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竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

カテゴリ:本( 698 )

『墨攻』(本)

墨攻
酒見賢一著
文春文庫

墨家の非攻主義を素材にして
お話を作りました……というストーリー


b0189364_19421618.jpg 墨子関連でもう一冊。
 墨家の非攻主義の部分を取り上げてものした小説で、「大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した」というエピソードを基にして作られたフィクションである。ちなみにこの小説、1992年にマンガ化され、2006年に映画化されている。
 ストーリーは、墨家の革離(かくり)という戦闘職人が、趙から攻められる小国、梁城に赴き、梁の住民を率いて趙軍と戦うという話である。冒頭に魯迅の「非攻」(竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』を参照)と同じエピソードが出てくるが、後はすべてオリジナルのストーリーで、当然登場人物もほぼ架空の存在である。
 話の多くは戦闘シーンでエキサイティングであるが、結局それで終始しているため、エンタテイメントとしては面白いが、あまり残るものはない。着眼点は面白いが、内容としては短編に適した素材かと思う。もっとも全編150ページ程度であるため、読むのにそれほど苦にはならない。
 今回読んだのは文春文庫版だが、なんと本編の後に、著者による「新潮文庫版あとがき」と「文春文庫版あとがき」があり、しかもその後に「解説」まである。「新潮文庫版あとがき」は長い割には内容が乏しく、要は「想像を絶するような小説を書きたい」という決意表明程度で、どうということはない(それに無駄に長い)。「文春文庫版あとがき」の方はエッセイとしてはよく書けていてそれなりに面白い。「解説」(小谷真理って人が書いたもの)は正直言ってまったく不要。まあ文庫本の解説は現状概ねそういうもので、DVDに収録されている映画の予告編を思わせるような無駄なコンテンツに成り下がっている。出版社の担当者は、文庫本の解説についてもそろそろ見直したらどうだろうかと思う。
中島敦記念賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 墨子(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』

by chikurinken | 2019-07-11 07:42 |

『ビギナーズ・クラシックス 墨子』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 墨子
草野友子著
角川ソフィア文庫

ユニークな存在、墨子に触れられる

b0189364_20444111.jpg 『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズは今一つのものが多いという印象だが、この『墨子』についてはまずまずの部類に入る。そもそも墨子という存在が、儒家や道家ほど知られていないため、墨子の情報自体が(僕にとって)目新しいということもあるが、なんと言ってもその平和主義、非攻主義、博愛主義は、現代的な観点から見ると非常に新鮮である。2500年前、しかも戦国時代にこういった主張を行っていた人がいるということに驚きである。
 墨子の平和主義を表す代表的な記述として、1人、2人を殺せば重犯罪者であるにもかかわらず、大量に人を殺した政治家や軍人が英雄として扱われるのはおかしいというものがある(「一人を殺さば之を不義と謂い、必ず一死罪有り……」墨子の「非攻」篇)。チャップリンの『殺人狂時代』に同じようなセリフがあって、かつてこの映画を見たときこのセリフに感心した憶えがあるが、その元々の出典が墨子であることを知って、にわかに墨子に関心を持ったのが今回墨子入門書を読んだきっかけである。ただ『墨子』については、それだけにとどまらないようで、隣人を愛せば諍いや争い、戦争は起こらないという博愛主義(イエス・キリストに先立つこと約500年)の他、挙げ句には当時の最新技術の研究や戦闘の方法などについての記述まである。実際近代中国では、墨子は(平和主義よりむしろ)テクノロジーの先人として崇められてきたというのだ。
 また墨子の一派である墨家は、非攻主義、つまり侵略に反対する立場から、大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した(そして大国を撃退した)という実践活動も行ったという話で、そのあたりは酒見賢一の小説『墨攻』(1992年に森秀樹、久保田千太郎によりマンガ化された他、2006年に映画化された)でも描かれている(らしい)。とにかく墨家は異色の存在である。
 この墨家、かつては儒家と覇を競う勢いで、実際『墨子』の中でも儒家に対する批判が展開されるが、時代を経ると共に忘れ去られていくのである。近代になって、西洋の(博愛主義の)キリスト教が清朝に入ってくるに当たって、墨家の博愛主義が見直され始めたというのだ。こういった経歴も異色である。
 本書では、このようなエピソードも随時紹介されている。もちろん『墨子』の訳文、白文、読み下し文が中心になっているのは言うまでもあるまい(『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズに共通する形式)。『墨子』自体大著のようで、そのためにここに収録されているのはごく一部だが、墨子自体があまり知られていないため、これでも情報量が少ないとは感じない。格好の入門書と位置付けることができるだろう。なお本書には、魯迅作『故事新編』の「非攻」の基になった部分も収録されている(147ページ)。両者を比較すると面白い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『墨攻(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 十八史略(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 春秋左氏伝(本)』
竹林軒出張所『殺人狂時代(映画)』

by chikurinken | 2019-07-10 06:44 |

『酒楼にて / 非攻』(本)

