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竹林軒出張所

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『VTJ前夜の中井祐樹』(本)

VTJ前夜の中井祐樹 七帝柔道記外伝
増田俊也著
角川文庫

まさに『七帝柔道記』外伝!

『VTJ前夜の中井祐樹』(本)_b0189364_20043500.jpg 『七帝柔道記』は、一応小説の形を取っているが、やはりほとんどが実話だった。
 この本のタイトルになっている中井祐樹という名前、僕はまったく知らなかったんだが、総合格闘技の選手で、かつて、あのヒクソン・グレイシーと戦ったこともある格闘家らしい。ところがこの中井、実は北大柔道部出身で、『七帝柔道記』の著者、増田俊也の3年下(つまり増田が4年のときの1年)、つまり一緒に戦った仲間であるというんだから驚く。つまり中井は、七帝柔道を経験し、その後プロの格闘家に転向した……しかも、本書によると、日本の総合格闘技の礎を築いた人ということになるらしい。僕が総合格闘技を見るようになったのは、PRIDE(1997〜2007年)以降だから、中井のことをまったく知らなかったわけである(中井がヒクソンと戦ったバーリトゥード・ジャパン・オープン〈VTJ〉は95年開催)。
 その中井が、北大を辞めシューティングに転じた後、日本に総合格闘技を根付かせるという目的を持って挑んだのがVTJ、そしてその「瞬間」に応援団として会場で立ち会ったのが、著者の増田ということになる。他にも、『七帝柔道記』に登場する竜澤と松井も同席している……ということで、『七帝柔道記』の「その後」がこの作で描かれるというわけである。このあたりの事情を描いた短編「VTJ前夜の中井祐樹」は、本書のタイトルにもなっているわけだが、本書の中に収録されている数本のスポーツノンフィクションの一編である。そこで語られるのは、VTJの戦いのことはもちろんだが、著者が直接経験してきた北大柔道部時代から、当時の七帝戦、その後の中井の生き方などまでに至り、さまざまなエピソードが凝縮されていて、『七帝柔道記』に接した読者にとっては、堪らない内容になっている。また、この作品自体、非常に緊迫感を伴って迫ってくるだけでなく、登場人物の人間的な魅力に溢れていて、山際淳司のスポーツ・ノンフィクションのような、さわやかな読後感をもたらしてくれる。この本自体、短編作品が集められていることから、山際淳司作品を彷彿させるようなところもあるが、収録されている作品はすべて柔道に関連するものである。
 1本目の作品が今触れた「VTJ前夜の中井祐樹」、2本目が、金メダリストの柔道家、古賀稔彦を一本背負いで投げた無名の選手を扱った作品(「超二流と呼ばれた柔道家」)、3本目が、極真空手の東孝という格闘家を扱った作品(「死者たちとの夜」)というラインナップである。
 他に、おまけのように対談が2本収録されているが、『七帝柔道記』を読んだ者にとっては、こちらの方が面白いかもしれない。というのも、あの作品の中に登場する人物と著者が実際に対談するというものであるためである(もちろん架空対談ではない)。1本目は、あの作品に、心優しいユニークな先輩として登場した和泉唯信、2本目は、謎めいた同級生、沢田(山田直樹という人物で、『七帝柔道記』では「沢田」という仮名が使われていた)が相手なので、興味津々である。ただしこの2本については、作品として考えるとどうということはなく、あくまでも『七帝柔道記』との繋がりの中で成立する裏話的な付属物である。
 このように、著者、増田俊也の、スポーツ・ノンフィクション・ライターとしての面が見られるという点で面白い本であると同時に、タイトル通り『七帝柔道記』の外伝としての面白さも収められているのがこの本である。『七帝柔道記』のその後についても、かなり触れられているため、続『七帝柔道記』の内容もある程度推測できる。いずれ出てくると思われる続編が楽しみになるような内容であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『七帝柔道記(本)』
竹林軒出張所『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(本)』
竹林軒出張所『七帝柔道記 (1)、(2) (マンガ版)(本)』
竹林軒出張所『七帝柔道記 (3)〜(6) (マンガ版)(本)』
by chikurinken | 2020-05-23 07:04 |
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