今から数十年前、BCLという趣味が中高生の間で流行っていた。BCLというのはBroadCasting Listenerの略称で、要は「放送を聴く(人)」という意味である。放送といってもBCLの場合、近所のテレビやラジオの放送ではなく、遠い場所から届く微弱な電波を聴くことが一番の目的で、主に海外放送がそのターゲットになる。アメリカで「DX」と呼ばれていた趣味に近い。

元々このBCLという趣味、70年代にソニーが短波ラジオのスカイセンサー・シリーズを発売するに当たって仕掛けたもので、「BCL」という言葉自体もおそらくソニーがマーケティングのために作ったものではないかと思う。
少年時代の僕が最初に「BCL」に触れたのも、ソニーが毎日小学生新聞に打った一面広告記事だった。そこには、海外の放送を聴くと、美しいベリカードというものが「無料で」もらえ、うまくするとペナントなんかも「無料で」もらえると書かれていた。当時の貧乏小学生は「無料」という言葉に弱かったのだった。こうして、少年の僕はBCLラジオを何とか手に入れようと励みはじめたのだった。
親の仕事を手伝ったりして、少年は中学生になる頃にBCLラジオを手に入れた。ラジオはソニーのスカイセンサーではなく、当時出始めだったナショナル(松下電器)のクーガ115だった。同級生にスカイセンサー・ユーザーが多かったことが最大の理由である。その後、BCLやラジオの世界にのめり込み、挙げ句にアマチュア無線の世界にまで足を踏み入れたが、BCLやアマチュア無線は実のところ結構金がかかる趣味で、「無料」という言葉につられた中学生は、その後、資本主義あるいは消費社会の荒波にもまれていくことになったのだった。少年は新聞配達などを始め、小金を稼いではラジオや無線機に投資するという生活を送ることになったのである。恐ろしきは消費社会。今考えて見ると博打にはまって犯罪に手を染める若者とさして変わらない。
その後BCLブームは徐々にすたれていき、世の中の中高生も海外放送に飽きてくる。少年もラジオや無線への興味は薄れていった。消費社会の縮図である。
永らくこういった趣味から離れていた当時の少年は今や中高年と化し、ある日ネットなどを見ながら、かつて所有していて今は手元にないラジオに目を留めるのである。このラジオ、昔持っていたな……などと思い、かつての熱い想いが蘇ってくるのであった。そして、あのとき棄ててしまったが、今手元にあると面白いのではないか……などと考えるのである。で、オークションサイトを見ると、意外にあっちこっちに出ていたりして、中には今でも動作することを謳っているものもある。当時2、3万円してなかなか手が出なかったラジオも、いっぱしの大人になった今であれば、数万円くらいなら何とか都合できる……というので、飛びついて買ってしまったりするが、動作するにはするが恐ろしく汚かったり(オークションサイトの写真ではよくわからないのだ)、受信するにはするが音が異様に小さかったりして(「受信を確認した」などと謳われていた品物である)、要するにそれなりの金を出してゴミを買わされてしまうことになる。こういうものは、一般的には詐欺に当たるかも知れないが、オークションの世界では「詐欺」と言えないのが辛いところ。消費社会の厳しさを、いい年をして思い知ることになるのだった。

上の話はすべて僕のことなんだが、オークションで「稼動する」というクーガ115をまず買いました、僕は。これは非常にきれいで、しかもきちんと動作したため、めっけものと思っていたのだが、今は一部を除いて動作しなくなってしまった。一部でも動作しないというのはあまり気持ちの良いものではなく、今となっては「ゴミ」に近いという印象である。その後、他のシリーズのクーガ(クーガ888、クーガNo7、それからプロシード2800)も買い込み、挙げ句にクーガのミニチュアまで買って、今は(本家のラジオともども)インテリアにしている。きちんと稼動し今でも動作しているものもあるが、外れだったものも同じ数だけあった。良い買物だったといえるものは50%程度だろうか。自分で修理しようと思って買ったものもあるが、実際にやるとなるといろいろな機材が必要になってきて、また不要品を増やすことにもなりかねないため結局断念した。
ソニーのスカイセンサーも買ってみたが、一般にソニー製品は使えなくなっているものが多い。ナショナルの方が作りがしっかりしていたようで、今、そのまま稼動するものも割合あるようだ。ただし、オークションで買うとなると注意が必要で、ある程度手を入れて整備したものでなければ、実質的に使い物にならないと考えた方が良い。きちんと整備されたものも出品されているので(落札額は高くなりがち)、興味のある人はそちらを狙った方が良い。永らくオークションサイトに接していると、そういう点で目は利くようになる。もっとも先ほども言ったように、これまでいくつかゴミを買い込んでいるわけで、それが授業料みたいなものになっているということではある。

先日など、昔使っていたのと同じ機種のラジカセが出品されており、しかも整備されているということだったので、高かったが思い切って買ったのだったが、これがもう全然ダメで、もちろんダメといっても全然動かないわけではないため微妙なのだが、少なくとも整備したとは思えないような代物で、ゴミを掴まされたと感じている。買う段で、当該商品を少し理想化してしまっていたために、失望感も大きかったのだ。早い話が、出品者の表現が大げさでそれを鵜呑みにしてしまったというのが敗因で、買う前に必要以上に理想化してはいけないというのが今回の教訓である。実際には、古い製品であっても良くメンテナンスされたものも出ているわけで、そのあたりの見極めがオークションの難しさということになるのか。
短波ラジオについていえば、そもそもBCLの対象だった短波放送自体が世界的にかなり少なくなっているため(国際放送がインターネット放送にシフトしているのが現状)、買ったラジオがたとえきちんと稼動したとしても、昔のようには海外放送を楽しむということができにくくなっている。これも時代ということなのだ。そもそも昔のラジオやラジカセを買うこと自体、ノスタルジー以外の何ものでもないわけで、稼動する機種をときどき引っ張り出してきて動かしてみる、動作するのを確認して、昔の思い出に浸ったりするなどというのがちょうど良い按配ということになるんだろう。
参考:
竹林軒出張所『ラジオの話 その1 エルヴィン編』竹林軒出張所『ラジオの話 その3 骨董番組編』竹林軒出張所『ドラえもんの時代性に関する一考察』竹林軒出張所『あこがれの家電時代(本)』竹林軒出張所『70年代アナログ家電カタログ(本)』竹林軒出張所『日本懐かしオーディオ大全(本)』竹林軒出張所『ラジカセのデザイン!(本)』竹林軒出張所『昭和のレトロパッケージ(本)』