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竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

2018年 09月 04日 ( 1 )

『うつうつひでお日記』(本)

うつうつひでお日記
吾妻ひでお著
角川書店

平成日記文学の金字塔……かも

b0189364_7333033.jpg 今回読むのは2回目だが、以前と少し見方が違った。ドナルド・キーンの『百代の過客』を読んだせいか、日記文学に対する見え方が変わったようだ。前に読んだときは『失踪日記』の後で、同じようなものを期待していたフシがあり、そのために多少の落胆があったようだが、今回は少々異なる。むしろ『失踪日記』に匹敵する作品ではないかと感じた。
 この日記は2004年7月7日から2005年2月16日までのほぼ毎日の記録である。著者は、1989年に仕事をほっぽり出して失踪し、その後再びの失踪、アルコール依存、自殺未遂、精神病院への入院を経て、1999年に退院し、通常の生活に戻っている。とは言っても、仕事も少なく、以前のようなフリーのマンガ家としては生計が立ちゆかなくなっている。この2004年の時期はまさしくそんな折である。そこで、自身の身辺をマンガを使って日記として残したら面白いんじゃないか、売れるかも知れないという目論見で始めたのがこの日記で、それが2004年7月7日である。この時期、大手出版社の仕事はごくわずかで(ぶんか社『便利屋みみちゃん』、2ちゃんねるぷらす『虚空のモナー』など)、発注量は少なく、そのために収入は少なく(月に4〜5万程度と著者自身が語っている)、毎日時間はたっぷりあるようである。そもそも精神状態も必ずしも良い状態ではないし(薬も大量に服用している)、仕事も何だかリハビリの一環でやっているような印象すら抱かせる。
 ただ一方で、この期間、自らの失踪経験をマンガ化しているのは作家として立派と言える。その作品も、7月27日に無事完成し、「午後「アル棟(アル中病棟:引用者注)」のスクリーントーン終り これでようやく「夜を歩く」「街を歩く」「アル中病棟」の3部作が上った(全204P)」という記述が出てくる。ただし「ただちょっとした問題が残って」いて「出版してくれる会社がない」という状態。その後、コアマガジンという会社にこの作品を持っていき、こちらは体よく断られるが、その後に持ち込んだイースト・プレス(10月7日)で、一部書き直し後出版されるという運びになる(10月15日、11月2日)。日記の終わりの方でついに出版にこぎつけ、あちこちで評判を呼び始める(インタビューの依頼が殺到)というあたりで、この日記が終わる。このあたりがこの日記の一番の目玉で、著者が『失踪日記』で再びマンガ界に台頭してくる過程が描かれるわけである。一種のサクセス・ストーリーという見方もできる。
 ただし著者の生活自体は、『失踪日記』が売れた後も、この日記の頃と変わらなかったらしい。朝食にコーヒーとパン、昼食に麺類や具をごちゃまぜしたご飯を食べ、仕事は数ページ程度やって(とは言ってもほぼ毎日やっている)、後は読書、図書館、本屋、散歩というような日常である。この日記ではこれをご丁寧に毎日綴っている。それがために記述は少々退屈ではあるが、ところどころ(プロ根性で)ギャグを交えたりしているため、笑えるような箇所もあちこちにある。本書の表紙に8月29日の記述が引用されていて、これがこの日記の特徴をよく表している。「今日は休み。喰って、読書して、寝て、タバコ吸って、食って、ウンコして、寝て、食って、寝た。西澤保彦「パズラー」読了○。」(句読点は引用者が入れた)という具合。
 この日記の序盤(9月3日まで)は、自費出版しコミケで売るために描いたもので、その後は『Comic新現実』と『コンプエース』という雑誌で連載されたものらしい。後半部分が商業雑誌で発表されたということは、それなりの面白さが編集担当にも認識されたということなんだろう。そして、こういったものを時系列でまとめたのが本書ということになる。この後も著者の数年分の日記マンガが出版されているため、このパターンの日記はかなり長く続けられたようだ(ブログで続けていたらしい)。日記については、『失踪日記』の大当たりで周囲の目が変わったあたりがもっとも興味を引かれる部分である(ただし著者によると、先ほども書いたように生活自体はほとんど変わっていないらしい)。
 この日記が今も続いているかどうかはわからないが、何でも昨年著者は胃がんの手術を受けたらしく、もし日記が続いていたら、日本の日記文学の歴史においても相当面白い存在になるんではないかと思う。著者の体験が体験なだけに、ある意味で(『失踪日記』とあわせて)平成日記文学の金字塔と言っても良いような作品である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『夜の帳の中で(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『うつうつひでお日記 その後(本)』
竹林軒出張所『実録! あるこーる白書(本)』
竹林軒出張所『百代の過客(本)』

 以下、以前のブログで紹介した『うつうつひでお日記』の評の再録。
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(2006年8月10日の記事より)
うつうつひでお日記
吾妻ひでお著
角川書店

 傑作『失踪日記』を執筆していた時期に、並行してつけていたマンガ日記をまとめたもの。『失踪日記』ほどの強烈なインパクトはなく、ブログみたいな「何を食べて何を見た」というレベルの日記ではあるが、著者の経験が経験だけに、楽しく読める(と思う)。
 ろくに仕事もせず(できず)図書館に通いづめで(傍目には)のんびりした生活を送っているなど、どこか僕自身にも似ており(格闘技(K1やPRIDE)をテレビでよく見ている点も共通……曙評など共感)、身につまされる。将来に対する不安などもよくわかるし……。
 この後、著者は『失踪日記』でブレイクするわけで、その辺の事情は、世の中に出ていく新進作家の境地と捉えることもでき、ある意味、サクセス・ストーリーみたいな感じで読むこともできる。俺もがんばらにゃあと思わせる。内容は暗いが元気が出る(かもしれない)。
★★★☆

by chikurinken | 2018-09-04 07:24 |