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竹林軒出張所

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2011年 12月 25日 ( 1 )

『「演歌」のススメ』(本)

b0189364_935042.jpg「演歌」のススメ
藍川由美著
文春新書

 著者の藍川由美は、声楽の歌手であるが、同時に「声楽(ソプラノ)の分野では我が国初の博士(音楽)号取得」(藍川由美のホームページより)という学究肌の面もお持ちの方。確かにこの本を読むと、そういう部分が見え隠れする。原典(オリジナルの楽譜)に対する執拗なこだわりや、音楽の文化遺産を正しい形で後世に残すべきという思い入れはひしひしと伝わってくる。学術的アプローチにとってこういう態度は非常に重要である。
 本書の主張は、クラシック音楽至上主義のためにないがしろにされた近代日本歌曲(流行歌を含む)の価値を見直そうというものであるが、これは著者の音楽活動とも軌を一にしている。著者が日本の歌曲を積極的に録音しているのは一部で高い評価を受けている(ようだ)。本書でも、本居長世や中山晋平らの作曲家、詩人の野口雨情などについて、かれらの作品の特色やその価値を論じている。さらに古賀政男については一章を割いて論じており、タイトルを見てもわかるようにこの本の中心的なテーマになっている。
 なんでも古賀政男の曲、ジプシー音階を取り入れたり、フォックストロットやタンゴなど、世界中のさまざまな音楽を取り込んだりしていて非常に意欲的で芸術的価値も高いらしい。だが、流行歌であったこともあり、初演において古賀政男の所期の意図どおり歌われていないことが多く、本当の魅力が今に伝わっていないと著者は言う。実際、著者は楽譜に忠実に従って古賀作品を演奏し録音しているので、それを聴けば著者の言わんとすることは伝わるのではないかとも思う。が、手元にその類の録音がないと、著者の伝えようとするメッセージがなかなか伝わってこない。音楽的な素養があれば別なんだろうが、僕など読んでいて今ひとつよく掴めない箇所が非常に多かった。これは中山晋平や本居長世の記述についても同様である。
b0189364_941157.jpg ジャンルにとらわれず、良いものは正当に評価すべきだとする著者の主張はまったく同意するが、古賀政男がそんなに優れた作曲家なのかは個人的には留保したいところである。僕はこれまでも何度か古賀メロディには挑戦しているが、もう一つ良さがわからない。著者が勧める他の作家、中山晋平や小関裕而は良さがわかるし、伊福部昭も良いと思う。また筒美京平や加藤和彦などの流行歌作家も素晴らしいと思う(そういう意味で僕はクラシック至上主義ではないと思う)が、どうしても古賀政男はやはりちょっと受け付けない。実際、著者が発表している古賀政男作品のCD『誰か故郷を想はざる〜古賀政男作品集』も少し試聴してみたが印象は大して変わらない。そういうわけで、著者の主張は理解できるが古賀メロディに対する感覚はいまだに変わっていないのだ。
 著者、藍川由美については、他のCDについても僕は結構聴いているが、たしかに原典主義は尊重に値するし、原典を尊重した演奏としての資料的価値は認めるものの、歌曲としての面白さが伝わってこないものも割にある。特に流行歌については、『東京行進曲〜日本の歌謡』などを聴いてみたが、オリジナルの歌手の方が良いと思うものが多かった。
 また蛇足ではあるが、本書の記述に、他の著述者(金田一春彦など)に対する辛辣な記述が散見されるのもあまり良い気持ちがしない。また「自虐史観」などという記述が出てくると、この人の思想的な立場にまで疑問を持ってしまう。この著者が別のCDで録音している戦時歌謡や軍歌についても、音楽的な観点から分け隔てなく録音しようとする姿勢は理解できるが、本当に純粋に音楽的観点だけなのかと自分の中で疑問に感じてしまう部分もある。ジャンルに貴賤を見ないという考え方も賛同するし、原典を尊重すべきという原典主義にも同意するが、こういうアプローチが原典主義ではなく原理主義に基づいていれば話は別である。この本からそういう印象を持ったのも確かだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『藍川由美 木下忠司作品集(CD)』

by chikurinken | 2011-12-25 09:06 |