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竹林軒出張所

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『鴨川ランナー』(本)

鴨川ランナー
グレゴリー・ケズナジャット著
講談社

日本のアメリカ人

『鴨川ランナー』(本)_b0189364_13043218.jpg 現在法政大学で教鞭を執っている著者による中編小説。表題の「鴨川ランナー」と「異言(タングズ)」の2編構成である。
 どちらも日本在住アメリカ人の話で、おそらく著者および著者周辺の話を小説に仕立てたものだろうと思う。特に「鴨川ランナー」は、経験に基づく私小説であることが窺われる。主人公は(「きみ」と表記される)米国の田舎町で生まれ育ち、高校で日本語の授業を受けたことをきっかけにALTとして日本にやって来ることになる。その後も日本に数年滞在することになるが、その間に感じた違和感、疎外感などが率直に表現される。巷に溢れている、来日外国人(と一部の愚かしい日本人)による「日本スゴイ」論とひと味違う味があり、それだけでも十分読む価値があるが、一人のアメリカ人が異国で体験する冒険という観点でも非常に面白い。日本語もこなれていて読みやすい。
 「異言(タングズ)」の方は、英会話学校の教師をしている主人公が、突然失業してしまい、やがて結婚式場でにわか牧師を勤めるまでを描いた小説。異文化社会で生きることがこんなに息苦しいのかということを実感させられる話で、多くの日本人が彼らの目にこういう風に映って、日本人の英語がこういう風に聞こえているのかというのがよくわかり、そちらの方にも興味が湧く。
 どちらの小説も主人公の息苦しさが印象的で、日本での異邦人生活も随分大変だなと感じる。だが、率直な語り口がなかなか魅力的でもあり、小説としての面白さも備えている。いろいろと感じるところが多い佳作である。
第二回京都文学賞受賞
★★★☆/span>

参考:
竹林軒出張所『パリ、愛してるぜ〜(本)』
竹林軒出張所『私はカレン、日本に恋したフランス人(本)』
竹林軒出張所『「ニッポン社会」入門(本)』
竹林軒出張所『新「ニッポン社会」入門(本)』
竹林軒出張所『英国一家、日本を食べる(本)』

# by chikurinken | 2025-11-17 07:04 |

『日本文学史 近代・現代篇〈八〉』(本)

