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竹林軒出張所

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2017年ベスト

 今年も恒例のベストです。例年どおり「僕が今年見た」という基準であるため、各作品が発表された年もまちまちで、他の人にとってはまったく何の意味もなさないかも知れませんが、個人的な総括ですんで、ひとつヨロシク。
(リンクはすべて過去の記事)

b0189364_11163217.jpg今年見た映画ベスト3(53本)
1. 『切腹』
2. 『山猫』
3. 『レディ・チャタレー』

 映画のベストは、例によって二度目三度目の名画ばかり。特に目新しさはない。『レディ・チャタレー』が他の2本とちょっと毛色が違うが、これもセザール賞受賞作であるし、今さら僕がどうこう言おうが高い評価に変わりはあるまい。
 『切腹』は、僕自身、日本映画の最高峰と思っている映画で、世界的にも評価は高い。第16回カンヌ国際映画祭のグランプリの最有力候補でありながら、急遽出品が決まった『山猫』に賞をさらわれたというエピソード(仲代達矢がある番組で語っていた話)も大変興味深い。この2本をここに並べた僕の遊び心も感じていただけたら幸いである。

b0189364_20374490.jpg今年見たドラマ・ベスト3(37本)
1. 『夏の一族』
2. 『ライスカレー』
3. 『レ・ミゼラブル』
4. 『夕暮れて』
5. 『奈良へ行くまで』
番外. 『さらば国分寺書店のオババ』

 今年も昨年に引き続き、日本映画専門チャンネルで倉本聰と山田太一のドラマがまとめて放送されたため、ほとんどはそこからの選択である。『ライスカレー』は倉本作品の最高峰だし、『夏の一族』も山田作品の最高レベルの1本であることを考えると、妥当な線の選択と言える。
 変わったところでは『レ・ミゼラブル』だが、これは原作の味わいを忠実に再現した仏製ドラマで、優れた原作を忠実に再現すれば最高レベルの作品ができあがることを証明したという点で特筆に値する。
 『夕暮れて』、『奈良へ行くまで』は今年見た山田ドラマの中でもっとも質が高かったということで選んだ。他の山田作品でもかまわないが、今年見た中ではこれが一番よかったかなというところ。
 番外に入れたのが1981年のラジオドラマで、僕自身が若い頃これを聞いて大いに影響を受けたという作品。こういう古い作品をYouTubeでいつでも全部聴くことができるとは、随分良い時代になったものである。
 こうして見ると、今回もほとんど見る(あるいは聴く)のは二度目三度目の作品ばかりである。目を奪われる新作ドラマは残念ながら存在しないというのが実情である。

今年読んだ本ベスト5(60冊)
1. 『天地明察』
2. 『武満徹・音楽創造への旅』
3. 『平安京はいらなかった 古代の夢を喰らう中世』
4. 『あなたの体は9割が細菌』
5. 『森の探偵』

b0189364_17062389.jpg 普段はあまりフィクションは読まないが、今年は江戸時代の碁打ちである安井算哲に少々興味を持ったこともあり、彼を主人公に据えた時代小説『天地明察』を読んでみた。これが非常によくできており、なんと言っても語り口が良い。ストーリーも、なかなか面白さに気付きにくい部分(暦の作成)を実に巧みに取り上げていて、読み始めたらやめられない、しかも読後感も良いという立派な小説に仕上がっていた。作者はファンタジー小説などを書く人らしく、時代小説は余り多くない。この作品のスピンオフみたいな作品、『光圀伝』もあり、これも読んでみたが、『天地明察』の方が断然できが良い。
 『武満徹・音楽創造への旅』は、作曲家、武満徹の芸術、人生に、インタビューを通じて迫った本で、1人の芸術家の人生を執拗に解明していったという労作。500ページを越える大作だが、武満という偉大な人間の等身大の足跡がそこにあり、この本を前にすると身が縮むような心持ちさえしてくる。大作かつ秀作である。
 『平安京はいらなかった』は、歴史のごく一部分をつつくような内容の本であるが、我々が学校で教えられている歴史がいかに一面的か思い知らされるという点で評価に値する。歴史観がコペルニクス的に転換する1冊と言える(かな)。
 『あなたの体は9割が細菌』も同じく目からウロコの本で、現代人の体内環境が抗生物質のせいで激変している現状を告発する。これもやはり新しい視点を提供してくれるという点で、価値の高い本である。
 『森の探偵』も、我々が持っている常識を覆してくれる本である。動物写真家の宮崎学のこれまでのさまざまな仕事を結集させたような本で、これも非常に価値が高い本なんだが、前にも書いたように聞き手がしゃしゃり出てくるのがかなり鬱陶しい。そういう点でもったいないが、それを差し引いても素晴らしい価値がある。我々の住むこの世界に対して、さまざまな示唆が得られること請け合いである。