酒楼にて / 非攻
魯迅著、藤井省三訳
光文社古典新訳文庫

『故事新編』は説話風でユニーク

b0189364_20000283.jpg 「阿Q正伝」で有名な魯迅の短編集。「阿Q正伝」は『吶喊』という短編集に収められている作品だが、この文庫版には『吶喊』は含まれていない。本書を構成するのは『彷徨』と『故事新編』という2つの短編集から選ばれた8本の短編小説で、そういう点では異色の選択である。なお『彷徨』から選ばれているのは「祝福」、「酒楼にて」、「石鹼」、「愛と死」の4編、『故事新編』からは「奔月」、「鋳剣」、「非攻」、「出関」の4編である。
 『彷徨』は私小説風の作品が多く、個人的にはあまり感じるところがない。一方『故事新編』は、古い説話などからエピソードをピックアップしてそれを現代小説風にアレンジしたもので、こちらの方が断然面白いと感じた。それぞれ「奔月」は羿(げい)と嫦娥(じょうが)(中国神話の登場人物たち)の逸話、「鋳剣」は眉間尺(みけんじゃく)の復讐譚(『列異伝』、『捜神記』などに見られるエピソードらしい)、「非攻」は墨子を主人公にした話(『墨子』「公輪」篇が原作らしい)、最後の「出関」は老子が主人公で、孔子との交流が描かれる(『史記』にもエピソードがある)。
 今回は墨子関連でこの本に着目したわけだが、墨子の「非攻」よりも老子の「出関」の方がむしろ興味深い内容であった。老子が『老子』を残したときのエピソードが描かれるが、孔子に追われるようにしてそれまで住んでいた土地を出て、函谷関で関所の役人に捕まり、講演を行うはめになるというような話。しかもその講演が聞いた人々にとってまったく理解不能で、土産代わりに老子が内容を書かされたというような話で、なかなかユニークである。
 「奔月」、「非攻」、「出関」は、元々高尚な印象がある素材を、現代風にして、ややとぼけたコミカルな表現を盛り込んでいるあたりが面白い。正義のヒーロー、丹下左膳を弓屋の女将のヒモとして描いた『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』みたいな味わいがある(竹林軒出張所『山中貞雄のこと……追記』を参照)。あるいは『聖☆おにいさん』みたいな味と言った方がわかりやすいか。
 とは言え、驚嘆するほどの内容があるわけでもなく、多少の物足りなさも残る。古典だから読んでも損はないと思うが、あまりお奨めしたいというような本でもない。ただ翻訳は非常に読みやすく、そういう点では良い本であると言える。代表作の「阿Q正伝」についても、いずれはこの訳者の翻訳でもう一度読んでみたいと思う(高校生のときに読んだが内容はほとんど憶えていない)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 墨子(本)』
竹林軒出張所『墨攻(本)』
竹林軒出張所『変身/掟の前で 他2編(本)』
竹林軒出張所『白夜/おかしな人間の夢(本)』
竹林軒出張所『虫めづる姫君 堤中納言物語(本)』
竹林軒出張所『トーニオ・クレーガー 他一篇(本)』
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『山中貞雄のこと……追記』
竹林軒出張所『聖☆おにいさん(映画)』

by chikurinken | 2019-07-09 06:59 |

『山之口貘詩集』(本)

