ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

<   2018年 06月 ( 18 )   > この月の画像一覧

『おいしいコーヒーのいれ方Ⅰ』(ラジオドラマ)

おいしいコーヒーのいれ方Ⅰ〜キスまでの距離〜
(1997年・NHK)
NHK-FM 青春アドベンチャー
演出:千葉守
原作:村山由佳
脚色:佐藤ひろみ
出演:内田健介、長谷川真弓、大高洋夫

気恥ずかしくて聴いてられない

b0189364_09044638.jpg ラジオドラマを紹介している某サイトで非常に高い評価が付いていたために聴いてみた。ちなみにこのサイトでの『日本の異様な結婚式について』の評価はかなり低かったため、『日本の異様な結婚式』をはるかに超えるという(もちろん個人的な評価ではあるが)ラジオドラマに関心を持ったわけである。それにこのドラマ自体一般に人気があるようで、YouTubeでも公開されている。今回時間があったため、良い機会だと思って聴いてみたのだった。
 原作は、村山由佳という人のライトノベル(!)で、ストーリーははなはだありきたり。主人公の高校生が、年上のいとこ(美女)と同居するハメになり、当初は親戚かと思っていたが実は二人に血のつながりがなかったというふうに話が進む。その後、主人公はこの美女とあれやこれやあって恋愛関係になるという展開で、ストーリーを聴くと、我々世代は思わず苦笑してしまうような、おそろしく使い古されたご都合主義の素材であった。また演出も(若者の恋愛を描くということもあり)はなはだ気恥ずかしいもので、中高生ならいざ知らず、我々のようなオヤジにはどうにもこれはいただけない。もう少し抑えた演出でなければ聴くに堪えないという代物である。
 僕が今回聴いたのは1時間ちょっとに編集されたバージョンで、前後の部分を削ってうまいこと編集してあった素材だが、元々これはNHK-FMの『青春アドベンチャー』の枠で全5回で放送されたものらしい。放送当時これを聴いていたとしても、さすがに第1回を聴いてから第2回以降も続けて聴きたいとは決して思わなかっただろうと思う。ドラマや映画の感じ方なんか要するに人それぞれであり、他人が高い評価を付けたからといってそれが僕にとってあるいは万人にとって面白いとは限らないということで、今回、そのことにあらためて気付かされることになった。ラノベとか恋愛ものとか、恥ずかしいものとかが好きな人には良いだろうが、僕みたいなすれっからし人間には決して受け入れられない作品である。
★★★

参考:
竹林軒出張所『さらば国分寺書店のオババ(ラジオドラマ)』
竹林軒出張所『日本の異様な結婚式について(ラジオドラマ)』
竹林軒出張所『コクリコ坂から(映画)』

by chikurinken | 2018-06-30 09:05 | ドラマ

『復活した“脳の力”』(ドキュメンタリー)

