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竹林軒出張所

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カテゴリ:本( 720 )

『マタギ』(本)

マタギ
矢口高雄著
ヤマケイ文庫

「マタギ」という言葉が有名になったのは
このマンガからだ……たぶん


b0189364_21210154.jpg 「自然と人間との関わり」を描き続ける矢口高雄のフィクション・マンガ。今回テーマになっているのは、東北の猟師集団、マタギである。
 私の記憶が確かならば、「マタギ」という言葉が全国的に知られるようになったのは、矢口高雄のマンガからではないかと思う。
 矢口は1972年から『マタギ列伝』というマンガを連載していたが(評判は上々であったにもかかわらず)突然連載が中止されるという憂き目を見た。その後、別の出版社から話があり続編を描くことになった。それがこの作品、『マタギ』であるそうな(本書あとがき「マタギの思い出」より)。もちろん『マタギ列伝』と『マタギ』は完全な続きものではないが、主人公が野いちご落しの三四郎であり、その彼の冒険譚であるという点は共通である。本書『マタギ』には、この三四郎のエピソード以外に、百造というシカリ(頭領)、百造の下で働く勢子(追い出し役)の源五郎のエピソード、あるいは感動的な狐の話まであり、非常にバラエティに富んでいる。なんせこの文庫本だけで800ページを優に超えている。しかも『マタギ』の本編に加え、その後に「最後の鷹匠」という30ページ弱のおまけのエピソードまで付いている。非常に豪華な文庫本と言える。僕自身は山と渓谷社が文庫本を出していたことも知らなかったが、そこからマンガが出ていたこともつい最近まで知らなかった。それなりのお値段ではあるが、絶版ものが多い矢口作品で今でも継続的に販売しているというのは立派。ただし難点もあり、元々の文字が小さすぎたせいか、この文庫版では読むのにかなり苦しむ箇所が散見された。
 メインになっているのは、先ほども言ったように三四郎のエピソードで、この三四郎が、最終的には、小玉流という隠れ女流マタギ集団に関わることになるなど、話は奇想天外な方向に進んでいく。人が(つまりマタギがだが)鉄砲を使うことの可否まで問われるというかなり壮大なテーマにまで発展していくが、最後は収拾がつかなくなったようで突然のように終わってしまう。こういうこともあってか、著者自身はこの作品を「不肖の息子」と呼んでいるらしい(これも「マタギの思い出」より)。
 湖に怪獣が出てきたり、狐がダイナマイトを使ったりというストーリー展開はいかがなものかと思うが、ストーリー自体はどの作品もかなりよく練り上げられていて、同時に矢口高雄の自然観も巧みに表現されているなど、少年向けマンガとしては非常にグレードが高いと言える。そのためもあり、この作品は、「不肖の息子」であるにもかかわらず第五回日本漫画家協会賞を受賞することになったのだった。著者は複雑な心境だったようだが、しかし相応の賞を受けるだけの立派な作品であることは疑いないところである。
第五回日本漫画家協会賞大賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)(本)』
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの先生は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの手塚治虫(本)』
竹林軒出張所『ふるさと (1)、(2)、(3)(本)』
竹林軒出張所『奥の細道 マンガ日本の古典25(本)』

by chikurinken | 2019-09-11 07:20 |

『ふるさと (1)、(2)、(3)』(本)