今年見たドキュメンタリー・ベスト5(65本)
1. 『ホームレス理事長』
2. 『平成ジレンマ』
3. 『ヤクザと憲法』
4. 『島の命を見つめて 豊島の看護師・うたさん』
5. 『行 〜比叡山 千日回峰〜』

b0189364_20284283.jpg 今年は東海テレビの秀作ドキュメンタリーが、これも日本映画専門チャンネルで一挙に放送されたため、それが中心のラインナップになる。他にも冤罪ものや司法ものに傑作があったが、今回は代表として、『ホームレス理事長』、『平成ジレンマ』、『ヤクザと憲法』の「衝撃の3本」をピックアップした。
 『ホームレス理事長』は、理想主義に燃える不器用な実業家を主役に据えたドキュメンタリーで、ドラマみたいな内容である。結末があまりに予想外で、ドラマだったら絶対に受け入れられない。それに撮影する側が撮影される側に関わったり(あるいは撮影される側から働きかけがあったり)するのも斬新で、そういう面も特異で面白い。
 『平成ジレンマ』と『ヤクザと憲法』は、我々の常識的なものの見方にクエスチョンを突きつける、まさにドキュメンタリーの鑑のような作品である。これこそドキュメンタリーの醍醐味というもので、そういった体験をさせてくれるものはそうそうあるものではないが、同じ東海テレビから2本そういう作品が出ているのはちょっとした驚きである。他にも『裁判長のお弁当』『死刑弁護人』『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄』などの東海テレビ作品も同じようなハイレベルのドキュメンタリーで、東海テレビのドキュメンタリーは侮れないということを思い知らされる。
b0189364_20494870.jpg 『島の命を見つめて』は、これからの高齢化社会を暗示するドキュメンタリーであると同時に、人の生と死に思いを馳せさせる作品。このドキュメンタリーを通じて発せられる人間の優しさ、素晴らしさが心地良い。
 『行 〜比叡山 千日回峰〜』は古いドキュメンタリー作品だが、究極の仏教修行を映像に収めているという点で、一種の文化遺産と言うことができる。こういう作品がいまでも残されていることが、日本の映像界の良心の一端を示している。できれば、こういった作品も積極的に放送してほしいと思う。NHKだけでなく民放でもね。よろしくお願いしたい。

 というところで、今年も終了です。今年も1年、お世話になりました。また来年もときどき立ち寄ってやってください。
 ではよいお年をお迎えください。

参考:
竹林軒出張所『2009年ベスト』
竹林軒出張所『2010年ベスト』
竹林軒出張所『2011年ベスト(映画、ドラマ編)』
竹林軒出張所『2011年ベスト(本、ドキュメンタリー編)』
竹林軒出張所『原発を知るための本、ドキュメンタリー2011年版』
竹林軒出張所『2012年ベスト』
竹林軒出張所『2013年ベスト』
竹林軒出張所『2014年ベスト』
竹林軒出張所『2015年ベスト』
竹林軒出張所『2016年ベスト』

by chikurinken | 2017-12-30 07:34 | ベスト

『九十歳。何がめでたい』(本)

