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竹林軒出張所

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『この人を見よ』(本)

この人を見よ
フリードリヒ・ニーチェ著、丘沢静也訳
光文社古典新訳文庫

誇大妄想と被害妄想の書

『この人を見よ』(本)_b0189364_16221361.jpg フリードリヒ・ニーチェの遺作である。『ツァラトストラはこう語った』や『善悪の彼岸』を世に問うたが、黙殺されたニーチェが、世間に対して、私を無視しないで高く評価しろと訴えたのがこの書である。
 章がいくつかに分かれていて、「なぜ私はこんなに賢いのか」、「なぜ私はこんなに利口なのか」、「なぜ私はこんなに良い本を書くのか」、「なぜ私は運命であるのか」、「宣戦布告」などというタイトルが付けられている。また、「なぜ私はこんなに良い本を書くのか」では、自著について解説を加えている。タイトルから見てわかるように、このような本が大衆にあまり受け入れられないのは想像に難くないところで、むしろこの本からは、誇大妄想と被害妄想の兆候が見てとれる。実際この本を発表した後、ニーチェは精神分裂病(現在の統合失調症)の診断により精神病院に入院することになった。病院内でも異常行動が多く、最終的に人格が崩壊したと、以前読んだ本(宮城音弥著『天才』)に書かれていた。
 ニーチェの著者は、比喩などの修辞が非常に多く、わかりにくい部分も多いが、基本となっているのは、キリスト教で提唱される道徳に対する反対声明というところに落ち着く。『アンチクリスト』(以下を参照)がまさにその代表的な考え方であって、そのあたりを踏まえていれば、ややこしい修辞についてもある程度理解することができる。『ツァラトストラ』についてもそうで、修辞的な表現が非常に多いため、僕に言わせれば思想の書と言うより詩と受け取った方が良いように思う。
 『ツァラトストラ』はともかく、本書については、先ほども言ったように、自慢あるいは高慢に終始しているという印象で、真面目に読む本ではなかろうと思う。もちろんニーチェの背景を知る上で役に立つ部分もあるが、それ以上ではない。本当に誇大妄想の言動を延々と訊かされるという感じの内容である。翻訳については、日本語としての読みづらさは少ないが、そもそも過剰な修辞が多く、決して読みやすい本であるとは言えない。じっくり腰を据えて取り組めば読めないことはないが、じっくり腰を据えて読むだけの価値がこの本にあるかと言えば、答えはノーである。せいぜいのところ、拾い読みで十分である。
★★★

参考:
竹林軒出張所『純粋理性批判〈1〉(本)』
竹林軒出張所『変身/掟の前で 他2編(本)』
竹林軒出張所『白夜/おかしな人間の夢(本)』
竹林軒出張所『酒楼にて / 非攻(本)』
竹林軒出張所『虫めづる姫君 堤中納言物語(本)』
竹林軒出張所『脳の配線と才能の偏り(本)』
竹林軒出張所『奇跡の丘(映画)』

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 以下、以前のブログで紹介したニーチェの『アンチクリスト』についての評(再録)。

(旧ブログ2006年4月19日の記事より)
キリスト教は邪教です!  現代語訳『アンチクリスト』
F.W.ニーチェ著、適菜収訳
講談社+α新書

『この人を見よ』(本)_b0189364_16224866.jpg 『アンチクリスト』を現代風の言葉に訳したものらしい。原書に当たったことは(当然ながら)ないし翻訳版も読んだことはないので、どの程度忠実に訳されているかはさだかではないが、非常に読みやすいのは確か。「超訳」に近いのかなとも思ったのだが、それでもこういう訳し方は『アンチクリスト』の趣旨から言って正しいと思う(訳者もそう言っているようだが)。
 翻訳はすばらしいが、『アンチクリスト』自体の主張はちと極端で独断な感じがしないでもない。ただ、キリスト教の特徴はよく言い当てているとは思う(度が過ぎる箇所もあるが)。こういうものを読んでキリスト教に対する見方を一新するのも、西洋かぶれの日本人には必要かなと思う(いい加減クリスマスもバレンタインもやめたらどうだと思うオジの独り言)。
★★★

by chikurinken | 2019-11-03 07:21 |
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