ふるさと (1)(2)(3)
矢口高雄著
中央公論社

矢口版『北の国から』

b0189364_21201312.jpg 『釣りキチ三平』の矢口高雄が、自分の子ども時代の経験をふんだんに盛り込んだフィクションのマンガ。発表されたのが1983年から85年で、この後、自分の子ども時代をエッセイ風にまとめた作品が立て続けに出るため、この作品が、その後のエッセイ・マンガのルーツと考えても良いんじゃないかと思う。
 今回読んだのは、中央公論から出た中公愛蔵版というやや大ぶりの本で、全3巻構成、トータルで2500ページもあり、結構な大著である。
 この作品の主人公は小学生の男子で、東京で離婚した父が、息子(つまり主人公)と娘(つまり妹)を引き取り、自分の田舎に戻って田舎暮らしを始めるというストーリー。子ども達は、東京から田舎に連れてこられ当初は戸惑うが、徐々に田舎の生活にも慣れていき、生活を楽しんでいくというストーリーが柱で、これとあわせて、山村の昔からのさまざまな伝統的な習慣が紹介されていくという趣向である。ここで紹介される多くのエピソードは、著者のエッセイ・マンガ『蛍雪時代』にも登場し、ということは著者の経験をフィクションという形で結実させたのがこの作品、『ふるさと』ということができる。ただしストーリーは、本作発表の前年にテレビ放送されて話題になったドラマ『北の国から』にかなり似ており、正直あまりの類似性に驚く。b0189364_21201928.jpgもちろん、このマンガでは、伝統的な雪国の生活を描くというコンセプトで、『北の国から』と方向性は違うが、ストーリー構成があまりに似ていると、さすがにそれは無いだろと思ってしまう。もしかして矢口先生、『北の国から』に触発されて、自分なりの『北の国から』を作りたかったんだろうかと勘ぐってしまうが、本当のところはわからない。
 第1巻にはバチヘビ(ツチノコ)のエピソードがかなり長いこと(「怪蛇騒動」、「バチヘビの夢」、「夏の終りに」の3編、トータル200ページ近く)出るが、このあたりは『幻の怪蛇バチヘビ』の焼き直しではないかと思われる(登場人物も似ている)。全体を通して、『北の国から』のストーリーに、矢口高雄の経験的なエピソードを交えるという構成で、エピソード自体は、他の矢口作品(エッセイ、エッセイマンガ)と重複している。絵柄や内容も『釣りキチ三平』を彷彿させる。元々『週刊漫画アクション』の連載マンガだったこともあり、どうしてもエンタテイメント重視になってしまうんだろうか、『蛍雪時代』ほどの重厚さ、面白さは感じなかった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの先生は山と川(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)(本)』
竹林軒出張所『ボクの手塚治虫(本)』
竹林軒出張所『マタギ(本)』
竹林軒出張所『奥の細道 マンガ日本の古典25(本)』

by chikurinken | 2019-09-10 07:19 |

『ボクの先生は山と川』(本)

ボクの先生は山と川
矢口高雄著
講談社文庫

故郷、家族への愛に溢れたエッセイ

b0189364_16265322.jpg 『釣りキチ三平』でお馴染みの矢口高雄が、自身の小学生時代・中学生時代を描いたエッセイで、『ボクの学校は山と川』の続編である。前作同様、秋田の山奥で育った子ども時代のさまざまな思い出を綴っている。また前作同様、このうちの多くのエピソードは、その後マンガ化されて、『蛍雪時代』や『オーイ!! やまびこ』というタイトルで発表されている。
 今回、前著『ボクの学校は山と川』に続いて、『蛍雪時代』を読んだ後にこの本に戻ってきたため、エッセイのインパクト自体は、前著と比べると小さい。『蛍雪時代』を読んでしまっているから致し方ない。本書第四章の「蛍雪のころ」に収録されているエピソードの多くが、『蛍雪時代』で再構成されており、その多くは、『蛍雪時代』を読んだときにことごとく心に染みた作品である。本書に収録されているエッセイはまさにその原形と言える。
 本書のエッセイ「闇米屋先生」、「石運び」、「長期欠席児童」は『蛍雪時代』の「第10話 想い出づくり」、それから「グランド造り」、「陸の祭典」、「聖火燃ゆ」は『蛍雪時代』「第11話 聖火燃ゆ!!」、さらには「ホーム・プロジェクト展」、「七人の侍」、「校門を掘る子」はそれぞれ『蛍雪時代』「第7話 ホームプロジェクト展」、「第6話 七人の侍」、「第1話 校門を掘る少女」として、その後マンガという形で結実している。第四章以外の他の多くのエピソードも『蛍雪時代』に登場するし、『蛍雪時代』にないものはおそらく『オーイ!! やまびこ』でマンガ化されているのではないかと思われる。というのは、本書のいろいろな場所にマンガ作品からピックアップされたカットが掲載されているためで、ほとんどは『蛍雪時代』のものだったが、見覚えのないものもいくつかあり、これが『オーイ!! やまびこ』のものではないかと勝手に推測したわけである。
 前にも少し書いたが、矢口作品の場合、マンガの方がエッセイより圧倒的にできが良いため、エッセイ、マンガの順で読む方が絶対に良い。エッセイの方も非常にうまくまとめられていて、なかなかの名文章なんであるが、いかんせんマンガと比べるとダイジェスト的と言わざるを得ない。逆に言えば、マンガ作品にはそれくらい力が込められている。同じ描写の箇所をエッセイとマンガで比べてみるとそれがよくわかる。どちらも優れた作品であるため、エッセイ、マンガの順で読んだら両方楽しめるということである。
 なお、今回読んだ文庫版には、先ほども言ったように、オリジナルの白水社版の単行本にさらにマンガのカットが加えられ、あわせて訂正、追加なども行われていて、文庫版は本としての完成度も非常に高い。しかも矢口高雄のデビュー作、『長持唄考』まで収録されている。この作品自体、本書に収録されているエッセイ「囲炉裏考」に関わる内容であるため、あえて間に挿入したようだが、これが非常に良い効果を出している。他の矢口製マンガ作品同様、この文庫版もサービス満点という印象である。
 それにしてもこの『長持唄考』の完成度の高さには驚かされる。これがデビュー作かというほどの完成度で、作画、ストーリーともその後の矢口作品と同レベルである。デビュー作と言われなければ絶対に気付かないんじゃないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)(本)』
竹林軒出張所『ボクの手塚治虫(本)』