九十歳。何がめでたい
佐藤愛子著
小学館

佐藤センセイには
もっともっと吠えて突進してほしいものだ


b0189364_18394451.jpg よく売れているらしいベストセラー・エッセイ。売れている理由はおそらく(佐藤愛子のイメージにピッタリな)ユニークなタイトルにあるんだろうと思う。かなり秀逸なタイトルで、編集者のファインプレーだと勝手に思っていたんだが、著者がつけたタイトルだそうだ。さすがに佐藤センセイ、侮れません。
 内容は、佐藤愛子のエッセイということで、特にこれまでのエッセイと違うところはない。相変わらずいろいろなことに怒っていて、ほとんどについては痛快に感じる。ただし怒りながらも、自分の老化のせいかと感じているフシもあったりして、その猪突猛進ぶりがこれまでより穏やかになったのかと感じる部分もある。もっとガンガン攻めて欲しいところだが、90過ぎの人にそこまで要求するのも酷というものである。
 読んでみて感じたが、やはり佐藤愛子の文章はよくまとまっていて、どこか筋が通っている感じがする。内容は卑近なものが多いが、文章自体がしっかりしているため、背筋が伸びているというような印象さえ受ける。
 昨今ひどい文章がまかり通っていて情けなくなるが、これはテレビ番組にも共通するもので、その辺については著者も本書でしきりに文句を言っている部分である。最近では何だか何もかも質が落ちていて、人間の思考能力さえ劣化しているように感じるが、著者がその辺を声を大にして吐き出すのが実に痛快に感じる。本当は、僕も含めて誰もが「ダメなものはダメ!」と声を大にして言うべきなんだろうが、世間のしがらみがあったりしてなかなか思うように行かず、それでこういった本を読んで溜飲を下げるということになる。そういう意味では良い本がベストセラーになったと思える。
 なお、高齢者向けのしつらえになっているためか知らないが、文字がかなり大きく、読み始めは随分違和感を感じる。もっとも慣れてしまえばなんと言うことはない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『娘と私の部屋(本)』
竹林軒出張所『戦いすんで日が暮れて(本)』
竹林軒出張所『かつをぶしの時代なのだ(本)』

by chikurinken | 2017-12-28 07:39 |

『かっこいいスキヤキ』(本)

かっこいいスキヤキ
泉雅之著
扶桑社文庫

こんな本なんて買わなけりゃよかった

b0189364_17594249.jpg 今から30年以上前、京都の一乗寺にある恵文社という本屋で(一部だけ)立ち読みしたマンガ『かっこいいスキヤキ』がなんと文庫になっていた。夜行列車に乗って駅弁を食べるときに最後まで大切にとっていたカツが実は玉ねぎカツでガックリし「旅なんて出なけりゃよかった」と思うというような話(「夜行」)で、バカバカしいネタを劇画調で描くという代物である。ネタもくだらないし、絵も何だか汚い。青林堂から出ていたため『ガロ』発のマンガだということが推測できたが、さすがにあまりにくだらないので当時は買わなかった。この本屋では、大友克洋や高野文子の本に初めて出会ったりして、結構変わったマンガも買っていたんだが、この本については買わなかった。
 ところが先日、珍しく丸善で本を物色していたところ、この本が文庫化されているのを見つけ、懐かしさもあってつい衝動買いしてしまったのだった。「してしまった」と書いたのは今著しく後悔しているからである。つまらない本は買わないようにしている昨今、衝動買いで買ってしまうということはあまりなくなったが、これについては本当に「つい出来心で」買ってしまったのだった。それなりに面白いものもあり、懐かしさも感じたが、とっておくような類の本でもないし、馬鹿なことしたなーと思う。
 それはともかく、内容はといえば短編マンガ集であり、先ほどの駅弁や、コンパでのスキヤキ肉についての態度とか、食に対する異常なまでのこだわりが表現されているものや、「プロレスの鬼」などというプロレス・ネタの暴走話などが並んでいる。食に対するこだわりは、この後『孤独のグルメ』に連なっている系統なのではないかと思う。ちなみに本書の著者の泉雅之というのは、泉晴紀と久住昌之のコンビ名で、『孤独のグルメ』の原作者が久住昌之である。この人のこだわりについても、個人的にはあまり面白いと思わないし、何より泉晴紀の絵が好きになれない。そういうわけで、ユニークだとは思いつつ、買わなきゃよかったという思いがずーっと残っているわけだ。ちょうど「夜行」の主人公と同じような心境なのだ。
★★★

参考:
竹林軒出張所『孤独のグルメ Season4 (2)(ドラマ)』

by chikurinken | 2017-12-26 06:59 |

『アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点』(本)

アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点
ジョシュ・グロス著、棚橋志行訳、柳澤健監訳
亜紀書房

