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竹林軒出張所

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カテゴリ:ドキュメンタリー( 543 )

『彼のいない八月が』(ドキュメンタリー)

彼のいない八月が
(1994年・テレビマンユニオン)
フジテレビ NONFIX

ある脳天気な男の生と死

b0189364_16582810.jpg 映画監督、是枝裕和がテレビマンユニオン勤務時代に作ったドキュメンタリー。
 エイズであることをカミングアウトした平田豊という人の生活に密着する作品。この当時、エイズであることをカミングアウトした人はいたが、同性愛による性交渉でエイズに感染したことを発表したのは、この人が最初らしい。そういういきさつで、製作者はこの人に関心を持ったという。また、実際に接してみると、非常にちゃらんぽらんで、なおかつ刹那主義的、快楽主義的であり、人好き、話好きな人だということがわかり、それで取材を継続するようになったということらしい。
 この平田という人がカミングアウトしたのが92年で、その後94年に死去するが、ドキュメンタリーでは、この間の2年間に渡り彼に密着する。ただこのドキュメンタリーの構成が、94年8月(死去後)の時点から、彼の在りし日を回想するというような形式になっていて、どこかドラマ風である。その後の是枝氏の活動を示唆するかのようである。こういった類の死去ドキュメンタリーは、現在では割合見られるが、おそらくその最初期の作品と言っても良いのではないかと思われる。この平田氏の場合、どこか飄々として人生を楽しんでいるため、死について思いを馳せるという類の重みはないが、それでも免疫不全のために視力が失われたり、身体が衰えて動きづらくなったりという症状が出てくるため、それなりに考えさせられる素材にはなっている。ただこの闘病中も、旅行したり、宝くじを買ったりパチンコを楽しんだりという生活を送っており、個人的にはあまり親近感を持てないタイプの人である。従って、このドキュメンタリーを見て感情移入するというようなことはあまりなく、淡々と他人の死を見送ったという感じであった(こういう類の人って周りに結構いるよなぁと思う)。人の生死はもちろん重いが、だからと言ってすべての人の生死が自分にとって重大かというと必ずしもそうでないということなんだろうか。なおナレーションは内藤剛志が担当している。
★★★

参考:
竹林軒出張所『五島のトラさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『最期のコンサート あるチェロ奏者の死(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『在宅死 死に際の医療(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『島の命を見つめて 豊島の看護師・うたさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『しかし… 福祉切り捨ての時代に(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-09-02 07:57 | ドキュメンタリー

『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(ドキュメンタリー)

