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竹林軒出張所

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『普通の人々』(映画)

普通の人々(1980年・米)
監督:ロバート・レッドフォード
原作:ジュディス・ゲスト
脚本:アルヴィン・サージェント
出演:ドナルド・サザーランド、メアリー・タイラー・ムーア、ティモシー・ハットン、ジャド・ハーシュ、エリザベス・マクガヴァン

重厚に作り込まれたハリウッド映画

b0189364_15204906.jpg ロバート・レッドフォードの初監督作品。初監督作品にもかかわらず、この映画でロバート・レッドフォードはアカデミー賞の監督賞まで受賞している。
 それまでのハリウッド映画とは基調が異なり、終始、家族の問題が描かれる。兄が事故で死んだために精神的に不安定になった弟、コンラッド(ティモシー・ハットン)と、彼を扱いかねる母親(メアリー・タイラー・ムーア)との葛藤、それでも何とか円満な家族を維持しようと奮闘する父親(ドナルド・サザーランド)の家族関係が、このドラマの柱の部分になる。一家は中流の上という、一般的には他人にうらやまれるような環境ではあるが、皆心の中に抱えるものがあり、そこに葛藤が生まれる。
 現在では、こういった家族の問題はあちこちで取り上げられていてそれほど珍しくもないが、1980年にハリウッド映画でこれを取り上げたことは驚嘆に値する。ハリウッド映画らしい大きな事件や事故もないが、それでも心に迫るものは大きい。行き場のない不安定さが見る側にも伝わってきて、コンラッドを担当する心理療法士が、唯一の救いという感じで登場する。そのため心理療法のシーンも多く、さながら心理療法の宣伝映画のようにも見える。しかしこの心理療法のシーンが大きな見所になっているのも事実。実に見応えがあった。
 公開当時から見たかった映画で、その期待に反することのない、重厚に作り込まれた作品である。季節の移ろいが反映された自然の描写も非常に美しく映像的にも良質である。キャストの演技はどれも超一流で、中でもティモシー・ハットンは出色(この出演作でアカデミー賞助演男優賞獲得)。一見の価値がある。
第53回アカデミー作品賞、監督賞他受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『沿線地図(1)〜(15)(ドラマ)』
竹林軒出張所『天国から来たチャンピオン(映画)』

# by chikurinken | 2018-09-18 07:20 | 映画

『プレイス・イン・ザ・ハート』(映画)

プレイス・イン・ザ・ハート(1984年・米)
監督:ロバート・ベントン
脚本:ロバート・ベントン
撮影:ネストール・アルメンドロス
出演:サリー・フィールド、リンゼイ・クローズ、エド・ハリス、ダニー・グローヴァー、ジョン・マルコヴィッチ、エイミー・マディガン

苦境に立ち向かう南部の未亡人

b0189364_19132290.jpg 1930年代のテキサス州の小さな街が舞台。保守的な街で、黒人に対しては差別的な扱いをしている。主人公エドナは、あるとき突然未亡人になり、それまで金銭面はすべて夫任せだったことから、途端に生活に困窮する。襲いかかってくる困難に立ち向かうため、両足で踏ん張って必死で戦い抜いていく……、そういう女性の姿が描かれる映画である。
 ストーリーがしっかりしているため原作ものかと思っていたが、監督、ロバート・ベントンのオリジナル脚本である。ロバート・ベントンという人、あまり有名な監督ではないが、『クレイマー・クレイマー』の監督と脚本を担当した人であり、『俺たちに明日はない』の脚本を書いた人でもある。『クレイマー・クレイマー』が、日常的な話であるにもかかわらず、なかなか濃密なストーリーだったことを考えると、ベントンの力量も容易に推測できる。この映画でも本領が発揮されていて、脚本が非常に秀逸である。サブプロットとして周囲の不倫問題が絡んできたりするが、本筋とはあまり関係なく進んでいく。とは言え、当時の社会状況などを描くことに繋がっており、決して無駄というわけではない。当時の社会状況といえば、激烈な黒人差別、銃社会、それから竜巻被害などであるが、こういったものにより、アメリカ南部の過酷な生活がしっかりと描写されていて、このあたりもこの映画の魅力になっている。
 この映画の一番の魅力はキャラクターで、主演のサリー・フィールド、助演のダニー・グローヴァー、ジョン・マルコヴィッチが特に良い。子役の2人(ヤンクトン・ハットンとジェニー・ジェームズ)までも好演である。この辺も脚本の妙が大きいと思う。
 この映画、公開時に見ているが、サリー・フィールドが過酷な労働を辞さずに生き抜いていたというような印象しか残っていなかったが、しかしあらためて見ると見所の多い良い映画である。なんと言っても、ラストシーンが非常に印象的で、大きな余韻を残す。
第57回アカデミー賞脚本賞、主演女優賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『俺たちに明日はない(映画)』
竹林軒出張所『クー・クラックス・クラン 白人至上主義結社KKKの正体(本)』
竹林軒出張所『戦いすんで日が暮れて(本)』

# by chikurinken | 2018-09-17 07:13 | 映画

『戦場にかける橋』(映画)

戦場にかける橋(1957年・米)
監督:デヴィッド・リーン
原作:ピエール・ブール
脚本:カール・フォアマン、マイケル・ウィルソン
出演:アレック・ギネス、ウィリアム・ホールデン、早川雪洲、ジャック・ホーキンス、ジェフリー・ホーン、ジェームズ・ドナルド、アンドレ・モレル

