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竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

カテゴリ:ドキュメンタリー( 606 )

『ロデオ 民主主義国家の作り方』(ドキュメンタリー)

ロデオ 民主主義国家の作り方
(2018年・エストニア/フィンランドTraumfabrik / Kinocompany)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

素人が政治をゼロから作り直す……

b0189364_19471164.jpg もしあなたが一国の政治をいきなり任されたら……、しかも劇的に環境が変わりつつある国の政治を……というドキュメンタリー。
 バルト三国(エストニア、リトアニア、ラトビア)は、第二次大戦中にソビエト連邦に併合され、以後50年以上に渡りソ連の一部になるが、ソ連の民主化に伴い、1990年にいち早くソ連からの独立を果たす。このニュースは当時日本にも届いており、一般の日本人にとっては快哉事だったが、当事者側にとってはそれほど簡単ではなかった。言ってみれば、それまで他所に委ねていた行政機能を自分たちですべてやり直さなければならないわけで、人材も必要、技能も必要、予算も必要になる。
 エストニアでは、独立に当たって総選挙が行われ、マルト・ラールという32歳の若者の民主政党がいきなり第一党に選ばれて、自動的にこのマルトが首相に選ばれてしまう。政治の経験などまったくない彼らが、いきなり突きつけられる難題を解決しながら、内政、外交を担当しなければならなくなった。なにしろ、それまでソ連に物流、行政の多くを依存していたため、ソ連との関係を断った途端にいきなり物資がなくなり、予算もなくなる。新政府は、最初から大変なものを背負わされるハメになる。
 そうは言いながらも、素人政治ながらなんとかやっていたが、それでも資金がないのはいかんともしがたい。そんな折に行政府にソ連のルーブルが埋蔵金として残されていることがわかる。新政府は、これを秘密裏にドルに換金して流用するというアクロバットで、資金面の難局を乗り切ってしまうのだが、後にこれが発覚し、それが原因でマルトは首相の座から追われることになる。このあたりの政治の難局をロデオにたとえて、それを乗りこなすための奮闘が紹介されるのがこのドキュメンタリーである。
 このマルト・ラール、端から見ているとババを掴まされたようなものだが、素人が政治の舵取りを行うために奮闘する姿の描写はなかなか新鮮で、その辺りがこのドキュメンタリーの魅力である。ただし少々説明不足の印象があり、わかったようでわからないような箇所が多かったのも事実。外国からの支援はなかったのかとか、どの程度外国に頼ったのかとかは気になるところだったが、そのあたりはよくわからないままで終わってしまった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ソビエト連邦のコマーシャル王(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベラルーシ自由劇場の闘い(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-23 06:46 | ドキュメンタリー

『性犯罪をやめたい』(ドキュメンタリー)

性犯罪をやめたい(2019年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

性犯罪経験者の心理にまで踏み込む

b0189364_18144629.jpg 盗撮、のぞき、痴漢、強制的性交などの性犯罪は後を絶たないが、犯人の心理に踏み込んだルポは今まであまりなかった。彼らは何度も同様の犯行を繰り返して、何度も逮捕され収監されたりするわけで、ちょっとアルコール依存などの依存症との共通性も感じさせる。現にこういった人たちの多くは犯行をやめられないわけで、再犯を恐れて、自ら治療を受けるために精神科クリニックに通う人たちもいるほどである。
 横浜のある精神科クリニックでは、こういった人たちに向けて認知行動療法を実施しており、その様子に密着するのがこのドキュメンタリーである。見たところ、その様子はAA(アルコホーリクス・アノニマス)や断酒会を思わせるようなもので、要はなぜ自分が性犯罪に走るのかについて自ら気付くようにし、そうなってしまう条件から身を遠ざけるようにする、それができるようにするというのが目的である。そのために、自分がどういう状態のときに性犯罪を犯してしまったのか、何がきっかけになったのかなどについて自ら考察しそれを記録する。こうすることで、自分の行動を認知し、危険な条件や場所に近づかないようにするというわけである。
 このドキュメンタリーではさらに、このプログラムに参加している犯罪経験者たちに個別に具体的な話を聞いており、性犯罪に走る人々の心理がよくわかるようになっている。痴漢とのぞきではもちろん動機もきっかけも違うわけだが、どの人たちにとってもそれが(当人にとって)比較的安易な犯罪行動で、きっかけがあればそちらに簡単に流れていく、押しとどめることができないという点で共通している。一般的な感覚では痴漢や強制的性交が安易な行動だとは思えないが、彼らの過去の経験がそうさせたというわけだ。したがって、手近で安易な行動という点では、アルコール依存やギャンブル依存などとの共通性はある。そのため、依存症と同様、その行動を発動させるきっかけから遠ざからなければならないということになる。
 なお性犯罪経験者の多くは、ミニスカートなど女性の露出の多さがきっかけになると答えていた。世間では、どんな格好をしても自由だ、悪いのは犯罪者の方だという主張が多く、もちろんそれはその通りなのだが、現実に性犯罪のきっかけになっているということは認知しておいた方が良いと思う。露出の多い服が性犯罪を誘っているという側面があるのは間違いない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『私、パチンコ中毒から復帰しました(本)』
竹林軒出張所『「教えて★マーシー先生」って……』