もう一つの教育 〜伊那小学校春組の記録〜
(1991年・テレビマンユニオン)
フジテレビ NONFIX

是枝裕和の
もう一つのドキュメンタリー代表作


b0189364_15443473.jpg 映画監督、是枝裕和がテレビマンユニオン勤務時代に作ったドキュメンタリー。
 当時、文部省が新しい授業形態として、「総合学習」という、垣根を取り払った授業を導入しようとしていたが、それを実際に取り入れた学校(おそらくそのモデル校になったんではないかと思われる)を数年に渡って取材してまとめたのがこの作品である。フジテレビの深夜ドキュメンタリー枠、NONFIXで放送されたらしい。なんでも是枝氏がほとんど手弁当で、ホームビデオを使って撮影したという話である。ナレーションは一切なく、現場の映像とテロップだけで進行する。
 取材対象になっているのは長野県伊那小学校の3年春組(昭和63年当時)で、取材は昭和63年10月から平成3年3月まで行われている。この学級では、地域の酪農家から数年間、牛や馬を借り受け、それを育てるという試みを行っている。これが総合学習のテーマであり、動物を育てるという活動から、算数など他の授業にも結びつけるなど拡張性の高いアプローチをしている。酪農業に密接に繋がった授業が行われるということで、シュタイナー学校をイメージするが、印象はあれに近い。ヤマギシに近いという考え方もできる(竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』参照)。今風にいうならばアクティブ・ラーニングということになるのだろうか。いずれにしても、当時公立小学校でこれを積極的に行ったというのは、確かにかなり斬新である。
 実際生徒たちは、動物の世話を通じて、野外活動はもちろん、植物の分類(理科)、小屋の建設(図工)、意志決定(学活)、生殖の仕組みの調査(保健)なども行っていて非常に多角的であることがわかる。また、動物たちの身近な死に向き合うなどということも現実に出てくるわけで、小学校教育で是非取り入れてほしい「生命の学習」まで(結果的に)経験することになっている。
 これを見ていると、学校教育もこの学校のようにもっと自由で良いんじゃないかと思うが、もちろんこれは環境が整っているからできるわけで、すべての学校でこれをやるというわけにも行くまい。何より教員の数や資質の問題もある。それに現在では子供達の問題行動も以前より多いと言うし、なかなか一筋縄ではいくまい。ただある程度の自由さは、学校レベルで担保すべきではないかと感じる。現行のように役所が過剰に口出しせず、現場が責任を持って取り組める形式にすれば良い。役所が出てくるのは、問題が起こったときだけで結構。問題の責任を取るのが役所の仕事である。
 このドキュメンタリーに登場した子ども達がその後どうなったか、今何をしているか、このときの学習活動についてどう感じていたのか、自分の中に何を残したのかなどについても是非聞いてみたいところである。こういうところを追跡することで「総合学習」の成果や意義について総括できるんだから本来は役所がやるべき作業なんだろうが、役所の特性を考えたら期待はできないだろう。是枝監督などの関係者に『その後の”もう一つの教育”』も是非作っていただきたいものだと思う。
第9回ATP賞優秀賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『みんなの学校(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『学ぶことの意味を探して(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『本当は学びたい(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』
竹林軒出張所『しかし… 福祉切り捨ての時代に(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『彼のいない八月が(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-09-01 07:44 | ドキュメンタリー

『しかし… 福祉切り捨ての時代に』(ドキュメンタリー)

しかし… 福祉切り捨ての時代に
(1991年・テレビマンユニオン)
フジテレビ NONFIX

是枝裕和のドキュメンタリー第1作

b0189364_19032518.jpg 映画監督、是枝裕和がテレビマンユニオン勤務時代に作ったドキュメンタリー第1作。
 1980年代の中曽根政権時代、それまで継続されてきた福祉政策が大きく転換した。福祉に対するハードルが高くなり、親族援助の推進、自助努力などが謳われて、いわゆる「福祉切り捨て」が行われるようになった。要するに、福祉関連経費を削減しようという政権側の目論見である。だが、このような政策は、本当に福祉対策が必要な人に支援が届かないという状況を生み出す。2000年代以降も、何かに付け同じような福祉切り捨て政策が行われてきているため、我々の記憶にも新しいところである。その元祖が中曽根政権時代のこの政策である。
 この時代、まさにこの福祉切り捨てにあって将来を絶望した下町の女性(原島信子という人)が自ら命を絶った。そしてその数年後、それまで福祉行政に積極的に関わっていた環境庁の官僚、山内豊徳も自宅で自殺した。この山内氏、元々厚生省に入省し、福祉畑で積極的に福祉政策に関わってきた人で、福祉政策に対しても積極福祉の立場から持論を展開していたという人。奇しくも福祉を推進する側の山内と、福祉を受ける側の原島、しかもその両者は生い立ちに共通点があるんだが、その両者が同じ頃に自殺したのだった。この2人の生き様に焦点を当てながら「福祉切り捨て」政策の問題性をあぶり出すというのが、このドキュメンタリーである。
 ナレーターは森本レオで、かなり早口で話す。つまりは情報量が多く、多少落ち着きのなさを感じる作品になってしまっている。是枝裕和が最初に発表したドキュメンタリーということで気負いがあったのか知らないが、もう少しゆったりした進行にしないと、見る側は情報過多でなかなか辛いものがある。とは言え、内容は濃密で、アプローチの仕方も通常のドキュメンタリーと違ってややドラマ風なのも、是枝氏の作家性ゆえかも知れない。
 なお、福祉政策については、先ほども触れたが、その後好転しているとは言えない。相変わらず役人の無茶ぶりみたいな政策ばかりで、こういう案件を立案した役人は、その資質がそもそも福祉行政に適していないんじゃないかと感じる。今では山内氏みたいな、高邁な理想を持ち意欲に溢れた役人は、存在し得ないんだろう。そもそもこういう表現(「高邁な理想を持ち意欲に溢れた役人」)自体が、現代では形容矛盾に思える。それを考えると、福祉切り捨て政策の影響で自ら命を絶たざるを得なかった山内氏の存在自体が、あの時代を象徴していたと言えるのか。
ギャラクシー賞優秀作品賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『彼のいない八月が(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『エンディングノート(映画)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (1)(ドラマ)』
竹林軒出張所『歩いても 歩いても(映画)』
竹林軒出張所『海街diary(映画)』

