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竹林軒出張所

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『ノモンハン 責任なき戦い』(ドキュメンタリー)

ノモンハン 責任なき戦い(2018年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

「ノモンハン事件」を題材に
帝国陸軍の潜在的欠陥を検証する


『ノモンハン 責任なき戦い』(ドキュメンタリー)_b0189364_15270683.jpg 1939年に、満州とモンゴルの国境沿いで、ソ連・モンゴル連合軍と大日本帝国陸軍(関東軍)との間で戦闘が起こった。世に言うノモンハン事件であるが、「事件」というのはあくまでも日本側の呼び方であり、実質的には大々的な戦闘(当時国間に宣戦布告はないが)であった。しかも関東軍は国境を越えて空爆しており、その後拡大しなかったのが不思議なくらいで、もはや戦争と言っても良い。戦闘は4カ月続き、被害者は日本側2万人、ソ連側2万5千人にも上り、国境線はソ連側に奪い返されたため、大変な損害を被った大敗北であった。しかしこの「事件」という言葉が物語っているように、日本側には、ちょっとした衝突として片付けたいという意向が見え隠れする。実際、関東軍は大本営の意志とはまったく独立して(つまり意向を無視して)戦闘行動をとっており、命令系統がまったく一貫していない。2万人もの兵力を失い、しかも一個師団を壊滅させた戦闘でありながら、上層部は誰も責任を負わないという馬鹿げた結果になった。この近代国家の軍隊と思えない愚かしい帝国陸軍の潜在的な構造を、ノモンハン戦をモデルに検証しようというドキュメンタリーがこれである。
 タイトルからもわかるように(内容そのものをずばり表したタイトルはインパクトがあり、その内容に対する製作者側の自信の現れかも知れない)、ノモンハン戦の実際と、結果に対して責任を負う人間が上層部にいなかったことの問題点が描かれる。また同時に、関東軍の戦闘に対する読みが著しく甘いこと、戦略・戦術面でのいい加減さ、作戦系統の曖昧さなども紹介される。こういったテーマが、当事の幹部の肉声テープ、ロシアに残されているノモンハン戦の映像(カラー化されたもの)などを使って検証される。
 ノモンハン戦を総括すると、日本側が主張する国境線(ソ連・モンゴル側の主張する国境線とは異なる)を確保するため、国境を越えた空爆を含む、国境線確保のための軍事行動と言うことができる。第三者的に見ればこれは侵略行為であり、この作戦が始まったのは1939年5月である。関東軍は、ソ連軍を非常に甘く見ていて、ヨーロッパでナチス・ドイツと闘っているソ連は、軍事力を東に割くことができないと踏んでいた。しかし実際には、スターリンは大量の武器と兵力をノモンハンに送っており、この戦闘を予測した上で十分これに備えていた。また装備も関東軍が旧式の装備(日露戦争時代の三八式歩兵銃が使われていたらしい)であったにもかかわらず、ソ連軍は近代戦に備えた戦車部隊を中心とする重装備であった。しかもこのような大規模な戦闘であるにもかかわらず、大本営は戦闘指令を出しておらず、関東軍が独断で動き出したというんだから恐れ入る。一方大本営自体も、関東軍のこのような軍事行動の動きを掴んでおきながら放置するという、あり得ない行動をとる。命令系統が機能していないんだから、軍隊というより山賊である。
 作戦は、辻政信中将という若い参謀が立案し、強引に押し通したというのがこの番組の主張である。この辻、非常に優秀な成績で士官学校を終え、はっきりと自分の意見を主張することから上司の受けも良かった。そのために参謀として抜擢されていた(一種の情実)が、彼の作戦についてはどう見ても無謀である。若手の強引な暴走に軍団全体が巻き込まれ、誰もこれを止めなかったというのがことの真相のようだ。しかも作戦が失敗すると、辻は、責任を現場の隊長(井置栄一中佐ら)に負わせ自決させるという、責任担当者としてあるまじき所業に出る。辻自身も大本営に「左遷」されたが、(「左遷」というのは建前で)その後、大本営の作戦に関与することになったらしい。
 最終的に誰も責任をとろうとしない事なかれ主義は、現在の日本の組織にも当てはまる。また情実で人事が決められ重用されるということも、現在の日本の組織に見られる。またさらに、こういった戦略上の失敗をないことにしてしまい改善のための素材として使おうとしないというのも、あちこちで見受けられる。日本の組織は、あれだけの犠牲者を出したノモンハンの時代から変わっていないと感じさせられるのである。
 このドキュメンタリーは論旨が明快で、しかも実際の音声、映像を使っており、さらにその上で、当時の司令官達の実名を挙げてわかりやすく紹介している点で、非常に優れている。やや簡略化しすぎた感はあるが、明快な主張のためにはある程度簡略化するのは必要である。実際、1時間を越すドキュメンタリーであるにもかかわらず、見ていてまったく飽きることがなかった。密度が非常に高く、しかもテーマがはっきりとしているという、ドキュメンタリーの見本みたいな作品である。おそらく今年度のATPか何かの賞を受賞することになるんではないかと思うが、それだけの価値を持つ作品と言って良い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『731部隊の真実(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『全貌 二・二六事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『日本国債(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『バブル 終わらない清算(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-09-24 07:27 | ドキュメンタリー
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