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竹林軒出張所

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『変身/掟の前で 他2編』(本)

変身/掟の前で 他2編
カフカ著、丘沢静也訳
光文社古典新訳文庫

読みやすいのは翻訳のせいか?

b0189364_19314179.jpg 「いま、息をしている言葉」つまりこなれた日本語で翻訳するという発想の光文社古典新訳文庫。出版界に妙ちくりんな古典翻訳がはびこっている現代日本において、こういう発想はなかなか斬新であり、見上げたアプローチと言える。とは言え、この『変身/掟の前で 他2編』についてはそもそもが近代小説であり、(比較していないので正確なことはわからないが)従来の翻訳とそれほど違っていないような気もする。少なくとも特に素晴らしい翻訳という印象は受けなかった。逆に、主語が省略されているなどわかりにくい文章がところどころあったりして、本当にこの翻訳が正しいのだろうかと感じる箇所もあった。
 本書で取り上げられている作品は、表題の『変身』と『掟の前で』の他、『判決』と『アカデミーで報告する』の計4編。底本となっているのは『史的批判版カフカ全集』というもので、カフカが最初に書いたオリジナルにもっとも近いものらしい。『変身』が中編だが、あとは短編であり、本書の目玉はやはり『変身』ということになる。ある朝目が覚めると虫になっていたという例の不条理小説である。不条理な前提だが、その前提をそのままリアリティを維持した状態で押し通すという毛色の変わった話である。この文庫で100ページくらいだが、なかなか読ませるため、まったく飽きずに一気に読んだ(もしかしたら「息をしている言葉」もその一因だったかも)。この4編の中ではもっとも印象的であった。
 僕自身は、基本的には小説はなるべく映画やテレビなどの形式で見たいと考えている人間であるが、本書の4編については映像よりも文章の形で読む方が適切なような気がする。どれも映像化が難しそうな上、おそらく映像化してもあまり面白くないんではないかと思う。そもそも映像があるのかどうかさえ疑問だが、もし僕と同じような考え方を持っている人がいるのであれば、ぜひ小説でお読みくださいと進言したい。
★★★☆

注記:
 今調べてみたら、『変身』は少なくとも過去4回映像化されていた。映像という具体的な形で示されると、巨大な虫の描写が生々しくなっていけないような気がするがどうなんだろうか。

参考:
竹林軒出張所『カフカの「城」(映画)』
竹林軒出張所『「僕は人生を巻き戻す」を巻き戻す……アンビリバボー』
竹林軒出張所『白夜/おかしな人間の夢(本)』
竹林軒出張所『純粋理性批判は大きな壁である』
竹林軒出張所『トーニオ・クレーガー 他一篇(本)』

by chikurinken | 2018-04-29 07:31 |

『DNA捜査最前線』(ドキュメンタリー)

DNA捜査最前線(2016年・仏AB Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

DNA犯罪捜査の周辺がよくわかる

b0189364_19180006.jpg DNAを利用した犯罪捜査がどういうもので、どのように利用されているかを紹介する真摯なドキュメンタリー。総じてフランスの知見紹介ドキュメンタリーは、丁寧に内容を紹介するというアプローチのものが多く、BBCの同様の番組のように見ていて腹立たしくなることはない。このドキュメンタリーにもそれは当てはまり、DNAによる犯罪捜査の全体像を把握できるようになっている。
 人間のDNA上に、特徴的な繰り返しが何度か現れることがわかったのは1970年代で、しかもその繰り返しパターンが個人によって異なることから、指紋のように個人特定に使えるのではないかという発想が生まれてきた。犯罪現場には、体毛や体液などの物証が残されることが多く、そのためにこういった遺留品から抽出したDNAによって個人を特定することができるということがわかった。
 ただしDNA捜査にも問題があり、遺留品のDNAが完全な形で残っていない場合は、個人の特定についても慎重にならなければならない。実際日本でも、DNAが一致するという証拠で逮捕されたが結局誤認逮捕だったという事例が90年代に起こった(と記憶している)。特にDNA捜査の初期に、この科学操作を過剰に信頼したがためにこういった悲劇が起こっている。一方で、永らく収監されていた人がDNAを調べ直すことで冤罪であることが証明されたケースもある(このドキュメンタリーで紹介されている)。要は使いようということになる。
 また人のDNAは、さまざまなルートから混入する上、他人のDNAが混ざり合うことも日常的に起こりうるため、DNAの活用には細心の注意が必要だということも紹介されていた。一例として、ヨーロッパのさまざまな国の凶悪犯罪事件で同じDNAが検出されたことがあって、世界を股にかける凶悪犯罪者かと疑われたが、実は検出されたDNAは、鑑定に使われていた綿棒に付いていた(製造担当者の)DNAだったことが後に判明したのだった。この事例は、DNA捜査の難しさを示すもので、非常に興味深い。
 同時に、DNAで個人を特定するためには、その個人のDNAデータが捜査側にあることが前提になる。犯罪歴のある人物についてはこういったデータが残され、先日の広島の女子高生殺害事件(犯人が14年ぶりにDNAで特定された件)などはその好例になったわけだが、すべての個人のデータが採取されているわけではないため、そういう点で限界はある。一方、すべての個人のDNAデータを集めることにプライバシーの問題があることは言うまでもない。個人のDNA情報を一生懸命集めている国もあるようで、もちろんそういった政策は論外だが、しかしそのあたりがDNA捜査の限界にもなる。悩ましいところである。ともかく冤罪の解消に繋がるような利用の仕方をしてほしいものだ。
 こういうようなことが50分のドキュメンタリーで紹介されるわけで、情報の密度が高いことがおわかりいただけると思う。しかもそれが、見ていて負担になるようなものではなく、楽しみながら見られるような構成になっていて、そういう点でも非常によくできていると感じさせる。BBCやNHKに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと感じる(彼らにはこういう意見は決して届くまいが)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-04-27 07:17 | ドキュメンタリー

