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竹林軒出張所

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『“悪魔の医師”か“赤ひげ”か』(ドキュメンタリー)

“悪魔の医師”か“赤ひげ”か(2018年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

医療の問題というより
日本社会の病理


b0189364_19555310.jpg 2006年、愛媛県の宇和島で、万波誠という医師が行った腎臓移植手術が話題になった。これが耳目を集めたのは、何らかの病気で摘出された腎臓(病気腎)を、腎疾患患者に移植したためで、このような移植手術は一般的に「病気腎移植」と呼ばれる。日本で行われたのはこれが最初で、特にそれまで医師会などで事の是非が議論されていなかったことから、医療関係者をはじめとして、さまざまな批判が万波医師に浴びせられることになった。中には、金目当てで無謀な手術を行ったとして万波医師を「悪魔の医師」などと呼んでいる週刊誌記事まであって、ここまで来ると、かなり意図的な悪意を感じる。このような悪意のある見方が広がってきたことから、検察まで動き出して病院に家宅捜査が入ったりしたが、結局不起訴になり、いつの間にか世間の話題に上ることもなくなった。
 そもそも、腎疾患の現場では、提供される腎臓自体が非常に少なく、腎移植を待つ患者が大勢控えているという現状がある。しかもたとえ移植に使える腎臓が手に入ったとしても、適用障害が起こる可能性もあり、移植用の腎臓の圧倒的な不足に拍車がかかることになる。そこで、がんなどで摘出された腎臓を、がん細胞を除去した上で再利用すれば、それまで捨てていた腎臓を移植に再利用できることになり、患者にとっても医師にとっても願ったり叶ったりということになる。そういうわけで、この万波医師、こういった腎臓の使用にあえて踏み切ったのである。世間の反応はあらかじめ想定していたらしいが、そのフィーバーぶり(?)あるいは悪ノリぶりは想像以上だったらしく、自宅にまで乗り込んで「白状したらどうだ」などと迫る記者まで現れたらしい。ところが実は、このような病気腎移植、米国では割合普通に行われていて、問題になることもそれほど多くないらしい。そのため、米国の医師からすると、なぜ日本の事例がこのような大騒ぎになったのか理解不能らしいのである。
 当時の週刊誌などについては、現状をさして知らないまま、ことを面白おかしくセンセーショナルに扱っただけというのが本当のところのようで、また批判した医療関係者についても、(病気腎移植が)自分の理想とする医療と異なるために非難したというのが真相のようである(このあたりは、このドキュメンタリーで少しずつ明らかになる)。だが、こういった非難・中傷の流れが世間にできてしまうと、状況を知らない一般人も、事の真相を知らないまま、これに飛びついてフィーバーしてしまう。そして結局、「悪徳医師によって悪辣な所業が行われた」ということが既定の「事実」になってしまい、まったく無関係の人間であるにもかかわらず、したり顔でこの医師に一斉に非難を浴びせることになる。日本でよく見られる構図である。
 このドキュメンタリーでは、万波医師、患者たち、当時批判を浴びせた人々、賛成派の人々などから話を聞き、この「事件」を振り返る。日本社会の極端な保守性、弱い立場の人間への無責任な攻撃性、世間にはびこる利己的な自己満足などがあぶり出されてきて、そのあたりが特に興味深い部分である。芸能人のバッシングや冤罪事件などでもこのような構図が見られるのはご存知のとおりだが、こういった行動は見苦しいし、同時にきわめて異常な状況である。一人一人がもう少し自分の頭で考えて、物事についてしっかり判断できれば、こういったバカな風潮はなくなるかも知れないが、今の日本では、残念ながらこれが現実である。この番組のように、過去の騒動について、時代を経て振り返ると、あまりにバカっぽい現象であることがすぐにわかるが、こういった風潮に乗っかって単にバカ騒ぎしていた連中は、結局すべてをきれいに忘れてしまって、まったく気にしなくなるのだろう。このようなバッシングについては、中傷していた人間を吊し上げて相応の責任を取らせたいところだが、日本のような無責任社会ではそういうこともあまりないようだ。そのためにいつまでも同じような風潮が続くのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『光と影 光市母子殺害事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『正しさをゴリ押しする人(本)』
竹林軒出張所『調査報告 STAP細胞(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』

by chikurinken | 2018-08-01 07:55 | ドキュメンタリー
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