復活した“脳の力”(2009年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ

『奇跡の脳』映像版

b0189364_18514339.jpg 『奇跡の脳』の著者、ジル・ボルト・テイラーを追ったドキュメンタリー。内容は『奇跡の脳』とかなり重複するもので、『奇跡の脳』を一般視聴者に紹介するような内容と言って良い。ただし、第一発見者が実際の現場で当時の状況(ジルが脳卒中で倒れた状況)を回想したり、ジルのリハビリに協力した母が、実際の様子を紹介したりと非常に具体的な状況が紹介されるため、あの本を読んだ人にとっても大変参考になる。
 著者は、前にも書いたように、元々脳科学者でありながら37歳にして脳卒中を経験し、未知の脳の可能性を自ら体感したという人である。論理的な部分を司る左脳部分で出血が起こったことから、論理的な思考に障害が出る(計算もまったくできなくなった)が、そのためか右脳が司る感性がこれまでにないほど鋭くなり、非常に感性的な人格になった。自分に映る世界がまったく違った様相を呈し、それは非常に平和で幸せな気持ちであったと語る。これを彼女は「涅槃」(悟りを開いた境地)と表現する。
 病気によりさまざまな機能と記憶を失ったが、こういった独特の感性など、得るものも逆にかなりあったわけである。しかし、リハビリなどのトレーニングを積むことで、病前の機能が回復してくると(計算は今でも少々苦手と言う)、新しく得た感性的な部分についても徐々に失われていくことになる。もちろん現在の彼女を見ると、感性的な鋭さは依然として残っているようにも見受けられる。彼女の実際の姿からこういうことが伝わってくるというあたりはやはり映像の持つ力と言える。また、いろいろな状況が非常に具体的な形で伝えられるというのも映像の力であり、そういう点でも魅力的なドキュメンタリーになっている。
 脳疾患を経験した人も、未経験の人も、脳の不思議さに思いを馳せることができる番組である。たとえ脳卒中になっても、決して諦める必要はない(何年経っても機能の回復は続く)というメッセージも、多くの人にとって力になると思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『脳は回復する(本)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『私の脳を治せますか?(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-06-28 07:51 | ドキュメンタリー

『私の脳を治せますか?』(ドキュメンタリー)

私の脳を治せますか?
(2017年・英PopkornTV)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

脳障害の実際と脳治療の将来像

b0189364_20082066.jpg 140mlもの脳内出血の結果、高次脳機能障害になったロッチェという女性が、脳治療のさまざまな現場を訪れて、脳治療の最前線を報告するというドキュメンタリー。このドキュメンタリーの企画自体もロッチェが行ったようである。
 ロッチェ自身、高次障害を抱えており、病前のような活発な活動ができなくなったが、現在の落ち着いた状況も自身では気に入っていると言う。ただし感情の波は大きく、自閉症のような症状やパニック障害も残っており、そのため取材途中に中座したりすることもある。そのあたりの様子もそのまま収録されていて、ドキュメントとしての価値が高まる結果になっている(高次脳機能障害の一端が示されることになる)。
 このドキュメンタリーで報告される治療法には、電磁波を使って自閉症状を改善する処置、アスペルガー症候群の患者の脳内に電極を埋め込んでリモートで症状をコントロールするものなどが紹介される。
 前者は、一定の効果をあげている治療法らしいが、中には自閉症状は緩和されたが、そのために世の中の邪悪がそのまま直接的に感じられるようになって人生がうまく行かなくなったという人も出てくる。効果があるからといってそのまま全面解決にならないのが脳の病気の複雑さである。
 一方、脳内に電極を埋め込む治療は聞くだけでも恐ろしげだが、その手術風景も紹介され、おどろおどろしさも一段と高まる。だがこのような治療を選択せざるを得ない状況にあるアスペルガー患者がいるのも事実。実際、このドキュメンタリーに出てきた患者は、症状が劇的に治まっていた。その後、どうなったかについてはわからないが、脳はあまりに多くの機能が集約されているため、何をどうしたらどうなるかというのがまだよくわかっていないらしい。そのため、今後も手探りでいろいろなテクノロジーが活用されながら、さまざまな治療法が提示されてくることが予想される。記憶を書き換えるようなことも可能だという話が紹介されていて、大変興味深いと同時に、恐ろしいことになりかねない危うい未来というものも見えてくる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『復活した“脳の力”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『再起する脳 脳梗塞が改善した日(本)』
竹林軒出張所『脳は回復する(本)』

by chikurinken | 2018-06-27 07:08 | ドキュメンタリー

『脳が壊れた』(本)

