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竹林軒出張所

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カテゴリ:本( 597 )

『江戸の瓦版』(本)

江戸の瓦版 庶民を熱狂させたメディアの正体
森田健司著
歴史新書y

江戸文化の奥深さを知る

b0189364_18344931.jpg 江戸時代の瓦版を紹介する本。
 瓦版は、時代劇なんかで見ると、現代の新聞の号外と同じようなノリで配られているが、実際には瓦版自体が幕府から禁止されていたため、売り手は顔を隠してこっそりと売っていたというのが真相らしい。一方で口上みたいなものを交えながら(派手に)売ったという記述もあり、要は当局側が見て見ぬふりをしていたということになる。ただしその内容が幕政批判と心中ものになると一変し、すぐに取り締まりの対象になったというから面白い。今の中国社会みたいである。
 この本では、瓦版の内容も詳細に紹介されており、特に仇討ちと地震情報の瓦版にスポットを当てている。庶民の間で非常に人気があったのが仇討ちの瓦版で、中でも「女性による仇討ち」が人気を博したという。一方で質の悪い瓦版も多く、中には別の瓦版をパクって質を落としたバッタもんまであって、バリエーションは豊富である。きわめて質の高いものまであるらしい。地震情報については、被災速報や復旧情報などがいち早く瓦版で報道されたということで、しかもこちらは他の一般の瓦版と違って、情報がかなり正確でニュースとしての価値が高いと来ている。
 また幕末のペリー来航に関わる瓦版も多数紹介されていて、こちらも非常に興味深い。特に庶民(というか瓦版)の当時の世界情勢に対する見方が鋭く(早い話が現代の我々の認識とあまり変わらない)感心する。一方でこの本の著者の歴史認識についてはやや甘さが見受けられたりするが、まあそれはご愛敬の範囲である。
 この本から歴史を読み取るというような本格的なアプローチではなく、江戸文化を覗く一種の博物誌としてこの本に当たれば非常に有用なのではないかと思う。読みやすいし内容も面白いので江戸風俗に興味がある人にはお勧めである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
竹林軒出張所『実見 江戸の暮らし(本)』
竹林軒出張所『ニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法(本)』

by chikurinken | 2018-02-15 07:34 |

『FAKEな平成史』(本)

FAKEな平成史
森達也著
KADOKAWA

素晴らしい本ではないが
相当エキサイティングな議論である


b0189364_22364437.jpg まもなく終わる平成という時代をあらためて俯瞰してみようという企画の本。映像作家の森達也が自身の作品(『放送禁止歌』、『A』、『FAKE』など)をテーマにして、関係ありそうな人と対話することで、時代背景を掘り下げていく。
 元々は『本の旅人』という雑誌の連載だそうで、そのためか少々安直な企画という雰囲気がなきにしもあらず。ただし全体を通奏低音のように流れるものの見方みたいなものが随所に垣間見えて、非常に興味深い。タイトルにつられて平成史として読むと拍子抜けするかも知れないが、しかし、森独特のものの見方によって照らし出される社会背景が、平成日本の社会をよく反映しているとも感じる。
 著者が主張しているのは、日本人があらゆる物事に過剰に「忖度」するため、ありもしない規制で自らを縛ったり、自身の考え方や行動まで制限したりしているということで、十分納得できる議論である。オウムの事件についても、犯罪に関わったメンバーが(麻原までもが)場の雰囲気を忖度した、つまり空気を読んで行動したため、組織としてのコンセンサスが、通常では起こり得ないところまでずれていってしまったという解釈であり、非常に斬新と言える。もっともどのような集団でもそういった逸脱は起こり得ることは容易にわかる。だから決して目新しい議論ではないんだろうが、こうしてことばで表現してもらえると「目からウロコ」になる。そういう点でいろいろな発見があった本である。
 第2章「差別するぼくらニッポン人」(『ミゼットプロレス伝説』(森がかつて作ったドキュメンタリー)を題材にして差別意識を掘り下げる)、第3章「自粛と萎縮に抗って」(『天皇ドキュメンタリー』(森の未放送作品)を題材にして皇室報道に対する忖度を扱う)、第4章「組織は圧倒的に間違える」(『A』、『A2』を題材にして組織がメンバーの忖度で暴走することについて考察)あたりが一番面白い部分だった。とは言っても、全体的にダラダラした印象があり、雑誌的な「何となく」作っているような雰囲気は全編に漂う。森達也の面白さや魅力がよく発揮されていて面白い(つまり通奏低音の部分が面白い)が、本としては少々だらしないイメージが最後まで漂う。面白い人と会話してしばらく経った後みたいな読後感と言ったら良いかな。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『FAKE(映画)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』
竹林軒出張所『死刑(本)』

by chikurinken | 2018-02-14 22:36 |

『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(本)

