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竹林軒出張所

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2018年ベスト

 今年も恒例のベストです。例年どおり「僕が今年見た」という基準であるため、各作品が発表された年もまちまちで、他の人にとってはまったく何の意味もなさないかも知れませんが、個人的な総括ですんで、そのあたりご理解ください。
(リンクはすべて過去の記事)

今年見た映画ベスト3(70本)
1. 『こんばんは』
2. 『普通の人々』
3. 『マイマイ新子と千年の魔法』

b0189364_17563855.jpg 『ポセイドン・アドベンチャー』『プレイス・イン・ザ・ハート』『クレイマー、クレイマー』『真珠の耳飾りの少女』『たそがれ清兵衛』『ウンベルトD』なんかも良かったが、見たのは2回目、3回目だし、内容もかなり憶えていたので個人的にはまったく新鮮味がない(今年は古典作品を中心に接していたんでしかたがないんだが)。
 同じように『こんばんは』もかつて一度見た映画ではあるが、それでも印象が格別だった。次の『普通の人々』はこれまで見逃していた名画で、今年になって初めて見たのだった。ハリウッド映画らしからぬホーム・ドラマが新鮮である。『マイマイ新子と千年の魔法』は、今年見た片渕須直の3本の中で一番良いと感じた作品。ストーリーに味があったのと、やはり片渕作品らしい美しい映像美が目に付いた。

今年見たドラマ・ベスト3(31本)
1. 『君は海を見たか』
2. 『白鯨』
3. 『風雲児たち 蘭学革命篇』
番外. 『日本の異様な結婚式について』『新十郎捕物帖 快刀乱麻 (25)』

b0189364_18434264.jpg こちらも、『二人の世界』『夢千代日記』『ボクの就職』『ルーツ』などはどれも非常に印象深くて好きなドラマなんだが、そもそもが元々好きな作品ばかりで、こちらも個人的にまったく新鮮味がないので今回は除外。僕にとって新しいものばかりを選んだ。
 『君は海を見たか』は、倉本聰絶頂期に自らリメイクした作品で完成度が高い味わい深いドラマ。『白鯨』は、言わずと知れたメルヴィルの代表作のドラマ化作品だが、非常に劇的で、映像技術が駆使された(であろう)シーンは記憶に残る。『風雲児たち 蘭学革命篇』は、『解体新書』成立のいきさつを描いたNHKの歴史再現ドラマだが、あまり扱われることのない素材を巧みにドラマ化していた点が評価に値する。歴史の切り取り方も非常に良かった。
 番外は懐かしのラジオドラマ、椎名誠の『日本の異様な結婚式について』と、テレビドラマの音声版『快刀乱麻第25話』で、また聞けると思っていなかったため、感激もひとしお。どちらもYouTubeで公開されていたものだが、個人的にネット映像(音声)のありがたみがよくわかる事例だった。

今年読んだ本ベスト5(74冊)
1. 『百代の過客〈続〉』
2. 『百代の過客』
3. 『明治天皇〈三〉』
4. 『漢字再入門』
5. 『カルト宗教信じてました。』
番外. 『宇治拾遺物語』

b0189364_14330807.jpg 今年の(個人的な)発見はドナルド・キーンの著作である。特に『百代の過客』の正続2編は衝撃であった。日本文学に対する目を見開かされた思いがする。おかげで今年は古典作品に積極的に取り組むようになった。番外の『宇治拾遺物語』も、高校生時代からずっと心に抱いていた作品で、とうとう全編読んだということで感動もひとしおである。内容も非常に印象的でこれから何度も読みたいと思わせる作品である。『明治天皇』もドナルド・キーンの著作で、特に日清戦争から大津事件の描写は、これまでのありきたりな歴史観を覆すミクロ的な視点が充実している。従来の歴史観によるさまざまな思い込みが覆されるような思いがして、こちらも日本史に対する目を見開かされた思いがする。
 『漢字再入門』は、漢字を専門にしている学者による一般人向けの著作で、複雑な事情をわかりやすくかみ砕いて紹介しているあたりに好感が持てる。語り口が優しいにもかかわらず、紹介されている内容は目からウロコみたいな事実が目白押しで、こちらも小学生のときからのさまざまな思い込みが覆されるような思いがする。
 『カルト宗教信じてました。』は、プロでない人が描いたマンガだが、グレードは非常に高い。何より描かれる対象が宗教団体「エホバの証人」というあたりに価値がある。信者の活動を周囲でよく目にするにもかかわらず、中身についてはあまり知らない団体である。その実態について利益収奪組織(みたいなもの)であると見切っている点も良い。同じ「エホバの証人」の内幕を描いたマンガ(『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』)もよくできており、あわせて読みたいところである。