作りすぎがとても気になる

b0189364_20154386.jpg 太平洋戦争期、大日本帝国陸軍が運営する捕虜収容所の話。ビルマとタイを結ぶ泰緬鉄道建設の必要性に迫られた日本軍は、捕虜を使ってクウェー川(映画では「クワイ河」)に橋を架けることを計画する。このあたりまでは実話である。
 そのクワイ河に架ける橋を巡る捕虜側・収容側の人間模様、生きる意欲とそれを打ち砕く戦争の悲劇が描かれる。戦争のためにさまざまな矛盾が引きおこされていく過程が一番の見所で目玉だろうが、話ができすぎで、作りすぎのイメージが強い。ストーリーについては思わず「ないない」とツッコミを入れそうになった。当然このあたりはフィクションである。
 英国軍の将校(アレック・ギネス)が国際法を盾に日本軍の将校(早川雪洲)と対立し、意地の張り合いをするあたりが前半の大きな見所ではあるが、このあたりも演劇的で「ないよねー」と言いたくなる。あちこちに(面白いが)リアリティを欠いた場面が多く、もちろんこの頃のハリウッド映画にはつきものなんだが、それがためにせっかくの大作が台無しになるというような印象を受けるのは僕だけか。もちろん、あまりにリアリティを云々し過ぎると興が醒めるというのは良くあることで、この映画なども壮大な作り話として見れば十分楽しめるわけだ。それでもやはり気にかかるものは気にかかるのだ。それに間抜けな日本軍・優れた連合軍という構図も「コンバット」的なご都合主義に見えていただけない。シニカルで面白いストーリーの映画だとは思うが、個人的には、手放しで称賛するというレベルではない。
第30回アカデミー賞作品賞他受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『クワイ河に虹をかけた男(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『第十七捕虜収容所(映画)』
竹林軒出張所『マダムと泥棒(映画)』
竹林軒出張所『ナバロンの要塞(映画)』
竹林軒出張所『史上最大の作戦(映画)』

# by chikurinken | 2018-09-16 07:15 | 映画

『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』(映画)

ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ(1942年・米)
監督:マイケル・カーティス
脚本:ロバート・バックナー、エドモンド・ジョセフ
音楽:ジョージ・M・コーハン、ハインツ・ロームヘルド
出演:ジェームズ・キャグニー、ウォルター・ヒューストン、ジョーン・レスリー、ローズマリー・デキャンプ、ジーン・キャグニー

キャグニー - ギャング = タップ

b0189364_17292764.jpg ブロードウェイの父と呼ばれるジョージ・M・コーハンの生涯を扱ったミュージカル伝記映画。と言っても、ほとんどの日本人はコーハンなんて人は知らないだろう。僕も知らなかった。まったく知らない人、関心のない人の伝記ほどつまらないものはない。ということで、この映画も、ストーリー自体はなんということはない。ましてやこのコーハン、アメリカのナショナリズムを煽って成功したような人で、まったく感情移入できない。むしろ嫌悪感を感じるくらいである。
 この映画、以前、どこかの上映会でタイトルだけ目にしたことからタイトルが記憶に残っていたのと、ギャング映画で有名な主演のジェームズ・キャグニーがミュージカルをやるという点に関心があって、今回見たのだった。キャグニーがそもそも歌を歌ったりタップを踏んだりすることがまったく想像できなかったが、この映画を見る限り、見事なもんである。この映画の主役は、元々フレッド・アステアがやる予定だったということで、実際、アステアが演じると様になるようなタップのシーンが目白押しなんだが、キャグニーも素晴らしい仕事をしている。なんでも、キャグニー、若い頃ボードビリアンだったらしく、それでこういう芸当もこなせるということらしい。彼のタップは実に見事で、非常に感心する。アステアやジーン・ケリー・クラスと言っても良い。
 ただ、ストーリー自体は、本当にどうと言うこともなく、単なるサクセス・ストーリー。しかも全編実に単純な回想形式で話が進んでいく。それに、先ほども言ったように「アメリカ万歳」のナショナリズムには辟易する。なお、タイトルの「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」は、コーハンの最初のミュージカル作品のタイトルである。ちなみに「ヤンキー・ドゥードゥル」は「アルプス一万尺」のオリジナルの歌で、アメリカの独立戦争時から歌われている歌である。「まぬけなヤンキー」という意味だそうな。
1942年アカデミー主演男優賞他受賞
★★★

参考:
竹林軒出張所『コンチネンタル(映画)』
竹林軒出張所『雨に唄えば(映画)』

# by chikurinken | 2018-09-15 07:29 | 映画

『続あ・うん』(1)〜(5)(ドラマ)

続あ・うん (1)〜(5)(1981年・NHK)
演出:深町幸男、加藤郁雄
脚本:向田邦子
出演:フランキー堺、杉浦直樹、吉村実子、岸本加世子、岸田今日子、池波志乃、永島敏行、秋野暢子、殿山泰司