by chikurinken | 2019-09-09 06:32 |

『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)』(本)

蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)(5)
矢口高雄著
講談社文庫

なんという中学校! なんという中学生!

b0189364_21042269.jpg 矢口高雄の自伝的エッセイ・マンガ『蛍雪時代』の第2巻から第5巻。
 第2巻が「第5話 成瀬小唄 Part 2」、「第6話 七人の侍」、「第7話 ホームプロジェクト展」、第3巻が「第8話 火の石の謎」、「第9話 東嶺の末裔…?」、「第10話 想い出づくり」、第4巻が「第11話 聖火燃ゆ!!」、「第12話 見える魚は釣れない」、「第13話 ケンカ嫌い」、「第14話 友情」、第5巻が「第15話 スイカ談義」、「第16話 市助落し」、「第17話 雪の夜」、「エピローグ」の各章でそれぞれ構成されている。すべて、著者の中学時代を回想した話であるが、第9話と第16話は、途中江戸時代の話(どちらもかなり長い)がさりげなく挿入されている。それぞれの話にはいくつかのエピソードが入っているが、どれも1本のテーマにしっかり集約されていて、1話のストーリーとして完成度が非常に高いと感じる。
 またその内容も驚きの連続であり、生徒会主催(ちなみに著者は生徒会長)でグラウンドは作るわ、運動会はやるわ、映画会はやるわ、修学旅行の費用は稼ぐわで、あまりにアクティブで凄すぎである。しかもどれも生徒たちが自主的に決めたもの(先生も協力するが)であり、いくら時代も地域も違うとは言え、これが本当に日本の中学生かと驚くばかりである。しかもそれに協力してくれる先生たちも、親身で優しく、しかも一緒になって楽しんでいる。特に担任の小泉先生は、「第17話 雪の夜」で描かれるが、雪の中、主人公の家(学校から8kmもある山の中)までやって来て、中卒後就職予定だった高雄の高校進学を両親に拝み倒すということまでやっている。この話は『ボクの学校は山と川』にも出てきて非常に感動的な話なんだが、マンガでは内容がさらに詳細に描かれ、しかも映像的な表現が随所にあって、この書の白眉と言って良い一編である。著者がこの中学校で経験した教育は、まさに一つの理想的な形と言える。
b0189364_21042730.jpg 同時に著者の学校以外の私生活も素材になっており、手塚治虫に憧れマンガに凝ったり、重労働の畑仕事や雪下ろしを手伝ったりという一面も描かれる。
 なお、この書で描かれている内容は、同じ著者の他の自伝的なマンガ(『オーイ!! やまびこ』など)やエッセイでも取り上げられており、重複する箇所がそこそこ見受けられる。ただすべて描き直しているようで、そのあたりも著者の誠実さが伝わってくる。作画も非常に丁寧で、絵は美しい。エッセイではわからなかった情景、たとえば村の様子や市助落しの渓谷なども、著者自身が描いているため、非常にわかりやすい。矢口マンガ、特にこの作品は、僕にとって今年一番の収穫であった。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)(本)』
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの先生は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの手塚治虫(本)』
竹林軒出張所『ふるさと (1)、(2)、(3)(本)』
竹林軒出張所『マタギ(本)』
竹林軒出張所『奥の細道 マンガ日本の古典25(本)』