『猟奇的犯人の素顔』(ドキュメンタリー)

猟奇的犯人の素顔(2017年・英BBC Studios)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

消化不良のドキュメンタリー

b0189364_17543426.jpg サイコパス(反社会性人格障害)について考察するドキュメンタリー。原題は『What Makes a Psychopath?』となっていて、まさにそういう内容を反映しているが、実態は必ずしもサイコパスのドキュメンタリーとは言えなくなっている。その点邦題の『猟奇的犯人の素顔』の方が内容を反映しているという結果になってしまった。
 番組では、アメリカの刑務所に収監されている凶悪犯罪者にインタビューを試み、それとあわせてサイコパスの脳内の状態などを科学的に究明するというアプローチをとる。こういう風に書くとなかなか興味深いのであるが、実態は、登場する犯罪者たちは(凶悪犯罪者ではあるが)サイコパスではなさそうだし、脳内で何が起こっているかという解説は通り一遍で、しかもわかりにくい。テーマはそれなりに意欲的だが、まったく消化できていないという印象のドキュメンタリーになってしまった。
 BBCのドキュメンタリーには(特に最近)この類のものが割合多いように感じる(竹林軒出張所『“肉”は健康の敵?(ドキュメンタリー)』を参照)が、企画担当と製作担当が違うせいで起こるのか、それとも単に話題になっている本からテーマを引っぱってくるだけだったせいでこうなっているのか、あるいは製作者の能力の欠如のせいか、それはわからない。ただ、こういう羊頭狗肉、消化不良のドキュメンタリーばっかり作っていると、BBCの評価を落とすことにも繋がるし、視聴者にそっぽを向かれる結果になるぞと警告しておきたくなる(BBCには届くまいが)。
★★☆

参考:
竹林軒出張所『良心をもたない人たち(本)』
竹林軒出張所『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学(本)』
竹林軒出張所『“肉”は健康の敵?(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-04-25 06:54 | ドキュメンタリー

『砂川事件 60年後の問いかけ』(ドキュメンタリー)