山之口貘詩集
山之口貘著、高良勉編
岩波文庫

あの岩波文庫に山之口貘の詩集が

b0189364_20105094.jpg 岩波文庫からも山之口貘の詩集が出ていることを知って、思わず買ってしまった。
 収録されている詩は全部で152篇で、処女作『思辨の苑』から52篇、『定本 山之口貘詩集』から12篇、『鮪に鰯』から82篇、『新編 山之口貘全集』から6篇という構成である。詩自体はズラズラッという感じで並べられており、並び順に何かの意味があるのかどうかはわからない。
 どの詩も散文みたいで、その辺が山之口貘の特徴と言える。特に『思辨の苑』は、ホームレスのような生活をしていた時代のことが題材になっており「生活の柄」や「ものもらいの話」などもここに含まれているわけで、この作家にきわめて特徴的なテーマの詩が集められている。『思辨の苑』は1938年に出版されたもので、その2年後に『思辨の苑』を補足した『山之口貘詩集』が出版されている。したがって『思辨の苑』には、時期的に若い頃の諸作品が収録されていて、その多くの詩では貧乏の他、恋愛・結婚などがテーマになっている。
 一方『鮪に鰯』は、山之口の死の翌年に発表されたもので、これは家庭人となってからの山之口貘の姿が見える。同時に戦争時代の暗い世相を反映したものも多い。「頭をかかえる宇宙人」や「たぬき」、「告別式」、「深夜」、「鮪に鰯」はすべてここに含まれる。どれもほのかなユーモアが漂う作品で、山之口貘の完成形と言える。高田渡がメロディを付けて歌っていたものも多くはここから取られている(そもそもこの『鮪に鰯』は詩の絶対数が多い)。
 僕は高田渡の歌で山之口貘を知った口だが、しかし今読んでみると、メロディはない方が良いと思うものも多い。高田渡の歌は、やはり高田渡の解釈が入っているわけで、そのあたりに僕の受け取り方との間に若干のずれが当然あり、それが違和感として僕の中に残るのである。とは言うものの、高田渡の歌を聞かなければ山之口貘を知ることもなかっただろうし、それに高田渡の歌にも味わいがあり、山之口貘の独特のユーモアを活かしきっているという側面もある。そういう点を考えると、高田渡が山之口貘への入口になったというのもきわめて自然と言うことができる。
 いずれにしても、(ある種)権威の象徴みたいな岩波文庫で山之口貘のオリジナルの詩に接することができるというのも、感慨深いものがある。最後の解説は高良勉という人が書いているが、こちらはもう一つという印象である。ただ、非常に興味を惹かれる山之口貘の生涯については一通り触れられているため、最低限の仕事はできているとは思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『山之口貘の詩、そしてとぼけた味わいの曲』
竹林軒出張所『高田渡と父・豊の「生活の柄」(本)』
竹林軒出張所『詩のこころを読む(本)』

 以下、以前のブログで紹介した『山之口貘詩文集』の評の再録。

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(2006年8月13日の記事より)
b0189364_18253814.jpg山之口貘詩文集
山之口獏著
講談社文芸文庫

 詩人、山之口貘の詩(+散文)集。
 古典の類だから、今さらあれこれ言う必要はないだろうが、山之口泉氏(貘氏の長女)によると、これまで山之口貘の詩集が入手困難だったらしく、そういう意味では非常に意義のある本である。山之口貘の詩は、40年の生涯で197篇(少な!)だそうで、本書には、そのうち約80篇が収録されている。
 山之口貘という詩人については、私は高田渡の歌で知ったわけだが、それにしてもインパクトのある詩である。それでいて、上品なおかしみが漂っている。
 高田渡も歌っている詩「生活の柄」も本書に収録されていたが、詩で読んでみるとかなりイメージが違っていた。この曲に限っては、高田渡の歌はあまりよくなかったかなと思った(他は良いものが多いと思う)。
★★★★

by chikurinken | 2019-07-07 07:10 |

『小川未明童話集』(本)