by chikurinken | 2018-08-31 07:01 | ドキュメンタリー

『ブレイブ 勇敢なる者 前・後編』(ドキュメンタリー)

ブレイブ 勇敢なる者 “えん罪弁護士” 前編・後編
(2018年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

こんな弁護士がまだいるのだ

b0189364_20010550.jpeg 日本の刑事裁判での有罪率は99.9%にも上るというが、この事態が異常であることは火を見るよりも明らかである。「推定無罪」の原則からすれば検察側が容疑者の責任を証明しなければならないはずだが、実際の日本の刑事裁判の現場では、弁護側が無罪であることを証明しなければならないらしい。しかもそのハードルはかなり高く、少しぐらいの証明では簡単に一蹴されてしまう。現在の日本の刑事裁判の現場では「有罪であることを確認するだけ」になっていると言われるのも十分頷ける話である。いずれにしても無罪判決が出るのは1000件の刑事裁判でわずかに1件程度ということになっている。ある弁護士によると、一般の弁護士であれば生涯に1回無罪判決を引き出せるかどうからしいが、現在14件の無罪判決を勝ち取っている弁護士がいる。それが今村核という人で、この人がこのドキュメンタリーの主役である。
 この今村弁護士、冤罪の疑いのある案件については、徹底的に調べ上げ、さまざまなデータを集めて、科学的なアプローチで無罪の証拠を積み上げる。しかも1つの証拠だけでは採用されない可能性が高いため、さまざまな方向からアプローチし、証拠を二重三重に積み重ねて、法廷に挑む。その執念たるや、周囲の弁護士も舌を巻くほどである。だが実際のところ、刑事事件の弁護ではわずかな報酬しか得られないため、収入は非常に少ないらしい。現在独身で、しかも親の遺産で買ったマンションに住んでいるため何とか生活ができているという状態らしい。だがこういう弁護士の姿は、清廉潔白に映り、第三者的に見ている分には大変好ましい。
 とは言え、こういった真っ当な活動を行っている弁護士が食い詰めているという状況は明らかに異常であり、しかもほとんどが検察の言い分で判決が決まってしまうという日本の法曹界の現状も異常である。今村弁護士は、そういう状況に立ち向かいたいという意識でいるようだが、こういう問題は、本来であれば法曹界が(あるいは国といっても良いが)中心になって解決すべき事象である。1弁護士が巨大な問題に立ち向かっている様子は、ドンキホーテのようではある。だがしかし、その活動を認める人々は確実に増えてくるだろう。少なくともこういったドキュメンタリーが作られ、それが多くの一般人の目に触れるという状況は、改善への道筋に繋がるのではないかというような淡い期待も抱かせるのである。
第50回アメリカ国際フィルム・ビデオ祭シルバー・スクリーン賞
第54回ギャラクシー賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『時間が止まった私(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『検事のふろしき(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『私は屈しない 特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日(ドラマ)』

by chikurinken | 2018-08-05 07:00 | ドキュメンタリー

『オウム 獄中の告白』(ドキュメンタリー)