秀逸なキャラクターが魅力

b0189364_18214671.jpg 1980年にNHKで放送された『あ・うん』が好評だったせいか、翌年に続編が作られた。『あ・うん』と同様、昭和初期(昭和十年代)のとある家族の肖像が娘の視点で描かれる。続編も前作と同様、娘役の岸本加世子の味のあるナレーションで話が進行していくが、父の友人が母に恋している設定なわけで、娘に語らせるには内容が生々しい。
 基本的な家族構成、周辺の人々との関係は前作とほぼ同様だが、山師の祖父(志村喬)がすでに死んでいる点が異なる。代わりにその腹違いの弟(笠智衆)という立場の老人が登場して、いろいろと事件を巻き起こす。
 続編で中心となる事件は、父(フランキー堺)と友人(杉浦直樹)の喧嘩別れや、前作同様、娘(岸本加世子)の恋(相手はロシアの演劇に凝っている大学生)などだが、基本的には淡々と話が進んでいくホームドラマである。前にも書いたが(竹林軒出張所『父の詫び状(本)』を参照)、このドラマに出てくる登場人物、作者の実際の家族をよく投影しているように思える。そのためもあってか、登場人物の言動には非常にリアリティがある(ただし行動については、リアリティがあるとはあまり言えなさそうである)。何よりこのドラマ、キャラクターがどれも秀逸で、ドラマの大きな魅力になっている。中でも少々怪しげな人物、たとえば「金歯」や「イタチ」などが味わい深い。あちこちにくすぐり笑いの要素が散りばめられていることもあり、本作は前作より楽しんで見ることができたような気がする。なお、最終回には志村喬がゲスト出演する。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『あ・うん (1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『父の詫び状(本)』
竹林軒出張所『阿修羅のごとく(ドラマ)』
竹林軒出張所『阿修羅のごとく パートⅡ (1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『寺内貫太郎一家 (22)(ドラマ)』
竹林軒出張所『胡桃の部屋 (1)〜(3)(ドラマ)』
竹林軒出張所『思い出トランプ(ドラマ)』
竹林軒出張所『花の名前 向田邦子漫画館(本)』

# by chikurinken | 2018-09-13 07:20 | ドラマ

『続・夢千代日記』(1)〜(5)(ドラマ)

続・夢千代日記 (1)〜(5)(1982年・NHK)
脚本:早坂暁
演出:深町幸男、渡辺紘史
音楽:武満徹
出演:吉永小百合、樹木希林、秋吉久美子、石坂浩二、いしだあゆみ、壇ふみ、緑魔子、長門勇、中条静夫、中村久美、あがた森魚、夏川静枝、加藤治子、菊地優子、松本ちえこ、岸部一徳

第1シリーズほどではにゃあでにゃあ

b0189364_16253221.jpg 『夢千代日記』発表の翌年に放送された続編。
 舞台設定は前シリーズを踏襲しており、そこにいろいろな闖入者が登場して、いろいろと事件を巻き起こすという「いかにも続編」という展開である。闖入者の多くは不幸な女たちで、いしだあゆみ、菊地優子、松本ちえこが彼らを演じる。不幸な女たちと言えば、他のレギュラー陣も不幸な女たちで、今回もその不幸に拍車がかかる。秋吉久美子の「金魚」は、育てている子どもをとられそうになるし、樹木希林の「菊奴」もどん底につき落とされる。ただしこの菊奴のキャラは、強烈で非常に面白く、ドラマ随一の特異な人物である。不幸な役回りにしなくても良かったんじゃないかという気もするが、不幸なりに強烈なキャラは維持している。
 石坂浩二扮する上村は、このシリーズでは夢千代が恋をする対象になるが、元々は闖入者の一人である女子中学生と関連した存在である。この上村、ストリップ小屋の背景を描くために鳥取からこの町に呼ばれてきた絵描きの役だが、偶然にも、問題のあった女子中学生の俊子(菊地優子)とこの町で出会うという、やや無理のある設定になっている。偶然の設定を使用するとその数に比例してドラマが浅くなるわけで、こういう偶然はいただけない。いしだあゆみも不幸な闖入者の役回りで、自らの不倫のために離婚に追い込まれるという中年女性の役どころで、この役柄、なんと同時期に作られた『駅 STATION』や『北の国から』と共通である(どれもいしだあゆみが演じている)。いしだあゆみの鉄板キャラだったのか?
b0189364_16354499.jpg 何だかあれこれがパターン化しているような印象で、そのためもあり、前作ほどのインパクトはなかった。この後『新・夢千代日記』と続いてこの『夢千代』シリーズは完結する。たしか第3シリーズもこれまで一度見ていると思うんだが、まったく記憶がない。もしかしたら見ていないのかも知れないが、第3シリーズは全10回と長いし、今回の第2シリーズがもう一つだったこともあり、あらためて見る気は、今のところあまり起こらない。
プラハ国際テレビ祭大賞受賞、第19回ギャクシー賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『夢千代日記 (1)〜(5)(ドラマ)』
竹林軒出張所『花へんろ 風の昭和日記 総集編(ドラマ)』
竹林軒出張所『冬の花火 わたしの太宰治 (1)〜(13)(ドラマ)』
竹林軒出張所『刑事(ドラマ)』
竹林軒出張所『修羅の旅して(ドラマ)』
竹林軒出張所『ダウンタウンヒーローズ(映画)』
竹林軒出張所『駅 STATION(映画)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『映画女優(映画)』

# by chikurinken | 2018-09-11 07:24 | ドラマ

『酔うと化け物になる父がつらい』(本)

酔うと化け物になる父がつらい
菊池真理子著
秋田書店

ネオリアリズモ風
当世アル中気質


b0189364_18304535.jpg タイトルからわかるように、酒に酔って問題ばかり起こす父を題材にしたマンガ。これもいわゆるエッセイ・マンガというやつ。著者の家族の話である。
 普段はおとなしく優しい父だが、酒を飲むと人が変わる。この父、著者の幼少時から酒でいろいろと問題を起こしてきた。酒に弱いくせに飲みたがるというやつである。そのため、著者は父についてあまり良い思い出がない。あげくに著者が中学生の頃、父について気をもんでいた母が、とうとう自殺してしまう。原因が父であることは火を見るより明らかで、父も母の死後一時的に酒を止めた。ただしそれも1カ月。その後は、以前のようにぐでんぐでんで家に戻って来始める。結果的に、かつては母がやっていた父の面倒を著者と妹が見るようになった。
 そういった父の問題がこれでもかというぐらい描き綴られる。しかも、成人した著者は、父に似た大酒飲みの暴力男と付き合いだし、この男に振り回されるようになる。家では父に、外ではこの男にという具合で、それが何年も続くのである。このあたりは読んでいるこちらが結構参ってくる。言ってみれば、現代のネオリアリズモである。だが、現代社会には、こういう現実が確かに存在するのも確かだ。
 現在著者は、マンガ家としてそれなりに活躍しているということで、かつての悲惨な状況からは抜け出している。もっともあんな悲惨な状況が続いていたら、心に一切余裕がなく、マンガにすることもできなかっただろうと思う。終わりの方で作者の現在の状況が紹介されているために、読者であるこちら側も救われる思いがする。「そんな時代もあったねといつか話せる日がくる」というものだ。若い頃にこういう辛い目に遭った人には、是非ともそれを糧にして幸せに生きてほしいと切に願う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『人間仮免中(本)』