行動経済学まんが ヘンテコノミクス
佐藤雅彦、菅俊一、高橋秀明著
マガジンハウス

行動経済学の事例集、だが玉石混交

b0189364_20294405.jpg 行動経済学の事例をマンガにしてわかりやすく読者に提示しようという試みの本。著者は、『ピタゴラスイッチ』でお馴染みの佐藤雅彦、およびその弟子の菅俊一。作画は、「バザールでござーる」の広告に関わった高橋秀明が担当。絵自体は50年以上前のギャグ・マンガを思わせるようなクラシカルなもの。
 内容はアンカリングとかハロー効果とか、あるいは認知的不協和の解消まで入っていて盛りだくさん。これを23話の短編マンガにまとめている。
 『サザエさん』的なほのぼの世界を使った事例集であるため、読みやすくわかりやすいが、第21話の「無料の威力」の話とか第23話の「双曲割引」の話など、事例があまり適切でないものもちらほらある。こういった「失敗例」については、事例が適切でないばかりか、面白味もない。そのため、行動経済学に興味を引こうという目的に叶っておらず、むしろマイナスになっているような気さえする。意図や目的は素晴らしいし十分評価に値するんだが、必ずしもその意図が実現されているとは限らない点が残念である。ただ第1話の「アンダーマイニング効果」や第2話の「感応度逓減性」など非常によくできた箇所もある。どうやら後になるほど質が落ちているようで、もしかしたらネタ切れだったのかも知れない。
 あまりインパクトはないし、内容的にも全面的に賛成ではないが、行動経済学への入口としては良いかも知れない。ただ先ほども言ったように行動経済学の魅力を低減させるような内容も含まれているため注意が必要ではある。
★★★

参考:
竹林軒出張所『予想どおりに不合理 増補版(本)』
竹林軒出張所『不合理だからうまくいく(本)』
竹林軒出張所『(不) 正直な私たち』(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『なぜあの人はあやまちを認めないのか(本)』

by chikurinken | 2018-02-13 07:29 |

『蘭学事始』(本)

蘭学事始
杉田玄白著、片桐一男訳
講談社学術文庫

『蘭学事始』の決定版

b0189364_18333015.jpg 先日見たドラマ『風雲児たち 蘭学革命篇』の影響で、底本(と思われる本)に当たってみた。読んでみて、やはりここからの情報がかなり盛り込まれたドラマだったということがわかる。
 あのドラマでも示されていたが、江戸時代中期、前野良沢、杉田玄白らにより『解体新書』が翻訳されてから、西洋の学術研究が「蘭学」という形で始まり、西洋学術研究の流れがそれ以降も続いた。つまり『解体新書』こそが蘭学の始まりである。ただし『解体新書』には前野良沢の名前が記載されていなかったらしく、その業績は杉田玄白、中川淳庵、桂川甫周らのものとされていた。前野良沢の名前が広く知られるようになったのは、杉田玄白が著したこの『蘭学事始』でその人物像が触れられていたためらしい。この『蘭学事始』は、蘭学の始まりである『解体新書』翻訳のいきさつについて杉田玄白が記したもので、前野良沢以外にも、翻訳に関わった人々、その後学術について教えを乞いに来た人々を紹介している。
 この講談社学術文庫では、『蘭学事始』の上の巻と下の巻の両方の原文を書き下し文で収録しており(オリジナルは漢文ではないかと思う)、あわせて現代語訳も収録している。元々の『蘭学事始』自体(現代語訳でも)文庫本にして70ページ程度の長さであるため、分量的には原文と訳文が載っていてもそれほど無理はない。しかし両方掲載されているというのは、現代語訳に疑問があればすぐに原文に当たることができる点を考えると、非常に親切である。
 杉田玄白の原文は江戸時代後期(1815年刊行)の漢文調の文章であるため、実際のところ原文のままでもさして苦もなく読むことができるわけだが、読み進めることを考えた場合、当然のことながら現代語訳の方がはるかに読みやすい。しかも翻訳文も、こなれた翻訳でまったく問題ない(といっても原文自体が現代語にかなり近いのだが)。そういう点を考え合わせると、原文と訳文を並べた本書は、本として非常に優れたお買い得の一冊と言える。
 また「解説」が60ページ以上あるのも、サービスだか何だかわからないが、良心的と言えるのかも知れない。解説では、タイトルが当初『蘭学事始』ではなく『蘭東事始』だった点や、それが二転三転した事情などについて考察されている。さらに本書訳の底本や写本などの解説もあるが、研究者でなければあまり必要なさそうな情報である。ともかく非常に至れり尽くせりの本であり、『蘭学事始』を読みたければこの文庫本を買っておけば間違いないというような本である。それは間違いない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『風雲児たち 蘭学革命篇(ドラマ)』

by chikurinken | 2018-02-01 07:33 |

『夢十夜 (近藤ようこ版)』(本)

