プーチン 戦争への道
~なぜ侵攻に踏み切ったのか~
(2022年・米Kirk Documentary Group/WGBH)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
錯乱した暴走列車というイメージが描かれる
ロシアのウクライナ侵攻の遠因を検証するドキュメンタリー。
プーチンは、1989年にKGBの将校として東ドイツに駐留していたことから、ベルリンの壁崩壊を間近に接し、自身の信じる世界が崩壊するのを目の当たりにした。これが大きな原体験になったと、このドキュメンタリーでは分析している。
その後、混乱するロシア政界の中で台頭していき、民主化を推し進めていたエリツィン政権に食い込んでいく。やがてチェチェン問題を利用して大統領にまで上り詰める。このあたりのいきさつは、
『プーチンの道』で描かれていたものと同じである。製作局が同じWGBHであるために使い回したことが考えられる。
その後、しばらく対外的には目立った活動はしなかったが、根底には、自らの信じる世界を滅ぼした西側諸国に対する怨念が渦巻いていた。NATOが東に勢力を伸ばすにつれて、その怨念が顕在化し、ウクライナ東部への侵攻、クリミア併合という行動に繋がったというのが、このドキュメンタリーの見方である。
一方で、2016年のアメリカ大統領選挙にまで影響を及ぼし、ネットワークを駆使して、圧倒的に不利だった親露のトランプを当選させることに成功することで、それまで西側に対して劣勢だった状況が少しずつ変わってくる。しかもトランプを当選させたことで、西側の分断にも成功したのだった。要するに、これによって、プーチンが自信を取り戻すことになったという分析である。これを反映してか、国際舞台でも対外的に強気の態度が顕在化していくのである。
今回のウクライナ侵攻も、結局のところ、かつての怨念を晴らすと同時に、ソビエト帝国を再興し、旧ソビエトのようにロシアが周辺諸国を支配する状況を取り戻したいというプーチンの野望の実現への第一歩であり、必然的な流れだったというような分析を、このドキュメンタリーではしている。
国内でも反体制派に対して徹底的に弾圧する一方、外交分野でも独裁政権と友好関係を結ぶという、独裁型政治体制を築いていく。国内ではさながら皇帝のように振る舞い、対抗する人間、諫言する人間がいないという状況になっている。
そのような状況を端的に示しているのが、ウクライナ侵攻の3日前に開かれた安全保障会議であり、メンバーはプーチンによって一人一人意見陳述を求められるが、全員がプーチンのウクライナ侵攻政策を支持する言葉を発するよう(暗に)求められる。言葉を濁すメンバー(情報庁長官)がいれば、プーチンによって問い詰められ、追いつめられるという状況が生まれている(この様子は映像に残されており、このドキュメンタリーの冒頭で紹介される)。誰も歯止めをかけられない暴走列車というイメージの独裁者の姿が映し出される。そのため、「今回の戦争は、ロシア人対ウクライナ人の戦争ではない、ウラジーミル・プーチンの戦争だ」というナレーションがそれを端的に表現している。
要するに今回の紛争は、錯乱した一人の男が自分の欲望のために始めたもので、この男を排除しなければこのような異常事態は収束しない……というのが、このドキュメンタリーの主張ということになりそうである。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『プーチンと西側諸国(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『プーチンと西側諸国 (4)〜(5)(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ウクライナ侵攻が変える世界(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『知られざるガス戦略(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ワグネル 影のロシア傭兵部隊(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『プーチンの陰で(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ソフィヤ 百年の記憶(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『プーチン政権と闘う女性たち(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『プーチンが恐れた男(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『KGBの刺客を追え(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『こうしてソ連邦は崩壊した(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『スターリンの亡霊(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『軍事侵攻・緊迫の72時間(ドキュメンタリー)』