# by chikurinken | 2018-09-09 07:30 |

『貧乏まんが』(本)

貧乏まんが
山田英生編
ちくま文庫

ややテキトーな感のある選集だが
それなりに楽しめる


b0189364_14120478.jpg 貧乏をネタにしたマンガばかりを集めた短編マンガ集。大きく4部に別れていて、Ⅰが古典的作品(つげ義春、つげ忠男、水木しげる、赤塚不二夫、松本零士、水野英子)、Ⅱがいわゆる「劇画」(辰巳ヨシヒロ、永島慎二、楠勝平、池上遼一、鈴木翁二)、Ⅲがギャグ・マンガ(谷岡ヤスジ、いしいひさいち、業田良家)、Ⅳが近年の作品(鈴木良雄、うらたじゅん、こうの史代)という形式でまとめられている。松本零士の『男おいどん』、鈴木良雄の『フルーツ宅配便』、こうの史代の『長い道』が連載ものであるが、それ以外はすべて単発読み切り作品である。
 同じ貧乏でも初期の頃の貧乏は絵空事みたいな話も多く、何だかまだ希望があるが、近年の作品(つまりⅣ部)については、世相を反映してかかなり暗いリアリズムの作品ばかりである。ただ3本ともどれもなかなかよくできていて読ませる作品である。他は概ね巨匠の類の作家で、今さら取り立ててどうこう言うようなものでもないんだが、松本零士の『男おいどん』は中高生時代愛読した作品で非常に懐かしい。可笑しくももの悲しい雰囲気が独特である。赤塚不二夫はトキワ荘時代の話(『まんが トキワ荘物語』に収録されているものと同じ)、水野英子はオー・ヘンリーの『賢者の贈り物』の翻案である。水木しげるは自虐ネタ風のオリジナル作品で、さすがに筆力がある。劇画作家の皆さんは、どれも凝ったストーリーで非常に意欲的である。「貧乏」が題材にはなっているが現実感があまりないドラマチックな作品で、決して貧乏がテーマになっているというわけではない。それはギャグ・マンガについても当てはまり、ギャグ・マンガ群については、僕にとってあまり見るべきものはなく、構成を面白くするための数合わせのようにさえ思える。無くても(あるいはもっとページが少なくても)良かったように感じる。
 一応貧乏がネタではあるが、「貧乏」というテーマが一貫しているというわけではなく、アンソロジーとしてはもう一つ完成度が低いような気もするが、ただ、広範囲に渡るいろいろな作家の作品を拾って集めているため、楽しめるには楽しめる。要するに、こういうピックアップ方法にあまり必然性はないにしても、それなりに面白い本に仕上がっているのは間違いないということである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『谷崎万華鏡(本)』
竹林軒出張所『まんが トキワ荘物語(本)』
竹林軒出張所『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史(本)』
竹林軒出張所『ビビビの貧乏時代(本)』

# by chikurinken | 2018-09-08 07:11 |

『夜の帳の中で』(本)

