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竹林軒出張所

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『日本語の歴史』(本)

日本語の歴史
山口仲美著
岩波新書

日本語「表記」の歴史の断片

b0189364_20181025.jpg タイトルは『日本語の歴史』であるが、ほとんどは日本語の「表記」の歴史である。日本語の表記方法がどのように変遷してきたか、「奈良時代」、「平安時代」、「鎌倉・室町時代」、「江戸時代」、「明治時代以降」の5章立てで紹介する。
 「奈良時代」では、大陸の漢字を使用して日本語の話し言葉を表記する方法を見つける過程とその表記方法についての研究が紹介される。次の「平安時代」では、漢式和文(漢文風だが漢文法に乗っ取っておらず日本語の語順で漢字で表現した文章)から徐々に、話し言葉をそのまま反映した「かな文字」による表記が定着していく状況が紹介される。
 「鎌倉・室町時代」では、平安時代の日本語から少しずつ変化していく過程が述べられる。係り結びの形が崩れ、連体形が終止の形として定着していく。同時に話し言葉と書き言葉の乖離が進んでいく時代でもある。次の「江戸時代」の章は、主に話し言葉について書かれており、ベランメー調が『浮世風呂』などの文献に出てきて、今の日本語と近くなってきている状況が示される。といっても現実的には今の標準日本語に江戸語が採用されているというのが正しい認識で、現代日本語の方が江戸語に近いという考え方の方が正しいように思う。この章は内容的にはかなり薄めである。
 僕が今回この本を読んだのは、明治時代の言文一致の過程が紹介されている「明治時代以降」の章が目的で、社会で言文一致の必要性が認識されていたにもかかわらず、なかなか進展せず、新聞の言論で徐々に採用されていき、同時に文壇でも二葉亭四迷、山田美妙、尾崎紅葉らによってさまざまな文体が試みられていく過程が紹介される。割合知られている事柄が多いが、こうして簡潔に歴史としてまとめられていることに意義がある。前に読んだ言文一致成立の過程の本(『日本語を作った男 上田万年とその時代』)よりはるかにわかりやすくまとめられていた。
 とは言え総じてエッセイ風の内容で、読みやすく興味深い内容もあるにはあるが、若干の物足りなさも残る。むしろ「日本語の歴史」というより「日本語の歴史の断片」というタイトルの方が適切な気もする。
第55回日本エッセイスト・クラブ賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『犬は「びよ」と鳴いていた(本)』
竹林軒出張所『日本語の文法を考える(本)』
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』
竹林軒出張所『日本語を作った男 上田万年とその時代(本)』
竹林軒出張所『日本文学史 近代から現代へ(本)』
竹林軒出張所『大学教授がガンになってわかったこと(本)』

by chikurinken | 2019-07-31 07:17 |

『犬は「びよ」と鳴いていた』(本)

