れないし、小説にはストーリー以外の要素もある。それはわかるが、少しばかり首をひねるような内容であるのは確かだ。
 ま、しかし、安直さに目をつぶって、質の高いハーレクイン映画だと思えば、一つの話としても結構楽しめるのではないかと思う。それに、これを原典で読んでいればストーリーに対する失望感がさぞかし大きかっただろうと思う(読むのに時間がかかることだし)。「できの良い映画」という型式で見れば、たかだか2時間のことだし、見る価値は十分あったと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『原作と映画の間』
竹林軒出張所『Emma/エマ(映画)』
竹林軒出張所『ジェイン・エア(映画)』
# by chikurinken | 2010-02-23 22:22 | 映画

青空文庫の『ヴィヨンの妻』を読む

 青空文庫というプロジェクトがあり、古典文学が無料で提供されているというのは、おそらく多くの人がご存じだと思う。
 青空文庫は、著作権に縛られない(つまり著作権保護期間が過ぎた)作品を、ボランティアの手で入力、校正して、広く一般に提供しようという、インターネットの理想を体現したようなプロジェクトで、実際に相当数の古典作品が無料で提供されている。しかもそれを読むための環境(ソフトウェアなど)も無料の場合が多く、そちらの方を向いて手を合わせたくなるような理想主義の結晶である。
 最近僕自身、余生というものについて思いを馳せることが多くなり、見る映画や読む書籍など、ある程度厳選して、本当に優れたもの、自分が見たり読んだりしたいものだけを中心に鑑賞していこうという決意を固めたところである。そういうわけで、しばらく遠ざかっていた小説についても、古典中心に再接近しようかなと考えていた。というわけで「青空文庫」の出番になる。
 さて、青空文庫を実際に読むに当たり、使っているMacで動く青空文庫対応リーダー(ソフトウェア)が必要になる。実は、今から10年近く前、OS 9の時代に青空文庫のデータを大量にダウンロードして、OS 9対応リーダーで読めるような準備をしていたことがあるんだが、実際にいっぱいかかえていたところで、例によって積ん読状態でまったく読むことはなかった。それ以来遠ざかっていたため、現在のOS X環境で動作する青空文庫リーダーというのをよく知らなかった。
b0189364_8552950.jpg そこで例によってインターネットでチョコチョコッと検索して、いくつかソフトを見つけたんである。とりあえず、AozoReaderazurという2つのソフトを試すことにした。AozoReaderは無料だがazurは2100円のシェアウェアである。機能的にはazurの方が良いようだが、2100円の価値があるかどうかは、使う人次第ということになる。
 使い勝手は両方のソフトでほぼ同じで、矢印キーでページをめくるようになっている。表示も美しく、実際に紙の本を読む場合と比べても遜色ない。ただMacの画面が少し明るすぎて目が疲れるような若干の違和感はあった。
 今回、20年以上前に読んだ、太宰治の『ヴィヨンの妻』を読んでみた。前に読んだときは、正直「なんじゃこりゃ」と思ったのである。僕は以前から太宰治の少しシニカルな笑いが好きで、太宰治の作品は割に好きだったんだが、こと『ヴィヨンの妻』に至っては「過剰なナルシシズム付きの日記」ぐらいにしか思われず、到底受け入れることができなかった。が、今回は、(以前と同じように)確かに終わり方に唐突さを感じたものの、太宰治に対する理解が以前よりあったせいか、割に面白く読むことができた。自身をシニカルに扱っているのも良いし、赤裸々さもすごみを感じる。
 青空文庫であるが、何より古典に気軽に接することができるというのは非常に良い。今回のソフトでは書籍をダウンロードして保存してから読むというのではなく、随時サーバーから取り出してくるという感覚で、今流行りのクラウド・コンピューティングに近い感覚である。確かにネットに接続していなければアクセスできないが、パソコンならばほとんどの場合ネットに接続できているわけだし、それを考えるとパソコン環境であれば、そういう方法でも良いんじゃないかという気もしてくる。手元にないというのは多少心許なさを伴うものだが、実際にはそれほどマイナスになることはないのだ。かつてのように大量にダウンロードしたところで、ハードディスクの肥やしになるのが関の山だ。そういうわけで、今回は特に「必要なものだけ随時呼び出す」という方法も悪くないんではないかと感じた。何でも最近ではiPhoneやiPod Touchでも青空文庫を読める環境があると聞く(こちらは書籍をダウンロードするようだ)。つまり手元に置いておきたい古典をどこにでも持ち運ぶことができるわけで、これこそ古典の正しい使い方と言えるんじゃないかと思う。すごく贅沢なことではあるが。

参考:
竹林軒出張所『富嶽百景・走れメロス 他八篇(本)』
竹林軒出張所『冬の花火 わたしの太宰治 (1)〜(13)(ドラマ)』
竹林軒出張所『女性操縦法 “グッドバイ”より(映画)』
竹林軒出張所『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ(映画)』
竹林軒出張所『太宰治物語(ドラマ)』
# by chikurinken | 2010-02-22 09:00 | パソコン

『親密すぎるうちあけ話』(映画)

親密すぎるうちあけ話(2004年・仏)
監督:パトリス・ルコント
脚本:ジェローム・トネール
出演:サンドリーヌ・ボネール、ファブリス・ルキーニ、ミシェル・デュショーソワ

b0189364_8331131.jpg 例によって冴えない男が主人公のルコントの恋愛映画(なんだろうね……)。
 冴えない男のもとに、ある日突然わけありの美女が現れるという、言ってみればよくある筋書きなんだが、だがしかしそこはルコント、まったくそういったわざとらしさを感じさせない巧妙な演出。設定やディテールも非常に優れており、何よりリアリティがあるので、まったく安直さは感じられない。それより何より、途中、人間心理に潜む恐怖を感じさせるようなスリリングさもあり、片時も目を離せない構成で、ルコントの映画世界に引き込まれっぱなしである。
 この映画は、基本的には、主人公の仕事場における会話が中心の会話劇である。そこに濡れ場や争いがあるわけでもなく、本来であれば、退屈きわまりない映画になりがちであるが、さっきも言ったようにちょっとしたサスペンスもある上、エロスを感じさせるような視線が映像上の静かな演出として展開される。こういう巧妙な仕掛けにより、一歩間違うと退屈な話になるようなこのストーリーが素晴らしいものになっている。ルコントおそるべしである。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『仕立て屋の恋とフェリックスとローラ(映画)』
竹林軒出張所『フェリックスとローラ』(映画)』
竹林軒出張所『髪結いの亭主(映画)』
竹林軒出張所『橋の上の娘(映画)』
竹林軒出張所『暮れ逢い(映画)』
竹林軒出張所『歓楽通り(映画)』
竹林軒出張所『ぼくの大切なともだち(映画)』
竹林軒出張所『イヴォンヌの香り(映画)』
# by chikurinken | 2010-02-21 08:37 | 映画