by chikurinken | 2019-07-03 07:14 | ドキュメンタリー

『北朝鮮 “帰国事業” 60年後の証言』(ドキュメンタリー)

北朝鮮 “帰国事業” 60年後の証言(2019年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

「帰国」という名の片道切符

b0189364_20153985.jpg 今から60年前の1959年に始まった北朝鮮の「帰国事業」を振り返るドキュメンタリー。「帰国事業」とは、戦後日本国籍を剥奪されたせいで差別や貧困に苦しんでいた在日朝鮮人を北朝鮮に返すという事業である。ただし実際に「帰国」した人の多くは朝鮮半島南部の出身者(つまり「北朝鮮」出身でない人)であったらしい。
 この事業、元々は、日本にある在日朝鮮人の団体、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)が、当時の北朝鮮主席であった金日成にあてて帰国の請願を出し、北朝鮮政府がそれを受け入れるという形で始まったとされる。実際には、この話を最初に持ち出したのは北朝鮮政府側であり、北朝鮮政府が韓国に対する優越性を誇示するために朝鮮総連に求めてきたというのが本当のところらしい。当時北朝鮮は、ソ連からの援助もあって、韓国より経済が良好で、韓国に対する優位性を世界中にアピールしたかった、この帰国事業がその宣伝活動の一環だったというのである。一方の日本政府の方も、在日朝鮮人を体よく追い出すことができるということでこの話に乗ったのであった。こうして、59年から約10年間に渡って「帰国事業」が進められることになる。それに当たって、もっとも積極的に取り組んだのが、当然のことながら朝鮮総連であった。
 この帰国事業にあたり、朝鮮総連は「(北朝鮮が)この世の楽園(である)」という宣伝文句で多くの在日朝鮮人を「帰国」させる。日本で経験していたような貧困は、北朝鮮にはないというのが彼らの主張であった。仕事もあるし、福祉も充実しているなどという言葉が誘い文句になり、現状に不満を感じていた在日朝鮮人は、一もなくこの話に載ってしまう。ただ「帰国」した人の中には日本人も含まれていた他、総連から半強制的に連れて行かれた人もいたという。
 このドキュメンタリーでは、関係者の証言を新たに聞き出しており、かつて「帰国事業」に参加した人々のインタビューも多く出てくる。彼らの話によると、新潟港を出港して2日後に北朝鮮のチョンジン港に着いたが、そこでまず、現地の人々の貧困の度合いにショックを受ける。日本に住んでいた我々の生活の方がずっとましではないか……ということである。すぐに日本に帰りたいという人も現れるが、もちろん日本への帰国など受け入れられない。しかも彼らの多くは北朝鮮国内の社会になかなか溶け込むこともできず、むしろ当局から危険分子として扱われることもあったという。彼らの中には強制収容所に送られた人もおり、最終的に日本に帰ることができた人はほぼいない。唯一の例外は脱北者で、命からがら何とか中国経由で韓国、日本に辿り着いた人々が多くはないが存在し、そういう人たちが今回、このドキュメンタリーで当時の事情を語っているのである。
 途中、黄長燁(ファン・ジャンヨプ)氏(竹林軒出張所『3年目のつぶやき……くらい大目に見てよ』を参照)のインタビュー音声も登場し、北朝鮮が政治的な活動として日本から人々、それから物資や資金を呼び込むのが「帰国事業」の目的であったと語っていた。結局犠牲になったのは、騙されて北朝鮮に渡った人たちで、この番組に登場する人々の家族も、あるいは餓死し、あるいは強制収容所送りになって悲惨な最期を遂げたと言う。伝えられる内容自体は、それほど目新しいものではなかったが、経験者の話を直接聞けるという点で非常に貴重なドキュメントになった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『3年目のつぶやき……くらい大目に見てよ』
竹林軒出張所『金正日 隠された戦争(本)』
竹林軒出張所『北朝鮮“機密ファイル”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『北朝鮮 外貨獲得部隊(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-07-02 07:15 | ドキュメンタリー

