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竹林軒出張所

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『五島のトラさん』(ドキュメンタリー)

五島のトラさん(2016年・テレビ長崎)
監督:大浦勝
編集:井上康裕
ナレーション:松平健

トラさんの走馬灯

『五島のトラさん』(ドキュメンタリー)_b0189364_15460364.jpgネタバレ注意!

 長崎の五島列島在住の犬塚虎夫さん(通称トラさん)という市井の人の家族を、なんと22年(!)に渡って撮影し続けるという大河ドキュメンタリー。かつて10年レベルの長期取材が行われたドキュメンタリーをここでも紹介した(『ムツばあさんの秋』『エリックとエリクソン』など)が、22年間に渡って撮影したものは見たことがない。もっとも22年といってもずっと密着していたわけではもちろんなく、この作品も他のドキュメンタリーと同じように、最初に取材して放送し、その数年後にまた取材して放送しというのを繰り返して、結局最後に撮影したのが最初から22年だった、そしてそれを1本のドキュメンタリーにまとめたために、22年間のある家族の歴史がリアルに写されることになったたということなのである。とはいえ22年というのは前代未聞で、おおよそ一世代分であり、その重みはハンパない。
 五島に面白い人がいるということで最初に取材陣が入ったのが1993年で、その人こそ、このドキュメンタリーの主人公、トラさん。彼の家族は妻と7人の子ども達という構成の大家族であった。トラさんは製麺業を営んでいて朝からウドンをこねている。この家族が他と少々異なるのは、7人の子ども達に早朝から仕事を手伝わせるということで、それに対しては年齢や仕事に応じたバイト代という名の小遣いを渡す。もちろんこれはトラさんの教育の一環であり、お金を稼ぐということがどういうことか知ってもらいたいという思いからである。子どもの方は、中には朝からの労働を嫌がっている子もいるが、概ね割合積極的に関わっている。ちなみにこのとき長男は高校三年、一番下の子ども(三男)は2歳であった。この2歳のボクも仕事を手伝っていた。
 撮影が続くと、子ども達もどんどん成長し、五島で就職する者(トラさんのたっての意向が強く働いている)や、進学、就職などで都市部に出ていく者が出てくる。中には駆け落ちのようにして出ていく女の子もいて、家族の中に小さな波乱が生まれてくる。小さな波乱はあるが、それぞれの子ども達も自分の生活を生きるようになり、トラさんにとって嬉しいことも悲しいこともいろいろと起こる。トラさん自身は製麺業以外に製塩業にも手を広げ意欲的な面を見せる。一方で酒量が増え、身体に不調も出てくる……という按配である。
『五島のトラさん』(ドキュメンタリー)_b0189364_15460836.jpg 子どもが遠くの街に出ていくあたりは、さだまさしの『案山子』みたいな世界になっていくんだが、バックに流れる音楽も案の定『案山子』で、考えるのは作る側も見る側も同じということになる。このあたりのエピソードについては2003年に『故郷〜娘の旅立ち〜』というタイトルでドラマ化されたらしいんで、このトラさん一家、以外に有名だったのかも知れない(このドラマの主役が、このドキュメンタリーのナレーターの松平健)。このあたりまではなんとなく「ビッグダディ」を彷彿させるような家族ではある。
 が、このトラさん、このドキュメンタリーの中で亡くなってしまう。ということで、2時間のドキュメンタリーの中に、ある男の壮年期から死期までが映し出され、その男が作った家族の歴史がこの2時間の中に投影されるということになる。このあたりがこのドキュメンタリーの最大の魅力になる。かつて放送されたという3本ないし4本分の放送を2時間に凝縮したため、時間をなぞるような部分が若干あって多少説明的になっているのが残念だが、一方で見方を変えると、トラさんが死ぬ直前に見た、いわゆる「走馬灯」のようにも感じられる。「走馬灯」を再現したドキュメンタリーなどこれまで存在しないし、それは、やはり22年という歳月と魅力的な被写体があってのことと言える。
 なお、この作品、トラさんの死後も出てきて、これなどはトラさんがあの世から見下ろした(その後の)この世みたいな印象さえ与える。視聴者はトラさんの立場に同化してこれを見るわけで、これも非常に面白い趣向になった。
 いずれにしても時間が持つ重みは、特にドキュメンタリーでは非常に大きいということを再発見させてくれた、そういうドキュメンタリーである。十分堪能した。
2017年文化庁映画賞文化記録映画部門大賞他受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『山懐に抱かれて(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『夢は牛のお医者さん(映画)』
竹林軒出張所『秩父山中 花のあとさき(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『タイマグラばあちゃん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『地方発ドキュメンタリー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『おじさん、ありがとう(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『クワイ河に虹をかけた男(ドキュメンタリー)』
竹林軒『エリックとエリクソン』
竹林軒出張所『バーミヤンの少年(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『瓦と砂金 働く子供たちの13年後(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『禅と骨(映画)』
竹林軒出張所『新宿タイガー(映画)』
竹林軒出張所『ナオキ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2018-05-19 07:45 | ドキュメンタリー
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