脳が壊れた
鈴木大介著
新潮新書

鈴木大介はいかにして
高次脳機能障害になったか


b0189364_17352873.jpg 脳梗塞の後遺症で高次脳機能障害に陥ったジャーナリスト、鈴木大介の闘病記。『脳は回復する』の前に書かれた著書で、『脳は回復する』が本書の続編という位置付けになる。僕は逆の順序で読んだが、それもありかなと思う。内容については両書で重なる部分が多い。
 本書については、倒れたときの様子、退院するまでの症状とその後の高次脳機能障害(感情失禁や注意欠陥障害)、さらに言えば倒れる以前の多忙な生活や(元々発達障害だった)妻の大病(脳腫瘍)などについても触れられている。高次脳機能障害の症状について綴られた箇所は特に興味深い部分で、患者本人の「内側からの」表現が非常に新鮮。このあたりは、『脳は回復する』と共通する。同時にこの病気が、著者自身の多忙で「異常な」生活を反省する材料になり、生活自体を改善するきっかけになったという記述もある。大きな病気ではあるが、決してマイナスばかりではなく、さまざまな気付きがあり、結果的にプラスだったことも多かったという率直な感想もある。
 記述は読みやすく、途中挿入されるイラスト(寺崎愛という人のもの)も楽しい。新潮新書は質の悪いものが非常に多いが、この鈴木大介の2冊については得るものが多く、良書と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『脳は回復する(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『再起する脳 脳梗塞が改善した日(本)』
竹林軒出張所『最貧困女子(本)』
竹林軒出張所『うつ病九段(本)』

by chikurinken | 2018-06-25 07:35 |

『脳は回復する』(本)

脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出
鈴木大介著
新潮新書

高次脳機能障害を「内側」から分析

b0189364_18165386.jpg 脳梗塞の後遺症で高次脳機能障害に陥ったジャーナリストが、自身の高次脳機能障害の経験を「自分の内側」からの視点で報告した本。
 著者の鈴木大介は、『最貧困女子』などの著書があるジャーナリストで、社会にうまく適用できない若者を中心に取材活動を続けてきた。彼らの中には発達障害を持っていて、他者とうまくコミュニケーションできない人々が多かったと回想する。ところが、自分が高次脳機能障害になってしまうと、他者とのコミュニケーションがうまくできず、今まで取材対象として接してきた人々と共通する症状が現れる。同時に自分の気持ちが周辺の人間に伝わりづらいことがわかってきて、彼らは実はこういう状態だったのかと実感することになる。もちろん、脳梗塞と発達障害では入口は異なるが、結局のところ、すべての神経伝達が速やかに行われず、そのために起こった脳内での神経伝達のタイムラグが原因ではないかと、自身の実感から結論付ける。
 著者は、退院後数年間、こういった症状に苦しめられるが、その後徐々に改善して(著者の推理によると、神経伝達機能がだんだんできあがってきたということらしい)、仕事にも復帰し日常的な生活もほぼ元通り遅れるようになった。ただしあの高次脳機能障害の経験は、かつての取材対象に対する本当の理解に繋がったようで、これまで彼らの病気について表面的にしか理解していなかったことにあらためて気付かされるきっかけになったらしい。同時に、この高次脳機能障害と、発達障害、自閉症、統合失調症との共通点を見出し、自分なりに原因、対処法を発見する。実際このあたりは非常に遅れた分野であり、これまで医師側からの(推測に基づく)記述しかなかったために、明確な対処法や治療が見つかっていない。到底真実に迫っているというレベルではなかったが、今回患者側の視点からこれだけ詳細に描写され、それに対する対処法まで提案されている。これは、臨床心理学の分野において非常に画期的な出来事と言えるかも知れない。
 記述は平易で、それにマンガ的な描写が多くかなりユーモラスではあるが、内容については、まさに新しい知見と言って良いようなもので、相当ハイレベルである。また記述がコミカルであることから、これが深刻さを緩和する結果になっていて、このあたりもこの著者の先見性を窺わせる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『脳が壊れた(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『再起する脳 脳梗塞が改善した日(本)』
竹林軒出張所『最貧困女子(本)』

by chikurinken | 2018-06-24 07:16 |

『大家さんと僕』(本)

