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竹林軒出張所

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『1942 大日本帝国の分岐点』(ドキュメンタリー)

新・ドキュメント太平洋戦争
1942 大日本帝国の分岐点 前編
後編(2022年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

国民は浮かれていた

『1942 大日本帝国の分岐点』(ドキュメンタリー)_b0189364_08544117.jpg 大日本帝国が無謀な戦争にはまっていった1941年から、敗北に転じていった1942年に渡っての歴史を俯瞰するドキュメンタリー。前後編の2本立てである。
 このドキュメンタリーの画期的なところは、当時生きていた人々(軍人、民間人を問わず、また日本人、外国人を問わず)の、日記や手紙などの記録(この番組では「エゴドキュメント」と呼んでいる)から時代の空気を再現している点で、そのために当時の人々がどのような考え方をしていたかがよく伝わってくる。
 五・一五事件や二・二六事件などのテロ事件以降、軍部が勝手に暴走し国民は抑圧されていたという捉え方が一般的な見方(教科書的な歴史)だが、事実は、国民が軍を煽ってイケイケどんどんで戦争に突入していったという見方が正しい。当時汚職まみれだった政党と異なり、軍は品行方正というイメージだったようで、国民の間で非常に人気が高かったようだ。戦時中の首相だった東条英機は、連合国によってA級戦犯として処罰されたことから後の時代では悪人の代表みたいな扱いを受けているが、当時は大変人気の高い首相だったという、この番組によると。
 また、一般の女性の日記も紹介されるが、戦勝戦勝で誇らしいというような記述があり、侵略戦争を肯定的に捉える空気が当時を支配していたことがよくわかる。新聞各社も戦果の大々的な報告で部数を増やすなど、戦争に便乗した(同時に戦争推進に大きく貢献した)動きを見せる。
 一方の軍当局(大本営)も、1942年6月のミッドウェー海戦の大損害について、戦果を偽って発表し、(内部で賛否はあったようだが)自軍の被害を半分、米軍の被害を倍にして公表するという暴挙に走る。以降、それが常習化し、戦争の泥沼下の原因を作ってしまうのである。しかも敗北の原因を、陸軍、海軍とも相手になすりつけ合うという自己保身に走り、結果的に敗因をろくに分析することもなく、都合の悪いことはなかったことにするという(日本人らしい)無責任体質を露わにしてしまう。
『1942 大日本帝国の分岐点』(ドキュメンタリー)_b0189364_08544510.jpg インドネシアやフィリピンの人々の記録も紹介され、インドネシアに侵攻した帝国軍について当初は歓迎ムードがあったにもかかわらず、その実態が明らかになるにつれ(「解放」を標榜しながらその実「抑圧・弾圧」だった)民心が離れていく。フィリピンでは抗日運動が盛んになるほどで(結局米軍に協力して日本軍を一掃する)、こちらも当時の空気感がよく伝わってくる。
 歴史の本質は、やはり時代の空気であり、時間が経つとそういうこと一切が忘れ去られてしまう。昭和30年台について「どうしてあんなに楽しかったのだろう。」などというキャッチフレーズを付けた映画があったが、そんな単純なものではない。日本中が貧しかったために、あちこちで今では少なくなった悲劇が発生していたのである。バブルの時代だって、みんながみんな楽しく浮かれていたわけではない。僕などはまったく恩恵を受けない階層にいたため、苦々しい思いで当時のバカ騒ぎを見ていた。地上げみたいな不正義が横行しているのも不快きわまりなかったが、多くの人々はそうだと思う。歴史には、一面だけがステレオタイプとして切り取られ、それが時代の空気として記録されてしまう危険性があるわけだ。そのため、本当の時代の空気(ほんの一面でも良いが)を残すことができれば、それに超したことはない。そういう点で、当時の個人記録から歴史を見直すという、このドキュメンタリーのアプローチは非常に有用だったと思う。
 もう一つ興味深かったことが、1942年4月に、米軍の空母から10機以上の爆撃機が東京などの大都市上空に侵入し、本土を空襲した事実があったということで、これは今ではあまり知られていない事件であると思う(いわゆる「ドーリットル空襲」)。しかも、大本営は、敵機撃墜などと発表し戦果を偽っていたという(すでに虚偽報告の萌芽があったようだ)。市民の側もそれに疑問を感じたりしている様子が当時の日記から窺えたりするのも、なかなか興味深いと思う。
 なお、このドキュメンタリーには、「1941年」版(『1941 開戦』)もあるが、内容的にはかなり似ていた。『1942』と大きく異なる点といえば、開戦前の雰囲気や開戦時の熱狂であろうか。開戦前は、多くの軍人が米国との戦争は無謀と認識していたこと、市民の側も相変わらずの生活を送っており米国と戦争を始めるなどと感じていなかったことなどが、この作品に独特の視点と言える。ただその後、奇襲攻撃で戦果を挙げると、途端に万歳万歳の熱狂に変わってしまうのである。単純で騙されやすいのは現代の我々と同じである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『1943 国家総力戦の真実(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『1944 絶望の空の下で(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『昭和史 1926-1945(本)』
竹林軒出張所『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実(本)』
竹林軒出張所『カラーでみる太平洋戦争(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀プレミアム 13(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀プレミアム 12(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『鬼太郎が見た玉砕(ドラマ)』
竹林軒出張所『総員玉砕せよ!(本)』
竹林軒出張所『ハワイ・マレー沖海戦(映画)』
竹林軒出張所『ALWAYS 三丁目の夕日(映画)』

by chikurinken | 2022-08-31 06:54 | ドキュメンタリー
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