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竹林軒出張所

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カテゴリ:本( 688 )

『私が源氏物語を書いたわけ』(本)

私が源氏物語を書いたわけ
山本淳子著
角川学芸出版

平安時代の貴族の女性の生き方を再現

b0189364_19163683.jpg 紫式部の一人称・独り語り形式で、『源氏物語』の成立の意義や意味に迫る本。著者は、『平安人の心で「源氏物語」を読む』の山本淳子(平安文学の研究者)。
 原典になっているのは『紫式部日記』と『紫式部集』、それからもちろん『源氏物語』で、随所にそれぞれの作品からの引用が出てくる。引用にはすべて現代語訳が付けられているため、読む上で困ることはない(『紫式部日記』は原文で読むには少々難しい)。
 本書によると、紫式部が『源氏物語』を書くきっかけになったのは、家族や友人と死に別れた悲しみを、それまで女子どもの慰みものとして提供されていた「物語」という形式で晴らすことだったということで、元々は「帚木」をはじめとする三帖で構成された短編だったらしい(『紫式部日記』の記述より)。この原『源氏物語』には、紫式部の時代の今上天皇(一条天皇)の中宮(皇后)である定子の不遇な後半生が反映されているということも、本書で触れられている。
 その後、『源氏物語』が宮中で評判となったせいで、作者の紫式部は、もう一人の中宮、彰子の元に女房(侍女)として出仕するよう乞われる。要請してきたのは、政治的野心に燃える藤原道長(彰子の父)で、彰子の周辺に知的な環境を作って、定子を失って失意の今上天皇の気持ちを彰子の方に向けようという魂胆がそこにはあった。紫式部の方は、女房を使う身であった自分が女房として出仕することに抵抗を感じはしたが、たっての願いで、半ばイヤイヤながら出仕を始める。しかし宮廷女房を取り巻く雰囲気がいやになってすぐに自宅にひきこもり、次に出仕するのは半年後。ただそれ以降は、バカを装うことで、他の女房たちとも割合うまくやっていけるようになった。
 ただ女房の世界にも面倒なことは多く、本書では、そのあたりのことも一人称で書かれている。中にはいじめや嫌がらせもあって、時代や環境を超えても人のやることは変わらないと実感させられる。同時に中宮彰子の方も、藤原道長の強引な手腕の影響を被ることになり、決して幸福とばかり言えない境遇になる。このあたりは中宮定子とも共通する部分で、宮中政治の暗部が顔を見せる。
 こういった記述のほとんどは『紫式部日記』と『紫式部集』に基づいているようだが、著者の主観みたいなものもかなり入っているのではないかと思われ、どこまでが事実でどこまでが憶測かは判然としない。また、小説風の独り語り形式も、もちろんこういう形式を取ったこともわからないではないが、しかし読んでいて少々気恥ずかしい。あまりに現代的にするのもどうかという気もする。ただ、今も昔も変わらないという観点から見ると、現代的な表現も実は効果を発揮しているのかも知れず、そのあたりは判断が難しいところではある。いずれにしても平安時代の貴族の女性の生き方が再現されているため、平安文学を読む上で大いに助けになることは間違いない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『平安人の心で「源氏物語」を読む(本)』
竹林軒出張所『源氏物語 (上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『あさきゆめみし完全版 (1)〜(10)(本)』
竹林軒出張所『源氏物語 浮舟(映画)』
竹林軒出張所『新源氏物語(映画)』
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』

by chikurinken | 2019-05-22 07:16 |

『虫めづる姫君 堤中納言物語』(本)