日本文学史 近代・現代篇〈八〉
ドナルド・キーン著
中公文庫

知らない事実も多かったが
特に感じるところもなかった


『日本文学史 近代・現代篇〈八〉』(本)_b0189364_08534814.jpg ドナルド・キーンの畢生の大作、『日本文学史』の近代・現代篇〈八〉である。『日本文学史 近代・現代篇』は〈六〉までが通年の散文の文学史で、〈七〉では俳句・短歌、〈八〉では近代詩、〈九〉では芝居や戯曲を扱っている。そのため、〈七〉から〈九〉は言ってみれば付録みたいなもので、別扱いであるため、〈六〉までのシリーズを読んでいる途中から、こちらに移っても不都合はない。『近代・現代篇』は今のところ〈四〉まで読んでいるところだが、前回の〈七〉に続いて、今回は〈八〉を読んだ。扱われているのは、先ほども書いたように日本近代詩の歴史である。
 日本の近代詩、つまり明治以降の詩は文語から口語へという大変動があり、大正期の萩原朔太郎あたりが口語使用の嚆矢になっているという知識はあった。しかし実際は朔太郎自身、(口語詩発表後も)文語詩を作っているなど、そこが明確な境目になったというわけではないらしい。やはり文語体の持つ荘重さは詩に合っていると言え、口語体の持つ軽薄さは時に詩を気恥ずかしいものにしてしまう。僕は高村光太郎の詩があまり好きではないが、その要因は「軽薄な気恥ずかしさ」にある。これは口語体の詩でしばしば感じられるもので、妙にかっこつけた文体に僕自身は嫌悪感を持つ。そのために三好達治などの近代詩は学校教科書で触れていたものの、あまり好きではなかった。
 本書では明治初期の詩から戦後の詩までが通年的に紹介され、明治期の島崎藤村、土井晩翠、薄田泣菫、上田敏、蒲原有明、北原白秋、三木露風、大正期の萩原朔太郎、室生犀星、山村暮鳥、宮沢賢治、昭和期の高村光太郎、三好達治、西脇順三郎らが1つの章を当てて紹介される。現在比較的人気のある中原中也は、「昭和初期の詩」の章で扱われる程度で、比較的軽い扱いになっていて、著者自身の評価もあまり高くないようである。著者が大いに評価している昭和期の詩人は西脇順三郎で、僕自身は西脇のことをまったく知らなかったため、特に感慨が湧かなかった。随時紹介されている西脇の詩についても感じるところは特にない。西脇以外の詩についても概ねこんな感じの印象で、正直あまり得るところはなかったと思う。
 北原白秋と三木露風は僕にとって童謡の人であり、上田敏は翻訳詩の人、宮沢賢治、高村光太郎、三好達治は、僕にとって、先ほども言ったような口語詩の恥ずかしさが伴う作家である。そういうわけで、彼らの詩に対する思い入れは、僕にはあまりない。その結果、本書は、僕にとってあまり面白さを感じる本ではなくなったのだった。『日本文学史 近世篇〈三〉』のときに感じたような、日本文学史の中でそれほど重要ではないが、『日本文学史』シリーズを完結させる上で省くことができない要素、つまり「補足」的なものだろうというような印象になる。不要だとは思わないが、読んで面白いと感じる要素はきわめて少なかった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近世篇〈三〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈一〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈二〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈三〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈四〉(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代・現代篇〈七〉(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『百代の過客〈続〉(本)』
竹林軒出張所『日本の文学(本)』
竹林軒出張所『詩のこころを読む(本)』
竹林軒出張所『日本語を作った男 上田万年とその時代(本)』

# by chikurinken | 2025-11-13 07:53 |

『ストーリーが世界を滅ぼす』(本)

ストーリーが世界を滅ぼす
物語があなたの脳を操作する

ジョナサン・ゴットシャル著、月谷真紀訳
東洋経済新報社

あなたの思考は誰かの言説によって操られている

『ストーリーが世界を滅ぼす』(本)_b0189364_12292570.jpg 人の考え方や行動の仕方は、他人が発したナラティブ(語られたストーリー、物語)によって影響を受ける。これは太古から受け継がれたもので、社会学的な観点では、この機能によって、社会の結束が強まったり、相互間の関係性が維持されたりすることになるという。
 こういうナラティブが小さいコミュニティで共有されている分には問題はあまりないが、これが現在のように世界的に展開するといろいろと問題が出てくるというのが本書の主張である。中には、嘘だらけのナラティブもあり、それを信じ込む人々も少なくないわけで、それが現在のような分断を生み出しているというのが、本書のテーマである。
 広く受け入れられやすいナラティブは、敵・味方(悪玉・善玉)がいて、聞き手に激しい情動を生み出すようなドラマチックな展開があり、最終的に善玉が勝利するというわかりやすいものになる。悪玉が憎しみを生み出せば生み出すほど効果があるらしい。「驚き、畏怖、恐怖、不安、希望といった活性化する感情をより強く」もたらすものがより強いインパクトをもたらすということで、キリスト教が広く普及したのもそういった要素を持っていたためだとする。また、レーニン、ヒトラー、毛沢東、金日成についても、こういう「ストリーテラー王」であると断定しているあたりはなかなか鋭い洞察ということができる。
 書かれている内容は、このように斬新で面白い内容が多いが、全体的に語りが冗長かつ雑談風で、もう少しポイントをしっかり押さえた書き方にしてもらいたいものだと終始考えていた。ノンフィクションであるにもかかわらず、エッセイ風と言えば良いのか、あるいはそれが著者によるナラティブなのかも知れないが、冗長さが少し苛立たしく感じる。ただ著者が主張している、成功するナラティブ(物語)のフォーマットをしっかり把握しておくことは、情報の取捨選択を行う上で非常に有効なツールになるのは確かである。多くの人々がこういうことに気づけば、馬鹿げた言説に踊らされることもなくなるだろう。また、勝手な思い込みで誰かを悪者にすることが、1つのナラティブの結果に過ぎないということも理解でき、世界を多様な観点で見られるようになるのではないかと思う。そういう点で、本書の主張は非常に有用である。この主張自体が、世界中の人に知ってもらいたいナラティブと言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『「集団の思い込み」を打ち砕く技術(本)』
竹林軒出張所『“強欲時代”のスーパースター(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドナルド・トランプのおかしな世界(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ハルマゲドンを待ち望んで(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“チェーンソー”改革の現在地(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ハンガリーの民主主義は今(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『妖怪の孫(映画)』
竹林軒出張所『安倍晋三 VS. 日刊ゲンダイ(本)』
竹林軒出張所『教育と愛国(映画)』
竹林軒出張所『何が記者を殺すのか(本)』
竹林軒出張所『同調圧力(本)』
竹林軒出張所『ヒトラー 権力掌握への道 前後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『シリーズ毛沢東(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第5集〜第8集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ねらわれた図書館(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-11-10 07:29 |

