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竹林軒出張所

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『疑惑のカラヴァッジョ』(ドキュメンタリー)

疑惑のカラヴァッジョ
(2019年・仏Les Batelieres Productions/ARTE France)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

一つの発見から見えてくる美術界の実態

『疑惑のカラヴァッジョ』(ドキュメンタリー)_b0189364_20465901.jpg フランス、トゥールーズのとある民家の屋根裏部屋で古い油絵が見つかった。
 旧約聖書に題材を取った(ホロフェルネスの首を斬るユディト)大きな作品で、その後、専門家に調査が依頼されるが、その調査の過程で、カラヴァッジョの作品ではないかという説が出てきた。というのも、ほぼ同じ題材のそっくりの絵がナポリに存在し、これが「カラヴァッジョの模写」とされていたためである。これを描いたフィンソンは、カラヴァッジョの作品の模写で知られている画家であり、このオリジナルのカラヴァッジョ作品も所有していたという。つまり今回発見された絵こそが、この「カラヴァッジョの模写」のオリジナル作品ということになるわけ(本物であればの話だが)。
 こういういきさつもあって、世界中の美術界でセンセーションが巻き起こるが、一方で調査や鑑定に当たった専門家の間では、カラヴァッジョ作かどうかで意見が分かれる。なんといっても出自がよくわからないのが最大の難点で、そのためもあってルーヴル美術館はこの絵画の購入を断念、代理人は、他の美術館や個人収集家の購入を目論んで競売にかけることにした。だが、140億円を超える落札額になるのではないかという売り手の思惑とは裏腹に、評価は二転三転する。
 代理人はその後、世界中で作品のお披露目会を執り行うが、なかなか買い手が決まらず、最終的に(クリスティーズやサザビーズなどの世界的なオークションを利用せず)独自のオークションをトゥールーズで開くことにする。ところがいよいよオークションまで数日という段になって、急に買い手が決まり、結局競売ではなく直接取引で売買が成立したのだった。急転直下で決まったのは、競売にかけられても売値が上がらないという危惧が売り手の側にあったためである。なお、最終的にこの絵の購入を申し出たのは米国の富豪である。この富豪は、メトロポリタン美術館に関係しているらしく、おそらくこの絵はいずれメトロポリタンに収蔵されることになると考えられる。
『疑惑のカラヴァッジョ』(ドキュメンタリー)_b0189364_20465455.jpg 3年間に渡るこのような「ユディト」騒動を丁寧に辿りながら、真贋論争についてもポイントをしっかり抑えて作られたのがこのフランス製のドキュメンタリーである。ただしナレーションは英語である。
 僕の個人的な見解では、この絵がカラヴァッジョ作かどうかはともかく、描いた人は相当な腕前であることがわかる。技量の差はフィンソンの模写と比べると一目瞭然で、そういう点で美術館が所蔵する価値はあると思う。しかも登場人物にバセドウ病の症状を入れて描くなどといったマニアックな部分も、カラヴァッジョらしいと言える。また同じ題材の絵(絵の構成自体は異なる)をカラヴァッジョが(この絵が描かれたとされる)5年前に描いていることも贋作論を押す一因になっているようだが、今回の絵の方が圧倒的に迫力がある。5年前の絵はどこか物足りなさが感じられ、画家が描き直したいと考えたとしても十分納得がいくと思う。
 このドキュメンタリーで、僕にとって特に印象的だったのは、登場していたブレラ美術館館長が語っていた発言である。つまり、このような真贋論争があったとしても、有名な美術館が所有すれば、その時点でその絵はすぐに「本物」になるということなのだ。こういう部分から美術界の裏側みたいなものも見えてくるが、そういった要素も、このドキュメンタリーの優れた部分と言える。真贋論争についても非常に丁寧に辿っているため、論点がよく見えてくる。そういう点でも、美術ドキュメンタリーとして非常によくできた作品である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『カラヴァッジョ 天才画家の光と影(映画)』
竹林軒出張所『カラヴァッジオ(映画)』
竹林軒出張所『二枚目のモナリザの謎(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『フェルメール盗難事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ダビンチ 幻の肖像画(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『指名手配:バンクシー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ジュラシック・キャッシュ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2020-06-08 06:46 | ドキュメンタリー
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