虫めづる姫君 堤中納言物語
蜂飼耳著
光文社古典新訳文庫

『堤中納言』に触れるにはもってこい
ただ少々サービス過剰……


b0189364_19204921.jpg 鎌倉時代あたりに書かれたという『堤中納言物語』を現代語訳した本。訳したのは蜂飼耳って人。小説やエッセイなどを書いている人らしい。
 日本の古典だからといって必ずしも原文で読む必要はなく、こなれた現代語で読むのもまたよし。高校の教育のせいか、古文は原文で読まなければならぬという思い込みが強いのは日本人の悪い癖である。むろん原文で読めたらそっちの方がそりゃ良いわけだが、原文で読むのは一般的には難しい。無理して読むにはちょっと……ということで結局古典作品をまったく読まないことになる。むしろ外国人であれば(ネイティブ言語の)現代語で接することもできるわけで、外国人で日本の古典が好きという人が、日本人より(日本語に触れる人という割合から考えると)多いということすら起こっている。これは、日本人にとってははなはだもったいないことである。
 そこで選択肢として出てくるのが、こういった現代日本語訳版である。『いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ』(竹林軒出張所『石田梅岩「都鄙問答」(本)』など参照)も同じ発想だが、内容を楽しむという目的であればこれで十分。この『堤中納言物語』は、10本の短編で構成されている短編集で、その中でも「虫めづる姫君」が有名な作品である。これは、世の中では蝶よ花よと蝶を愛でたりするが、物事の本質を知りたいのであれば、蝶の姿を見るだけでなく蝶に変わる毛虫こそ大事だなどと主張する(正論を吐く)姫君の話で、この話に限ってはなかなか凝った設定で面白い。
 ただし他の短編については、大したオチもなく、情景描写に終始するような話ばかりで、現代的な感覚の短編小説とはちょっと違う。そのため、そういうものを期待するとガッカリするかも知れない。「虫めづる姫君」についても、話はなかなか面白い過程を辿って推移するが、結末がないと来ている(「続きは第二巻」などと書いているが第二巻は存在しない)。中世の物語らしく和歌も多数出てきて、『伊勢物語』や『大和物語』などの歌物語みたいに思える話もある。実際『伊勢物語』と『大和物語』に出てくる話とよく似た「ザ・定番」というような話もある(ある男が妻と関係を切ろうとするが、その妻がふと詠んだ和歌に感動して、そのまま居着くという話)。そのあたりがこの『堤中納言物語』の限界なのかと思う。
 訳はまずまずこなれていて非常に詠みやすい。この文庫本シリーズのキャッチフレーズが「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」というものであることを考えると、目的には十分適っている。また、一般的にあまり知られていない事物については詳細な注や写真、図版で解説されており、和歌についても、その都度ちゃんと解説されている。それぞれの話は、訳者が現代的なタイトルを付けており、またそれぞれの話に続けて解説風の文章も付いている。もっともこの解説風の文章(「〜を読むために」というタイトルが付いている〈〜にはその前の話のタイトルが入る〉)は、ほとんどが内容のストーリーの要約で、なくても(あるいはもっと短くても)良いと思う。最後の最後には訳者による「解説」も付いていることだし、本音を言うと何のために存在するのかわからないという気さえする。巻末には「堤中納言物語関係年譜」などという年表まであるが、これもほとんど何の役にも立たないと思う。もちろん本自体は、非常に丁寧に作られているという印象で好感が持てるが、少々サービス過剰かな(あるいはページ稼ぎか)という感は否めない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『歎異抄 (現代語訳版)(本)』
竹林軒出張所『風姿花伝 (現代語訳版)(本)』
竹林軒出張所『石田梅岩「都鄙問答」(本)』
竹林軒出張所『現代語訳 南総里見八犬伝 (上)(本)』

by chikurinken | 2019-05-20 07:20 |

『週末、森で』(本)

