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竹林軒出張所

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カテゴリ:本( 618 )

『カルトの思い出』(本)

カルトの思い出
手持望著
エンターブレイン

反カルト・キャンペーンのマンガ

b0189364_19191252.jpg カルト宗教を信じて、街宣活動をやったり怪しげな品物を売ったりしていた著者(現在マンガ家らしい)による体験記マンガ。これも一種のエッセイ・マンガである。
 このマンガの主人公の望太郎(著者の分身)は、高校生の頃、「神聖革命PPP教」の「刈人P夫(カルトピーオ)」氏のことをたまたま雑誌で知り、刈人の講演会に出席する。そこで出会った雑誌編集者の鈴木に誘われ、この教団に入ることになる。その後、疑問を持ちながらも教団の方針に従い、活動に積極的に関わるようになる。同時に刈人氏の言葉に絶対的に帰依するような人格になってしまう。だがその後、教団内部の矛盾にも気づき始め、刈人氏に対して疑念が生じるようになって、やがてこの教団と距離を置くようになる。その後は、マンガのアシスタントをやっていたが、自身がカルト信者だった過去となかなか向き合えないでいた。しかしあることをきっかけに、元信者だった自分自身の手で、カルト宗教の内情を描くべきと考えるようになる。こういういきさつで描かれたのがこのマンガであり、内容もそれに沿ったものである。
 僕自身は「1999年に日本が巨大地震で壊滅し、その隙を縫ってクーデターを起こす」などという主張のこのカルト宗教については一切知らなかったし、マンガでもすべて仮名を使っているため本当のところはよくわからないが、Amazonのレビューによると「銀河皇朝軍」(その後いろいろと名前を変えるが)すなわち「ザイン」がこれに当たるということらしい。確かにこの主宰者の伯壬旭という人はかつて「1994年6月24日、東京にマグニチュード9、震度8の大地震が起きる。その後は富士皇朝が全権を掌握する」と主張していたらしい(ウィキペディア情報)。またウィキペディアの「かつて小学館から発行されていたオカルト誌『ワンダーライフ』は、編集長を始めとするスタッフがザインの会員であり、小島の意見を肯定的かつ大々的に取り上げていたため、事実上ザインの機関誌となっていた。」という記述も、この本の内容と合致する。「PPP」や「P夫」のPは、ザインが好んで使っている「Z」との繋がりかと思うが、これも定かではない。
 マンガ自体は、表紙からわかるように、非常にシンプルで記号のような絵ではあるが、内容がしっかり描かれているんでこれはこれで良いかとも思う。もっとも著者の手持望という人、現在はプロのマンガ家なんで、それを考えると絵が手抜きと言えなくもない。もちろんこのマンガは元々(おそらく反カルト・キャンペーンの目的で)ウェブで描いたものであるため(営利目的ではないわけだから)そのあたりは目をつぶるべきなのかも知れない。それに何より、内容がわかりやすい。普通に読んでいると気付きにくいが、コマ割りなどには確かにプロらしい配慮があって、非常に読みやすいのは確かである。
 カルトにはまるということがどういうことなのかよくわかるという点で、著者の目的は十分に達成されているわけで、その一点だけでも十分に価値のある本になっている。少なくともオカルト誌『ワンダーライフ』よりは、はるかに有用で価値がある。これだけは確か。
★★★

参考:
竹林軒出張所『未解決事件File. 02 オウム真理教(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-07-18 07:18 |

『さよなら、カルト村』(本)

