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竹林軒出張所

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『永平寺 禅の世界』(ドキュメンタリー)

永平寺 禅の世界(2018年・NHK)
NHK-BS1

現代風の演出の映像ドキュメンタリー

b0189364_18135927.jpg 曹洞宗の本山、永平寺の四季の移ろいと寺での雲水(修行僧)の修行を記録したドキュメンタリー。
 全体的に詩的な映像が多く、説明的な要素は少なめである。ところどころに、寺の重役(と言って良いのかわからないが)の住職や雲水たちのインタビュー映像が交えられる。また、開祖道元の『正法眼蔵』の一節が随時流されるなど、禅への理解の助けにしようというアプローチも見受けられる。永平寺のドキュメンタリーは、これまでいくつか見てきたが、このドキュメンタリーは非常に現代風な演出で、きわめて洗練されている。映画の『ファンシイダンス』に出てきた雲水の日常の所作(洗練されていて個人的には好き)も紹介されていて、そのあたりも興味深かった。
 さらに、曹洞宗の世界的な広がりも紹介され、全米のあちこちに点在するという禅道場の映像や、ミラノの曹洞宗の禅寺(永平寺公認)の修行の様子なども紹介される。ミラノの禅寺では、永平寺とほとんど同じような修行が修行者(雲水もいるようだ)によって行われていて、しかもこの寺を開いたのはイタリア人の禅僧で、そういう点が非常に意外で斬新な感じがした。いろいろなストレスにさらされて苦しんでいる現代人にとって、禅が自身を見つめ直すきっかけになるということで、禅つまり曹洞宗が世界的な広がりを持っているということなんだそうだ。
 ただ僕の個人的な感覚で言うと、雲水の修行ということにまでなってしまうと、自身を見つめ直すというよりむしろ世間との関係を断つという方向性に向かうような気がして、これはもう現代社会とは異なる世界に行くといういわゆる「出家」になってしまい、方向性がまったく違うような印象を持っている。現代人が禅をやってみる程度であれば有益だと思うが、そこを極めていくということになると、俗世から離れる方向に行きはしないのかと、毎日禅を行っているというアメリカ人(おそらくIT関連の勤め人)を見て感じた。
 それから、このドキュメンタリーには全編ナレーションが入っているが、テレビ放送ではナレーションの声が著しく小さく、ほとんど聞き取れないレベルであった。どういうつもりなのかわからないが、こういうナレーションならばないのと同じである。僕は字幕を表示してそれを読んでいたんだが、有意義なナレーションだと感じた。それならば聞こえるように出すべきではないかということになる。もっともこれはうちのテレビ環境のことだけかも知れないが。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『NHK特集 永平寺(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-11-16 07:13 | ドキュメンタリー

『よみがえる金色堂』(ドキュメンタリー)

よみがえる金色堂
(1970年・日映科学映画製作所)
脚本・演出:中村麟子
撮影:中山博司、石原保

記録映像に終始した作品
だが記録としての価値は十分ある


b0189364_17550975.jpg 岩手県にある中尊寺金色堂は、奥州藤原氏の栄華を反映した建物として有名で、全面に金箔が貼られた建物が現存する。おそらく現在拝観できるようになっているんではないかと思うが、行ったことがないんで詳しいことはわからない。その様子は写真では見たことがあり、金閣を思わせるキンキラキンの外観は、かつての奥州藤原氏の繁栄を今に伝えるものだと思っていたが、実はこの金色堂、昭和37年から5年かけて修理し、その際に金箔を施したもので、それ以前の写真を見るとかなりボロボロで、金色堂と言うよりもわびさび堂というような風情である。このあたりは金閣と事情は似ているようである。
 で、このドキュメンタリーは、その際の復元修理の模様を記録したもので、金色堂に使われている螺鈿細工の再現や、蒔絵を施した柱の再構築などにスポットが当てられている。興味深い点も多いが、記録映像としては割合ありきたりで、特別目を引くものはない。もちろんそれぞれの職人技は見所が多いが、1本の映像作品としては平凡である。あくまでも記録の範疇を出ない。
 それより何より、金色堂を保護するために鎌倉時代に建てられた覆堂が、コンクリートで復元されたという話(これについてはこの作品の中で少しだけ触れられている)にいささか驚いた。金色堂については、文化財を作られたときと同じ方法で再現するという原則が貫かれているらしく、これは現在の文化財保護のあり方に共通する考え方であり、十分納得できるが、覆堂についてはまったくそうではないことになる。何でも耐震性などを考慮したということだが、コンクリート建築の方が災害時は危険だという考え方もある。文化財保護という観点からも受け入れられない話だと思うが、関係者はそのあたりは平気だったんだろうか。
 現在、修復工事をしている薬師寺東塔にも、基台にコンクリートを施したなどという話を先日聞いたが、文化財保護の観点から考えると、こういった少しずれた方法論がまかり通っていることに大変違和感を感じる。これはこの作品とは直接関係ない事柄ではあるが、映像を見ていて一番気になった点であるため、ここに記しておく。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『炎立つ 総集編 (1)(ドラマ)』
竹林軒出張所『五重塔はなぜ倒れないか(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『宮大工西岡常一の遺言(本)』
竹林軒出張所『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言(映画)』

# by chikurinken | 2018-11-15 07:33 | ドキュメンタリー

『ムッシュ・カステラの恋』(映画)

ムッシュ・カステラの恋(1999年・仏)
監督:アニエス・ジャウィ
脚本:アニエス・ジャウィ、ジャン=ピエール・バクリ
出演:アンヌ・アルヴァロ、ジャン=ピエール・バクリ、ブリジット・カティヨン、アラン・シャバ、アニエス・ジャウィ、ジェラール・ランヴァン、クリスティアーヌ・ミレ