吾妻ひでお作品集成 夜の帳の中で
吾妻ひでお著
チクマ秀版社

個人的には「魚」シリーズに注目

b0189364_19593666.jpg マンガ家、吾妻ひでおの1980年代前半の作品を集めた短編集。吾妻ひでおと言えば、かつてはそれなりに売れていたギャグ・マンガ家だったが、その後失踪、自殺未遂、アルコール依存症などを繰り返し、やがてそのいきさつを描いた『失踪日記』(竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』を参照)で再び脚光を浴び、現在に至るという作家である。非常に素晴らしい才能を持っているにも関わらず、こういう状況に追い込まれたというのが現代日本の出版界の病理を表しているのではないかと思うが、いずれにしても一時的に出版界から抹殺されていたのは事実で、そのために消えてしまった作品も多い。
 この本は『レジェンドアーカイブス』というシリーズの1冊で、このシリーズ、「埋もれてしまった秀作、傑作等を選りすぐる」というコンセプトであり、吾妻ひでお作品はこのシリーズにとって格好の素材とも言える。しかもこの吾妻氏、ロリコン・マンガの元祖とも呼ばれており、現在では青少年保護条例に引っかかりそうな内容の作品もこの作品集には結構掲載されているため、資料的な価値もあると言える。
 僕自身は犠牲者を保護するというコンセプトのこういった青少年保護条例に対してはむしろ賛成だが、マンガなどの表現に対して一律に規制しようとする一派に対しては違和感を感じる。こういった文学的表現については被害者がいないわけで、処罰の根拠自体がない。そういう意味で、吾妻ひでおの若い頃のロリコン作品が紹介されても、僕自身は一向に差し支えない。だが一方で大丈夫かと心配してしまう自己規制的な忖度がムクムクと頭をもたげてきて、そのあたりが自分自身情けないと思う。今ここで、自分に対する戒めのためもあり表現は自由でなければならないと声を大にして言っておく。ただし、僕自身はロリコン作品については、まったく共感を持っていないということも付記しておく。特に本書に掲載されている作品には、初出が『少女アリス』とか『シベール』(自主製作ロリコン雑誌)のものがあり、内容はまさにそのものズバリで、その趣味の人の嗜好をそのまま反映したような耽美的な作品が多い。ストーリーとしてそれなりに面白いものもあるにはあるが、なんじゃこりゃぁというような趣味的な作品も多い。
 元々僕がこの本を買ったのは、こういったロリコン作品が目当てではなく、『地を這う魚』の元祖とも言うべき「夜の魚」、「笑わない魚」が収録されていたためである。この2作品については、多少気持ち悪さも漂うが、なかなか独特で面白い世界が展開されている。『地を這う魚』同様、登場人物は動物の姿になっているし(『地を這う魚』と同じキャラクター)、一種の(自伝的な)青春物語になっている。ただし『地を這う魚』よりも内容や表現がはるかに暗く、少々辟易する部分もある。あるいは著者の内面を反映していると言うことができるのかも知れないが、ある程度余裕を持って描かれた『地を這う魚』が、洗練された表現になっているのと対照的である。考えてみると、こういった洗練は、吾妻ひでおの大きな才能である。そういった面がこの2作の「魚」シリーズから逆に窺えるというのが本書の大きな魅力である。正直、こういったロリコン風味の本を手元に持っておくことには抵抗を覚えるのであるが(自分の趣味が疑われかねない)、この「魚」シリーズは手元に置いておきたい気がする。捨てるべきか残すべきかそれが問題で、悩ましいところである。
b0189364_18511177.jpg なお今回は、この「魚」シリーズ目的で『吾妻ひでお童話集』も買って読んでみたが、「魚」シリーズについてはまったく同じものが載っていた(もしかして別物かと思って買ったのだが)。したがって重複買いになってしまったのだった。他の作品については重複はあまりないが、表題になっている「童話集」(初出は1979年から1982年)については、煮ても焼いても食えないような代物で、かなりのスランプの時期に描かれたものではないかとお見受けする。こちらは文庫で安価だから、「魚」シリーズだけ読みたいんだったら、古本でこちらを買うのもありだと思う。内容から考えると、こういった初期吾妻作品は、図書館には置かれないことが容易に予想される(なんせ趣味が趣味だから)。実際に家の近所の図書館については、マンガは割合充実しているにもかかわらず、また吾妻作品もそれなりにあるにもかかわらず、やはりこれらの本は置かれていない。だから僕も今回は古本で買ったのだった。ただ先ほども言ったように多少後悔があるのも事実。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『うつうつひでお日記(本)』
竹林軒出張所『うつうつひでお日記 その後(本)』

# by chikurinken | 2018-09-06 07:50 |

『うつうつひでお日記 その後』(本)

うつうつひでお日記 その後
吾妻ひでお著
角川書店

ほぼ普通の日記になってしまった

b0189364_13461832.jpg 『うつうつひでお日記』に続く吾妻ひでおのマンガ日記で、本書には2006年12月から2008年3月までが収録されている。
 ただし2006年12月から2007年7月まではほとんど絵はなく、まさしく日記。内容は前著と同様、街中をぶらついたとかどの本を読んだとか、どのテレビを見たとかで、著者に関心がなければまったくもって面白くない。また前著の場合は、ちょうど『失踪日記』の発表の時期だったため、その背景がわかるという点で面白かったが、今回はそれほどの事件もなく、強いて言うなら 『地を這う魚』がこの期間に進行しているという点が挙げられるが、書いている本人にとってはそれほど大きな出来事でもなさそうである。
 他人の日記というのは、そもそもドナルド・キーンも言っていたが、基本的には思い入れがない限り面白味のないものである。今作などはまさにそうで、特に絵がない前半部は読み続けるのがかなり辛かった。
 後半では、絵がそれなりに出てきて、エンタテイメントの要素がある程度現れてくるため、読むのは前半ほど苦痛ではなかったが、やはりマンガ家の日記だけに、絵がなければ大して面白くないということがあらためてわかる。前著では笑える箇所がそこそこあったが、あれも著者のサービス精神の賜物だということがかえってわかるのだった。ただし今回の日記では、出てくる絵は、著者の趣味を反映した美少女の絵が非常に多く(「その時描きたくなった女の子の絵を描いているだけ」だそうだ)、そういう方向の趣味がなければあまり面白味はないかも知れない(それなりに笑えるような要素もあるにはある。なお僕にはそういう方向の趣味はありません)。
★★★

参考:
竹林軒出張所『うつうつひでお日記(本)』
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『夜の帳の中で(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』

# by chikurinken | 2018-09-05 07:45 |

『うつうつひでお日記』(本)