大家さんと僕
矢部太郎著
新潮社

新しい、他人との疑似家族関係

b0189364_18562915.jpg 漫才コンビ「カラテカ」の片割れ、矢部太郎によるエッセイ・マンガ。
 芸人としてうまく立ち回れていない著者が、2階建ての一軒家の2階部分に引っ越し、階下に住む大家さんと親しくなる。その大家さん、87歳で、使う言葉や話す内容が70年くらいずれている。また著者に対して、都会ではあまりないような濃厚な接し方をしてくる。最初は大家さんを遠ざけていた著者が、徐々に大家さんの世界に惹かれていくんだが、その過程が簡素で拙い落書きのような絵で綴られていくというのがこのマンガ。
 絵はマンガとしてはアレだが、内容はなかなかよくできていて、特に間やユーモアのセンスが素晴らしく、あちこちにほのぼのとした笑いが散りばめられている。さすが芸人という感じ。希薄な人間関係の都市生活にあって、2世代位前の近隣の人間関係が新鮮で、その中で見えてくるものが著者の目を通して表現されており、そのあたりが新鮮である。「大家さん」と「僕」との関係は、言ってみれば疑似家族関係のようにも映る。
 この本、現在ベストセラーらしく、面白そうだったため僕自身図書館で予約していたのだが、現在近所の図書館で「予約者384人」という状態で、いつ手元に届くかわからない状態である。この本、この図書館グループに合計11冊ありはするが、それでも計算上30周分待たないといけないことになる。借りた人が2週間で返す(つまり1周が2週間)として、手元に届くまで1年ちょっとかかる計算になる。1年も待つとなると、まわってきたときには読む気も失せそうな気がする(実際そういうことはよくある)。今回、別のつてで読むことができたんで、結局図書館の方はキャンセルしたが、まあ買っても悪くはなかったかなと思うような内容で、味わい深い本ではある。ただ、マンガの絵の部分は、拙さがある上、線もスカスカであるため、ちょっと見では買おうという気は起きにくいかも知れない。
第22回手塚治虫文化賞短編賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。(本)』
竹林軒出張所『家に帰ると妻がカフェをやりたがっています。(本)』
竹林軒出張所『ニューヨークで考え中(本)』
竹林軒出張所『人間仮免中(本)』

by chikurinken | 2018-06-22 07:56 |

『逃亡日記』(本)

逃亡日記
吾妻ひでお著
日本文芸社

『失踪日記』の舞台裏

b0189364_18471809.jpg 2005年、マンガ家の吾妻ひでおが『失踪日記』で大ブレイクを果たす。『失踪日記』は、自らの失踪、ホームレスの経験を赤裸々に描いた私小説的なマンガで、戦後マンガ史における1大エポックと言える素晴らしい作品であった。『失踪日記』がブレイクしたことから、それに乗っかった企画がやはりあちこちの出版社から出てくるのは世の常で、概ね想定内ではある。ただし吾妻センセイ自身が、『失踪日記』後、基本的に仕事を断っていた(らしい)ため、便乗本は比較的少なかったような記憶がある。この本は、そういう数少ない便乗本の1冊。吾妻センセイ、この出版社としがらみがあったせいで、この仕事を引き受けざるを得なかったそうだ。そのあたりは冒頭のセンセイのマンガで暴露されている。しかも吾妻センセイのキャラが「皆さん この本買わなくていいです! マンガだけ立ち読みしてください」と宣言しているのは、なかなかセンセイらしい。
 本の構成は、失踪日記関連の場所を撮影した巻頭写真に続いて、巻頭マンガ「受賞する私」、それからセンセイの生い立ちや失踪の事情について語ったインタビュー(これがメイン)、最後にマンガ「あとがきな私」というふうになる。インタビューは元々『別冊漫画ゴラク』に連載していたものらしい。いかにもな便乗本ではあるが、内容は意外に面白い。ほとんどの部分がマンガでないのはもちろん吾妻作品としては容認しがたいかも知れないが、語られる内容が非常に興味深く、やはりセンセイのファンであれば一度は触れておきたいあれやこれやの事情が明らかにされている。『失踪日記』の舞台裏の話も当然出てくる。巻頭と最後のマンガは、吾妻ひでおらしいエッセイ・マンガで、非常に質が高い。またマンガの内容とインタビューコラムの内容がかなりリンクしていて、元の題材をマンガにするとこうなるという、吾妻流の変容のアプローチが垣間見えて、こちらも興味深いところ。そのため「便乗本」だからといって決して侮れない要素がある。
 「便乗本」のような商業主義的な本は基本的に容認できないが、この本は作りが丁寧だったりして、むしろ好感が持てる。内容も読ませるだけのものがあり、便乗本ではあっても決してゴミ本ではないと断言しておく。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『夜の帳の中で(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『酔うと化け物になる父がつらい(本)』