さよなら、カルト村
思春期から村を出るまで

高田かや著
文藝春秋

理不尽さはあるが
やはりカルトではないと思う


b0189364_16193375.jpg 農業を中心とした生活を送る「カルト村」で生まれ育った著者による、自伝的マンガ。『カルト村で生まれました。』の続編で、本書では、中学生時代から成人くらいまでの著者の生活が描かれる。
 主人公のかやは、初等部を終えて中等部に入るが、所属する中等部は、初等部のときと違い(中部地方にある)本部にある。本部には、製パン会社から飼料用に譲り受けた(賞味期限切れが近い)菓子パンが大量にあり、誰でも自由に食べることができたため、初等部時代のような飢餓状態からは解放される(実際かなり太ったらしい)。中等部、高等部の生活は、僕から見ると全寮制の学校みたいなイメージで、初等部ほど、外部の環境との著しい違いはない。ただし例によって「世話役」がおり、この世話役によってハラスメントまがいの扱いを受ける。
 たとえば学校の図書館で調べ物をしろと学校の担任から言われたんだがどうしたら良いかと「世話役」に相談したら(村では、学校の図書は利用が禁止されているらしい)、理由も聞かされず罰を受けた(「個別ミーティング」という名の軟禁、この間、学校への通学も禁止される)などは、子どもの側から見るとはなはだ理不尽な扱いで、あり得ないタイプの仕打ちであると思う。もちろんこういった理不尽は「一般」でもいくらでもあるが、生活全般が関わっている集団生活であるため、その影響ははなはだ大きいと言わざるを得ない。
 こういった仕打ちにもめげず、かやは(世話役には以後何も言わずに)図書館の本を片っ端から読むようになり、やがて高等部に進む。高等部でも理不尽な扱いはいろいろあるが、たくましく乗り切り、高等部卒業と同時に「一般」に出ることを決意する……という風に話が進む。一般社会で暮らす現在の話も少しあって、「村」での生活の良い面、悪い面が回想されるが、その結果、経験者が外から見る「閉じた世界」のイメージがあぶり出されることになる。このような本人の回想を勘案しても、やはりこのコミュニティを「カルト」と呼ぶのはちょっとどうかという印象がある。同様の理不尽な扱いは、全寮制の学校や教育現場、あるいは企業などでも、現在の日本にはいくらでもある。それを考えると、現在の日本社会がややカルトがかっているとも言えるってことか。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』

by chikurinken | 2018-07-16 07:19 |

『カルト村で生まれました。』(本)

カルト村で生まれました。
高田かや著
文藝春秋

「村」の子どもたちはワイルドだ

b0189364_19542976.jpg 農業を中心とした生活を送る「カルト村」で生まれ育った著者による、自伝的マンガ。
 元々は『クレアコミックエッセイ』というエッセイ・マンガのサイトに発表されたものらしい。最近やたらエッセイ・マンガが多いと思っていたが、こういうような発表の場があったわけだ。中にはどうでも良いようなマンガも結構発表されているが、このマンガについては、内容がかなり濃厚である。なんせ「カルト村」で育った人が、その「カルト村」の中でどのようなことが行われていたかについて、自らの子供時代の視点で詳細に描いているんだから。
 おそらく著者が「カルト村」と称しているのはヤマギシ会のことだと思う。ヤマギシ会を「カルト」と呼ぶべきかは微妙なところではあるが、外部と価値観と生活が相当異なっている環境であるのは確かである。
 ヤマギシ会というのは、自給自足で暮らすコミューンであり、一般人を洗脳して騙して連れて来るというような、いわゆる「カルト」ではないと思うが、それでも入会時に全財産を没収する(そして退会時も返さない)などという問題点もあり、これまで社会問題化したことがある。我々が学生だった頃も、大学にヤマギシ会の勧誘ポスターが出ていたので、おそらく会員の多くは我々の世代だと思うが、その彼らの2世、3世が(社会とある程度隔絶された)このコミュニティの中ですでに成長し、成人しているはず。で、彼らがどうなっているのかは、我々にとって非常に大きな関心事になるわけだが、そのあたりがこのマンガで詳細に語られているというわけ。で、会で生まれた子どもたちがどうなるかというと、会(「村」と呼ばれている)の中に子供を集めて育てる機関があって、その中で共同生活する……というようなことがこのマンガからわかるのである。
 ただし、僕はここで「ヤマギシ会」という名前を出したが、マンガの中では「ヤマギシ」という名前は一切出てこない。本部は中部地方にあり、コミューン組織が全国展開されている(しかも莫大な資産を抱えている)というような記述があるため、まず間違いないとは思うが、はっきりとは書かれていない。この本で紹介されているのは、あくまでも「村」(「カルト村」とも読んでいるが)と呼ばれるコミュニティでの生活である。このコミュニティは、外の世界(「一般」と呼ばれている)と、ある程度隔絶されており(交流は結構ある)、独特の生活、文化を持っているのである。
 で、この「村」の子ども達の生活が、著者の思い出話としてこのマンガで描かれるわけだ。著者は成人するくらいの年齢まで「村」で育ち、その後、「一般」に出てきたという経歴を持つ。「一般」に出ることが禁止されているわけではなく、行き来は結構できるようなので、僕自身は先ほども言ったように「カルト」という呼び方には少々違和感がある。それはともかく、この「村」では、子ども達は5歳で親と離され、集団生活をさせられる。幼年部、初等部、中等部(初等部と中等部の子ども達は、一般の小学校、中学校に通う)、高等部、大学部と別れていて、それぞれの学部ごとに集団で暮らす。各集団に「世話役」と呼ばれる大人がいて、彼らが子ども達の生活を管理するというのが、このコミュニティのシステムらしい。印象としては、全寮制の農業学校みたいな感じか。
 この本で扱われているのは初等部の時代だが、子ども達にとっては結構過酷な生活である。何しろ育ち盛りの子供に対して1日2食しか与えられない(そのうち1食は主として学校給食)ため、子ども達は1日中空きっ腹を抱えている。空きっ腹だから、木の実や果実、雑草を見つけたら、喜んで食べる。なかなかワイルドである。また、「世話役」が子ども達に辛く当たり、体罰当たり前という環境でもある。平手打ち、炎天下で立たせる、1日中正座、軟禁など平気で行われるため、子ども達にとっては世話役はかなり怖く不快な存在である。今であればすべて児童虐待に繋がるようなものだが、僕が子供の時分も似たようなことは教育現場で日常的に行われていたため、これをもって「カルトは怖い」みたいな言動をするのもあまり当たらないと思う。もちろん、村での体罰は明らかに行きすぎではある。風通しの悪い集団が陥りがちな誤ちという見方をする方が正しいと思う。
 主人公の「かや」は、こういう体罰に怯えながらもそれなりに楽しく過ごしているようで、ワイルドさというかたくましさみたいなものも感じさせる。徹底した農耕社会だからこんなワイルドな子ども達ができるのか、そのあたりは何とも言えないが、それを考えるとこういう生活も一長一短と言えるのか。もっとも僕はこんな環境に入りたくないし、自分の子供を入れたいとも思わないが。
 なおマンガ自体は、絵も素朴で、マンガといってもあまり絵が動くようなものではなく、挿絵付きのエッセイという感じで受け取るのが良い。こういうのは、最近よく出ているエッセイ・マンガの特徴ではあるが、しかし内容がかなり斬新であるため、本としての価値は十分あると思う。なお、中等部以降を描いた続編(『さよなら、カルト村』)もある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『さよなら、カルト村(本)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』