オウム 獄中の告白 〜死刑囚たちが明かした真相〜
(2018年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

アリバイ作りのような番組
結局わかったようでわからない


b0189364_18232374.jpg 先日、麻原彰晃を含むオウム関連事件の首謀者7人が処刑されたが、それに合わせて放送された「アンサー・ドキュメンタリー」である(その後、残りの6人も処刑)。
 彼ら受刑者たちが獄中で弁護士と接見したときの会話記録や、獄中から出した手紙から、オウム関連事件でどのようなことが起こったかを推測しながら、当時の事件を再構成して振り返るという内容である。
 会話記録や手紙、あるいは公判内容から事件の真相をあぶり出して、こういった事件が二度と起こらないようにするというのは、後の時代に住む我々の務めではないかと思うが、残念ながら死刑に処してしまったら結局わからずじまいのことがたくさん残ってしまうのは理の当然。まだわからない部分が多い(このドキュメンタリーでもそう言っていたが)にもかかわらず、なぜ(再審請求が出されている)この今の時期にいきなり7人も処刑してしまったか、法務省あるいは政権の良識を疑うところだが、ともかくこれによっていろいろな事実が闇の中に消えてしまったというこの事実は覆ることはない。
 実際このドキュメンタリーで紹介された、受刑者たちのいくつかのコメントからは、なかなか真相が見えてこない。このドキュメンタリーも、タイミング的に作る必要があったのかも知れないが、内容は、わかったようでわからないという状態で、きわめて物足りない。個人的には、オカルト・ブームで育ってきたアニメ世代の空想が、風通しの悪い組織で起こりがちの暴走と絡み合った結果、あのような連続殺人事件にまで行きついたのではないかと思うが、当事者の間でどのようなやりとりや葛藤があったのかがなかなか見えてこない。当事者がいなくなってしまったら、結局何も解明されないまま、この事件も過去の中に埋もれていくことになる。
 あの上九一色村にあったサティアンと呼ばれる教団施設は、ショッカーのようで不気味以外の何ものでもなかったが、ああいったショッキングな風景さえ、記憶の彼方に消えていってしまう。何らかの形できちんと総括しなければ、また同じようなことが繰り返されるかも知れない。この中途半端なドキュメンタリーを見て、そういう思いを強くしたのだった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『未解決事件File. 02 オウム真理教(ドキュメンタリー』
竹林軒出張所『死刑(本)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』

by chikurinken | 2018-08-03 07:23 | ドキュメンタリー

『“悪魔の医師”か“赤ひげ”か』(ドキュメンタリー)

