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竹林軒出張所

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『A』(映画)

A(1998年・「A」製作委員会)
監督:森達也
脚本:森達也、安岡卓治
音楽:朴保
出演:荒木浩、森達也(ドキュメンタリー)

見る順序が逆だった

『A』(映画)_b0189364_8341180.jpg 『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔』があまりに面白かったんで、映画も見てみた。実はかなり前からレンタルビデオの店で探していたんだがどこにも置いておらず、買わなければ見れないのかと絶望していたのだ。ところが近くの図書館に置かれていることがわかって、意外にあっさり見ることができたのだった。まさに灯台もと暗しを地で行くような話である。
 内容は、当然のことながら、あの本で書かれていたこととシンクロしていて、あまり目新しさを感じることもなかったが、作者の意図はよく伝わってきた。そういう意味ではこの映画は成功だと言える。要は「撮影日誌」を本編を見る前に読んでしまうのはどうなのということである。レンタルDVDがどこにも見つからなかったため、あきらめてつい本を先に読んでしまったが、どう考えても順序が逆であった。順序が逆と言えば、映画版についても続編(竹林軒出張所『A2(映画)』を参照)を先に見てしまっていたので、こちらもあべこべである。
 この映画は、1年に渡ってオウム真理教の広報担当、荒木浩に密着して撮影したもので、その映像のほとんどが森達也のハンディカメラでの手持ち撮影によるもの。また編集に当たっても、極力人為的な技巧を加えないという方針で行ったという。したがって映像のつながり方がぎこちなかったり、あるいは音声が著しく聴き取りにくかったりする。だが、こういった撮影者(ほとんどが森達也)の機動性により、荒木氏や信者との距離感が非常に近くなっていることがわかる。そのために雑談みたいなレベルで、かれらにいろいろな質問を直接投げかけていて、我々が聞いてみたいことを率直に聞き出すことができているのは、この手法ならではという気がする。
 この映画で浮かび出されていくのは、世間のヒステリックな狂騒と、特定の価値観に凝り固まった一般人の姿である。オウム真理教が重大犯罪を引き起こしたのは事実だが、狭い価値観の枠に押し込められた人が他人(信者)に対して当然のようにそれを押し付けている姿は気味が悪い。オウム真理教が上九一色村につくったサティアンに匹敵する不気味さだ。この映画に登場する信者は一様に世間が嫌になって出家したと語っているが、こういう世間を見ているとそりゃ確かに嫌になる。結果的に、信者をますます世間から遠ざける役割を果たしているようだ。
 一方で信者の生の姿も映し出される。彼らを見ていると、凶悪な犯罪組織の構成員というよりどこか大学の同好会のメンバーみたいな風情が漂う。彼らの活動は、もちろん自らの人生や家族に大いに影響を与えるわけだが、それ自体は同好会程度の気軽さがあったんじゃないかと感じる。オウム真理教が引き起こした犯罪や麻原彰晃の態度などは彼らにとっても大きな矛盾であり、それについてはなかなか解消できていないようにも見受けられる(これは撮影者の問いかけによって明らかになる)。当然のことながら、信者の考え方は僕には根本的に受け入れられないわけで、むしろ彼らの極端なストイックさには違和感を感じる。それに物事の見方がかなりご都合主義的なのも目を引く。もっともこういうものは一般的な宗教やオカルト主義とも共通する見方なんだろうとは思う。
 オウムの中から外の世界を見るというのがこの映画のコンセプトなんだが、確かにカメラを通して外の騒ぎを見ると、信者と同じような(一般人の)極端な思い込みと思考欠如が垣間見えてきて、それが今の日本の姿なのかとも思う。信者の方は少なくとも考えようとしているわけで、それを思うとどちらが異常なのかという疑問まで湧いてくる。これこそが作者の意図なんだろう。だからこのドキュメンタリー映画の狙いは成功していると言えるのだ。
 先ほども言ったように、編集については手を加えないというのが作者の方針であるため、映像自体は素材を並べただけという印象である。ただ途中で飽きるようなこともなく、それなりに最後まで見られるようにはなっている。公安が信者を不当逮捕する瞬間もしっかりカメラに収められていて、公権力の空恐ろしさを感じることもできる。唯一の問題点と言えば、こちらが当時の状況を忘れているため、何が行われているのか背景がよくわからない部分があった点で、事件から20年近くたった今、映像の中に多少の解説が必要になるかなとも思う(作者には入れる気がないだろうが)。(オウム真理教への)破防法適用云々の問題についても、あれだけの重大事であったにもかかわらずすっかり僕の頭の中から欠落していた。オウム関連の事件も本当は風化させてはいけないはずなんだが、僕にとってすっかり過去の出来事になってしまっている感がある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『未解決事件File. 02 オウム真理教(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“冤罪”の深層(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『i —新聞記者ドキュメント—(映画)』
竹林軒出張所『FAKE(映画)』
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』
竹林軒出張所『死刑(本)』
竹林軒出張所『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面(本)』
竹林軒出張所『千代田区一番一号のラビリンス(本)』

by chikurinken | 2016-08-06 08:34 | 映画
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