砂川事件 60年後の問いかけ(2017年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

「砂川事件=統治行為論」で片付けられない

b0189364_16262520.jpg 1957年、東京都立川市の米軍基地で基地反対運動が展開された際、数人の学生が基地の敷地内に入ったという容疑で逮捕された(いわゆる「砂川事件」)。けが人や死人が出ることもない割合ありふれたごく普通の事件で、この事件も微罪扱いで釈放されるというのが一般的な見方であったが、東京地裁で行われた一審公判で無罪判決が出され、しかも米軍の存在が憲法違反とする憲法判断が示されたことから、大きな話題になった。
 憲法判断になったこともあり、検察側は、高裁を経ずに最高裁に跳躍上告するという異例の対応に出る。最高裁判決も異例の早さで下され、地裁判決を破棄し裁判のやり直しを行うよう命じられた。全判事一致の判決である。この判決では、安全保障などの高度に政治的な事案については、それが明白に違憲でない限り、裁判所が違憲かどうかの判断を行うことはできないとする、いわゆる統治行為論が採用された。考えようによっては裁判所が違憲立法審査権を放棄したとすることもできる。この「砂川事件」は、現在高校の現代社会の授業でも扱われ、生徒たちには「砂川事件=統治行為論」で憶えるよう教えられるらしい。
 ただこの砂川判決はその後、日本の公判において決定的な判例になり、同様の事案については裁判所が介入しないという悪しき伝統が作り上げられてしまった。そのため、今周りを見回すとわかるが、数々の違憲まがいの法律が成立しまかり通っている。そもそも現在、憲法自体がどの程度尊重されているかもかなり疑問なのではあるが。
 ところが2008年に、アメリカでこの事案についての公文書が発表されたことから話は少し変わってくる。要するに当たり前のように司法権力による判断とされていた「統治行為論」であるが、実は判決の直前に外務大臣と米大使、それから最高裁長官と米大使が会談しており、政治情勢(当時、岸内閣によって新日米安保条約の改訂が進められていた)に配慮した判決を出すことをアメリカ側に確約していたという事実が明らかになったのだった。つまり最初から出来レースだったというわけで、それこそ司法の長による司法権の放棄ということになる。この公文書の発表を受けて、当時の被告4人が再審請求を行った。関係者のインタビューを行いながら、こういった事情を丁寧に追いかけるというのがこのドキュメンタリー。内容は非常に濃密で、司法のあり方についていろいろ考えさせられる番組であった。当たり前のように高校で教えられる統治行為論は決して「当たり前」ではなかったのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『裁判百年史ものがたり(本)』

by chikurinken | 2018-04-23 07:26 | ドキュメンタリー

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』(映画)

第50回全国高校野球選手権大会 青春(1968年・朝日新聞社)
監督:市川崑
脚本:井手雅人、白坂依志夫、谷川俊太郎、伊藤清
音楽:山本直純
出演:芥川比呂志(ナレーター)(ドキュメンタリー)

『熱闘甲子園』よりはグレードが高い

b0189364_18103392.jpg 今からちょうど50年前の「夏の甲子園」を記録したドキュメンタリー。
 監督は『東京オリンピック』の市川崑で、テイストもあの映画と似ており、大会関係者や選手に接写でアプローチするという手法である。映像が詩的で美しいのも『東京オリンピック』と同様である。ビスタかシネスコかよくわからないが、横長の画面にアップで映される選手たちの姿は、テレビ映像とはまたひと味違った味わいがある。応援団や周囲の風景も、『熱闘甲子園』風で取り立てて目新しいものはないが、詩的に映る。また音響面もユニークで、選手の息づかいが収録されていたり、塁審が選手にかける言葉が拾われていたりする。
 とは言うものの、たかだかスポーツの大会ではないかという意識もこちら側にはあり、これほど一つのイベントを持ち上げることは果たして良いことなのかという疑問を最初から最後まで抱いていたのは事実。もちろんこれは映画に限ったことだけでなく、世間の高校野球に対する見方に異議を唱えているわけであるが、この映画で高校野球がとりわけ大層に描かれていたため余計にそう感じたのである。
 だがこの大会については、今と違って公立高校の割合がはるかに多いのは好ましく感じる。それに馴染みの高校も出ていたため、そういうチームを見てみたいという期待もあって、あまり退屈するというようなことはなかった。決勝に残った静岡商業のエース・ピッチャーが(その後ジャイアンツのエースになる)新浦壽夫だというのも、僕にとって発見であった。
 今こうやってレビューをまとめていて驚いたのは、脚本担当者が4人もいることで、詩人の谷川俊太郎までが名を連ねている。ごく一般的なドキュメンタリー映画のように見え、それほどの大層なシナリオだとは思わなかったので、これはかなり意外な事実であった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『あっこと僕らが生きた夏(ドラマ)』

by chikurinken | 2018-04-21 07:10 | 映画

『さびしんぼう』(映画)

さびしんぼう(1985年・東宝)
監督:大林宣彦
原作:山中恒
脚本:剣持亘、内藤忠司、大林宣彦
出演:富田靖子、尾美としのり、藤田弓子、小林稔侍、佐藤允、岸部一徳、秋川リサ、入江若葉、大山大介、砂川真吾、浦辺粂子、樹木希林、小林聡美

