ヒトラー「わが闘争」 〜封印を解かれた禁断の書〜
(2016年・独BROADVIEW TV/ZDF)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
『わが闘争』タブー顛末記
ヒトラーの著書『わが闘争』は、日本では普通に書店で買うことができるが、ドイツでは禁書になっていて簡単に入手できない。多くのドイツ人は、第二次大戦のナチスドイツの悪夢を繰り返してはならないと考えているが、ヒトラーの極端な民族主義に共感する勢力がまったくないわけではない。若者へのヒトラー主義の拡散を防ぐという意味もあってこれまで禁書扱いされてきたという事情がある。もっとも「禁書」といっても、そこは自由主義社会のドイツのこと。かつてのナチスドイツやソ連のように、この本を持っている人間は厳罰に処すなどということができるわけではない。では実際どういう扱いになっていたかというと、現在版権を所有しているバイエルン州政府がその著作権を管理することで、他者に対して出版を許可してこなかったというのが真相。ただ、これまではそれで概ねうまく行っていたんだが、ヒトラーの死後70年となる2015年にこの著書の著作権が切れるという事態が発生する。つまりこの本がパブリックドメインになって、著作権法上は自由に出版できることになる。
そこで、一部の識者(「現代史研究所」)が先手を打って、(教育素材としての)注釈付きの『わが闘争』を出版することに決めた。『わが闘争』は、非常に差別的で極端な民族主義に偏った本であり、ヒトラーが積年の恨みを晴らすために書かれたと言われるほど怨嗟にあふれた本らしい。「注釈付き」というのは、もののよく分からない若者がこれを目にして感化されたりしないようにするための方策である。実際、ネット社会になってオンライン版『わが闘争』はドイツ語版でも入手できるようになっているらしく、その状況への対抗策という面もあったらしい。
ところがバイエルン州当局は、イスラエル政府からの働きかけのせいかどうか分からないが、著作権が切れた後も出版を禁止することに決めたのだった。つまりこの本の出版が民衆煽動罪に相当すると規定した法律を作って対抗したわけである。そのため完成していた注釈付き『わが闘争』は出版が認められなくなった。製作に関わった現代史研究所は、州政府の対策、つまり出版禁止では、現在同書がオンラインで広く出回っているという事態に対する根本的な対策になっていないと主張する。こういった場当たり的な対応ではなく、『わが闘争』タブーに対して真摯に向き合うべきだと言うのである。結局現代史研究所は、2016年に注釈付きの『わが闘争』を出版することにしたらしい(その後どうなったかは、このドキュメンタリーからは不明)。
ドイツ最大のタブーである『わが闘争』の騒動をめぐり、現代のヨーロッパ社会に満ちている民族主義的なポピュリズムにまだ話を敷延させ、人間の内に潜んでいる邪悪にまで考察をめぐらせる真摯なドキュメンタリーであった。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『ヒトラー 権力掌握への道 前後編(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ヒトラー暗殺計画』(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『ヒトラー 最後の日々(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『新・映像の世紀 第3集(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『映像の世紀 第5集〜第8集(ドキュメンタリー)』