『伝説的トークショーの5日間』(ドキュメンタリー)

ジョンとヨーコ 伝説的トークショーの5日間 前編後編
(2024年・米Revolutionary Films)
NHK-BS BS世界のドキュメンタリー

テレビ番組作りは
製作者の趣味で行うのが一番面白い


『伝説的トークショーの5日間』(ドキュメンタリー)_b0189364_10334585.jpg 1970年当時、ビートルズを脱退してニューヨークに居を構えていたジョン・レノンは、妻のオノ・ヨーコとともに音楽活動や社会活動を行っていたが、社会が保守反動的な情勢になっていた当時、政治問題を広く知らしめるため何かできないかと考えていた。そこで降って湧いたように、昼の帯番組『マイク・ダグラス・ショー』への出演の機会が舞い込んだ。
 そこでジョンとヨーコは、この帯番組を1週間借り切るような形で、彼らが興味を抱いている各界で話題の人々(ほとんどが、昼の有名番組に登場しなさそうな人々)をゲストとして招き、ジョンとヨーコ、マイク・ダグラス、ゲストでトークを繰り広げ、同時にゲストの活動の一端を披露するという番組を放送した。このドキュメンタリーのタイトルになっている「伝説的トークショーの5日間」とはこの1週間の番組のことを指しており、今あたらめて振り返ると「伝説的」と言っても良いような画期的な番組だったということができる。この5日間の番組をダイジェスト的にまとめたのがこのドキュメンタリーである。
『伝説的トークショーの5日間』(ドキュメンタリー)_b0189364_10335632.jpg この番組に登場したゲストは、チャック・ベリー(ロックンロールの元祖的存在)の他、ラルフ・ネーダー(当時の消費者運動の先導者)、ジェリー・ルービン(反体制活動家)、ノブコ・ミヤモト(活動家シンガー)、ヒラリー・レッドリーフ(マクロビオティック料理の専門家)、ヴィヴィアン・リード(歌手)らで、チャック・ベリーとラルフ・ネーダー以外、僕はよく知らなかったが、当時は話題になっていた人々らしく、特にラルフ・ネーダーとジェリー・ルービンについては、お昼のトークショーに出演するということはまず考えられないような人選である。それでもあえて、彼らの活動を社会運動に関心のない主婦層にも認知させたいという意図がジョンとヨーコの側にはあったようで、結果的にその試みは成功している。また当時の映像も出てくるが、番組としてもそれなりに楽しいものに仕上がっており、当時かなり話題になったようだ。たとえば、チャック・ベリーが、ヒラリー・レッドリーフのマクロビオティック料理体験のコーナーに参加していたりして、1つのテレビ番組としての面白さもある。
『伝説的トークショーの5日間』(ドキュメンタリー)_b0189364_10334817.jpg このドキュメンタリーでは、この番組に関わった当時のスタッフや、登場したゲストたちに話を聞き、当時の映像を交えてあの番組を振り返るんだが、ドキュメンタリーの中でゲストの背景などもさりげなく紹介されるため、当時の視聴者に近い感覚で、この「伝説の5日間」の『マイク・ダグラス・ショー』に接することができる。前後編で約90分のドキュメンタリー番組だったが、まったく飽きることなく楽しむことができた。同時にこの「伝説の5日間」の価値も感じることができたのだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ジョン・レノン、ニューヨーク(映画)』
竹林軒出張所『“イマジン”は生きている(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ジョン・レノンの魂(ドラマ)』
竹林軒出張所『The Making of Sgt. Pepper(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『サージェント・ペパー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ビートルズとインド(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『EIGHT DAYS A WEEK(映画)』