笑いあり涙ありだが
一方であれこれ放り込みすぎ


b0189364_16391560.jpg 内容はほとんど憶えていなかったが、前に見たときは大変気に入っていたようで、過去に★★★★を付けていた(竹林軒『2004年の5本:リスト』参照)。そんなに気に入った映画ならば……ということで(内容は憶えていなかったわけだが)今回もう一度見ることにした。
 芸術などにまったく造詣のない現実主義の会社社長、カステラ氏が、自身の英語家庭教師になった女性をたまたま舞台で目にして(彼女は売れない舞台女優だった)突然恋してしまう。その舞台女優クララの周辺は芸術家ばかりが集まるコミュニティで、いきなりカステラ氏、慣れていない別世界の環境に放り込まれることになるというのがメインになるストーリー。
 サブプロットがいろいろ織り交ぜられていて、カステラ氏の運転手や護衛、それからよく行くバーのバイト女性の恋模様まで絡んでくる。監督は、バーのバイト女性も演じているアニエス・ジャウィという人。しかもカステラ氏を演じたジャン=ピエール・バクリも製作に一枚噛んでいて、同時に共同脚本にも名を連ねている。舞台女優を演じたアンヌ・アルヴァロという人もフランスでは有名な舞台女優らしい。この映画の関係者たち自身が多才な人たちばかりで、映画に登場する芸術家たちの集まりは彼ら(つまり自分たち)がモデルかとも感じる。
 全編軽いタッチで、笑いやもの悲しさもある、いわゆるペーソス・タッチの作品であるが、少々こんがらがったような印象が最後まで残ったのは、サブプロットが多すぎることが原因ではないかと思うが、それでも最後はうまくまとめられていて、試聴後感は良い。だが前回見たときほどの感動はないなーと思う。良い映画ではあると思うが、前に見たときにどこにそんなに感心したのかも思い出せない。
2000年セザール賞作品賞、脚本賞他受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アメリ(映画)』
竹林軒出張所『仕立て屋の恋とフェリックスとローラ(映画)』
竹林軒出張所『髪結いの亭主(映画)』
竹林軒出張所『親密すぎるうちあけ話(映画)』

# by chikurinken | 2018-11-14 07:38 |

『渚にて』(映画)

渚にて(1959年・米)
監督:スタンリー・クレイマー
原作:ネヴィル・シュート
脚本:ジョン・パクストン、ジェームズ・リー・バレット
出演:グレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー、フレッド・アステア、アンソニー・パーキンス、ドナ・アンダーソン

テーマは意欲的だが内容が伴わない

b0189364_20535855.jpg 核戦争後の世界のありさまを描く一種の終末テーマのSF映画。北半球では核戦争のせいで人類が絶滅し、オーストラリアにはまだ放射能の影響が及んでいないため、オーストラリアの人々は普通の生活を送っている……というのが背景になっている状況である。
 主人公は、米海軍の潜水艦艦長(グレゴリー・ペック)で、たまたま海底にいたため核戦争の影響を受けず、そのままメルボルンに寄港したというような設定。この映画の舞台は1964年の設定になっていたので、てっきり1962年のキューバ危機を念頭に置いて作られた映画かと思っていたが、製作年は59年ということで、キューバ危機はこの映画の後ということになる。偶然とは言え何だかすごい話である。
 さて、このように大変興味深い話なんだが、ストーリーが何だかいい加減な上、登場人物の(オーストラリアと北米間の)移動もまるで瞬間移動したかのようで、相当ご都合主義的である。また、放射線の影響という点でも、今見るとあまり現実的ではない。何より、ドラマとしての流れが非常に悪いために、僕は最初の10分ぐらいから最後までひたすら退屈していた。描かれるモチーフも、人類の生存の可否を扱っているのは確かだが、他にも恋愛あり、レースあり、夫婦愛ありとわけのわからない多様さで、まったくまとまりがない。古い映画で今でも残っているんで名画の類だと思うが、率直に言って、見所は皆無に近い駄作と言わざるを得ない。
 テーマや主要なモチーフは非常に意欲的で、ハリウッドで作られた映画とは思えないようなものだったが、映画の内容がテーマについていけてないという、誠に残念な結果に終わっている。いろいろな点でリアリティが欠如していて、突っ込みどころが多いのも大きな問題である。
★★☆

参考:
竹林軒出張所『招かれざる客(映画)』
竹林軒出張所『ニュールンベルグ裁判(映画)』
竹林軒出張所『ラ・ジュテ(映画)』
竹林軒出張所『吸血鬼ゴケミドロ(映画)』
竹林軒出張所『風の谷のナウシカ (1)、(2)(本)』

# by chikurinken | 2018-11-13 07:53 | 映画

『時の支配者』(映画)

時の支配者(1982年・仏)
監督:ルネ・ラルー
アニメーション監督:メビウス
原作:ステファン・ウル
脚本:ルネ・ラルー、メビウス
脚色:ジャン=パトリック・マンシェット
出演:アニメーション