小川未明童話集
小川未明著
岩波文庫

逆説的な話に惹かれるが
感じるものがないものもままある


b0189364_20204606.jpg 小川未明という人、よく知らなかったんだが、坪内逍遥が彼の浪漫主義的な才能を評価して世に出した作家であるらしい。当初はもっぱら通常の小説を書いていたが、やがて童話に転身したという。軍国主義の台頭が、反戦平和主義で自由を愛する作家であった未明に影響を及ぼしたのかも知れない。
 だが童話にも、未明の平和主義や人道主義は貫かれており、いろいろな箇所にそういうものが見え隠れする。「野ばら」(異なる国の国境警備兵同士が親しくなるというような話)はまさに戦争の無益さを描いた作品だし、「兄弟のやまばと」(山育ちの兄弟のやまばとが都会に出ていく話)にも空襲を思わせる描写が出てくる。人道主義についてはほとんどすべての作品のバックボーンになっており、未明の一番の魅力かなと思う。
 ただストーリー自体、あまり面白味のないものもあり、個人的には新美南吉ほどの魅力は感じていない。この岩波文庫版には全部で32の童話が収録されているが、ストーリーに起伏があまりないものが割に多い。そのため読み終わった後になんじゃこりゃという感じが残るものもある。僕がこの本を読んだのは「殿さまの茶わん」が収録されていたためで、「殿さまの茶わん」は僕が小学生のときの教科書に載っており、逆説的なストーリーが気に入っていた作品である。「駄馬と百姓」(ある百姓が、見栄えが悪いがよく働く駄馬を見栄えの良い馬と交換してしまう話)や「小さい針の音」(貧しい時代にもらった古びた時計を、出世した後に取り戻すという話)も逆接的でこれに通じる要素があるが、概ねストーリーはまっすぐで説明的なものが多く、いかにも童話的であると感じる。他には母親の情愛を描いた「牛女」、病気の子どもを描いた「金の輪」が、しんみりするような話で目を引いた。だが先ほども言ったように、あまり目を留めるようなものは多くないというのが僕の印象である。特にこの岩波文庫について言えば、後半の諸作については感じるところが少ないものが多かった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『新美南吉童話集(本)』
竹林軒出張所『ケンとカンともうひとり(本)』

by chikurinken | 2019-07-06 07:20 |

『新美南吉童話集』(本)

新美南吉童話集
新美南吉著
岩波文庫

ダイナミックなストーリー展開と
漂う詩情、あふれ出る人情


b0189364_19343229.jpg 「ごんぎつね」や「おじいさんのランプ」でお馴染みの童話作家、新美南吉の作品集。どれも「童話」という括りではあるが、短編集と考えても一向に差し支えはない。
 僕は近年フィクションはあまり読まなくなったが、短編集は元々好きである。短編小説のダイナミックなストーリー展開と、収束に向かう一気の寄りが何とも言えない。特に新美南吉の作品は、かなり以前から好みで、かつて新潮文庫版を読んだことがある。そもそも小学校の教科書にも載っていたことだし、僕だけでなく多くの日本人に馴染みがあるのではないかと思う。
 新美南吉作品の場合、ストーリー展開の面白さはもちろんだが、それに加えて人情の暖かさが漂っていて、それが大変心地良い。さらに日本の田舎の情景が巧みに再現されており、全編詩情に溢れているのも魅力である。さらに言うと、出てくる登場人物(特に周囲の人々)にややとぼけた味があるのも良い。そのため、どの作を読んでも、心地良さがいつまでも残る。
 今回読んだのは岩波文庫版で、代表的な14本の童話作品と1本の評論(「童話における物語性の喪失」)、それに解説という構成になっている。14本の童話は「ごんぎつね」、「手袋を買いに」、「赤い蝋燭」、「最後の胡弓弾き」、「久助君の話」、「屁」、「うた時計」、「ごんごろ鐘」、「おじいさんのランプ」、「牛をつないだ椿の木」、「百姓の足、坊さんの足」、「和太郎さんと牛」、「花のき村と盗人たち」、「狐」で、すべて成立順に並んでいる。巻末に「初出一覧」があるためにそれがわかるんだが、「初出一覧」が付いているのもありがたい配慮である。ぼくが特に好きなのは「最後の胡弓弾き」、「屁」、「おじいさんのランプ」あたりだが、「ごんごろ鐘」や「和太郎さんと牛」に出てくるとぼけた登場人物にも非常に魅力を感じる。
 また岩波文庫ならではであるが、挿絵を担当しているのが谷中安規と棟方志功というのも豪華である(表紙の絵は谷中安規作)。結果的に、主役である童話作品だけでなく、隅々まで目が行き届いた完成度の高い贅沢な本に仕上がっている。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『小川未明童話集(本)』
竹林軒出張所『ケンとカンともうひとり(本)』
竹林軒出張所『にごりえ・たけくらべ(本)』
竹林軒出張所『富嶽百景・走れメロス 他八篇(本)』

by chikurinken | 2019-07-05 07:34 |

『ぬけ穴の首 西鶴の諸国ばなし』(本)