by chikurinken | 2019-09-08 07:03 |

『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)』(本)

蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)
矢口高雄著
講談社文庫

矢口高雄の描く日本の原風景と
麗しき中学時代


b0189364_20504249.jpg 『釣りキチ三平』でお馴染みの矢口高雄。というか、元々それぐらいしかこちらに予備知識がなく、しかも僕自身は子ども時代に釣りにまったく興味がなかったため『釣りキチ三平』すら読んだことがないと来ている(『少年マガジン』はちょくちょく読んでいたが『釣りキチ三平』はとばしていた)。だが数年前、同じ著者の『奥の細道』を読んだときは非常に衝撃を受け、この人にこれだけの才能があったのかと、矢口高雄を知って数十年経ってから初めて感心したという次第。
 今回、エッセイ(『ボクの学校は山と川』)を読み、それに伴ってエッセイ・マンガ(つまりこの作品)も読んでみたんだが、絵といい内容といい超一級で、こちらも感心することしきり。
 この作品で描かれるのは、タイトルからわかるように矢口氏の中学生時代の話で、舞台は戦後すぐの時代、秋田県の山間の小さな村である。なんせものがなかったため、遊びは自分たちで見つける、必要なものは自分で作るという具合。中学校も少し前まで小学校の傍らに分校として併設(というより間借りみたいなものか)されていたという有り様である。ただし中学校はその後、村に新設されたらしいが、それでも体育館もグラウンドも校門もない間に合わせみたいな建物である。実はこの校門については、最初のエピソード「第1話 校門を掘る少女」で触れられていて、のっけから非常に感動的な話が披露される。他にも「第2話 ホームソング」と「第5話 成瀬小唄」が中学校自体のエピソード(担任教師、小泉先生が非常に魅力的)でどちらも感動を呼ぶ話である。残りの「第3話 吹雪がくれたプレゼント」と「第4話 田植えのプロセス」が日常生活のエピソードである。第1巻はこの5話で構成されているが、どれも質が高く、しかも密度が濃い。絵は言うまでもなく丁寧で美しく、矢口高雄の才能にあらためて気付かされる思いがする。
 なお、本書に収録されているエピソードは、多くが『ボクの学校は山と川』でも紹介されている。僕の個人的な感覚で行くと、(両方読むというのであれば)エッセイを読んでからマンガを読む方が良いような気がするが、マンガだけでも十分ではある。ともかく今回、矢口高雄という作家への興味が俄然膨らんだのであった。
★★★★

追記:
 南伸坊の本(『私のイラストレーション史』)によると、矢口高雄も『ガロ』出身のマンガ家で、当初彼の採用に積極的だった南伸坊に対し、編集長の長井勝一は「ストーリーは良いが絵がちょっと」などと言ったらしい。矢口マンガと言えば、絵がうまく丁寧という印象が僕には強かったため、このエピソードには相当意外な感があった。
 一方、長井勝一の著書(『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史』)によると、長井氏自身は彼のマンガを高く買っていたが、(当時)30歳で銀行勤めをしているという経歴から、マンガ家に転身すること自体に反対だったらしい。きっちりした仕事に就いているのにマンガ家みたいな明日をも知れない身になるのはどうよ(しかも30歳で!)ということだったというのである。ただし矢口自身は、長井に反対されたことに反発を感じ、その反骨心がマンガ家としての成功につながったと、その後長井氏に語ったらしい。