by chikurinken | 2018-07-14 07:54 |

『脳が壊れた』(本)

脳が壊れた
鈴木大介著
新潮新書

鈴木大介はいかにして
高次脳機能障害になったか


b0189364_17352873.jpg 脳梗塞の後遺症で高次脳機能障害に陥ったジャーナリスト、鈴木大介の闘病記。『脳は回復する』の前に書かれた著書で、『脳は回復する』が本書の続編という位置付けになる。僕は逆の順序で読んだが、それもありかなと思う。内容については両書で重なる部分が多い。
 本書については、倒れたときの様子、退院するまでの症状とその後の高次脳機能障害(感情失禁や注意欠陥障害)、さらに言えば倒れる以前の多忙な生活や(元々発達障害だった)妻の大病(脳腫瘍)などについても触れられている。高次脳機能障害の症状について綴られた箇所は特に興味深い部分で、患者本人の「内側からの」表現が非常に新鮮。このあたりは、『脳は回復する』と共通する。同時にこの病気が、著者自身の多忙で「異常な」生活を反省する材料になり、生活自体を改善するきっかけになったという記述もある。大きな病気ではあるが、決してマイナスばかりではなく、さまざまな気付きがあり、結果的にプラスだったことも多かったという率直な感想もある。
 記述は読みやすく、途中挿入されるイラスト(寺崎愛という人のもの)も楽しい。新潮新書は質の悪いものが非常に多いが、この鈴木大介の2冊については得るものが多く、良書と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『脳は回復する(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『再起する脳 脳梗塞が改善した日(本)』

by chikurinken | 2018-06-25 07:35 |

『脳は回復する』(本)

脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出
鈴木大介著
新潮新書

高次脳機能障害を「内側」から分析

b0189364_18165386.jpg 脳梗塞の後遺症で高次脳機能障害に陥ったジャーナリストが、自身の高次脳機能障害の経験を「自分の内側」からの視点で報告した本。
 著者の鈴木大介は、『最貧困女子』などの著書があるジャーナリストで、社会にうまく適用できない若者を中心に取材活動を続けてきた。彼らの中には発達障害を持っていて、他者とうまくコミュニケーションできない人々が多かったと回想する。ところが、自分が高次脳機能障害になってしまうと、他者とのコミュニケーションがうまくできず、今まで取材対象として接してきた人々と共通する症状が現れる。同時に自分の気持ちが周辺の人間に伝わりづらいことがわかってきて、彼らは実はこういう状態だったのかと実感することになる。もちろん、脳梗塞と発達障害では入口は異なるが、結局のところ、すべての神経伝達が速やかに行われず、そのために起こった脳内での神経伝達のタイムラグが原因ではないかと、自身の実感から結論付ける。
 著者は、退院後数年間、こういった症状に苦しめられるが、その後徐々に改善して(著者の推理によると、神経伝達機能がだんだんできあがってきたということらしい)、仕事にも復帰し日常的な生活もほぼ元通り遅れるようになった。ただしあの高次脳機能障害の経験は、かつての取材対象に対する本当の理解に繋がったようで、これまで彼らの病気について表面的にしか理解していなかったことにあらためて気付かされるきっかけになったらしい。同時に、この高次脳機能障害と、発達障害、自閉症、統合失調症との共通点を見出し、自分なりに原因、対処法を発見する。実際このあたりは非常に遅れた分野であり、これまで医師側からの(推測に基づく)記述しかなかったために、明確な対処法や治療が見つかっていない。到底真実に迫っているというレベルではなかったが、今回患者側の視点からこれだけ詳細に描写され、それに対する対処法まで提案されている。これは、臨床心理学の分野において非常に画期的な出来事と言えるかも知れない。
 記述は平易で、それにマンガ的な描写が多くかなりユーモラスではあるが、内容については、まさに新しい知見と言って良いようなもので、相当ハイレベルである。また記述がコミカルであることから、これが深刻さを緩和する結果になっていて、このあたりもこの著者の先見性を窺わせる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『脳が壊れた(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『再起する脳 脳梗塞が改善した日(本)』

by chikurinken | 2018-06-24 07:16 |

『大家さんと僕』(本)

大家さんと僕
矢部太郎著
新潮社

新しい、他人との疑似家族関係

b0189364_18562915.jpg 漫才コンビ「カラテカ」の片割れ、矢部太郎によるエッセイ・マンガ。
 芸人としてうまく立ち回れていない著者が、2階建ての一軒家の2階部分に引っ越し、階下に住む大家さんと親しくなる。その大家さん、87歳で、使う言葉や話す内容が70年くらいずれている。また著者に対して、都会ではあまりないような濃厚な接し方をしてくる。最初は大家さんを遠ざけていた著者が、徐々に大家さんの世界に惹かれていくんだが、その過程が簡素で拙い落書きのような絵で綴られていくというのがこのマンガ。
 絵はマンガとしてはアレだが、内容はなかなかよくできていて、特に間やユーモアのセンスが素晴らしく、あちこちにほのぼのとした笑いが散りばめられている。さすが芸人という感じ。希薄な人間関係の都市生活にあって、2世代位前の近隣の人間関係が新鮮で、その中で見えてくるものが著者の目を通して表現されており、そのあたりが新鮮である。「大家さん」と「僕」との関係は、言ってみれば疑似家族関係のようにも映る。
 この本、現在ベストセラーらしく、面白そうだったため僕自身図書館で予約していたのだが、現在近所の図書館で「予約者384人」という状態で、いつ手元に届くかわからない状態である。この本、この図書館グループに合計11冊ありはするが、それでも計算上30周分待たないといけないことになる。借りた人が2週間で返す(つまり1周が2週間)として、手元に届くまで1年ちょっとかかる計算になる。1年も待つとなると、まわってきたときには読む気も失せそうな気がする(実際そういうことはよくある)。今回、別のつてで読むことができたんで、結局図書館の方はキャンセルしたが、まあ買っても悪くはなかったかなと思うような内容で、味わい深い本ではある。ただ、マンガの絵の部分は、拙さがある上、線もスカスカであるため、ちょっと見では買おうという気は起きにくいかも知れない。
第22回手塚治虫文化賞短編賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。(本)』
竹林軒出張所『家に帰ると妻がカフェをやりたがっています。(本)』
竹林軒出張所『ニューヨークで考え中(本)』
竹林軒出張所『人間仮免中(本)』

by chikurinken | 2018-06-22 07:56 |

『逃亡日記』(本)