夢十夜
夏目漱石原作、近藤ようこ著
岩波書店

マンガ化、映像化の鑑

b0189364_16462753.jpg 夏目漱石の『夢十夜』をマンガ化したもの。『夢十夜』は、今さら言うまでもないが、「こんな夢を見た。」で始まる幻想的な10本の短編小説を集めた短編集(出だしが異なるものもある)。シュールレアルな作品であるため、マンガ化には適した題材と言える。実際この本は、マンガ化作品として非常に良くできている。
 原作の『夢十夜』は30年ばかり前に読んだが、第六夜の運慶の話以外まったく憶えていない。運慶の話は高校の教材でよく取り上げられるものであり、前に読んだときもこの話が第一の目的だったわけだが、そのせいかどうか知らないが他のものについては一切記憶がない。今回マンガを読んでみたが、第三夜の「子どもを背負って森を歩く話」がほんの少しだけ頭の隅にあっただけで他は一切憶えていなかった。元々が幻想的で筋が通った話でないため記憶に残りにくいのだろうと思う。しかし今回画像の形でこうして見せられると、イメージが鮮明になって内容についても印象に残りやすくなる。それを考えると、非常に優れた企画と言える。なんせ岩波書店が出した本である。岩波がマンガというのも珍しいが、何より漱石作品の多くを世に出してきた岩波の手による本というところに大きな意義がある。言ってみれば本来の版元からお墨付きをいただいたわけである。
 実際、著者の近藤ようこは、原作を決して台無しにすることなく、原作の持つ味わいを最大限に再現している。有名作品のマンガ化ということになると世間の見方は厳しくなるものだが、これだけのものができれば、世間に言わせることは何もあるまい。『五色の舟』同様、この作家のポテンシャルは計り知れない。マンガ化、映像化の鑑である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『五色の舟(本)』
竹林軒出張所『原作と映画の間』

by chikurinken | 2018-01-27 07:46 |

『戦いすんで日が暮れて』(本)

戦いすんで日が暮れて
佐藤愛子著
講談社文庫

両足で踏ん張って苦境に立ち向かう姿がヨイ

b0189364_19212507.jpg 佐藤愛子の直木賞受賞作。短編集で、表題作「戦いすんで日が暮れて」、「ひとりぼっちの女史」、「敗残の春」の3作が、夫の借金と闘う話である。これらの話は概ね実話に基づいているようで、実際に著者は、経営才覚のない夫が事業でこしらえた借金について債権者に対応したり、あげくにそのうち3千万円以上を個人で肩代わりしたりしている。この3作では、次から次に訪れる債権者に立ち向かい、両足で踏ん張っている1人の女性の姿が描かれていて、登場する主人公は佐藤愛子の分身である。債権者になった途端に態度を豹変させる男や夜中に苦情の長電話を入れる債権者の妻など、人間の嫌な部分も存分に描かれていて、非常にリアルである。経験が基になっていることは疑いない。主人公が夫に対して罵詈雑言を浴びせながらも困難に強く立ち向かっていこうとする姿が痛快で、この3作がこの短編集の目玉と言える。
 その後の「結婚夜曲」も似たようなテイストで、夫が原因で知人に多大な借金を負わせた話となる。これもなかなか臨場感に溢れていて面白い。
 他の作品については、著者がよく書いていた「ユーモア小説」の類の話で、作り物であるためか、グレードは最初の4作に比べて格段に落ちる。数合わせで入れたのかと思えるようなものであるため、前の4作のような経験に基づいた迫力を求める人にとっては不要。文章はさすがに「大佐藤」、大変読みやすく、特に前半の4作はグイグイ引きこまれるんで、途中でやめられない。
 ただし自らが苦境にいるときは、こういった本を読むと気が滅入ること請け合いである。そういう場合はぜひとも避けていただきたい。
第61回直木賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『娘と私の部屋(本)』
竹林軒出張所『九十歳。何がめでたい(本)』

by chikurinken | 2018-01-26 07:21 |

『日本の歴史をよみなおす (全)』(本)