参考:
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)(本)』
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの先生は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの手塚治虫(本)』
竹林軒出張所『ふるさと (1)、(2)、(3)(本)』
竹林軒出張所『マタギ(本)』
竹林軒出張所『奥の細道 マンガ日本の古典25(本)』
竹林軒出張所『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史(本)』
竹林軒出張所『私のイラストレーション史(本)』

by chikurinken | 2019-09-07 06:50 |

『ボクの手塚治虫』(本)

ボクの手塚治虫
矢口高雄著
講談社文庫

当時の手塚マンガの衝撃が伝わってくる

b0189364_21553204.jpg マンガ家、矢口高雄の手塚治虫に対する思い入れを綴ったマンガ作品。
 元々は毎日中学生新聞に連載していた、自伝的エッセイ・マンガ『オーイ!! やまびこ』が出典らしい。つまり矢口氏、子ども時代に手塚治虫のマンガに衝撃を受けその後も多大な影響を受けているため、彼の少年時代を描く上で手塚治虫は欠かすことができなかったようで、『オーイ!! やまびこ』にも手塚マンガのエピソードをたまに入れていたんだが、思い入れがあまりに強かったせいか、とうとう手塚マンガのエピソードが全部で5話にまでなってしまったという。そういういきさつで、この5話だけ取り出して単行本化したのが、この作品というわけ。
 その思い入れたるや尋常ではなく、その熱い思いは読んでいるこちら側にも存分に伝わってくる。手塚マンガに対する思いは、藤子不二雄の『まんが道』とも共通するもので、いかに当時のマンガ少年たちにとって手塚が大きな存在だったかがよくわかる。また当時刊行されていたマンガ雑誌『漫画少年』への思いも出てくるが、こちらも当時のマンガ少年たちにとって大きな存在になっているのは疑いのないところである。実際、トキワ荘グループの作家たちは、そのほとんどがこの雑誌の投稿欄を通じて世に出てきている。日本のマンガ史を振り返った場合、日本マンガの発展の上で、手塚治虫、『漫画少年』、『ガロ』の3つが最大の役割を果たしていると考えられるが、そのあたりも本書から窺われるのである(ちなみに矢口高雄は『ガロ』でデビューしているため、すべてに関わっていることになる)。
 なお本書では、当時著者が目にした手塚マンガも著者自身の手で再現されていて、こちらも大きな見所である(言うまでもなく大変うまい)。エッセイ・マンガであるため、途中で手塚治虫はもちろん、松本零士やガロの長井勝一も(マンガ化されて)出てくる。また描いている当時の大人になった本人の姿もたびたび出てくる。絵は非常に丁寧で情景描写も美しい。『まんが道』と同じような熱も伝わってきて、大変よくできた著作と言うことができる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)(本)』
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『ボクの先生は山と川(本)』
竹林軒出張所『ふるさと (1)、(2)、(3)(本)』
竹林軒出張所『マタギ(本)』
竹林軒出張所『手塚治虫クロニクル 1946〜1967(本)』
竹林軒出張所『手塚先生、締め切り過ぎてます!(本)』
竹林軒出張所『漫画教室(本)』
竹林軒出張所『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史(本)』
竹林軒出張所『まんが トキワ荘物語(本)』
竹林軒出張所『日本まんが 第壱巻(本)』
竹林軒出張所『まんが道 (1)、(2)(ドラマ)』

by chikurinken | 2019-09-06 06:55 |

『ボクの学校は山と川』(本)