『連合赤軍 終わりなき旅』(ドキュメンタリー)

連合赤軍 終わりなき旅(2019年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

当事者の口から事件が語られることの意義

b0189364_17392708.jpg 世間を(同時に当時小学生だった僕も)震撼させたあさま山荘事件から47年も経つと聞くと、いろいろな感慨が湧く。
 あさま山荘事件というのは、新左翼の学生が、あさま山荘というロッジに人質を取って立てこもり機動隊と戦った事件で、学生の方も銃を持っていたことから、銃撃戦が展開され、結局機動隊に2人、民間人に1人の犠牲者が出ることになった。籠城は数日間続き、いくつかの放送局がそれをライブ中継していたため、僕などは、学校から飛んで帰ってテレビで行方を見守ったのだった。結局、犯人たちは全員逮捕されたが、犯人の逮捕後、あさま山荘に至る前に彼らの同志が12人リンチで殺されていることが、犯人たちの証言から判明するのである。
 この殺人に関わったのが、あさま山荘事件の犯人を含む、連合赤軍のメンバーであった。連合赤軍というのは共産主義者同盟赤軍派と日本共産党革命左派神奈川県委員会が連合したグループである。ここに至るまで幹部たちが次々に逮捕され、当時、残ったメンバーが日本で共産主義革命を実現するために集結していたという状況であった。彼らは山の中に小屋を作りそこで共同生活を送りながら革命のための訓練を行っていたのだが、世間から隔絶された状況であったためかどうかわからないが、「総括」という名目で内部に敵を作り出し処刑するという方向に突っ走っていったのだった。しかしこのような「革命」が成功するはずもなく、やがて警察に踏み込まれ、多くはその過程で逮捕される。それをかいくぐって逃げた5人が武器を持ってあさま山荘に立てこもったことから、あさま山荘事件が起こるのである。
 このドキュメンタリーは、このあさま山荘事件と、それに先立つ連合赤軍事件を追い、それに関わった人々に直接取材して、あの事件を明らかにしようという試みであり(まさに「総括」)、そのために、刑期を終えた関係者も実名、顔出しで登場する。取材は7年間に及んでいるらしく、かなりの力作であると言える。
 普通の学生だった彼らがなぜあのような限界状況に陥ったのか、なぜリンチ殺人が行われたのかが、彼らの口から語られ、そしてその後の彼らの人生もあわせて紹介される。中には兄の殺人に加担した加藤倫教氏、同志をアイスピックで殺し同時に婚約者を目の前で殺された植垣康博氏などもいて、彼らが背負ってきたものの大きさが語られる。彼らの話を聞いていると、オウム事件同様、社会の混迷と歪みが若者の上に影を落とした事件と言えるのではないかと感じる。僕個人としても、人間の集団が限界状況で暴走するということを最初に認識させられたケースであり、人間集団の恐ろしさを思い知らされた事件である。
 社会的にもこの事件の影響は大きく、それ以降急速に新左翼運動が収束、低迷し始め、僕らの世代にも新左翼運動に対するアレルギーが強く残された。そのため僕自身は、大学に入った後、新左翼運動に関わることはなかった(当時もまだ学内で中核派が活動していた)が、危ない集団(その当時も依然として内ゲバをやっていた。革マルの幹部を襲撃したとかいう記事が、中核派の機関誌『前進』に載っていた)に近づかないで済んだのは、ひとえにあの事件のおかげであると思っている。新左翼に対するアレルギーというのは、僕の中では相当大きかったのだ。個人的にもあの事件を、暴走する人間集団という見地から「総括」すべきだと思っていたため、かつてこのドキュメンタリーと同じ主旨の本を読んだこともある。
 一方でこのドキュメンタリーは、当事者の口からあの事件が語られるという特異性があり、それが大きな魅力になっている。そのため第三者の視点からもあの事件を「総括」できるような優れた構成になっていて、大変質の高い、しかも真摯に作られたドキュメンタリーに仕上がっている。大いに評価したい。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年(本)』

by chikurinken | 2019-07-01 07:39 | ドキュメンタリー

『天安門事件 運命を決めた50日』(ドキュメンタリー)

