引き裂かれた海 長崎・国営諫早湾干拓事業の中で
(2020年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集
諫早湾干拓事業の総括
有明海にある諫早湾の干拓事業を巡る問題点について告発するドキュメンタリー。
諫早湾干拓事業は1989年に始まり、1997年には、湾の入口に設けた潮受け堤防の水門を閉ざすことで、事業が一つの大きな区切りを迎えた。だがこの水門の閉鎖については、当初から環境学者や漁業関係者から反対の声が上がっており、その反対の声を押し切る形で強行されたのだった。当時この様子は、報道番組でもしきりに伝えられ、強行するときは水門がダダダダダッという感じで一斉に閉ざされたことから、「ギロチン」などと呼ばれた。そして案の定、この「ギロチン」は、産業としての漁業だけでなく住民の生活までぶった切ってしまうギロチンとして機能することになったのだというのが、このドキュメンタリーの主張である。
諫早湾は元々干潟だったため、多様な海洋生物が棲息しており、同時に沖合に住む生物にとっても産卵場所として機能していた。そのため、「有明海の子宮」などと呼ばれることもあったのだが、それが水門によって完全に分断されることになったことから、諫早湾沖合では、貝などの生物が死滅し、当然漁獲量も激減してしまった。その上、水質も悪くなり赤潮も頻繁に発生するようになって、諫早湾の漁業は成り立たなくなった。
この干拓事業はそもそも、干拓による農地の確保という名目で進められたものだが、実際に事業を行う時期には日本中が米余りの状態になっていて、その結果、かつて必要と思われていた農地自体が必要なくなっていたのである。結果的にこの施設を作る意味自体なくなってしまったが、事業を進めたい行政は、「防災」などという新しい名目上の目的を設けることでこの事業を遂行しようとしたのだった。こういった事情を考えあわせると、この干拓自体、最初から必要性のない事業であったことがわかる。単に、土木事業自体で潤いたい県側(県知事が進めたらしい)と、何らかの土木事業を行いたい国側との思惑が一致した結果、始められたようなもので、このことについては97年当時も盛んに報道されていた。
結果的に漁業は崩壊したが、それと引き換えにこの事業によって農地が生み出されることになった。で、(当初の目的である)農地を利用した農業の方はどうかというと、こちらも何だかうまくいってんだかどうだかよくわからないような有り様である。大手の農業者が大々的に事業を展開しているような事例もあるが、これにしてもあまり必然性のある事業のようにも思えない。一方で、漁業を生業としていた地域の人々の多くが、生活基盤を失ったというのは事実として残る。そして、現状を見ると何のための事業だったのかとあらためて考えてしまうのである。結局のところ、「事業のための事業」と言わざるを得ない。
諫早湾干拓事業の今昔をミクロ的に捉えたドキュメンタリーで、こういった「事件をふりかえる」シリーズはこのETV特集のお家芸であるが、どの作品もよくできており、しかも事件についてあらためて注意を喚起するという意味でも、非常に有意義である。この作品もご多分に漏れず立派なドキュメンタリーに仕上がっており、その点、脱帽である。こういう仕事こそが報道の役割というものだろうと思うが、この種類の番組は少ないのが実情である。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『あるダムの履歴書(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ダム建設中止問題の実在に関する考察』竹林軒出張所『日本の川を旅する(本)』竹林軒出張所『日本のインフラが危ない(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『三鷹事件 70年後の問い(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『明神の小さな海岸にて(本)』竹林軒出張所『東京干潟(映画)』竹林軒出張所『蟹の惑星(映画)』竹林軒出張所『裁判所の正体(本)』