ボクの学校は山と川
矢口高雄著
白水社

不便な生活も楽しみに変えて生きる

b0189364_20361213.jpg 『釣りキチ三平』でお馴染みの矢口高雄が、自身の小学生時代・中学生時代の思い出を描いたエッセイ。
 著者は、秋田県平賀郡増田町狙半内(さるはんない)という、山奥の戸数70戸の小さな村で育ったため、遊びはすべて自然の中という環境であった。しかも6歳のときに終戦を迎えたため、小中時代は手探りの戦後民主主義の時代とピッタリ付合する。そのためか、著者が受けた教育は、戦前の画一的な暗い教育ではない。一種の混沌に近い環境とも言えるが、それがために著者は野生児のようにのびのびと育つことになる。このエッセイを読むと、自然の生活を縦横に楽しんでいる様子が窺われるため、羨望に近い感情すら起こってくる。まさに「学校は山と川」というような状況なのである。ただ羨望を感じると言っても、実際のところは、半年間は雪に閉ざされる環境で、学校に行くにも8kmの道のりを雪の中を漕ぎながら進むという有り様で、朝6時に家を出ても学校に間に合わないというような厳しい生活環境である。また、家の農作業の手伝いも始終やらされるし、食い物も少ないしで、今の環境、あるいは僕が子どもの頃の環境の方がはるかに恵まれているのは明らか。こういった厳しい環境であっても、彼らはいろいろなことを楽しむ術を知っていたというのが、本当のところではないかと思う。その中でも矢口少年は趣味が多彩だったことから、忙しい子ども時代を送っていた。手塚治虫の影響でマンガに没頭し、同時に魚釣りや昆虫採集にも忙しく、さらに言えば野生の動物を獲ったりもする。水木しげるも子ども時代趣味で忙しかったらしいが、こういった好奇心が彼らの創作の源なのではないかと考えたりする。
b0189364_16352331.jpg 本書は、矢口少年の趣味にスポットを当てて、マンガ(小学校編、中学校編)、釣り、昆虫、その他の遊び、思い出のクラスメートという6つの章立てになっており、短編のエッセイが合計48本収録されている。中でも中学校の先生の思い出を描いたエッセイ(「あの雪の夜」)と破天荒なクラスメートを描いたエッセイ(「竹馬の友」、「友情」)が出色。
 文章もマンガと同様丁寧で、しかもまとまりがあって読みやすい。構成もきちんとしている。ある意味、模範となる文章と言ってよく、実際、この中から学校の教科書に採用されたものもあるようだ。しかも本書には著者のオリジナルのカットまで付いており、申し分がない。非常に質の高いエッセイ集である。
★★★☆

追記:
 なお、この本には文庫版もあるが、文庫版には、弟を亡くしたときのエピソード(「弟の死」、本書に収録)をマンガ化した作品、「百日咳」(オリジナルは『オーイ!! やまびこ5』で、140ページ近くある大作)も収録されている。また、いろいろな矢口作品からピックアップしたマンガが新たにカットとして加えられている。買うんなら文庫版が絶対お得(どちらも現在品切れ中〈もしかしたら絶版?〉だが)。

参考:
竹林軒出張所『ボクの先生は山と川(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (1)(本)』
竹林軒出張所『蛍雪時代 – ボクの中学生日記 (2)〜(5)(本)』
竹林軒出張所『ボクの手塚治虫(本)』
竹林軒出張所『ふるさと (1)、(2)、(3)(本)』
竹林軒出張所『奥の細道 マンガ日本の古典25(本)』
竹林軒出張所『のんのんばあとオレ(本)』

by chikurinken | 2019-09-05 07:49 |

『私のイラストレーション史』(本)