週末、森で
益田ミリ著
幻冬舎文庫

『すーちゃん』を焼き直してみた

b0189364_15493115.jpg 『すーちゃん』の益田ミリが、田舎暮らしを始めた若い独身女性とその身辺について描いたマンガ。田舎暮らしを始めたのは早川という女性で、翻訳をやっているという。田舎暮らしといっても野菜を作ったりとか自給自足したりとかいうような本格的なものではなく、単に地方に住み始めたという程度のものである。そこに週末ごとに友人のマユミちゃんとせっちゃんがやって来て、彼らを伴って近所の森や湖を散策したりする(なお自然の中には自動車で行く)。
 このマユミちゃんもせっちゃんも都会暮らしでかなりのストレスを感じていて、田舎で癒やされたりする。また早川が自然の中でさりげなく語った言葉が、仕事のストレスで潰されそうになった彼女たちに響いたりする。このような情景がワンパターンのようにたびたび繰り返されるので、早川が、迷える人々に啓示を与える神のような存在にも見えて、少々うさんくささを感じたりもする。要するにちょっとやり過ぎの感じである。ともかく、こうして田舎暮らしを楽しむ女3人のストーリーが続くのである。
 構成は、著者の他の作品同様、6ページ構成の短編が(ややとりとめもない感じで)連なっている。また『すーちゃん』同様、主人公と友人たちが、それぞれの話ごとに主人公の立場になってその生活がクローズアップされていくという展開も同じ。『すーちゃん』とキャラ、場所、設定を少しだけ変えた作品と言えなくもない。
 それなりに面白く読んでいたが、最後があまりに唐突に終わってしまったため、少々面食らってしまった。男に縁のないせっちゃんに恋の予感が現れるという展開(『すーちゃん』にも似たような展開があったような気がする)になっていくんだが、これが本当に唐突に終わるのである。てっきり落丁かと思ったほどで(落丁ではなかった)、あとは続編を読めという趣旨なんだろうか、いずれにしても何だか腑に落ちない。ちなみに続編は、この本のかなり後に発表されているようで、しかも早川が結婚して子どももいるという設定になっているようだ。随分乱暴な気がする。このあたり、もう少し丁寧に本作りをしたほうが良いんじゃないかとさえ感じたりする。全体的に本作りが行き当たりばったりみたいな印象もあり、作り手たちが本作りにいい加減に取り組んでいるんじゃないかとも感じてしまう。そういうわけで、内容はそこそこある本であるにもかかわらず、読後感はあまり良くない。
★★★

参考:
竹林軒出張所『OLはえらい(本)』
竹林軒出張所『すーちゃん(本)』
竹林軒出張所『結婚しなくていいですか。(本)』
竹林軒出張所『どうしても嫌いな人(本)』
竹林軒出張所『すーちゃんの恋(本)』
竹林軒出張所『オレの宇宙はまだまだ遠い(本)』
竹林軒出張所『ふつうな私のゆるゆる作家生活(本)』

by chikurinken | 2019-04-30 07:49 |

『カフェでカフィを』(本)

カフェでカフィを
ヨコイエミ著
集英社クリエイティブ

名前は知らなかったが
期待を持たせる作家である


b0189364_20144192.jpg カフェやコーヒーをモチーフにしたマンガの短編作品集。サッパリしたきれいな絵で、内容は非常に練られた、しかも感性的な味わいのある作品である。著者のヨコイエミって人、まったく知らなかったが、高野文子を彷彿させるような画風で、非凡な才能を感じさせる。
 まず最初の3本の話は、3本とも、あるカフェ(ヤマダカフェ)のある瞬間の風景を描くものであり、それぞれの話で主人公が異なっている。つまりある場に集まる人々をそれぞれ別の(その登場人物の)視点で見るという、なかなか意欲的な構成になっている。通常あるストーリーは、主人公の視点で語られるわけだが、この3本では、一つの風景が別々の主人公の視点で語られることになり、世界が個人個人の集まりで構成されているということが意識させられる。
 この3本を含み、全部で話は19本あるんだが、全編を通じた一貫性というものはない。ただし、全編を通じた連続性はないが、離れた話同士に同じ登場人物が出てきたりして(トータルの連続性がないためか)それが意外性を与えるのである。このような構成が、あるところから話がどんどんよそに移っていくような印象を与えるため、ルイス・ブニュエル風のダイナミズムも感じさせる。こういった、工夫された構成には知性的な要素も感じさせ、一方でストーリー自体は先ほども言ったように感性的な要素が強く、知性と感性が両立したなかなか稀有なマンガと言って良い。しかもあちこちに伏線が張ってあって、後のストーリーにそのモチーフが出てきたりするのも意外性に拍車をかける。本作には続編もあるようだが、たびたび(ほんの少しだけ)登場する「父親にコーヒー豆を送る若者」のエピソードは、おそらくこれも伏線になっていて、続編にエピソードが出てくるんではないかと思う。
 キャラクターはどれも性格が描き分けされていて、絵もそれを反映したものになっていて、そういう点でも技術の高さを感じさせる。著者に関する情報はまったくないが、非常に期待が持てる作家であると感じた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『火打ち箱(本)』
竹林軒出張所『夏休みが終わります』
竹林軒出張所『ドミトリーともきんす(本)』
竹林軒出張所『谷崎万華鏡(本)』
竹林軒出張所『ニューヨークで考え中(本)』

by chikurinken | 2019-04-28 07:11 |

『平安人の心で「源氏物語」を読む』(本)