あの試合はMMAのルーツだった

b0189364_17141950.jpg 1976年に行われたアリ対猪木の異種格闘技戦は、我々世代の日本人には印象に残った出来事であったが、アメリカではアントニオ猪木自体無名で、この試合自体エキジビションみたいな扱いでしか報道されていなかったと思っていたため、タイトルの「アメリカから見た」という惹句にまず引き付けられた。だが、内容的には『完本 1976年のアントニオ猪木』などとあまり変わらない。著者のジョシュ・グロスは元々『スポーツ・イラストレイテッド』の格闘技記者で、そのため確かに「アメリカから見た」ではあるが、それほど目新しい情報があるわけではない。
 とは言うものの、あの試合が全米でクローズドサーキット(パブリックビューイング)として中継されていたことは今回初めて知った。モハメッド・アリの当時の米国での人気は絶大なもので、そのアリがプロレスラーと闘うことに興味が持たれたということだ。試合はご存知の通り、「世紀の凡戦」と言われるような内容で終わったため、さまざまな会場で敵意に溢れたブーイングが起こったり「金返せ」コールが起こったりしたらしく、試合に対する感慨は日本人と同様であったらしい。彼らにとってもこれが「ワーク」(筋書きのある、いわゆる八百長)なのか「シュート」(真剣勝負)なのか判然とせず、なんだか煮え切らないまま帰途についたということで、今では多くの人にとって語られることすらないという(かつて見に行った人々にとって一片のやましさが伴うのだそうだ)。
 だがあの試合こそが総合格闘技(MMA)を生み出すきっかけになった、というのが著者の感じるところで、米国の総合格闘技団体、UFCや日本のPRIDEなども、あの試合にルーツを持つというのが著者の主張である。
 著者は、本書を執筆するにあたり、さまざまな関係者から話を聞いており、たとえばアリ自身がプロレスが好きで、試合前に見せていたビッグマウスは悪役レスラーの影響だなどというのは、非常に興味深い話であった。ただし、全体的に冗長な上、さまざまな登場人物がやたらに出てきてわかりづらくなっている点はマイナスである。また、翻訳のせいか原文のせいかわからないが、文章自体も決して読みやすい表記ではない。これを読むんだったら『1976年のアントニオ猪木』の方が良いかなと思わせる程度の内容で、あまり得るものはなかったというのが正直なところである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『完本 1976年のアントニオ猪木(本)』
竹林軒出張所『1993年の女子プロレス(本)』

by chikurinken | 2017-12-24 07:13 |

『追跡 東大研究不正』(ドキュメンタリー)

追跡 東大研究不正 〜ゆらぐ科学立国ニッポン〜(2017年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

研究助成制度の構造的な問題

b0189364_20040043.jpg 東大をはじめとする日本の各大学の研究室で、不正な研究論文が増えていることを告発するドキュメンタリー。
 不正な研究論文というのは、データを一部改竄して、センセーショナルな結論が出るよう偽造した論文を指す。こういった論文は『Science』や『Nature』などの有名雑誌に発表され、その研究者の名声を高める役割を果たしたわけだが、何件かについては不正が発覚し、関係者は懲戒解雇を含むさまざまな処分を受けている。ただしこの手の不正は、ごくわずかな「倫理観に乏しい」研究者に限られるというわけではないようで、ここ数年、明らかになる不正は相当な割合で増えているというのがこのドキュメンタリーでの主張である。実際のところ不正はかなり広範囲に行われており、明らかになったのは氷山の一角ではないかというような主張が、この番組でも展開される。
 なぜこういった事例が増えているかというと、研究費の獲得が以前より困難になって、同時に国による研究費の割り当てが実績主義に基づくようになったためらしい。実績主義というのは端から見ていると妥当であるかのように思えるかも知れないが、実際は有名雑誌に論文が掲載されるとポイントがかなり上がるなどという、言ってみればブランド志向のたまものであり、決して内容が伴っているとも言えない。あのSTAP細胞騒動でも似たようなことが起こった(そしてマスコミが見苦しく大騒ぎした)が、そもそもが、文学賞や映画賞などと同様、注目を浴びたからと言って必ずしも内容が素晴らしいものではないわけであり、それを考えると、現行のシステムに、きちんとした評価システムが欠けているということが言えるわけだ。評価システムがないにもかかわらず評価制度を採用しようとするから、変なところにしわ寄せが来る。
 このドキュメンタリーで紹介されている東大の研究室の事例は、外部から見ると実にバカバカしく、「象牙の塔」とか「専門バカ」とかいう言葉が頭の中に浮かんでくるほどだが、今の研究助成システムも茶番なら、それに踊る研究者たちという構図も茶番にしか見えない。
 このドキュメンタリー、なんとなく賞狙いの雰囲気が漂う。事件の内容や周囲の環境など、それに加えて製作側の態度も含め、あらゆる部分でレベルの低さを感じるのは僕だけだろうか。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『調査報告 STAP細胞 不正の深層(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『史上空前の論文捏造(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『笑うに笑えない大学の惨状(本)』

by chikurinken | 2017-12-22 07:03 | ドキュメンタリー

『藤井聡太 14才』(ドキュメンタリー)

