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竹林軒出張所

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『海を渡った600体の神仏』(ドキュメンタリー)

海を渡った600体の神仏
明治9年 エミール・ギメが見た日本

(2003年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ

「ギメ東洋美術館」縁起絵巻

『海を渡った600体の神仏』(ドキュメンタリー)_b0189364_13434796.jpg 日本の宗教調査をするために、明治9年に日本国内に80日間滞在し、後に『日本散策記』を著したエミール・ギメの足跡を追うドキュメンタリー。
 明治9年は、未だ廃仏毀釈の影響が残っていたため、日本全国で寺院への弾圧が強く、その影響として仏像が破壊、廃棄されていた時代である。そんな折、ギメは、あちこちで仏像を入手し、フランスに送った。中には国宝級のものもあるが、しかしギメがフランスに送らなければ破壊されていた可能性もあるため、国外に出たことに文句を言う筋合いはない。ともかくギメの来日は、ギメ本人にとっても日本の文化史にとっても絶好のタイミングだったということになる。
『海を渡った600体の神仏』(ドキュメンタリー)_b0189364_13435492.jpg 一方でこのギメ、日本の宗教(仏教と神道)に対して真剣に研究しようとしていたようで、各所の寺院に頻繁に訪れただけでなく、京都の西本願寺では島地黙雷らの宗教関係者と丸1日、宗教談義を行ったりしている。それを考えると、ギメが購入した600体の仏像も、結果的に非常に良いところに落ち着いたと言うこともできる。その上、本国に帰った後、ギメは手に入れた仏像を博物館に所蔵し、一般公開して日本の宗教を紹介しようとまでしている。その博物館が後に国の所管になり、現在の国立ギメ東洋美術館になるのである。
『海を渡った600体の神仏』(ドキュメンタリー)_b0189364_13440045.jpg このドキュメンタリーでは、なぜギメが東洋の宗教に関心を持つようになったかにも焦点が当てられ、それが社会事業としての側面を持っていたことも紹介される。本国で絹織物の染料を事業にしていたギメが、従業員の福祉のために東洋的な宗教観を利用できないかと考えたことがきっかけだったというのである。それを考えると、ギメはロバート・オウエンのような人道的資本家だったと言うことができる。
『海を渡った600体の神仏』(ドキュメンタリー)_b0189364_11373880.jpg ギメ自身、そういう人格であったこともあり、持ち帰った仏像に対しても敬意が払われている他、日本から書物なども大量に持ち帰り、それもギメ美術館で公開している。思想体系という観点からこういった書物こそが重要と考えていたようで、こちらが最初の博物館の目玉に据えられていたというのも興味深い話である。文化事業という観点からギメ東洋美術館の出自をうまいこと紹介したドキュメンタリーであり、「ギメ東洋美術館縁起」としての側面を持つ見どころの多い作品だった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『美しき日本の面影(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『新編 日本の面影(本)』
竹林軒出張所『日本の面影 (1)〜(2)(ドラマ)』
竹林軒出張所『日本の面影 (3)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『にっぽん 微笑みの国の物語 前編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『にっぽん 微笑みの国の物語 後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『100年前の世界一周(本)』
竹林軒『映画レビュー:「ラスト・サムライ」に見る「逝きし世の面影」』

by chikurinken | 2024-03-25 07:35 | ドキュメンタリー
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