私のイラストレーション史
南伸坊著
亜紀書房

私的であるが同時に公的な
現代日本イラストレーション史


b0189364_20390149.jpg イラストレーターの南伸坊氏、最近は以前ほどマスコミに出ていないんで、あまり我々が目にすることもないが、イラストレーションより本の装丁が仕事の中心になっているようである。
 元々伸坊氏のイラストは、情報センター出版局から出た『私、プロレスの味方です』で最初に触れたか、あるいは同じく情報センターの『月刊ジャーナリスト』が最初だったかわからないが、いずれにしても僕が知ったのは情報センター経由だったと思う。僕は彼の絵が好きだったし、その後雑誌やテレビで赤瀬川原平らと面白いことをやっていたのも、端で見ながら面白い人たちだなと感じていた。見ているこちらも彼らと同じように楽しんでいたという記憶がある。
 当時僕にとっては、テレビによく出る(そして毎回面白いことをやっている)文化人というような印象だったため、高校、大学、就職などさまざまな試験に落ち続けた、言ってみれば落ちこぼれの人生だったと聞くとかなり意外な感を受ける。大学も落ちて行き場がなくなったため、無試験で入学できた「美学校」に辿り着き、そこで赤瀬川氏や木村恒久他、錚々たるイラストレーター、文化人らと知り合い、イラストレーターとしての指針が定まっていくというんだから人生わからないもので、まさに人間万事塞翁が馬である。その後も松田哲夫の紹介で筑摩書房の入社試験を受けるが(松田の裏工作がありながらも)こちらも落とされ、その直後に『ガロ』の長井勝一に誘われて『ガロ』の編集者になるのである。
 『ガロ』時代は、長井氏に自由にやらせてもらって、好きな紙面を作ることに没頭する。その際に指針になったのは、昔から憧れていた『話の特集』の和田誠の編集であったが、その面白主義がためか、結果的にさまざまなマンガ家やイラストレーター(渡辺和博、安西水丸、ひさうちみちお、湯村輝彦ら)を発掘することになった。他にも『ガロ』の常連である白土三平、水木しげる、つげ義春、川崎ゆきお、佐々木マキらともこの過程で懇意になった。
 このように、学生だった時代から『ガロ』時代に至るまで、イラストレーション(マンガを含む)の最先端に直に触れてきている著者が、改めて自身の視点から、同時代のイラストレーションを語るというのがこの本のコンセプトである。元々はウェブマガジン(「あき地」)での連載である。
 ただ、僕自身は南伸坊氏にはかなり思い入れがあるんだが、この本についてはそれほど思い入れを感じることはなかった。『ガロ』時代のマンガ家、イラストレーターについては僕も部分的に同時代で、それなりに知っているが、僕自身は南氏ほど彼らを評価していたわけではない(というよりほとんどは良さがわからない)ので、南氏がいくら彼らのすごさを表現してもあまり伝わってこない。また、それ以前の時代については、作家のことをよく知らなかったりで、こちらもあまり感情移入できない。こちらが高く買っている赤瀬川原平やひさうちみちおの話、あるいは南伸坊氏の個人的な話になると、僕自身は俄然面白さを感じるんだが、それ以外はもう一つという感じが残る。だがもちろんそれはこちらのわがままというものだろう。この本のコンセプトは、1960〜80年の(私的)イラストレーション史なので、そのあたりに文句を言う筋合いはないのである。南伸坊が赤瀬川原平や美学校のことを書いている本と聞いて(そしてこれは事実)この本に当たってみたわけだが、少々僕の期待が大きすぎたのかも知れないと反省している。
★★★

参考:
竹林軒出張所『仙人の壺(本)』
竹林軒出張所『李白の月(本)』
竹林軒出張所『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史(本)』
竹林軒出張所『新解さんと岩波さん』

by chikurinken | 2019-09-04 07:26 |

『のんのんばあとオレ』(本)

のんのんばあとオレ
水木しげる著
ちくま文庫

桁外れの破天荒さに驚愕

b0189364_16390926.jpg 『のんのんばあとオレ』の大元はこれ。1977年に発表されたエッセイである。
 内容は、水木しげるの少年時代を描いたもので、ガキ大将として君臨するまでの小学生時代が中心である。のんのんばあの記述ももちろんあるが、マンガ版ドラマ版のように主役クラスの存在ではなく、この本では途中で死んでしまう。のんのんばあに対する水木少年の態度は、マンガ版・ドラマ版ともある程度一貫しているが、あちらほどの親密さはこのエッセイでは描かれない。一読者としては、むしろのんのんばあが生活に大変困窮していたという側面の方に目が行った。
 水木少年については、なにしろ破天荒な子どもである。幼少時は、言葉が出るのが遅かったりしたため知恵遅れ(知的障害児)と見なされ、学年も1年下に入れられたというほどである。遅刻の常習(朝飯を食い過ぎるため始業に間に合わない)で、算数がまったくできず、授業ではいつも廊下(など)に立たされている。算数の時間に先生が何か質問はないかと訊いた時に「なぜこんな面倒くさいことをやらなければならないのか」という(至極ごもっともな)質問をしてえらく怒られたというエピソードが非常に「らしい」と思う。別のガキ・グループとの戦闘に明け暮れる毎日で、家ではいろいろな変なものを集めてきては絵を描いたり小説を書いたりする。それでいて学校の成績は良くない(立たされてばかりだからしようがないが)。とにかく痛快なくらい、ユニークな存在なのである。
 兄と弟は大学まで進むが、水木少年は小学校高等科(就職組のためのクラス)を卒業してから大阪の印刷工房に勤めるという非エリートコースを進んでいく。だが、水木少年を愛してくれる人たちも周囲にいるんで魅力的な子どもだったのだろうと思う。いずれにしろ、水木少年は器が大きすぎて、学校という入れ物に入りきれなかったという印象である。何度も言うが「破天荒」なのである。そのあたりの描写がこのエッセイの魅力で、当時の子ども達の世界も丹念に描かれていて興味深い。文章も簡潔で読みやすい。ストーリーテラーとしての水木しげるを堪能できる一冊である。
 水木少年のその後も気になるところだが、そのあたりは『ほんまにオレはアホやろか』『ビビビの貧乏時代』で触れられている。都会に出て苦労するという点では『路傍の石』と共通するわけだが、水木作品には悲壮感があまりなく、全編淡々と描かれるため、あまり辛さは感じられない。逆に考えると、楽観的に前向きに生きることこそ大切さだということになるわけだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『のんのんばあとオレ (1)、(2) (マンガ版)(本)』
竹林軒出張所『のんのんばあとオレ (1)、(2)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ほんまにオレはアホやろか(本)』
竹林軒出張所『ビビビの貧乏時代(本)』
竹林軒出張所『ねぼけ人生(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『ボクの学校は山と川(本)』
竹林軒出張所『路傍の石(映画)』