藤井聡太 14才(2017年・東海テレビ)
監督:横井良安
ナレーション:萩本欽一

聡太の青春 第一幕

b0189364_18251134.jpg 昨年デビューして連勝記録を作った将棋棋士の藤井聡太のドキュメンタリー。
 さすがにあれだけ話題になったためNHKやなんかでも特集番組をやっていたが、東海テレビでも7月にドキュメンタリーを放送していた。というのも藤井四段、愛知県出身で、しかもかなり前から東海テレビは注目していたのだった。その証拠に小学生から中学生時代にかけての映像が結構残っている。奨励会時代の、師匠の杉本昌隆七段との練習対局なども画面に登場してなかなか新鮮である(しかも師匠に勝っていた)。
 このドキュメンタリーで追いかけるのは連勝記録を更新するまでで、言ってみればサクセスストーリーみたいな内容である。NHKスペシャルでは、その後の挫折、それを越える過程まで描いていたが、そこは後進の有利さということになる。
 このドキュメンタリーで見えてくるのは、(アマ時代から)師匠が藤井を非常に大切に育てているということで、良い師匠にめぐり逢ったのも藤井の強運であったと言うことができる。一般的に成功者は、いくら能力があっても運がなければ成功できないもの。強運があってこその成功者なんである。その点、藤井はラッキーだった。
 藤井フィーバーは、以前からの将棋ファンとしては少々片腹痛い部分があるが(特にこの番組でも紹介されていたが、藤井の扇子を買うのに行列ができているなどの現象には少々気持ち悪さすら感じる)、藤井に早くから注目していた、そして丁寧なドキュメンタリーに仕上げた東海テレビには敬意を表したいところである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『聖の青春(本)』
竹林軒出張所『聖 ― 天才・羽生が恐れた男 (1)〜(7)(本)』
竹林軒出張所『ヒカルの碁(1)〜(23)(本)』
竹林軒出張所『将棋の解説者』
竹林軒出張所『将棋中継の聞き手』
竹林軒出張所『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代(本)』
竹林軒出張所『運命の一手 渡辺竜王 VS 人工知能・ボナンザ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『棋士VS将棋ソフト 激闘5番勝負(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-12-21 07:24 | ドキュメンタリー

『樹木希林の居酒屋ばぁば』(ドキュメンタリー)

樹木希林の居酒屋ばぁば(2017年・東海テレビ)
監督:伏原健之
ナレーション:本仮屋ユイカ

試みには賛同するが

b0189364_18215983.jpg 樹木希林が、『人生フルーツ』の津端英子さんを居酒屋に迎えて世間話をするという企画のドキュメンタリー。35年ぐらい前にTBS系で放送していた『すばらしき仲間』を再現したような企画である。『すばらしき仲間』は中部日本放送製作だったが、このドキュメンタリーは東海テレビ製作。中部地方はこういった番組が好きなのか。
 さすがに居酒屋での女子会(樹木希林がそう呼んでいた)だけでは1時間持たなかったと見え、後半は場所を津端さんの家、つまり『人生フルーツ』の舞台に移す。『人生フルーツ』で出てきたあれやこれやに樹木希林が触れ、それぞれの家族や夫の話について話すという展開になる。そもそもこの2人の関係が、『人生フルーツ』の主人公とナレーション担当ということで、こういう展開になるのもごく自然ではある。とは言っても、全体的にダラダラした番組で、それはそれで良いんだが、『人生フルーツ』の舞台と登場人物を野次馬的に覗くという内容で終始しているわけで、『人生フルーツ』大好きな人ならいざ知らず、その他大勢にとってはあまり目を奪われる内容はないと思う。津端英子さんが「夫と結婚して幸せだった」などと語り、いかにも『人生フルーツ』好みの話が出てきたりするが、こういう点を取ってみてもやはりファン向けの企画だなと感じる。
 仲間同士でする話をダラダラと流すというこういう企画自体は、またやって欲しいと思っているクチであり『すばらしき仲間』も再開して欲しいと感じているクチではあるが、この企画については個人的にはあまり面白いと感じなかった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『人生フルーツ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-12-20 07:21 | ドキュメンタリー

『カメラで音楽を撃て 写真家・木之下晃』(ドキュメンタリー)