精緻でユニークな美術が魅力

b0189364_15594477.jpg 『ファンタスティック・プラネット』のルネ・ラルーがメビウスというマンガ家と組んで製作したSFアニメ。
 メビウス(ジャン・ジロー)という人、僕は全然知らなかったんだが、手塚治虫や大友克洋、宮崎駿に影響を与えたというフランスのマンガ家で(メビウス自身も彼らの影響を受けたと語っている)、しかも『エイリアン』のデザインも手がけているらしい。そういう人が存在することについて大いに関心を持ったため、今回メビウスが関わったという作品を見ることにしたというわけ。
 この映画では、原画などを担当しているということで、おそらく絵がメビウス風なのではないかと思う。確かに精緻に描かれていて魅力的で、どことなく大友克洋を彷彿とさせる。登場人物、特に子どもの顔が大友克洋の絵によく似ているとも思う。少しばかり不思議で不気味な植物や動物があちこちに出てきて、独特の世界が形作られている。このあたりは『ファンタスティック・プラネット』とも共通である。
 ストーリーは、原作ものということもあり、かなり凝りまくった話である。タイム・パラドックスの類の話で、なんとなく辻褄が合わないような気もするが、意外性のある面白いストーリーではある。
 映像やキャラクター・デザインは非常に魅力的であったが、エピソード間のつなぎの部分が(これは全体に言えるんだが)非常に単調で(絵が動かないとでも言えば良いのか)面白味がない。これは『ファンタスティック・プラネット』にも共通する部分で、そのために中だるみした印象が出てくる。そのためかどうか知らないが、80分程度の映画だったが、途中かなり退屈した。鑑賞中、時計を何回も見たというのが実際のところである。とは言え、先ほども言ったように、見所は多く、決してないがしろにできない作品であるとは思う。
ファンタフェスティバル映画祭1982 最優秀子供映画賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ファンタスティック・プラネット(映画)』

# by chikurinken | 2018-11-12 06:59 | 映画

『犬ヶ島』(映画)

犬ヶ島(2018年・米)
監督:ウェス・アンダーソン
原案:ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ、ジェイソン・シュワルツマン、野村訓市
脚本:ウェス・アンダーソン
声の出演:エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、野村訓市、ブライアン・クランストン、コーユー・ランキン

ストーリーがくだらない

b0189364_17205488.jpg メガ崎市という架空の日本風味の都市が舞台のアニメーション。日本風味と書いたが、相撲や歌舞伎が出てくるし、市長は三船敏郎風だし、メガ崎市では日本語が話されているから、舞台は日本なんだろう。だがなぜ舞台が日本であるかはわからない。製作者の趣味か。
 全編ストップモーション・アニメーションで作られているという話だが、映像にぎこちない感じはまったくなく、非常にグレードが高い。だが話自体については、あまり面白味がない。少年と犬との愛と友情の話ということになるんだろうが、単純でつまらないストーリーである。
 声優には、有名な俳優が起用されていて、しかもゲスト的にスカーレット・ヨハンソンやオノ・ヨーコ、渡辺謙まで出てきて豪華である。また、『七人の侍』のパロディみたいなシーンがある他、何より『七人の侍』のテーマ曲が随所に流れるんで、同作を大いに意識しているんだろう。僕がこの映画に興味を持ったのもそのあたりだったんだが、結局のところ、だから何だ?というレベルでとどまっている。三船敏郎風の小林市長も、声が甲高くて全然三船風の迫力がない(映像については迫力があるが)。もう少しドスの利いた声の声優を起用したら良かったのにと思う。だが、そういう話以前に、内容がつまらないという致命的な欠陥があるわけだが。
★★★

参考:
竹林軒出張所『アナと雪の女王(映画)』
竹林軒出張所『スーサイド・ショップ(映画)』
竹林軒出張所『山賊の娘ローニャ (1)〜(3)(アニメ)』

# by chikurinken | 2018-11-11 07:21 | 映画

『ルーツ』(5)〜(6)(ドラマ)

ルーツ (5)〜(6)(1977年・米)
 第5話 自由への賭け
 第6話 新たなる天地を求めて
原作:アレックス・ヘイリー
脚本:アーネスト・キノイ、ジェームズ・リー
演出:マーヴィン・J・チョムスキー他
出演:レスリー・アガムス、チャック・コナーズ、ベン・ベリーン、リチャード・ラウンドトゥリー、オリビア・コール、ゲオルグ・スタンフォード・ブラウン、ブラッド・デイヴィス、ロイド・ブリッジス、バール・アイヴス


苦難の登場人物が現代に繋がる

b0189364_17093288.jpgネタバレ注意!

