ルポ 死亡退院
精神医療・闇の実態
(2023年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集
現代日本にも強制収容所があった……驚愕
40年ばかり前に
『ルポ・精神病棟』という本を読んで、日本の精神病院閉鎖病棟の異常さを知り、何があってもこういうところに入ってはならんと実感したことを思い出した。その後、1983年に宇都宮病院(精神病院)で殺人・暴行事件などが起こり(発覚し)、閉鎖病棟内での異常さが一般的に知られるようになって、ああいう異常な閉鎖病棟も姿を消したとばかり思っていた。だが実際は、その後も1997年に大坂の大和川病院、2001年に埼玉の朝倉病院、2020年に神戸の神出病院で同様の虐待事件が起こっており(僕はよく知らなかったんだが)、同じような問題はいまだに日本の精神医療界に残っていることがわかる。なにしろ宇都宮病院も神出病院もこれだけの大事件を起こしていながらいまだに存続し運営しているという事実が、世間の無関心さと問題の根深さを物語っているのではないだろうか。
このドキュメンタリーでは、東京都八王子市にある滝山病院の実態が報告される。この病院での看護師による虐待については、最近一般のニュースでも取り上げられ、看護師数人が逮捕されたことが報道されているが、最近まで看護師による虐待があることもわかっていなかったのではないかと思う。おそらくこのドキュメンタリーの調査報道がきっかけとなって行政や警察が動き出したのではないか。それほど、このドキュメンタリーで紹介される映像は衝撃的で生々しい。また内部の様子を撮影した監視カメラ映像も多数あるため、物的証拠としての価値も大きい。警察や検察が動き出したのもそのせいではないかと思われ、言ってみればこの作品が社会を動かしたということになる。まさに調査報道の鑑である。

この滝山病院は、いったん入ったら二度と外に出られないと噂される病院で、実際、他の病院でトラブルを起こした患者や、社会的に受け入れられないような人々が、最終的にここに送られてくるらしい。つまり他で行き場のない人々の掃きだめとなっており、関係者の間では「必要悪」という受け止め方をされているらしいのである。
実際には、看護師も医療担当者も通常の病院よりはるかに少ない状態で運営されており、そのためもあり患者のケアはこの病院にとって最優先事項ではない。おそらく彼らの優先事項は院内の秩序の維持であり、そのために不満を言ったり騒いだりする患者に対しては断固とした態度で望む。抑えつけたり拘束したりということは日常茶飯事で、暴力も厭わない(映像が残っている)。暴言の類も日常的で、人が人として扱われていない状況が、映像に映し出される。いくら問題を起こす人々に対処するからといって、普通の人々が他人に対してこれほど抑圧的な態度をとれるものかと思えるほどのひどさで、まるで「スタンフォード監獄実験」である(
竹林軒出張所『人が悪魔に変わる時(ドキュメンタリー)』を参照)。現代日本にもこんな強制収容所みたいな場所があったとは驚愕で、病院内のスタッフ(!)のおそろしく威圧的かつ暴力的な態度にも驚きを禁じ得ない。
今回のドキュメンタリーは、内部から助けの声を発していた患者と面会した弁護士が撮影した映像が中心になっており、この弁護士、この病院から患者を救出すべく活動しているわけだが、この最初の患者は、弁護士と面会した後、院内で謎の死を遂げている。弁護士の側もすぐにこの患者を外に出せなかったことを後悔することになり、その次に連絡を受けた患者については、あらかじめ退院後の行き先を準備した上で患者に接見し、そのまますぐに救出している。
この病院のこれまでの患者について調べてみると、この例が暗示しているように患者の死亡率がきわめて高いことがわかり、先の患者もおそらく同様の措置が取られた結果、死んだのではないかという疑いを持ってしまう。患者が退院時に死去している(いわゆる「死亡退院」の)割合が40%を超えており、この数字を見るとあるいは公然と殺人が行われてきているのではないかとすら思える。事実最初の患者は、弁護士に接見したときに「弁護士に会ったせいでこの後殺される」と訴えていたのである。
なおこの病院の院長は、朝倉病院の元院長で、実は朝倉病院で事件が発覚したときの院長なのである。この院長、事件後、保険医資格を取り消されていたが、5年後に資格が回復され、めでたく滝山病院の院長の椅子に納まったというわけ。こういう行政機関の杜撰な処遇が、多くの被害者を生み出すことになるわけだ。今回の滝山病院についても、それに責任を持つ行政機関がまともに監察していないことがこのドキュメンタリーから窺える。ここに登場する行政機関の役人は、例によって責任を回避するような木で鼻をくくった回答をしていた。要するに彼らはやるべき仕事をしておらず、組織の保身のための仕事しかしていないわけで、存在意義が無いということをみずから証明してしまっている。愚かな国の愚かなシステムが生み出した悲劇がここにもあったということになる。このドキュメンタリーに登場する人々の中でまともなのは、患者と弁護士とこの番組の製作者だけなのではないかとつい感じてしまう。
こういう番組を見ると、こういう異常な施設には決して近づかないように気をつけなければならないと認識を新たにするわけだが、ここに収容されてしまったある患者は、本人にもよくわからないままここに送り込まれていたという印象で、知らないうちに地獄に送り込まれるということが実際にはあり得るのである。日本の医療行政の恐ろしさをあらためて感じる。我々一般人にそういうことに気付きを与えたという点でも、この作品はきわめて有意義なドキュメンタリーだと言える。こういう優れた番組は(総合テレビや民放でも)何度も繰り返し放送してほしいものだと思う。日本の社会にはいまだに知られていないことが多すぎる。
★★★★参考:
竹林軒出張所『死亡退院 さらなる闇(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『黴の生えた病棟で(本)』竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』竹林軒出張所『飲んで死にますか やめて生きますか(本)』竹林軒出張所『入院しちゃった うつウーマン(本)』竹林軒出張所『人が悪魔に変わる時(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『鍵をあける(ドキュメンタリー)』