ぬけ穴の首 西鶴の諸国ばなし
廣末保著
岩波少年文庫

西鶴作品の翻案集

b0189364_19213674.jpg 井原西鶴の『西鶴諸国ばなし』の4編、『懐硯』の2編、『日本永代蔵』の1編を現代語で書き直した短編集。著者は近世文学の研究者で既に故人。元々は1972年に出版された本のようだが、今回「岩波少年文庫」に新たに収録されたということで、この「岩波少年文庫」版は2019年3月発行である。新聞の書評で紹介されていて興味を持ったため、今回購入した。
 収録されているのは「牛と刀」(出典は『西鶴諸国ばなし』「神鳴の病中」)、「狐の四天王」(同じく『西鶴諸国ばなし』「狐四天王」)、「真夜中の舞台」(『西鶴諸国ばなし』「形は昼のまね」)、「ぬけ穴の首」(『西鶴諸国ばなし』「因果のぬけ穴」)、「お猿の自害」(『懐硯』「人真似は猿の行水」)、「帰ってきた男のはなし」(『懐硯』「俤の似せ男」)、「わるだくみ」(『日本永代蔵』「茶の十徳も一度に皆」)の7本。訳文自体は直訳ではなくこなれた日本語で、非常に読みやすくまとめられている。著者によると、原文の3倍から9倍ぐらいの長さになっているらしい。ストーリーは西鶴らしく、奇想天外で感心する。ただ「狐の四天王」については話が収束していないという印象で、サスペンド状態で終わったような印象である。おそらく元々はどの話もダイジェストみたいなものなんだろうが、これだけ膨らませると、現代人が読んでも十分楽しめるようになる。それは太宰治の『新釈諸国噺』でも感じたが、小説に求めるものが現代と江戸時代で違うのか、あるいは時代感覚が違うのか判然としないが、こういうふうに翻案してもらうとその差が縮むというか敷居が低くなるため、こういった翻案小説は西鶴入門書としては格好の素材と言える。この翻案を読んで興味が沸いたらこの後原書に進めばよろしい。それを考えると、「岩波少年文庫」という中高生向けのラインアップではあるが、成人でも十分楽しめる、奥行きの深い短編集であると言えるんじゃないだろうか。
★★★☆

追記:
 その後、『日本永代蔵』の「茶の十徳も一度に皆」を読んでみたが、本書の著者が、物語を面白くするためかなり脚色を加えていることがわかった。言わば説話と芥川龍之介の関係みたいなものか。『日本永代蔵』の記述は、『世間胸算用』同様、本当にエッセンスみたいなものである。

参考:
竹林軒出張所『お伽草紙・新釈諸国噺(本)』
竹林軒出張所『世間胸算用(本)』
竹林軒出張所『好色五人女 マンガ日本の古典24(本)』
竹林軒出張所『好色一代男(映画)』

by chikurinken | 2019-06-18 07:21 |

『源氏物語の時代』(本)