by chikurinken | 2018-06-21 07:47 |

『パイプオルガン誕生』(ドキュメンタリー)

パイプオルガン誕生 イタリア-東京・500日の物語
(2004年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ選

オルガンはブラックボックスではない

b0189364_17535496.jpg 東京カテドラル教会のパイプ・オルガンが老朽化したために、新しいパイプ・オルガンを入れることになった。なんでも前に入っていたオルガン、電気仕掛けだったらしく、そのために新しい部品がなくなっていて修理が利かなくなったという。そこでイタリアの業者に発注する。この業者、昔ながらの作り方でオルガンを作っている。いわば伝統技法の継承者ということで、日本の城郭やなんかと同様、このカテドラル教会のオルガンという狭い世界でも一種の伝統回帰が進んでいるというわけだ。とは言っても、今回納品されたオルガンも、送風は機械であるし、しかもストップ(音色を変える装置)の操作はコンピュータ制御になっているんで、私見だが、あと数十年後に修理が利かなくなる可能性がある。もちろん、基本的なコアの部分が伝統技術で作られているのは確かで、そういう点では大変素晴らしいこととは思うが、こればかりは数十年経ってみないとわからない。
b0189364_17535006.jpg さて、そのオルガン作りであるが、業者はイタリアの地方にあるこぢんまりした工房で、職人集団という感じ。錫と鉛の合金を枠に流し込んでパイプを作る最初の段階からカメラは密着する。当然その前に設計段階があるが、そのあたりは基本事項だけを追うという感じである。その後、ふいご、風箱(どのパイプに風を送るか操作するアナログの制御ボックス)、鍵盤などの製作が紹介されていく。同時にパイプがどのような原理で音を出すか、ふいごで送られた風がどのようにパイプに引き入れられて音ができるかなど、製作過程を見ることを通じて、オルガンから音が出る仕組みが自然に理解できるようになっている。その上、現存する最古のオルガンまでが紹介され、オリジナルのオルガンの構造もあわせて紹介されていく。ここまでしっかり見ていくと、今まで(少なくとも僕にとって)まったくブラックボックスだったオルガンの仕組みがかなり理解できるようになる。またオルガン製作の技術だけでなく、納品や組み立ての様子、現場での音の調整(意外に大変な作業で、時間もかなりかかる)なども映像で紹介されていくため、オルガン全般についてかなりの知識を得ることができる。さながらオルガン大全といった趣である。
 また、この教会でのこけら落としの演奏の模様も流され、オルガンで鳥の声を再現する技なども出てくる。しかも(通常であれば絶対に目にすることができない)演奏時のパイプ部分の映像まで出てくる。オルガンの奥深さ、音の深遠さなどが味わえる90分のドキュメンタリーで、非常に質が高い番組と言える。そのためかわからないが、DVDも出ていて(『ST.MARY’S CATHEDRAL パイプオルガン誕生』)現在入手可能である。楽器に興味のある向きは、ぜひご覧戴きたいと思う。お奨め作品。
★★★☆

