春までの祭(1989年・フジテレビ)
脚本:山田太一
演出:河村雄太郎
出演:吉永小百合、笠智衆、藤竜也、野際陽子、坂詰貴之、山口美江
嫁・母が女になる瞬間
先頃逝去した山田太一が脚本を書いたドラマ。1989年にフジテレビで放送されたものである。
主人公は、3年前に夫と死に別れたガラスデザイナー(吉永小百合)で、目下、舅(笠智衆)と高校生の男児(坂詰貴之)との3人暮らし。その主人公に、富豪の図々しい男(藤竜也)が近づきになろうとして迫ってくるというのがストーリーの柱である。
この男、かなり厚かましく、しきりに昼食や夕食に誘ってきては、やや執拗なくらいつきまとう。現在であればストーカーまがいという扱いになるかも知れないが、本人は度が過ぎているが至って真剣で、ただ一方の未亡人、カナの方は、その圧力に戸惑っており困惑しているが、それでもときどき会ったりしている。

だが、男の方は、カナのそういう「常識的な」殻を破らせたいと語りながら、かなり執拗に誘ってくる。一方で、舅の方も、この両者の関係について今の生活をかき乱す存在と考えており、男と付き合う嫁には少しきつく当たったりもする。美しく優しい嫁を手放したくないという嫉妬心も混ざっていることが十分考えられる。息子の方も当然、母の恋愛など受け入れられない。要は、家族の一員である嫁・母が「女」になるのは、不快であり容認ならないということなのである。こうして、家庭内で波風が立つというのがこのドラマのテーマである。
テーマ自体は、83年にNHKで放送された
『夕暮れて』によく似ており、シチュエーションも似ている。舅が笠智衆というのも共通。ただこちらは、『夕暮れて』と違い不倫ではないためあそこまでドロドロした感じはなく、少し様式的な風にも見える。どことなく小津安二郎の世界に近い感じもあり、笠智衆が主役で舞台が鎌倉という点でも小津映画との共通性を感じる。そうすると
『東京物語』の原節子の役回りが吉永小百合ということになるのか。実際、この作に登場する吉永小百合は非常に美しい。ちょっと美しすぎて、家庭の主婦みたいに見えないのが難点である。笠智衆と吉永小百合が二人で、寺でお茶をすするシーンなども出てくるが、これなど完全に小津調の絵作りであった。

俳優はみんなうまく、申し分ない。いけ好かない男を演じた藤竜也も非常に味がある(不快な存在だが)。端役の野際陽子までが良い味を出している。そういう意味でも、完成度がきわめて高い山田ドラマらしい1本と言える。和久井映見がチョイ役(息子が通学時に見かける女学生)で出ていた他、「筒井真理子」という名前もタイトルバックにあった(こちらは確認できなかった)。
★★★★参考:
竹林軒出張所『夕暮れて(ドラマ)』竹林軒出張所『今朝の秋(ドラマ)』竹林軒出張所『冬構え(ドラマ)』竹林軒出張所『ながらえば(ドラマ)』竹林軒出張所『沿線地図(1)〜(15)(ドラマ)』竹林軒出張所『山田太一のドラマ、プラス10』竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』竹林軒出張所『その時あの時の今 私記テレビドラマ50年(本)』