 アレックス・ヘイリーの『ルーツ』をドラマ化したもので、77年に全米でテレビ放送され大ヒットした作品。
 第5回は、キジーの息子、ジョージ(通称チキン・ジョージ)が主人公である。闘鶏師として腕を上げたジョージは、やがてマチルダと結婚し、子どももできる。だがその後、ジョージの所有者である農園主(実の父の白人)と心情的に対立するようになる。そんな折、賭け闘鶏で大勝負に出たその農園主は、ジョージの奮闘も虚しく惨敗し、財産を失ってしまう。その抵当として、優れた闘鶏師であるジョージの所有権を譲ることになり、ジョージは数年間英国に渡ることになる。
 第5回の後半は、ジョージの息子トムの世代。14年後に米国に帰ったジョージは、妻と息子のもとを訪ねる。そして自分が自由な身になり奴隷身分から解放されたことを打ち明ける。ただしこの地(妻と息子が住んでいる州)の法律では、この州に6カ月以上とどまった自由黒人は自動的に奴隷になるという条項があり、やむなくジョージは、妻と子ども達を置いて他の州へ去る。その後、南北戦争が始まる。トムは差別主義の白人たちと対立していく。
 最終回は、その後のトムの一家の様子。南北戦争で南部が敗北し、黒人奴隷が解放されることになる。とは言え、白人同様の扱いになるわけではなく、身分が奴隷でなくても実質的には農奴的な生活を余儀なくされる。一方で、白人と対等な関係を主張するトムは、白人たちのリンチを受けることにもなる。そんな折、チキン・ジョージが戻ってきて、北部に農園を手に入れたから全員でそこに移ろうと申し出る。農奴を手放したくない白人たちとの戦いが始まる……。
b0189364_17094184.jpg ジョージはドラマの最後に、息子や孫たちを前にして語る。「我が家の最初の奴隷は、じいさんのクンタ・キンテだ。だが、じいさんは奴隷になる前は自由だった。遠いアフリカという国にいた。だが、太鼓を作るため木を探していて奴隷商人に捕まった。そしてアメリカのアナポリスに連れてこられた。クンタ・キンテは自分の生まれた国を決して忘れなかった。そして自分の国の言葉も。コーはハープで、カンビ・ボロンゴは川のこと。彼は自由になるために戦った。逃げられぬよう足を切られたあとでも。死ぬ前に、自由への夢を娘、キジーに託した。キジーはその夢を、次のジョージに託した。ジョージは、それを息子たちに。自由になる日まで。そしてついに自由になった。」
 そして最後の最後に来るシーンは、アレックス・ヘイリー自身が登場して語る後日談である。トムの娘は、新しい農園で成長し、やがて材木商を営む黒人と結婚。その2人の間にできた娘はヘイリーという名の教師と結婚。そしてその間に生まれたのが原作者のアレックス・ヘイリー。ジョージが子孫たちに語った先祖の歴史が、ヘイリーの世代(クンタ・キンテの7代後)まで語り継がれてきた……と語られる。
 第1回から第4回までと同様、全編非常に劇的で、見所も多い。ただし第6回は、少々演出を劇的にしすぎたせいで、やり過ぎ(演出過剰)の感が出てきた。視聴者を引き付けなければならないテレビドラマという観点から見れば仕方がないのかも知れないが、多少興が醒める。それでも、黒人の理不尽な被差別の有り様をまざまざと見せつけられ、差別というものがどういうものであるかが実感できるという点で、素晴らしいドラマであることには変わりない。最後にヘイリー自身が出てきて、このドラマの登場人物たちと自分との繋がりを語るという演出も大変よくできている。このドラマは、放送時、アメリカで(そして日本でも)非常に注目され高い視聴率を獲得したが、あの時代の人権意識の高さを物語るようなエピソードだと思う。今の時代みたいに人権意識が希薄になりつつある時代にこそこういったドラマが必要ではないかと思うが、今放送されたところであまり注目されないかも知れないとも感じる。
 毎回のようにゲストキャストが出ていたが(前回も書いたが、実は知らないゲストが多かった)、第6回は、カントリー歌手のバール・アイヴスがそれに当たるようだ。ただしバール・アイヴスも、O・J・シンプソンやスキャットマン・クローザース同様、当時すでに俳優活動をやっていたため、他のキャストから浮いているというようなことはまったくない。
プライムタイム・エミー賞作品賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ルーツ (1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『キング牧師とワシントン大行進(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『人種隔離バスへの抵抗(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『グローリー 明日への行進(映画)』
竹林軒出張所『クー・クラックス・クラン(本)』

# by chikurinken | 2018-11-10 07:09 | ドラマ

『ルーツ』(1)〜(4)(ドラマ)

ルーツ (1)〜(4)(1977年・米)
 第1話 さらば母なる大地
 第2話 誇り高きマンディンカの戦士
 第3話 我が妻 我が娘
 第4話 愛する者たちの別離
原作:アレックス・ヘイリー
脚本:アーネスト・キノイ、ジェームズ・リー
演出:デヴィッド・グリーン
出演:レヴァー・バートン、ジョン・エイモス、タルマス・ラスラーラ、エドワード・アズナー、ルイス・ゴセット・Jr、ヴィック・モロー、ローン・グリーン、マッジ・シンクレア、ロバート・リード、レスリー・アガムズ、チャック・コナーズ、ベン・ベリーン、リチャード・ラウンドトゥリー

アメリカの黒人の血を辿る一大叙事詩

b0189364_18094550.jpgネタバレ注意!