源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり
山本淳子著
朝日新聞社

現代版の『栄花物語』

b0189364_19275707.jpg 『平安人の心で「源氏物語」を読む』『私が源氏物語を書いたわけ』の山本淳子の著書。この2著のエッセンスをまとめて盛り込んだような本である。
 源氏物語が描かれた時代、つまり花山天皇(在位:984年〜986年)から一条天皇(在位:986年〜1011年)、それから三条天皇(在位:1011年〜1016年)へと政権が移る時代を経年順に書き綴った書で、『枕草子』、『栄花物語』、『紫式部日記』などの記述(すべて現代語訳済み)を交えながら、この時代を照射する。
 この時代は、それまで不遇だった藤原兼家が摂政の地位まで上りつめ、藤原北家九条流が政権を確立する時代で、後の藤原道長の台頭の礎が築かれる時代。だが藤原氏の台頭はすべて、賢君である一条天皇が、政治的安定を指向した結果であると著者は指摘する。一方で、一条天皇が中宮である定子を愛したあまり、そのことが政権内の不安定さをもたらす結果になったという人間的な側面も描かれる。中宮定子の兄弟である藤原伊周と弟の藤原隆家が起こした長徳の変(花山天皇に矢を放った事件。後にこの2人は地方に流される)についても詳細に描かれ、一条天皇が頼りにしていた藤原伊周の失脚、それにあわせて後ろ盾を失った定子の凋落、一条天皇の失意なども紹介される。この政変の結果、藤原道長が結果的に台頭することになり、一条は道長を頼って政権を運営せざるを得なくなる。同時に、道長の娘である彰子も妻として迎えざるを得なくなる。こうして中宮が2人という異常事態が起こる。定子の方は出家騒ぎを起こし、しかも道長の娘の対抗馬という立場に追い込まれたため、道長からは嫌がらせを受けるし、公卿たちも道長に付くという結果になって立場的に孤立してしまい、結局不遇な最期を迎えることになる。定子に愛情、愛着がある一条は、政治と愛情の板挟みで悩む日々が続いていたというのが著者の見解である。
 この時代、中宮定子に仕えていたのが清少納言、中宮彰子に仕えていたのが紫式部で、著者は、それぞれの著書からもこの時代を解き明かすというアプローチを取る。『枕草子』や『源氏物語』が書かれたいきさつもあわせて紹介し、同時にこの両書が当時の政界から受けた影響や、当時の政界に与えた影響などについても言及される。言ってみれば著者、山本淳子の解釈によるこの時代の追記録であり、現代版の『栄花物語』と言えるのかも知れない。なお『栄花物語』は、中宮彰子に仕えた赤染衛門という女房が、自身の視点から時代を書き綴った本で、本書でもたびたび言及されている。
 著者独特の解釈も盛り込まれていて少々うがち過ぎではないかと思われる箇所もあるが、トータルで非常に興味深い内容であり、平安文学の黄金時代を政治の枠組みから見るという試みはなかなかにスリリングであった。これも良書である。
第29回サントリー学芸賞・芸術・文学部門受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『平安人の心で「源氏物語」を読む(本)』
竹林軒出張所『私が源氏物語を書いたわけ(本)』
竹林軒出張所『源氏物語 (上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『あさきゆめみし完全版 (1)〜(10)(本)』

by chikurinken | 2019-06-16 07:27 |

『「古今和歌集」の創造力』(本)

「古今和歌集」の創造力
鈴木宏子著
NHK出版

山桜 霞の間より見む歌の
宇多の御代にも恋をするかな


b0189364_19070919.jpg 平安時代初期(西暦905年)に編纂された『古今和歌集』と、それに収録されている和歌のあれこれについて紹介する本。和歌にはそれほど関心はなかったが、新聞の書評で絶賛されていたことから今回この本を読んでみた。
 元々さほど関心のあるテーマではなかったが、この本は密度が濃く、興味深い事項が多く出てくる。平安文学の基本と言っても良いような事項も非常に多く、逆にこのくらいの知識がなければ平安文学の多くは理解できないんじゃないかぐらいのことまで感じさせられる。著者が、自分の中に持つ『古今和歌集』と和歌についての思いのありったけをぶつけているような力強さも感じられ、読む方も真摯に受け止めるべき本であると感じた。
 内容が多岐に渡っているため、この本を一言で言い表すのはなかなか難しいが、『古今和歌集』の特徴について著者なりの解釈を示しているあたりがまず目を引く。つまり『古今和歌集』は、醍醐天皇が編纂させた日本最初の勅撰和歌集でありしかもその後二十の勅撰和歌集がこれに習って作られたというほどの大きな影響力を持つ歴史的大著であるが、作られた当初はそれほどの巨大プロジェクトであるという認識が当事者たちに無かったのではないかというのであるが、面白い仮説である。それについては、編者たちの身分が比較的低いことや、編者である紀貫之の和歌が非常に多いなど歌の選択に偏りが見られる点などが根拠として挙げられている。和歌の選択についても、『古今集』には万葉集の時代の和歌(万葉集に収められている和歌も含まれている)、六歌仙の時代の和歌、選者と同時代の和歌というふうに収められている和歌が比較的長い時代に渡っているが、そのあたりも必ずしも一貫性があるわけではなく、割合ランダムのようである。そういった和歌群1111首を、四季(春、夏、秋、冬)、賀、離別、羈旅、物名、恋(一〜五)、哀傷、雑、雑躰、大歌所御歌というカテゴリーに分けて並べているが、これもあまり必然性があるようには思えない(全二十巻構成)。だがこういう編纂方法を採った結果、結果的にこの和歌集のできが良かったために、その後の時代でもこれと同様の形式で和歌集が編まれることになった。それが、その後の二十の勅撰和歌集(『古今集』を含め二十一代集と呼ばれる)であるとするのである。
 また、和歌で取り上げられる題材の組み合わせ(花と霞、梅と雪、雁と月)も、その多くが『古今集』に由来しているというのも面白い指摘である。つまり日本的と考えられる美意識の「型」を作ったのが『古今集』というわけである。
 和歌で使われるレトリック(掛詞、序詞、縁語など)が盛んになったのも『古今集』の時代ということで、レトリックについても紙面が多く割かれている。非常に詳細かつわかりやすく、『和歌のルール』の記述にも繋がるような内容であることよと思っていたが、実はあの本にも本書の著者が参加していたのだった。
 当然のごとく和歌も多数紹介されており、約二百首ほどが解説付きで出てくる。『古今集』の和歌には頻出する決まり文句もいくつかあるそうで、その代表格の「恋もするかな」という決まり文句が付いた和歌を並べた箇所などもなかなか秀逸である。そう言えば以前どこかで、最後に「秋の夕暮れ」を付けとけばとりあえず平安風の和歌になるみたいな話を聞いたことがあるが、あれと一緒か。
 ともかく、『古今集』や平安和歌のあれやこれやが広範囲に紹介されているため(もちろん広範囲と言っても和歌という狭い世界を出ることはないんだが)、ああいった雅な世界や、古典的な詩に興味があるのなら、読んで損はない良書であると思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『和歌のルール(本)』
竹林軒出張所『古典和歌入門(本)』
竹林軒出張所『恋する伊勢物語(本)』
竹林軒出張所『短歌をよむ(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』