by chikurinken | 2019-09-03 07:38 |

『のんのんばあとオレ (1)、(2)』(マンガ版)(本)

のんのんばあとオレ (1)(2)
水木しげる著
講談社

日本の民俗学のもう一方の系譜

b0189364_18312952.jpg 水木しげるのエッセイ『のんのんばあとオレ』のマンガ版。先日見たドラマと内容が酷似している。
 『のんのんばあとオレ』は元々70年代に自伝エッセイとして発表された作品で、91年にNHKでドラマ化されている。このマンガ版はドラマ版の一年後(92年)に発表されていて内容もドラマとかなり似ている。ということは、あるいはこのマンガが、ドラマ版のスピンオフなのかも知れない。ドラマには水木しげるも一枚噛んでいるようだったので(冒頭に本人が登場してのんのんばあについて紹介する)、あるいは(ドラマの)プロットを水木しげるが考えたのでないかとも思われるが、詳細はわからない。ドラマ版の『続・のんのんばあとオレ』(92年放送)は、本書の第2巻のストーリーと共通であるため、やはり原案を水木が考えた、あるいはマンガ版が原作になったと考えるのが正しいような気がする。
 それはともかく、内容はドラマと共通であっても、ドラマで見られたようなまだるっこしさがなく、大変テンポよく進む。それにキャラクターが非常に魅力的なのも水木マンガらしい。特に主人公の父親が飄々とした存在であるにもかかわらず、なかなか鋭いセリフを吐く。大変魅力的なキャラクターである。出てくる妖怪もいろいろで、中には「小豆はかり」という気さくな妖怪もいて、こちらも魅力的な存在である。主人公の茂少年に哲学的なことを語ったりする。
 妖怪や物の怪の存在は元々のんのんばあによって語られ、子ども達がその実在を何となく感じるというような話になっているが、のんのんばあが語る内容は柳田國男の『遠野物語』を思わせるようなものであり、そういう点でこの本には民俗学的な価値も感じる。しかも茂少年は自分で目にした(と思い込む)妖怪を何とか絵にしようとがんばるんだが、結局それが、その後の水木作品に登場する妖怪になるわけで、境港(水木しげるの出身地でこの作品の舞台でもある)周辺に根付いていた民間伝承がマンガという形で記録されたということができる。日本の民俗学のもう一方の系譜と言っても過言ではあるまい。
アングレーム国際マンガフェスティバル最優秀作品賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『のんのんばあとオレ (1)、(2)(ドラマ)』
竹林軒出張所『のんのんばあとオレ(本)』
竹林軒出張所『水木しげるの遠野物語(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『ほんまにオレはアホやろか(本)』
竹林軒出張所『ねぼけ人生(本)』
竹林軒出張所『水木しげるの泉鏡花伝(本)』

by chikurinken | 2019-09-02 07:29 |