カメラで音楽を撃て 〜写真家・木之下晃〜(2007年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ

木之下ブラックはこうして生み出される

b0189364_17382979.jpg 音楽家の写真ばかり撮っている木之下晃に密着するドキュメンタリー。木之下晃の写真はかなりユニークで、そもそもこういった分野に特化した写真家というのも特異な存在である。実際に彼が撮影した音楽家の写真は、音楽ジャーナリズムの世界では結構目にするもので、僕自身も若い頃は、彼が撮影した写真のポスターを部屋に飾っていたことがある。彼の写真にはなんと言っても躍動感がある。
 このドキュメンタリーでは、彼がどのような方法で撮影しているか、どのように指揮者らの音楽家にアプローチしているかが紹介され、指揮者側からの彼に対する見方もあわせて紹介される。非常に多角的なアプローチである。インタビューに登場する指揮者は、小澤征爾、リッカルド・ムーティ、ロリン・マゼール、佐渡裕らで、どの音楽家も木之下の作品を高く評価しており、彼の仕事に敬意を払っていることがわかる。そもそも木之下自体、演奏中に指揮者の周囲で写真を取り続けるわけで、指揮者にとって不快な存在になってしまったら、怒りの対象にしかならないはず。受け入れられているのは、彼自身、そして彼の作品が受け入れられているためである。カラヤンやロリン・マゼールなどは自宅に招待して家族の写真も撮らせたというんだから、彼らの木之下に対する信頼度には並々ならぬものがある。
 このドキュメンタリー、最初の放送時も見ていて、内容が印象的だったこともあり、かなりの部分記憶していた。彼の撮影や覆い焼きの手法まで公開されており(番組中で木之下は「企業秘密なんだけどな」と言っていたが)、後進の人々にとっても充実した内容になっていた。ちなみに木之下氏、2015年に死去している。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『日本人とカラヤン(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『マエストロ・オザワ 80歳コンサート(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上(本)』
竹林軒出張所『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 下(本)』

by chikurinken | 2017-12-18 07:38 | ドキュメンタリー

『カリスマ指揮者への道』(ドキュメンタリー)

カリスマ指揮者への道
(2016年・独S.U.M.O Film Production / Götz Schauder Film)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

指揮者コンクールの裏側

b0189364_19443503.jpg 2008年のゲオルグ・ショルティ国際指揮者コンクールに密着するドキュメンタリー。
 指揮者コンクールがどのように行われるかは一般的にあまり知られておらず、僕なども小澤征爾の著作を通じてある程度聞きかじってはいたが、実際に目にするのは今回が初めてである。そういうこともあって、なかなか新鮮であった。
 実際に参加者に指揮をさせるのは第2次審査からで、第1次審査は本人から送られてきた映像を基に選考が行われる。第1次審査は「書類審査」みたいなものだが、この選考の様子も公開される。応募数540人から24人が選抜され第2次審査、さらに9人が第3次審査、そして3人が最終選考に残る。
 こういったコンクールは、参加者の1人が語っていたように、実力的にはほとんど差がなく多分に運の要素が大きい。そのため、有望そうな指揮者が第3次予選に残れなかったりということも起こっている。一方で、非常な才能を秘めているがきわめて荒削りな(と審査員に表される)参加者もいて、この参加者については審査員の意見もかなり分かれるんだが、そういう候補が3次審査まで残ったりする。ただしこの参加者、若いせいか(最年少だったらしい)かなり傲慢な言動も目立ち、問題がどこにあったかコンサートマスターに食いついたり、他の参加者をけなしたりという側面も見せていた。人生がかかったこういった場には人々の人間性が現れてくるものである。そういう部分を的確に捉えている点でこのドキュメンタリーはなかなかよくできていた。ドラマチックで集中力が高い作品であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ストラディバリウスをこの手に!(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのショパンコンクール(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-12-17 07:44 | ドキュメンタリー

『森の探偵』(本)

