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竹林軒出張所

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『さびしんぼう』(映画)

さびしんぼう(1985年・東宝)
監督:大林宣彦
原作:山中恒
脚本:剣持亘、内藤忠司、大林宣彦
出演:富田靖子、尾美としのり、藤田弓子、小林稔侍、佐藤允、岸部一徳、秋川リサ、入江若葉、大山大介、砂川真吾、浦辺粂子、樹木希林、小林聡美

大林映画らしくかなり気恥ずかしい

b0189364_18444306.jpg 大林宣彦の「尾道三部作」と呼ばれている映画の中の1本。舞台は、大林の故郷である尾道で、自伝的な要素が多分に入っているらしい。
 主人公の高校生の淡い初恋を描くという趣向であるが、そこに童話めいた話が絡んでくる。このあたりの童話的な部分に原作の要素が入っているようだが、実質的には大林オリジナルの話に近い。主人公が憧れる隣の女子高のマドンナが富田靖子で、富田は「さびしんぼう」という変わったキャラも二役で演じる。
 ストーリー自体はそれなりにまとまっているが、あちこちに、素人臭い、程度の低い演出が入っていて少々辟易する。前に見たとき(30年前)は割合よくできた映画のように感じていたが、今回は受け入れられない箇所が結構鼻に付いた。なにしろマドンナの女子高生が、あまりに理想化された男目線の存在で、見ていて気恥ずかしくなる。他の女の子たちが素の感じで登場しているのときわめて対照的で、実在感に欠けている。
 ただ中には、樹木希林と小林聡美の親子みたいに強烈なキャラの登場人物もいて、こういった部分には魅力を感じる。特にこの親子、雰囲気と顔が非常によく似ていて(意図的にそういう演出にしているようだ)、実の親子のようである。似ていると言えば、藤田弓子と富田靖子も何やら似ていて(こちらは同一人物という設定)笑ってしまう。もっとも今の年取った小林聡美と富田靖子を見ても、樹木希林や藤田弓子にはまったく似ていないので、このあたりは演出の妙と言える。
 一方で、「金玉」ネタをしつこく連発したり、秋川リサが演じる女教師のスカートが(意味もなく)何度も落ちたりという程度の低いドタバタ・ネタが、先ほども言ったように苦笑を誘う。小学生じゃないんだからそんなネタで楽しめるかと思う。それでもメインプロットである淡い恋愛に感情移入できさえすれば十分楽しめるんだろうが、30年経った今となっては、くだらない箇所ばかりが鼻について、そのためあちこち突っ込みを入れながら見ているという、そういうオヤジになってしまったのだった。30年の歳月は重い。
★★★

参考:
竹林軒出張所『異人たちとの夏(映画)』

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 以下、以前のブログで紹介した大林宣彦作品のレビュー記事。

(2005年12月25日の記事より)
なごり雪(2002年・大映)
監督:大林宣彦
脚本:南柱根、大林宣彦
出演:三浦友和、須藤温子、細山田隆人、反田孝幸、ベンガル、左時枝、宝生舞

b0189364_18444738.jpg 伊勢正三作のフォークソング「なごり雪」をテーマにして、大分県臼杵市を舞台に作られた「甘く切ないラブストーリー」らしい。
 実際のところ、途中でアホ臭くなって見るのが嫌になった。まず、登場人物全員の話し言葉が異様。大林宣彦によると、「28年前(その時代が舞台になっている)の美しい日本語を再現したかった」らしい。「岸恵子や原節子が映画でしゃべっていた美しい日本語を目指した」ということだ。しかーし、この映画で使われている言葉は、岸恵子や原節子の話し言葉などではなく、むしろ書き言葉である。原節子だって「よい子を産んで」などとは言わないだろう。そんなもんでものすごい違和感があった。大林監督によると、若い人には違和感があるかもしれないがその美しさを味わって欲しいというような話だったが、そういう問題じゃないと思う。とってもヘン。たちの悪いパロディみたいだったぞ。
 それに、街の描き方も嘘臭くて鼻についた。私は臼杵市には何度か行ったことがあり、確かに良い街ではあるが、ちょっと美化しすぎだと思った。映画に出てくる臼杵駅は、それはそれはレトロで、今どき珍しいなというようなたたずまいだったが、臼杵駅の駅舎は何十年も前から近代建築(というか、現在の地方の一般的なJR駅のスタイル)になっていたような記憶がある。この映画を見て臼杵を訪れた観光客は、駅に降り立った瞬間にガックリくるのではないか。街を歩いても同様である。過剰な美化はどんなもんだろうかと思う。
 ストーリーもとっても安直だ。素晴らしい友人と自分を思ってくれる美女が田舎で待っていてくれるなんて、故郷を離れた男とにとってはそりゃ理想ではある(「なごり雪」というより「木綿のハンカチーフ」みたいだった)が、モチーフがちょっと古すぎる。やたらに説明的な台詞も多いし、回想を使いすぎるのも安直な感が否めず。シナリオ講座などでは「登場人物が生きていない」などとよく言われるそうだが(『「懐かしドラマ」が教えてくれる シナリオの書き方』など参照)、まさにその見本みたいなストーリーだった。また登場人物の背景も薄っぺらで奥行きがない。
 舞台になった高校が「臼杵風成高校」(もちろん架空の高校)。これを見て、私ゃ少し複雑な気持ちになった。臼杵の風成と言えば、かつて大企業の環境破壊を住民運動で阻止した漁師町だ(このあたりの事情は、松下竜一の名著『風成の女たち』に詳しい)。DVDに収録されている監督インタビューを聞く限りでは、そのあたりの事情を知った上で「風成」を使ったようだが、個人的には、こんなしょうもない映画で使うんじゃなくて『風成の女たち』を映画化したらどうですかという気持ちである(もちろん監督は他の人ね。大林氏にはプロデューサーでもやっていただくということで)。蛇足ながら、『風成の女たち』は、ノンフィクションでありながら、映像が頭に浮かんでくるような臨場感あふれる傑作である。
 大林宣彦の映画は、別に毛嫌いしているわけではないが、どうもこの人は安易な映画を作ってしまうところがあって、今回もそんな感じがしたのでちょっと批判めいたことを書いた。たとえば『姉妹坂』などはその格好の例で、あれは特にひどかったと思う。これについてはまた別の機会に書いてみたいと思う。この映画で唯一救いだったのは須藤温子である。なかなか存在感のある美少女だった。そう言えば、大林映画では、十代の良い主演女優がわりに出てくる。大林氏にそういう嗜好があるのだろうか……
★★

追記1:ちょっと前に、あるCM(認知症のコマーシャル……スポンサーは不明……エーザイ?)で、角替和枝(この映画の母役、左時枝に何となく似ている)が、故郷を離れる息子を臼杵駅で見送るというシーンがあったが、もしかしてこの映画とタイアップしていたのだろうか。同じようなシーンが映画に出てきた。
追記2:今ネットで調べたところ、映画に出てくる駅のシーンは、上臼杵駅と重岡駅でロケしたんだそうな。

by chikurinken | 2018-04-20 07:44 | 映画
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