今年見たドキュメンタリー・ベスト5(67本)
1. 『五島のトラさん』
2. 『ショパン・時の旅人たち』
3. 『みんなの学校』
4. 『ブレイブ 勇敢なる者』
5. 『ノモンハン 責任なき戦い』

b0189364_15460364.jpg 今年も日本映画専門チャンネルで秀作ドキュメンタリーが多数放送され、しかも質の高いものが揃っていた。その中で特に優れていたのが『五島のトラさん』と『みんなの学校』。『五島のトラさん』は五島列島に住む一人の頑固親父一家を(なんと)22年に渡って追ったドキュメンタリーで、1つの家族の歴史がこれほど見事に記録されたドキュメントが今まであっただろうかという作品である。お見事というしかない。ドキュメンタリーであるにもかかわらず、フィクションのように心にじんわり染みいる感動巨編である。『みんなの学校』は、こんな小学校が日本に存在するのか、日本の教育も捨てたもんではないなと感じさせてくれるドキュメンタリー。上で取り上げたドキュメンタリー映画、『こんばんは』と共通するテーマで、日本の個々の教育者は草の根でこれだけの頑張りと成果を残しているのだということがわかる。
 『ショパン・時の旅人たち』はNHK-BS1の『BS1スペシャル』の枠で放送されたもの。この枠は秀作が多かったが、中でもこれはピカイチのコンクールものである。コンクールものといえば、グレートレースもの同様、ともすればありきたりの作品に落ち着いてしまいがちなのに、登場する参加者の1人(川口成彦)があまりに魅力的だったため、b0189364_18010179.jpg上質のドキュメンタリーになった。この演奏家自身についても僕は非常に興味を持った(今後の活躍に期待)。『ブレイブ 勇敢なる者』も『BS1スペシャル』枠で放送されたもので、先ほどの小学校と共通するが、日本にこんなに骨のある弁護士がいるのかという点で非常に感心した作品。90分と割合長いドキュメンタリーだったがまったく飽きさせない構成も秀逸だった。
 最後の『ノモンハン 責任なき戦い』は、最近とみにグレードが下がっているNHKスペシャルの1本。現在と戦時中に共通する日本社会の特質がうまく表現されていて、そういう点で大変興味深かった。ノモンハン事件自体、取り上げられることが少ない素材である。そういった素材に目を留めて取り上げた製作者の視点がなんと言ってもすばらしい。他に『ETV特集』にも秀作が多かったが、今回は取り上げられなかった。今年は、秀作ドキュメンタリーが非常に多かったという印象がある。こんな時代だからこそ、独自の視点で切り取ったすばらしいドキュメンタリーをあちこちで見せてほしいと感じる。

 というところで、今年も終了です。今年も1年、お世話になりました。また来年もときどき立ち寄ってやってください。
 ではよいお年をお迎えください。

参考:
竹林軒出張所『2009年ベスト』
竹林軒出張所『2010年ベスト』
竹林軒出張所『2011年ベスト(映画、ドラマ編)』
竹林軒出張所『2011年ベスト(本、ドキュメンタリー編)』
竹林軒出張所『原発を知るための本、ドキュメンタリー2011年版』
竹林軒出張所『2012年ベスト』
竹林軒出張所『2013年ベスト』
竹林軒出張所『2014年ベスト』
竹林軒出張所『2015年ベスト』
竹林軒出張所『2016年ベスト』
竹林軒出張所『2017年ベスト』

by chikurinken | 2018-12-30 07:12 | ベスト

『水木しげるの泉鏡花伝』(本)

水木しげるの泉鏡花伝
水木しげる著
小学館

鏡花の作品に興味を覚える

b0189364_18550975.jpg タイトル通り、水木しげるが明治大正期の小説家、泉鏡花の生涯を描いたマンガである。
 金沢で生まれた鏡太郎少年(泉鏡花の本名)、尾崎紅葉の小説(『二人比丘尼色懺悔』)に感銘を受けて、紅葉の弟子になるべく上京。ところが、東京に着いたは良いが、気後れしてなかなか紅葉の元を訪ねることもできず(このあたりいたく共感できる)、しばらくの間放浪生活に明け暮れる。いよいよ切羽詰まって郷里に帰ることにし、最後に紅葉に会うだけ会おうということになってとうとう紅葉の元を尋ねる。そこで無事に紅葉に面会でき、持ち込んだ小説が気に入られた結果、住み込みの弟子にしてもらう。このとき鏡花17歳。その後紅葉の口述筆記の手伝いなどをしながら、修行期間を経て『冠弥左衛門』で小説家デビュー。いろいろな紆余曲折を経るが、明治28年に発表した『黒猫』が当たる。ここまでが本書の第3章まで。
 そして続く第4章は『黒猫』のマンガ化である。第5章を挟んで、第6章では代表作の『高野聖』のマンガ化作品が登場する。本書で紹介される泉鏡花の作品はこの2本で、どちらもよくできたマンガ化作品である。要するに、この2作が泉鏡花の伝記の間に挟まれるという形式になっているわけだ。おそらく水木しげるはこれを一番書きたかったんではないかと勝手に推測するほど、非常にできのよい翻案作品である。この2作、泉鏡花作品を読んだことのない人(僕もそうだが)にとってはなかなか新鮮で、一度原作を読んでみようかなと思わせるだけの魅力がある。
 ともかくこの2作を挟んで、鏡花が最期を迎えるまでの人生が丁寧に描かれる。表現はやはり水木調で「オカチイナ」などというセリフが随所に登場する(これは『遠野物語』にも共通)。僕にとって謎めいた存在だった鏡花、そして鏡花作品が身近なものとして感じられたというのがこのマンガの最大の効能であった。
 なお今回僕が読んだのは『水木しげるマンガ大全集』版で、冒頭にリンクしたものとは厳密には違う(中身はほぼ同じ)が、あわせてこの本に収録されていた『方丈記』ともども、水木マンガの価値を再発見させてくれる佳作であったことを付記しておきたい。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『猫楠(本)』
竹林軒出張所『水木しげるの遠野物語(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 方丈記(本)』
竹林軒出張所『今昔物語(上)(下) マンガ日本の古典8、9(本)』
竹林軒出張所『総員玉砕せよ!(本)』
竹林軒出張所『敗走記(本)』
竹林軒出張所『白い旗、姑娘(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第5巻、第6巻、第7巻、第8巻(本)』

by chikurinken | 2018-12-28 07:55 |

『水木しげるの遠野物語』(本)

