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竹林軒出張所

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『ストップモーションアニメを紡ぐ』(ドキュメンタリー)

ストップモーションアニメを紡ぐ
-エストニア 激動の時代を越えて-

(2023年・瑞Luckyday Pictures、Viddle)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

特殊事情下での芸術製作

『ストップモーションアニメを紡ぐ』(ドキュメンタリー)_b0189364_09520243.jpg バルト海沿岸に位置するエストニアのストップモーションアニメ制作会社、ヌクフィルムを紹介するドキュメンタリー。
 ストップモーションアニメというのは、静止画像を1コマずつ撮影してそのコマを繋げることで動画を作るという技法で、エストニアのヌクフィルムは、高い芸術性を持つ作品の制作会社としてその世界ではつとに有名らしい。実際にこのドキュメンタリーでもヌクフィルム作品の断片が紹介されるが、その質の高さは十分納得できる。この映画会社の新作(『翼』〈ヌクフィルム26作品目〉)の製作過程と、この会社の創設からの歴史をまとめたのがこのドキュメンタリー。
 製作風景は、これまであまり目にすることのない場面ばかりで非常に興味深いが、同時にこれまでの歴史についても興味を惹かれる。というのは、エストニア、かつてはソビエト連邦の一部で、そのためにモスクワからの指示に従って製作を行っていたということなのである。
『ストップモーションアニメを紡ぐ』(ドキュメンタリー)_b0189364_09515878.jpg 元々は、映像会社タリンフィルムに属していたエリベルト・トゥガノフが1958年に作ったストップモーションアニメ(『リトルペーターの夢』)が当たったことが起源で、この作品がエストニア内でヒットし、トゥガノフの名前が上がっていった。それを承けてトゥガノフはストップモーションアニメ作品を作り始めるが、1962年に第4作目を作ると、モスクワから専用のスタジオを作る許可が下り、スタッフも20人まで増え、ストップモーションアニメ部門の本格的な操業が始まる。その後、カメラマンのヘイノ・パルスが2人目の監督に昇格したこともあり、作品の多様性が増すようになった。こうしてこのスタジオ、アニメ製作を続けていくが、大きな問題は、作品に対してモスクワの検閲が毎回常に入ることで、特に70年代は検閲がうるさく、検閲を通らなければ配給もできないため、大変なプレッシャーになっていたという。80年代になると新しい世代の監督たちが現れ、同時に検閲も緩和されたために、作品の多様性と質が一気に拡大することになった。
 だがやがて90年代になってソビエト連邦が崩壊しエストニアが独立すると、面倒な検閲はなくなりはしたが、一方でモスクワから資金が出ることもなくなり、しかも配給もこれまでのように国任せというわけにいかなくなって、すべて自前でこなさなければならなくなる。こうして新たな岐路に立たされるが、やがてこういった難題も克服していって現在のヌクフィルムに至るというわけである。
 ストップモーションアニメの製作風景が詳細に公開されるだけでなく、政治との関わりなども紹介されたこともあり、多角的で興味深い内容のドキュメンタリーに仕上がっていた。作品をまとめて何本か見てみたいものだが、日本で目にすることができるのか、詳細はわからない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ジブリと宮﨑駿の2399日(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『夢と狂気の王国(映画)』
竹林軒出張所『高畑勲、「かぐや姫の物語」をつくる。(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『犬ヶ島(映画)』

by chikurinken | 2024-02-02 07:51 | ドキュメンタリー
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