“悪魔の医師”か“赤ひげ”か(2018年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

医療の問題というより
日本社会の病理


b0189364_19555310.jpg 2006年、愛媛県の宇和島で、万波誠という医師が行った腎臓移植手術が話題になった。これが耳目を集めたのは、何らかの病気で摘出された腎臓(病気腎)を、腎疾患患者に移植したためで、このような移植手術は一般的に「病気腎移植」と呼ばれる。日本で行われたのはこれが最初で、特にそれまで医師会などで事の是非が議論されていなかったことから、医療関係者をはじめとして、さまざまな批判が万波医師に浴びせられることになった。中には、金目当てで無謀な手術を行ったとして万波医師を「悪魔の医師」などと呼んでいる週刊誌記事まであって、ここまで来ると、かなり意図的な悪意を感じる。このような悪意のある見方が広がってきたことから、検察まで動き出して病院に家宅捜査が入ったりしたが、結局不起訴になり、いつの間にか世間の話題に上ることもなくなった。
 そもそも、腎疾患の現場では、提供される腎臓自体が非常に少なく、腎移植を待つ患者が大勢控えているという現状がある。しかもたとえ移植に使える腎臓が手に入ったとしても、適用障害が起こる可能性もあり、移植用の腎臓の圧倒的な不足に拍車がかかることになる。そこで、がんなどで摘出された腎臓を、がん細胞を除去した上で再利用すれば、それまで捨てていた腎臓を移植に再利用できることになり、患者にとっても医師にとっても願ったり叶ったりということになる。そういうわけで、この万波医師、こういった腎臓の使用にあえて踏み切ったのである。世間の反応はあらかじめ想定していたらしいが、そのフィーバーぶり(?)あるいは悪ノリぶりは想像以上だったらしく、自宅にまで乗り込んで「白状したらどうだ」などと迫る記者まで現れたらしい。ところが実は、このような病気腎移植、米国では割合普通に行われていて、問題になることもそれほど多くないらしい。そのため、米国の医師からすると、なぜ日本の事例がこのような大騒ぎになったのか理解不能らしいのである。
 当時の週刊誌などについては、現状をさして知らないまま、ことを面白おかしくセンセーショナルに扱っただけというのが本当のところのようで、また批判した医療関係者についても、(病気腎移植が)自分の理想とする医療と異なるために非難したというのが真相のようである(このあたりは、このドキュメンタリーで少しずつ明らかになる)。だが、こういった非難・中傷の流れが世間にできてしまうと、状況を知らない一般人も、事の真相を知らないまま、これに飛びついてフィーバーしてしまう。そして結局、「悪徳医師によって悪辣な所業が行われた」ということが既定の「事実」になってしまい、まったく無関係の人間であるにもかかわらず、したり顔でこの医師に一斉に非難を浴びせることになる。日本でよく見られる構図である。
 このドキュメンタリーでは、万波医師、患者たち、当時批判を浴びせた人々、賛成派の人々などから話を聞き、この「事件」を振り返る。日本社会の極端な保守性、弱い立場の人間への無責任な攻撃性、世間にはびこる利己的な自己満足などがあぶり出されてきて、そのあたりが特に興味深い部分である。芸能人のバッシングや冤罪事件などでもこのような構図が見られるのはご存知のとおりだが、こういった行動は見苦しいし、同時にきわめて異常な状況である。一人一人がもう少し自分の頭で考えて、物事についてしっかり判断できれば、こういったバカな風潮はなくなるかも知れないが、今の日本では、残念ながらこれが現実である。この番組のように、過去の騒動について、時代を経て振り返ると、あまりにバカっぽい現象であることがすぐにわかるが、こういった風潮に乗っかって単にバカ騒ぎしていた連中は、結局すべてをきれいに忘れてしまって、まったく気にしなくなるのだろう。このようなバッシングについては、中傷していた人間を吊し上げて相応の責任を取らせたいところだが、日本のような無責任社会ではそういうこともあまりないようだ。そのためにいつまでも同じような風潮が続くのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『光と影 光市母子殺害事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『正しさをゴリ押しする人(本)』
竹林軒出張所『調査報告 STAP細胞(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』

by chikurinken | 2018-08-01 07:55 | ドキュメンタリー

『プーチンの復讐 前・後編』(ドキュメンタリー)

プーチンの復讐 前編後編
(2017年・米Kirk Documentary Group/WGBH Educational Foundation)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

