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竹林軒出張所

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『フランケンシュタイン対地底怪獣』(映画)

フランケンシュタイン対地底怪獣(1965年・東宝)
監督:本多猪四郎
脚本:馬淵薫
音楽:伊福部昭
ストーリー:ジェリー・ソウル
特技監督:円谷英二
出演:ニック・アダムス、高島忠夫、水野久美、ピーター・マン、土屋嘉男

子供だましにもなりゃしない

b0189364_22434470.jpg 「フランケンシュタイン対地底怪獣」というタイトルからもかなり怪しげであるが、内容も怪しげ……というかかなりいい加減な代物である。作りが雑で、ストーリーも行き当たりばったり。小学生が書いたストーリーか?と思わせるようなひどいシナリオである。
 ナチスが極秘に行っていた人造人間の研究が、ナチスの崩壊を目前にして同盟国の日本の研究者に引き継がれた。そのために日本の国内にその細胞が存在しており、その細胞がちょうど広島の原爆投下によって大量の放射線を浴びた……というのがストーリーの背景になる。この細胞が戦後、何らかの過程を経て(放射線の影響か知らないが)見るからに普通の浮浪少年になり(この間15年)、その後なぜか(不審者だからか)拘留され、数カ月だか数年だかわからないが(徐々に)巨大化して体長20メートルになってしまう……というふうに話が進んでいく。ご都合主義も甚だしいプロットである。この間、このフランケンシュタインと比較的良好な関係を築くのが放射線障害の女性研究者(水野久美)で、このあたりは『キングコング』のモチーフと言える。一方で、この女性研究者の同僚の米人研究者(ニック・アダムス)が当たり前のように彼女と濃厚に接するのが、見ていて非常に居心地が悪い。女性研究者が米人研究者を自分のアパートに呼んで接待したりして,さながら愛人であるかのようなベタベタした付き合い方をするんだが、映画における両者の関係はあくまで同僚であり、最後までお互いに敬語で話し続ける。アメリカ人の男女の付き合い方が当時こんなものと思われていたせいかも知れないが、おそろしくアンバランスで奇妙な関係に見える。また、主人公(?)のフランケンシュタイン少年(姿形はどう見ても普通の人間)に対しても、当たり前のように危険だから殺せだの、研究のために細胞だけは残してほしいだのきわめて差別的な扱いが、21世紀の今となっては相当な違和感を覚える。ともかくあちこちで演出に破綻があり、見ていると痛ましい感じさえしてくる。
 そこになぜか唐突に地底怪獣が現れ、最後はこの巨大化したフランケンシュタイン少年と対決するというわけのわからない展開になるが、この地底怪獣の部分は本当に必要なのか、フランケンシュタインだけに絞って話を展開させた方がまだマシだったんじゃないのかと感じることしきり。どうしてこういうストーリーにしたのかがさっぱりわからない。つまり発想が幼児的でご都合主義的なのである。子ども向けだからこんなもんで良いだろうと思ったのかも知れないが、子どもでも納得しないんじゃないかと思う。もっともAmazonのレビューを見ると、子ども時代にこの映画を見たという人々が高い評価をしていたんで、子供だましにはなったのかも知れぬ。
 子供だましといえば、特撮シーンもいかにも作り物的で、全然迫力を感じない。地底怪獣(バラゴン)の着ぐるみも非常にチャチ。怪獣が唐突に口から光線を吐いたりするのは子ども受けしそうなギミックだが、この怪獣、宇宙怪獣ってんならいざしらず、恐竜の生き残りという設定なのにおかしいだろと思うのは僕が汚れた大人だからか。しかも、光線を浴びせられたものは、周囲のものについては爆発したり炎上したりするのに、フランケンシュタインに浴びせられた場合は何事もなかったようにスルーされる。あちこち矛盾だらけである。フランケンシュタインの容貌もそれほど異様ではなく、似たような顔の日本人が普通に存在するというようなものである(せめて『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』のサンダやガイラぐらいになっていればまだ良かった)。そのため地底怪獣との格闘シーンも、いかにも「人間 vs 着ぐるみ」みたいに映ってしまう。いくら周りのセットを1/20サイズにしても(実際のところ何分の一かはわからないが)やはりミニチュアにしか見えない。
 キャストは割合豪華で、中村伸郎、志村喬、藤田進などがチョイ役で出たりする。黒澤映画を彷彿とさせるような(無駄な)俳優の使い方だが、黒澤の盟友、本多猪四郎が監督だからか。その割に主役を張っている方の俳優がちょっと冴えないのも、また実にバランスが悪い。
 僕が今回この映画を見たのは『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』との繋がりによる。前にも書いたが、あの映画で、当然のように「フランケンシュタイン研究者」が登場したりして、どうにも前提になっている環境が存在しているように感じたため、その前に作られたフランケンシュタイン映画である本作を見てみたというわけだ。確かにこの映画の後であれば、「フランケンシュタイン研究者」がいてもそれほど違和感はないなと思う。とは言っても、だから何だという感触もある。この映画はあまりにもどうでも良い作品になっていて、個人的には消えてもらってもかまわない類の代物である。HDリマスターしたなどという話を聞くと、本当にそんな必要があったのか疑問に感じる。ともかく見終わるのが非常に苦痛な映画だった(なんでもこの映画「日米合作」ということである。とんだ日米合作だ)。


参考:
竹林軒出張所『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ(映画)』
竹林軒出張所『イノさんのトランク(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『マタンゴ(映画)』
竹林軒出張所『音で怪獣を描いた男 ゴジラVS伊福部昭(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-05-29 07:43 | 映画
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