大林映画らしくかなり気恥ずかしい

b0189364_18444306.jpg 大林宣彦の「尾道三部作」と呼ばれている映画の中の1本。舞台は、大林の故郷である尾道で、自伝的な要素が多分に入っているらしい。
 主人公の高校生の淡い初恋を描くという趣向であるが、そこに童話めいた話が絡んでくる。このあたりの童話的な部分に原作の要素が入っているようだが、実質的には大林オリジナルの話に近い。主人公が憧れる隣の女子高のマドンナが富田靖子で、富田は「さびしんぼう」という変わったキャラも二役で演じる。
 ストーリー自体はそれなりにまとまっているが、あちこちに、素人臭い、程度の低い演出が入っていて少々辟易する。前に見たとき(30年前)は割合よくできた映画のように感じていたが、今回は受け入れられない箇所が結構鼻に付いた。なにしろマドンナの女子高生が、あまりに理想化された男目線の存在で、見ていて気恥ずかしくなる。他の女の子たちが素の感じで登場しているのときわめて対照的で、実在感に欠けている。
 ただ中には、樹木希林と小林聡美の親子みたいに強烈なキャラの登場人物もいて、こういった部分には魅力を感じる。特にこの親子、雰囲気と顔が非常によく似ていて(意図的にそういう演出にしているようだ)、実の親子のようである。似ていると言えば、藤田弓子と富田靖子も何やら似ていて(こちらは同一人物という設定)笑ってしまう。もっとも今の年取った小林聡美と富田靖子を見ても、樹木希林や藤田弓子にはまったく似ていないので、このあたりは演出の妙と言える。
 一方で、「金玉」ネタをしつこく連発したり、秋川リサが演じる女教師のスカートが(意味もなく)何度も落ちたりという程度の低いドタバタ・ネタが、先ほども言ったように苦笑を誘う。小学生じゃないんだからそんなネタで楽しめるかと思う。それでもメインプロットである淡い恋愛に感情移入できさえすれば十分楽しめるんだろうが、30年経った今となっては、くだらない箇所ばかりが鼻について、そのためあちこち突っ込みを入れながら見ているという、そういうオヤジになってしまったのだった。30年の歳月は重い。
★★★

参考:
竹林軒出張所『異人たちとの夏(映画)』

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 以下、以前のブログで紹介した大林宣彦作品のレビュー記事。

(2005年12月25日の記事より)
なごり雪(2002年・大映)
監督:大林宣彦
脚本:南柱根、大林宣彦
出演:三浦友和、須藤温子、細山田隆人、反田孝幸、ベンガル、左時枝、宝生舞

b0189364_18444738.jpg 伊勢正三作のフォークソング「なごり雪」をテーマにして、大分県臼杵市を舞台に作られた「甘く切ないラブストーリー」らしい。
 実際のところ、途中でアホ臭くなって見るのが嫌になった。まず、登場人物全員の話し言葉が異様。大林宣彦によると、「28年前(その時代が舞台になっている)の美しい日本語を再現したかった」らしい。「岸恵子や原節子が映画でしゃべっていた美しい日本語を目指した」ということだ。しかーし、この映画で使われている言葉は、岸恵子や原節子の話し言葉などではなく、むしろ書き言葉である。原節子だって「よい子を産んで」などとは言わないだろう。そんなもんでものすごい違和感があった。大林監督によると、若い人には違和感があるかもしれないがその美しさを味わって欲しいというような話だったが、そういう問題じゃないと思う。とってもヘン。たちの悪いパロディみたいだったぞ。
 それに、街の描き方も嘘臭くて鼻についた。私は臼杵市には何度か行ったことがあり、確かに良い街ではあるが、ちょっと美化しすぎだと思った。映画に出てくる臼杵駅は、それはそれはレトロで、今どき珍しいなというようなたたずまいだったが、臼杵駅の駅舎は何十年も前から近代建築(というか、現在の地方の一般的なJR駅のスタイル)になっていたような記憶がある。この映画を見て臼杵を訪れた観光客は、駅に降り立った瞬間にガックリくるのではないか。街を歩いても同様である。過剰な美化はどんなもんだろうかと思う。
 ストーリーもとっても安直だ。素晴らしい友人と自分を思ってくれる美女が田舎で待っていてくれるなんて、故郷を離れた男とにとってはそりゃ理想ではある(「なごり雪」というより「木綿のハンカチーフ」みたいだった)が、モチーフがちょっと古すぎる。やたらに説明的な台詞も多いし、回想を使いすぎるのも安直な感が否めず。シナリオ講座などでは「登場人物が生きていない」などとよく言われるそうだが(『「懐かしドラマ」が教えてくれる シナリオの書き方』など参照)、まさにその見本みたいなストーリーだった。また登場人物の背景も薄っぺらで奥行きがない。
 舞台になった高校が「臼杵風成高校」(もちろん架空の高校)。これを見て、私ゃ少し複雑な気持ちになった。臼杵の風成と言えば、かつて大企業の環境破壊を住民運動で阻止した漁師町だ(このあたりの事情は、松下竜一の名著『風成の女たち』に詳しい)。DVDに収録されている監督インタビューを聞く限りでは、そのあたりの事情を知った上で「風成」を使ったようだが、個人的には、こんなしょうもない映画で使うんじゃなくて『風成の女たち』を映画化したらどうですかという気持ちである(もちろん監督は他の人ね。大林氏にはプロデューサーでもやっていただくということで)。蛇足ながら、『風成の女たち』は、ノンフィクションでありながら、映像が頭に浮かんでくるような臨場感あふれる傑作である。
 大林宣彦の映画は、別に毛嫌いしているわけではないが、どうもこの人は安易な映画を作ってしまうところがあって、今回もそんな感じがしたのでちょっと批判めいたことを書いた。たとえば『姉妹坂』などはその格好の例で、あれは特にひどかったと思う。これについてはまた別の機会に書いてみたいと思う。この映画で唯一救いだったのは須藤温子である。なかなか存在感のある美少女だった。そう言えば、大林映画では、十代の良い主演女優がわりに出てくる。大林氏にそういう嗜好があるのだろうか……
★★