「21世紀の凶悪な独裁者」というようなイメージ

b0189364_19131405.jpg 元々アメリカの公共放送(PBS)で放送されたドキュメンタリーらしい。
 プーチンは、KGBに入ったばかりの頃、東ドイツ政府が反政府活動により崩壊していくのを目のあたりにし、その後ソ連の崩壊についても目の前で見てきた。さらにその後も、米国が独裁国家に介入して独裁者を倒していき、しかもロシアの国内問題にまで介入した(とプーチンが思い込んでいる)ことから、米国に対して復讐を遂げたいと感じるようになった。そのためもあって、米政府(特にオバマ政権)に対して強行な態度を貫くようになり、ついには2016年の大統領選挙に(フェイクニュースなどの手段で)大々的に介入し、予想を覆す選挙結果をもたらした……というのが、この番組の主張。おそらく、民主党そして以前の米政府も同じような意識を持っていたのではないかと思う。したがって、この番組で描かれるプーチン像は、あくまでもアメリカ政府側からのプーチンのイメージであり、打倒すべき独裁者、世界の厄介者というようなイメージが貫かれている。前の政府関係者、あるいはCIA長官などのインタビューが番組の中にかなり入っていることからも、そのあたりは容易に察しが付く。
 もちろんプーチン自体、相当問題がある政治家であり、民主主義などまったく認めない独裁主義者で、旧ソ連のような体制の復活を目論んでいるというのは、実際に政敵を次々に粛正していたり放送局を占領したりしていることから容易に察しが付くが、それにしても、この番組で紹介されるプーチン像はかなり偏っていると思えるし、悪意も感じる。
 アメリカ大統領選挙への介入や、周辺諸国への侵略行為は確かに容認しがたいが、こういうような独裁者像を視聴者に植え込む手法は、フェイクニュースに近いものがあり、あまり良い気分がしない。この番組については、参考にはなるが、あくまでもアメリカの前政権までのプーチン像に過ぎない、というような若干距離を置いた冷ややかな見方をすべきではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『オリバー・ストーンONプーチン(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『混沌のウクライナ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-07-30 07:12 | ドキュメンタリー

『在宅死 死に際の医療』(ドキュメンタリー)

在宅死 “死に際の医療” 200日の記録
(2018年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

登場する患者に自らを重ね合わせる

b0189364_20472322.jpg 在宅死の現場に密着するドキュメンタリー。
 1記者が個人的に作ったかのような私的なドキュメンタリー風の作品で、NHKでは少し珍しいタイプの番組かも知れない。実際、映画監督の是枝裕和がかつて、個人的な観点のドキュメンタリーをNHKで放送しようとし、自分で入れたナレーションをそのまま使おうとしたが断られたという話もあり、時代も変わったんだろうが、NHK自体も変わったということなのか。
 さて内容であるが、埼玉県新座市の堀ノ内病院の活動の紹介が中心になる。この病院、「在宅医療チーム」なるものが存在し、地域の家庭を定期的に巡回するようなことを行っている。自宅に帰ることを望む末期患者たちに対応しようというのがこのチームの創設目的らしく、数人の医師と看護師が、末期が近いお年寄りのところを訪問するという活動を行っている。このドキュメンタリーの製作者は、この現場に密着して、スタッフの活動だけでなく、末期の患者とその家族の様子を映像に収めていく。
 映像には、実際に死んでいく人、死んだ直後の人、介護に追われる家族、そしてそれに関わる医療従事者などの様子が、第三者的に捉えられており、なかなかインパクトのある映像が続く。死を間近にしていた人(医師に軽口を叩いたりする)がやがて死を迎えるというような映像も出てきて、少しばかり衝撃的ではあるが、それが、きわめて身近できわめて自然なものとして描かれる(というよりごく自然に現れる)。死は忌避すべきものでもなく逆に崇高なものでもない。ごく自然の営みとして映し出される。
 元々、終末をどこで迎えるのが幸せなのかという問いがこのドキュメンタリーの出発点らしいが、病院死や在宅死の問題より、自然な死の有り様の方に注意が向く。登場する医師と看護師が、そういった自然な死を介助する役割を負っているように見えるのも非常に新鮮。これこそが終末期医療のあり方ではないかと感じる。こういう病院と医師が身近にあればと思わせるが、いずれは全国にも広がっていくような気もする。なんぜ、国が在宅介護を推し進めているんだから(おそらくは老人が増え、病院が対応できなくなってきたためだろう)。ただ、このドキュメンタリーに登場した2人の医師みたいな立派な医師がどこにでもいるかというとそうは行かないのではと思ってしまう。終末期に不快な医師に当たったりしたら目も当てられない、などということを、この番組に登場する患者を自分の身に置き換えて考えたりしたのだった。そういう点でも、このドキュメンタリーは、死について考えるきっかけを作る良い材料になっていると言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『病院で死ぬということ(映画)』
竹林軒出張所『家で死ぬということ(ドラマ)』
竹林軒出張所『大病人(映画)』
竹林軒出張所『島の命を見つめて 豊島の看護師・うたさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『大往生したけりゃ医療とかかわるな(本)』
竹林軒出張所『武器ではなく命の水を(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-07-12 07:46 | ドキュメンタリー

