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竹林軒出張所

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『追跡“ペガサス”』(ドキュメンタリー)

追跡“ペガサス” スマホに潜むスパイ
前編:標的にされた人々

後編:調査報道の結末
(2021年・Forbidden Stories他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

あなたのスマホも覗かれてます

『追跡“ペガサス”』(ドキュメンタリー)_b0189364_08464864.jpg 話は、Forbidden Storiesという人権団体が、約5万件の電話番号のリストを入手したことから始まる。このリストの電話番号、多くはジャーナリストや反体制活動家などのもので、その後の調査によって、「ペガサス」という名前のスパイウェアを送りつけられた端末の電話番号の一覧ということが判明する。
 この「ペガサス」というスパイウェアは、イスラエルのNSO Groupという企業が開発し、さまざまな国の政府に販売しているもので、「テロや犯罪を阻止する」というのがその機能……というか名目である。しかし実際は、独裁国家が反体制活動家やジャーナリストを突き止めたり、彼らの秘密を握ったりする目的で使われているというのである。
 この「ペガサス」だが、いったん端末(iPhoneまたはAndroid端末)にインストールされてしまうと、中に入っているほとんどすべての情報に特定の外部からアクセスできるようになるというもので、通話やSNS、動画などあらゆるものが抜き取り可能な状態になる。こういう犯罪的スパイウェアが公然と国の機関に販売され使用されているという状況は、個人のプライバシーの問題の面でも大きいが、何より政府にとって都合の悪い人々に対する弾圧や殺害に繋がることから大変由々しき事態であり、「テロや犯罪を阻止する」などという名目がまかり通るようなレベルではない。
 そこでForbidden Storiesは、世界中のさまざまな報道機関にこの事実を伝え、取材協力(リスト内の電話番号の特定と調査)を仰いで、2021年の7月にそれぞれの報道機関で同時にこの事実を発表するというプロジェクトを始める。ワシントンポストなど10を超す報道機関がこれに参加し、報道調査が進められていくが、その過程でメキシコで殺害されたジャーナリストの電話番号もリストに入っていることが判明する。メキシコでは、行政機関と犯罪組織との繋がりを追求しているジャーナリストが次々に殺害されているが、その現場でもペガサスがフルに活用されていることが窺える。ペガサスさえ使えば、その端末の持ち主の足取りが追えるだけでなく、端末で扱われるあらゆる機密情報を入手できると来ている。僕などは、メキシコのジャーナリスト殺害については、時間と場所があまりにピンポイントで特定され敢行されているため少し疑問を抱いていたが、こういうスパイウェアが介在していることがわかれば十分納得が行く。
 サウジアラビア王族の悪行を報道していたジャーナリスト、ジャマル・カショギの端末の電話番号もリストに載っており、端末にペガサスが入っていたことが窺われる。実際カショギの妻の端末にはこのスパイウェアが入っており、そのために足取りが掴まれ逮捕されたことがある(現在はアメリカに亡命中)。カショギについては、2018年にトルコのサウジアラビア大使館で惨殺されているが、そこにもペガサスが関係していることが推測される。
『追跡“ペガサス”』(ドキュメンタリー)_b0189364_08465239.jpg 他にもUAEの王女の電話番号もリストに加わっており、この王女は父親から軟禁されており、一度脱出を試みたが足取りを抑えられインドで捕まったといういきさつがある。これもスパイウェアの介在を考えれば十分納得が行く。さらには、フランスのマクロン大統領や閣僚などの電話番号までリストに入っていて(しかも一部の閣僚の端末を調べたところペガサスが入っていた)、ことは一国の国内問題に収まらず国際的な問題にまで広がっていく。
 このようにペガサス周辺には、弾圧や殺害などの事例が常に存在しているが、それについて販売元のNSO Groupは、誰に販売されどのように使われたかについては守秘義務があるため言えないと取り合う様子はない。一方でForbidden Storiesに対しては対決姿勢を示し、訴訟も辞さないという強い態度で臨んでくる。
 報道機関側もこういった脅しに揺れたりするが、結局2021年の7月に一斉報道を決行し、その結果NSO Groupの悪行が世界中に知れ渡ることになる。EUでもNSOの問題が取り上げられ、EU評議会で公聴会が開かれてNSOの代表者が呼ばれる(そしてつるし上げられる)ということになる。またワッツアップやアップルからも提訴されることになった。このドキュメンタリーによると、NSOは現在、幹部も社員も多くが退社して存亡の危機に立たされているということだった。どの程度真実かはわからないが、スパイウェアが公然と販売され利用されるという悪しき慣行が厳しく罰せられたことは、同様の犯罪行為の連鎖を断つという意味で良いことではないかという結論になっていた。
 一般市民側としては、スパイウェアやマルウェアは常に存在するものであるため、スマホを過大に信用せず、依存しないようにするぐらいの心構えが必要ということではないだろうか。実際、かなり多くのスパイウェアが出回っているというのは公然の事実であり、そうであるならばユーザーの方が心構えを変えて、便利だからといって端末べったりの生活を送らないようにするのが自衛手段と言えるのかも知れない。
★★★☆

参考:
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by chikurinken | 2023-09-15 07:46 | ドキュメンタリー
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