うつうつひでお日記
吾妻ひでお著
角川書店

平成日記文学の金字塔……かも

b0189364_7333033.jpg 今回読むのは2回目だが、以前と少し見方が違った。ドナルド・キーンの『百代の過客』を読んだせいか、日記文学に対する見え方が変わったようだ。前に読んだときは『失踪日記』の後で、同じようなものを期待していたフシがあり、そのために多少の落胆があったようだが、今回は少々異なる。むしろ『失踪日記』に匹敵する作品ではないかと感じた。
 この日記は2004年7月7日から2005年2月16日までのほぼ毎日の記録である。著者は、1989年に仕事をほっぽり出して失踪し、その後再びの失踪、アルコール依存、自殺未遂、精神病院への入院を経て、1999年に退院し、通常の生活に戻っている。とは言っても、仕事も少なく、以前のようなフリーのマンガ家としては生計が立ちゆかなくなっている。この2004年の時期はまさしくそんな折である。そこで、自身の身辺をマンガを使って日記として残したら面白いんじゃないか、売れるかも知れないという目論見で始めたのがこの日記で、それが2004年7月7日である。この時期、大手出版社の仕事はごくわずかで(ぶんか社『便利屋みみちゃん』、2ちゃんねるぷらす『虚空のモナー』など)、発注量は少なく、そのために収入は少なく(月に4〜5万程度と著者自身が語っている)、毎日時間はたっぷりあるようである。そもそも精神状態も必ずしも良い状態ではないし(薬も大量に服用している)、仕事も何だかリハビリの一環でやっているような印象すら抱かせる。
 ただ一方で、この期間、自らの失踪経験をマンガ化しているのは作家として立派と言える。その作品も、7月27日に無事完成し、「午後「アル棟(アル中病棟:引用者注)」のスクリーントーン終り これでようやく「夜を歩く」「街を歩く」「アル中病棟」の3部作が上った(全204P)」という記述が出てくる。ただし「ただちょっとした問題が残って」いて「出版してくれる会社がない」という状態。その後、コアマガジンという会社にこの作品を持っていき、こちらは体よく断られるが、その後に持ち込んだイースト・プレス(10月7日)で、一部書き直し後出版されるという運びになる(10月15日、11月2日)。日記の終わりの方でついに出版にこぎつけ、あちこちで評判を呼び始める(インタビューの依頼が殺到)というあたりで、この日記が終わる。このあたりがこの日記の一番の目玉で、著者が『失踪日記』で再びマンガ界に台頭してくる過程が描かれるわけである。一種のサクセス・ストーリーという見方もできる。
 ただし著者の生活自体は、『失踪日記』が売れた後も、この日記の頃と変わらなかったらしい。朝食にコーヒーとパン、昼食に麺類や具をごちゃまぜしたご飯を食べ、仕事は数ページ程度やって(とは言ってもほぼ毎日やっている)、後は読書、図書館、本屋、散歩というような日常である。この日記ではこれをご丁寧に毎日綴っている。それがために記述は少々退屈ではあるが、ところどころ(プロ根性で)ギャグを交えたりしているため、笑えるような箇所もあちこちにある。本書の表紙に8月29日の記述が引用されていて、これがこの日記の特徴をよく表している。「今日は休み。喰って、読書して、寝て、タバコ吸って、食って、ウンコして、寝て、食って、寝た。西澤保彦「パズラー」読了○。」(句読点は引用者が入れた)という具合。
 この日記の序盤(9月3日まで)は、自費出版しコミケで売るために描いたもので、その後は『Comic新現実』と『コンプエース』という雑誌で連載されたものらしい。後半部分が商業雑誌で発表されたということは、それなりの面白さが編集担当にも認識されたということなんだろう。そして、こういったものを時系列でまとめたのが本書ということになる。この後も著者の数年分の日記マンガが出版されているため、このパターンの日記はかなり長く続けられたようだ(ブログで続けていたらしい)。日記については、『失踪日記』の大当たりで周囲の目が変わったあたりがもっとも興味を引かれる部分である(ただし著者によると、先ほども書いたように生活自体はほとんど変わっていないらしい)。
 この日記が今も続いているかどうかはわからないが、何でも昨年著者は胃がんの手術を受けたらしく、もし日記が続いていたら、日本の日記文学の歴史においても相当面白い存在になるんではないかと思う。著者の体験が体験なだけに、ある意味で(『失踪日記』とあわせて)平成日記文学の金字塔と言っても良いような作品である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『夜の帳の中で(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『うつうつひでお日記 その後(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』

 以下、以前のブログで紹介した『うつうつひでお日記』の評の再録。
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(2006年8月10日の記事より)
うつうつひでお日記
吾妻ひでお著
角川書店

 傑作『失踪日記』を執筆していた時期に、並行してつけていたマンガ日記をまとめたもの。『失踪日記』ほどの強烈なインパクトはなく、ブログみたいな「何を食べて何を見た」というレベルの日記ではあるが、著者の経験が経験だけに、楽しく読める(と思う)。
 ろくに仕事もせず(できず)図書館に通いづめで(傍目には)のんびりした生活を送っているなど、どこか僕自身にも似ており(格闘技(K1やPRIDE)をテレビでよく見ている点も共通……曙評など共感)、身につまされる。将来に対する不安などもよくわかるし……。
 この後、著者は『失踪日記』でブレイクするわけで、その辺の事情は、世の中に出ていく新進作家の境地と捉えることもでき、ある意味、サクセス・ストーリーみたいな感じで読むこともできる。俺もがんばらにゃあと思わせる。内容は暗いが元気が出る(かもしれない)。
★★★☆

# by chikurinken | 2018-09-04 07:24 |

『彼のいない八月が』(ドキュメンタリー)