天安門事件 運命を決めた50日(2019年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

いろいろと懸念材料が残るドキュメンタリー

b0189364_19553913.jpg 1989年6月に発生した、北京天安門前広場での市民弾圧事件、それがいわゆる天安門事件である。
 1989年4月15日、民主派の胡耀邦元総書記が死去し、中国全土で彼を悼む追悼集会が行われた。北京の天安門前広場でも同様だが、ここでの追悼集会はなかなか収束することはなかった。ただ、集まった市民が過激なスローガンを掲げたり暴徒化することもなく、せいぜいより進んだ民主化を求めるアピールがあった程度である。
 事態が変わったのは5月になってからで、行き過ぎた民主化の進展(と当事者は考えていたようだ)について懸念を抱いていた共産党の保守派が、中国共産党の機関紙『人民日報』に、広場に集まっていた市民を暴徒と名指しする記事を掲載したことから、市民側もこれに反発するようになる。この記事を出させたのは指導部の保守派、李鵬とされているが、実はその背後に鄧小平の意向が働いていた(というのがこのドキュメンタリーの主張)。
 さらに、これをきっかけに民主派の趙紫陽総書記も失脚したため、指導部は保守派で固められ、この集会への対抗措置として戒厳令を出すことが決まる。趙紫陽は天安門前広場の市民の前に現れ、すぐに解散するよう求めたが、市民が解散することはなかった。なお彼が公の場に出たのはこれが最後になった。
 その後、指導部は全土の人民解放軍を天安門前広場周辺に集結させる。当初は解放軍の兵士も市民に向けて発砲する意志はないとマスコミに対して語っていたが、上層部からの圧力で、穏健な軍トップが罷免されるなどして武力行使へと急速に舵が切られる。
 そして6月4日未明に、西部から進入してきた戦車部隊が突然発砲し、ここでまず数十人の犠牲者が出る。市民は逃げ惑うが、軍はあちこちで実弾を市民に向けて発砲、多数の犠牲者が出る事態になった。当局発表によると犠牲者は319人ということだが、番組に登場した英国政府の資料によると千人単位の犠牲者がいた可能性もあるということである。
 今でも中国政府は、天安門事件自体なかったことにしており、そのために中国内ではインターネットを通じて天安門事件を検索しようとしても出てこないらしい。しかし被害者の家族にとってみれば真相がわからないのは納得がいかず、今でも政府に対して真相解明を要求している。
 このドキュメンタリーでは、こういったいきさつをさまざまな関係者のインタビューを交えて再構成していく。番組に登場する関係者の中には、米国に亡命した人もいるが、今でも中国に住んでいる人々も数人いて、そういう人々をテレビという公共の場に登場させて良いのかかなり気になるところである。中国政府はあるいは彼らの言動を政府批判と受け取り(大いにありうることである)、それなりの落とし前を付けさせようとするのではないか……ということが容易に予測される。中国政府の民主派に対する弾圧は熾烈を極めるもので(これについては過去のNHKのドキュメンタリーでも紹介されている)、それを考え合わせると、彼らがこの番組の放送後、どういう仕打ちを受けるか簡単には予測できない。NHKの製作者たちはそのあたりに責任を持ってこの番組を作ったのか、その辺もじっくり聞いてみたいところである。
 一方で、どうもどこか賞狙いのドキュメンタリーという印象もあり、面白い番組ではあったが、何だか「後は野となれ」風の利己主義的な匂いもして、それを考えるとこの番組の製作者のスタンスを手放しで称賛することはできない。いろいろな懸念材料を残したドキュメンタリーである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『総書記 遺された声(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『中国はなぜ「反日」になったか(本)』
竹林軒出張所『文化大革命50年 知られざる“負の連鎖”(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『中国人一億人電脳調査(本)』

by chikurinken | 2019-06-29 06:55 | ドキュメンタリー

『彼女は安楽死を選んだ』(ドキュメンタリー)

