正義の行方 飯塚事件 30年後の迷宮
(2022年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル
論点が定まった骨太の作品 力作!
1992年、福岡県飯塚市で、女児2人が暴行されて殺され、死体が山中に遺棄されたという事件が起こった。凶悪事件であるにもかかわらず、証拠が揃わないために、捜査はなかなか進展しなかったが、2年後に久間三千年が容疑者として逮捕され、事件は一挙に進展する。その後、当時取り入れられ始めたDNA鑑定をはじめとする「有力」証拠がかき集められ、起訴される。容疑者は一貫して無罪を訴え続けるが、一審、二審とも死刑判決、最高裁でも死刑判決が出され、確定した。そしてなぜだかわからないが、死刑確定からわずか2年後に死刑が執行されるという異例の措置で決着が付いた。
ただしこの判決には、どこか異常さが漂っている。それぞれの証拠が非常に弱いだけでなく、決定打とされたDNA鑑定も信頼できない上(当初から専門家によりそういう意見が法廷に提出されていたが取り上げられなかった)、その後、DNA鑑定の結果が捏造された痕跡さえ出てくるという始末。つまり冤罪の可能性が出てくるのである。それに異例の早さで死刑を執行したのも異常である。
このドキュメンタリーでは、その飯塚事件に疑義を呈す担当弁護士、犯人逮捕をスクープしその後それに疑義を持った西日本新聞の担当記者、そして容疑者の特定と逮捕を推し進めていった捜査担当刑事・警察官らにインタビューを敢行して、飯塚事件の真相をもう一度洗い直そうとしている。番組の中では、双方の主張を平等に取り上げているような体裁をとっているが、番組の主張は「飯塚事件は冤罪」とするもので、これは明らかである。それを思うと、捜査担当刑事や警察官がよくこのドキュメンタリーに顔を出して、したり顔で当時のことを語ったものだと思ったほどである。同時に、彼らのかなり情緒的かつ恣意的な捜査過程というのも見えてきて(本人たちは「正義」のつもりでやっているようだが)、こういう連中に犯人に仕立て上げられ殺された久間元容疑者には同情を禁じ得ない。
本作は、150分に渡る、3部構成(第1部「逮捕」、第2部「死刑」、第3部「検証」)のドキュメンタリーで、ドキュメンタリーとしてはかなり長時間だが、途中退屈することもなく、飯塚事件の全貌と問題点を十分把握できるようになっている。また、決定的な証拠がなく、小さな証拠の積み重ねで有罪にされたという点は、当事者たちの間で共有されている感覚であることも窺われる。
こういういきさつがあるために、その後、元担当弁護士たちが、これも異例の死刑執行後の再審請求を行ったのだった。ただこれも、2021年に最高裁によって棄却された。その後再び、彼らは第2回の再審請求を行っているようだが、こちらもどうなるかはわからない。こういうドキュメンタリー(これまで日本テレビが何度か『NNNドキュメント』の枠で取り上げている)や西日本新聞のキャンペーンが世論を後押しすることになるかも知れないが、そのあたりは何とも言えないところである。
このドキュメンタリーを見た限りでは、検察当局と捜査当局の完全な暴走だったことが窺われるんだが、このドキュメンタリーの主張の通りに誤認逮捕であれば、真犯人が野放しになっていることになる。これは、冤罪に伴う大きな問題点でもある。捜査関係者は事件が解決したと思い込んでいるかも知れないが、実際は、彼らがその気になっているだけであって、問題は放置されたままである。結果的に、真犯人が犯行を繰り返す可能性が残されることになる。また、これが誤認逮捕で冤罪であるならば(その可能性は非常に高いと思うが)、1人の善良な市民を、本人の言い分にもかかわらず監禁拘束し集団で殺害したのであるから、立派な監禁殺人である。捜査当局の関係者、司法当局の関係者は、それぞれの「正義」を主張しているようだが、それ相応の処罰を受けるのが筋であり、それこそが真の正義というものである。
この飯塚事件自体、僕自身はまったく知らず、冤罪の疑いが強いことも当然知らなかった。90年代になっても、こういういい加減な捜査がはびこっていたということも驚きで、おそらく、僕の知らない冤罪事件は日本中にゴロゴロしていて、愚かな人々が自己満足のために多くの不幸を生み出しているという状況があるんだろうと思う。社会正義を維持する装置であるはずの司法が、社会正義を失っているという逆説的な状態が野放しになっているのが現状で、司法を取り巻く環境全体が変化を必要としているのは火を見るより明らかである。だが、行政に牛耳られてますます堕落している司法の今の姿を目の当たりにすると、明るい展望はまったく見えてこないのである。
第77回文化庁芸術祭・テレビドキュメンタリー部門大賞受賞
★★★★参考:
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