逃亡日記
吾妻ひでお著
日本文芸社

『失踪日記』の舞台裏

b0189364_18471809.jpg 2005年、マンガ家の吾妻ひでおが『失踪日記』で大ブレイクを果たす。『失踪日記』は、自らの失踪、ホームレスの経験を赤裸々に描いた私小説的なマンガで、戦後マンガ史における1大エポックと言える素晴らしい作品であった。『失踪日記』がブレイクしたことから、それに乗っかった企画がやはりあちこちの出版社から出てくるのは世の常で、概ね想定内ではある。ただし吾妻センセイ自身が、『失踪日記』後、基本的に仕事を断っていた(らしい)ため、便乗本は比較的少なかったような記憶がある。この本は、そういう数少ない便乗本の1冊。吾妻センセイ、この出版社としがらみがあったせいで、この仕事を引き受けざるを得なかったそうだ。そのあたりは冒頭のセンセイのマンガで暴露されている。しかも吾妻センセイのキャラが「皆さん この本買わなくていいです! マンガだけ立ち読みしてください」と宣言しているのは、なかなかセンセイらしい。
 本の構成は、失踪日記関連の場所を撮影した巻頭写真に続いて、巻頭マンガ「受賞する私」、それからセンセイの生い立ちや失踪の事情について語ったインタビュー(これがメイン)、最後にマンガ「あとがきな私」というふうになる。インタビューは元々『別冊漫画ゴラク』に連載していたものらしい。いかにもな便乗本ではあるが、内容は意外に面白い。ほとんどの部分がマンガでないのはもちろん吾妻作品としては容認しがたいかも知れないが、語られる内容が非常に興味深く、やはりセンセイのファンであれば一度は触れておきたいあれやこれやの事情が明らかにされている。『失踪日記』の舞台裏の話も当然出てくる。巻頭と最後のマンガは、吾妻ひでおらしいエッセイ・マンガで、非常に質が高い。またマンガの内容とインタビューコラムの内容がかなりリンクしていて、元の題材をマンガにするとこうなるという、吾妻流の変容のアプローチが垣間見えて、こちらも興味深いところ。そのため「便乗本」だからといって決して侮れない要素がある。
 「便乗本」のような商業主義的な本は基本的に容認できないが、この本は作りが丁寧だったりして、むしろ好感が持てる。内容も読ませるだけのものがあり、便乗本ではあっても決してゴミ本ではないと断言しておく。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』

by chikurinken | 2018-06-21 07:47 |

『漢字再入門』(本)