彼のいない八月が
(1994年・テレビマンユニオン)
フジテレビ NONFIX

ある脳天気な男の生と死

b0189364_16582810.jpg 映画監督、是枝裕和がテレビマンユニオン勤務時代に作ったドキュメンタリー。
 エイズであることをカミングアウトした平田豊という人の生活に密着する作品。この当時、エイズであることをカミングアウトした人はいたが、同性愛による性交渉でエイズに感染したことを発表したのは、この人が最初らしい。そういういきさつで、製作者はこの人に関心を持ったという。また、実際に接してみると、非常にちゃらんぽらんで、なおかつ刹那主義的、快楽主義的であり、人好き、話好きな人だということがわかり、それで取材を継続するようになったということらしい。
 この平田という人がカミングアウトしたのが92年で、その後94年に死去するが、ドキュメンタリーでは、この間の2年間に渡り彼に密着する。ただこのドキュメンタリーの構成が、94年8月(死去後)の時点から、彼の在りし日を回想するというような形式になっていて、どこかドラマ風である。その後の是枝氏の活動を示唆するかのようである。こういった類の死去ドキュメンタリーは、現在では割合見られるが、おそらくその最初期の作品と言っても良いのではないかと思われる。この平田氏の場合、どこか飄々として人生を楽しんでいるため、死について思いを馳せるという類の重みはないが、それでも免疫不全のために視力が失われたり、身体が衰えて動きづらくなったりという症状が出てくるため、それなりに考えさせられる素材にはなっている。ただこの闘病中も、旅行したり、宝くじを買ったりパチンコを楽しんだりという生活を送っており、個人的にはあまり親近感を持てないタイプの人である。従って、このドキュメンタリーを見て感情移入するというようなことはあまりなく、淡々と他人の死を見送ったという感じであった(こういう類の人って周りに結構いるよなぁと思う)。人の生死はもちろん重いが、だからと言ってすべての人の生死が自分にとって重大かというと必ずしもそうでないということなんだろうか。なおナレーションは内藤剛志が担当している。
★★★

参考:
竹林軒出張所『五島のトラさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『最期のコンサート あるチェロ奏者の死(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『在宅死 死に際の医療(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『島の命を見つめて 豊島の看護師・うたさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『しかし… 福祉切り捨ての時代に(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-09-02 07:57 | ドキュメンタリー

『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(ドキュメンタリー)

もう一つの教育 〜伊那小学校春組の記録〜
(1991年・テレビマンユニオン)
フジテレビ NONFIX

是枝裕和の
もう一つのドキュメンタリー代表作


b0189364_15443473.jpg 映画監督、是枝裕和がテレビマンユニオン勤務時代に作ったドキュメンタリー。
 当時、文部省が新しい授業形態として、「総合学習」という、垣根を取り払った授業を導入しようとしていたが、それを実際に取り入れた学校(おそらくそのモデル校になったんではないかと思われる)を数年に渡って取材してまとめたのがこの作品である。フジテレビの深夜ドキュメンタリー枠、NONFIXで放送されたらしい。なんでも是枝氏がほとんど手弁当で、ホームビデオを使って撮影したという話である。ナレーションは一切なく、現場の映像とテロップだけで進行する。
 取材対象になっているのは長野県伊那小学校の3年春組(昭和63年当時)で、取材は昭和63年10月から平成3年3月まで行われている。この学級では、地域の酪農家から数年間、牛や馬を借り受け、それを育てるという試みを行っている。これが総合学習のテーマであり、動物を育てるという活動から、算数など他の授業にも結びつけるなど拡張性の高いアプローチをしている。酪農業に密接に繋がった授業が行われるということで、シュタイナー学校をイメージするが、印象はあれに近い。ヤマギシに近いという考え方もできる(竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』参照)。今風にいうならばアクティブ・ラーニングということになるのだろうか。いずれにしても、当時公立小学校でこれを積極的に行ったというのは、確かにかなり斬新である。
 実際生徒たちは、動物の世話を通じて、野外活動はもちろん、植物の分類(理科)、小屋の建設(図工)、意志決定(学活)、生殖の仕組みの調査(保健)なども行っていて非常に多角的であることがわかる。また、動物たちの身近な死に向き合うなどということも現実に出てくるわけで、小学校教育で是非取り入れてほしい「生命の学習」まで(結果的に)経験することになっている。
 これを見ていると、学校教育もこの学校のようにもっと自由で良いんじゃないかと思うが、もちろんこれは環境が整っているからできるわけで、すべての学校でこれをやるというわけにも行くまい。何より教員の数や資質の問題もある。それに現在では子供達の問題行動も以前より多いと言うし、なかなか一筋縄ではいくまい。ただある程度の自由さは、学校レベルで担保すべきではないかと感じる。現行のように役所が過剰に口出しせず、現場が責任を持って取り組める形式にすれば良い。役所が出てくるのは、問題が起こったときだけで結構。問題の責任を取るのが役所の仕事である。
 このドキュメンタリーに登場した子ども達がその後どうなったか、今何をしているか、このときの学習活動についてどう感じていたのか、自分の中に何を残したのかなどについても是非聞いてみたいところである。こういうところを追跡することで「総合学習」の成果や意義について総括できるんだから本来は役所がやるべき作業なんだろうが、役所の特性を考えたら期待はできないだろう。是枝監督などの関係者に『その後の”もう一つの教育”』も是非作っていただきたいものだと思う。
第9回ATP賞優秀賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『みんなの学校(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『学ぶことの意味を探して(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『本当は学びたい(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』
竹林軒出張所『しかし… 福祉切り捨ての時代に(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『彼のいない八月が(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-09-01 07:44 | ドキュメンタリー

『しかし… 福祉切り捨ての時代に』(ドキュメンタリー)