水木しげるの遠野物語
柳田國男原作、水木しげる著
小学館

マンガ化の水準がきわめて高い

b0189364_19081394.jpg 柳田國男の『遠野物語』を水木しげるがマンガ化した作品。元々は雑誌『ビッグコミック』に連載したものらしい。
 『遠野物語』は、柳田國男が岩手県の遠野地方に伝わる伝承話を知人から聞いて書き起こしたものであり、全119話(といってもほとんどの話は数行というもので非常に短い)からなる短い書で、日本の民俗学の嚆矢とされている。怪異譚や怪奇話などが多く、妖怪の第一人者、水木しげるにはうってつけの素材である。この119話から一部(重複している話やあまりにどうでもよいような話)を取り除き、全29回に渡り数話ずつまとめて連載したものがこの作品である。
 翻案は原文に非常に忠実であり、作画も水木しげるらしく非常に丁寧であるため、原文で読むということにこだわらないのであればこのマンガは格好の素材と言える。「入門云々」ではなく『遠野物語』をほぼ網羅しているため、このマンガを読んで『遠野物語』を読んだ気になってもまったく差し支えないと思う。実際『遠野物語』は明治の文語体で書かれているため、現代語訳などというものまで出ているが、このマンガは「現代語訳」と同レベルの優れた翻案である。僕は今回、原典と照らし合わせながら読んだんだが、かなり忠実に翻案されているのは確かで、その点、非常に感心したんである。
 『遠野物語』の特徴はと言えば、(遠野地方が三方を山で囲まれた地域であるためか)山に恐ろしげな人がおり、彼らと遭遇することによって事件が起こるという話が多いことである。中にはただ単に山の人に遭遇したというだけの話もある。第116話がヤマハハ(俗に言うヤマンバ)の話で、『遠野物語』の中ではもっとも一般に知られているものだろうと思う。要はヤマンバに襲われた娘が、何とか石の唐櫃(からうど)に入ってやり過ごし、その後、同じ家屋内の木の唐櫃で眠ったヤマンバを煮え湯でやっつけるというあの有名な話である。多くの話は割合ありきたりなもので、今となっては意外性のあるものはあまりない。原作はまずまずそんなところだが、やはりなんと言っても、原作の味やストーリーをそのまま活かしきっていて、しかも遠野の雰囲気を丁寧に作画しているという点で、マンガ化の水準がきわめて高いこと、それがこの本の最大の魅力と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『全国アホ・バカ分布考(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 方丈記(本)』
竹林軒出張所『今昔物語(上)(下) マンガ日本の古典8、9(本)』
竹林軒出張所『水木しげるの泉鏡花伝(本)』
竹林軒出張所『猫楠(本)』
竹林軒出張所『のんのんばあとオレ (1)、(2) (マンガ版)(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第5巻、第6巻、第7巻、第8巻(本)』

by chikurinken | 2018-12-27 07:07 |

『現代語訳 南総里見八犬伝 (下)』(本)

現代語訳 南総里見八犬伝(下)
曲亭馬琴著、白井喬二訳
河出文庫

途中から「現代語訳」ではなく「要約」になった

b0189364_21144565.jpg 『現代語訳 南総里見八犬伝 (上)』の続きで、『南総里見八犬伝』の第七輯から第九輯まで。
 オリジナルの『南総里見八犬伝』では、肇輯(第一集)から第六輯までが31冊、第七輯が7冊、第八輯が10冊、第九輯が58冊と、第七輯から第九輯の方が圧倒的に冊数が多い(全75冊)。しかしこの『現代語訳』では(上)と(下)がほぼ同じページ数になっている。ということは当然、下巻はかなり端折られているということが容易に推測できる(僕は知らないまま読んでいたんだが)。
 実際、第九輯の途中ぐらい(本書の半分ぐらい)からほぼ要約と言って良い内容になってしまい、これを「現代語訳」と言ってはなるまいというような本になってしまった。ひどいもんである。そのため、上巻は割合気分良く楽しく読んでいたんだが、下巻になってアラが非常に目立つようになった。下巻では、さまざまな小さめのエピソードもかなり省かれている上、クライマックスの合戦シーンは、その展開を地の文で追いかけるだけという、およそ小説とは言いがたい内容になっているのである。そのために、登場人物も唐突に大量に出てくるし、舞台があちこちに次から次に(未消化の状態で)移り変わるしで、ややこしくなって何が何やらよくわからない状態になってしまった。
b0189364_21150582.jpg 僕は今回、『図解里見八犬伝』という本を併用しながら読んでいたため、ある程度後を追うことができたが、それにしても、架空の戦の話をダイジェストで読んだところで面白いはずはなかろう。それに最後の最後は恐ろしくいい加減になって、あまりにバカバカしく感じる。そもそも元々のストーリー自体がかなりご都合主義的だし、正直第九輯についてはこの『現代語訳』版を読んで損したという気がする。白井喬二が途中でイヤになったか忙しくなったかなんかで適当に切り上げましたという感じが伝わってくるのだ。上巻が割合よくできていて、それで信用してついていったのに、そのまま崖の下に誘導されたかのような心持ちがして、裏切られたような気さえする。第九輯については原典に当たれと言うことなのかも知れないが、ストーリーが荒唐無稽なのがわかった今となっては、今さら原典を読む気にもならない。
 そういうわけで最後は結構不快な気持ちだけが残ったのだった。羊頭狗肉とはこのことである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『現代語訳 南総里見八犬伝 (上)(本)』
竹林軒出張所『私家本 椿説弓張月(本)』
竹林軒出張所『春色梅児誉美 マンガ日本の古典31(本)』
竹林軒出張所『北斎漫画(映画)』