漢字再入門
阿辻哲次著
中公新書

決して侮れない漢字入門書

b0189364_21070899.jpg 『漢字の相談室』の著者による漢字雑学本。雑学本といっても、語られている内容は、『漢字の相談室』同様、非常に深くそれなりに専門的な内容も紹介される。しかも語り口が優しく、ものすごく読みやすい。これは著者の能力に負うところが大きい。この本の内容は、かつての大学の教養課程の授業みたいなものであるが、大学の授業自体、教官によって当たり外れがあるものだ。大学の教官というものは、一般的に専門性が高く、その専門分野に対する造詣も深いため、彼らが普段研究している内容はそれなりに面白いということは容易に予想が付くが、残念ながらそれを人に伝えることに長けている人は意外に少ない。言ってみれば専門バカみたいな人も多く、言い換えるならばオタクの人たちである。したがって彼らが展開する授業がつまらないことは大いにあり得るわけである。ただし、どういう分野でもそうだが、中には人に伝えるのが抜群にうまい人というのがいて、そういう先生の授業はなかなか面白いもので、彼らの研究対象にも興味が湧いたりするものだ。そもそも書物などというものも、書き手がいかにして自分が持っているものを相手に面白おかしく伝えるかがキモであり、うまく伝えられている本が良い本であると個人的には思っている。面白おかしくないとしても内容が斬新であれば価値はあるが、残念ながら内容が乏しい上に伝える能力を欠いている人たちが多いのも事実。そういう人が書いた本は、極力関わらないのが良いのであって、間違ってめぐり逢ってしまったらすぐに捨てるに限る。特に昨今は、出版点数が著しく多くなったせいもあって、そういう類の本、つまりゴミ本がきわめて多い。そのため、図書館で試し読みして、良い内容であれば買うというのが我々消費者の防衛策になるのだ。
 話は随分逸れたが、この本についても、当初は面白そうな部分だけとばし読みしようと思って図書館で借りたんだが、興味深い箇所が多いんで結局全部読んでしまった(このあたりは『漢字の相談室』と同様)。「全部読んでしまった」などという書き方をしたが、実際には内容は非常に濃厚で、語り口はいうまでもなく名人級である。こういう本に触れると、その研究対象にも著しく関心が沸くため、入門書としても最適と言うことができる。これまで漢字になんぞあまり興味がなかったし、むしろ最近思い出せない漢字が多くてイライラするぐらいだったんだが、おかげさまで漢字に大変興味が湧いた。これからもこの著者の本をはじめとして、漢字関係の本に触れていきたいと考えているほどだ。
 さてこの本だが、まさにタイトル通り「漢字再入門」と言えるような内容である。漢字のことは小中学校で教わりそのときに一通りのことは叩き込まれるわけだが、実際には通り一遍の基本事項以外は知らないものである。そのくせ(誰もが)漢字のこの部分にはトメやハネが必要だとか、これが正しい書き順だなどと主張したりする。学校でそれが正しいと教えられてきているからだが、しかし実際には、学校で習うトメやハネ、書き順について、必ずしも現在日本の学校で習っている様式が正しいとは限らないらしい、著者によると。そのあたりのいきさつ、つまりなぜ学校で今みたいなスタイルが絶対的な真実のようになったかについても、歴史を遡りながら説明されているため、非常に説得力がある。教育課程で教わった「事実」に対して再検討を迫られるという点でまさに「再入門」というタイトルがふさわしいと言える。
 他には、漢字の成り立ち(「部首の不思議」)や常用漢字がどのようにして決められたかなど、目からウロコの内容が目白押し。こういった内容が、第1章に相当する「1時間目」から第6章の「6時間目」、終章の「ホームルーム」に渡って、優しい語り口で語られる。日本人が持っている漢字の「常識」(つまり学校でこれまで習ってきたこと)について見直すことができる上、漢字にも興味が湧くという具合で、さながら理想的な授業が展開されているかのようである。漢字の奥深さに感心しながらも、同時に漢字の悠久の歴史を膚で感じるという内容である。僕自身は、これまでいろいろと面倒さを感じていた漢字に、親近感や新しい魅力を感じるようになった。学童向けみたいな語り口なんで、軽さを感じるかも知れないが、決してないがしろにできない深遠さを持っている本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『漢字の相談室(本)』
竹林軒出張所『漢字伝来(本)』

by chikurinken | 2018-05-27 07:06 |

『ビギナーズ・クラシックス 十八史略』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 十八史略
竹内弘行著
角川ソフィア文庫

ダイジェストのダイジェスト
これだとほとんど予告編


b0189364_19230905.jpg 『史記』『老子・莊子』などと同様、『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズの一冊。『十八史略』は、高等学校の漢文の授業でよく取り上げられる素材で、中国の過去の歴史書からいいとこ取りをした、言ってみれば「ダイジェスト書籍」である。著者は南宋時代に官僚だった曾先之だが、彼が官僚として仕えていた南宋は彼の仕官中に滅び、モンゴル人が支配する元(げん)に取って代わられた。そのためもあり、曾先之自身は役職から身を引いて隠遁生活を始めたらしい。その隠遁時代に書かれたのがこの書ということである。こういう背景を考えると、曾先之の中にもこの歴史書を編んだ意図があったとも考えられる(宋王朝の正当性の主張など)わけだが、この『十八史略』は、後にいろいろと他者によって改訂され、最終的に中国史入門書みたいな位置付けの書になる。その後、大陸ではあまり顧みられなくなったが、特に日本で受け入れられ、よく読まれるようになったということである。
 『十八史略』の下敷きになっている歴史書は、『史記』から始まる南宋時代までの書籍で、現在判明しているものは全部で17書。「十八史の略」だから18書ありそうなものだが、17書しか明らかになっていないらしい。この『十八史略』を18番目とするという意図でこのタイトルにしたという説もあるが、この説、ちょっと無理がありそうに思える。
 さてこの『ビギナーズ・クラシックス版十八史略』だが、この本で取り上げられているのは古代から秦末までで、全体のごく一部である。しかもこの本、『十八史略』を謳いながらも、取り上げた部分はすべて『史記』の部分で、そりゃソースは『十八史略』かも知れないが、内容は『史記』である。取り上げ方にもう少し工夫がほしかったところである。
 形式は他の『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』とも共通しており、書き下し文、訳文、解説、白文という並びで各エピソードが紹介されていく。エピソードは全部で21本で、当然のことながら、かなりのダイジェストになっている。先ほども言ったが『十八史略』自体がその性格上ダイジェストと呼べるようなものであり、さらにそのダイジェストということになると、ほとんど予告編といった趣になってしまいそうである。もちろん原文で触れられるんでそれなりに価値はあるが、物足りなさは前によんだ『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 史記』に匹敵する。解説部分はなかなか面白いし、イラストもふんだんに使われているため、本自体に真摯さは感じるが、物足りないという事実は変わらない。それに1つ1つのエピソードがかなり長くなっているため、読み続けるのが少々つらかったということも付け加えておきたい。この本は概ね寝る前に読んでいたんだが、おかげですぐに眠りにつくことができた。そういう点では夜眠れない人に最適の本と言えるかも知れない。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『現代語訳 史記(本)』