『ダス・ライヒ ヒトラー “死の部隊”』(ドキュメンタリー)

ダス・ライヒ 〜ヒトラー “死の部隊”〜 前編後編
(2015年・仏Nilaya Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

『炎628』ばりの非道な行為が
『炎628』の映像で紹介されていた


b0189364_20341389.jpg ナチス・ドイツのエリート部隊「第2 SS装甲師団」は、元々ヒトラー親衛隊(SS)から発展した組織で、「ダス・ライヒ」と呼ばれていた。このダス・ライヒ、強大な戦力で連合軍にぶつかったことから、連合軍からも恐れられていたという。当初は東部戦線に配属され、ソ連国内で非人道的な殲滅作戦に従事していたが、連合軍のノルマンディー上陸作戦が実施されると、それに対応するため西部戦線に駆り出され、ノルマンディーの守備に回ることになる。だがその移動の過程で、兵器も兵士も疲弊し戦力が徐々にダウンしていった。
 一方でフランス国内ではレジスタンス運動が盛んに行われており、フランスを通過するこの第2 SS装甲師団もレジスタンスの標的になっていた。それに対抗するためか、あるいは単なる殺戮かわからないが、通過する村々で、かつて東部戦線で行ってきたような殲滅作戦を展開する。つまり民間人である村人を、レジスタンスに対する見せしめとして虐殺するということを繰り返したのである。その所業は残虐の極みで、きわめて非人道的。到底容認することができないナチスの重大犯罪の1つである。そのあたりはこのドキュメンタリーでかなり詳細に紹介されている。要は、映画『炎628』のような非道がフランス国内でかなりの数の民間人に対して行われたということ。つまり村人から男たちを集めてランダムに処刑する、女たちを教会などの建物に集めて、それに火をつけて皆殺しにするなど、暴虐の限りを尽くすというものである。このドキュメンタリー自体、全編さまざまな映像が紹介されるが、このあたりの映像は当然残っていないため、残されている写真が紹介される。同時に『炎628』の映像が使用され、ナレーションで、その際の生き残りの人々の証言(『炎628』と非常に似た所業が行われた旨)が紹介されるという演出になっている。確かに説得力はあるが(あの映画自体に相当インパクトがあったし)、ただドキュメンタリーでフィクションを使ってそれでこと足れりとするのもどうよと思う。
b0189364_20341652.jpg いずれにしても、こういう流れでダス・ライヒの悪行を紹介していくのがこのドキュメンタリーである。カラー化された(と思われる)映像も多数出るが、モノクロ映像も割合多い。カラー化するんなら全部したら良さそうだが、そのあたりは少々中途半端。
 さて、このダス・ライヒのその後だが、通過する村でこういった殺戮行為を行っていたこともあって、ノルマンディー上陸阻止作戦には間に合わなかった。結局、連合軍はノルマンディー上陸を果たし、結果的にダス・ライヒも、ノルマンディー上陸を果たした連合軍、それから英国空軍に手痛い目にあって、ほうほうの体で撤退することになった。最終的に、このノルマンディー上陸作戦成功が連合軍勝利に大きく作用したことを考えると、フランス国内での虐殺行為は、軍事作戦という点から考えても大変な失策だったと言える。
 ナチスが崩壊した結果、ドイツ政府、ドイツ軍の数々の戦争犯罪も裁かれることになったが、このフランス国内の非道については、責任者が裁かれることはなかった。中には最後まで罪に問われることなく天寿をまっとうしたものまでいる。このあたりの告発がこの番組の主旨ということになる。
 こういった非道は、ナチス・ドイツだけでなく日本軍にも米軍にもつきもので、軍隊のあるところどこにでも存在する。このダス・ライヒのフランス国内での蛮行については、素描のような絵が残っていてそれが紹介されていたが、百年戦争やナポレオン戦争を描写した銅版画とよく似ていた。ゴヤの版画で似たような情景が描かれているのを見たことがあるが、どんな時代でも軍隊は同じようなことをやっているということがわかる。その非は当然告発されるべきで、そういう意味でこのドキュメンタリーにも大きな価値があるが、しかしそれにしても、映画の映像を非道の描写シーンで(比較的長く)そのまま使っていたのはやはり引っかかるところ。また(おそらくフランスの製作局が作ったためだろうが)、フランス国内の地理がよくわからないために地名が紹介されてもちんぷんかんぷん(一応地図は出る)だったのも、翻訳過程でもう少し工夫があっても良かったのではと感じた。そのせいもあって軍事行動や戦局の展開がわかりづらかった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『炎628(映画)』
竹林軒出張所『D-Day 壮絶なる戦い(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-07-10 07:35 | ドキュメンタリー