日本の歴史をよみなおす (全)
網野善彦著
ちくま学芸文庫

ミクロ的な観点から歴史を問い直す

b0189364_18361662.jpg 著者が行った講義をまとめた本……つまり講義録。タイトルに「(全)」とあるのは、元々『日本の歴史をよみなおす』と『続・日本の歴史をよみなおす』の2分冊だったものを、文庫化にあたり1冊にまとめたためである。そのため真ん中あたりに「あとがき」(『日本の歴史をよみなおす』のもの)と「はじめに」(『続・日本の歴史をよみなおす』のもの)があったりしてなかなかユニーク。
 内容は、これまで歴史学で常識として考えられていたようなことがらに疑問符を打つというようなもので、たとえば中世の日本の産業は農業のみのように言われるが実際は広範な商業活動が行われていたとか、室町時代には海のルートがかなり開けていて海運業がかなり盛んに行われていたとか、結構「目からウロコ」の箇所もあって内容は充実していると言える。特に『続』の方に目新しさがあったと感じる。そのため僕自身は『続』の方を先に読んだ。
 扱われているのは、文字(ひらがなとカタカナ)、差別(被差別住民や女性)、天皇家と歴史との関わり(ここまでが前半)、中世日本の経済の多様性、中世の海運ネットワークと金融ネットワーク、荘園の実態など。退屈な箇所もあるにはあるが(特に前半)、「常識」に凝り固まった一元的な歴史観にいかに問題が多いかよくわかるという点で、優れた歴史書であると言える。記述には著者のフィールドワークも反映されているため、説得力もある。歴史学にアプローチしようという人であれば一度は目を通しておきたい、そういう類の良書である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『平安京はいらなかった 古代の夢を喰らう中世(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『幕末史(本)』
竹林軒出張所『西園寺公望 最後の元老(本)』
竹林軒出張所『新・ローマ帝国衰亡史(本)』

by chikurinken | 2018-01-25 07:37 |

『九十歳。何がめでたい』(本)

九十歳。何がめでたい
佐藤愛子著
小学館

佐藤センセイには
もっともっと吠えて突進してほしいものだ


b0189364_18394451.jpg よく売れているらしいベストセラー・エッセイ。売れている理由はおそらく(佐藤愛子のイメージにピッタリな)ユニークなタイトルにあるんだろうと思う。かなり秀逸なタイトルで、編集者のファインプレーだと勝手に思っていたんだが、著者がつけたタイトルだそうだ。さすがに佐藤センセイ、侮れません。
 内容は、佐藤愛子のエッセイということで、特にこれまでのエッセイと違うところはない。相変わらずいろいろなことに怒っていて、ほとんどについては痛快に感じる。ただし怒りながらも、自分の老化のせいかと感じているフシもあったりして、その猪突猛進ぶりがこれまでより穏やかになったのかと感じる部分もある。もっとガンガン攻めて欲しいところだが、90過ぎの人にそこまで要求するのも酷というものである。
 読んでみて感じたが、やはり佐藤愛子の文章はよくまとまっていて、どこか筋が通っている感じがする。内容は卑近なものが多いが、文章自体がしっかりしているため、背筋が伸びているというような印象さえ受ける。
 昨今ひどい文章がまかり通っていて情けなくなるが、これはテレビ番組にも共通するもので、その辺については著者も本書でしきりに文句を言っている部分である。最近では何だか何もかも質が落ちていて、人間の思考能力さえ劣化しているように感じるが、著者がその辺を声を大にして吐き出すのが実に痛快に感じる。本当は、僕も含めて誰もが「ダメなものはダメ!」と声を大にして言うべきなんだろうが、世間のしがらみがあったりしてなかなか思うように行かず、それでこういった本を読んで溜飲を下げるということになる。そういう意味では良い本がベストセラーになったと思える。
 なお、高齢者向けのしつらえになっているためか知らないが、文字がかなり大きく、読み始めは随分違和感を感じる。もっとも慣れてしまえばなんと言うことはない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『娘と私の部屋(本)』
竹林軒出張所『戦いすんで日が暮れて(本)』
竹林軒出張所『かつをぶしの時代なのだ(本)』

by chikurinken | 2017-12-28 07:39 |

『かっこいいスキヤキ』(本)