追記:
 現在、東京カテドラル教会では、月に1回、このオルガンの演奏を一般公開している(毎月第2金曜日)。『オルガンメディテーション』という約1時間の公演で、誰でも(信者でなくても)あのオルガンの演奏を堪能することができる。ただし、この『オルガンメディテーション』、基本はミサみたいなものであって、全員でキリスト礼賛の文句を唱和したり、賛美歌を歌ったりもする。もちろん最初と最後にバッハなどの曲が演奏されるので、参加してみればそれなりにオルガン演奏を楽しむことはできる。
 実は僕も先日行ってみたが、まったくキリスト教から縁遠い存在である僕のような人間からすると、かなり違和感のあるイベントであった。僕は「アーメン」などと唱和することも賛美歌を歌うこともしなかったが、場違いな印象は最後まで拭えず。もちろん周りの人からそのことを責められたりはしないが、そういう空気が平気であれば、リアルなオルガンの音を聴きに行くのもまた一興である。ただ僕はもう行かない。オルガンについては、今後は(ザ・シンフォニーホールやサントリーホールなどの)コンサートホールで聴いてみたいと思う。

参考:
竹林軒出張所『バイオリンの聖地クレモナへ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ピアノの詩人ショパンのミステリー(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-06-19 06:53 | ドキュメンタリー

『ハリウッド発 #MeToo』(ドキュメンタリー)

ハリウッド発 #MeToo
(2018年・英Entertain Me Productions)
NHK総合 ドキュランドへようこそ!

ヒッチコックとポランスキーもか……

b0189364_16085370.jpg 世界中に広がっていくセクハラ・スキャンダル。その発信源になったのはハリウッドである。ある女優が、ある大物プロデューサーに長年に渡ってセクハラを受けていたことを告発し、その後、同様の被害者がSNSで自分も被害者であることを告白するという具合にハリウッド全体に広がっていった(いわゆるMeToo運動)。
 この大物プロデューサーというのが、ハーヴェイ・ワインスタインという男。ミラマックス社を設立し、アカデミー賞も意のままになるとまで言われた、まさに「大物プロデューサー」。でもただ一つ「まっとうな普通のプロデューサー」と違っていたのは、この男がパワハラ、セクハラの常習だったということだ。そのため、被害を受けた女優は非常に多く、それでもこのプロデューサーに目の敵にされると女優業すら危ぶまれるということで、女優側としては簡単に拒否できないと来ている。ホテルに呼び出され、性的サービスを強要される女優もいたらしい。このドキュメンタリーでは、そのあたりのハリウッド製セクハラ・スキャンダルを詳細に紹介する。
 このワインスタイン、女性以外からも卑劣な男と見られていたらしく、尊大かつ傲慢、自己中心的だったという。脅迫まがいの行為もあったということで、結局、2018年の5月に(性的暴行のかどで)逮捕されたらしい。
 このドキュメンタリーでは、この男の非道がいろいろな関係者の口から語られ、さながら、これこそがハラスメントである!というハラスメントのデパートのようである。世間には、セクハラ告発を受ける男に同情するような論調も(一部の男どもの間に)あるが、少なくともこのワインスタインが同情に値するとはまったく思えない。こういったクソヤローは告発して、破滅させてやらないといけないとさえ思う。卑劣な男が権力を握ってしまったら、周りの人間はこのように大いに迷惑するという好例である。同様の問題を持つ日本のいろいろな組織も、早く同じようなウミを出し切るように。もっとも中には「ウミを出し切るべき」などと言っている人間がウミだったりするから始末に負えない。
 尚今回見たのは、NHK総合で最近放送が始まった『ドキュランドへようこそ!』という番組枠であった。この番組、これまでも『BS世界のドキュメンタリー』などで放送された作品をパッケージを変えて放送しているが、あまり良いものはなかった。食指が動いたのは今回が最初である。なおこのドキュメンタリー、『BS世界のドキュメンタリー』でも(2018年6月12日に)放送されたようだ。
★★★☆