犬は「びよ」と鳴いていた
日本語は擬音語・擬態語が面白い

山口仲美著
光文社新書

サンプリングだけでなく
日本の古典との関わりがあればよかった


b0189364_19523537.jpg 日本の古典文学の研究者である山口仲美の著作。このお方、擬音語・擬態語についても研究しているようで、それをまとめ、いろいろとそれに付け加えて何とか一冊の本に仕上げた……というような類の本。
 第一部「擬音語・擬態語の不思議」と第二部「動物の声の不思議」に別れていて、前半が書き下ろし、後半の大部分が『月刊言語』の連載の再掲ということらしい。半分を「動物の声」で章立てするというのも内容の薄さを物語っているようだが、実際に内容はかなり薄い。
 第一部では、日本語にあるいろいろな擬音語・擬態語が時代と共に変化しているということを、さまざまな文献を調査し、拾ってくるというアプローチを取る。ほとんどはサンプリングだけで終始しているという印象で、そのためにどれもせいぜい雑学やエッセイ程度の内容で、面白味はあまりない。
 第二部は、動物の鳴き声の擬音語を集めるという、その意図があまりよく伝わってこない企画である(「エピローグ」によると「もっと身近な動物の声を写す言葉の歴史を明らかにしたいという思い」によるらしい)。全8章構成になっており、(1)から(6)が犬、猫、鼠、牛、馬、狐の鳴き声、(7)と(8)がももんがとツクツクボウシと来る。(1)から(6)では、過去の文献で、こういった動物の鳴き声にどういう擬音語が使われているかをひたすら紹介するというもので、こちらもまったく面白さを感じない。せいぜい動物の鳴き声の雑学といった程度のとりとめのない話である。昔使われていたであろう擬音語を紹介し、その出典を紹介する程度、つまりサンプリングのレベルでとどまっているのが、つまらなさの原因だろう。古典の研究者なんだから、古文との関連で話をしてくれるともうすこし面白くもなるんだろうと思いつつ、このあたりは我慢しながら読んでいたのだった。ただ(1)で紹介されていた犬の鳴き声に関する漢詩(椀椀椀椀亦椀椀 亦亦椀椀又椀椀 夜暗何疋頓不分 始終只聞椀椀椀)はユニークで、ほとんど唯一の面白い素材だった。我慢して読んでいれば一つぐらいは見所が見つかるものである(ちなみにこの(1)から(6)が『月刊言語』に連載されたものらしい)。
 (7)と(8)のももんがとツクツクボウシの章はもう少しましで、面白い題材がいくらかあった。「ももんが」という名称が化け物を指す言葉だったとか、和歌でツクツクボウシが「うつくし」(蝉の羽の 薄き心と 言ふなれど うつくしやとぞ まづはなかるる〈元良親王〉)や「筑紫良し」(空蝉の つくしよしとは 思はねど 身はもぬけつつ 鳴く鳴くぞゆく〈相良武任が筑紫に逃げ下る途中で詠んだ歌〉)の掛詞で使われている例が紹介されているが、こういった題材はそれなりに味がある。こういう話を全編通していればもう少し良い本になったんではないかと思うが、古典の面白さに通じるような話は他にはほとんどなかった。結果的に、やっつけ仕事みたいな本になってしまっているのが、あまり感心しない。
★★★

参考:
竹林軒出張所『日本語の文法を考える(本)』
竹林軒出張所『さらば東京タワー(本)』
竹林軒出張所『驚くべき日本語(本)』
竹林軒出張所『日本語の歴史(本)』
竹林軒出張所『大学教授がガンになってわかったこと(本)』

by chikurinken | 2019-07-30 06:52 |

『新版・竹取物語』(本)

新版・竹取物語
室伏信助訳注
角川ソフィア文庫

古い作品だが意外にモダン

b0189364_19424747.jpg お馴染みの『竹取物語』。お馴染みだが原文を読んだって人はごく少数派だろう。本書は『竹取物語』の原文が収録された古典文庫である。古典といっても『竹取物語』は、せいぜい文庫本で60ページ程度の短編であるため、実際に読んでみるとそれほど苦にならない。なにしろ、この文庫には、注に加えて、現代語訳も付いている。どうしても古文が読めないという人は現代語訳を読んだらよろしい。だが、古文といっても日本語なんで、意外に読めるものである。
 最初にすべての原文(欄外に脚注あり)と補注、それに続いて現代語訳という構成で、それでも120ページ程度に過ぎない。短すぎるためか、その後に解説がなんと30ページ、さらにその後に参考文献が20ページ近くに渡って収録されている。「参考文献」の節はなかなか奮っていて、古典作品(たとえば『源氏物語』や『今昔物語』など)で『竹取物語』が引用されている箇所が紹介されている。しかもそれについての解説は「解説」の節でかなり詳細に説明されていて、この「解説」も内容が学術書風で、単独で出されていてもそれなりに価値がありそうである。しかも最後の最後には、古語の索引まで付いている。薄い文庫本だが、至れり尽くせりの感がある。
 『竹取物語』の内容だが、頑固なかぐや姫、求婚者とかぐや姫の間の取次でてんてこ舞いの翁(かぐや姫の養父、讃岐の造)などがうまく描写されていて、想像以上によくできている。特に翁は最後のあたりになると非常に興奮して、月から来る迎えの人々をとっ捕まえて尻をみんなに見せて恥をかかせてやるなどということまで言い出す始末で、しかもそれをかぐや姫にたしなめられたりするのである。かぐや姫に無理難題を課せられた求婚者たちの行動もいろいろ(ずるをする奴もいるし、大陸の商人に頼む者もある)で、ここらあたりも読みどころである。全体的に小説としての作りはハイレベルに思え、かなりモダンな感じもする。とは言うものの、かぐや姫の性格が少々支離滅裂な印象で、そのあたりが僕にとって難ありであった。ただしかぐや姫のキャラクター自体は非常に面白いと思う。いずれにしても、得るところが非常に多い古典作品である。さすが「物語の出で来はじめの祖」(『源氏物語』)である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『宇治拾遺物語(本)』
竹林軒出張所『世間胸算用(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 和泉式部日記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 大鏡(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 太平記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 小林一茶(本)』
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』