by chikurinken | 2018-12-26 07:14 |

『現代語訳 南総里見八犬伝 (上)』(本)

現代語訳 南総里見八犬伝(上)
曲亭馬琴著、白井喬二訳
河出文庫

歌舞伎風の荒唐無稽なストーリー
翻訳◎、原作△


b0189364_17222612.jpg 『南総里見八犬伝』と言えば、我々の世代はかつてNHKで放送されていた人形劇『新八犬伝』を思い出すわけで、僕などもかなりの部分を見ているため『八犬伝』はなじみ深い。ただし内容はあまり憶えていない。南房総(つまり南総)安房の里見家から、とある因縁により8人の義士が誕生し全国に散らばることになる。その8人の義士というのはすべて犬に関係しているため(姓に「犬」が付いている)八犬士と呼ばれているんだが、その彼らが義のために一堂に集まり、悪者を倒していくというストーリーである。憶えているのはその程度である(そもそもこの程度のストーリーであれば「南総里見八犬伝」というタイトルからも連想できる)。登場人物の名前についてはそれなりに憶えており、犬塚信乃、犬田小文吾らの八剣士の名前の他、関東管領扇谷定正(かんとうかんれい、おうぎがやつさだまさ)、寂莫道人肩柳(じゃくまくどうじんけんりゅう)などという複雑な名前まで、(ナレーターの坂本九が語っていた)音で憶えているんで、それを考えると子どものときの記憶は恐ろしいもんである(おかげでこの本を読むに当たってはこの記憶が非常に役に立った)。他にもテレビ版では「我こそは玉梓が怨霊」とか「さもしい浪人、網乾左母二郎」などというキャッチフレーズもたくさん出てきて、こういったものもいまだに頭に入っている。もっともこういった記憶は、『南総里見八犬伝』を読むとき以外ほとんど役に立たない情報なので、むしろ忘れた方が良い知識かも知れない。だがしかし『南総里見八犬伝』を読むに当たっては途端に役に立つ情報に変わるんで、このような(一般的には)どうでも良い知識を蓄えている同世代の(かつて『新八犬伝』を見た世代の)人たちは、一度『南総里見八犬伝』を読んでみたら良いかも知れない。僕が今回この本を読んだのもそういった動機からである。
 オリジナルの『南総里見八犬伝』は、江戸の文化期から天保期に28年もの歳月をかけて曲亭馬琴が発表した読本(長編小説)で、全98巻、106冊構成という大著である。『南総里見八犬伝』自体は割合人気のある著作であるため、当然原文で書かれたもの(岩波文庫版など、それでも10巻組)も出版されているし、マンガ版なども出ている。もちろん原文で当たるのが一番良いのだろうが、とにかく長いし、登場人物がやけに多かったりあちこちに話が飛び回ったりでかなりややこしい部分もあるため、江戸古語で読むより現代語で読めたらそれに越したことはない。それに原典で無理して読むような内容でもなさそうである。私の記憶が確かならば、言っちゃあ悪いがかなり荒唐無稽で無茶苦茶な話である。良い現代語訳があるんなら、やはりそちらに当たりたいところである。
 で、そういう現代語訳が実はあったのだ。現代語訳したのは白井喬二という人で、今ではほとんど知られていないが、かつては時代小説を量産していた流行作家である(山中貞雄監督作『盤嶽の一生』の原作者でもある)。こういう職業作家が戯作小説を訳して、時代小説スタイルでそれを綴っていくというのは、この『南総里見八犬伝』について言えば理想的な組み合わせと言える。ただでさえ相当長い原作であるため、とりあえずこういったものを読んで、もし必要であれば原典に当たる。そういったアプローチがベストなのではないかと思う。そういうわけでこのたび、この本を読んだのであった。この現代語訳版についても、上下二分冊で、しかも上巻だけで600ページとそれなりの分量があるんで、読むに当たってそれなりの覚悟は必要かも知れない。
b0189364_17225223.jpg 今回じっくり上巻を読んでみたところ、内容は先ほども書いたようにやはり荒唐無稽で、あっちに飛んだりこっちに飛んだり、しかも偶然に偶然が重なるということも非常に多く、端的に言ってしまえば超ご都合主義のエンタテイメント小説である。だが、方々にワクワクドキドキの要素が散りばめられているため、江戸の当時28年かけて少しずつ刊行されたが人気が衰えなかった、というのもわかるような気がする。また巻と巻との間が絶妙な場所で区切られているため、読者に次の巻を早く読みたいという気分にさせたであろうことも容易に想像される。こういったテクニックは多分に商業主義的ではあるが、商売人としてはうまい手法と言える。格闘シーンも随所に用意されていて、しかも登場人物が危機に陥ることも多いが、超人的な力でこういった難局を切り抜けていくようになっている。このように総じて歌舞伎みたいなストーリーで、(歌舞伎が大人気だった)当時の読者の気を引いたであろうことは想像に難くない。ただ、今の感覚では、そのご都合主義にかなり白けてしまうという面もあり、オリジナルのストーリーについては、あまり熱中するほどのものではあるまいとも感じる。一方でこの現代語訳版については大変読みやすく現代小説的であるため、エンタテイメント小説が好きな層にはかなりアピールするんじゃないかと思う。
 つまり総合するとこの文庫版の僕の印象は、現代語訳◎、原作△というところに落ち着く。そのため『南総里見八犬伝』にとりあえず当たってみようかという人たちには、この本が最善の手段になるのではないかと思う。また、原典の味わいも再現されているため、江戸時代に流行った「読本」というものがどういうものかについても身をもって実感できる。そういう意味でも、非常に価値の高い現代語訳版だと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『現代語訳 南総里見八犬伝 (下)(本)』
竹林軒出張所『私家本 椿説弓張月(本)』
竹林軒出張所『春色梅児誉美 マンガ日本の古典31(本)』
竹林軒出張所『北斎漫画(映画)』
竹林軒出張所『虫めづる姫君 堤中納言物語(本)』