by chikurinken | 2018-05-25 07:24 |

『「みんなの学校」がおしえてくれたこと』(本)

「みんなの学校」がおしえてくれたこと
学び合いと育ち合いを見届けた3290日

木村泰子著
小学館

「みんなの学校」までの道のり

b0189364_21503891.jpg 大阪市立大空小学校に密着したドキュメンタリー、『みんなの学校』は、非常に衝撃的であった。子ども本位の目線で学校運営が行われ、問題行動があれば、校長をはじめとする教員や地域の人々が積極的に問題に介入していく姿は、大いに感心する。通常の学校であれば支援が必要とされる生徒も普通学級に入り、クラスや学年の垣根も必要に応じて頻繁に取っ払うなど、これが日本の学校なのかと思うことしきりで、しかもこの大空小学校、公立小学校と来ている。日本の公立施設でも、取り組み次第でこんなに変わることができるという事例を見せつけられた。
 あのドキュメンタリーが撮影されたときに校長を務めていたのが木村泰子氏で、あの学校の特徴は、なんといってもあの校長のリーダーシップによってもたらされたのは明らかである。その後、木村校長は、定年退職したため、その後が気になっていた。しかも教員も半分ぐらいが転勤になったらしいし……もしかして「普通の」学校になってしまったかも知れないと感じていた。また同時に、あの学校がどういういきさつで設立され、どのような過程を経て、あのような姿になったのかも非常に気になる。そこでこの本。木村泰子前校長が、大空小学校の教育方針やその実際、設立のいきさつ、またご本人の修業時代の話などが、話し言葉のような平易な語り口で紹介される。そのため非常に読みやすいが、ところどころ説明が足りず、読んでいてわかりにくい箇所も散見される(概ね推測できる範囲だが)。
 何より面白いのが、大空小学校がこういった姿になるまでの教員たちの奮闘ぶりで、他の学校で大空式の教育を取り入れる上で非常に参考になる部分ではなかろうか。もちろん大空式は一つの理想であり、どの学校でもこういうやり方を取り入れることができるとは思わないが、しかし一方でこうなるまでの過程を示されると意外にどこでもできるんではないかと思わせられる。
 それからドキュメンタリーを見ていたときに気になっていた、生徒の卒業後についても触れられていた。なにしろこういう「特殊な」小学校から「普通の」中学校に進むんだから、さぞかしカルチャーショックが大きいのではないかと勝手に危惧していたが、実は大空小学校では、卒業予定の6年生に対して「普通」の学校での行動についても教えたりするらしい。そのくだりも生徒たちの反応がなかなか面白いんで、興味ある方はぜひこの本を読んでいただきたい。本書によると、卒業生はそれなりに「普通の」中学校に適応しているようだ。ただ、著者が本書でも言っているように、「普通の」学校の方も少し変われば、「普通の」学校の管理型の行動を生徒に教える必要もなくなるし、生徒たちも今よりずっと楽になると思う。「普通の」学校に通っている通常の生徒にとっても、そちらの方が居心地が良いに決まっている。
 ドキュメンタリーもそうだったが、この本も、あちこちにいろいろな歪みが出ている今の教育制度を見直すきっかけになると思う。これは、学校関係者だけでなく、子を持つ親、地域の住民など、多くの人々に当てはまる。僕も含め、いろいろな媒体に触れることで、いろいろと自分の頭で考えて見たいものである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『みんなの学校(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-05-23 06:50 |