by chikurinken | 2019-07-29 07:42 |

『大海原のゴールドラッシュ』(ドキュメンタリー)

大海原のゴールドラッシュ
(2019年・仏Via Decouvertes Films)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

莫大な埋蔵金は海底にあった

b0189364_20213959.jpg 世界中の海洋に大量の難破船が沈んでおり、中には非常に貴重な金銀財宝を積んだものもある。たとえば、近世にアメリカ大陸から金や銀を奪い取り本国に持ち帰ろうとして沈没したスペイン船(キューバの近海に大量に沈んでいるらしい)や、大量の陶磁器を積んで中国からヨーロッパに向かっていた商船などがある。こういった難破船を探索し宝を回収しようというベンチャー企業もあるらしく、中にはスペイン船から大量の金塊、銀塊、貨幣を回収することに成功したものもある。もっともこのケースについては、米国で所有権を争う裁判を(ベンチャー企業側が)起こし、結果的にすべてがスペインの所有になるということで決着したため、大変な労力をかけた割に実入りはなかった。
 要するにこういった難破船が誰に帰属するか、誰に所有権があるかは大きな問題で、このような海底資源を管理する国連のユネスコによれば、すべては世界中の人びとの共有財産であるため、引き上げられたものはしかるべき美術館などが管理すべきで、利益を追求するためにむやみに海底探査をするのは、資源を破壊することにつながるということらしい。
 しかし実質的には、国や行政がこういった資源探査に資金を注ぎ込む(実際かなり金がかかるらしい)などということは現実的ではなく、ベンチャーのように資源探査を行うことはできないのである。したがって、互いに自分の主張ばかりを貫くのではなく、両者で協力するというのが現実的な線ではないかというのが、このドキュメンタリーの結論である。至極ごもっともな話でまったく異論はないが、金持ちが財力を使って資源をかき集めるような状況は最低限禁止しなければならないと思う。もっとも僕自身は、こういうことが世界中の海洋で進行しているという事実についてはまったく知らなかったため、大変参考になったのだった。
★★★☆

追記:
 ユネスコの主張は、探索せずに現状を維持すべきとするものだが、その一方で、現状のまま放っておいたらいずれ跡形もなく朽ちてしまうという意見もある(実際朽ちたものもあるらしい)。またトロール漁船が海底をさらうために沈没船を破壊してしまう事例もあるという。こういったさまざまな主張を聞くと、この問題が意外に相当な難しさを孕んでいるということがよくわかる。

参考:
竹林軒出張所『ジパングの海 深海に眠る巨大資源(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アフリカ争奪戦 富を操る多国籍企業(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『血塗られた携帯電話(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-27 07:21 | ドキュメンタリー

『偽りの後見人』(ドキュメンタリー)

偽りの後見人
(2018年・加No Equal Entertainment)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

