生誕120年・没後60年
小津安二郎は生きている
(2023年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集
NHK特有の「独断的な深読み」のせいで
台無しになってしまった 映画監督、小津安二郎は、1963年の誕生日に60歳で死んでいることから、今年の12月は生誕120年で没後60年ということになる。この番組は、そういう意図で作られたドキュメンタリーではないかと思う(10年前も
同様の番組が放送されていた)。
僕が小津安二郎の名前を知ったのは1980年代前半で、
『秋刀魚の味』を初めて見たときにいたく感心して、関心を持ったわけであるが、当時は小津安二郎関連の本もほとんど出ておらず、唯一出ていたのがドナルド・リチーの
『小津安二郎の美学』という状況だった。
その後、80年代末頃からにわかに小津関連本が立て続けに出版され、海外でも名前がよく出るようになり、さらにその後、小津シンパの監督が次々に名乗り出るという状況になっていったと記憶している。
その中でも早くから小津ファンであることを公言していたのがヴィム・ヴェンダースで、おそらく小津の映画が世界中で上演されるようになったのも彼の影響ではないかと思っている(ヴェンダース自身は1985年に小津へのオマージュ作品である
『東京画』という映画を製作している)。国内では、1984年に周防正行が、小津映画のパロディみたいなポルノ映画、
『変態家族 兄貴の嫁さん』で脚光を浴び、その後一般映画でも名前が上がるようになった。こういった流れが国の内外で小津ブームを牽引することになっているのではないかと当時僕は感じていたが、このドキュメンタリーにも、ヴェンダースと周防がそれぞれインタビューで登場し、小津映画について語るというなかなか粋な計らいもあった。
他にも小津安二郎が撮影所に君臨していたときに助監督として入所した山田洋次の実体験に基づく話などもあり、大変興味深かったが、その後に出てきた著作家の平山周吉という人の小津映画の解説がいただけない。この人、ペンネームに『東京物語』の主人公の名前をつけているような人で、小津映画にも多大な関心があるようだが、とかく深読みが過ぎており、『晩春』などの作品に山中貞雄へのオマージュが表現されているなどと語っており(原節子の背景に映っている壺が山中の『百万両の壺』(
竹林軒出張所『山中貞雄のこと……追記』参照)のイメージだ、などと語っていた)、それがまた延々と続くので、少々辟易してしまった。このコーナーの尺がかなり長かったため、前半部のいろいろなすばらしいエピソード群をすべて帳消しにしてしまうような、非常に残念な効果が出てしまった。
山中貞雄との関係を描くのは大変結構だが、あくまでも事実だけの紹介に止めておくべきで、極端な深読みは視聴者に任せれば良いのである。こういう度が過ぎた深読みが出てくると、僕などは一気に興ざめしてしまい、結果的に、何もかもぶちこわしになったと感じるのである。これだけの顔ぶれを登場させているのだから、余計なものを入れずに「オマージュ」ドキュメンタリーで終わっていれば良かったものを、と、はなはだ遺憾に感じる。全体の構成から考えると、製作者はこちらを目玉に据えたかったのだろうと察しがつくが、NHKの歴史物に付きものの「独断的な深読み」をこんなところにまで持ち込む必要があったのだろうかと思う。せっかくの番組を、こんな軽薄かつ安直な演出のせいでパーにしてしまうというのは、非常にもったいないとしか言いようがない。
★★★参考:
竹林軒出張所『小津安二郎・没後50年 隠された視線(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『秋刀魚の味(映画)』竹林軒出張所『浮草(映画)』竹林軒出張所『彼岸花(映画)』竹林軒出張所『お早よう(映画)』竹林軒出張所『秋日和(映画)』竹林軒出張所『麥秋(映画)』竹林軒出張所『デジタル・リマスターでよみがえった「東京物語」』竹林軒出張所『絢爛たる影絵 小津安二郎(本)』竹林軒出張所『青春放課後(ドラマ)』竹林軒出張所『変態家族 兄貴の嫁さん(映画)』竹林軒出張所『チトサビシイ(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『山中貞雄のこと……追記』竹林軒出張所『キャメラマンMIYAGAWAの奇跡(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『山田洋次の青春(ドキュメンタリー)』