彼女は安楽死を選んだ(2019年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

安楽死も1つの選択肢と考えてみる

b0189364_16363243.jpg 世界には安楽死が認められている国がいくつかあり(日本では認められていない)、スイスもそういった国の1つ。しかもスイスは海外からの安楽死希望者も受け入れているため、安楽死が認められていない国の人々がスイスで安楽死を選ぶということも可能。実際、スイスで安楽死を希望する日本人も増えているらしい。もちろん安楽死が受け入れられるにはそれなりの条件があり、その審査を通過して初めて安楽死の施行が認められるという運びになる。
 このドキュメンタリーには、多系統萎縮症という難病のために身体の自由が利かなくなった女性が登場し、このまま寝たきりになり介助され(人工呼吸器なしでは生きていけなくなる)、周囲の人間に面倒をかけるだけの人生になることが本当に自分の生き方として良いのかと考えた末、安楽死を選択する。
 この女性、若い頃はキャリアウーマンでバリバリ仕事をこなしていたが、あるときから身体が動きにくくなり、多系統萎縮症という診断を受けた。その後、身体の機能の麻痺が進行するに伴い、2人の姉たちと同居するようになる。姉たちとは非常に親しい関係であり、安楽死についてもそれぞれで話をしているが、見送る側としては受け入れることができない、たとえ寝たきりになっても生き続けて欲しいと願っている。だがやはり本人の意志は固く、自殺未遂もこれまで何度か繰り返されてきたという。
 そんな折にこの女性は、スイスでの安楽死事情を知ることになりそのまま申し込んだんだが、すぐに実施されるというわけではなく、待機の状態が続いていた。だが身体の機能不全がますます進行してきて、このままだと安楽死の前に寝たきりになってしまい自分で死を選ぶことができなくなるという危惧が生じたために、自ら安楽死の早期実現を関係者にメールで要求し、それが受け入れられることになったのである。そしていよいよスイスに出向いて安楽死を遂げるということになる。このドキュメンタリーでは、このあたりの事情に密着取材して、安楽死を選ぶということ、それを周囲の人々がどのように捉えるかということ、どのような方法で安楽死が実施されるかなどが紹介される。一人の人間の生が終わる瞬間もしっかりと捉えられていて(死の瞬間の映像も出るが、眠るように死んでいった)、非常に見所が多い。
b0189364_16363628.jpg 一方で同じ病気になったが、生きて介護を受けることを選択したという人も紹介される。こちらも家族との関係は非常に良いが、自分が生き続けること、存在し続けることに価値を見出したという。この2つの対照的な事例が非常に印象的で、見る我々に対し、安楽死について考えるための素材を提供する上で十分な役割を果たしている。
 僕自身は同じ立場になったら安楽死を選びたいと(今の時点では)考えているが、いずれにしても現状では日本で安楽死を選択することができないわけだ。安楽死が認められている国々でも、それほど昔から認められていたというわけではなく、さまざまな議論を経て、人道的な見地から、自ら死を選択することを1つの選択肢として受け入れることにしたわけである。日本の現状については、議論すらしていないというレベルで、何が何でも死ぬまで生きるべきという一種の信仰に対してまったく疑問を抱かない人が多い。しかし人それぞれに事情があり、安楽死がその人にとってベストの選択ということも十分あり得る。少なくともそういう人の選択に対して、他人がとやかく口を挟むようなことではあるまい。
 さまざまな家族制度、あるいは死刑制度にしてもそうだが、とかく日本では、全然関係ない他者がやたら他人の事情に(消極的にであっても)介入している状況がある。他人の事情に介入するんだったら、少なくとも彼らの事情を理解し、十分そのことについて考えた上でするべきだと僕は思う。そういう点でも、安楽死の現状をレポートしたこのドキュメンタリーは、考えるための素材として大いに役に立つものであり、価値が高い。番組自体どこか賞狙いみたいな印象も受けるが、しかしその問いかけは重要である。日本のゼロ思考の人々が安楽死について考えるきっかけになる可能性もあり、安楽死についての議論を進めるという意味で、社会に一石を投じる役割をもしかしたらこのドキュメンタリーが果たすかも知れない。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『死刑(本)』

by chikurinken | 2019-06-28 07:35 | ドキュメンタリー

『完全再現!黄金期のフランス古城』(ドキュメンタリー)

完全再現!黄金期のフランス古城
(2018年・仏Peignoir Prod)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