b0189364_19133951.jpg森の探偵
宮崎学、‎ 小原真史著
亜紀書房

森の巨匠が見たヒトと動物

 森に入って動物写真を取りまくっている宮崎学が、動物写真から読み解く「現代日本の環境」論。
 赤外線を使いカメラのシャッターが自動的に降りるようさまざまな工夫を重ねることで、森、林の生きた動物を撮影することをライフワークにしている宮崎学。彼の写真には動物たちの生々しい生態が記録される。宮崎自身が、森に入れば足跡や糞などからどんな動物が近くにいるかわかるようになっているらしいが(何せ森の生活が長いから)、彼によると動物が人に接近しているその近さはかつてないほどになっているということ。
 実際、あちこちでツキノワグマに襲われたとか、イノシシが町に出没したとかそういったニュースはよく耳にする。「専門家」は、森林破壊によって山に食べ物がなくなったため、動物が命がけで里に下りてきたなどと語るが、宮崎によると山の食べ物がなくなったという事実はないらしい。むしろ人間が何気なく捨てたり放置したりするものが、知らず知らずのうちに動物たちの餌になっている、つまり人間が間接的(または直接的)に餌付けしていることが、野生動物を身近に引き寄せている……というのが宮崎学の実感らしい。
 たとえば犬を散歩させる人々がよく通る公園の道などにカメラを仕掛けていると、人が通ったすぐ後にクマが出てきている様子が映っていたりする(しかも割合多いという)。つまりクマの方が身を潜め、人が通り過ぎるのを待ってから、出てきて用事をしているということになる。ヒトを避けているクマが誤ってヒトに遭遇し(一般には「人間が誤ってクマに遭遇する」と言われるが)、接触事故が起きるというのが本当のところではないかと宮崎は言う。
 他にも動物たちには死体処理の役割を担っているもの(スカベンジャー)があり、そのために環境が浄化されるなどの興味深い話が展開される。野生のクマ自体がそもそもスカベンジャーであり、肉に対するこだわりがない(つまり事故で死んだ人の肉も普通に食べたりする)ため人の肉にも抵抗がないということが、「人喰い熊」の存在の説明になるらしい。宮崎の言葉は、実際に森や林の動物を写真を通じてつぶさに見続けている(野生に近い)人間から発せられるものであり、非常に説得力がある。動物写真もふんだんに紹介されており、そういう点では大変良質な本である。「目からウロコ」の話も数多い。
 ただし、1つ大きな難点がある。この本は「キュレーター」という肩書きの小原真史という人と宮崎学の対談形式になっているんだが、この「キュレーター」がしゃべりすぎというか、知識をひけらかしたいのか知らないが蘊蓄を語りすぎである。これがかなり鬱陶しいレベルで、これさえなければ良い本なんだがと思うこと数知れず。話の聞き手に徹して、宮崎学という森の巨匠から実感に基づくいろいろな素晴らしい話を聞き出せば良いものを、自分が聞きかじったような知識を必要以上(!)に披露するその感覚が理解できない。はなはだ残念。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『被曝の森は今(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『被曝の森 〜原発事故 5年目の記録〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ダムはいらない! 新・日本の川を旅する(本)』

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 以下、以前のブログで紹介した宮崎学の著作に関する記事。

(2005年5月6日の記事より)
b0189364_19140854.jpgフクロウ
宮崎学著
平凡社

 動物写真家、宮崎学が、胃潰瘍になりながら5年かけて作ったという渾身の写真集。
 フクロウの生態を非常に細かく追っている。写真として強烈なインパクトを持っているのは言うまでもないが、巻末に書いているフクロウの生態についての解説が非常に面白く、わかりやすい。これを読みながら写真を見直すと、またまた新しい発見がある。著者が実際に写真を撮りながら体験したことを追体験できるようになっている。著者の驚きや喜びが伝わってくるようだ。
 「渾身」という言葉がぴったり来る写真集で、粗末に扱うことができない本。まさに「フクロウ」学(そういうのがあるかどうか知らないけど)のバイブルというべき本だ。
★★★★

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(2005年5月10日の記事より)
b0189364_19141717.jpg鷲と鷹
宮崎学著
平凡社

 動物写真家、宮崎学が、15年かけて作ったという写真集。
 良い写真集だが、宮崎学の猛禽類に対する思い入れはあまり伝わってこない(この点『フクロウ』と異なる)。むしろ、猛禽写真コレクションといった感じ。なんでも日本に生息する16種類の猛禽類をすべて撮影したらしい(プラス1種類--渡り鳥のオオワシ)。なかなかの労作ではある。猛禽類に興味のある人にはたまらないだろう。
★★★☆

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(2005年5月22日の記事より)
b0189364_19141104.jpg森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記
宮崎学著
理論社