平安人の心で「源氏物語」を読む
山本淳子著
朝日新聞出版

『源氏』は単なる好色男の逸話ではない……らしい

b0189364_19052176.jpg タイトル通り、『源氏物語』が書かれた時代の背景について解説する本。初出は、『週間 絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖』に書かれたエッセイである。
 全部で65の章立てになっており、各章の最初に源氏物語五十四帖のあらすじをほぼ一帖単位(一帖を前後半に分けているものもあるが、全帖ある)で併記している。したがってこれを全部読むと『源氏物語』のストーリーが完全にわかるようになっている。しかしなんと言っても、エッセイで記述されている内容が非常に深く、さすがに専門家とうならされるようなエピソードが多い。皇族の娘(つまり女宮)が身内の死去により女房階級に転落してしまうなどという話は、これまでまったく知らなかった事実であるし、女房や乳母が姫君の婚姻のために手を尽くしていたという話もよそではあまり聞けない話である。
 また、「現在の」『源氏物語』成立の裏話みたいな話であるが、池田亀鑑という明治生まれの学者が、それまで散り散りにしか存在していなかった『源氏物語』の断片(「河内本」や「青表紙本」など)から、そのオリジナルに近いとされる校本(スタンダード版)を作ったというエピソードは感動的である。しかもその後、佐渡の旧家から五十三帖揃いのセット(「大島本」)が発見されると、できあがった校本を、それにあわせてすべて作り直すという事業に取り組み、10年かけて完成させたという話は胸を打つ。まさに学者の模範である。現在では普通に書籍の形で目にできる古典作品の裏に、実はこれだけの労力があるというマル秘ストーリーで、実に良い話である。
 もう一つ、この著者の主張として、『源氏物語』に登場する桐壷帝と桐壷更衣との純愛は、一条天皇と中宮定子がモデルであるという説を披露している。特に中宮定子の悲劇的な生涯については再三本書で触れられており、当時の『源氏物語』の読者が、定子のエピソードを意識したことは間違いないと主張する。そして皇后という地位にありながら、取り巻く政治権力の移ろいのせいで没落していき悲劇的な最期を送った定子に世の無常を見て、それを反映したのが『源氏物語』とするのである。フィクションであっても、そこに実在の人物を重ねると一層深みが増すことになる。文学作品の鑑賞においてこういうアプローチを取ることは非常に魅力的だと思う。『源氏物語』においてもしかりで、このあたりの記述には大いに興味を持った箇所である。
 また、桐壷帝の時代は醍醐天皇の時代がモデル(物語の中でその後、朱雀・冷泉と続く天皇はそれぞれ朱雀・村上天皇がモデル)になっていて、当時の読者もそれを認識していただろうとする説も説得力がある。
 エピソードを雑多に書き綴ったようなエッセイ風の本ではあるが、一般には知られていないようなユニークな記述が多く、平安時代の歴史や古典に関心がある向きには非常に有用な本と言える。巻末に当時の風俗を示した図版(初出の雑誌のものか?)や『源氏物語』に出てくる登場人物の関係図もあって非常に親切。また丁寧な索引があるのもポイントが高い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『私が源氏物語を書いたわけ(本)』
竹林軒出張所『源氏物語 (上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『あさきゆめみし完全版 (1)〜(10)(本)』
竹林軒出張所『源氏物語 浮舟(映画)』
竹林軒出張所『新源氏物語(映画)』
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 和泉式部日記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』

by chikurinken | 2019-04-26 07:05 |

『学校って何だろう』(本)