by chikurinken | 2018-12-25 07:22 |

『ビギナーズ・クラシックス 和泉式部日記』(本)

ビギナーズ・クラシックス 和泉式部日記
川村裕子編
角川ソフィア文庫

和泉式部に興味を覚える

b0189364_17050590.jpg 古典作品、『和泉式部日記』のダイジェストにして入門編。
 『和泉式部日記』は全35段構成の「和泉式部による日記」であるが、本書ではいくつかの段を全体からまんべんなくピックアップして、各項ごとに現代語訳、原文、解説という順序で並べている。非常に良くできたダイジェストである。
 『和泉式部日記』は、恋人の為尊(ためたか)親王と死に別れた和泉式部が、その後その弟の敦道(あつみち)親王と恋に陥り、その恋の模様を書き綴った「日記」である。「日記」ということになっているが、本人以外の心情なども記述されていて多分に物語風である。そのためもあってか、かつては『和泉式部物語』と呼ばれ、別人による創作と考えられていた。いまでも日記説と物語説、両方あるようだが、本書の編者、川村裕子は日記説の立場を取っている。つまり敦道親王との恋愛が決していい加減な遊びでなかったことを、死んだ敦道親王(和泉式部と付き合うようになって数年後に死んでしまう)の名誉のために世間に示す目的で書いたとする。このロマンチックな説もそれなりに説得力があるとは思うが、なにしろ和泉式部についてはあまり記録が残っていないため、いまだわからないままである。そもそも和泉式部は当時、世間から恋多き女とされ、非常にスキャンダラスな存在だった。その和泉式部が今度は、死んだ恋人の弟、しかも皇子と付き合うようになったというんだから、世間は黙っていない。だが本書から窺われる和泉式部は恋愛に対してきわめて真面目で、それは敦道親王も同様。そしてそのときにやりとりされた和歌や手紙も非常に美しいもので、それがためにこの『日記』が文学的な価値を持つに至っているわけだ。だから死んだ恋人、そして自分の恋愛が、決して世間で邪推されるような浮ついたものではなく、きわめて真剣なもので美しいものであったことを世間に示すという動機は確かに説得力がある。一方で、残された和泉式部の歌を基にして、そこに物語の風味を加えた歌物語という見方もそれなりに説得力がある。いずれにしても記録が少ないんで、どちらが正しいかはにわかに断定できない。
 編者は、あくまでも『和泉式部日記』を美しく理想的な恋愛の吐露として捉える。お互いに好意を持っていながら世間の目を気にしてなかなか進展しない状況から、少しずつわかり合い、終いには和泉式部が敦道親王の家に入ってしまうところまで行く。ただし立場はあくまでも女房(召人)としてであり、妻や愛人という立場ではないところがかなり複雑である。そもそもこの2人は身分が違いすぎるのである。だが正妻である北の方はこのことが原因で家を出てしまう(後に離婚)。こういう過程が、美しい情景描写や心理描写、和歌で彩られる。プチ源氏物語みたいにも思える。全編、互いに好意を持つ男女の甘い言辞が散りばめられており、恋愛ものが好きな人にとってはかなり面白い素材なのではないかと思う。ただし、省略や本歌取りなどが非常に多いため、平安時代の貴族社会や和歌についての教養がかなりないと原文で読むのは相当難しいと思う。一方で原文に美しい修辞が散りばめられているため、現代語訳で良いかというとそれだけだともったいないという気もする。それを考えると、本書みたいな体裁は、入門書としては理想的である。
 僕自身、『和泉式部日記』にはかなり興味を持ったし、和泉式部自体にも非常に興味が湧いた。しかしなにしろ、先ほども言ったように記録が少ないのである。和泉式部は、和歌は多く残されているが、スキャンダルを除けば(スキャンダルについては『大鏡』や『栄花物語』に記述があるらしい)同時代の記録はあまり残っていない。『和泉式部日記』が唯一最大の記録ではあるが、これも歌物語の可能性を残しているわけで、実像はなかなか見えてこないのである。こういうような一連の知識も本書を読めば身に付く。和泉式部に対する関心も呼び起こさせるし、彼女の和歌の魅力も十分伝わる。そういう意味でも、やはり(何度も言うが)格好の入門書と言える。『ビギナーズ・クラシックス』シリーズの中でも、もっとも水準の高いものの1つである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『和泉式部日記 マンガ日本の古典6(本)』
竹林軒出張所『新版・竹取物語(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 太平記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 大鏡(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 小林一茶(本)』