かっこいいスキヤキ
泉雅之著
扶桑社文庫

こんな本なんて買わなけりゃよかった

b0189364_17594249.jpg 今から30年以上前、京都の一乗寺にある恵文社という本屋で(一部だけ)立ち読みしたマンガ『かっこいいスキヤキ』がなんと文庫になっていた。夜行列車に乗って駅弁を食べるときに最後まで大切にとっていたカツが実は玉ねぎカツでガックリし「旅なんて出なけりゃよかった」と思うというような話(「夜行」)で、バカバカしいネタを劇画調で描くという代物である。ネタもくだらないし、絵も何だか汚い。青林堂から出ていたため『ガロ』発のマンガだということが推測できたが、さすがにあまりにくだらないので当時は買わなかった。この本屋では、大友克洋や高野文子の本に初めて出会ったりして、結構変わったマンガも買っていたんだが、この本については買わなかった。
 ところが先日、珍しく丸善で本を物色していたところ、この本が文庫化されているのを見つけ、懐かしさもあってつい衝動買いしてしまったのだった。「してしまった」と書いたのは今著しく後悔しているからである。つまらない本は買わないようにしている昨今、衝動買いで買ってしまうということはあまりなくなったが、これについては本当に「つい出来心で」買ってしまったのだった。それなりに面白いものもあり、懐かしさも感じたが、とっておくような類の本でもないし、馬鹿なことしたなーと思う。
 それはともかく、内容はといえば短編マンガ集であり、先ほどの駅弁や、コンパでのスキヤキ肉についての態度とか、食に対する異常なまでのこだわりが表現されているものや、「プロレスの鬼」などというプロレス・ネタの暴走話などが並んでいる。食に対するこだわりは、この後『孤独のグルメ』に連なっている系統なのではないかと思う。ちなみに本書の著者の泉雅之というのは、泉晴紀と久住昌之のコンビ名で、『孤独のグルメ』の原作者が久住昌之である。この人のこだわりについても、個人的にはあまり面白いと思わないし、何より泉晴紀の絵が好きになれない。そういうわけで、ユニークだとは思いつつ、買わなきゃよかったという思いがずーっと残っているわけだ。ちょうど「夜行」の主人公と同じような心境なのだ。
★★★

参考:
竹林軒出張所『孤独のグルメ Season4 (2)(ドラマ)』

by chikurinken | 2017-12-26 06:59 |

『アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点』(本)

アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点
ジョシュ・グロス著、棚橋志行訳、柳澤健監訳
亜紀書房

あの試合はMMAのルーツだった

b0189364_17141950.jpg 1976年に行われたアリ対猪木の異種格闘技戦は、我々世代の日本人には印象に残った出来事であったが、アメリカではアントニオ猪木自体無名で、この試合自体エキジビションみたいな扱いでしか報道されていなかったと思っていたため、タイトルの「アメリカから見た」という惹句にまず引き付けられた。だが、内容的には『完本 1976年のアントニオ猪木』などとあまり変わらない。著者のジョシュ・グロスは元々『スポーツ・イラストレイテッド』の格闘技記者で、そのため確かに「アメリカから見た」ではあるが、それほど目新しい情報があるわけではない。
 とは言うものの、あの試合が全米でクローズドサーキット(パブリックビューイング)として中継されていたことは今回初めて知った。モハメッド・アリの当時の米国での人気は絶大なもので、そのアリがプロレスラーと闘うことに興味が持たれたということだ。試合はご存知の通り、「世紀の凡戦」と言われるような内容で終わったため、さまざまな会場で敵意に溢れたブーイングが起こったり「金返せ」コールが起こったりしたらしく、試合に対する感慨は日本人と同様であったらしい。彼らにとってもこれが「ワーク」(筋書きのある、いわゆる八百長)なのか「シュート」(真剣勝負)なのか判然とせず、なんだか煮え切らないまま帰途についたということで、今では多くの人にとって語られることすらないという(かつて見に行った人々にとって一片のやましさが伴うのだそうだ)。
 だがあの試合こそが総合格闘技(MMA)を生み出すきっかけになった、というのが著者の感じるところで、米国の総合格闘技団体、UFCや日本のPRIDEなども、あの試合にルーツを持つというのが著者の主張である。
 著者は、本書を執筆するにあたり、さまざまな関係者から話を聞いており、たとえばアリ自身がプロレスが好きで、試合前に見せていたビッグマウスは悪役レスラーの影響だなどというのは、非常に興味深い話であった。ただし、全体的に冗長な上、さまざまな登場人物がやたらに出てきてわかりづらくなっている点はマイナスである。また、翻訳のせいか原文のせいかわからないが、文章自体も決して読みやすい表記ではない。これを読むんだったら『1976年のアントニオ猪木』の方が良いかなと思わせる程度の内容で、あまり得るものはなかったというのが正直なところである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『完本 1976年のアントニオ猪木(本)』
竹林軒出張所『1993年の女子プロレス(本)』

by chikurinken | 2017-12-24 07:13 |