 アレックス・ヘイリーの『ルーツ』をドラマ化したもので、77年に全米でテレビ放送され大ヒットした作品。当時日本でも放送され、話題になった。僕自身も当時テレビで見て、おおきな感銘を受けた。原作はヘイリー自身の先祖数代に渡る歴史を描いたもので、アフリカのガンビアで捉えられ奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたクンタ・キンテからの苦難が描かれる。
 ガンビアのマンディンカ族の戦士の血を引く若者クンタ・キンテは、奴隷商人に捕まり奴隷船で米大陸に運ばれる。奴隷船の中では多くの奴隷たちが死んでいく(反乱で死んだ者もいる)。大陸に着くと、今度は奴隷として白人の農園主に売り飛ばされる。マンディンカ戦士としてのプライドを持ち続けるクンタは自由を求めて脱走を何度も試みるが、そのたびに捕まりひどい仕打ちを受ける。ここまでが第2話までで、主演は当時学生あがりだった新人俳優、レヴァー・バートンが務める。
 第3話はその9年後の話で、ここから主演はジョン・エイモスに変わる。成人後のクンタ・キンテ役である。主人公のクンタ・キンテは、再び脱走を試みるが捉えられ、罰として足先を切り落とされる。その後、別の農園主の元に売られて、そこで料理女のベルと知り合い、彼女と結婚し娘を授かる。そしてこの地で家族とともに生きることを決意するというのが第3話。
 第4話はさらに16年後。娘のキジーが話の中心になる。キジーはある問題から別の農園主に売られ、親子が引き離されることになる。その後、新しい農園主に手込めにされ男の子を産む。第4話の後半は、それからさらに18年後。息子ジョージが立派に成長し、闘鶏用の鳥番として主人の信頼を集めている。キジーの方は別の黒人男サムと良い仲になり結婚の約束もするが、結局彼の奴隷根性に愛想が尽きて結婚を解消する。キジーには父クンタ・キンテから引き継いだ自由な人間としてのプライドがあったのだった……というストーリー。
b0189364_18095214.jpg 1話あたり90分だが、1話と2話が奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられるまでのクンタ・キンテ、3話が奴隷として家族を持つクンタ・キンテ、第4話が娘のキジーという具合に、だんだんスパンが短くなる。この後の第5話と第6話で完結するわけだが、第5話がジョージの世代、第6話がその子どもの世代という具合に話が進んでいく。このドラマについて出演者やスタッフが一様に「saga(サーガ)」と呼んでいたが、まさしく奴隷としての生き方を強要された黒人の、その家系の百数十年を辿る叙事詩になっている。奴隷船での非人道的な扱いや農園での無常な売買などで虐げられる黒人たちの有り様がリアルに描かれて、見るのが辛くなるような厳しい映像が出てくる。これが当時の黒人たちの現実だったということが窺える(奴隷船の撮影ではエキストラの黒人が使われていたが、あまりに過酷で屈辱的だったためか80%のエキストラが翌日現れなかったらしい)。主人の機嫌を伺いながら生き、かと思うと突然気まぐれなひどい扱いを受けたりもする。しかも終始劣等な人間として扱われる。黒人側は(そして見る側も)終始、こういった理不尽な扱いに憤りながらも結局媚びながら生きるしかないということを思い知らされる。
 放送当時かなり話題になって実際にアメリカでの視聴率も高かったらしいので、当時の(白人を含めた)人々に与えたインパクトはかなりのものだったんではないかと思う。現在のように差別主義が跋扈する時代にこそ、こういう作品を大勢の人間が見た方が良いのではないかと感じる。
 なお、第1話、第2話あたりまでゲスト扱いでさまざまな有名俳優が出ているようだ(ほとんどの俳優については知らなかった)。僕がわかったのは、第1話のO・J・シンプソン(元フットボール選手)と第4話のスキャットマン・クローザース(ミュージシャン)くらいだったが、この2人、俳優の活動もやっていたため、アメリカ人にとってはあまり目新しさもなかったのかも知れない。O・J・シンプソンは、ドラマの中でも恐るべき俊足を見せていた。
プライムタイム・エミー賞作品賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ルーツ (5)〜(6)(ドラマ)』
竹林軒出張所『キング牧師とワシントン大行進(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『人種隔離バスへの抵抗(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『グローリー 明日への行進(映画)』
竹林軒出張所『クー・クラックス・クラン 白人至上主義結社KKKの正体(本)』

# by chikurinken | 2018-11-09 07:09 | ドラマ

『ひとりじゃなかよ』(本)

ひとりじゃなかよ
西本喜美子著
飛鳥新社

88歳の自撮り写真はユニークだった

b0189364_17500019.jpg 著者は、熊本在住の現在88歳の女性。一般的には「おばあちゃん」と呼ぶのがふさわしい人である。この人、72歳から写真を始め、息子が主宰する写真教室に通うようになる(そのため息子のことを「先生」と呼んでいるらしい)。カメラ術が上達するにつれて、デジカメで撮った写真をコンピュータで処理したりすることを憶え、それからというもの、なかなかユーモラスな写真を撮るようになった。その後、個展を開き自身の(ユーモア溢れる)作品を発表したことから話題になり、マスコミでも紹介されるようになった。そしてその結果、ついに写真集まで発売されることになる。それがこの本である。
 本書で紹介される写真は、多くが自然を撮影したもので、それぞれの写真に著者自作の詩が添えられている。タイトルもその詩の中から取られたものである。自然の写真は美しくいものが多いが、やはり一番魅力的な写真は、終わりの方に少し掲載されている「セルフポートレート」である。自身が安来節の格好をしたり車にひかれる図だったり、あるいはゴミ袋に入れられて捨てられた図だったり(すべて自分で演出)、どれもなかなかユニークである。愉快な悪ノリばあちゃんという印象である(息子には叱られたらしい)。
 自然の写真と詩については割合ありきたりという印象だが、この悪ノリのセルフポートレートと散文(わずかしかないが)が面白い。むしろこちらの方をメインに持ってきてほしかったところである。特に不満はないが、本としては、そういう点で少々中途半端だという印象が残った。
★★★

参考:
竹林軒出張所『おむすびの祈り 「森のイスキア」こころの歳時記(本)』
竹林軒出張所『それ行け!! 珍バイク(本)』
竹林軒出張所『森の探偵(本)』

# by chikurinken | 2018-11-08 07:49 |

『うつ病九段』(本)

うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間
先崎学著
文藝春秋

「みんないい思いしやがって」が秀逸

b0189364_18242511.jpg 将棋棋士の先崎学九段がうつ病で1年近く休場していたという話はまったく知らなかった。先崎学といえば、あちこちで面白いエッセイを書いたりもしているし、いろいろな笑えるエピソードで知られる異色の棋士で、(僕にとっては)うつ病とはもっとも遠いところにいそうなイメージだったため、非常に意外に感じた。その先崎九段が、自身のリハビリも兼ねて、うつ病期の自身のどん底の精神状態や回復過程、周囲の人々の助力などについて書いたのがこの著書。
 うつ病期の様子が赤裸々に描かれているために、当事者から見たうつ病の状況がよくわかるのがこの本の最大の魅力だが、それ以外にも、他の棋士たち(サラリーマンであれば会社の同僚に相当するんだろうが)との関係性が大変気持ち良い。このあたりの素敵な関係性は著者の人望から来るものだろうとも思う。また、うつ病回復期に、記者から受けたひどい扱いにひどく落ち込み、ソファに当たり散らしてその後泣いたというくだりは、真に迫っている。帯に書かれている「ふざけんな、ふざけんな、みんないい思いしやがって」というセリフは実際に本書に出てくるが、うつ病回復期の状態をズバリと表現していてすばらしい。
 現在はほぼ回復しているようだが、その回復過程が棋力(将棋の能力)に反映しているというあたりもいかにも棋士だと思う。回復初期には、九手〜十三手詰めの詰め将棋がまったくできなくなった(うつ病期はそれに手をつけることすら不可能)というのも、将棋の部外者の目から見ると非常に新鮮である。しかしそれ以上に驚いたのは、病前であればこの100問の問題集を30分もかからずに全部解けたのにというフレーズで、やはり棋士の棋力は別次元だと思う。僕なんか今やっている五手詰めの詰め将棋に1問3日かけたりしているくらいなのに(それも問題だけどね)。
 文章は非常に素直なもので、他の先崎の著書と同様、大変読みやすい。ただし他のエッセイほどは文章が躍動しておらず、笑える要素は少ない。そもそもうつ病回復期に書いたものなんでこれは致し方ないところだが、とは言っても文章には破綻はないし、書籍としてもよくできていると思う。何より、内面から見たうつ病の症状、回復期の心の状態などは、なかなか他ではお目にかかれない症例集とも考えられ、本書の特異な部分であると言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『山手線内回りのゲリラ(本)』
竹林軒出張所『棋士・先崎学の青春ギャンブル回想録(本)』
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『入院しちゃった うつウーマン(本)』
竹林軒出張所『脳が壊れた(本)』

# by chikurinken | 2018-11-07 07:24 |

『お金さま、いらっしゃい!』(本)

お金さま、いらっしゃい!
高田かや著
文藝春秋

主婦雑誌に出てくるようなネタばかり

b0189364_17203329.jpg (著者のいわゆる)カルト村(おそらくヤマギシ会)で生まれ育った著者は、その組織内の高等部(高校みたいなもの)卒業を機に「村」(彼らは自身のコミューンをこう呼ぶ)を離れて、一般社会に出てきた。そこまでのいきさつは、前二作(『カルト村で生まれました。』『さよなら、カルト村』)で描かれていたが、その後の著者の生活について紹介したマンガがこの本。
 「村」では、基本的に金を使うことが禁止されており、そのために著者は「村」を出るまで金をほとんど使ったことがなかった。「村」を出てからは、バイトを始めて自分で稼ぐことを知り(〈「村」の労働と比べるとはるかに〉軽い労働で月に13万円ももらえたことが信じられなかったらしい)、その後もいろいろなものを自由に買えることに喜びを見出す。同時に金の使い方についていろいろと考えることもあり、蓄財や節約の方法も自分で見つけていく。そしてその過程やそういった方法などをマンガとしてまとめたのがこの本である。
 これまでの著者の本では、「村」での生活の様子や「村」の生活と外の生活とのギャップなどが一番面白かったわけだが、この本では前の二作と違って、そういうところにはあまり焦点が当たっていない。言ってみれば外の世界に出てからの生活をまとめた「娑婆」編であるため当然だが、そのために正直大して面白味がない。主婦向け雑誌に出てくるようなネタばかりで、あまり興味が湧かないし目新しさも感じない。そういう類の雑誌での連載が初出かと思ったくらいである。
 またマンガ自体についても、説明書きがきわめて多く、マンガであるのは確かだが、絵が挿絵のレベルにとどまっている。要するに説明過剰なんで、大変読みづらい。ただし作画自体はうまく、表現力はなかなかのものとは思う。しかし内容が内容だけに、先ほども言ったように、あまり感じるところがなかったのも事実である。せっかくの表現力が活かされていないのがはなはだ残念な部分である。
 やはりこういったエッセイ・マンガは(あるいはエッセイもそうだが)特異な体験や異次元の感性でもなければ、読んでいて惹かれるところは少ない。そういう意味では、このカルト(ヤマギシ)シリーズは本書で完結ということになるんじゃないかと思う。言い換えると、これまでの2冊ですでに一定の役割は果たしている!ということである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』
竹林軒出張所『さよなら、カルト村(本)』

# by chikurinken | 2018-11-06 07:20 |

『コンビニオーナーになってはいけない』(本)