『復活した“脳の力”』(ドキュメンタリー)

復活した“脳の力”(2009年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ

『奇跡の脳』映像版

b0189364_18514339.jpg 『奇跡の脳』の著者、ジル・ボルト・テイラーを追ったドキュメンタリー。内容は『奇跡の脳』とかなり重複するもので、『奇跡の脳』を一般視聴者に紹介するような内容と言って良い。ただし、第一発見者が実際の現場で当時の状況(ジルが脳卒中で倒れた状況)を回想したり、ジルのリハビリに協力した母が、実際の様子を紹介したりと非常に具体的な状況が紹介されるため、あの本を読んだ人にとっても大変参考になる。
 著者は、前にも書いたように、元々脳科学者でありながら37歳にして脳卒中を経験し、未知の脳の可能性を自ら体感したという人である。論理的な部分を司る左脳部分で出血が起こったことから、論理的な思考に障害が出る(計算もまったくできなくなった)が、そのためか右脳が司る感性がこれまでにないほど鋭くなり、非常に感性的な人格になった。自分に映る世界がまったく違った様相を呈し、それは非常に平和で幸せな気持ちであったと語る。これを彼女は「涅槃」(悟りを開いた境地)と表現する。
 病気によりさまざまな機能と記憶を失ったが、こういった独特の感性など、得るものも逆にかなりあったわけである。しかし、リハビリなどのトレーニングを積むことで、病前の機能が回復してくると(計算は今でも少々苦手と言う)、新しく得た感性的な部分についても徐々に失われていくことになる。もちろん現在の彼女を見ると、感性的な鋭さは依然として残っているようにも見受けられる。彼女の実際の姿からこういうことが伝わってくるというあたりはやはり映像の持つ力と言える。また、いろいろな状況が非常に具体的な形で伝えられるというのも映像の力であり、そういう点でも魅力的なドキュメンタリーになっている。
 脳疾患を経験した人も、未経験の人も、脳の不思議さに思いを馳せることができる番組である。たとえ脳卒中になっても、決して諦める必要はない(何年経っても機能の回復は続く)というメッセージも、多くの人にとって力になると思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『脳は回復する(本)』
竹林軒出張所『脳は奇跡を起こす(本)』
竹林軒出張所『私の脳を治せますか?(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-06-28 07:51 | ドキュメンタリー