by chikurinken | 2018-12-24 07:04 |

『宇治拾遺物語』(本)

宇治拾遺物語
中島悦次校注
角川ソフィア文庫

長年の本願を成就
日本の古典文学は奥深い


b0189364_17331655.jpg 鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』に、いわゆる「児子のそら寝」という話がある。僕は高校生のときに初めてこの話に触れたんだが、裏を掻いたような細かい心理描写に感心し、大学に行ったあかつきにはこういった国文学を専門に勉強したいことであるよなあなどと考えていたのであった。この「児子のそら寝」(ある夜比叡山の修行僧たちが、ぼた餅を作ることになって、ある児子〈幹部候補の小坊主〉がそれに気付いて心待ちにしている。やっとできあがった段階で、ある僧がこの児子を呼んだが、一度で答えるといかにも待っていたかのようで体裁が悪い、もう一度声をかけられてから返事しようと思い寝たふりをしていたところ、「寝ているようだから起こすな」という他の僧の声が聞こえ、それ以降呼ばれなかった。児子は出て行きたいのに出られない、そのうち僧たちの食べ始める音が聞こえる、仕方がないのでしばらくしてから「はい」と答える……という話)、今では高校の教科書に必ずと言って良いほど出ていて、珍しいものではなくなった。だがいくらポピュラーになったからといってその価値が衰えるわけではない。しかし僕はといえば、あの時に志を立てたものの、いまだに『宇治拾遺物語』にはごく一部しか触れていない。いずれは通しで読んでみようと考えながらも、すでに早40年が過ぎようとしているというのだから「少年老い易く学成り難し」とはよく言ったものである。要するに、僕にとって特別な存在だった『宇治拾遺物語』を、今回とうとう通しで読んだということなのである。
 『宇治拾遺物語』は、成立年ははっきりわかっていないが、おそらく鎌倉時代前期に編まれたと考えられている説話集である。古今東西の面白い話を集めるというコンセプトの文学で、『日本霊異記』や『今昔物語集』などに連なる作品である。『宇治拾遺物語』という著作名は、同じ説話集の『宇治大納言物語』(現存しない)に収録されていない説話を拾い集めたという意味で付けられたとされている。また、『宇治拾遺物語』のいくつかのエピソードは、芥川龍之介が短編小説に翻案したことでも有名で、『芋粥』、『地獄変』、『竜』などがその題材になっている。全196話が、十五巻(ただしこれも版によって異なる)で編成されている、というそういう作品である。
 この角川ソフィア文庫版では、底本として、江戸時代中期に出版された大判の写本が採用されている(代表的な寛永古版本・万治二年板本と同等の内容)。一部訂正されているが、当て字もかなり残されたまま収録されており、1つの話の中で登場人物の名前の表記が変わっていることもたびたびある。だがそのせいでかえって、古語がどのように変遷してきたか、その一端が窺えるような部分も見えてきたりして、かえって興味深い。基本的に原文のみで、訳文はない。訳文のある文庫本(講談社学術文庫版)もあるが上下二分冊でしかもそれぞれ800ページ以上と結構な大著になる(本書も360ページを越す)。訳文はもちろんあった方が読みやすいが、本書については、ある程度訳注が付けられており、読んでいれば古語にも慣れるんで、古文であっても概ね内容はわかる。どうしてもわからない箇所もあるが、その場合は古語辞典やネットで調べれば容易に知ることができるので、訳文は必ずしも必要ではないと個人的には感じる。古文と言っても日本語なのであるからして、あまり気負わずに臨んだら良いという気はする。それに本書にはしっかりした索引も付いていて大変親切である。
 さて、全部で196話もあれば、面白い話もあるし、何が面白いのかよくわからない話もあるのは当然。僕にとってはさすがに「児ノカイ餅スルニ空寝シタル事」(巻一の十二:いわゆる「児子のそら寝」)に匹敵するものはなかったが、それでもそれに迫るものはかなりあり、内容はかなり充実している。中でも、「鬼ニ瘤取ラルル事」(巻一の三)、「雀報恩ノ事」(巻三の十六)、「長谷寺参籠の男利生に預かる事」(巻七の五)は僕にとって予想外だった話で、それぞれおとぎ話の瘤取り爺さん、舌切り雀、わらしべ長者のオリジナルの話である。このオリジナルが説話であることはそれなりに知られているらしいが、僕はまったく知らなかったんで(室町時代の『御伽草子』あたりではないかと思っていた)、読みながら気付いたとき、大いに驚いた。また「僧伽多羅刹国ニ行ク事」(巻六の九)は、女の国に渡って取り殺されそうになった商人の話で、ちょっとしたスペクタクルが楽しめる。さらに、「伴大納言応天門ヲ焼ク事」(巻十の一)は応天門の変、「河内守頼信平忠恒ヲ攻ムル事」(巻十一の四)は平忠常の乱、「清見原天皇大友皇子ニ与スル合戦ノ事」(巻十五の一)は壬申の乱をそれぞれ描いたもので、一種の歴史物であり、さながら見てきたか聞いてきたかのように描かれているため、臨場感がある。空也や慶滋保胤など、歴史の教科書に出てくる人物も、同時代の身近な存在として登場するため、親近感を感じる。超人陰陽師、安倍晴明が活躍する話もいくつかある。
 内容はこのようにきわめて多彩で、しかも『日本霊異記』や『今昔物語集』と異なり大和言葉がベース(この二著は漢文ベース)になっていて比較的読みやすいため、説話集にアプローチする際は入門として『宇治拾遺物語』が格好の素材になるのは確かである。しかもこれを全部読み通したということになると満足感もひとしおである。いろいろと発見もあり、手元に置いて何度も読んでみたいと感じさせるような本である。通しで読むことによって、日本の古典文学の奥深さをあらためて感じさせられたのであった。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『新版・竹取物語(本)』
竹林軒出張所『世間胸算用(本)』
竹林軒出張所『コミックストーリー 日本霊異記(本)』
竹林軒出張所『漫画・日本霊異記(本)』
竹林軒出張所『セクシィ古文(本)』