こいつぁ事件だぜっ

b0189364_20111804.jpg アメリカのネバダ州で後見人制度を悪用した詐欺犯罪が横行している現状をレポートするドキュメンタリー。
 あるお年寄りが(ケガの治療などのために)とある病院にかかったことがきっかけで、その人が自身の力で自立して生活できないということにされてしまい、その後、後見人と称する人間が現れて、すぐに家から退去して施設に入るよう強制される。このあたり、その本人自体何が進行しているか把握できずに戸惑うことが多いが、とにかく問答無用ですぐに家を出るように迫られ、状況によっては暴力を奮われるケースもあるというのである。そしてその後、精神科施設に強制入院させられて、挙げ句に薬漬けにされるというのだ。その一方でこの「後見人」は、そのお年寄りの財産をすべて押収するという具合に話が進んでいく。場合によっては、病院の帰り道に突然拉致され施設に連れて行かれたというケースもあり、どこからどう見ても犯罪以外の何ものでもない。
 問題はここからで、これについて親族が訴えを起こしても、家庭裁判所が却下してしまうという事例が頻繁に起こったのである。つまり結果として、この行為が正当であったというお墨付きが与えられることになったのである。要するに、病院関係者、後見人、裁判官、その他諸々の人間がグルになって、お年寄りの財産を狙っているという状況がそこにあったのだった。
 実際、これに関連した犯罪行為で、100人以上の被害者が出ているにもかかわらず、司法当局が動かなかったため、問題がかなり大きくなった。マスコミがこの問題を報道するようになり、ようやく検察が動き出して、一部の「後見人」が逮捕されることになったというのが、このドキュメンタリー製作時点の状況である。
 こういう話を聞くと、文明国だと思えないような状況がアメリカの国内に存在していると感じる。時代が100年遡っているかのような無法状態であって、まったく驚きを禁じ得ない。最近特にであるが、アメリカがとんでもない方向に進んでいると感じさせられてしまう。日本も一緒になってこういう方向に進まないことを願いたいものである(もう進んでいるか……)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『人種隔離バスへの抵抗(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『OK牧場の決斗(映画)』

by chikurinken | 2019-07-26 07:11 | ドキュメンタリー

『愛を科学する』(ドキュメンタリー)

愛を科学する(2018年・独a&o buero)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

愛の科学・入門編

b0189364_19545408.jpg 人が愛情を感じているときに脳内でどうなっているか、身体にどういう変化が起こっているか、幼少時に愛情を受けないとどうなるかなどについて雑多に紹介するドキュメンタリー。
 結論を言ってしまえば、愛情を感じるとき、脳内でオキシトシンというホルモンが分泌されており、これがさらに愛情を深める役割を果たす、というようなこと。互いに不信感を持っている夫婦でもオキシトシンを吸引することで態度が変わるというような実験も紹介されている。
 また幼少時に母猿から引き離され愛情を受けなかった猿の実験映像も出てくる。この猿が周囲に適用できないまま成長して早死にしたなどという解説が入り、幼少時に愛情を受けないとこうなるという状況が紹介されるわけが、猿とは言え見ていて痛ましくなる。こんな実験をやっても良いものか疑問に感じる。
 体臭も愛情に大きな役割を果たすという指摘はやや目新しさがあったが、総じて近年よく報告されているような事情で、目新しさには欠ける。もちろんこういった話についてあまり聞いたことがないという人であれば、入門編として一定の役割を果たすかも知れない。それでもエピソードの見せ方が雑然としていてしまりがないという印象は残る。まあ、それなりのドキュメンタリーということか。
★★★

参考:
竹林軒出張所『エロティシズム(本)』
竹林軒出張所『あなたの脳は男性?女性?(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-25 06:54 | ドキュメンタリー

『#フォロー・ミー インスタの偽り』(ドキュメンタリー)

#フォロー・ミー インスタの偽り
(2018年・蘭VPRO)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

インスタグラム、
それからフェイスブック自体にも信用がおけない


b0189364_20272637.jpg 世間ではインスタグラムなどというものが流行っているが、僕自身はまったく利用しないし、人のインスタグラムを見たことも(おそらく)ないので実態はよくわからない、本当のところ。ただ、フォロワーがたくさん集まったり「いいね」がたくさん入ったりすると、自尊心が満たされるだけでなく、スポンサーが付いたりなどという実質的な恩恵も生じるらしい。そういうわけで利用者はなんとかフォロワーや「いいね」を増やそうと努力するらしいが、よほど有名な人でなければそういうものが簡単に集まるわけがなく(そもそも最初から人の目に付かない)、利用者にとっては悩ましいところだそうである。まったく変なものが流行る時代になったものである(まあブログも似たようなもんだが)。
 しかし、需要があればそれを満たす産業が生まれるというのも現代社会の構図である。案の定、フォロワーや「いいね」を増やしてくれる業者というものが登場することになる。そういう実態を紹介するのがこのドキュメンタリーで、番組内でも、こういった業者に依頼しフォロワーを実際に増やしてみるという実験をやっていた。これによると、業者にもよるが、数千円から数万円程度で数千人から数万人程度のフォロワーが付いたアカウントを買うことができる。もちろんこれは、運営業者であるフェイスブックが禁止している行為で、そのために取り締まりも行われているようだが、業者の方もその抜け道を探り出すため、こういった行為がなくなることはないらしい。そもそもフェイスブックがそれほど真剣に取り締まり活動に取り組んでいないらしく、真面目に対策する気もないようである。
 インスタグラムに限らず、こういったSNS自体にまったく興味がないので、こういう内容のドキュメンタリーを見てもあまり感じるところはないが、要は利益の出るところには常に不正行為が存在するということなのかと思う。もっともそれ以前に、フェイスブックが信用できるのかというところも大きな問題である。それにツイッターをはじめとするSNSが我々の日常生活に本当に必要なのかという点についても再検討した方が良いんじゃないかと、門外漢の僕は感じるのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『あなたは利用条件に“同意する”?(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“ネットいじめ”の脅威(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『データに溺れて…(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ソーシャルメディアの“掃除屋”たち(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ネットが革命を起こした(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ハリウッド発 #MeToo(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-24 07:27 | ドキュメンタリー