学校って何だろう 教育の社会学入門
苅谷剛彦著
ちくま文庫

学校と教育にまつわる常識を疑う

b0189364_18200681.jpg 元々は『毎日中学生新聞』に連載していた文章をまとめて、編集・加筆した本らしい。学校と教育にまつわるさまざまな現象について、そのまま受け入れるのではなく、まず疑問を持ち、自分なりに考察しようと提案する本である。元々の連載が『中学生新聞』であるため、中学生に語りかけるような口調になっているが、決して(生徒に教えてやるというような)えらそうな言説ではなく、一緒に考えてみようよというような優しいアプローチである。
 全8章構成で、俎上に上がるのが、勉強自体(どうして勉強するのか?という疑問)、試験(試験とは何か?という問)、校則(これについては30年ぐらい前に世間でもかなり話題になった)、教科書(教科書の役割など)、隠れたカリキュラム、先生の世界、生徒の世界、学校と社会のつながりである。こういうのは、僕も中高生の時にかなり悩んだというか考えたクチで、当時こういった本があれば、随分役に立っただろうと思わせるような、非常に興味深い考察である。特に「隠れたカリキュラム」について(学校のカリキュラムという形では存在していないが、学校生活を送る上で従うことが強いられる習慣。たとえば授業中黙って座っているなど)は、かなり斬新な指摘で、僕自身については、今までこういうものの存在を意識したことすらなかったため、目からウロコであった。実際ネット上でも、このあたりの言説をそのまま紹介しているようなサイトがあり(僕はそのサイト経由でこの本に到達したわけだが)、やはりこの着目点が多くの人にとって侮れないということが容易に想像できる。
 記述は平易で、多少くどさを感じるくらいだが(中高生にはちょうど良いかも知れない)、しかし内容は濃いし、「常識」とされているものに疑問を持ってみるという大切な方法論を若者に教えるあたり、評価に値する。若い世代に勧めたくなるような良い本である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『こんばんは(映画)』
竹林軒出張所『みんなの学校(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『本当は学びたい(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『学ぶことの意味を探して(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『高校中退(本)』
竹林軒出張所『ドキュメント 高校中退(本)』
竹林軒出張所『不登校は1日3分の働きかけで99%解決する(本)』

by chikurinken | 2019-04-07 07:19 |

『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(本)

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち
田中圭一著
角川書店

欝病についてうまいこと整理したもんだ

b0189364_19082151.jpg 自身でも欝病を経験したというマンガ家の田中圭一が、自身の体験の他、さまざまな欝病経験者16人の経験を聴き取りして、そのエピソードをマンガとして書き起こした本。
 欝病経験者として登場するヒトの中には、大槻ケンヂ、代々木忠、内田樹、一色伸幸という有名人もいて、こういう人たちが欝病だったということについて僕はほとんど知らなかったため結構新鮮だった。同時に、誰でも欝病になり得るということが再確認させられる。
 本書の最後(第20話)の「総まとめ」という項で欝病の原因と対策などについて著者なりの見解を述べていて、この項が特に有意義である。要は、(人が本来必要としている)自己肯定感が阻害されることが欝病の原因で、自己肯定感を得られる活動をすることこそ対策として有効というもので、過去に同様の経験を持つ僕もこの点、納得である。
 マンガとしての魅力は欠ける(マンガにする必然性が感じられないのだ)が、実のところ非常に意義深い考察が含まれており、この本があるいは欝病治療の画期になるかも知れないとさえ感じる。ユニークな存在の本と言える。
★★★

参考:
竹林軒出張所『セクシィ古文(本)』
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『うつ病九段(本)』
竹林軒出張所『入院しちゃった うつウーマン(本)』
竹林軒出張所『不登校は1日3分の働きかけで99%解決する(本)』

by chikurinken | 2019-04-05 07:07 |

『日本語の起源』(本)