by chikurinken | 2018-12-23 07:32 |

『ヒトラー・クロニクル』(ドキュメンタリー)

ヒトラー・クロニクル
(2018年・独Epoche Media)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

1人の小人物としてのヒトラー

b0189364_18515418.jpg ヒトラーの生誕から1945年の自殺までを、残された映像と写真で辿るドキュメンタリー。
 ヒトラーは、幼少時父親に虐待され、学校での成績も良くない上素行も悪かったという。卒業後、美術学校への入学を目指すがこれも失敗し、ホームレスになる。そんなヒトラーの生活を一変させたのが第一次世界大戦で、ヒトラーは一兵卒として従軍することになる。
 終戦後無事帰還するが、その後右翼政党、ドイツ労働者党に関係するようになり、演説の巧みさで徐々に党の中で台頭するようになる。党はやがて国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)と改称し、ミュンヘンで反乱を起こす。この反乱は鎮圧されヒトラーは投獄されるが、その間にドイツ国内は経済が大いに乱れ、ヒトラーは出獄後、ナチスともども政治的に台頭してくる。その後、世界中を混乱に陥れたのはご存知の通り。
 このドキュメンタリーからは、凡庸な社会的敗北者が少しのきっかけで、世界史を揺るがす独裁者として台頭したことが窺われる。このドキュメンタリーで振り返るヒトラーは、ちょっとした詐欺師のようにしか見えず、その詐欺師が1930年代のドイツで熱狂的な支持を集めたわけである。支持者の熱狂を前にしたヒトラーは神がかり的な存在に映るが、しかしそれ以前のヒトラーの映像や写真からは当然こういった全能感は窺えない。権力者や独裁者を作るのは、時代の空気であるということがよくわかるし、その空気にしても偶然の産物に過ぎないと思える。
 誇大に拡大した独裁者のイメージではなく、1人の小人物としてのヒトラーを明るみに出しているという点で、このドキュメンタリーは優れた歴史の記録になっている。その点を大いに評価したい。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ヒトラー 権力掌握への道 前後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『独裁者ヒトラー 演説の魔力(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヒトラー 最後の日々(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アフター・ヒトラー 前後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第5集〜第8集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『新・映像の世紀 第3集(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-12-21 07:53 | ドキュメンタリー

『ヒトラーの子どもたち』(ドキュメンタリー)