追記1:ちょっと前に、あるCM(認知症のコマーシャル……スポンサーは不明……エーザイ?)で、角替和枝(この映画の母役、左時枝に何となく似ている)が、故郷を離れる息子を臼杵駅で見送るというシーンがあったが、もしかしてこの映画とタイアップしていたのだろうか。同じようなシーンが映画に出てきた。
追記2:今ネットで調べたところ、映画に出てくる駅のシーンは、上臼杵駅と重岡駅でロケしたんだそうな。

by chikurinken | 2018-04-20 07:44 | 映画

『忍びの者』(映画)

忍びの者(1962年・大映)
監督:山本薩夫
原作:村山知義
脚本:高岩肇
出演:市川雷蔵、藤村志保、伊藤雄之助、城健三朗、西村晃、岸田今日子、加藤嘉

エンタテイメントとしての忍者映画

b0189364_20442038.jpg 大泥棒、石川五右衛門が伊賀の忍者、百地三太夫の弟子であるという説が前提になっている忍者映画。
 この映画では、百地三太夫が忍者の総大将で、織田信長の命を狙い刺客を差し向けるが、その中の1人が石川五右衛門(市川雷蔵)という設定になっている。石川五右衛門については、百地の妻と密通した上その妻を殺し、京に逃れて大泥棒に転ずるというよく知られている(らしい)筋書きの中で描かれるが、実はそれは百地が仕組んだことで、五右衛門は、大きな力に翻弄される存在として描かれる。
 僕自身は、石川五右衛門が伊賀の忍者という俗説はまったく知らず、百地三太夫のことも名前以外知らなかったが、百地三太夫という名前とそのあたりの事情が繋がって、五右衛門の俗説を知ることができた点はありがたい。またそこに独自の解釈を施して、集団の中で抹殺される個人という図式のドラマにした点は評価に値する。ただ、忍者好きにとっては堪らない話かも知れないが、僕自身は(子ども時代ならいざ知らず)あまり忍者には思い入れがないため、割合ありきたりの時代劇という認識しか得られなかった。今回、監督が社会派の山本薩夫ということで見てみたんだが、確かに疎外される個人という視点はありはするものの、やはりエンタテイメント映画である。独特の解釈が面白いため、五右衛門俗説を知った上でエンタテイメントとして見れば申し分ないのではないかと思う。
 主演は、市川雷蔵の他、『破戒』でも雷蔵の相手役だった藤村志保。伊藤雄之助や加藤嘉が(いわば)アクション俳優をやっているのも新鮮である。織田信長役は、見ている間はてっきり勝新太郎だと思っていて、雷蔵と勝新の共演とは贅沢……と思っていたが、事実はさにあらず、城健三朗という人が演じていた。ちなみにこの城健三朗、若山富三郎の別名。若山富三郎は勝新の兄ということで、勝新と間違えるのも無理はない。しかしこの映画の若山富三郎、勝新に本当によく似ている。
 なお、この映画、『陸軍中野学校』『大菩薩峠』同様、評判が良かったせいで、その後シリーズ化されたらしい。言わば大映スタイルである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『破戒(映画)』
竹林軒出張所『華麗なる一族(映画)』
竹林軒出張所『不毛地帯(映画)』
竹林軒出張所『金環蝕(映画)』
竹林軒出張所『真空地帯(映画)』
竹林軒出張所『氷点(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『陸軍中野学校(映画)』
竹林軒出張所『大菩薩峠(映画)』

