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竹林軒出張所

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『彼女は安楽死を選んだ』(ドキュメンタリー)

彼女は安楽死を選んだ(2019年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

安楽死も1つの選択肢と考えてみる

『彼女は安楽死を選んだ』(ドキュメンタリー)_b0189364_16363243.jpg 世界には安楽死が認められている国がいくつかあり(日本では認められていない)、スイスもそういった国の1つ。しかもスイスは海外からの安楽死希望者も受け入れているため、安楽死が認められていない国の人々がスイスで安楽死を選ぶということも可能。実際、スイスで安楽死を希望する日本人も増えているらしい。もちろん安楽死が受け入れられるにはそれなりの条件があり、その審査を通過して初めて安楽死の施行が認められるという運びになる。
 このドキュメンタリーには、多系統萎縮症という難病のために身体の自由が利かなくなった女性が登場し、このまま寝たきりになり介助され(人工呼吸器なしでは生きていけなくなる)、周囲の人間に面倒をかけるだけの人生になることが本当に自分の生き方として良いのかと考えた末、安楽死を選択する。
 この女性、若い頃はキャリアウーマンでバリバリ仕事をこなしていたが、あるときから身体が動きにくくなり、多系統萎縮症という診断を受けた。その後、身体の機能の麻痺が進行するに伴い、2人の姉たちと同居するようになる。姉たちとは非常に親しい関係であり、安楽死についてもそれぞれで話をしているが、見送る側としては受け入れることができない、たとえ寝たきりになっても生き続けて欲しいと願っている。だがやはり本人の意志は固く、自殺未遂もこれまで何度か繰り返されてきたという。
 そんな折にこの女性は、スイスでの安楽死事情を知ることになりそのまま申し込んだんだが、すぐに実施されるというわけではなく、待機の状態が続いていた。だが身体の機能不全がますます進行してきて、このままだと安楽死の前に寝たきりになってしまい自分で死を選ぶことができなくなるという危惧が生じたために、自ら安楽死の早期実現を関係者にメールで要求し、それが受け入れられることになったのである。そしていよいよスイスに出向いて安楽死を遂げるということになる。このドキュメンタリーでは、このあたりの事情に密着取材して、安楽死を選ぶということ、それを周囲の人々がどのように捉えるかということ、どのような方法で安楽死が実施されるかなどが紹介される。一人の人間の生が終わる瞬間もしっかりと捉えられていて(死の瞬間の映像も出るが、眠るように死んでいった)、非常に見所が多い。
『彼女は安楽死を選んだ』(ドキュメンタリー)_b0189364_16363628.jpg 一方で同じ病気になったが、生きて介護を受けることを選択したという人も紹介される。こちらも家族との関係は非常に良いが、自分が生き続けること、存在し続けることに価値を見出したという。この2つの対照的な事例が非常に印象的で、見る我々に対し、安楽死について考えるための素材を提供する上で十分な役割を果たしている。
 僕自身は同じ立場になったら安楽死を選びたいと(今の時点では)考えているが、いずれにしても現状では日本で安楽死を選択することができないわけだ。安楽死が認められている国々でも、それほど昔から認められていたというわけではなく、さまざまな議論を経て、人道的な見地から、自ら死を選択することを1つの選択肢として受け入れることにしたわけである。日本の現状については、議論すらしていないというレベルで、何が何でも死ぬまで生きるべきという一種の信仰に対してまったく疑問を抱かない人が多い。しかし人それぞれに事情があり、安楽死がその人にとってベストの選択ということも十分あり得る。少なくともそういう人の選択に対して、他人がとやかく口を挟むようなことではあるまい。
 さまざまな家族制度、あるいは死刑制度にしてもそうだが、とかく日本では、全然関係ない他者がやたら他人の事情に(消極的にであっても)介入している状況がある。他人の事情に介入するんだったら、少なくとも彼らの事情を理解し、十分そのことについて考えた上でするべきだと僕は思う。そういう点でも、安楽死の現状をレポートしたこのドキュメンタリーは、考えるための素材として大いに役に立つものであり、価値が高い。番組自体どこか賞狙いみたいな印象も受けるが、しかしその問いかけは重要である。日本のゼロ思考の人々が安楽死について考えるきっかけになる可能性もあり、安楽死についての議論を進めるという意味で、社会に一石を投じる役割をもしかしたらこのドキュメンタリーが果たすかも知れない。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『いらだちと幸せと(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『死刑(本)』

by chikurinken | 2019-06-28 07:35 | ドキュメンタリー
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