しかし… 福祉切り捨ての時代に
(1991年・テレビマンユニオン)
フジテレビ NONFIX

是枝裕和のドキュメンタリー第1作

b0189364_19032518.jpg 映画監督、是枝裕和がテレビマンユニオン勤務時代に作ったドキュメンタリー第1作。
 1980年代の中曽根政権時代、それまで継続されてきた福祉政策が大きく転換した。福祉に対するハードルが高くなり、親族援助の推進、自助努力などが謳われて、いわゆる「福祉切り捨て」が行われるようになった。要するに、福祉関連経費を削減しようという政権側の目論見である。だが、このような政策は、本当に福祉対策が必要な人に支援が届かないという状況を生み出す。2000年代以降も、何かに付け同じような福祉切り捨て政策が行われてきているため、我々の記憶にも新しいところである。その元祖が中曽根政権時代のこの政策である。
 この時代、まさにこの福祉切り捨てにあって将来を絶望した下町の女性(原島信子という人)が自ら命を絶った。そしてその数年後、それまで福祉行政に積極的に関わっていた環境庁の官僚、山内豊徳も自宅で自殺した。この山内氏、元々厚生省に入省し、福祉畑で積極的に福祉政策に関わってきた人で、福祉政策に対しても積極福祉の立場から持論を展開していたという人。奇しくも福祉を推進する側の山内と、福祉を受ける側の原島、しかもその両者は生い立ちに共通点があるんだが、その両者が同じ頃に自殺したのだった。この2人の生き様に焦点を当てながら「福祉切り捨て」政策の問題性をあぶり出すというのが、このドキュメンタリーである。
 ナレーターは森本レオで、かなり早口で話す。つまりは情報量が多く、多少落ち着きのなさを感じる作品になってしまっている。是枝裕和が最初に発表したドキュメンタリーということで気負いがあったのか知らないが、もう少しゆったりした進行にしないと、見る側は情報過多でなかなか辛いものがある。とは言え、内容は濃密で、アプローチの仕方も通常のドキュメンタリーと違ってややドラマ風なのも、是枝氏の作家性ゆえかも知れない。
 なお、福祉政策については、先ほども触れたが、その後好転しているとは言えない。相変わらず役人の無茶ぶりみたいな政策ばかりで、こういう案件を立案した役人は、その資質がそもそも福祉行政に適していないんじゃないかと感じる。今では山内氏みたいな、高邁な理想を持ち意欲に溢れた役人は、存在し得ないんだろう。そもそもこういう表現(「高邁な理想を持ち意欲に溢れた役人」)自体が、現代では形容矛盾に思える。それを考えると、福祉切り捨て政策の影響で自ら命を絶たざるを得なかった山内氏の存在自体が、あの時代を象徴していたと言えるのか。
ギャラクシー賞優秀作品賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『彼のいない八月が(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『エンディングノート(映画)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (1)(ドラマ)』
竹林軒出張所『歩いても 歩いても(映画)』
竹林軒出張所『海街diary(映画)』

# by chikurinken | 2018-08-31 07:01 | ドキュメンタリー

『海街diary』(映画)

海街diary(2015年・「海街diary」製作委員会)
監督:是枝裕和
原作:吉田秋生
脚本:是枝裕和
撮影:瀧本幹也
音楽:菅野よう子
出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、前田旺志郎、樹木希林、リリー・フランキー、風吹ジュン、大竹しのぶ

鎌倉の夏、日本の夏

b0189364_22552751.jpg 吉田秋生原作のマンガを映画化した作品。
 原作は、鎌倉の4姉妹のホームドラマ的な話で、ややとりとめのない感じでゆったりと進行していく(竹林軒出張所『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃(本)』を参照)。
 映画化するに当たって、このオリジナルのストーリーをどのように2時間にまとめるかはかなり難しいところで、この原作自体、かなり映画になりにくい素材であると言える。いっそのこと、原作のキャラだけを使って新しい話にしてしまうという手もあるかも知れないが、この映画に限っては、そういう手段は使わず、かなり原作の味を活かしていると言える。ただ先ほども言ったように、原作自体とりとめがないので、下手をするとテーマが見えずにストーリーがダラダラと流れてしまう作品にもなりかねないが、ストーリーやキャラクターは原作を重視しながらも、2時間のドラマとして成立させているあたりはなかなか見事である。
 テーマは、4姉妹の家族的な繋がり、それから生や死を含む人間的な繋がりというあたりだと思うが、同時に鎌倉の四季、特に夏が非常に情緒的に描かれていて味わい深い。このあたりは、4姉妹が住む家が日本家屋風のやや古い家で、梅酒をつけたり、墓参りをしたり、あるいは浴衣を着て花火をやったりというような(やや古いスタイルで)年中行事を重視した生活を送っているせいもある。『歩いても 歩いても』『ゴーイング マイ ホーム』などの是枝作品にも、似たような日本的情緒(と言っても日本人にとっては割合普通の日常であるが)が表現されていたため、このあたりは是枝作品の特徴なのかも知れない。そういう点でも、オリジナルの『海街diary』は、是枝裕和によく合った素材だったのかも知れない。
 4姉妹の配役については、原作を読んだ読者からはいろいろと異論がありそうだが(これは原作ものには必ずついてまわる宿命である)、概ね原作に即したキャラクターになっていると思う。長女(綾瀬はるか)のイメージが若干原作と違うような気もするが、十分許容範囲内である。中でも四女のすずのイメージが広瀬すずにぴったりで、原作の再現という点でも、この映画のレベルは高い。
 また、映画の『細雪』を彷彿させるような、4姉妹が並んだショットもあり、『細雪』や『阿修羅のごとく』を意識している可能性が多分にあるとも感じた。難を言えば、4姉妹と両親、それから親族との家族関係が、(話がかなり進んでから)セリフで語られるだけであるため、わかりにくかった点があるが、こちらも許容範囲と言える。ちなみにこのあたりの関係性については、原作では最初の数ページ目で説明がある。
 とは言うものの、原作からエッセンスをうまい具合に抽出して映画化できているという評価には変わりない。原作マンガの世界観をこれだけしっかり映像化できていることについては、さすがの是枝!と拍手を送りたくなるところである。
第39回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃(本)』
竹林軒出張所『歩いても 歩いても(映画)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (1)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (2)〜(10)(ドラマ)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『阿修羅のごとく(ドラマ)』

# by chikurinken | 2018-08-29 06:55 | 映画