by chikurinken | 2019-06-14 07:06 |

『ビギナーズ・クラシックス 春秋左氏伝』(本)

ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 春秋左氏伝
安本博著
角川ソフィア文庫

背景や人物関係を整理しなければ
内容について楽しむことができない


b0189364_19232873.jpg 『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズの一冊。取り上げられているのは『春秋左氏伝』で、この書自体、普通の現代日本人にとってはあまり馴染みがないが、明治時代までは教養書として一般によく知られていたらしい。福澤諭吉や夏目漱石が『左氏伝』に傾倒していたという話が本書でも紹介されている。
 そもそもこの『春秋左氏伝』、どういう書物かというと、孔子が編纂したとされる魯の国(およびその周辺の国々)の歴史書『春秋』(春秋時代という呼び名の由来になっている)が基になっているもので、それに、孔子の弟子である左丘明(左氏)が注釈を加えた書物だということである。このあたりは冒頭の「解説」で説明があるが、何だかわかったようなわからないような記述で、そもそも『春秋』自体と左氏の注釈の部分がどのように絡んでいるのかよく見えてこない。本文を読むと、最初に『春秋』のごくシンプルな記述が出てきて、その後にこれを膨らませて物語風にした部分が出てきているため、おそらくこの後の部分が注釈に当たるのだという推測は成り立つ。ただ最初から最後まですべてに渡ってこういう形式になっているのかはよくわからない。
 本書では、他の『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』と同様、それぞれの項ごとに白文、書き下し文、訳文、解説文が並べられている。他のシリーズはそれほどのわかりにくさは感じなかったが、この本については登場人物がとにかくやたら唐突に出てきて(数も多い)、しかもその関係性の説明がほとんどないため、わけがわからない箇所が非常に多い。解説文の項で内容について書かれているが、こちらについてもあまり伝わってくるものがない。そのため『左氏伝』および春秋時代の歴史について予備知識があれば別だが、普通の読者はかなり困惑するのではないかと思う。
 そもそも、まったく知らない人々がどういういきさつで覇権を競ったかなどということに関心は沸きにくい。この時代のことをよく知っていれば別だが、そういう人はいまさら『ビギナーズ・クラシックス』は読まないのではないかと感じる。ということはこの本自体の存在意義というものがきわめて見えにくくなる。僕自身最後までがんばって読んでみたが、読み進めるのが非常に苦痛であった。せめてもう少しかみ砕く、各項ごとに人物関係を整理する、背景について紹介しておくなどの配慮が欲しかったところである。孔子およびその弟子が書いた書であるため、当然、内容は倫理的で、道理の通った正しいことをすべきという思想で貫かれている(ようだ)が、正直言って、その程度しか頭に残らなかった。得るところが少なかった本である。
★★

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 史記(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 十八史略(本)』

by chikurinken | 2019-05-24 07:23 |