マリウポリの20日間 前編、後編
(2023年・ウクライナ米Associated Press、WGBH)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
生活の場が戦場になるということ 映画化されアカデミー賞も受賞した『マリウポリの20日間』が、かつて『BS世界のドキュメンタリー』の枠で放送されていたので、このたび万を持して見てみた。この放送では45分程度の前半と後半に分けられていたが、簡単に見ることができないドキュメンタリー作品が放送されるだけでもありがたいもの。特に『BS世界のドキュメンタリー』では、比較的地味なものでも長編ドキュメンタリーをこういう形でたびたび分割で放送してきており、しかもうまく編集されていてまったく違和感がないため、大歓迎である。優れた作品を一般人の目に触れやすくするというこういった態度は、あらゆるメディアに見習ってほしいものである。
さてこの作品、ウクライナ出身のミスティスラフ・チェルノフという記者が撮影、監督したもので、プーチン・ロシアによるウクライナ侵攻の最初期の惨状を、攻撃される側の視点から撮影したものである。
始まりは2022年の2月。ロシアの軍隊が突如、ウクライナの首都の他、東部と南部から侵攻し、この電撃作戦でウクライナ国内に莫大な被害がもたらされることになった。南部の都市マリウポリでも同様で、突如ミサイル攻撃が始まり、市民の生活に大混乱が起こったのだった。APの記者であるチェルノフは、このマリウポリに入り、状況を取材してAP通信者に映像を送るという活動を送っていたが、状況は日に日に悪化し、無差別ミサイル攻撃が繰り返され、市民の中にも多くの犠牲が出てくる。ロシア当局は、民間施設や民間人を攻撃していないと主張していたが、ほとんどの犠牲者は民間人で、病院まで標的になっていた。そのリアルな状況がAPを通じて世界に伝えられることになったのは、ひとえにこのチェルノフの活動のおかげである。やがてマリウポリはロシア軍によって包囲され、最終的に陥落することになるが、チェルノフはギリギリまで現地に残り、取材映像を携えたままマリウポリからの脱出に成功する。生命の危険が伴う戦場で映像撮影という形で取材活動が続けられ、それがまとまった形で公開されたことから、この作品が高い評価を受けることになった。戦争報道としても大きな価値を持っており、それが結果的にアカデミー賞の受賞に繋がったのではないかと思う。
戦争に巻き込まれ攻撃される民間人の視点はいろいろな場面で語られてきてはいるが、リアルタイムにその様子が映像化され、その惨状がリアルに伝えられるということは少ない。今回の映像からは、チェルノフが使命感から命がけで取材している様子もよく伝わってきて、生活の場が一転して戦場になる様子も迫真的に捉えられている。いろいろと見どころの多い映像で、ジャーナリズムの視点からも非常に価値が高いドキュメンタリーと言うことができる。
2024年アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞
★★★☆参考:
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