 動物写真家、宮崎学のフクロウ観察日記。
 著者は、70年代(だと思う)から長野県伊那谷のフクロウの営巣地近くに小屋を造り、数年間キャンプしながら、フクロウの生態をカメラに収めた。この間、胃潰瘍を起こし(フクロウの撮影作業は神経をすり減らすという)、2カ月間入院している。退院してからも精神的に不調だったらしいが復活し、それからさらに5年を費やして作り上げたのが、写真集『フクロウ』だ。
 『フクロウ』を見るとわかるが、密度が非常に濃く、それはこの副読本とも言うべき本書にも反映されている。
 本書では、フクロウの生態が微に入り細を穿って描かれており、動物学者が書いたのではないかと疑うほどだ(実際、著者は自然を非常によく観察してから撮影に入るらしい)。
 その姿勢は、自然に対峙するのではなく、自然の一部となって生きるというもので、フクロウだけでなく森の中のさまざまな動物のさまざまな行動にも敏感に反応する。感覚はとぎすまされ、やがては他の動物の気配さえわかるようになったという。こちらの気配を感じてじっと様子をうかがっている200m先のキツネにまで、気配で気がつくようになったというから驚く。
 自然の一部となり、野生動物の活動を目や耳で感じる。本書では、その様子がありありと描かれている。
 動物の生態だけでなく、自然と一体となった目で見た現代文明評も明快で面白い。
 リンゴ農家は、有機肥料をまくことが多いが、それを狙ってノネズミやモグラが寄ってくる。ノネズミやモグラはともすれば木の根をかじるので、リンゴ農家に被害が出ることがあるが、フクロウの巣が近くにあるとこのような被害が出ないという。フクロウがネズミなどを餌にしているためで、特に子育て期は、毎晩相当量のネズミを捕獲するという。ところが、農家がしかけたカラス対策ネットに、あやまってフクロウがひっかかって死んだりすると、ノネズミが大発生して、リンゴの木に被害が出るということになる。こういう自然の因果関係がわからないので、結局「ネズミが増えたといっては、有線放送などを通じていっせいに劇薬の毒餌をばらま」くことになる。「地球のほんの片すみに住まわせてもらっているということ」を忘れて、「植物や動物たちが発するさまざまなサイン」を見落としているため、こういう天につばすることをしてしまうのだ。
 このような文明批評も押しつけがましくなくさらりと書いているのは、日記という性格のゆえか。現代文明の歪みを五感と身体で感じている人の言葉だけに説得力がある。文章も簡潔で非常に読みやすい。写真もカラーで掲載されている。さすがにフクロウの写真は秀逸なものが多いが、それ以外にも撮影セットの配置や撮影小屋内部の様子を示した写真もあって、日記に書かれている様子をリアルに感じ取ることができる。写真に過不足がなく、本文を読みながら写真を眺めると臨場感を味わえる。
 この本を読むと、自然の中に溶け込み自然を感じた宮崎学のキャンプ生活を追体験できる。森に入って、自分の感覚器で自然を感じてみたくなった。
★★★★

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(2005年4月19日の記事より)
b0189364_19141405.jpg青春漂流
立花隆著
講談社文庫

 立花隆が、異色の分野で仕事をしている若者たちにインタビューした雑誌『スコラ』の一連の連載をまとめたもの。
 表紙の若い立花隆を見てもわかるように、20年前に出版された本で、インタビュイー(インタビューされる側)の方は、当時は若者だったが現在では良いオヤジになっている。実は先日、テレビのドキュメンタリー番組で「その後の青春漂流」みたいなものをやっていて、この本に登場している何人かの元・若者が出ており、それで興味を持ってこの本を読んだのだ。つまり、通常の逆パターンで、タイムマシンで過去にさかのぼるような感じで本書を読んだわけだ。
 しかしそういうのを抜きにしても、本書に登場する若者たちの話は非常に面白い。生い立ちから学生時代(落ちこぼれだった人が多い)、彷徨時代、今の職に出会う過程、その中から新しいものを見出す過程などが語られる。登場する若者の仕事は、塗師、手づくりナイフ職人、猿まわし調教師、精肉職人、動物カメラマン(宮崎学)、鷹匠(!)など多岐に渡り、どの職業もユニークだが、若者たちの経歴も実にユニークだ。かれらのほとんどの仕事は、一般人にはあまりなじみがないので、目新しく楽しい。どの若者も貧しい時代、苦しい時代を過ごし、それを乗り越えて今のポジションを探り当てている(今でも貧しい人もいる)。まさに青春の漂流時代を経て今の場所に流れ着いているわけだ。どの若者も非常に前向きで、元気をもらうことができる。
 立花隆の聞き手としての才能がいかんなく発揮されており、良書である。

参考:
森安常義(精肉職人)著『牛肉』(肉をさばくための技術を自費出版でまとめた本)
宮崎学(動物カメラマン)著『鷲と鷹』、『フクロウ』(それぞれ15年、5年かけて作った力作写真集だという)
★★★☆

by chikurinken | 2017-12-15 07:13 |