『ロデオ 民主主義国家の作り方』(ドキュメンタリー)

ロデオ 民主主義国家の作り方
(2018年・エストニア/フィンランドTraumfabrik / Kinocompany)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

素人が政治をゼロから作り直す……

b0189364_19471164.jpg もしあなたが一国の政治をいきなり任されたら……、しかも劇的に環境が変わりつつある国の政治を……というドキュメンタリー。
 バルト三国(エストニア、リトアニア、ラトビア)は、第二次大戦中にソビエト連邦に併合され、以後50年以上に渡りソ連の一部になるが、ソ連の民主化に伴い、1990年にいち早くソ連からの独立を果たす。このニュースは当時日本にも届いており、一般の日本人にとっては快哉事だったが、当事者側にとってはそれほど簡単ではなかった。言ってみれば、それまで他所に委ねていた行政機能を自分たちですべてやり直さなければならないわけで、人材も必要、技能も必要、予算も必要になる。
 エストニアでは、独立に当たって総選挙が行われ、マルト・ラールという32歳の若者の民主政党がいきなり第一党に選ばれて、自動的にこのマルトが首相に選ばれてしまう。政治の経験などまったくない彼らが、いきなり突きつけられる難題を解決しながら、内政、外交を担当しなければならなくなった。なにしろ、それまでソ連に物流、行政の多くを依存していたため、ソ連との関係を断った途端にいきなり物資がなくなり、予算もなくなる。新政府は、最初から大変なものを背負わされるハメになる。
 そうは言いながらも、素人政治ながらなんとかやっていたが、それでも資金がないのはいかんともしがたい。そんな折に行政府にソ連のルーブルが埋蔵金として残されていることがわかる。新政府は、これを秘密裏にドルに換金して流用するというアクロバットで、資金面の難局を乗り切ってしまうのだが、後にこれが発覚し、それが原因でマルトは首相の座から追われることになる。このあたりの政治の難局をロデオにたとえて、それを乗りこなすための奮闘が紹介されるのがこのドキュメンタリーである。
 このマルト・ラール、端から見ているとババを掴まされたようなものだが、素人が政治の舵取りを行うために奮闘する姿の描写はなかなか新鮮で、その辺りがこのドキュメンタリーの魅力である。ただし少々説明不足の印象があり、わかったようでわからないような箇所が多かったのも事実。外国からの支援はなかったのかとか、どの程度外国に頼ったのかとかは気になるところだったが、そのあたりはよくわからないままで終わってしまった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ソビエト連邦のコマーシャル王(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベラルーシ自由劇場の闘い(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-23 06:46 | ドキュメンタリー

『十二人の怒れる男』(映画)

十二人の怒れる男(1957年・米)
監督:シドニー・ルメット
脚本:レジナルド・ローズ
撮影:ボリス・カウフマン
音楽:ケニヨン・ホプキンス
出演:ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ、エド・ベグリー、マーティン・バルサム、E・G・マーシャル、ジャック・クラグマン

