SNSが作った“世論” #ジョニー・デップ裁判
(2023年・仏Babel Doc、Together Media、France Télévisions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
SNSによる集団リンチ
社会がますます劣化する 俳優のジョニー・デップとアンバー・ハードの間で離婚訴訟が起こり、やがて双方が相手を名誉毀損で訴えるという法廷闘争になった。一連の事象は2017年から2022年までの間に起こった。
内容をつきつめれば、デップのハードに対する暴力(つまりドメスティックバイオレンス)が原因のようだが、アメリカ社会に残る男性至上主義者(マスキュリスト)たちが、SNS上でハードに対して中傷を繰り返し、あるいはYouTuberを活用し、あるいはボットを使うなどして、アンチバード・キャンペーンを拡大していく。それに反対する意見がネット上で発信されると、マスキュリストの一団がその発した人に対しても圧力を加える(脅迫や晒〈さらし〉などの暴力行為)ことで、「ハード=嘘つき」という構図をSNS上の主流にすることに成功。やがて、関係ない第三者までが、ハードが嘘つきであるというフィクションを信じて、ハードを揶揄するような投稿や動画が溢れてくることになった。結局それが裁判(陪審員たち)に影響を及ぼしたようで、最終的にデップに有利な判決が出されたという一連の流れを紹介するのがこのドキュメンタリー。
脅迫や晒まで野放しにされているというアメリカのネット事情にまず驚いたが、アメリカ世論の後進性や、アメリカ社会にはびこっている全体主義的雰囲気にも驚いた。ネットやSNSにうまく対処できておらず混乱している社会の縮図がここにあるが、この作品を作ったのがフランスの製作会社であるところを見ると、米国内では、この集団ヒステリーに対していまだに反省が行われておらず、自浄作用も働いていないのかも知れない。アメリカの大衆が予想以上に愚かであること(日本も同様だが)に呆れかえるが、大衆操作の道具が野放しにされている状況にも危機感を感じる。
もっとも僕自身はジョニー・デップの裁判などまったく知らなかったし、その裏でこういったことが行われていたことも知らなかった。それを思うと、これを伝えたフランスのマスコミには敬意を表したいところである。まともな思考が働いている人々でなければ、異常な状況を告発できないというものだ。とは言え、社会正義がないがしろにされたこういう決着には納得できないし、見終わった後かなり気分が悪くなったのも事実である。
★★★☆参考:
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