コンビニオーナーになってはいけない
便利さの裏側に隠された不都合な真実

コンビニ加盟店ユニオン、北健一著
旬報社

コンビニは極力利用しません
利用したくありません


b0189364_17355468.jpg コンビニエンス・ストア、特にセブンイレブンのオーナーが、コンビニ・フランチャイズ企業からひどい仕打ちを受けていることを訴える本。
 コンビニは、多くの場合、オーナーが資本金や土地を用意し、フランチャイズ企業と契約して、商品を用意してもらい、それを売り、利益をオーナーと企業とで折半するというのが全般的な仕組みである。だが実際は、企業だけが丸儲けするシステムで、オーナーは低賃金長時間労働を強いられる。最初に結んだ契約でがんじがらめに縛られ、フランチャイズ企業の理不尽な要求にも従わなければならない。中には身体を壊すオーナーもおり(オーナーの死亡率がきわめて高いことが本書のデータで示されている)、本書の「奴隷契約である」という主張も十分頷ける。
 中でもひどいのが、廃棄食品(廃棄する食品の数)のノルマが企業から決められる(その上増やせと要求される)ということ。しかもその廃棄食品、実質的にはオーナーが費用を負担し、その費用をフランチャイズ企業に支払わなければならないことになっていて、きわめて理不尽なシステムができあがっている。つまりかなりの金額をフランチャイズ企業に自動的に吸い上げられることを強要するシステムになっているわけ。
 一方でコンビニ・オーナーがバイト職員に理不尽な要求をするケースもブラック・バイトの例として非常に有名という事実もあるわけで、これは言ってみれば、フランチャイズ企業→オーナー→バイト職員という、抑圧の負の連鎖の結果ということもできる。こういったフランチャイズ企業はどこも概ね似たような労働者収奪システムができあがっているそうで、一番良いのはこういう悪徳業者と関わらないことだ。そういうことを今回この本を読んで納得したのだった。
 本書は、いろいろと被害に遭ったコンビニ・オーナーたちが作ったユニオンが出した本で、主張は十分頷けるんだが、本書について言えば、大変読みづらい。文章も、これで校正したのかというような雑な文章が多く、構成もはなはだ雑である。さまざまなデータが示されてはいるが、データも解説も複雑でわかりにくいため、あまりプラスの効果は出ていない。そのために結局自己満足で終始してしまっており、もう少し見せる工夫が必要ではないかと思う。ユニオンが作ったパンフレットをそのまま本にしたようなレベルの書籍で、ユニオンが出したパンフレットであればそれでも良いのだろうが、ノンフィクション・ライターが関わっている(らしい)のにこのレベルでは少々情けない。
 各章の最後にマンガが載っていて、これがわかりやすくて良いマンガではあるんだが、その章に書かれていることそのままをマンガにしているため、単なる内容の繰り返しになっていて、存在意義がわからなくなっている。いっそのこと予告編みたいにして前にまとめて置いておくとかの方がまだ良かったのではないかと思う。こうしたツッコミどころも多く、とにかく作りが雑という印象ばかりが目に付いたのだった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ねてもさめてもとくし丸(本)』
竹林軒出張所『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。(本)』
竹林軒出張所『ロスジェネ社員のいじめられ日記(本)』
竹林軒出張所『低価格時代の深層(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-11-05 07:35 |

『自民党で選挙と議員をやりました』(本)

自民党で選挙と議員をやりました
山内和彦著
角川SSC新書

『選挙』に対するもう一つの視点

b0189364_17443409.jpg ドキュメンタリー映画『選挙』に登場していた山内和彦が、あのときの選挙を振り返り、同時に川崎市議会の様子をレポートする本。内容は、あの映画を山内氏の目線で見るという類のもので、ドキュメンタリーで描かれた部分と重複する部分が多い。もちろん映画とは視点が違うため、映画と別の角度から見られるという利点があり、そのあたりが本書の面白い部分である。
 また、選挙で実際にかかった費用、その内訳、選挙スタッフや事務所の詳細などについても紹介されるため、自民党選挙の実態がかなり見えてくる。結局のところ僕の見方は、自民党というものはやはり経験の蓄積を持つ「選挙互助会」だ、というところに落ち着く。このように本書はあの映画を補う役割を果たしているため、両者で大きな相乗効果を上げている。
 その他にも市議会の様子や活動、それからベルリン映画祭での上映の様子(ここが一番面白かった)や想田監督との関係なども紹介され、内容は非常に多岐に渡る。語り口も優しく読みやすいためにすぐに読み終えることができる。特にあの映画を見た人には、一読の価値があると言える。もちろん、見ていない人にも!
★★★☆

追記:
 本当のところ、この山内氏の経歴が興味深いんでそのあたりも紹介して欲しかったところである。ちなみに映画では「東大卒」という肩書きが紹介されていたが(これについても本書で触れている)、東大に入る前に気象大学校と信州大学を中途退学しており、東大の卒業時は31歳だったというかなりユニークな経歴である。その後も切手・コイン商という趣味の延長みたいな仕事をやっていた(いる)らしい。むしろこういうところを有権者にアピールしていった方が親しみが持たれて選挙には良かったんじゃないかと思うが、そのあたりについては、自民党には自民党の思惑があったようだ。良くも悪くも自民党選挙には建前重視の日本型縦社会が反映されている。

参考:
竹林軒出張所『選挙(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『選挙2(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-11-04 07:44 |

『“核のごみ”に揺れる村』(ドキュメンタリー)

“核のごみ”に揺れる村 〜苦悩と選択 半世紀の記録〜
(2018年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