実に面白い……プロジェクト

b0189364_19290621.jpg フランス、ブルゴーニュの森の中に、中世の城(「ゲドロン城」)を中世の素材、技術だけで再建しようというプロジェクトが1998年に始まった。素材は、中世と同じものを使うことになっているが、厳密に言うと、この城の周囲3km以内で採れるものに限定するという凝りようで、森の木から建築素材と道具、土から瓦や焼き物、石や岩から建築素材や金属という具合にすべてをそこで調達する。道具も12、13世紀に使われていたものを再現しており、このあたり、西岡常一の法隆寺修復工事を彷彿させる(竹林軒出張所『宮大工西岡常一の遺言(本)』参照)。だがこの城の工事に対する徹底度はそれをも上回るような気がする。このプロジェクト、25年かかる予定で城はまだ完成していないが、このドキュメンタリーでは、このプロジェクトの背景と現在の進行状況を紹介している。
 先ほども言ったようにすべてが現地調達という原則であるため、釘を作るにしても、近隣の岩から鉄鉱石を探し出して、現場に作った溶鉱炉で鉄を精錬するというプロセスを経る。モルタルにしても、近隣で探し出した石灰石から生石灰を精製し、近隣の砂と混ぜて作り出す。また道具についても、当時の記録に従って人力で動かせるクレーンを作ったり(巨大な輪の中に人が入って歩くことで輪を回す装置。これが非常に印象的)、必要であれば橋や足場を架けたりもする。その上で、橋については釘を使わずに木組みだけで作った方が長持ちするなどという結論が得られる。
 こういうことを考えると、このプロジェクト自体、全体的にどこか学術的な香りがするんで、学術機関や行政組織が関わっていることが容易に想像できる。職人も中世風の格好をして中世風の仕事をしているわけで、この撮影のためにこういう格好をしたのかも知れないが、どこかテーマパーク風でもある。職人の人たちもそれぞれ教育がありそうで、いかにも学術プロジェクトという印象も漂う。
 現在の日本でも城の再建は当時の工法で行わなければならないというように本物志向になっているが、その先取りになっているかのようなこの「ゲドロン城」プロジェクト、大変興味深いところである。しかし先ほども言ったようにまだ完成しているわけではなく、また建造以前の森の状態も紹介されていなかったし、建造途中の映像などもなかった。つまり現状報告のみだったため、そのあたりが少々物足りない。興味深いプロジェクトであるため、いずれ完成したらまとまった形で記録映像が出てくるだろうとは思うが、このドキュメンタリーについては、その予備知識を提供する程度のもので終始していてそのあたりが残念な部分である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『宮大工西岡常一の遺言(本)』
竹林軒出張所『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言(映画)』

by chikurinken | 2019-06-12 07:28 | ドキュメンタリー

『ダビンチ 幻の肖像画』(ドキュメンタリー)