by chikurinken | 2018-04-19 07:44 | 映画

『偉大なる、しゅららぼん』(映画)

偉大なる、しゅららぼん(2013年・製作委員会)
監督:水落豊
原作:万城目学
脚本:ふじきみつ彦
出演:濱田岳、岡田将生、深田恭子、渡辺大、大野いと、貫地谷しほり、佐野史郎、笹野高史、村上弘明

これも荒唐無稽に堕してしまった

b0189364_18074355.jpg 万城目学の同名小説が原作。万城目学というと、『鴨川ホルモー』や『プリンセス トヨトミ』などの映画、『鹿男あをによし』などのドラマの原作小説の作者で、どの作品もなかなか凝った奇想天外なストーリーの作品である。
 この『偉大なる、しゅららぼん』も奇想天外なストーリーであることには変わりないが、なんとなく『鴨川ホルモー』の二番煎じみたいなストーリーであり、しかも途中からかなり行き当たりばったり的になってしまい、奇想天外というより荒唐無稽に陥ってしまった。実はこのブログでかつて紹介した『プリンセス トヨトミ』のレビューでも「「奇想天外」が「荒唐無稽」に堕してしまった」と僕自身書いていたのだった(今回確認して初めて気付いた)。どうもこの作者、少々ネタ切れ気味かという気がする。もっとも毎回、奇想天外なデキの良い小説を書けというのも無理な話であるし、多少「荒唐無稽」であっても、ある程度大目に見るというのがファンである。もっとも僕はファンではないが。ただこの著者には、傑作を目指すという今どき珍しい志を感じているため、成功してほしいとは思っている。何だったら、これまでの作品で相応の収益も上がったことだろうし、最前線から一歩退いて、もう少し寡作になっても良いんじゃないかと老婆心ながら感じる。
 それはさておき、本作であるが、琵琶湖周辺のある城下町が舞台(ロケはほとんど彦根)で、そこの城に住まう元城主一家が不思議な力を持っているというのがドラマの背景である。主人公は、その元城主の末裔という2人の高校生である。例によって、この一家と別のライバルみたいな一家が絡んでいってゴチャゴチャし、最後は摩訶不思議な力が現れて大団円という『鴨川ホルモー』のパターンになるわけである。ストーリー自体はそれなりに面白く、演出もあちこちにサービス要素があってそれなりに楽しめる。たとえば、浜村淳が「ありがとう」と言うシーンがあったり(MBSラジオの『ありがとう浜村純です』のパロディで、80〜90年代の関西の鉄板ネタ)、『十戒』のパロディみたいな水が割れるシーンもあったりする。もっともこのシーンは、舞台が竹生島であることを考えると『大魔神』のパロディという方が適切かも知れない。他にも『南総里見八犬伝』や『七瀬ふたたび』(あるいは『家族八景』)がネタ元かと思えるような道具立てもあり、これもパロディと考えれば楽しみも一層深まるのではないかと思う。ともかくサービス精神は随所に溢れている。
 後半かなりゴチャゴチャしていき、しかもご都合主義的に収束していくのはストーリー展開としていただけないが、エンタテイメントとして見れば、2時間の間、最初から最後まで存分に楽しめる映画であり、不満はない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『鴨川ホルモー(映画)』
竹林軒出張所『ホルモー六景(本)』
竹林軒出張所『プリンセス トヨトミ(映画)』

by chikurinken | 2018-04-18 07:07 | 映画

『海辺のリア』(映画)

