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竹林軒出張所

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『ブラックボックス』(本)

ブラックボックス
伊藤詩織著
文藝春秋

日本の強姦事件のありようがわかる

『ブラックボックス』(本)_b0189364_20332562.jpg 性暴力被害訴訟で話題になった伊藤詩織氏が事件について報告した本。事件についての詳細はもちろんだが、今の日本の性暴力関連の法律の問題、被害者が告発できにくい環境などについての告発もあり、内容は非常に濃い。
 ジャーナリストを志していた著者は、米国に留学し、卒業を間近に控えて、ロイター通信にインターンとして参加した。ちなみにインターン制度は、プロを志す人々が、特定の企業に一定期間無償で勤めるという制度で、仕事のノウハウを吸収することはできるが、無償であるため、通常であれば他の仕事やバイトなどが必要になる。アメリカのマスコミ業界では一般的らしいが、やはり金銭的な問題が大きく、有償で受け入れてくれる先を探していた。そんな折、以前、紹介されたことがある当時TBSワシントン支局長だった山口敬之氏に、仕事はないか相談した。山口氏側は、インターンだったらいつでもOKだが仕事となるとビザのこともあるし簡単には行かないと当初は言っていたが、やがてプロデューサーの採用枠があるため検討したいという連絡が来る。その後、直接会って具体的な話をしたいという申し出を受け、東京で遭うが、その場で途中から記憶がなくなり(著者は睡眠薬などのいわゆるレイプドラッグのせいではないかと考えている)、気が付いたときはホテルのベッドで上に乗られた状態だったという。
 命からがら(という感覚であったようだ)その場を何とか逃れホテルを脱出したが、その後、PTSDやパニックアタックに苦しめられるも、この事件を告発しなければ、性暴力被害に苦しんでいる多くの女性が今後も同じような苦しみを受けることになるという思いもあって、山口氏を刑事告発することにする。警察当局も刑事告発を受け、逮捕の方向で動き出すが、逮捕の直前にさる筋(中村格、菅内閣官房長官の元秘書官で、当時警視庁刑事部長)から中止命令が入り、突然逮捕が見送りになった。
 その後も検察審査会に審査を申し立てるも却下され、強姦犯罪告発の壁の高さを身をもって感じるようになる。同時に、取り調べやそれに続くセカンドレイプ(辛いことを何度も話さなければならずしかもそれに対して好奇の目を向けられる、さらにはそれに対して根も葉もない中傷を受けること)にも苦しめられるが、同じように苦しんでいる女性や告発しても泣き寝入りしなければならない現在の状況も追体験することになる。こうして著者は、自身のこの体験を本にすることにした……といういきさつで発表されたのがこの本である。
 この件については、著者の訴えと山口氏側の訴えが真っ向から矛盾しているため、僕自身は著者の主張を鵜呑みにすることができるかわからなかったが、本書を読めば記述が非常に具体的であり、著者自身が走り回って得た証言なども非常に説得力があるため、これは、山口氏が立場を利用して女性を騙した強姦事件であるという印象を持った。実際、先日の民事訴訟でも著者側の主張が認められたが、非常に自然な判決だと思われる。
 一方で、安倍政権と繋がりのある山口氏が、逮捕直前に圧力のために逮捕を逃れたというのも事実のようで(中村格が証言している)、身内を大切にする安倍政権らしい所業であると感じる。こういうことが公然と行われることの異常性を、世の中の人々には認識してもらいたいものだが、中にはいまだに著者に対して中傷を浴びせる困った人間もいるらしい。
 本書については、内容はなかなか説得力があって良かったが、全体的に作りが雑という印象で、読みづらい文章、箇所が多々あった。出版を急いだせいかも知れないが(本書の性格上それも理解できるが)、弱い立場の人々に手を貸したいというジャーナリズム精神に溢れた立派な本であるため、もう一度構成し直してから、再発行した方が良いのではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ハリウッド発 #MeToo(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『#ジョニー・デップ裁判(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『未成年の性被害(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『スクールセクハラ(本)』
竹林軒出張所『スポーツ界 性的虐待の闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『勇気ある証言者 ボスニア(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『説教したがる男たち(本)』
竹林軒出張所『わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い(本)』
竹林軒出張所『私のいない部屋(本)』
竹林軒出張所『SNS暴力(本)』
竹林軒出張所『同調圧力(本)』
竹林軒出張所『i —新聞記者ドキュメント—(映画)』
竹林軒出張所『新聞記者(映画)』
竹林軒出張所『騙されてたまるか 調査報道の裏側(本)』

by chikurinken | 2020-02-06 07:02 |
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