ダビンチ 幻の肖像画
(2018年・仏ZED & SYDONIA他)
NHK-BS1 BS1スペシャル

ダビンチはこんな顔だった……のか

b0189364_17113766.jpg ある美術史家がある肖像画(テンペラ)の鑑定を依頼されるところからこのドキュメンタリーは始まる。依頼主は、この絵をオークションに出そうと思っている、ガリレオの肖像画だ……と言うが、この美術史家は「ガリレオ? とんでもない、レオナルド・ダ・ビンチの肖像画ですよ」と答える。
 こうして、2008年、レオナルド・ダ・ビンチの肖像画と疑われる作品が世の中に出てくる。なぜレオナルドの肖像だと判断されたかというと、イタリアのウフィツィ美術館にこれとよく似た肖像画があり、しかもそれは長年に渡ってレオナルド・ダ・ビンチの自画像とされていたためである。だがこのウフィツィの肖像画(「ルカーニアの肖像画」と呼ばれている)、年代鑑定の結果、レオナルドの死の100年後に描かれたことが証明された。つまり複製画であることがわかったのである。
 とすると、今回出てきたのがそのオリジナルなのか……ということになる。そこで科学的な調査を進め、この絵がいつ描かれたか判断するという手順に進む。
 まず最初に、使われている絵の具の解析を行う。それによると、肖像画に描かれている羽根飾りの部分以外は、すべてルネサンスの時代のものであることがわかる。羽根飾りからは、20世紀になって使われるようになった二酸化チタンが検出されたが、これは後世の修復の際に書き加えられたものと判断された。
b0189364_17114647.jpg 次に絵が描かれているパネルの素材について鑑定される。そしてこの素材がポプラであることが判明する。これもルネサンス時代によく使われた素材(モナリザにも使用されている)である。また炭素年代測定により、この木が15世紀後半から16世紀初頭に伐採されたものが判明した。
 さらにパネルの裏側に、鏡文字で「PINXIT MEA」と書かれていることが判明(ダビンチが鏡文字を頻繁に使っていたことは有名)。「PINXIT MEA」とは、拙いラテン語で「彼が私自身を描いた」というような意味らしい。これも、ラテン語の素養があまりなかったダビンチの背景とよく付合する。さらに筆跡鑑定によっても、この文字がダビンチの手稿の文字と非常によく似ていることがわかる。しかも、暗い色調、毛髪の描写、スフマート、左右の目の視線のずれなど、ダビンチの他の作品と共通する特徴も見られる。
 ではこれがダビンチの手になる絵だとして、果たして自画像なのかということが問題になる。そのために、現在英国に残されている弟子のメルツィ作のダビンチの横顔の肖像画(ダビンチの唯一の肖像画とされている)と、今回出てきた「新・ルカーニアの肖像画」に映されている容貌を比較し検証することになった。その結果、顔の作りが両方の肖像画でかなり近い(「人相の共通点が見つかる」と表現されていた)ということも判明する(ダビンチが顔の寸法を実際に計測して肖像画を描いていたことは有名らしい、このドキュメンタリーによると)。
b0189364_17114389.jpg さらに「新・ルカーニアの肖像画」に残された指紋(絵の表現のために指を使っているため表面に指紋が残されている)を調査し、その作者の親指の指紋を再現。これが(おそらくダビンチの他の作品〈「白貂を抱く貴婦人」〉から)再構築された指紋と一致していることが判明したようである(このあたりは非常に曖昧な表現だったため、はっきりしたことがわからない)。
 以上のような鑑定を経て、「新・ルカーニアの肖像画」はダビンチ作品であり、しかもダビンチの自画像である可能性が高いという結論に落ち着いたようだ(このあたりも曖昧な表現だった)。その後、後の時代に付けられたと思われる羽根飾りの部分やニスを除去して、完全に元の絵が復元された。
 このドキュメンタリーでは、上記のような美術作品の鑑定の過程をかなり詳細に紹介すると同時に、レオナルドの生涯も、それと同時進行で再現映像を交えて紹介する。そのためこの絵の背景だけでなく、レオナルドの生き様や作品まであわせて堪能できるようになっている。よくできた面白い作品だが、ところどころ(結果を整合させるための)ごまかしのような箇所があり、もしごまかしでなければ(曖昧な表現ではなく)このあたりをはっきりさせて欲しかったところである。
 通常であれば『BS世界のドキュメンタリー』で放送されるような内容の番組であったが(放送の形式も非常によく似ていた)、今回はBS1スペシャルで放送された。どういう理由なのかはわからない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『二枚目のモナリザの謎(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『フェルメール盗難事件(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-06-10 07:11 | ドキュメンタリー

『運慶と快慶 新発見!幻の傑作』(ドキュメンタリー)

運慶と快慶 新発見!幻の傑作(2019年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

NHKの歴史物は信頼性に欠ける

b0189364_20514669.jpg 東大寺南大門の金剛力士像の作者とされているのは運慶と快慶だが、実はこの運慶と快慶、作品がそれほど多いわけではない(特に運慶)。ところが、今新しいテクノロジーのおかげで、運慶作、快慶作であることが判明した仏像が次々に登場している……という内容のドキュメンタリー。
 内容は『日曜美術館』の延長線上みたいなもので、取り立てて目新しさはなかったが、興福寺の四天王・増長天像(運慶作であることが判明したらしい)にコンピュータで彩色(元の姿を再現)した映像は実に見事であった。他には、運慶と快慶をキャスティングした再現ドラマがちょっとだけ挿入されていて、50分枠のドキュメンタリーにしては少々贅沢な感じがした。もしかしたら運慶・快慶のドラマをNHKですでに作っていて、このNHKスペシャルがその番宣の役割を果たしていたのではというような穿った見方までしてしまう。
 いずれにしてもNHKの美術ドキュメンタリーは、毎度ながらもう一つという印象である。それに、NHKの歴史ドキュメンタリーでよく見られるんだが、一部の学者の(大して根拠のない)仮説が、さだめし公認の事実であるかのように伝えるのはいい加減やめてほしいと思う。たとえば、ある学者が「……と推測することもできます」などと語っている内容が、その直後、それが既定の事実であるかのように話が進められていくことが非常に多い(特に歴史ドキュメンタリー、医療ドキュメンタリーでもよく見られる)。こういう番組作りは、歴史を歪める由々しき所作だと思うが、そういうことには一切反省がないようで、いまだに続いている。このドキュメンタリーでも、似たような場面があったので、苦言を呈しておきたい。そもそも「新発見!幻の傑作」というタイトル自体がかなりオーバーで扇情的であると感じる。
★★★

