沈黙の山(2018年・チューリップテレビ)
監督:五百旗頭幸男
撮影:尾島俊他
ナレーション:山根基世
愚かな政策のせいで大勢の人々が迷惑を被る
ちゃんと落とし前だけはつけてもらいたい
2016年に富山県で「立山黒部の世界ブランド化」構想という計画が持ち上がった。立山の「観光資源」を、スイスの山岳名所と同じように1年中利用できるようにして、観光客を通年呼び込もうという計画らしい。
この計画をぶち上げたのは、当時の富山県知事。どうやら、立山にある県所有の宿泊施設を売りに出したいが、買い手がなかなかつかないという状況だったことがこの構想の背景にあったらしい。そういう状況で、この宿泊施設購入に対して「星野リゾート」という不動産企業が名乗りを挙げたが、その条件としてこの施設を年中利用できるようにすることを要求した……というのが、直接的な動機のようだ(このドキュメンタリーではそう見ている)。
ただし立山は、ご存知のように冬期は10メートル以上雪が積もり、普通に考えたら冬季営業なんかできるわけがないため、山小屋の運営者など、その状況を熟知している関係者はこぞって反対する。実際どう考えても現実的に通年営業は不可能であるが、県はどんどん話を進め、予算を付けて、知事らはスイスに「視察」に赴くなどという状況であった。
こういう状況を内外に知らしめたのがこのドキュメンタリーで、言わば県を敵にまわす立場になるため、この番組を放送するのは相当な大英断だったらしい。そういう意味合いもあって、このドキュメンタリーは非常に高い評価を受けたのであった。
実際、この「立山黒部の世界ブランド化」構想については僕自身まったく知らなかったし、現実的に可能だとも思えず、そもそも県がどの程度の具体性を持っていたのかすらわからない。当事者から意見が出されても、県のトップや役人は、例によって木で鼻をくくったような対応しか見せず、周囲の意見を聞くというような雰囲気はまったくない。決めたらとことん進むという、妙な潔癖主義が機能するのが日本の行政であることを思えば、無理であろうが突っ走っていく(そして壮大な無駄遣いに終わる)可能性も十分あった。その点では、このドキュメンタリーの果たした役割は大きかったのかも知れない。というのも、この作品、いろいろな賞を受賞したこともあり、結果的に広く放送されたことから、問題の所在を県外にも伝える結果になって、この構想が広く世間の耳目を集めることになったのである。そしてそれが影響したのか、星野リゾートが手を引いたために、この構想は立ち消えになった。注ぎ込んだ予算は結局無駄になり、知事はスイスの観光リゾートに「視察」に行けたから良いかも知れないが、結果的にかなりの税金が無駄に使われたのだった。今度はこちらの問題(税金の無駄遣い)が告発される番になるんじゃないかとさえ思う。
この作品では、山小屋の実際の運営状況なども丁寧に紹介され、彼らが山道の整備なども無償で献身的に行っている様子が映像に捉えられていた(本来こういうところに税金を使うべきじゃないかと思う)。また立山の気候の厳しさだけでなく、その美しさも紹介され、映像としても大変価値の高いものであった。何より作り手の主張が明解で、それがストレートに伝わってくるのが、この作品の優れた点である。
第67回日本民間放送連盟賞教養番組優秀賞
第56回ギャラクシー賞選奨受賞
★★★☆参考:
竹林軒出張所『はりぼて(映画)』竹林軒出張所『日本国男村(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『穂高を愛した男 宮田八郎(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『夏の北アルプス(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『Mine!(本)』