アメリカの理想的な市民

b0189364_07411669.jpg 言わずと知れたアメリカの法廷映画の傑作。ハリウッド映画を代表する傑作と言ってもよい。
 ある殺人事件を担当する陪審員12人が評議室に入って、その殺人事件について検討し、評決を出すというストーリー。三一致の法則(時、場所、出来事)が守られていて、見る方はその陪審裁判に参加しているかのような錯覚さえ覚える。
 審理対象になっているのは、素行の悪いある若者が父親をナイフで刺し殺したという事件で、弁護士が無能なせいで、どう見ても被告の有罪(ここでは死刑判決が出るという前提になっている)は明らかである。ところがこの評議室で議論が二転三転するという具合に話が進む。
 元々は1954年にテレビで1時間ドラマとして放送されたものだったらしいが、このドラマの評判が良く、これを見ていたく気に入ったヘンリー・フォンダが映画化をもくろみプロデューサーまで務めたという。元々のドラマのオリジナル脚本を書いたレジナルド・ローズも共同製作者である。
 登場人物は皆互いに名前も告げない者同士(中には自己紹介する者もいる)で、この裁判の審理のために集まっている他人同士である。職業も背景も性格も異なり、さまざまなアメリカ人から無作為抽出したようなキャラクターたちである。民主主義と正義を主張する者もいるが、悪い奴には厳罰をという保守思想の塊みたいな人間もいる。そういう人々が、1人の被告、1件の裁判のために集まって第三者の目で審議するという陪審制度の理想的な形態を描いた作品と言えば言い過ぎかも知れないが、現に脚本家のレジナルド・ローズは、陪審員になった経験を基にこの作品を書いたらしい。だが、この映画を見ていると、評議室内で真実が暴かれるなどということはめったに起こらないのではとも感じる。ヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番みたいな人間がいればまた別なんだろうが。
 そういった現実性はともかく、映画は非常に密度が高く、しかも緊迫感があって見応えがある。しかも複雑すぎず進行がわかりやすい。映画を作ろうという人であれば一度はこういった作品を作ってみたいと思う、見本のような作品である。今回見たのは4回目だが、何度見ても飽きることはない。また、陪審員制度の理想を物語っているようなラストシーンが非常に印象的で、いつまでも心に残る。
★★★★☆

参考:
竹林軒出張所『裁きは終りぬ(映画)』
竹林軒出張所『判事よ自らを裁け(ドラマ)』
竹林軒出張所『招かれざる客(映画)』
竹林軒出張所『アラバマ物語(映画)』

 以下、以前のブログで紹介したこの映画の評の再録。
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(2005年10月19日の記事より)
十二人の怒れる男(1957年・米)
監督:シドニー・ルメット
脚本:レジナルド・ローズ
出演:ヘンリー・フォンダ、リー・J・コップ、エド・ベグリー、マーティン・バルサム、E・G・マーシャル

b0189364_07412168.jpg この映画、見るのは3回目だが、何度見ても、その完成度の高さにうならされる。
 ともすればややこしくなって、理解が追いつかなくなることが多い法廷劇で、これほど見る側にストレートに伝わってくるのも珍しい。台詞に無駄がなく、すべてのシーンが実にシャープで、緊迫感がある。
 最初から最後まで会話だけで大きな動きがない。それでいて最後まで目を離すことができなくなる。しかも最後に残る爽快感。最後のシーンは、数ある映画の中で、もっとも好きで印象的なシーンの1つである。
 映画脚本の1つの完成形といっても良いだろう。もちろん、演出も俳優も群を抜いていることはいうまでもない。
★★★★☆

by chikurinken | 2019-07-21 07:42 | 映画

『アラバマ物語』(映画)

アラバマ物語(1962年・米)
監督:ロバート・マリガン
製作:アラン・J・パクラ
原作:ハーパー・リー
脚本:ホートン・フート
美術:アレクサンダー・ゴリツィン、ヘンリー・バムステッド
音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:グレゴリー・ペック、メアリー・バダム、フィリップ・アルフォード、ジョン・メグナ、ブロック・ピータース、ロバート・デュヴァル