参考:
竹林軒出張所『龍馬 最後の30日(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2019-06-08 06:51 | ドキュメンタリー

『罠師 片桐邦雄・ジビエの極意』(ドキュメンタリー)

罠師 〜片桐邦雄・ジビエの極意〜(2018年・静岡放送)
監督:柏木秀晃
撮影:三島乾児
ナレーション:鉄崎幹人

生き物を食らうということに思いを馳せる

b0189364_17435465.jpg 「ジビエの極意」というタイトルのせいで(グルメのドキュメンタリーかと思っていたため)あまり食指が動かなかったが、「日本民間放送連盟賞グランプリ受賞」という謳い文句に惹かれて見てみたところ、非常に濃密なドキュメンタリーで、結果的に嬉しい驚きになった。ちょっとお目にかかれない映像も満載で、「グランプリ受賞」にふさわしい傑作だと感じる。
 静岡県浜松市在住の片桐邦雄という人は、ジビエ料理の割烹を経営する料理人だが、実はここで供される野生動物の肉はこの人自身が獲ってきた獲物のものである。しかも銃ではなく罠を使って動物(猪や鹿)を生け捕りし、丁寧に捌いて、あらゆる部位を活用し、それを料理にして提供するという徹底ぶりである。この片桐氏、獲物は自然からの贈り物であってその命に対しても敬意を表す……というスタンスであり、さながら狩猟採集先住民族の哲学のようである。生け捕りにするのは、処理するまでに時間をかけないようにするという目的のためで、こうすることでジビエ料理につきものの血なまぐささをなくすことができるらしい。
 実際の狩の様子も撮影されており、これがまた緊迫感に溢れたすばらしい映像である。罠はすべて自作で、動物が足を踏み入れるとその足を拘束するという仕掛けである。獲物がかかると発振器でそれが知らされることになる。その後、その動物の元に駆けつけ、まず鼻、それから足を拘束してから、動物に目隠しを施した上でそのまま(無傷で)車に積み込むという算段になっている。だがこういった一連の作業はすべて一人で行われるのである。つまり1対1で獲物に対峙するため、獲物を獲る方もかなりの危険が伴うわけである。映像には、片桐氏の息づかいや動物のうなり声が収められており、生き物対生き物のせめぎ合いをそこに見てとることができる。こういう映像を見せつけられると、最大限の労力を費やして獲物を捉えた片桐氏が、その獲物に対して敬意を払うようになるというのもよく理解できるというものだ。食肉の状態で売られているものを見てもそこに生命を感じることはあまりないが、直接こうして生命と格闘すれば、それを食うとしても、少し前まで食う側と同じ生命を持っていた生き物であることが意識される。生命というのはそれくらい重いものであるはずで、これこそがこのドキュメンタリーのテーマであると思う。それが、現代の、生命をないがしろにしたかのような食に対する、意義深い問いかけになっているのである。
 この片桐氏、他にも川魚漁をやったり、ニホンミツバチの養蜂までやっているらしい。このあたりも大変興味深いところで、この辺も紹介してほしかったが、本作がグランプリを受賞したことでもあるし、もしかしたらこの辺にスポットを当てた続編が作られる可能性もある。瞑目して待とう。
平成30年日本民間放送連盟賞グランプリ受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『Love MEATender(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『イヌイットの怒り(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『いのちの食べかた(映画)』
竹林軒出張所『フード・インク(映画)』
竹林軒出張所『ありあまるごちそう(映画)』
竹林軒出張所『タイマグラばあちゃん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『食について思いを馳せる本』

by chikurinken | 2019-05-18 07:43 | ドキュメンタリー