六ヶ所村の激動の歴史を俯瞰

b0189364_17575365.jpg 青森県六ヶ所村には、現在、使用済み核燃料処理関連施設が設けられているが、その中に使用済み核燃料貯蔵施設があり、そこには使用済み核燃料、いわゆる「核のごみ」が実際に貯蔵されている。ただしこれは一時施設という約束で建てられたものであり、半永久的に貯蔵する施設ではない。建設時に、最大50年間一時保管しその後永続的貯蔵施設にごみを移すという約束が国と青森県との間で結ばれている。ところが実際は、現時点で(当然だが)永続的貯蔵施設新規建設の候補地として手を挙げる自治体などなく、そのために永続的貯蔵施設を造る目途がまったく立っていない。ということで、現地の人々にとっては、なし崩し的にここが永続的貯蔵施設になるんじゃないかという懸念が生ずる。そのあたりの事情を検証するために、まとめられたのがこのドキュメンタリーである。当時この施設誘致に関係した人々も顔を出して、インタビューに応える。
 六ヶ所村は、かつては農耕牧畜業中心の田舎町で、住民の収入も全国平均よりはるかに少なく、出稼ぎ労働も多かった。しかも計画が進んでいた工業団地もオイルショックのために立ち消えになり、村自体がにっちもさっちも行かなくなっていた。そんな折に出てきた話が核燃料処理関連施設。当然、反対の声は大きく賛成派、反対派がぶつかりあい、村の内外で大いに揉めるが、国としても核燃料サイクルを進めるためには是非必要、村としても財政を再建するために必要という行政同士の利害関係で結局反対派の主張は圧殺され、強引に建設着手に至った。
 村はその後、補助金のために大いに潤い、しかも雇用も多数生まれ、かつての田舎町の風情は今ではない。住民も以前と違って、核燃料施設の存在を認めるという人が増えている。ただし永続的貯蔵施設となると話は別である。元々、一時的貯蔵施設として建設したこともあり、村の担当者もそのつもりであったと語る。国の方も、安易に約束をしたわけで、元々大したビジョンがあって約束したわけではなく、必要に迫られ(当時、フランスから処理済み核燃料が日本の近海にすでに送られていた)仕方がないからという「事なかれ主義」の役人根性で出した結論である。担当者自身もすぐに部署が変わるわけで、そうすると結局どこにも責任をとる人間がいなくなる。これが日本の行政のシステムである。そういうようなことが、かつての担当者のインタビューから窺われるわけで、特に当時科学技術庁長官だった田中真紀子がそのあたりを率直に語っていたのが大変興味深い。
 六ヶ所村の問題をテレビで取り上げたことも素晴らしいが、何よりこれまでの過程をまとめて提示してくれるというのが非常に良い。ETV特集ではときどきこういった「これまでのいきさつのまとめ」型の番組をやるが、どれも非常にわかりやすく有益である。なんと言っても、提示されている問題について考える際のよすがになる。今後もこういったアプローチを続けていってほしいものである。ただこういった日本の行政や政治の本質に関わるような問題は、本来は総合テレビでやって、広く国民の目に触れるようにするべき内容ではないかとも思うのだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『六ヶ所村ラプソディー(映画)』
竹林軒出張所『「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場(本)』
竹林軒出張所『核燃料サイクル 半世紀の軌跡(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『終わらない悪夢 前編、後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『核のゴミはどこへ(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-11-03 07:57 | ドキュメンタリー

『ソーシャルメディアの“掃除屋”たち』(ドキュメンタリー)

ソーシャルメディアの“掃除屋”たち 前後編
(2018年・国際共同制作、独gebrueder beetz filmproduktion他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

ネット検閲の実態と
SNSがもたらすさまざまな問題


b0189364_17202956.jpg ソーシャル・ネットワークなどの現場では、暴力やポルノなど不適切なデータが常時公開されている。SNS企業や検索会社は、こういった不適切と判断されるデータを随時検閲しているが、実質的にそれを担当するのは孫請け企業の社員である。このドキュメンタリーでは、その孫請け企業のデータ検閲担当者数人に密着して、こういった仕事の問題点、ひいてはソーシャル・ネットワークの問題点まであぶり出す。なかなか意欲的なドキュメンタリーである。
 このドキュメンタリーに登場する孫請け企業はフィリピンに存在し、検閲を担当するのはモデレーターという人々。ただこのモデレーター、見たところ非常勤のバイトみたいな存在で、さまざまなデータについて削除するかどうか常時自ら判断しながら決定している。基準はそれぞれの企業レベルで定められているが、その最終判断はモデレーター各人に委ねられている。なんせ1日に2万件以上のデータを検閲しなければならない。ほとんど流れ作業のようになってしまう。しかも目の前に次から次へと出てくる画像や映像は、露骨な児童ポルノ、ISに代表される残虐な映像などで、中には心を病んでしまうモデレーターもいる(自殺者もいたとある関係者が語っていた)。
 一方で、モデレーターが検閲したデータには、決して興味本位の残虐画像ではないものもあり、中には政治的なメッセージを含むものやジャーナリズムに関わるものもあって、こういうものが削除されてしまうと言論の自由の問題にまで関わることになってしまう。このドキュメンタリーの中で実際に削除されていた画像には、沢田教一の有名な写真も入っていたぐらいで、モデレーターの無知を笑う程度で済ますことはできない問題も孕んでる。
 さらにその一方で、トルコなどでは反政府的な言動を削除するよう政府がSNSの各社に圧力をかけており、トルコ内で事業を展開するには、そういったデータを検閲することが求められる。ということで、これなどは悪しき検閲の例になってしまっているのである。
 もう一つの問題点は、ソーシャルネットワーク自体に内在する問題である。ソーシャルネットワークは、目立った発言をする者がフォロワーを集め存在感を増すという傾向があるらしく(僕は詳しいことは知らないんだが)、そのために、実社会では軽蔑され無視されるような過激な発言が注目を集めやすいというのである。これが成功した例が先のアメリカ大統領選挙で、そういった意味ではトランプはまさに時代の寵児ということができる。そしてそれについては、ソーシャルネットワーク各社はまったく対策を採ることができていない。そもそもこういった事業を始めた人々は、成功だけを望んでいたオタク技術者であり、社会的な影響力については何の判断も持ち得ないと、元関係者の一人は語っていた。
 僕自身は、現在の差別的な言動、右翼的な動向の原因がソーシャルネットワークにあるということにあらためて気付かされた点で、目からウロコであったわけで、同時にネット検閲の実態というのもよくわかって、大変有用なドキュメンタリーであったと思っている。前編、後編であわせて90分の大作ではあったが、見る価値は十分にあると思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドナルド・トランプのおかしな世界(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『エルドアン “スルタン“への道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『データに溺れて…(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-11-02 07:20 | ドキュメンタリー