# by chikurinken | 2025-11-06 07:33 | ドキュメンタリー

『プーチンの“標的”にされた男』(ドキュメンタリー)

解毒 プーチンの“標的”にされた男 前編後編
(2024年・英Passion Pictures、PASSION FEATURES、蘭Bellingcat)
NHK-BS BS世界のドキュメンタリー

生命をつけ狙われることの恐怖

『プーチンの“標的”にされた男』(ドキュメンタリー)_b0189364_20254255.jpg 「オープンソースの調査報道」機関、ベリングキャット竹林軒出張所『ベリングキャット(ドキュメンタリー)を参照』のロシア担当、クリスト・グローゼフは、その独特のジャーナリスト的嗅覚で、これまでロシアの多くの不正を暴いてきた。ナワリヌイ毒殺未遂(竹林軒出張所『プーチン政権と闘う女性たち(ドキュメンタリー)』を参照)やマレーシア航空機撃墜事件の真相を暴いたのも彼だという。ロシア当局にとっては煩わしい存在になっており、プーチン政権は、こういう人間については当たり前のように抹殺しようとする。これまでも数多くのプーチンの政敵(あるいはプーチンにとって都合の悪い人間)が、国の内外を問わず、「秘密警察」FSBによって抹殺されてきているのは有名な話である。
『プーチンの“標的”にされた男』(ドキュメンタリー)_b0189364_20253426.jpg 実際グローゼフについても、ロシア当局から指名手配され、身柄が狙われ始めたのである。他国の人間を指名手配リストに掲載するというのも一般的な国際感覚ではあり得ない話だが、常識が通らないのが今のロシア。実際にこれまでも多くの人々を抹殺してきているわけで、決して脅しではないということはグローゼフ自身が一番よくわかっている。
 生命をつけ狙われるようになったグローゼフは、母国オーストリアに戻れなくなり米国に滞在することになった(オーストリアにFSBの工作員が潜んでいるためである)。それでも家族に累が及ぶ可能性もあり、それが懸念材料になっていたため、ヨーロッパに帰る方法を模索していたが、その矢先、特に親密だった父親が謎の死を遂げるという事件が発生する。グローゼフはいよいよ死の恐怖が身近に迫っていることを実感するが、一方でこうしてドキュメンタリー作品に登場することでロシアの非道を訴えているわけで、そのあたりはある意味、ジャーナリスト精神の現れとも言える。
『プーチンの“標的”にされた男』(ドキュメンタリー)_b0189364_20253824.jpg この作品、元々は90分弱の映画作品(『Antidote』)で、それが今回、2回に分割されて『BS世界のドキュメンタリー』枠で放送されたわけだが、なかなか重厚な作品に仕上がっていた。『BS世界のドキュメンタリー』では、こういう放送形態を時々とっているが、分割することについては否定的な意見もあるかも知れないと思いつつ、存在すら知らなかった作品について見る機会を与えてくれたという点では非常にありがたい取り組みだと思う。こういう取り組みは、今後も続けていってもらいたいと切に思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ベリングキャット(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『KGBの刺客を追え(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『プーチン政権と闘う女性たち(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-11-03 07:25 | ドキュメンタリー