日本語の起源
大野晋著
岩波新書

興味深い日本語起源論
反対意見がどのようなものか興味がある


b0189364_17004905.jpg 国語学者の大野晋には、僕自身若い頃かなり影響を受けていて、国語学の面白さに惹かれたものだが、ただ日本語の源流が南インドのタミル語とする説(クレオールタミル語説というらしい、ウィキペディアによると)は、面白いが少々眉唾かと思っていた。この本はまさにその「クレオールタミル語説」を主張する本だが、だがしかしその考察は、決して侮れないと感じた。
 当然、国語学者らしいアプローチがこの説の本流であり、日本語とタミル語に共通した単語が非常に多い(著者によると500語、比較的似ているとされる日本語と朝鮮語でさえ200語という)ところが始まりである。しかも音韻の違いを考慮すると、似ているというより同じと言えるような単語もかなりある。そのあたりは巻末で詳細にリストされている。このあたりは、おそらく大野晋の自信の表れではないかと思う。
 その後、弥生文明をもたらしたのがタミル人であるという想定の下、弥生文化とタミル文化の共通点を双方の遺跡から指摘する。支石墓や甕棺墓などの墓制の共通点の他(これは弥生時代の特徴とされている墓制である)、特異な形の土器の共通性、金属器や土器に付けられているグラフィティ(象徴的なピクトグラム風の絵)の共通性なども指摘しており、弥生文化とタミル文化にかなりの類似性が見られることを指摘する。このあたりはインドの学者たちとの共同研究もある。さらに「マツル」、「アハレ」、「スキ」などの精神世界の共通性に言語からのアプローチで迫るという具合に、国語学、言語学だけでなく、考古学から文化人類学にまで広範に展開される推理は説得力がある。これだけの証拠を出されたらあまり論難できないんではないかと感じるほどだが、それでも強烈な批判はあるらしい。新説に反対するのは、保守的な学術界には良くある話ではあるが、そういうレベルでの批判なのか、それともこの節に捏造したような部分があるいはあるのか、そのあたりは僕には検証しようがない。最大の批判は、タミル地方と日本列島の間に、連続性がない(つまり人の移動があったとは考えられない)ということらしいが、これはしかし、時代と共に移動が可能であったことが証明される可能性もあるため、批判としては説得力がない。正直なところ、どのような反対意見があるか興味があるところだが、いずれにしても、このタミル語起源説、検討に値する斬新かつ有力な説ではないかと感じる。少なくとも日本語がウラル・アルタイ語系だとする程度の反論では、反論にならないんじゃないかと感じた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『日本語の教室(本)』
竹林軒出張所『日本語の文法を考える(本)』
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』
竹林軒出張所『ズニ族の謎(本)』

by chikurinken | 2019-03-24 07:00 |

『世間胸算用』(本)

世間胸算用
井原西鶴著、前田金五郎訳
角川ソフィア文庫

日本の古典文学出版の歴史が垣間見られる

b0189364_18041917.jpg 元禄期、井原西鶴が書いた『世間胸算用』。恐ろしくけちな人が出てきたり、借金取りをどうやってやり過ごすか算段している人々が出てきたりして、落語の『かけとり』を彷彿させる。コミカルなものが多いが、中にはコミカルと言うより少々度が過ぎていてグロテスクなものもあり、読んで面白いというより呆れてしまうようなネタも多い。
 『世間胸算用』は元々全五巻で、各巻四章の合計二十章構成である。この文庫版にはそのすべてが収録されている。構成は、最初に原文が訳注付きで全文掲載され、それに続いて補注(これが80ページ近くある)、さらに現代語訳の部と続く。『胸算用』は、江戸当時の習慣(今存在しないものも多い)や特有の言い回し、流行り言葉などが満載なので、そういうものを知らないと何を言っているのかさえわからない。そのため、古文が苦にならないとしても、よほど江戸文化に精通していない限り、普通の現代人が読むには相当難しさを感じる。それなりに注が必要になってくるわけだが、それでも80ページもの補注(しかも7ポイントぐらいの小さい文字のもの)が必要かは疑問である。そもそもこの補注自体、専門家向けみたいな記述で、相当読みにくい。しかも本文、補注、現代語訳がそれぞれ別の部分に分かれているため、始終ページを行ったり来たりしなければならないのも本の構成としては疑問符が付く。補注、現代語訳、さらには解説も前田金五郎という近世文学の専門家が書いているが、文章自体が固くて読みづらいし、解説も非常につまらない。
 この本自体、かなり前に出された本らしく(初版発行が1972年になっている)、専門家以外であればあまり食指が動かされないような体裁になっている。僕も1980年代、この角川文庫版の同シリーズ(当時は「角川ソフィア文庫」という名前は付いておらず「黄帯」というカテゴリーだった)の古典作品を買ったことがあるが、結局パラパラと見た程度で読み終わるには至らならなかった。「角川ソフィア文庫」は、比較的最近(1995年)刊行されたもので、読みやすい体裁になっているものが多く好感を持っていたが、この本については、「角川ソフィア文庫」という表記がカバーに付いているにもかかわらず、まったく良くない。発行年代から察するに、おそらく角川ソフィア文庫創設の際に、カバーだけ替えてこのシリーズに入れられたものではないかと考えられる。そのためか現在絶版状態で基本的には販売されていないので、文句を言う筋合いではないかも知れないし、角川ソフィア文庫版の『日本永代蔵』(おそらく新版)が10年ほど前に出ていることから考えると、あるいは出版者側としても『胸算用』の新版を出そうとしているかも知れない。ただ、この類の古典作品本は、よほど工夫しないと、大変読みづらいままで、それが余計読者を遠ざける結果になる。かつての角川文庫黄帯はまさにそれを体現していた……そういうことが本書から窺われるわけだ。それを考えると、『ビギナーズ・クラシックス』シリーズを含め、現在の角川ソフィア文庫の取り組みは称賛に値すると思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『お伽草紙・新釈諸国噺(本)』
竹林軒出張所『宇治拾遺物語(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 和泉式部日記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 大鏡(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 太平記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 小林一茶(本)』