追記:
 このドキュメンタリーでは、ヒッチコックやポランスキーについても、セクハラを行っていたと語られていた。ヒッチコックもクソヤローだったのか(ポランスキーのセクハラについては割合有名)。

参考:
竹林軒出張所『スクールセクハラ(本)』
竹林軒出張所『マーニー(映画)』

by chikurinken | 2018-06-18 07:08 | ドキュメンタリー

『イヌイットの怒り』(ドキュメンタリー)

イヌイットの怒り
(2016年・加Angry Inuk Inc. / National Film Board of Canada)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

単なる価値観の押し付け……という
レベルではなさそうだ


b0189364_18281238.jpg アラスカの先住民、イヌイットのある民族は、アザラシを狩ってその肉を食べるという生活を永らく続けてきた。彼らは、狩ったアザラシの肉を隅から隅まで食べた後、その皮を加工し販売することによって、生計を立ててきた。それが彼らの伝統的な生活である。ところがアザラシの狩猟が制限されたり、「一般的な」職業に就くことが奨励されたりすることで、こういった伝統的な生活を送りづらくなり、これが彼らの貧困の原因になっている。しかも近年では、毛皮反対運動がヨーロッパを席巻し、それに伴って、動物愛護団体などから、アザラシの毛皮を売ることが罪悪であると告発されるようになった。要するにアザラシを捕獲するなという暗黙のメッセージである。EUがこのような告発を受け入れ、EU全体の方針として採用すれば、アザラシの毛皮を(最大の市場である)ヨーロッパに売ることができなくなり、金を得る手段がますます限られることになる。結果的にイヌイットの貧困はますます進んでいくことになる。現時点でこういう状況が存在するのである。
 一方的なものの見方によって他者の文化を否定し、結果的にその文化、生活を壊滅させていくという、このような所業は、数百年も前から繰り返し行われ、その結果多くの先住民族は、差別の対象になり貧困に陥ることを余儀なくされてきた。アイヌしかりアメリカ・インディアンしかりである。
 このドキュメンタリーの製作者は、元々この民族の出身であることから、一方的に告発される先住民側の意見を表明して、こういった現状を全世界に発信する必要性を感じた。つまり、ゴリ押しされる「正義」のカラクリを逆に告発するというのが、このドキュメンタリー製作の動機であり、実に純粋な正しいアプローチである。このドキュメンタリーの中でも、イヌイットの人々と製作者が、動物愛護団体と直接対話して、それぞれの主張をぶつけ合おうというスタンスで動物愛護団体にアプローチしようとするのだが、団体の方から拒否されるというような事実も明かされる。さらに、こういった団体の手口が巧妙で、どこか汚さを感じさせるような面も紹介される。最終的に、こういった動物愛護団体に、イヌイットの環境から利権を得ようとする企業が絡んでいる可能性なども指摘されていて、なかなか奥が深い(もちろん、これらすべては製作者側の視点である。団体側には別の言い分があるかも知れない)。
 マイノリティの立場に追い込まれ、偏った視点で一方的に非難される側から、マジョリティの側の不合理さを告発するという、きわめて正しい動機で作られたドキュメンタリーであり、個人的には、この作品ができる限り多くの人の目に触れ、彼らの主張に耳を傾ける人が増えることを望むものである。実際、このドキュメンタリーには非常に説得力があり、勝手な理屈を振り回すヨーロッパの「動物愛護団体」に対しては怒りを禁じ得なかった。捕鯨の問題とも共通点があると感じた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『クジラと生きる(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『イルカを食べちゃダメですか?(本)』
竹林軒出張所『あるダムの履歴書(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アマゾン 大豆が先住民を追いつめる(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-06-17 07:27 | ドキュメンタリー