海辺のリア(2016年・「海辺のリア」製作委員会)
監督:小林政広
脚本:小林政広
出演:仲代達矢、黒木華、原田美枝子、小林薫、阿部寛

仲代の仲代による仲代のための映画

b0189364_19165776.jpg かつての名優が、すでに認知症になっていて施設に入っている。ところがその施設を抜け出して行方不明になる……というストーリーの映画。
 日本映画専門チャンネルでたびたび予告編を見て感心し、ぜひ見たいと思っていた。なんといっても画面に映し出される仲代達矢の演技が素晴らしい。ただ一方で、ストーリーの予測がある程度ついたこともあり、果たしてこれで1本の映画になるのだろうかという若干の危惧、というか(それを裏切ってほしいという)期待もあった。しかし、実際映画に触れてみると、概ね予想通りで、1本の映画にするには題材として無理だったのではないかという結論に落ち着く。言ってみれば舞台劇を見ているようで、ある瞬間のスナップショットみたいな話である。『リア王』を下敷きにしたストーリーで、かつての老名優が娘から裏切られ(捨てられ)施設に押し込まれているという背景が、登場人物の会話の中から見えてくる。実際、最初から最後まで会話劇であり、舞台演劇を映像化したという表現が当てはまる作品である。
 登場人物は5人だけで、仲代達矢以外は、さして面白味のない演技に終始しており、あまり見所もない。ただ仲代達矢については、演技といい、存在感といい、これはもう素晴らしい。そもそもこの映画、仲代達矢という俳優を多分に意識して作られた作品で、「仲代達矢がもうろくしたらどうなるか」というようなイフの話なのである。仲代自身は、その役に完全に入り込み、まさに「もうろくした仲代達矢」を演じていて、彼を見ているだけでも十分楽しめる。ただし仲代が画面に出ていないシーンになると、途端に退屈してしまうのも事実。それを考えると、一種のプロモーションビデオみたいな映画なのかとも思う。
 撮影は随所に工夫があり、映像も詩的で面白いものが多い。また「(主人公の名前が)用心棒の三船さんより名前が前にあった」などの遊びのセリフも楽しい。ただ脚本について言えば、何だかつじつまが合わないようなモヤモヤ感が残った。短いシナリオなんだからその辺は整理しておきたいところである。
 先ほども言ったが、あくまで仲代達矢のための映画で(仲代達矢自身、これが最後の映画になるんではないかと言っている)、いっそのこと長さを半分ぐらいにして、仲代達矢の魅力炸裂で終わらせておけばユニークなハイレベルの作品になっていたのかも知れないが、実際劇場にかけるとなると1時間で終わりというわけにも行かなかったんだろう。そういう点では少々惜しい作品であったかなと思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『果し合い(ドラマ)』
竹林軒出張所『役者なんかおやめなさい(本)』
竹林軒出張所『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代(本)』
竹林軒出張所『用心棒(映画)』

by chikurinken | 2018-04-17 07:16 | 映画

『百代の過客〈続〉』(本)