by chikurinken | 2019-03-22 07:04 |

『ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記』(本)

ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記
藤原道綱母著、坂口由美子編
角川ソフィア文庫

作りが非常に丁寧な本
一方で道綱母にはあまり共感できない


b0189364_14590868.jpg 『蜻蛉日記』の『ビギナーズ・クラシックス』バージョンである。例によって、ダイジェスト的に原文の一部を取り上げ、その現代語訳、解説が並ぶという構成で、これが各段単位で並んでいる。
 『蜻蛉日記』は上中下の三巻で編成されているが、上巻が藤原隆家との結婚生活への不満、中巻が隆家との問題から逃れるための隠遁生活、下巻が身辺雑記と事実上の離婚というような内容である。本書では、やはりと言うべきか、上巻から多く取り上げられており(67段中約30段)、中巻(全部で約70段)からは約20段、下巻については少なく、70段のうちわずか10段程度しか取り上げられていない。ただし『蜻蛉日記』の特色はよく反映されており、しかも解説も詳細であるため、ダイジェスト版としては非の打ち所がないと言える。
 『蜻蛉日記』自体については、ドナルド・キーンが『百代の過客』で語っているように、主人公の利己的な感覚に共感できない。(夫との間がうまく行かないため)死んでしまいたいとか出家したいとかいう心情吐露があちこちに出てきて、あまりに何度も出てくるんでうんざりしてしまう。挙げ句に子どもの道綱にまでこういうことを言って泣かせたりして、閉口してしまう。ただ、これもドナルド・キーンが言っているように、非常に現代的な感性をそこに感じるわけで、文学作品としては極上と言えるのかも知れない。とは言うものの、原文は主語の省略が多い上、話題もかなり端折られているため、読んでいてもさっぱり意味がわからない箇所が非常に多い(本書では、そういう箇所も割合適切に訳されている……ただ現代語訳を読んでもよくわからない箇所がある)。日記だからそれも仕方がないのかも知れないが、『源氏物語』に匹敵する難解さと言って良い。そういう点を考えると、原文を読む前に、解説が充実したこういった本を先に読んでおくのが良いとも感じる。
 なお巻末の「解説」では、『蜻蛉日記』の背景や特徴が記述されている他、堀辰雄の『かげろふの日記』と『ぼととぎす』(『蜻蛉日記』に材を取った小説)や室生犀星の『かげろふの日記遺文』(同じく『蜻蛉日記』に材を取った小説)まで紹介されていて、興味が広がるだけでなく、非常に勉強にもなる。この『ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記』自体、作りが非常に丁寧な印象を受け、良い本であると感じる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『更級日記・蜻蛉日記 ― NHKまんがで読む古典2(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 和泉式部日記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 大鏡(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 太平記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 小林一茶(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 十八史略(本)』

by chikurinken | 2019-03-20 07:58 |