アメリカの理想的な父親像

b0189364_18082781.jpg 1932年のアラバマ州の田舎町での話。原作はハーパー・リーの同名小説『アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)』で、著者の自伝的小説である(らしい)。主人公の、小学校に上がるくらいの女の子、スカウト(メアリー・バダム)がハーパー・リーの分身ということになる。
 スカウトは、いつも兄のジェム(フィリップ・アルフォード)と一緒に遊んでいるが、夏の間だけ、隣の家にやってくるディル(ジョン・メグナ)も彼らの仲間に加わる。なおこのディル、実はモデルがいるらしく、なんでもトルーマン・カポーティだという。リーとカポーティ、幼なじみで、子どもの頃にこの映画みたいな付き合いがあったそうだ。
 それはともかく、この作品では、子どもの視点から当時の社会が描かれるんだが、そのために子どもの世界が存分に出てくる。無茶ないたずらをしたり、拗ねたり、近づいてはいけないといわれている近所の家に進入したりで、僕とは国も時代も境遇も違うが、何となく彼らの言葉や行動に懐かしさを感じる。
 スカウトとジェムの母はすでに死んでおり、父が一人で2人を育てている。この父がこの作品の本当の主人公である。父は、アメリカの良心を体現したような存在の弁護士で、あらぬ罪を着せられて収監された黒人の若者の弁護も引き受け、法廷で無罪を主張したりする。ただ、これについては町の白人たちが反感を持ち、圧力をかけたり暴力をちらつかせたりするのである。南部だけに、黒人に対する差別意識が噴出していて、少しばかり怖さを感じる。
 一方で、彼らの隣家にはかつて親の足をハサミで刺したという噂がある精神障害者(ブー)が住んでおり、いろいろと家庭内で問題を起こしているという。子ども達は怖い物見たさでこの家に近づいたりするんだが、要するに、黒人に対する差別、精神障害者に対する差別、そしてそれに対してどう対峙していくかがこの映画のテーマになる。どちらに対しても、父は実に公正に対応しようとし、その生き様を子ども達に見せるのである。決して派手な父ではないが、正義感に溢れしかも行動がそれに伴っていて素晴らしい人格者に映る。アメリカの理想的な父親像と言って良い。このような人物をグレゴリー・ペックが好演していて、この映画の大きな魅力になっている。
 先ほども述べたように、ストーリーは、2つのエピソードが1つの時間軸の中で同時進行で流れていき、それが最後に見事に収束するという秀逸なものである(しかもそれが子どもの視点から描かれる)。ドラマチックで緊張感が持続する上、主張が明確で、構成がしっかりした、大変良くできたストーリーと感じる。当時の町を再現した美術もすばらしい。
 タイトルバックも非常に凝っていて、一度見終わった後もう一度見直すと、実に感心する。作者の分身、つまりこの主人公の思い出が詰まったような宝箱が出るんだが、(成長した主人公が感じているであろう)懐かしさがこちらまで伝わってくるようである。全編端正なモノクロ映像で、このあたりも郷愁を誘うところである。
1962年アカデミー賞主演男優賞、脚色賞、美術賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ラスト・ショー(映画)』
竹林軒出張所『十二人の怒れる男(映画)』

 以下、以前のブログで紹介したこの映画の評の再録。
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(2005年8月2日の記事より)
アラバマ物語(1962年・米)
監督:ロバート・マリガン
原作:ハーパー・リー
出演:グレゴリー・ペック、メリー・バーダム、フィリップ・アルフォード

 冒頭にいきなり「To Kill」と出てきてぎょっとするが、原題が「To Kill a Mockingbird」であった。「モッキンバード(マネシツグミ)を殺すこと」ってな意味。『アラバマ物語』という牧歌的なニュアンスとは異なるが、でもこの邦訳もなかなか良いと見終わった後感じた。
 原作はハーパー・リーのピューリッツァー賞受賞小説『アラバマ物語』で、子ども時代を回想した(形式の)話。
 子どもの視点から20世紀初頭のアメリカが描かれるが、子どもの視点がなかなか心地良い。この映画はストーリーが面白く重大な意味を持っているので、あまりここで多くに触れることはできない(映画評ではストーリーを極力明かさないのがマナー)が、一つだけ。「マネシツグミを殺すこと」というタイトルは「害鳥であれば撃っても良いが、マネシツグミみたいにただ良い声で鳴くだけで人間に害を与えない鳥は撃ってはならない」というフレーズ(映画の序盤に登場人物によって語られる)から来ている。映画を見終わってから「なーるほど」と感じてください。
★★★☆

by chikurinken | 2019-07-20 07:08 | 映画