百代の過客〈続〉
ドナルド・キーン著、金関寿夫訳
講談社学術文庫

他人の日記の覗き見の仕方として理想的

b0189364_14330807.jpg 『百代の過客』の続編。
 『百代の過客』は、平安期から江戸期までに(日本人によって)書かれた日記を一点ずつ取り上げ、それについて論じるという本であったが、著者の当初の目論見と違って、結局近代の日記を取り上げるに至らなかった。著者によると、あまりに取り上げるべき日記が多すぎたためということらしい。これを承けて、その後、江戸末期から近代までの日記をあらためて取り上げるという続編の連載が朝日新聞で始まった。それをまとめたのがこの『百代の過客〈続〉』である。こちらも本来であれば現代の日記まで到達する予定だったが、大部となったせいで、結局明治時代までで終わってしまった。しかもページ数は前作をかなり上回る大著になっている。
 取り上げられた日記は、大きく7つのカテゴリーに分けられている。1つ目は、幕末から明治初期にかけて欧米に出かけていった人によるもの(「遣米使日記(村垣淡路守範正:1860年の遣米使節団の一員)」、「奉使米利堅紀行(木村摂津守喜毅:咸臨丸司令官)」、「西航記(福沢諭吉)」、「尾蠅欧行漫録(市川渡:遣欧使節団副使の従者)」、「欧行日記(淵辺徳藏:遣欧使節団の一員、洋画の研究のために派遣)」、「仏英行(柴田剛中:遣欧使節団の幕府官僚)」、「航西日記(渋沢栄一)」、「米欧回覧実記(久米邦武:岩倉使節団の正式書記官)」、「航西日乗(成島柳北:東本願寺の現如上人の洋行に随行した文人)」)、つまり欧米での異文化体験について書かれたもの。2つ目は、ヨーロッパ以外の国との接触について書かれたもの(「桟雲峡雨日記(竹添進一郎による中国旅行の漢文日記)」、「松浦武四郎北方日誌(蝦夷地でアイヌと接触しその文化的価値を大いに評価した松浦武四郎による蝦夷探検記)」、「南島探験(笹森儀助による沖縄滞在記)」)。3つ目は著名な文人の海外滞在記(「航西日記(森鷗外の洋行記録)」、「独逸日記(森鷗外のドイツ滞在記)」、「漱石日記(夏目漱石による英国滞在記)」、「新島襄日記(新島襄の青春冒険譚)」)で、4つ目は著名な政治家の日記(「木戸孝允日記」、「植木枝盛日記」)。5つ目は女性による日記(「小梅日記(川合小梅という和歌山在住の女性による、江戸〜明治期の長期に渡る記録)」、「一葉日記(樋口一葉)」、「峰子日記(森鷗外の母、森峰子による日記)」、「津田梅子日記(幼い頃からアメリカに滞在し、帰国してから教育に携わった津田梅子)」、「下村とく日記(写真花嫁として在米の日本人に嫁ぎ、その後太平洋戦争中強制移住させられた経験を持つ下村とくの日記)」)。6つ目は著名な文人による日常日記で、彼らの文学と大いに関連しているもの(「欺かざるの記(国木田独歩)」、「子規日記(正岡子規)」、「啄木日記(石川啄木)」)。そして7つ目も、著名人による日常日記(「観想録(有島武郎)」、「幸徳秋水日記(幸徳秋水)」、「蘆花日記(徳冨蘆花)」、「木下杢太郎日記(木下杢太郎)」、「西遊日誌抄(永井荷風の米国滞在記)」、「新帰朝者日記(永井荷風の国内日記)」)で、計32書である。
 内容はどれも興味深く、前著よりも内容は充実している。中でも、数々のアメリカ人と親しくなりアメリカの生活に非常に馴染んだ咸臨丸司令官の木村摂津守や、アイヌの知恵を高く評価しアイヌ文化評価の先駆けとなった松浦武四郎、ドイツの生活にすっかり溶け込んで学生生活を謳歌していた森鷗外らには、人間的な魅力を感じる。また、樋口一葉や正岡子規、石川啄木の日記には、彼らの文学性、人間性が顔を出し、大変興味深い。人間性といえば徳冨蘆花の日記が出色で、老女中を蹴倒して殴りつけたり、あるいは若い女中に性的関係を迫ったり(未遂で終わる)、まさにやりたい放題の明治男である。性欲がかなり強かったらしく妻との頻繁な性交渉まで詳細に記録しているらしい。徳冨蘆花という人物、ほとんど知らなかったがかなり興味を引かれた。
 どの日記も、当然のことながらその人の生(そして時代背景)が反映されており、日記を読むという行為は、言ってみればその人の生き様を覗き見する行為であることよと気付く。その覗き見の面白さを伝えるのが、この『百代の過客』ということになる。
 ただ、いろいろな人が残した日記を読もうとすると、実際には読者にとって退屈な記述が連綿と続くため、多くの場合すぐに飽きるらしい。しかも後の時代の者が読みたいと思われる記述が必ずしもあるわけではなく、歯がゆい思いをすることもあると著者は「序」で述べている(たとえば、著者はある英国大使館付の外交官夫人がかつて書いた日記を読んだことがあるらしく、その日記にジョージ・バーナード・ショウと会食した記述が出てきたらしいが、そこにはショウの会話の内容や印象などは一切書かれておらず、料理のことしか触れられていなかったという)。それを思うと、こういうような形で、面白い部分だけ引っ張り出し味付けした上で出されるという方法が、他人の日記を読む方法としては一番適していると言える。こちらとしてはありがたく賞味するだけである。
 なお、タイトルになっている『百代の過客』は、もちろん松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭部分からとったものだろうが、日記の作者たちのことを「過客」と表現している箇所があって、「長い期間に渡る日記作者たち」というような意味あいもあるのかとあらためて納得した。本の内容は言うまでもないが、タイトルも秀逸である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン わたしの日本語修行(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン自伝(本)』
竹林軒出張所『私が愛する日本人へ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-04-15 07:32 |