たそがれ清兵衛(2002年・松竹)
監督:山田洋次
原作:藤沢周平
脚本:山田洋次、朝間義隆
音楽:冨田勲
出演:真田広之、宮沢りえ、田中泯、岸惠子、吹越満、大杉漣、小林稔侍
平成時代劇の見本
藤沢周平原作の同名短編小説を映画化したもの。実際には『たそがれ清兵衛』だけでなく、『祝い人助八』、『竹光始末』も原作になっており、いろいろな要素をまとめて1本をこしらえたというかなりアクロバチックなシナリオである。ただし、渾然一体とまとまっているため、寄せ集めの感覚はまったく湧かない。どこからどこまでがどの原作というのもなかなか見えてこないため、優れたシナリオと言うことができる。
舞台は幕末の庄内地方。病気(結核)の妻(映画冒頭で死去)と幼い子供、もうろくした母を抱え、生活に困窮している50石取りの下級武士、井口清兵衛は、家事や内職に忙しいことから、勤務が終わったら、つまり黄昏時になったらすぐに直帰する。そのために同僚から「たそがれ」と呼ばれている。しかも妻がいなくなったことから身の回りのことが行き届かず、見るからに汚いなりをしていて、実に冴えない男である。ところが実際は相当な剣の使い手であることから、日常から離れた大きなうねりに巻き込まれていく……というようなストーリー。ストーリーの進行にあわせて語りが挿入され、次女の立場からの回想として、岸恵子(数十年後の次女の役)のナレーションで語られる。
先ほども言ったように大変よくできたストーリーで、しかもセットが豪華、時代考証もしっかり行われている(監督は相当凝ったらしい)点で、時代劇の模範みたいな映画になっている。登場人物の清兵衛と同じように、穏やかな雰囲気が漂うが隙がないという類の作品である。ただ、これは以前のレビューでも書いたんだが、武士が黄昏時になるまで勤務しているというのが、どうも実際とは異なっているんじゃないかと感じる。こういう勤務形態は近代的なもので、江戸時代までの侍の仕事は、今と比べて割合のんびりしていたと思うが。ただそうなると「たそがれ清兵衛」自体が成立しないので致し方ないところだが、時代考証をしっかり行った監督の立場からすると、今頃、内心忸怩たる思いということになっているかも知れない。ただ勤務風景や生活が非常にリアルなんで、そういう点での面白味はある。
また主人公の清兵衛(真田広之)と朋江(宮沢りえ)が非常に魅力的なキャラクターであるのもこの映画の大きな魅力である。上司(小林稔侍)や同僚(赤塚真人ら)もいかにも下級役人然としていて、大変存在感がある。そのために当時の武士の生活を覗き見しているような風情がある。清兵衛の幼なじみを演じる吹越満は、この直後、
『江戸古地図の旅』というドキュメンタリーでも同じような役回りを演じているが、もしかしたらこの映画の影響かも知れない。
全体を通じてまったく隙がない山田洋次らしい作品で、それ以前の実にいい加減な考証の時代劇とは一線を画す作品である。新時代のフロンティア時代劇と言って良いのではないかと思う。実際これ以降、本格的で上質な時代劇映画が(山田洋次作品もあるが)何本か出てきて、秀作として残っている。そういう意味でも、この映画が日本映画史上の1つの画期になったと言える。
第76回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワン、
日本アカデミー賞作品賞他受賞
★★★★参考:
竹林軒出張所『武士の一分(映画)』竹林軒出張所『果し合い(ドラマ)』竹林軒出張所『闇の歯車(ドラマ)』竹林軒出張所『江戸古地図の旅(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『元禄御畳奉行の日記 (上)(下) (横山光輝版)(本)』竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』竹林軒出張所『家族(映画)』竹林軒出張所『遙かなる山の呼び声(映画)』竹林軒出張所『男はつらいよ 純情篇(映画)』 以下、以前のブログで紹介した『たそがれ清兵衛』の評の再録。概ね同じようなことが書いてある。
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(旧ブログ2004年10月25日の記事より)
たそがれ清兵衛(2002年・松竹)
監督:山田洋次
原作:藤沢周平
脚本:山田洋次、浅間義隆
出演:真田広之、宮沢りえ、小林稔侍、大杉漣、赤塚真人
山田洋次あなどるべからず。
山田洋次の映画は、あまり好きじゃない(接写が多く疲れるのだ)が、これはいける。乾いた空気が心地よい。
「世間でダメだと思われている人間が実はすごい人だった」というパターンはそれ自体楽しいものだが、それに恋愛や家庭、宮仕えの悲哀など、さまざまなエピソードをつなぎ合わせて、どっしりした仕上がりになっている。最後のテロップを見ていると、藤沢周平の原作として3本あがっていたが、3本の話を1つにまとめ上げたにしてはあまりに良くできている。すばらしいシナリオだ。
真田広之は相変わらず芸達者だ。宮沢りえも、抑えた演技で良い。
ただ以前、江戸時代の武士は1日4時間程度しか仕事をしていないと本で読んだが、そうすると帰宅する時間も明るい内になるので「たそがれ」にならないんじゃないか。どうだろう。これは原作に対する疑問。
★★★★