ヒトラーの子どもたち
(2017年・仏Gedeon)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

支配者候補生養成、もとい養育施設

b0189364_18481722.jpg ナチスが、純粋アーリア人の支配層を作るために新生児を集めて育てる施設がドイツおよび周辺国に存在した。これが「レーベンスボルン」という施設で、この施設では、アーリア系ドイツ人の若い男(親衛隊の兵士など、既婚者もいる)を招待し、そこに常駐する看護婦との間に子どもを産ませるという方法で新生児を増やしたという。この計画の一端が近年明るみに出たらしいんだが、それを紹介するドキュメンタリーがこれ。
 計画自体はナチスの愚かさが反映されているようなもので、ナチスの虐待や虐殺の歴史に比べると可愛いものに映る。そのため愚かな計画であるとは思いつつ、あまり目を引くような要素がない。
 この凡庸なドキュメンタリーの救いは後半で、この施設で生まれた新生児がその後どうなったかが(1人だが)明らかになる。この施設で生まれたその男性は現在70代後半になっており、その男性の話によると、母は幼少時からこの施設のことは一切語らなかったため(ナチスに関係していたことで迫害を受けることを恐れていたらしい)、自身の幼少時のことがわからずじまいだった。ところが母が死んだ後、遺品の中からこの施設の秘密に関わる記録が出てきた。同時に、この施設を調べているジャーナリストとも出会うことになって、自分がこの施設で生まれたことを知ったという。戦後、母子家庭の中で苦しい生活を送っていたが、それでも母がこの施設についてひた隠しにしていたことが回想されて、母の思いを今になって知るのである。本人は、母の相手(つまり父に当たる人だが)がSS(親衛隊)のメンバーでないことを信じているが、実際はSSのメンバーであったことが有力である(写真も残っている)。
 この男性を追うことで、戦争が個人の中に落とした影が表現されていて、このあたりがこのドキュメンタリーの目玉である。ただ先ほども言ったように、この施設については特別な感慨が湧かなかったため、ドキュメンタリー自体についてもあまり面白味を感じなかったというのが本当のところである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『新・映像の世紀 第3集(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-12-20 07:47 | ドキュメンタリー

『バブル 終わらない清算』(ドキュメンタリー)

バブル 終わらない清算 〜山一証券破綻の深層〜
(2018年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル
平成史スクープドキュメント第2回

山一證券破綻騒動から見えてくるもの

b0189364_16094626.jpg 1997年に自主廃業した大手証券会社、山一證券の破綻騒動を追体験するドキュメンタリー。当時の山一の幹部や元大蔵官僚なども登場し、当時の事情を語る。
 日本中がバブルで踊った90年代初頭、当然のごとく証券会社各社は絶好調だったが、バブルが破綻すると途端に風向きが悪くなる。しかも多くの証券会社では、大口顧客をつなぎ止めておくため、株式投資の赤字分を証券会社が穴埋めするという、いわゆる損失補填を行っていた。これはその後、政府によって禁止されるが、山一證券は密かにこれを続け、しかもこの損失を巧妙に隠蔽していた。いずれ景気が回復し株価が上がればこの損失も相殺できるだろうというのが上層部のハラだったが、彼らが望んでいた夢のような景気回復はいつまで待っても訪れない。やがてこの損失隠しは徐々に明るみに出ることになり、責任を取って当時の執行部が変わったりもしたが、結局(当時護送船団方式という名前で日本の金融機関の指揮を執っていたにもかかわらず)大蔵省は損失隠しの山一を救済することもなく、そのために山一證券は11月24日にあえなく破綻。記者会見の席で、新社長が号泣しながら「社員は悪くありませんから!」などと叫ぶみっともない姿をさらしたのは記憶に新しい。
 そういった過程を紹介していくのがこのドキュメンタリーで、(内部関係者の視点は目新しいと言えるが)それほど新しい事実が紹介されるわけではなく、ありきたりな回顧ドキュメンタリーという印象は拭えない。ただ僕にとって非常に面白かったのが、山一證券の上層部、特に社長や会長など責任を持つ権力者連中が、社内の問題の存在を把握しながらそれを先送りにし、悪い情報は持ってくるななどと部下に怒鳴っていたという当たりの話である。トップがこういう態度だと、問題が顕在化しても解決するわけはなく、こういった態度は危機管理へのアプローチとして最悪と言わなければならない。これは無責任・先送り体質の現れであり、昨今日本のあちこちの大企業で続発する不祥事も、こういった体質の結果生じているもので、しかもこの体質、太平洋戦争の時代から全然変わっていない(竹林軒出張所『ノモンハン 責任なき戦い(ドキュメンタリー)』を参照)。「都合の悪いことはなかったことにし」その上「誰も責任を負わない」悪しき日本の風土は、企業だけでなく行政府内でもいまだに健在、継続中なのである。
 そもそもトップに立つということは、その集団のあらゆる責任を負うということである。報酬は責任に対して支払われるものであり、またそういう人々こそが問題を正すための原動力にならなければ問題なんて解決するわけないのだ。山一證券の場合も同様で、下の人間が上に問題解決を働きかけても、上の人間が愚昧であれば握りつぶされるだけだし、下手をすると閑職に追いやられることだってあり得る。そういう意識が無い、単にたまたま出世競争に勝ち抜いただけの愚か者がトップに居座る日本の大企業・官庁のシステムが、こういった集団の問題の原因になっていることが窺われる。過去の失敗(たとえばあの戦争)を鑑みて反省するということをしない傲慢さが、このような問題を生み出しているわけで、いい加減気付けよと思う。愚かなくせに傲慢な人間が、社会の上層部にいまだ多数貼り付いているのが日本社会である。このドキュメンタリーを見ると、そのあたりが見えてきて再確認できるのだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『戦後70年 ニッポンの肖像 (2) "バブル"(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『昭和史 1926-1945(本)』
竹林軒出張所『ノモンハン 責任なき戦い(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『731部隊の真実(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『日本国債(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『862兆円 借金はこうして膨らんだ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実(本)』

by chikurinken | 2018-12-18 07:09 | ドキュメンタリー